どこにでもあるようなガハマさんとヒッキーのお話   作:凍傷(ぜろくろ)

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責任はとるって言ったんだしな⑤

 来て早々、葉山くんは「……比企谷。これは」って呟いた。

 生徒会室にて。

 黒板側にいろはちゃん。

 扉側に葉山くんと優美子。

 窓側にさいちゃん、ゆきのん、ヒッキー、あたしの順に座って、話し合いの場は……も、もう? もうけられた。うん。用意された。うん。

 

「葉山、ここで嘘とか誤魔化しは一切無しだ。そういうルールを敷いてる。いい加減、全部“解決・解消”しちまわないか。……一人が踏み出さない所為で解決できねぇことが多すぎるんだよ。あとはお前だけだ」

「いや……けど俺は」

「もうとっくに変わっちまってるものを、“今のまま”だなんて呼べねぇだろ。……話せば解るってのは傲慢だ。今でも、たまに思うことがある。けど、話さないことで変わらないままを押し付けるのは、怠慢だろうが。トップがそうしようって押し付けりゃ、下はそうそう逆らえねぇんだ。腹立たしいが社会なんてもんは結局縦社会だし? 部下が手柄立てても上司の手柄、なんてのはしょっちゅうだし? あーだからそのつまり、なに? ……たまにゃトップらしいことしてみやがれ」

「………好き勝手言ってくれるな。俺は望んでトップになったわけじゃない。そんなものは周囲の押しつけだろう」

「押しつけでもなんでも、お前がその位置に立ってその立場でそのままを望んだ事実は揺れねぇし動かねぇよ。だからお前自身が動かせって言ってんだろが」

「………」

「雪乃も望んでる。一度全部ぶちまけて、解消しちまえばいいだろ」

「雪ノ下さ……雪乃ちゃんが? ……いや、比企谷、お前……その呼び方」

「“雪乃ちゃん”、ね……。あー……まあいろいろあったが。今じゃ親友ってのをやらせてもらってる。羨ましいなら踏み込め。じゃなけりゃ、そんな資格さえねぇよ」

「───!」

 

 「軽い挑発のつもりだったのに“効果はばつぐんだ”過ぎて引いた」……あとでヒッキーが言ってたのがこれ。

 いろはちゃんがカチャンって鍵を閉めた生徒会室で、あたしたちは全員で、それはもう話した。

 知らなかった雪乃の過去とか、葉山くんがなにをしたのかとか、どれが失敗で、その時どう思ってたのかとか。

 優美子も黙って聞いてて、たまに泣きそうになって、そんな時は手を握って。

 

「結論。独りを見ないやつがみんな仲良くとかキモいわ」

 

 話が終わって、ヒッキーが出した結論がこれだった。

 

「一人も見ようとしないからみんなに目を向けられない君に言われたくない」

 

 返された言葉がこれ。

 次の瞬間には小さな呟きみたいな喧嘩が始まって、じょじょにえすかれーしょん? 

 して。

 

「大体お前は!」

「君がそれを言うのか!」

 

 ……大喧嘩が始まった。

 取っ組み合いとかはしなかったけど、机を挟んでの男の子の言い争いに、あたしたち、呆然。

 さいちゃんが「ちょっと羨ましいかな」とか言ってたけど……あ、うん。あたしも実は羨ましい。

 あんなに感情を出したヒッキー、なかなか見れないし。

 そうやって完全下校時刻まで散々言い合った二人は、顔を涙で濡らしたまま頭をべしべし叩き合って、最後に拳をごっつんこさせて、笑い合ってた。

 

「男の子って解りませんねー……どうしてあそこまでの喧嘩をしておいて、笑い合えるんでしょうかね」

「うーん、そんなに難しく考えることじゃないのかもしれないよ? 一色さん。……ちゃんと自分を出して、解って、受け止めてもらえたならさ、下手な友達よりもよっぽど自分を知ってる人なんだから。……僕も、八幡とあんな感じになってみたいなぁ」

「いえ、さいちゃん先輩じゃ絶対無理です。即座にハチ先輩が折れます」

「うん、さいちゃんじゃ無理だよ、絶対」

「……いいなぁ、葉山くん」

 

 それからの葉山くんは、随分とすっきりした顔をしてた。

 雪乃に告白した時は驚いたけど、絶対に無理だって言われて断られて……でも、それには好きだとかってものじゃなくて、いろはちゃんみたいにライクの方が大きなもので。

 優美子といろはちゃんに謝った葉山くんは、静かに生徒会室をあとに《ガタタッ》……できなかった。あ、そういえばいろはちゃん、鍵閉めてたっけ。

 

「え、あ、ちょ……いろは?」

「あ、一色でお願いしますね葉山先輩。あと、自分だけすっきりしてさようならとか、それひどいですから」

「いや……けど今さら俺に何をしろって……」

「ちゃんと三浦先輩と向き合ってください。自分のことが決着ついてなかったから三浦先輩を突き放したなら、今向き合わないでどーするんですか」

「……手厳しいな」

「今期の生徒会長さんは、恋する乙女の味方であると同時に、女の敵のラスボスさんですから」

 

 胸を張って言ういろはちゃんは、結構楽しそうだ。

 そんないろはちゃんの隣を通り抜けて、葉山くんと向き合って立つのは優美子。

 涙を流した所為で、またちょっと目がパンダみたいになってるけど、そのままで向き合った。一応教えたんだけど、そのままでいいって。

 

