どこにでもあるようなガハマさんとヒッキーのお話   作:凍傷(ぜろくろ)

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解り合うことの価値③

 情報の拡散、ツイッターの応援アカウントでの作戦は途中で中止。

 相談したやつらには後日俺がお詫びとして奢ることになり、無事……雪ノ下は生徒会長、ゆいがは……結衣と一色が副会長に。俺は庶務……どころか書記会計雑務の様々を押し付けられることに。っておいちょっと待て、これ明らかにおかしいだろ。

 生徒会役員の引き継ぎとそれらに関する書類を睨みつつ、今日も奉仕部にて目を腐らせる男ひとり。……俺である。

 

「おい雪ノ下、これ明らかにおかしくない? 役割の70%くらいが俺に回ってきてるじゃねぇかよ」

「随分なことを言うのね比企谷くん。少しは頼ることを知れと言ったのはあなたじゃない」

「これは頼るとかじゃなくて押し付けるっていうんだよ……なに? なんで他のやつら入れようとしないの。生徒会3人で回すとか無茶だろ」

「だから一色さんが副会長に入っているじゃない」

「副会長二人も要らないだろ……一色はサッカー部のマネージャーもやってるからあんま来ねぇし。なにこれ早速新人イジメ? 一色を会計に回そうとか思わないのかよ……」

 

 あの日───俺が結構ヤバめの風邪を引いた日からしばらく。

 俺は結衣に提案して、雪ノ下の自立と成長を願った。

 恋愛ごとはノータッチで、友達としての相談として奉仕部へ依頼したソレは、雪ノ下本人がなんのこっちゃと解っていなかった。

 で、一から十まできっちり説明してやれば顔真っ赤。涙まで滲ませてぷるぷる震えていた。“わ、私がひきぎゃや……こほんっ、比企谷くんに甘えて……!? いえ、むしろこれは依存……!?”と、いろいろと悶えていた。安心しろ雪ノ下、ぼっちってのは一度は悶えるもんだ。

 

「べつに、一色さんが来ないなら来ないでも構わないじゃない。元々私たちは三人だったのだから」

「あーそうな。そう思うなら、仕事が溢れたら手伝ってくれなー……」

「その前にあなたは数学を勉強しなさい。いいえ、私が教えるわ。比企谷くん、覚えなさい」

「なんでそこで命令なんだよ……怖いよ、あと怖い」

「べつに構わないでしょう? 残り一年弱。精々、友人の居る日々を謳歌させてもらうわ」

「はぁ……なんつーか、やっぱお前すげぇわ。普通、変われって言われてすぐに変われるもんじゃねぇだろ」

「人なんて、変わる気があればいくらでも変われるわ。様々な人は勘違いをしているのよ。足りないから変われないのではなく、足りているから変われない。人は人の目を気にしているから変われない。答えなんて、いつでもそこにあるじゃない」

 

 変わる……ね。まあ確かに、人なんて簡単に変わるのだろう。

 “俺は変わらない”、“変わったのは周りだ”、言えることなんてそれこそ腐るほどある。

 受け入れてしまえばあっさりと変わることだって出来るだろうに。

 諦めることを盾にしていたくせに、変われと言われて諦めなかったいつかの自分が懐かしい。

 まあ、諦めるのと、誰かの言うことを無条件で聞くのとは違うけど。

 

「それで? 由比ヶ浜さんは?」

「ああ、結衣ならちとやりたいことがあるってんで、葉山とか三浦んとこに行ったな」

「……いやな予感しかしないわね」

「お前さ、葉山が関わるだけで嫌そうな顔するの、やめたほうがいいぞ。いや俺も嫌だけど」

「はぁ……けれど考えてもみて。由比ヶ浜さんがあのグループに居て、良かったことなんて一度でもある?」

「それな。ほんとそれ。マジそれ。それ超ある。それしかないまである。……むしろ結衣があのグループと係わり合いを持ってる所為で起こったことの方が多かったりするんだよな……え? なに? メリット全然ねぇじゃねぇかよ。最近やたらと戸部が馴れ馴れしいし葉山が同情的な目で見てきたりするし海老名さんは申し訳なさそうな顔するし戸部は馴れ馴れしいし」

