どこにでもあるようなガハマさんとヒッキーのお話   作:凍傷(ぜろくろ)

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責任はとるって言ったんだしな②

 知って安心する。

 話し合って理解する。

 なにも言わないで理解する。

 全部を合わせるのは難しくて、でも……それってやっぱり、今答えを出さなきゃいけないことじゃないんだと思う。

 話し合って理解して、理解したから安心して、安心できたらいっぱい時間をかけて理解を深めて、その上でなにも言わなくても解り合えるあたしたちになればいい。

 時間はかかりそうだってきっとみんな言うと思うんだ。

 でもさ。

 あたしたちは一年もかからないでこんな関係になれたんだ。

 最初はほんと、呆れちゃうような関係だったのに。

 口を開けばビッチとか死ねばとかぶっ殺すぞとかさ。おかしいよね。

 でも……今はこんなにも言い合える。

 解ってることが増えて、言わないでも解ることだっていくつかあるんだ。

 そのいくつかを、どんどんもっと増やしていけばいいんだ。

 そこに必要なのはなにかなって考えて、なんもかもぜーんぶぶちまけちゃって、その上で。

 

「ゆきのんは、どうしたい?」

 

 あたしはそれを、ゆきのんに訊いた。

 

「え……あ、の……」

 

 いつもの放課後って言っちゃえばそれまでの、なんでもないなんにもない、思い出せばどうでもいいってくらいに普通な日の奉仕部で。

 あたしはヒッキーとゆきのんと三人、ヒッキーが淹れ始めることでおろおろしてるゆきのんと三人、渡された紅茶を飲みながら訊いた。

 対面にはゆきのん、こっちはあたしとヒッキー。あたしとヒッキーと、交互に見るゆきのんには、少し前までの余裕が全然なかった。

 

「あの……ゆ、由比ヶ浜さんは───」

「違うよ、ゆきのん。ゆきのんが決めるの。ゆきのんがどうしたいか」

「っ……あ、あの、比企谷くん」

「ん……ちと卑怯だが、こう返そう。シャキっと決めてみろ、“部長”。いや、いっそ、生徒会長になってたとして、お前今のままだったらいろいろアウトだったぞ」

「……、……あ、ぅ……」

 

 ゆきのんが弱々しく呟く。なんて言ったのかは聞こえない。

 

「わ、たし……私は……、~~……」

「なぁ、雪ノ下」

「───!」

 

 私は、で声をつまらせたゆきのんにヒッキーが呟くと、俯かせた顔を持ち上げる。そこには期待と喜びみたいなのがあって───

 

「人が人を解るってのは、難しい。お前にはお前の、俺には俺の、由比ヶ浜には由比ヶ浜の譲れないものがあって、それを全部ぶちまけたところで……言えないことの一つや二つはどうしても残るだろ。たとえ全部ぶちまけても、生きていきゃ絶対に言えないことも増えてくる」

「………」

「けどな、雪ノ下。偉い人が言うには、“感じるな、考えろ”だそうだ。俺たちはいろんなものをまちがって、嫌な空気を抱いて、見当はずれの解を掴み取っても、こうしてまだ三人で居る」

 

 ヒッキーは、どこか自分でも確認するみたいに喋ってる。

 たぶん、ヒッキー自身も答えが決まってないんだと思う。

 あたしは……もう、決めてる。それが答えでいいって……それじゃなきゃやだってものを、もう持ってる。

 

「居心地がいい場所を守るのは誰だって当然だ。そうであってほしいからって、踏み出して、失敗した。……まちがえないなんて無理なんだよ、雪ノ下。お前は俺に、“自分が知っている俺”を求めて、俺は修学旅行でそれを破壊した」

「───!」

「“それでも”を求めたお前は生徒会長を目指したが、俺達は奉仕部って場所を守ろうとして、お前は三人一緒の関係を守ろうとして失敗した」

「ひ、比企谷くん……っ《ぱあっ……》」

 

 ヒッキーが並べてく、憶測でしかないものを耳に、ゆきのんの顔に喜びが増えてゆく。

 そうだ、言わずに解ってもらえるのは嬉しい。

 自分のことを解っててくれる人が居るのは嬉しい。

 でもさ、ゆきのん。あたしたちは、それでもう失敗しちゃってるから。

 言わなくても全部を、なんて無理だから……だから。

 

「でもな。今さらお前がしたかったことを理解できても、もう間に合わないことだってある。先に知っていれば出来たことが、今はもう出来ない。だからな、雪ノ下。俺達はもっとお互いを知って、もっと話し合って、そうしてからお互いを察してやれる関係を目指すべきだ。それをするには、今のままじゃ無理なんだからな」