「隼人……」

「……ああ」

「あーしは、やっぱり隼人が……」

「……。俺の過去を聞いてもか?」

「………」

「雪ノ下さんを傷つけた過去があるのに、まだそれを繰り返してる俺なのに」

「………」

「踏み込めば清算する時間なんていくらでも作れただろうに、それ以上関係を悪化させたくないからって、結局は現状維持しか選べなかった俺なのに《ばごっ!》ぶっ!?」

「だったら変われっ! このへたれっ!!」

「ゆっ……!? ……み、こ……」

 

 驚いた。

 ぶちぶちと後悔をこぼす葉山くんを、まっすぐに殴った優美子が怒鳴って。

 殴るだけでも驚きなのに、急に叫んだりするからあたしたち、肩がすっごいびくーんってなった。

 

「さっきから聞いてりゃ過去がどうとか選べなかっただとか! だったらこっから選べばいいだけのことでしょ!? こっから変わっていけばいいだけのことでしょ!? 過去を清算したいみたいに言っといて、結局後ろしか見れてない! 前を向け! 変わって見せろ! 言われるだけで黙ってんな!」

「……~~……君に俺の何が解る! 俺はっ───!」

「解んないよっ!!」

「っ……」

「知ろうとして近寄っても離れるだけで、今まで隼人が何を見せてくれたっての!? 頑張っても曖昧に笑うだけで! 勇気出しても誤魔化されるだけで! それでもしょうがないじゃん! 好きなんだから! 好きになっちゃったんだから! なのに……! ……隼人が、それ、言わないでよ……! 解ろうとしたのに……なんであんたがそれ、言うの……!?」

「…………っ……俺は……、…………俺は……」

 

 葉山くんが、泣きそうな顔で歯を食いしばるみたいに表情をゆがめた。

 優美子は泣いちゃって、生徒会室の空気は……とっても重くて。

 雪乃が動こうとして、ヒッキーにデゴシって頭に手刀落とされて、「お前が言ったらややこしくなるだろーが」って言って……ヒッキーが動いた。

 

「とりあえずお前らさ、もう付き合っちゃえば?」

「え……ひ、比企谷、君はなにを───」

「お前さ、今、ただの最低人間としか映ってねぇから。これ以上低くなれねぇなら、せめて相手を慰めるくらいしてやれよ。しっかり付き合ってみて、ダメならダメでそれから考えりゃいいんじゃねぇの?」

「……それは相手のやさしさに甘えてるだけだろう」

「現状維持なんてそれの塊だろうが。なにお前、今まで甘えてたつもりなかったの? 恋する乙女の青春時代をフりもせず宙ぶらりんで消費させといて、それがやさしさに甘えてただけって言わないつもりか?」

「…………容赦ないな、君は」

「相手の気持ちに気づいてるくせに、現状維持を続行し続けるお前に言われたくねえよ」

 

 「俺に“やいばのブーメラン”を投げる趣味はねぇし」って、あたしを見ながら続けたヒッキーは、顔を真っ赤にしてわざとらしく咳払いをした。

 

「こんなんなっても好きだって真正面から言われて、ちっとも心が揺れないならそれでいいんだろうさ。いやまあ、見て解るくらい動揺しまくりだけどねお前。……だからよ、もういいだろ葉山。せめてきちんと向き合って、受け止めて、返すくらいはしてやれよ」

「……君はもうそれを選んだのか」

「あーそーな。むしろオトされたよ。むしろ毎日いろんな顔を見せられて、その度に惚れているまである」

「……気色悪いな」

「うっせ、自覚してんだからほっとけ。で、どーすんのお前」

「………」

 

 ヒッキーは、葉山くんにそう言いながら、たしたしってスマホをいじりだした。

 少ししてあたしの……あ、あたしだけじゃないや。

 今の奉仕部といろはちゃんのケータイにメールが届いたみたいで、内容を見てみれば、“考えさせてくれに一票”って文字。

 さ、さすがにそれはないんじゃないかなーって思ってたら「少し……考えたい」って、ぽしょりと呟く葉山くんが「《ディシィッ!》いったぁっ!?」……ヒッキーにデコピンされて、いい加減にしろって言われた。

 

「やいばのブーメランを投げる趣味はねぇって言ってんだろが……この期に及んでぶつぶつ、どういう方向で考えたいのお前。逃げ道? はぐらかし方? どうすりゃ傷つけないか? 誰かさんが言ってたけどな、傷つけないってのは無理だぞ。人との付き合いに混ざるってのは傷つけていくことらしい。全部を鵜呑みにするわけじゃないにしても、お前今傷つけまくってるだろうが」

「……じゃあ。ここで考えもせずに出した答えを、責任持って貫けっていうのか」

「いつかこういう日が来るって想像もしないで、三浦の気持ちを無視し続けてたっつーんならな。……とっくに考えてたことくらいあるだろ。そこに今の自分の気持ちを乗せればいいだけの話なんじゃねぇの?」

「っ……なんでだ。どうして俺の考えてることを、ことごとく……!」

「大変腹立たしいことではあるが、どうやら方向性は違っても基本的な考え方が似てるんだろうよ、俺達は。ただ、それの処理の仕方が俺とお前じゃ違いすぎるってだけだ。俺の解消は“俺が一人で潰す”。お前の解消は“みんなでうやむやにする”みたいなもんだろ。だから、一人で解決することにも解消することにも慣れてねぇ」

「……俺は……」

「それでも待ってもらうのか? だったら、一番に言ったように付き合っちまえよ。べつに恋人になれとかじゃなくて、誘われれば全部に乗るって方向で。みんなとの中立じゃなくて、三浦をとことん選んで付き合ってみりゃいい。それでダメだってんならどうしようもない。それでいんじゃねぇの?」

 

 頭叩いたりデコピンしたり、少し前の二人じゃ考えられない。

 なのにヒッキーは……あ……そっか。わざとやってるんだ。

 俺なんかに説教されて恥ずかしくないのかって。

 でもヒッキー、それって……

 