 

 あと戸部とか戸部な。つか、とにかく葉山がない。あれはない。なんであそこで可哀想だって顔で見てくるんだよ。同情すんなよ。お前ほんとやめろ。“同情と書いて同じ情”とかふざけんな、お前には一生かかっても解んねぇよ、解ってたまるか。

 と、思い出し苛立ちをしていると、引き戸を開けて元気にやってくる……お団子頭の恋人。

 

「やっはろー! ゆきのんっ! あとヒッキー!」

 

 ……来て早々ひでぇなこいつ。あとってなんだよあとって。ついでなのかよ俺。

 

「いらっしゃい、由比ヶ浜さん。丁度紅茶を淹れるところだったの。飲むかしら」

「わあっ、飲む飲むっ! えへへぇ」

 

 あ、ごめんなさい訂正します。言葉では“あと”とか言っといて、この娘ったら一直線に俺のとこ来たよ。えへへぇとか言ってものすげー嬉しそうだよ。やだなにこれ可愛い。

 

「……比企谷くん。言われた身として是非言い返したいのだけれど。依存であり、変わる必要があるのはあなたたちの方ではないかしら」

「よせやめろ、俺も最近そう思い始めてきてんだから」

 

 最初は椅子を隣に動かしてきて、服の袖を軽く抓む程度だった。

 次に隣に座り、手を重ねてきて。次に手を握ってきて。次に腕を掴み、次に腕を組み、次に腕に抱きつき、次に腕に抱き付き&腕にすりすり。次に足を開かせて同じ椅子に座る、などなど……。

 さて本日は? …………足の上に乗っちゃってるよ。あったかくてやーらかい。あといい匂い。結婚したい。

 え、ええっと。これは……あれですか? もう抱きしめてよかったりしちゃいますか? つか、これ本とか書類とか見れねぇよ。

 諦めて書類をぱさりと机に置くと、結衣がその左手をハッシとキャッチ。次いで、ぶらぶらさせてた右手をキャッチすると、自分のお腹の前まで持ってきて組ませ、自分の肩越しに人のことをチラチラと見ては、えへへぇと頬を緩ませた。あ、だめ。抱き締めたい。引き寄せてぎゅうって。いや待てやめろこれは罠だ。そんなことをした瞬間に雪ノ下が110番通報をする、全く新しいポリス式美人局だ。

 

「う……その。なんだ。……結局、葉山たちとなに話してきたんだ?」

「あ、うん。グループ抜けてきた」

「……そか。…………え?」

「由比ヶ浜さん、それは本当?」

「うん。今回のことはさ、あたしがやろうよってしつこく言っちゃったこともあったけど……さ。結局なんも変わんなかったんだよ。あたしたちが……ううん、ヒッキーがいろんな目で見られることになってもさ、奉仕部がヘンな空気になっちゃってもさ。今のままが好きっていう……隼人く……ううん、葉山くんや、姫菜の気持ちは解るよ? でもさ、なんかさ、あたしはもう……あのグループがなにをしたかったのか、解んなくなっちゃった」

「結衣……」

「………」

「あたしたちもさ……ほら。きっとヒッキーが全部打ち明けてくれなかったら、もっとひどい空気になってたんだと思うんだ。だから……出来る限りでいいしさ、無理にとは言わないから……あまり隠し事とかそんなのしないで、それで……楽しくやってけたらなって」

「そうね。体調不良になると人は弱音を吐くというけれど、今度から比企谷くんの本音が聞きたくなったら紅茶になにか混ぜましょうか」

「おい。なんなのお前、今ここに居る人に堂々と薬を盛る計画とか口に出さないでくれます?」

 