「あ……、……」

「雪ノ下さんが人と話す時、ヒントばっかで答えをくれない話し方をする理由が、ちょっと解った気がした」

「───! ね、姉さんは関係ないでしょう……! 私は……! ……わ、私は……」

「そうだ、関係ないでいいんだ。言っちまえば、お前の願う強い意志には、俺達だって関係ない。───だから、お前が決めろ。お前はどうなりたい。お前はどうしたい。お前が出せるお前の答えを、お前が口にすればいい。……していいんだ。我が儘でもなんでも、ぶつけてみろ。壊れたものは戻らないってのがリア充の考えで、そんなもんで挫けるほどもろいもんなら、壊れた先で自分の意見をぶつけ合って、くっつけられるもん全部をくっつけてカタチにしちまえばいいだろ。いっそ遠慮もなくなって、案外楽しめるんじゃねーの?」

「……、ぁ……」

「ヒッキー……」

「……、私は……」

「……ゆきのん?」

「私は……!」

 

 きゅって握った手を胸に当てて、ゆきのんは俯いて、小さく震えた。

 でもそれも少しの間だけ。

 目に涙だって滲ませてたゆきのんは、ヒッキーやあたしを睨むくらいの勢いで顔を上げると、強く強く、いつかのゆきのんみたいな力強さで言ったんだ。

 

「私はっ……あなたたちを知っていきたい……! 欲しいものを欲しいって、言えるようになりたい……! 言えないまま無くしてしまうのは、もう、い、いや……で……! だから、っ……だから……! 私はっ……! わ、た……───!? あ……」

 

 言葉の途中で、ゆきのんはハッとした顔になってヒッキーを見た。

 うん。そうだ。あたしだって考えた。

 喉を詰まらせてでも、自分の内側全部を伝えられたら、相手の人はどう思うんだろうって。

 それが原因で避けられたらどうしようって。離れていってしまったらどうしようって。

 でもね、ゆきのん。

 あたしたちは、もうそれをしてくれた人を知ってるから。

 怖がらなくても、全部ぶつけてみればいいんだ。

 何度だって壊していこう。その度に、いっぱい知って、知ったことでくっつけて、それを過去にして否定せず、あたしたちのまま変わっていくんだ。

 

「私はっ……!」

 

 解らないって言ったいつかがある。

 否定してしまったいつかがあって、でも……解ったから泣いちゃうくらいにごめんなさいって思える。

 ゆきのんは涙を拭うこともしないでヒッキーを見て、あたしを見て。

 そして、自分の内側の全部を押し出すみたいにして、口にすることで───

 

「私はっ……本物が欲しいっ……!!」

 

 ───あたしたちは、やっと少しだけ……お互いを知ることが出来たんだと思う。

 

 

───……。

 

 

……。

 

 鍵を閉めた奉仕部の中で、あたしたちは静かな時間を過ごしてた。

 感極まって泣いちゃったあたしと、泣いてたゆきのんと、ちょっともらい泣きしちゃってそっぽ向いて鼻をすするヒッキーと。

 やっと本当に近づけたって感じがして、嬉しくて、恥ずかしくて。

 

「ていうかだな……ぐすっ……雪ノ下。知り合って一年も経ってないのに、言わなくても解る関係とかハードル高すぎだろ……」

「ぐしゅっ……あ、あら。そんなものはその密度によるものでしょう? あなただって人の上辺だけを見て、何度も心理と感情を擦れ違いさせて、誤った解を出していたじゃない」

「ぐっ……! いや、解ってる気になって、人のやり方を嫌うことでしか自分の感情を整理できなかったお前に言われたくないぞ」

「うぅっ……! け、けれどあれはっ……! …………そうね、比企谷くん。丁度いい機会だからあの修学旅行での偽告白の件、きっちりと話してもらうわ」

「あ、そうだよヒッキー。姫菜と隼人くんが時々ヒッキーを、えと……なんてのかな、寂しそう? みたいな目で見てるの、あれなんなの?」

「………」

「比企谷くん?」

「ヒッキー? 今さら言わないとか誤魔化すのは無しだよ? それってあれだよ? えと、ぎ、ぎー」

「そうね、欺瞞傲慢の類だわ。あなたの大嫌いな」

「………」

 

 雪ノ下が完全に雪ノ下だ……って当たり前のことを呟いて、ヒッキーは教えてくれた。

 とべっちの依頼のあとに来た姫菜の言葉の裏。

 とべっちの告白の前に隼人くんがヒッキーに告げた言葉、全部。

 

「……気にいらないことの裏にはつくづく、あの男か姉さんが絡んでいるのね……」

「いや待て待て、言っちまえば海老名さんも葉山も自分の心境を語っただけで、勝手に行動したのは俺だ。単独で行動するなら実行する理由なんてなかったし、部として動くならお前らにちゃんと相談しなきゃいけなかった。あの時まちがったのは俺だけだったんだよ」