「……嫌味が混ざった挑発だな」

「挑発なんてそんなもんだろ」

「嫌なヤツだ。少しでも友達になれるんじゃって思った自分が恥ずかしい」

「今の俺とお前じゃ無理だろ」

「……言われるまでもないさ。だから……」

 

 項垂れてた葉山くんが、優美子を見る。

 少し疲れたような、でも……真っ直ぐな目で。

 

「優美子……君は俺がどう変わっても、見ていてくれるか?」

「生理的に受け付けないとかじゃないなら……平気なんじゃない?」

「手厳しいな……はぁ、そうだな。俺は、君の生理的に受け付けない存在っていうものも知らなかったんだ。……知る努力か。少し……いや、大分……頑張ってみるよ。“みんな”じゃなく、一人に目を向けられるように」

「その一人ってのは……雪ノ下さん?」

「……。誤魔化しを混ぜないなら、小さな頃から気になっていた。けれど、好きとかじゃないんだ。結局俺は、誰も本気で好きになったことなんてなかった。罪悪感から気にしていたにすぎないんだろう。だから───」

「……そ。んじゃ隼人」

「あ、ああ、なんだ?」

「先に言っとく。あーし、待たないから。待ってたら言い訳しか並べない相手を待って、これ以上時間を潰すとかしたくないし、ヒキオには悪いことしたって思うなら、もう足踏みはやめる。今のままがいいとか、周囲を巻き込んだ上で言える言葉じゃねーし」

「優美子……」

 

 戸惑ったままの葉山くんから視線を外すと、優美子はヒッキーを見て頭を下げた。

 急な行動にここに居るみんなが驚いて、でも……ヒッキーはそこまででもなくて。少し困った顔をして、首の後ろあたりを掻いてた。

 

「ヒキオ、ほんとごめん。あーし、隼人なら大丈夫だなんて、過信してなにもしなかった」

「依頼のこともよく知らなかったんだろ? しゃーないだろそれは。つーか、謝罪なんて要らん。グループ内のことなのに相談しないとか、まずそこらへんからおかしいから。ぼっちにしてみりゃ仲間や信頼関係ってのは“裏切られるまで裏切らない”っていう、いっそ頭がおかしいって思われたってそれが大切だって思える関係だ。だってのにお前らなんなの? 今のままがいいとか今が好きとか、言ってるだけで誰もなにも打ち明けてねぇ。壊れたら戻らないとかどうとか、そんなもん、壊した先で新しく作ろうとか思わないの? 俺、リア充ってもっとそういうことも平然とするもんだと思ってたわ」

「んーなの、言うほど簡単に出来るわけねーっしょ……」

「んじゃ質問だ三浦。お前、今が好きみたいなこと言ってたのに、クラスが変わってから葉山に告白したんだよな? お前はいいのに戸部はダメってのはどうなんだ?」

「……、それは」

「グループだどうだって言ったって、自分がその立場に立ってみりゃ手のひらなんていくらでも返すもんだろ。……俺達のことは俺達で解決した。けど戸部は違うだろ。俺に謝罪とかはどうでもいい。お前らは“最初から振るつもりしかなかった茶番劇”で、何も知らずに真剣に雰囲気良くして告白しようとしてた戸部に謝れよ」

 

 ちらってヒッキーがあたしを見てくる。

 あたしは……何も言われなくても、首を横に振った。

 うん、ありがとヒッキー。

 あの時頑張ってたあたしにも謝れ、って言おうとしてくれたんだよね?

 でもいいんだ。あれはあたしが勝手にやったことだし、受けなきゃヒッキーのこと誤解することもなかったけど……それがきっかけで、あたしたちはもっとお互いを知ることが出来たから。

 そうだ、あたしたちのことはあたしたちで解決した。

 今さら誰かの謝罪が欲しいなんて、そんなことは全然ないんだ。

 

「結衣……すまない。グループからの依頼ってくれば、君が頑張ろうとすることくらい考えれば解っていた筈なのに」

「ん、それはもうほんといいから、苗字で呼んで、葉山くん」

「え───あ、す、すまない」

 

 不思議だなって思う。

 今まで平気だったのに、ヒッキー以外の男子に名前で呼ばれるの、嫌だ。

 

「それで、葉山くんはこれからどうするの? ヒッキーは───」

「おう、もうあの時のことはどうでもいい。解ってくれるヤツが居るなら、謝罪とか本当にどうでもいいわ」

「そっか。ヒッキーはこう言ってるけど、葉山くんは?」

「少し、関係ってものを欲張ってみようと思う。誰かの期待に応えるだけの道から、逸れてみるよ。それさえも、もしかしたら誰かに願われたからなのかもしれないが……俺にはもう、それが自分の意志なのかどうかさえ、解らなくなっているのかもしれない」

「頭ん中から“誰かが言ってたから”ってのを抜かして考えてみりゃいいだろ」

「そんな単純なことじゃないさ……染みつくものは、そう簡単に離れていってくれないからな」

「……“それを含めて俺”が廃るぞ」

「それならそれでいいよ。……それしか選びようがなかった、なんて。選ばなかっただけで、選択肢なんてあった筈なんだ。俺はただ、変わることを恐れていただけだ。保身なんて考えなければ、行ける場所なんて何処にでもある。罪悪感を抱き、憧れを抱いても、それが恋にならなかったのと同じだ。俺は雪ノ下さんに罪悪感を抱いて、陽乃さんに憧れを抱いて、それを自分の都合のいいように解釈していただけだ。そうした方が楽だから、って」