 雪ノ下がくすくすと笑う。ほんとこいつ、なんというかこう……荷物降ろした子供みたいに燥いでる気がしてならない。

 雪ノ下さんもたまに来ると、楽しそうに笑ってるし。……やっぱあの人も、なにか感づいてたこととかあったんだろうか。あったんだろうなぁ、なんでも知ってますみたいな人だし。

 

「つかなに。俺の本音ばっか聞いといて、お前らなんもねぇの? ただ協力してくれってだけ? ……いやま、答えは解りきってるんだが」

 

 キモいとか、女性のすべてを知りたいだなんてとんだ変態ね、訊きたがり谷くんとか罵倒されて───

 

「あ、あたしはっ……ヒッキーとゆきのんのことが好きだよっ!? 二人が居る奉仕部が大好きだしっ! だから生徒会長になろうって思ったし……」

「……、その。私も、その……似たような……気持ちだったわ。あなたのやり方が嫌いとは思っても、無くしたくないと思ったことは確かなのよ」

「…………お、おう。その……俺も。お前らは大事な友達と、大事な恋人だ」

 

 ああ恥ずかしい。まさか二人とも心の内側ぶちまけてくれるとは思わなかった。

 俺がぶちまけた本音の数々に比べりゃ微々たるものだが……それもまた、追々だろう。

 

「うんっ! ……たぶんさ、変わりたくないって思ってても……あ、えと、違うか。本当に変わってなくてもさ。周りが変わってってさ、周りの考え方自体が変わっちゃったら……その変わってない人も、変わったって言われちゃうんだろうね。ヒッキーはさ、そういう状況って……どう思う? 変わったって言えるのかな」

「他人に何を言われても変わってないって貫ければ、それで十分だろ」

「そっか……じゃあヒッキーの周りはあたしたちで変えてくから、えと、えとえとー……えへへぇ……“傍に居てね”?」

「………」

 

 いや、人の足の上に座りながら、照れ笑いでそれは反則でしょ。

 もう耐えるとか無理だったから後ろから抱き締めた。するとすかさず雪ノ下がケータイで110番通報を───ってやめて!?

 

「友達としてやる最初の作業が、まさか友人を警察に突き出すこととは思わなかったわ……残念ね、比企谷くん」

「残念なのはお前の頭だよ……やめて? ほんとやめて?」

「あ、ゆきのんちょっと待って……あのさ、相談があるんだ」

「相談? 比企谷くんを通報するのだったらさすがに冗談だから、間に受けないで欲しいのだけれど」

「そういうことじゃないよ!? 違くてっ、えっとえっと……! あ、ほら、生徒会ってゆきのんとあたしといろはちゃんとヒッキーだけじゃん? だからさ、もっと人増やさない? さいちゃんとかサキサキとかさ!」

「え……」

「結衣……、……? ん?」

 

 ……? ……? …………おおっ、なんか少し引っかかるものがあると思ったら、材木座呼ばれてないよ。

 いや、気に掛かったってだけで、べつに呼びたいわけではないのだが。

 

「戸塚は是非……って言いたいところだけどな。テニスやってるし無理じゃないか?」

「テニスが無い日だけでもいいからさ。ほら、いろはちゃんとかサッカー部だし」

「実際テニスやってるヤツと、マネージャーとじゃ状況変わってくるんじゃねぇか……? いや、マネージャーがなにをするのかとか俺知らんけど」

 

 あれか? サッカーボール磨いたりとかプロテイン買ってきたりとか……ああそういや、戸部が巻き込まれてたっけ。そかそか、ああいうのが仕事か。

 

「私としては三人のままがいいのだけれど……」

「おい。お前、もしかして依存対象を俺から奉仕部にしただけなんじゃないだろうな」

「こほっ! こっほけほっ! ……な、なにを言っているのかしら。騒がしいのは脳内だけにしてほしいわ、ガヤガヤくん」

「……まあ、居心地がいいものを手放したくない気持ちは、解るけどな。一応は考えてみてくれって話だ。戸塚は部活があるし、えーと……サキサキさん? ……ああ、川崎か。あいつは家のことがあるだろう。材木座は毎日来そうでやかましそうだから却下として……おいどうすんだ、もう候補が居ねぇぞ」