「でもヒッキー! それって───! ……それって、さ《ちら……》」

「……! ……、そう、なのね。……比企谷くん、ごめんなさい。私は、あなたを解ってあげられなかった。言わなくても解る、という関係を望んでいたのに、私は自分の中にある定理、“そうであること”を望みすぎて……あなたという人間を見失っていたのかもしれない」

「い、いややめろ、なんか恥ずかしいだろおい……!」

「恥ずかしくてもさ。……ヒッキー、最初っからそんなだったわけじゃないでしょ? 小学とか中学とかさ、頑張ったんだと思う。じゃなきゃ、話し合えば解るなんてのは欺瞞、なんて言葉……出ないよね?」

「っ……」

 

 ヒッキーが喉を詰まらせるみたいにして、あたしを見つめる。

 

「経験してなきゃ言えないよ……。経験したからそれは違うって言えるんだもん。そんでさ、たぶんヒッキーは一番最初にそれをして、解ったつもりになって……言わなくても解ることに期待して、だめだったから……」

「───……」

 

 ヒッキーは何も言わなかった。言わなかったけど、隣に居るあたしの頭を、ぽんぽんって叩いて……それが解ってくれてありがとう、って言ってるみたいで。

 

「ね、ゆきのん。あたしね、答えは解ってるんだ。ずっとそれだけをって考えてたから、どうすればとかこうしなきゃとかじゃなくて、そこに行けばいいって強引な答えしか出せないけどさ。でも……それは、三人が一人ずつ決めて、誰かがこうしたからこうしようってのじゃだめだから……さ、ゆきのん」

「……ええ。私も、もう決められたわ。比企谷くん、あなたはどう? 随分と偉そうに自分の意見を述べてくれたものだけれど、答えらしい答えなどなかったじゃない。……さあ、あなたの答えは?」

「決めたとか言っといて、お前らだって答えを言ってねぇだろうが……」

「……えと」

「そうね。それじゃあ」

「……おう」

 

 三人が二人を交互に見て、そして、答えを出す。

 それは言葉にしてみれば短くて、追い求めれば涙が出ちゃうくらい大切で。

 見えないのに恋い焦がれ、見えないからもどかしくて。

 口にしちゃえば陳腐なもので、きっと人によってはもう聞き飽きたよーなんて言えるようなもので。

 そのくせ、きっと誰もがそれに憧れてる。

 そんな関係が本当にあればって、心の中で求めてる。

 あたしたちはそれを口にして、たとえ言葉としては、えとー……ち、陳腐? にしちゃったとしても……同じことを口にした二人を大事にして、三人で歩いていく。

 そういうのでいいと思う。

 あたしは、それがいい。

 そんなんでいいんだ、あたしは。

 

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 

 ───ヒッキーとゆきのんを誘って、水族園に行った。

 いろんな魚を見て、驚いたり笑ったり。

 マグロと背比べしてみて、大きさに驚いたり、ヒッキーがヘンな形のサメを見て目をきらきらさせてたり、ヒッキーがヘンな魚に共感を覚えたり、ゆきのんがネコザメについてを考えこんじゃったり。

 そんな光景を見て、二人とはべつにはしゃいでたあたしも、やっぱり知らないこととかいっぱいあるなぁって苦笑い。

 だってヒッキーが、えと、はんまーへっどしゃーく? にあんなに興味津々だなんて初めて知ったもん。

 ゆきのんだってぽかーんとしてたけど、次の瞬間には笑ってたし。

 

「ね、ゆきのん。こうしてさ、いろんなこと知って……その先でさ」

「……由比ヶ浜さん、大丈夫よ。私はもう、理想を押し付けて勝手に失望する自分は卒業したの。ゆっくりでいいから……知っていかせてちょうだい。私は、それがいいって……そう思えたから。……決められたから」

「ゆきのん……うんっ」

 

 一通り回って、あたしもゆきのんもヒッキーも、気づけばいろんな生き物に夢中になってた。

 ヒッキーを中心に、腕を組んでぐいぐい歩く。

 ヒッキーは顔を真っ赤にして驚いてたけど、気にしないで進んだ。

 

「いやいや雪ノ下っ!? 由比ヶ浜はまだ解るが、なんでお前がっ……!」

「比企谷くん。私、平塚先生が提案した勝負を全力で勝ちにいこうと思うの」

「へっ!? そ、それと今と、なんの関係が……」

「私が勝ったら私の嘘をひとつ、聞き逃しなさい。そんな事実はなかったのだと」

「あの? 意味がまったく解らないんですけど?」

「本心から言うけれど、私はあなたに対して愛だの恋だのの感情は一切持ち合わせていないわ。けれど、近くに居て知っていきたいと心から思っている。……比企谷くん、私の親友になってちょうだい」