「……お前の出した答えを不誠実だって詰めるなら、そいつはさぞや納得のいく答えを出すんだろうなって……前は思ったよ。けどな、そんなもん、遠くから見てみりゃちっぽけな人間一人の考えでしかねぇんだ。納得もなにも、どれだけ答えを並べようがお前がそうじゃないって言っちまえばそれで終わる。お前が答えを出さなきゃ、どんな綺麗なものだって納得には繋がらねぇんだよな」

「ああ、そうだ」

 

 ……そっか。葉山くんの悩みはあの日のゆきのんに似てるんだ。

 自分では答えを出せなくて、誰かに言われたことをそのまま、みたいに。

 ただ、葉山くんは言われたことをやる、じゃなくて、期待されたことをするんだ。

 周囲が望む“葉山隼人”を行動して、“さすが”って言われては、またその“さすが”に追いつくように努力する。言っちゃえば、それだけ。

 

「でも、もう変わらないといけない。ずうっと変わらないままでいられるほど、この世界はやさしくないから。だから……ええと、雪ノ下さん。情けとかなしに、思いっきりお願いしたい。……あの時、君を守れなくてごめん。俺はあの時、みんなじゃなく一人を選ぶべきだった」

 

 葉山くんが真っ直ぐに雪乃を見て言う。

 雪乃は目を閉じて、すぅ、って息を吸うと、いつもと変わらない表情で世話話とかするみたいに言った。

 

「謝罪を受け取るわ。私もいい加減、引きずったままは嫌だから。あの日に言った通り、あなたも過去に縛られなくてもいいでしょう? ただ、だからといって仲良く出来るかといえばそれは、現時点ではありえないわ。私、あなたのその“みんなの期待のために自分を殺す”生き方、嫌いだもの」

「っ……ああ。……ああ……っ……! あり、がとう……!」

 

 雪乃の言葉に俯いた葉山くんは、絞り出すみたいな声でそう言った。

 そのまま腕で目の周りを拭って、優美子を真っ直ぐに見て───そして。

 

「優美子」

「ん、友達からね」

「ぐっ……! せっ……っ……せめて告白くらい……」

「散々待たせといて、もやもやさせといて、自分主動でいくつもりとか馬鹿にすんなし」

「……すまない」

「いーよ、惚れた弱みってやつでしょこんなん。……これから、いっぱい知っていかせてよ、隼人のこと」

「ああ。その……これから、よろしく」

「ん」

 

 短い返事だった。

 けど、優美子はどうしようもなく笑顔になっちゃう顔に、顔を赤くさせながら……やっぱり嬉しかったんだろうね。涙を流して、あたしに抱き着いてきた。

 

「はー……やっと納まるところに納まったーって感じですかねー。葉山先輩も、宙ぶらりんじゃなくてもっと踏み込める性格してたら、わたしももっと早くに別の恋とか探せたんですけどねー……。はー、急に世界が一夫多妻制とかになったりしませんかね」

「? えっと、一色さんは好きな男の子が居るの?」

「聞いてくださいよぅ戸塚先輩~、最初は恋に恋して、二回目は気づいたら~って感じでしてー……。でもまあ、どっちも本気になる前だったからよかったんですけど。告白して振られて泣いた経験はあっても、ただ心から青春してただけなんだろーなーって。そういう戸塚先輩はどうなんですか?」

「僕は恋より友情……かな。でも、いつかは夢中になれるくらいに眩しい恋とか……してみたいな」

「……戸塚先輩ってほんと乙女な感じですよね。いっそ男らしい女性とかと相性がいいんじゃないですか?」

「うーん……そういうのはまだ解らないかな。でも……やさしくて強くて、格好いい人がいいな。憧れなんだ、僕の」

(……それをどうしてハチ先輩を見ながら言うんでしょうね。いえ、まあ、解らなくもないですけど。……絶対に、生まれる性別間違えましたよね、この先輩……)

 

 優美子が落ち着くまでは時間がかかって、落ち着いてくれてからは……随分ゆっくりとお話をした。抱き着いてた優美子も元の場所に戻って、顔を赤くして。

 最初はぎくしゃくしてたけど、細かいことにヒッキーがツッコミを入れ続けてたら優美子も葉山くんも我慢しなくなって……もう、ほんと、どうしてそういうやり方しか出来ないのかな。

 そう思ってヒッキーとゆきのんを見るんだけど、楽しそうに笑ってるんだ。

 どうして、って訊いてみると、言われて気づく。あたしも笑ってた。

 自然すぎて気づかなかった。

 嬉しいんだ、空気がどうとか気にしないで、まっすぐにぶつかれることが。

 空気が悪くなっても全員がそれを崩して、あっという間にいつも通りでいられるなにかが、ここにはあった。

 

「はぁ……でも、驚いたよ正直。最初に君たち……奉仕部に依頼をしに来た時、随分とバラバラな関係なんだなって呆れもしてたんだけどな」

「そらそーだろ。ある意味で初対面じゃなかったとはいえ、ある意味では初対面だった俺達に、あんな短期間に馴染んで仲良くとかアホか」

「? ある意味で?」

「お前にゃ関係ねーよ。忘れろ」

「失言しておいて忘れろ、というのは随分と勝手な話ね、守秘義務怠慢くん」

「なげぇよ。やり直し」

「……不満くん」

「せめて四文字にしない? ねぇ、なんか不名誉な呼ばれ方なのにこっちこそすごい不満なんですけど?」

「えと、まん、まんがあとにつく言葉ー……」

「いや結衣も。わざわざ考えなくていいから」

「えー? いーじゃん。あたしも一度やってみたかったし。えっと、えとー……あ! ……えへへぇ……♪」

 

 思いついた。

 えーっと、こういう場合はヒッキーみたくゆきのんの真似をしながらのほうがいいよね?