「人望がないわね」

「ほっとけ。どんだけ人望があろうが無理だろこれ。二年のこの時期に暇してるヤツの方が珍しいっての」

「そうね……三年に知り合いが居るわけではないのだし」

「一年もいろはちゃんくらいだしねー……」

 

 やだ、これもう俺の社蓄街道まっしぐらフラグじゃない。会社じゃないけど。

 ……まあ、仕事量が異常とかじゃなけりゃ、やってやれんこともないのかもしれんけど。

 実際一色が会長になってたとして、手伝わされてもなんとかやっていこうとは考えていたわけだし。

 それなら知らん副会長とか書記とかに囲まれてやるよりは…………おう、気楽だな。むしろ幸せであると断言できるまである。

 学園生活よりも生徒会が好きになりそうだよ。戸塚が来てくれたらなお良し。……良し、なんだけどな。まいった。今じゃ結衣のこと優先しちまう。戸塚や小町より上が存在する、なんて日がくるとはなぁ……。

 

「…………」

「……、あ……」

 

 雪ノ下にバレないように、ゆっくりと引き寄せていた結衣を、ぎゅうっと抱き締める。

 結衣も静かに身体を傾け、力を抜いて寄りかかってきてくれる。

 ……ああ、やばい、可愛い。

 

「比企谷くん。由比ヶ浜さん」

『《びくぅっ!》ひゃいっ!!』

「……? いきなり叫んでどうし───…………《ピッピッポッ───》」

「待てっ! 雪ノ下待て! いきなり110番はどうなんだ!?」

「え? 110? ……救急車だっけ?」

「結衣、それ119番な」

「ふえっ!? ゆ、ゆきのんなんで!? あたしべつに嫌がってないよ!?」

「生徒会が、ただれた男女の会になるのを未然に防ぐのは会長の務めだと思うのよ」

「だったらまず自分で止めに入れよ……。先生どころか警察沙汰ってなんなのお前……」

 

 やっぱちょっと幸せには程遠いかもしれん。お、おう。幸せは言いすぎだったな。

 

「しかしまあ、なに? 友達になってもやることされることなんて変わらないもんだな」

「当たり前でしょう? けれどまあ、以前よりは不快ではなくなったわね」

「不快ではあるのかよ……」

「それも当たり前。目の前でいちゃいちゃされて、不快に思わない人が居ると思うのかしら」

「…………ああ、そりゃむかつくな。なるほどむかつくわ」

 

 よくイケメンリア充に対してもやもやしてたもんだ。

 それが今じゃこれですよ。そりゃイライラされるな。うん、俺が悪い。

 でも引き寄せた腕は緩めない。可愛い。

 可愛いんだが、なぜか結衣はちらちらとこっちを見て、うずうずしだし、ついにはこちらに向き直って抱き付いてきた。いや、だからやめれ。ケータイ構えるな雪ノ下。

 

「……由比ヶ浜さん。一応、言い訳は聞こうと思うのだけれど。忠告した矢先にそれはなんの真似なのかしら」

「え!? あ、やー……だって……、……だ、抱き締められたら、抱き締め返したいし……」

「───」

 

 …………。───……、───…………ハッ!?

 ああやばい、いかん。ちょっと言葉を失ってた。いやどうしよう、こんな純粋に気持ちぶつけられるのほんと初めて。悪意って意味では散々ぶつけられてきたが、まさかプロボッチャーである八幡さんがここまで心を揺さぶられるとは。揺さぶられるどころか愛してるまで存分に言えるまである。

 あ、だめ、ほんとやばい。こんな状況、普通は顔がニヤケるもんだろうに、好きで大好きで愛しくて、顔がやさしく緩む。大事にしたいって気持ちが強すぎて、ニヤケとかじゃない、格好つけたり気取った自分が殺された、やさしい笑みが浮かぶ。

 

「あ…………ひっきぃ……」

 