「うわー……なにお前、O・ワイルドに全力で喧嘩でも売りたい年頃なの?」

「男女の関係において、友情はありえないと言った偉人ね。……そうね、それもいいかもしれないわ」

「まじかよ……で、お前がいう聞き逃してほしい嘘ってのは───」

「“あなたと友達とか、在り得ないわ”」

「ですよねー」

 

 言って、ヒッキーもゆきのんも笑った。

 知らないことだったからちょっと、えーと、そがいかん。

 ぎゅーって腕を引っ張ってみれば、真っ赤な顔のヒッキーがへいへいって頭を撫でてくれようとして……その腕にゆきのんが抱き着いてることを思い出した。

 

「あ、あー……その」

「えと……手が使えないんじゃしょうがないよね。じゃあ……ヒッキー、んっ」

「いや“んっ”てお前」

「んっ!」

「…………」

 

 目を閉じて、顎を持ち上げる。

 ヒッキーからはまだだったから、望んでくれるならって。

 ちょっと怖かったけど……ヒッキーはキスをしてくれて、自分でもちょっと意外だったから目を開けてみたら、ヒッキーのドアップ。

 

「比企谷くん、由比ヶ浜さん。時と場所を弁えてちょうだい……。あと、出来れば私の目も考えてもらえると嬉しいのだけれど……」

「ぷあっ! あ、ごごごごめんねゆきのんっ! でもなんかちょっと寂しくてっ!」

「心配しなくても、この男をあなたから取り上げる、なんてことはしないわ。むしろ知ることで、あなたが比企谷くんに失望することがないかが心配なくらいで───」

「おいやめろ。俺だってこれからいろいろアレなんだから。本気出すから」

「ふふっ……そう。人には偉そうなことを言えるのだから、言えるだけの男になりなさい。そうして由比ヶ浜さんを幸せにしてくれたなら、私はあなたを親友としてとても誇りに思えるわ」

「……そこまで言っても上から目線じゃねぇんだからすげぇよな、お前」

「? 親友の成功をを誇るのは当然でしょう? ……そ、それで提案なのだけれど」

「? ゆきのん?」

「その。わ、私もその、由比ヶ浜さん? もう、あなたを親友と思っているのだけれど───」

「ゆきのん!《ぱあっ……!》」

「あ、ま、待ってちょうだい。抱き着くのは《がばしー!》きゃあっ!?」

 

 嬉しくて、中心のヒッキーも巻き込んで三人で抱き合うみたいになった。

 でも、それがなんだかあったかい。

 

「も、もう……!」

「なに? それで、なにゆきのんっ!」

「そ、その…………名前、で……呼んでもいいかしら。結衣、さん、と……その。は、八幡……くん?」

「わっ……ゆ、ゆきのーーーんっ!!」

「《ぎゅうーーーっ!!》んむーーーっ!?」

「……おい。おい由比ヶ浜。雪ノ下窒息するから」

 

 嬉しくて、ヒッキーの左腕を右腕で抱いたまま、ゆきのんの顔を左腕で胸に抱いた。

 ゆきのんがぱたぱた暴れるけど、嬉しすぎてもうだめだ。

 ゆきのんゆきのんゆきのーーーんっ!!

 

「《ぽごすっ》ふきゅうっ!? ……うう……ヒッキーひどい……」

「やかましい」

 

 ヒッキーに拳骨されて、ゆきのんを離した。

 なにも拳骨することないじゃん。

 ……とか思ってるくせに、そんなことをヒッキーがしてくることに、近くなったんだなーって実感が湧いてくるあたしは、やっぱりもうほんと、ヒッキーが好きなんだぁって……えへへ。

 

「あー……こういうのは俺からの方がいいか? あ、キモかったら言ってくれ。即座にやめて孤独を愛する」

「そういうのはいいってば。もう……じゃ、ヒッキーから」

「お、おう。……結衣。雪乃」

「わ……う、うんっ、うんっヒッキー!」

「物凄い違和感だけれど、これも次第に慣れていくのでしょうね。よろしく、ひき……八幡くん。結衣さん」

「…………おう」

「うんっ! じゃあ次あたしだ! ゆきのんっ、ヒッキー!」

『はいダウト』

「《べしんっ!》はたっ!?」

 

 腕を離されて、べしーんって頭を叩かれた。……えっ!? 叩かれた!? ゆきのんにっ!? ヒッキーにっ!?

