どこにでもあるようなガハマさんとヒッキーのお話   作:凍傷(ぜろくろ)

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そこにある青春のかたち①

 そわそわそわ、そわそわそわ……そ、そわっ!? ソッワァア!!

 

「比企谷くん、鬱陶しいわ」

「なんで俺いきなり鬱陶しがられてんだよ」

 

 季節は夏。

 本日も大変良い天気に恵まれ、外は暑いったらない。

 そんな中、本日も喫茶ぬるま湯は普通に営業。

 ……なのだが、集中出来ない。

 何故って? ……結衣の出産がもうやばくて。その結衣も、陣痛と大激闘を繰り広げつつ入院中だ。なにせ双子らしい。相当リスクがあるとか言われている、あの双子だ。医師によれば結衣の場合は珍しくも安全に埋める流れらしいので、ほんのちょっぴりだけ安心できる要素はあるものの、結衣が帝王切開は嫌だと譲らず、現在も格闘中。

 なんかもう産まれるまで休業にして泊まり込みで付き添いたいのに「そんなのダメ」って結衣自身に言われちまって、ああもう落ち着かない、どうしてくれようか。

 

「くそ、なんで客が多いんだ。今日くらい暇でもいいだろおい……むしろゲリラ豪雨とかが来て、仕方なく休業って体なら結衣だって納得して……!」

「あなた毎日それを言っている自覚はあるの? ……それで? あなたはどうやって病院まで行くのかしら」

「ぬるま号で強引に」

「やめなさい。事故を起こして早くも未亡人にでもするつもり?」

「おいちょっと? さらっと言ったけど今確実に怪我どころか死ぬこと前提だったよね? 死なないからね?」

 

 男の俺には解らんことだが、陣痛ってのは相当痛そうだった。まさか喋られないほどだとは思わんかった。男じゃ痛みに堪えられないレベルらしい。すげぇ。

 陣痛カウンターなんてものがあること自体、最近になって初めて知ったレベル。

 雪ノ下母の提案で、初産なのだから陣痛が10分間隔の内でも病院に行った方がいい、とのことで送ったのだが……ああ気になる! 今頃苦しんでいるのだろうか……!

 傍に居てもしてやれることがないのは解っているが、助けたいのに助けられないことの辛さって尋常じゃねぇのな……俺の方が泣きたくなっちゃう。

 ……ちなみに、ぬるま号とは喫茶ぬるま湯にて、免許持ち全員に使用される店用の車である。主に買い出しや送迎などで使われる。

 

「しっかりしなさい。これから父親になる男がそんな様では、母親になる由比ヶ浜さんが安心出来ないでしょう?」

「いや……あいつなんでも我慢するから、不安になるなはちと無理だ」

「う……そ、そうね」

 

 あの妊娠からの長い月日、いろいろあった。

 妊娠が確認された秋からこの夏まで、それはもう。

 何度か入退院を繰り返したものの、基本はここで外出禁止令を守っていたわけだが……いや、それはもう凄かったぞ。双子のリスクについてを調べたり、調べた結果帝王切開じゃなくてちゃんと産んであげたいって言い出したり、体力ならヒッキーとジョギングとかでつけてるからだいじょぶ! とか言い出して譲らなかったり……まあほんと、いろいろあった。

 そんな結衣を支えるため、かつては専業主夫を目指したこの八幡さんが、ママさんをして“本当に主夫みたいね”と言わせるほどの尽くしっぷりを見せた。

 世話をすることが苦ではなく、むしろこいつのためになんでもしてやりたいって欲が沸きっぱなしでやばかったくらい。

 従業員さんからは仕事しろとそりゃもう言われまくりましたが、なにか?

 いや、手伝ってくれたママさんや小町や川崎やタイキックやけーちゃんには感謝感謝だな。川崎一家には本気で感謝だ。頭が下がる。

 

「むしろ比企谷くん、あなたこそ平気なのかしら。由比ヶ浜さんに付き添っている間、ほぼ眠っていなかったでしょう」

「仮眠に最適とされる時間を正確に取って、休める時にはしっかり休んだからな。問題ねぇよ。会ったばっかの頃にも言っただろ、基本高スペックなんだよ俺は。同棲してから始めた運動もずっと続けてるしな。ほれ小町ー、エスプレッソー」

「ほいほーい。あ、お兄ちゃん、4番さんモカケーキひとつ」

「あいよ」

 

 注文を受ければ内線を繋いで、一色の菓子工房に注文を飛ばす。

 用意が無いものは時間がかかるが、ここ数年でその時間帯に来る客層の好みも大分把握できた。

 なので、あまり時間はかけずに用意できている……と思いたい。まあ、とりあえず内線スイッチオン。

 カチリと押せば、ザッという音とともに繋がる、なんというかトランシーバー的な内線である。

 

「《ザッ》一色~、モカひとつ~」

『《ザッ》おまかせですっ☆ ていうか今日は注文少ないですね。お客さん少ないんですか?』

「《ザッ》まあ、ぼちぼち程度に来てるな。紅茶かコーヒー飲んで帰る客も結構居る」

『《ザッ》むー……それってわたしのお菓子が紅茶とかコーヒーに負けてるってことですか? ねーねーせんぱぁ~ぃい~、もっとPOPだしましょーよー、ケーキ美味しい~ってもっとアピールしてくださいよー』

「《ザッ》解ったから用意してくれ」

『《ザッ》なにか、お菓子が売れそうなPOP考えといてくださいねー?』

 

 一色は平常運転である。

 まあ、普通に振る舞うことで心配を減らしてくれてるってのは解ってるんだが。

 