 そんな俺を見て、きっとキモいだろうに、ほにゃりと可愛い笑みを浮かべる結衣を抱き締めて、頭を撫でる。

 くすぐったそうに、けれど自分からもこしこしと顔を擦り付けてくる姿に、たまらないほどに愛しさが湧き出す。いやどんだけ愛しいの俺。でも愛しい。

 

「……驚いたわ。あなた、そんな顔も出来るのね」

「どんな顔だよ。そんな顔っていきなり言われたって自分の顔なんか見れねぇだろ」

「そうね。自覚なんかしないほうがいいのかもしれないわね。ある意味で貴重だわ」

 

 なにそれ。とんでもなくキモいってことか? ……だろうな。なにせ俺だ。

 おかしいなぁ、顔立ちはいい方な筈なんだぞ? なのになんで笑うとキモいとか言われんの俺。ほんとに整ってんの? 整ってるよな?

 

「あーその、話戻すけど。とりあえず補充する意見を取り入れて、話だけでも通すってことで……いいか?」

「ええ。二人とも由比ヶ浜さんと同じクラスだったから、お願いするわね由比ヶ浜さん」

「うん、えへへぇ、任せてゆきのんっ」

「おい、なんでそこで敢えて俺の名前を出さないみたいな空気になってんの。俺だって同じクラスだっての」

「だってあなた、自分から話しかけられそうにないじゃない」

「………」

 

 やべぇ正論すぎて反論できねぇ。

 あ、でも戸塚になら…………いっつも戸塚が話しかけてくるよ。

 じゃあ川……なんとかさん! …………基本お互い話さないようにしてるし。

 別クラスだけど材木座───あー……あっちからだな。鬱陶しいくらいに。

 ……うわっ、俺のコミュ力、いくらなんでも低すぎっ!?

 

「……お願いね、由比ヶ浜さん。あなただけが頼りよ」

「あたしだけ……っ……う、うんっ! うんっ! まかせてゆきのんっ!」

「………」

 

 抱き合ってるのに蚊帳の外ってすげぇなおい。

 

「じゃあ早速! 行コ、ヒッキー!」

「え? なに? 俺も行くの? つか一応部活中なんだから待ってなきゃまずいだろ」

「大丈夫よ比企谷くん。これも部としての勧誘活動の一環だから。あなたが行ってなんの役に立つのかは知らないけれど」

「あの雪ノ下さーん? 一言余計ですからねー? はぁ……」

 

 俺の上からぴょいと降りて、早く早くと手を引っ張る結衣と歩く。解ったから落ち着け散歩前の犬かお前は。

 溜め息を吐きながら思うことは、日々のこと。

 関係が変わっても、相変わらずの日々。

 だが、腹を割って話す以前とは比べ物にならないほどに……心地良い日々。

 まあ、なに? ……悪くないよな。うん。

 

「ねぇねぇヒッキー、ここまで来ちゃったらさ、新しいグループとか作っちゃわないっ?」

「ちゃわない」

「即答だっ!?」

 

 奉仕部を出て引き戸を閉めて、知り合いを勧誘すべく移動。

 とはいえ、放課後だってのにいったい誰がどれだけ残っているのか。

 

「え、えー……? だってさ、ほら、ヒッキーでしょ? ゆきのんでしょ? あたしでしょ? さいちゃんにサキサキにー……来年は小町ちゃんもっ」

「……材木座ェ……」

 

 さすがに同情しないでもないが、誘わなくても来そうだから、それまで忘れておこう。

 

「……ふぅ」

 

 さて、いい感じに二人きりになれたわけだが。

 ……小町ちゃん、どっから情報が漏れたのか知らんけど、なんでお前が結衣と付き合ってることを知ってるのかとかそーゆーことは聞かん。

 だがまごまごしている俺の背中を押してくれたのは実にいい仕事。グッドなジョブだ。

 

「あ、あーその。……結衣」

「? なに? ヒッキー」

「《ぎゅっ》……おおう」

 