 

「ゆ、ゆきのん? ヒッキー……?」

「結衣さん? そこはきちんと雪乃と呼ばないとだめでしょう」

「そうだぞ結衣。いくらなんでもここでそれはないだろう」

「なんで親が子供に言い聞かせるみたいなカンジになってんの!? う、うー……ゆ、雪乃? 八幡?」

「……ええ」

「おう」

「《なでなでなでなで》だだだだからなんでよくできましってカンジにっ……もーーーっ!」

 

 怒ると、二人は笑った。

 本当に無邪気な顔で、心を許した友達に“遊ぼっ”て声をかけられた時みたく。

 あたしはそんな笑顔に見惚れちゃって、ああ、よかった……って。ちゃんと、答えに辿り着けたんだなって思って……あたしも、自然に。

 

「え、えとっ……ゆきのんっ……じゃなかった、雪乃っ、八幡っ、これからどうしよっか! もっかい回るっ!? それともどっか別のとこ行コっか! カラオケとか!」

「お前ほんとカラオケ好きな。おう、べつにいーぞ。アニソンばっかになるが」

「アニソン……知識の幅を広げるのも悪いことではないわね。八幡くん、今度私にも理解できそうなアニメの歌を教えてくれるかしら」

「あっ、じゃああたしもっ! あ、なんだったらこれからヒッキーの家行こっか!」

「…………《じわ》」

「なんで泣くの!?」

「い、や……悪いっ……。けど、だけど……お……っ……俺の家に友人が……っ……恋人がっ……~~~っ……!」

「…………」

「…………」

「雪乃」

「ええ、結衣さん」

 

 手を伸ばす。

 恋人に、親友に。

 腕を組んで、帰るために。

 

「よーっし! これからヒッキーのトラウマとかぜーんぶ壊しちゃおう!」

「ええ、行くわよ八幡くん。私たち二人にかかれば、あなたのトラウマなど気に掛けるほど無駄であると理解させてあげるわ」

「いやおいちょっと!? 少しくらい感動にひたらせっ……おっ、おわぁーーーっ!?」

 

 ゆきのんと……えと、雪乃、と一緒に、八幡の腕を引いて歩いた。八幡、八幡……あはは、ちょっと慣れるまで大変かも。

 でも、なんか新鮮だ。胸はドキドキしっぱなしで、なのにすごく嬉しくて。

 そうだ、あたしは昔から、“こんな関係”に憧れてたんだ。

 そうなりたくて頑張るのに、“みんな”は必要以上に燥ぐあたしから離れて、馬鹿とかアホとか言った。

 険悪になりそうになればわざと騒いだり、話を逸らすのに、大体の人は“いきなりうるさいな”って顔をして嫌がったっけ。

 でも、今はそれがない。ご機嫌伺いなんて必要じゃなくて、自分のあるがままを見せたって、呆れはしても嫌いにならない関係がここにある。

 あたしがほしかったものは……もう、ここにあるんだ。

 

   ×   ×   ×

 

 で。

 

「ふふっ……見なさい八幡くん。クイズゲームでパーフェクトを取ってしまったわ……!《ドヤァアアアン……!!》」

「なんで初めてでパーフェクト取れるんだよ! お前どこまでユキペディアさんなの!? いっそ清々しすぎて拍手しか贈れねぇよ!」

「失敗したら交代ってルールだったのに結局一回も交代しないで終わっちゃったよ!? ヒ、ヒッキー! べつのやろうよべつの!」

「いや、っつってもぼっちな俺の家に多人数プレイ可能なゲームとかねぇぞ?」

「ってそうだよ! そもそも歌のこと調べに来たんじゃん!」

「あ、そ、そうだったわね。では……その……《ちらちらちら》」

「……あー、そうな。ぼっちだとなんかテトリスとかパズルゲー、めっちゃやりたくなるよな。なんでか知らんけど。いいぞやってて」

「……!《ぱああっ……!》あ……ありがとう、八幡くん《にこり》」

「───」

「………」

 

 あたしもヒッキーも、ゆきのんの純粋な笑顔に言葉を無くした。

 うわ、わ、わー……! なにあれ、反則だ。

 あ、でもゲームの始め方が解らなくて首を傾げるゆきのん、可愛い。

 

「ゆき……あー、雪乃。お前はまず説明書からな。ほれ」

「あ、ありがとう、ひきっ……八幡くん」

「俺の苗字で詰まるのやめろ……なんか引き攣ったみたいに聞こえるから」

「そうね。あなたの場合、存在自体が引き攣っているのだもの、それを他の家族にまで当てはめるのはひどい話よね、怠慢くん」

「おい、まさかこれからは名前で罵倒するつもりかよ」

「当たり前でしょう? “比企谷”でし続けてしまっては、小町さんやご両親を悲しませることになるのだから」

「あの? 雪乃さん? 今俺が大絶賛悲しんでいるんですが?」

「……ごめんなさい、まだいろいろと距離を測りかねていて。……その。これから、頻繁に足を運ぶ場所に……なると思うから」

「───、……雪乃…………」

「………」

 