 ゆきのんゆきのん…………口に出したらまた“雪乃よ”とか言われちゃうから言わないけど……うーん、いい名前だと思うんだけどなぁ。

 まあいいや、今は思いついたこと。

 

「こほんっ、……えーと」

 

 たしかこう、髪の毛をサラって手の甲で掬うようにしてー……ちょっとやりづらいけどこうしてこうして……。

 

「……これからも仲良く一緒に、温かい関係を作っていきましょうね、家庭円満くん」

 

 すこ~し、うっすらと笑うのがポイント。うん、たぶん。

 結構似てたんじゃないかなこれ……どう? ヒッキー、ゆきのん、いろはちゃん、さいちゃんっ、どうかなっ!

 

『…………』

 

 物真似から意識を戻してみると、葉山くんや優美子をふくめた全員が顔を真っ赤にしてた。

 ……え? なにこの空気。も、もしかして失敗しちゃった?

 

「いやおまっ……家庭って……!」

「?」

 

 え? 家庭円満でしょ? まん、まん~って考えてたらそれが浮かんできた。

 家庭円満。仲が良い関係ってたしかそれだよね?

 み~んな笑顔で仲良くて、それでそれで───…………あれ? 家庭? 家族?

 …………………………え?

 顔が一気に熱くなるのを感じた。

 

  途端、“あ”って顔をするヒッキーとゆきのん。

 

 口が震えて、涙がじわり。

 

  ヒッキーとゆきのんが人差し指で自分の耳の穴をふさいだ。

 

 堪えようとするのに体も震えて、恥ずかしさが爆発しそうになる寸前。

 

  ヒッキーとゆきのんが、こんなのを言われなくても解ってもなー、って目をあたしに向けて、苦笑い。

 

 で、あたしは叫んだ。うひゃーって。恥ずかしさのあまり。

 恥ずかしさで後悔して、机に突っ伏してるあたしに、いろはちゃんと優美子がいきなり大声をあげたことを叱ってきたけど、さいちゃんと葉山くんはヒッキーとゆきのんに“どうして解ったのか”を訊いてた。

 二人は特におおげさな説明とかをするんじゃなく、やっぱり解ってますって顔で苦笑いした。

 

「ま、そりゃあ」

「ええ、それは」

『仲間ですから』

 

 言ってからはドヤ顔。なんか悔しい。

 言われて嬉しいのがまた悔しい。あたしも隣で……二人に並んで、胸張って言いたい。

 胸を張ってるのは誇ってるからで、言われたあたしはその仲間で、なのに隣の自分が胸を張れてないのがなんかヤだ。

 だから立ち上がって椅子を持って、ゆきのんとヒッキーの間に置いて座って、あたしも胸を張った。……途端、ゆきのんとヒッキーに頭とか撫でられた。

 ち、違うよ!? そーゆーんじゃなくて! なんか違う!

 

「三人ともどんだけ仲がいいんですか……わたしまだそこまで理解出来てませんよ……?」

「い、一緒に居るようになって一年くらい……なんだよね? すごいね八幡……僕ももっと早くに、八幡に声をかけてたらな……」

「!」

 

 あ、ここだよね? ここ、いいんだよね? 胸張るところだよねっ!

 えーとえーとこうやって胸張って、胸の上あたりに右手とか添えるとなんかじょーひんっぽいかも……《なでなでなでなで》だだだだからなんで頭撫でるの!? 違うよ!? なんか違うったらヒッキー! ゆきのん!

 

「……なんか、あったかいね、あっち」

「……そうだな」

「あーしたち、まちがってたの……かな」

「それは違う。……断言する。俺達は俺達の付き合い方で、あんな関係が好きだったからそのままを望んだんだ。今日、こうして後悔することになりはしたけど、それまでの関係を否定するつもりは全然無い」

「隼人……」

「でも、もう“そのまま”もここまでだ。打ち明けなきゃ進めない。後ろめたいことに蓋をしたまま続けていても、そんなものは……仲がよさそうに見えるだけで、“仲間”とは呼べないんだろうから」

「……一発殴られるくらい、覚悟しとけばいーんじゃない? あとは戸部次第っしょ」

「優美子だったら、どうする?」

「自分の平穏のために人の恋路を邪魔しといて? しかもそれが最初っから答えが決まってる茶番劇で? グループの一人が居る部活の仲までぶち壊しにするかもしれなかった影響まで与えておいて、一発殴られれば終わるとか本気で思ってる?」

「………《スッ》」

 

 あたしが撫でられまくってる中、どうしてか葉山くんが降参のポーズをしてた。

 ヒッキーがなんか小さな声で「あの構え……トキ!」とか言ってたけど、なんだろ。

 

「実は……戸部なら、って……期待してしまっているんだ。あいつなら解った上で許してくれるんじゃ、って。それが俺の勝手な都合で、許してくれなければ逆恨みするんじゃないかって恐怖もあって。俺は、それが怖い。踏み込めば踏み込んだだけ拒絶されるのが、たまらなく怖い」

「はぁ……ほんと、男子ってアレだ。これじゃ結衣のほうがよっぽど強くて勇気あんじゃん」

「優美子?」

「あのさ、隼人。たったひとつのグループのことでそんな悩んでたら結衣はどうなんの。戸部と海老名のことで頑張って、それが茶番だったって知って。そんな茶番の所為で奉仕部での関係で苦しんで。みんなこっちがしっかりしてなかったから起きたことで、結衣はそんな状況の板挟み状態でも頑張ってたんしょ? なのにそのグループの中心がそんなんでどーすんの。あんたがそんなだから、結衣も抜けたんじゃないの?」