 繋いでいた手が解かれ、腕を組まれた上で、再度手を繋がれた。恋人繋ぎだけでは飽き足らないとは、どこまで俺の想像を絶すれば気が済むのか。やめて、八幡トキメキすぎてキモいなにかに進化しちゃいそう。

 歩きながらも見上げてきて、すりすりと腕に顔をこすりつけてくる。

 いや、確かに歩きながら肩にこすりつけたんじゃ硬いだろうけど、だからって腕はやめなさい、歩きづらいでしょ。……わあ、でもすっげー嬉しそう。俺も嬉しいけど。そして可愛い。

 

「あ、えー、おー……その、なんだ……ンー……」

「?」

「……デ、デート……行かないか?」

「……!《ぱああっ……!》」

 

 わお。綺麗な華が咲きました。ぱああって擬音、すげぇ合ってる。

 

「い、いくっ! ぜったい! いつっ!? ヒッキーいつっ!?」

「……基本暇してるからいつでもいいっつーか……ああその、えぇっと、だな。あー……むしろ今日、早く終わるなら行くつもりだったんだけどな」

「あー……そだねー。じゃあ次の土日でいいかなっ」

「おう、いいぞ。つか、そっちは予定大丈夫なのか?」

「うん。パパと買い物行くことになってたけど空ける」

「お前、ファブリーズの件といいどんだけお父さん嫌いなの……もうちょっとやさしくしてやれよ……」

「あ…………う、うん。…………お父さん……お父さんかぁ、えへへぇ。やっぱりちょっとくすぐったい……」

 

 少し歩くと、騒がしさは広がっている。

 特別棟の窓を開けるだけでも、喧噪なんてもんは嫌でも耳に届くもんだ。

 ふざけあって廊下を歩く男子高校生、ファッション雑誌のことを語りながらきゃあきゃあと騒ぐ女子高校生。

 サッカーに情熱を注ぐサッカー部員や、テニスで汗を散らす天使。

 どれも青春であり、自分のやりたいことを少なからずやっている者たちだ。

 俺はどうだろうと考えて、将来自分のなりたいもの、やりたいことを真剣に考えてみるのもいいかもしれないと思った。

 

「なぁ結衣。お前は将来なにになりたい?」

「え? 将来の夢? ええっと……えへへぇ」

「? なんだよ」

「……お嫁さんっ♪」

 

 日常ってのは悪くないもんだと思う。

 ぼっちだろうとリア充だろうと、居たくて居る場所があるってのはいいもんだ。

 そんな場所がベストプレイスから部室へ、部室から生徒会へ移ったとしても、まあ適当に……それでも適度に充実した毎日を送れるようにはなったのだろう。

 自分の内側を曝け出しても受け止めてくれる人が居る。

 それだけで、少しは自分の世界は広がってくれたのだ。

 あとは……まあ。広がってくれた世界が、“選ばないことを選んだ”ためにまちがってしまうことのないように、大切にして生きていこう。

 

「お、おう……そか。んじゃあ俺はお婿さんな」

「どっちも家出ちゃ住む場所ないよ!? ……あっ」

「……お前、そういうことナチュラルに言うなよ……《かぁあっ……!》」

「い、いいもんっ! どうせヒッキーと一緒になるんだしっ!」

「《きゅんっ》……結婚してください」

「ふええっ!? あ、え……え、と………………はぃ《かぁああ……!》」

 

 馴れ合うだけではダメだった。距離を取るだけでもダメだった。

 大切に思うと同時に、人を傷つけたくないって思った。自分が嫌な空気を吸うのが嫌だからか? 違う。そんなものは慣れていた筈だ。

 そんな空気を吸わせたくなかったのは、そこに大切ななにかがあったからだ。

 自分の内側をぶちまけることで笑顔をくれた二人。変わっていたのは俺だった。

 大切なものが出来てしまったら、傷つけたことを自覚し、後悔する。その罪悪感と戦いながら、飲み込み、ぶちまけ、受け入れられて……今がある。

 気づけることはあったのだ。

 馴れ合いだけじゃ人は成長できない。

 馴れ合わなかったからこそ“俺”に到ったように、一方だけじゃ……正論だけじゃ人は変われない。

 正義のヒーローは好きか? 悪は好きか? 俺は自分の意思を貫き続ける方が好きだ。一切迷わず正義を貫くならそれでいい。悪として悪らしく、正義に憧れもせず悪で居られるならそれでいい。