 雪乃と八幡がじいっと見つめ合う。

 互いの目に互いを映して、逸らさないで目と目を……視線を交差させて。

 やがて二人は───

 

「……………来る度に罵倒する気かこのやろう」

「友達とは遠慮しない関係でしょう? それと、女性に野郎と言うものではないわよ」

「容赦ねぇなお前……」

「自分の振る舞いたいように振る舞っているだけよ。遠慮せずあなたもそうすればいいじゃない。天真爛漫くん?」

「なんかもう最後に“まん”がつけばなんでもいいみたいになってるじゃねぇか。飾らない関係ってのを所望したいんだろうが、似合わんからやめてくれ」

 

 にこりとかふんわりとかじゃなくて、ニヤリって笑ってそう言い合った。

 あ、あれー!? なんかちょっとしんみりしたなって思ったら、全然そんなことなかったよ!?

 ……でも、楽しそうならいいのかな。

 うん、いいよね。

 よし、せっかくこんな関係になれたんだから、あたしも楽しまないとだ。

 

……。

 

 それから、ヒッキーの部屋で音楽……アニソンを流しながら、漫画とか……ラノベ? とかを見てみてる。

 っていってもあたしは文字ばっかだと頭が疲れてくるから、まずは興味が向くようにって渡された漫画。ラノベが漫画になったやつなんだって。

 最初にラノベの絵とかを見て、絵が可愛いって思ったやつの漫画を見てみたら、結構楽しかった。こう、どーんってなってぐぐーっていって、どっかーんって。

 難しい設定とかが最初にくるのは、うん。合わなかった。覚えてらんないし。

 

「しっかし……」

「ん? どしたのヒッキー」

「どしたの、っつーか。どうかしすぎてるだろ、さっきの今で」

 

 むず痒い、みたいなふくざつそーな顔をして、ヒッキーはあたしとゆきのんを見る。

 っていっても、ゆきのんはあたしたちにそそのかされて、“寝転がって小説を読む”って行動をやってる内にうとうとしてきて、そのままぱたんって寝ちゃったけど。……ヒッキーのベッドで。

 ヒッキーはそのベッドに背中を預けて、足は軽くあぐらをかくみたいにしてる。

 あたしは……そのあぐらを枕代わりにして、仰向けで読書。恥ずかしいけどなんか新鮮で、こんな行動が楽しい。

 

「あはは……そうかもね」

「あの小町が……来たと思ったら何も言わずにそっと出ていったからな……」

 

 あー……うん。小町ちゃん、元気だし賑やかなイメージあるもんね。

 そんな小町ちゃんが“おにっ…………《ぱたん》”って静かに出てくって、すごいよね。

 

「ヒッキーはさ、その……迷惑だった?」

「……い、や……なんつーか。これで嫌とか、罰当たりもいいところだろ……。っつっても、そんなん抜きにしたって感謝ばっかっつーか……」

「ヒッキー?」

「~~……まあ、その、……ありがとう、な。俺だけじゃ絶対に踏み込まなかっただろうし、こんなもんは慣れれば安定するんだ、とか言って全部台無しにしてたかもしれねぇ。だから、まあ、なんつーか、そういうこと、っつーか」

「……うん。よく解んないけど、あたしもありがと」

「よくわかんないのかよ……」

 

 とほー、って溜め息吐いて、くしくしってお団子がいじくられる。

 くすぐったくて笑ってたら、見上げるヒッキーもやさしい顔で笑ってた。

 そんな笑い声にゆきのんが起きて、しっかりと掛け布団まで掛けられて眠ってたことに真っ赤になるんだけど……急に始まった早口の誤魔化し文句に、ヒッキーが軽くツッコむと、「ひう」ってヘンな声出して止まった。

 

「ゆきのんゆきのん、よく眠れた?」

「い、えあの……、……結衣、さん。雪乃、よ。ゆきのんではないわ」

「じゃあ雪乃。よく眠れた?」

「~~~……」

「お~、お前が寝てからもう二時間経ってたのかー。……仮眠にしちゃ寝たほうなんじゃねーの?」

「くっ……! ……ええ、そうね。不思議なほど熟睡していたようね……」

「べつに気にすんな。むしろ気ぃ許してくれてるみたいで嬉しいわ。親友って、そういうもんだろ。出来たことねぇから知らねぇけど」

「───、……あ…………そう、ね。そうだったわね。では八幡くん、お水を持ってきなさい」

「それは親友じゃなくて小間使いっつーんだよ」

 