「………」

「ほら。しっかりしろし。ちゃんと前向いて、困難にも立ち向かってけ。男の子でしょ?」

「あ…………、───……ああ。そうだな」

 

 あ……反対側からやさしい空気が……。

 こっちは撫でられすぎてあわあわ状態なのに、優美子と葉山くんはやさしい空気。

 いいないいなってヒッキーを見てゆきのんを見ると、二人は視線を合わせて少し笑った。あたしもそれで解っちゃうあたり、くすぐったくて、嬉しくて。

 

「少し前の俺が今の俺を見たら、鳥肌サブイボ蕁麻疹でさらに呼吸困難起こして死ぬわ」

「私は私を否定し続けるだけだったのでしょうね。“世界を変える”という意味をきちんと噛み砕きもせず、言葉だけを信じたままで」

「あたしは」

『空気を読む』

「言わせてよぉ!」

 

 言いながら、三人でやさしい空気。そこに、そわそわしてたいろはちゃんとさいちゃんを招いて、何度だって知る努力から始めていく。

 

「んじゃ、結衣。あーしらそろそろ帰るわ」

「え? あ、う、うんっ」

「で、なんだけど……なんっつーかその……あの。結衣?」

「? うん?」

「……助かった。あんがと。結衣が居てくれて、よかった。……っつーか。……そんだけ。じゃ」

 

 なにを言われたのか、少しの間理解できなくて。

 ぽかんとしている内に優美子は早歩きみたいに引き戸に向かって《ガタタッ》……鍵がかかってることを思い出した。

 

「ちょっ! これなんで開けらんないん!? 普通外からだと鍵が必要ってだけっしょ!?」

「こんなこともあろうかと百均で買いましたっ☆《てへりィイイイん!!》」

「だったら早く鍵出せしぃいっ!!《かぁあああああっ!!》」

 

 言い残して出て行くって状況で、出て行けないのって恥ずかしいよね。

 優美子、顔真っ赤にしていろはちゃんを急かしまくってるし。

 あたしもようやくなにを言われたのか受け止めきれて、嬉しくて、恥ずかしくて。

 

「優美子っ」

「《びくっ!》……、~~~……そ、その……なに?」

「うん……あのね? あたしも……優美子が誘ってくれて嬉しかった。もう抜けちゃったけど……ありがと」

「───! ……~~《じわ……ごしごしごしっ!》……ん、どーいたしまして」

 

 それだけ。

 いろはちゃんが鍵を開けて、そこから優美子と葉山くんが出ていって……生徒会室に、ただただ寂しい感じの静かな空気が流れた。

 

「……行っちゃったね。葉山くんたち、上手くいくといいね」

「戸部がどう思うか、だろうな。けど───、……」

「? けど? ……八幡?」

「ん。……けど、な。偽告白でさえ、“負けねぇから”って頑張れるあいつだ。希望が詰まった考え方だけどよ、マイナス思考で受け止めたりはしねぇんじゃねぇの? やめておけって言われても踏み出したってことは、覚悟があってのことだろうし」

「そっか……。八幡はやっぱりすごいね。いろんな人のことをよく見てるんだな、って、そう思う」

「……見てても、動いてやらなきゃいけない時に動けないんじゃ、無駄に相手を傷つけるだけだよ」

「《くしゃり……》あ……」

 

 言葉と一緒に、やさしい手つきで頭を撫でてくれる。

 それがごめんなさい、ごめんなさいって言ってくれてるみたいで……やさしくて、あったかくて。

 もう、気にしないでいいよって伝えたくて顔を見つめると、照れくさそうに笑う。

 

「ああもう安心しきった顔して……! 可愛すぎでしょう結衣先輩……! あ、あの、わたしも撫でてみて……いいですか?」

「だめね」

「絶対だめ」

『断じてダメ』

「ハチ先輩は解りますけどどうして雪乃先輩まで言うんですか!?」

「どうして、って……その。……ゆ、結衣さん自身に私からそうしてくれればと言われているのは私だけなのだし、それにその……なんというか……あなたが私より結衣さんと親しくする未来は気に入らない。腹立たしいわ」

「えっ…………ぇええええええっ!?」

 

 驚いた。いろはちゃんが驚きの声をあげる中で、あたしはあたしの腕をぎゅうって抱き締めてくるゆきのんを見て顔真っ赤。

 だ、だって……いつかヒッキーに打ち明けたようなことを、まさかゆきのんに言われるだなんて思わなかったから。

 そ、そっか。ゆきのんも同じ気持ちだったんだ……。

 あたしも他の子がゆきのんと仲良くなりそうなの、嫌だったし。

 

「マジですかー……いえ、それがゆりんゆりんな関係だとは、わたしも考えたりはしませんけど……」

「べつにおかしな話ではないわ。愛だ恋だを語っているのではなく、あくまで関係、親友というものを大事にしたいというだけの話だもの。八幡くんが戸塚くんとの関係を大事にしたいと願うのと、そう変わらないわ」

「戸塚……」

「八幡……そ、そうだよね。僕達もその……親友、だもんね……?」

「戸塚……!《きゅんっ》」

「いえあの雪乃せんぱーい……? いいんですか? これと同列でほんっとにいいんですか?」

「八幡くんのキモさに目が行きがちだけれど、いい関係なのよ、これが。これだからいいの。大切にしたいと思い、思われるというのは……それこそがとても、大切なものなのだから」

「……でもキモさは認めるんですね」

「ええ。気持ち悪いもの《どーーーん!》」

「《ぐさっ》…………」

 