 ただ、知っている。どっちか一方だけで、何かを救うことは出来ないと。

 

「まあどっちも家とか出たら、本気で住む場所考えないとだよな。つか、まず働かんとだろ」

「ヒッキー、まだ専業主夫志望?」

「あほ、お前働かせて家で一人で待ってるとか、お前が上司とかに襲われそうで怖いわ。やるなら自営業な。ずっと二人で居よう」

「《ボッ!》へ、あ……う……!? あ、あう、あうあう……?」

「……お、いや待て? ……おお、そうだな、俺マッカン愛してるし、コーヒーとかの喫茶店出すのもいいな。となると……」

「ひ、ひっきぃ? ねぇ、ひっきぃ……?」

「雪ノ下に紅茶を淹れてもらって、川なんとかさんには料理……戸塚にはウェイトレスを……あ、ウェイトレスじゃなかった。あー……菓子とかも欲しいな。誰か得意なヤツとか居ないもんか。材木座は───……役割が思い浮かばないな。ん、いや、なんで知ってるヤツで役割決めようとしてんだか。個人の夢だってあるだろうに」

「ヒッキーってば!」

「え? あ、おう、どした?」

「どした、って……う、うー、う~~~っ……!!」

 

 俺が悪で二人が正義。それなら間違い続けても正しくあれる。そう思う。

 馴れ合いはしない。その代わり、お互い罵倒し合いながらでも変わっていければ、それでいいんじゃねぇの? 正解なんて知らんし、あるのかも知らんのだから。

 

「~~~……はぁ。それでさ、ヒッキーはどうするの? 将来とか」

「あ? だからコーヒーだろ? 自力で人を癒せるコーヒー作って自営業だな。そのためにまず金を溜めなきゃだが。けどな、経営となると雪ノ下の言う通り、計算は出来ないとまずいわけで……」

「計算……え、えと、ねぇヒッキー。ほんと? ほんとにさ、その……お嫁さんにしてくれる?」

「……今さら俺に他の誰と添い遂げろってんだよ。お前に捨てられたらそれこそ究極のぼっちになるだけだっての。だからそのー……なんだ。……俺と、結婚を前提に付き合ってください」

「……! う、うん! うんっ! じゃああたし、計算頑張る!」

「え……だいじょぶか?」

「これでもヒッキーよりは出来るし! それにあたし、本気を出したらすごいんだからっ《むんっ》」

「……まあ、一応ここに入学できたわけだしな。んじゃ、どーすっかね、大学」

「ええっと、やっぱりけーえーがく? 学んだほうがいいよね?」

「必須だな。そういう専門スクールがあるらしいから、一度行ってみるのもいいかもな」

「そっか。えへへ、そっかぁ」

「? どしたのお前、急に笑ったりして」

「え? んー……ほら、一緒になにか目指せるっていいなーって」

「………………まあ、うん。………………そうな」

「えへへ、えへへへぇ……ヒッキー照れてる?」

「う、うっせ」

 

 経験で得たこと、経験で得られることを消化して吸収していこう。

 消化しきれないものは噛み切れていないものだと受け止め、全部噛み砕いてから飲み込んでゆく。

 そうしてもがき苦しみ、考え抜いて計算し尽くして。その先にあるであろうなにかを、三人で見つけられたらいいなと……そう思う。

 

(三人、ねぇ……。考えがもうぼっちじゃねぇな、ちくしょう)

 

 それでも、なんて思えてしまうなら、俺はもうとっくにこの関係の在り方に敗北して、諦めているのだろう。

 雪ノ下に憧れて、由比ヶ浜に惚れて、奉仕部に安心した。ああ、完璧に敗北だな。人として、男として負けた。

 

 そんな敗北と諦めが……今回ばかりは、心地良い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ああところで、デートの話だけどな……土曜と日曜、どっちにする?