 言い合って、二人が笑う。あたしもそんなやりとりに笑って、一緒の時間を楽しんだ。

 

「あ、そうだ! ねぇねぇヒッキー、お願いがあるんだけど」

「……嫌な予感しかしないから嫌だ」

「ん、じゃあ小町ちゃんに」

「予想がつくからやめろっ! ……よ、よーし、よーく考えろ結衣。よーくだぞ? お前、もし自分がやられたら頷けるのか?」

「うん、だいじょぶ」

「……そこに赤子のお前が居てもか」

「え? うん、だいじょ───」

「待ちなさい結衣さん! …………ええ、そうね、よく考えるべきだったわ、八幡くん……」

「解ってくれるか、雪乃……」

「え? え? なに? なんなの?」

 

 なんか二人が解り合っててずるい。え? アルバムだよね?

 赤子のあたしが映ってたって、べつにあた───……し…………あ、赤子? 赤ちゃん? 裸で───ひゃああっ!?

 

「うひゃあああわわわわごめんなしなしやっぱいまのなしぃいっ!!」

「……まあ、だろ? その反応が正しい」

「なら比企谷……こほん。八幡くん。あなたが“見せたくない写真”をあらかじめ除いておく、というのはどうかしら」

「いやいいだろもう……べつに俺の写真なんて見たって面白くもなんともねぇぞ? ぼっちだから常に一人だし、家族以外と一緒に映ってることなんてまずねぇし、そもそもその家族との写真さえろくにねぇし」

「思ってたより寂しい断り文句が来た!? ゆ、ゆきのんどうしよう!」

「雪乃、よ。……いいわ、寂しくても受け止めるのが友情というものよ。……八幡くん、見せなさい。いずれ私のものも見せるから」

「あ、じゃああたしもっ! やっぱりヒッキーの子供の頃の写真って見てみたいし」

「………」

 

 「物好きどもめ」ってぽしょって呟いて、ヒッキーは押し入れの奥をごそごそし始めた。

 で、なんか明らかに“最近じゃ開きもしてませんよ”って感じのアルバムを開いて、何回かめくると何枚かの写真をべりべり剥がしたあと、あたしとゆきのんにアルバムを見せてくれた。

 

  幼稚園時代

 

 小さな服に身を包んだ、こっちにVサインしてニカって感じで笑ってる子供が居た。

 わ、可愛い……けど誰? なんて最初は思っちゃって、ベッドの上のゆきのんが……あ、雪乃がハッて息を飲んで、子供の髪の毛を指さしてくれたおかげでやっと解った。

 こんな頃からピンって立ってる、特徴的な髪型。これヒッキーだ!

 わ、うそ! 可愛い! すっごく可愛い! うわーうわーうわー! 笑顔だ! すっごい可愛い笑顔だー! 可愛い! ヒッキー可愛い!

 

「…………《じいいいいいい……!!》」

「…………《じいいいいいい……!!》」

「あの……せめてなにか言ってくれません? 顔真っ赤にして過去を見つめられ続けるの、めっちゃ恥ずかしいんですが……?」

「ヒッキー見て見て! 可愛いよ! すっごく可愛い! ほら!」

「お、おう……いや、うん。それ、俺な? うん。俺に俺見せてなにしたいの?」

「随分と写真が多いわね……それも、どれも笑顔。ふふ、無邪気なものね。これが、なぜこうなってしまったのかしら……」

「おいやめろ」

 

 こうなってもなにも、ヒッキーかっこいいよ? たまにキモいけど。

 思ってたことは言わないで、アルバムをめくっていった。

 笑顔笑顔でとっても可愛い。

 ほんとに目が腐ってなくて、世界の全てが楽しくて仕方ないって大声で言ってるみたいな笑顔ばっかだった。

 

  小学生時代

 

 まだ笑顔。

 友達みたいな子も何人か一緒に映ってて、それが何枚か続いたあと……少しずつ、笑顔が無くなっていった。

 

「………」

「………」

 

 やがて、一人。

 笑顔がぎこちなくなって、俯き始めて、笑わなくなって、一人で……独りで。

 目が、濁っていって……腐って。

 急激に写真は減って、中学の写真なんてろくになかった。

 

「……ヒッキー」

「……八幡だ。解ったろ、ぼっちのアルバムなんて見るもんじゃねぇよ。そんなイベントは友達が多い連中でやるべきだ」

「そうね。あなたがそうして被写体となるのを拒んだ、という事実もあるのでしょうけれど……私はどちらかといえば、あなたの両親に対して溜め息をこぼすわ」

「ゆきのん───っとと、雪乃?」

「…………、……いえ。ただ、きっと小町さんは写真が多いのでしょうねと思っただけよ。携帯電話が一般的になって、親が写真を撮る機会が少なくなった今でも、そうなのだろう、と」