 ヒッキーが無言であたしの手を握ってきた。

 あたしはそれをやさしく握って返して笑う。

 ゆきのんもさすがに言いすぎたって思ったのか素直に謝ってたけど、ヒッキーに言い返されて少し涙目になってた。

 うん、素直に感情をぶつけるようになってから、二人とも結構涙もろくなった気がする。って、あたしもだ、これ。

 

「えと、それじゃあこれからどうしましょうか。そろそろ完全下校時刻ですけどー……」

「あ、うん。あたしたちはゆきのんの家でお泊まり会するんだけど───」

「それ聞くのも慣れてきましたよね……仲良しすぎでしょう、先輩方……」

「その。よかったら、だけれど……一色さんと戸塚くんも来る? 一色さんは女性で問題はないし、戸塚くんは、眠る頃には八幡くんが寂しそうだから」

「え、あ、あの……雪ノ下さん? 誘ってくれるのは嬉しいけど、その……僕は」

「……だな。信頼するあまり、無防備になるなよ雪乃。いくら俺と戸塚が草食っぽく見えてもだな」

「あら。あなたの結衣さんの胸を見る目は、いつだって肉食でしょう?」

「ひ、ひっきぃっ!?」

「誤解しか生まないこと言うのやめてくれます!? おぉおおお俺ほどのぼっちともなれば、たとえ心に獣を飼っていても、それもう獣っつーか鳥だから! 骨のないチキンだから!」

「それはそれでヘタレですよねー……」

「どうしろってんだよお前は……」

「あはは……うん、でも八幡の言う通りかな。僕もお泊まり会には憧れるけど、それはもうちょっと、ちゃんと僕を信頼してくれてからが嬉しいかなって。あ、じゃあいっそ八幡が僕の部屋に来る?」

「えっ《ポッ》」

「なにを頬を赤らめているのかしら? 八方美人くん?」

「ヒッキー……」

「うーわ恋人の前で最低ですねこの先輩……」

「いやおい待てこら、なんで浮気現場を発見しましたみたいな状況になってんだよ……」

 

 だって、反応がマジっぽかったし……。

 そう言ったら、なんか“本気でそんなつもりはなかったけど、そう見えてたならすまん”って謝られた。

 ……そうだよね、ヒッキーにとっては大事な友達だもんね。

 そういうところ、ちゃんと受け止めなくちゃだ。

 

「その、ごめんなさい。私も男の親友なんてあなたが初めてで……その、どう反応していいのかが、自分を制御できていないというか……」

「う、うん、あたしも……」

「……なんか、先輩方って恋愛も友情も初心者って感じですよね。三人だけだったら結構危なかったんじゃないですかね。共依存っていうんでしたっけ?」

「それに近いのはもう経験してるから、そうならないための努力はしてるんだが……まあ、否定は出来ないな。悪い、戸塚。俺もまだ浮かれてて……」

「あ、ううん、僕のことは気にしないでいいから。……雪ノ下さん、由比ヶ浜さん。僕も一年かけて、ゆっくり仲良くなれたらなって思うんだ。だから、今度はそう思えた時に誘ってくれると嬉しいな」

「戸塚くん───……ええ、そうさせてもらうわ。ありがとう」

「うん、さいちゃんっ」

「戸塚先輩ってほんと、理解力と包容力のある女性って感じですよね……。ほんとに女子だったりしたら、いったい何人に告られてたんでしょうね。ハチ先輩は当然として」

「女だったらそもそも俺に声なんかかけねーだろ」

「……まあ、ハチ先輩ですもんねー……」

 

 ……そうかな。さいちゃんだったら、話しかけてたと思うな。

 そうじゃなくてもテニス部の依頼がきっかけで、とかあったかもしれない。

 たまに、テニス部じゃなくて奉仕部に入ってたらどうなってたのかなーって思うんだよね。みんな、二年じゃなくて一年の時に出会っててさ、それで、全員で奉仕部やって。

 きっと楽しいんだろうな。二年の今頃じゃ、きっとヒッキーも元気にはしゃいでるんじゃないかって思う。

 

「えっと、それじゃあ雪乃先輩の家に? これから、でいいんでしょうか」

「ええ。それと───戸塚くん」

「え? なにかな、雪ノ下さん」

「───これから、私の部屋でお泊まり会をするのだけれど。よかったらあなたもどうかしら」

「…………えぇっ!? え、あの、ゆゆ雪ノ下さんっ!? さっきの今だよ!?」

「ええ。信じ方が少しアレで申し訳ないのだけれど、私はこの、警戒心が強い捻くれ者が無条件で信じるあなたを信じるわ。親友が信じるから信じる、なんて条件で悪いとは思うけれど……これをきっかけにして、知る努力が出来ればいいと思っているの」

「あ…………で、でも」

「お、おう。その……いいんじゃねぇの? ていうかだ、戸塚。お前、女性を傷つける趣味、ある?」

「ないっ! そんなのないよっ! いくら八幡でも怒るよっ!?」

「す、すまん……でも、答えは出てるなら、大丈夫だろ」

「あっ……! ……も、もう……八幡はこういう時、いっつも強引なんだから……!」

『…………《じとー……》』

「あの、やめて? “こういう時”とか“いっつも”って部分に、なんでそんな過敏に反応してんのお前ら……」

「でも、あの、雪ノ下さん、僕はやっぱり───」

「それなら一日生徒会長として、奉仕部部長として命令するわ。あなたを招待します。来なさい、戸塚彩加くん」

「う……~~……うんっ」

 

 こうして、さいちゃんも一緒ってことになった。

 きっと、あたしもゆきのんもヒッキーも、人との繋がりを、今……一番欲しがっているころなんだ。

 