 

 え? どっちもじゃないの?

 

  え?

 

 え?

 

  ……いや、まあ、そうな、うん。どうせ暇だしな。

 

 あ、あはは……うん、あたしも。……ヒッキーはさ、アニメとか……いいの?

 

  溜めときゃいつでも見れるしな。勉強すること増えたから、ガラにもなく頑張ってみるわ。早速雪ノ下に教えてもらうつもりだ。

 

 あ、じゃああたしもっ! えへへ、なんだろね、今じっとしてらんないってゆーか。

 

  おー、それ解るわ。あれな。青春してるってやつ。……ガラじゃねぇけど、言ってもいられないしな。

 

 ……がんばろーね、ひっきぃ。

 

  おう。

 

 …………。

 

  …………。

 

 ……人、多くなってきたね。《ぎゅっ》あっ……。

 

  ……覚悟、決めた。俺の恋人だってことでなに言われても気にしねぇなら、このままで、その……いいか?

 

 ……ヒッキー……。うん、でも、もう誤解されるようなこととか……しちゃ、やだよ?

 

  っ……お、おう。だいじょぶだ。好きなやつが居るのに他人に告白とか、無理だろ。

 

 好き……えへへ、ひっきぃ……えへへぇ……♪

 

  んじゃどうする? 帰るか? それとも帰る?

 

 勧誘忘れてるよ!?

 

  いやもう視線が痛すぎて辛い。俺もう十分頑張ったよ……他人の前で腕組み恋人繋ぎとか上級者すぎるだろ……!

 

 ……ゆきのんの前じゃ抱き合ってたのに?

 

  OK解ったもう怖いもんねぇや当たって爆発しろだ。そうかそうだよな今俺充実してるもんな、爆発すべきは───俺、だったのか……!

 

 ヒッキーキモい……。

 

  おいやめろ。

 

 えへへ……でも、大好き。

 

  !? ───……お、おう、あんがとさん。だが俺は愛してる。

 

 ふえっ!? ───…………あ、え…………~~~……。

 

  《ぎゅうっ》ひゃいっ!? …………お、おい、抱き付くなら腕に……。さすがにこれは恥ずかし───

 

 ~~……ばか。だいすき、ばか……! ぐすっ……あたっ……あたしのほうが、愛してるし……!

 

  …………お……おう。俺も───ヒィッ!? ……ゆっ……結衣? 結衣さーん……!? ト、トコロデデスネ? 廊下の先に、どこぞの地上最強のオーガのように髪をざわめかせている国語教師がいらっしゃるので、そろそろ離れてくれると嬉しいカナー……と……。

 

 やだ……。あんなこと言っといて、離れろとか無理だし……。

 

  そ、そか。じゃあ結衣……早急に決めてくれ。……お姫様抱っことおんぶ、どっちがいい?

 

 え? えとー……お姫様だっこ、かな。えへへ《がばぁっ!》ひゃうっ!?

 

  逃げるぞ結衣っ! しっかり掴まっとけ!

 

   比企谷ぁぁあああああっ!! 校内で! 人前で! よりにもよって私の前で堂々といちゃつくとはいい度胸だぁあああっ!!

 

 えっ!? 平塚先生!?

 

   くそおっ! 青春なんて! 青春なんてぇえっ! っ…………結婚したいっ……!

 

  やめて! 走りながら叫ばないで! 悲しくなるからっ! ほんと誰か早くもらってあげて……!

 

 ヒ、ヒッキーはやだよ!? ヒッキーはあたしと結婚するんだから!!

 

  うわばかっ、おまっ……今そんなこと言ったら───

 

   比企谷ぁあああああああっ!!

 

  だぁあくそぉおおおっ! 青春のばっかやろぉおおおおっ!!

 

 

 

 

  ……いやほんと。心地良いんだよ? マジで。


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