「───!」

 

 言われてみて、納得しちゃった。

 そうだ、きっと小町ちゃんの写真は多い。

 アルバムは一つだけじゃないかもしれないし、小町ちゃんの手元になくても、ヒッキーのパパとママがいっぱい持ってるかもしれない。

 ……その中には、忙しいからって、お兄ちゃんだからって理由でヒッキーにカメラを持たせて、撮らせた写真だっていっぱいあるかもなんだ。

 ……なにそれ。勝手な想像だけど、そんなのってないって思った。

 

「ヒッキー!」

「八幡な、結衣」

「い、いまはそういうことよりさ! う、うー! ヒッキー! ヒッキー! あの、あのっ!」

「……言おうとしてくれること、予想がつくから……これから頼む。俺も、お前たちとなら……そういうの、増やしていきたいって思う」

「写真っ…………ふえ?」

 

 なんだかもどかしくて。

 本当の事情も知らないで怒ったりするのって、すっごくアレかなって思ったけど、それでも悔しくて。

 自分のことじゃないのに自分のこと以上に悲しくて、それをぶつけようとしたら……ヒッキーから言ってくれた。

 

「俺は……よ。これから、一度失敗したことを繰り返すんだと思う。もう二度とするかって誓ったことを、お前たちに。……相当鬱陶しいし、重いだろうけど……受け止めてくれると、その……あれだ。……う、嬉しい」

「ヒッキー……」

「だから、八幡な」

「訊いてみてもいいかしら。あなたが失敗したこととはなに? 人間関係だと言うにしても、今さら“ただのそれ”を失敗した、と言うつもりはないのでしょう?」

「……ああ、そだな……なんて言えばいいのか」

 

 溜め息ひとつ、ヒッキーは話してくれた。

 馬鹿だったから失くしたもの、信じたから見失ったもののことを。

 

「人の関係なんて軽いものから崩れていくもんだ。最初は小さな冗談から、次第に周囲がそれに乗って、一人ひとりは冗談半分面白半分でやっていようが、やられている方は一人からの軽い冗談が10倍にも20倍にも大きくなって、潰れそうになる。辛いから友人にやめてくれって言うと、なにマジになってんだよ、冗談だろ? なんて軽く言う。そりゃそうだ、本人は本当に軽い冗談のつもりだった。だが、周囲がそれを真似して、やられている方の身になれない時点で、それはもう軽いもんでもなんでもなかった」

「……ええ。やがて、軽い冗談さえやめてくれない相手を信じられなくなる」

「そうだ。そんな軽さにさえ気づけない奴を、信じられなくなる。だから離れるのに、相手にしてみりゃ軽い冗談さえ受け取れないノリの悪いヤツで完結して、軽い冗談は性質の悪い攻撃に変わって、本格的なイジメになる」

「あなたはその相手から離れたの?」

「………」

「……いえ、そうね」

「……うん。ヒッキー……八幡だもん」

 

 話し合えば解るっていうのは傲慢だ。

 そんなことを言える人が、その時の友達を信じようとしないわけがない。

 きっと信じた先で……言わないでも解り合えるって信じて、裏切られて、話し合おうとして拒絶されて……それで……それで。

 

「~~……っ……」

 

 ……悔しい。

 悔しいな。

 どうしてあたし、その時にヒッキーの傍に居られなかったのかな。

 一緒に居て、馬鹿みたいとかアホみたいって言われても、ずっと傍に居られたなら───最初からそうだったなら、あたしたちはきっと今頃……。

 今さらどうしようもないことがぐるぐる渦巻いてると、ゆきのんがぽしょって呟いた。

 

「……私たちが……もし幼馴染なら。もっと小さな頃から知り合えていたなら……」

 

 って。

 そうだ。悔しくて仕方ない。

 小さな頃からお互いが欲しかったものがここにあって、どうしてあたしたちは最初から出会うことが出来なかったのかなって。

 ヒッキーがなにか言おうとしたけど、あたしたちはそれを止めた。

 来る言葉が予想出来ちゃったから、先にあたしたちがってゆきのん───雪乃と頷き合って。

 絶対に幸せにするんだ。あたしたちが、この人を。

 そして、あたしたちも幸せになるんだ。

 将来のこととかまだ解んないし、三年になってからのことだって不安はあっても、それを答えとして見つめ続けて、逸れちゃわないように進むんだ。

 いっぱいいっぱい話そう。

 いっぱいいっぱい知っていこう。

 誰におかしいって言われたって、それがあたしたちの答えなら、それは世界がまちがっているって言ったって、あたしたちにとっては本当の答えなんだから。

 


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