「着替えとか取りに一度戻るよね?」

「あ、じゃあ待ち合わせ場所を決めて、一度解散しましょうか。どこがいいですかねー」

「駅前でいいか? っつーか戸塚と一色は平気か? 家が離れるなら無駄に金かかるだろ」

「べつに問題ありませんけど、行って戻ってっていうのはちょっとアレですねー……そこらで下着を買って、とかでもいいんですけどー……《ちらっ?》」

 

 下着、って部分をきょーちょーして、いろはちゃんがちらりとヒッキーとさいちゃんを見る。

 無条件に信じたいわけじゃなくて、でも、信じたい人が居るなら信じたい。

 押し付けるんじゃなくて、知る努力をして、知って安心して、安心してからもっと知って、言わなくても解る関係になりたい、って。

 でもそれも、相手がさいちゃんといろはちゃんだから出来ることなんだろうなって。

 そう思ってたら、ヒッキーがこほんって咳ばらいをしたあとに裏声でゆきのんの真似を始めた。

 

「……一色さん? 男子も居るのだから、少しは気を使ってもらえないかしら」

「……コホンッ、……ねぇちょっと? それ誰の真似? いやいや、ドヤ顔しても似てないからね?」

 

 それに対抗するみたく、次はゆきのんがヒッキーの真似を。

 

「二人して物真似するのやめてくださいよ!」

「私だけ真似られるのは負けているようで癪でしょう?」

「いや、っつーかお前なんなの? 俺の心でも読んでるような言い方じゃねぇの今の」

「気づいていないの? あなた、割とああいった言葉をぶつぶつとこぼしているわよ」

「……マジか」

「う、うん。わりと……」

「マジか……っとと、戸塚はどうだ?」

「あ、うん。僕は平気かな。ジャージも着替えもあるから。あ、今日は天気が不安だったから部活はなくて、洗濯したままだったから安心してっ? に、匂ったりはしないと……思う、よ?」

「ヒッキーは? 今日は?」

「持ってきてあるよ。朝からメールされりゃ、用意くらいするだろ」

「なんか慣れてる感じがキモいですよハチ先輩……」

「うっせ、ほっとけ。指摘されると恥ずかしいだろが……」

 

 これから始まる関係がどうなっていくのかは、始めてみなきゃ解らない。

 壊れてもくっつけて、崩れてもそこから始まるなにかに、怯えるんじゃなくて期待できるくらい、こんな関係に胸を張ってみるのもいいって思える。

 なにも知らないからそんなことが言えるんだーとか言われたって、ほんとに知らないんだからしょうがないし、それをするのは経験した人じゃなくてあたしたちなんだから……問題なのは、その先であたしたちがどう動くかなんだ。

 

「ヒッキーもいい加減慣れればいいのに」

「浮かれてる自覚がある内は、当分慣れなくていいって思ってんだよ。それもほっとけ」

「《くしくし》あ……う、うん。そだね。えへへ、そだね、ヒッキー」

「けどまあ……その内な。ずっとそのまま、ってのは、もう否定しちまったからな」

「うん。えと……えいっ」

「《だきっ》おわっ!? ……お、おい……」

「あたしたちの関係も……だよね?」

「~~~……お、おう……《かぁあ……!》」

「あーあー毎度見せつけてくれますよね、ほんと。小町ちゃんも呼んでいいですか? 是非ふたりでハチ先輩をつつきたいです」

「だったらもういっそドン引きするくらいいちゃついて───あ、いや、うそですそんな度胸ないから呼ばないでお願い」

「……ひっきぃ……?」

「……ァゥ……」

 

 あたしは……変わっても、あたしたちのままがいいって思う。

 そのままがいいとかじゃなくて、えと、なんていうんだろ。

 えっと……解んないや。でも、そういうのに期待が持てるっていうか。そうなるんだっていうのが解ってるっていうか。

 

「八幡くん? 恋人さんは期待しているみたいだけれど……?《じとー》」

「~……膝枕でも耳かきでも手櫛でも、頭撫ででも抱擁でも、出来そうなことならやるから……。そんな不安そうな顔すんな」

「ひっきぃっ……!《ぱああっ……!》」

「ああ、もう……」

「随分甘くなったわね。ふふっ……本当に“そういう時”が来たら、是非親友枠として呼んでちょうだい、家庭円満くん」

「仲人でもなんでもやってくれ、もう……」

「わあ……! 八幡はもう結婚する気なんだねっ!」

「へ? ───ぐっは!」

「…………《たしたしたし……prrr》あー小町ちゃん? うん、わたしわたし、いろはちゃんだよー」

「だから待てぇえっ! っつか、いつの間に番号交換をっ……!」

「さ、行くわよ八幡くん。親友でなければ出来ないこと、してみたいことがたくさんあるのよ」

「ほ、ほらヒッキー、行コ? あ、あたしもそういうの、期待してるけど……でもさ、その前にさ、恋人同士ですることとか、もっといっぱいしたいっていうか……ほら、ね?」

「それならわたしはアレですね。後輩として甘えられることの全てを体験する方向で」

「僕は……うん。僕も親友同士で出来ること、いっぱいしたいな。……いいかな、八幡」

「だぁ! もう! 好きにしろっ! 付き合えばいいんだろ付き合えばっ!」

「あ、ハチ先輩? 通話中の小町ちゃんが妹として頼めることの全てを体験したいって───」

「……結衣、みんなが俺をいじめる」

「ヒッキーのことが好きなだけだよ。だから……好きになっちゃえばいいんじゃないかな」

「好きに………………そか。そうだな」

 

 だから、あたしたちは変わっていく。

 “知らない”っていう不安に怯えても、見えない何かを求めながら。


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