「ほら比企谷、注文とってきたよ」

「お、サンキュ。そろそろ川崎も休憩入ってくれ」

「それはいいけど……いい加減バイトかパートでも雇ったら? あたしたちだって毎日手伝えるわけじゃないんだから」

「最初のバイト野郎が最悪すぎた。任せられん」

「彼女が勝手に誤解して店で修羅場ったってだけの話でしょ? むしろあのバイト、被害者側でしょ」

「誤解されるほど好かれてるなんてリア充すぎだろ」

「あんたが言うな」

 

 ぴしゃりと言われ、擦れ違うように伝票で頭を叩かれた。川崎はそのまま奉仕部へと引っ込んで、ホールでは小町とタイキックが動き回っている。

 

「お兄さん、注文取ってきたっす!」

「今さらだけどお前、大丈夫なのか? せっかくの休日だったんだろ? あとお兄さん言うな」

「ゲームで時間潰すくらいならって姉ちゃんに呼び出されたっす」

「……そか。まあ、ちゃんとバイト代は払うから安心してくれ。つーか、払わなきゃこっちがヤバい。経営方面で」

「そうなんすか?」

「労働してもらったなら親兄妹だろうが対価は必要なんだよ。ほれ、注文のブルーマウンテン」

「お兄さん! ナイスブルマっす!《ビッ!》」

 

 ……なんでこいつ、ブルーマウンテン受け取りながらサムズアップしてんの。

 

「……とりあえずお前の姉ちゃん呼んでくるわ」

「うわわわちょ、待ってくださいっす! 材木座先輩に注文と一緒によろしくってお願いされただけっすよ俺!」

「客って材木座かよ……結衣が大変だから、産まれるまでは大変だから来るなって言ってんのに……」

「仕方ないっすよ。戸塚先輩との打ち合わせ、絶対にここにしてるみたいっすから」

 

 戸塚が来てくれるのは嬉しいんだが、ここ最近に至っては少々余裕がない。

 世のお父さま方はすごいな、こんな不安の先で戦っていたのか。

 こうなると己が手で充実というものを勝ち取りし先人たちを尊敬せねばなるまい。

 

「………」

 

 しかしあれだ。あれだよな。あれだろ。ほら。……親父を褒めるのはなんだか癪なので、ヤツだけは気にしない方向で。

 ともあれ、妊娠したのが男でも女でも祝福して可愛がるつもりだ。

 時にやさしく時に厳しく、時にまったり時にのんびり、そしてある時には……と考えてみても、どう接するのがプラスとマイナスになるのか、想像がつかなかったりする。

 俺が親に…………実感湧かないもんだな、うん。

 

「比企谷くん、手が止まっているわよ」

「っとと、悪い」

 

 少しボウっと考え事をしていたら、どうにも手が止まっていたようだ。

 集中集中、遊んでて稼げるほど、自営業は楽じゃない。

 一色の言う通り、なにかPOPでも考えないとな……。

 

───……。

 

 

……。

 

 人が慌てる時ってのは、大体がろくなことがない。

 当然俺から言わせてもらえば、慌てる要因は自身のことよりも他人のことでの方が多いのだが───今回に限っては他人事ではなく家族ぐるみ、どころか知り合いぐるみ……いやこれも違うか。俺達風に言えば、“全部”ぐるみの一大事だった。

 まず病院から電話が来て端的に言うとそろそろヤベェ的なことを言われ、今何時だと思ってんですかとツッコむよりも全力で病院へゴーな心。

 既に営業時間は終わっていたし、むしろ今すぐ行こうとしていたところに連絡があったので、望むところだと臨んだものの、ぬるま号をかっとばそうとしたのにこんな時に限ってバッテリーが切れてたり。ぐっはぁ買い出し行った時にライトつけっぱなしだった!

 車が動かないからとバスか電車でとも思ったものの、すぐに乗れる時間のものはなく───ならば自転車だと立ち上がってみれば何故かパンク状態。……え? 慌てるな? 無理でしょう。

 川崎に連絡───しようとしたが、夜に用事があるって言ってたから無理。

 雪ノ下も一色も実家の用事があって出てるし、もう連絡は行っているだろうけどこっちに来てから病院へとなると遠回りにもほどがある。

 連絡をくれたのは小町だから、そもそも小町は病院だ。

 あ、やべぇ、これ詰んでる? 後片付けなんて後回しにして、俺も小町と一緒に行けばよかった……! 阿呆! 俺のアホウ! バッカじゃねーのほんとこんな時ばっかいろんなことが裏目に出るとか! ばかばかばーかばーか!

 などと、店の前で手段も人脈もない状況と自分に打ちひしがれていると、目の前に結構な勢いで滑り込むようにして、なのにビタァと綺麗に止まる黒塗りの車がひとつ。

 車から降りてきたのは───

 

「比企谷? どうした、こんな時間に外に一人で。ああいや、丁度良かった。少し酒に付き合ってくれないか」

 

 ───平塚先生だった。

 たまに飲みに付き合ってくれとやってきては、部屋をひとつ借りて泊っていく恩師である。

 さすがに飲んだ上で運転して帰ることは出来ないからと、一度泊めたのがきっかけだ。……というのも、初めて泊まったのがいつかの妊娠おめでとうパーティーの時だったから、追い返すとか無理だった。

 しかし今日はそんな偶然に感謝しよう。

 

「平塚先生!」

「お、おおっ? どうした? ───いや。なにか緊急か。乗れ比企谷、手短に用件だけを簡潔にだ」

「ノリと理解が早くて助かります!」

 

 下りてきたっていうのにすぐに車に乗り直して、俺が助手席に乗るのを確認するとすぐに発進。

 病院へと言うだけで察してくれたのか、オットコマエな笑顔を見せると凄まじきドライビングテクニックで急行してくれた。……制限速度を守って。うん、これほんと大事。

 

……。

 

 そうして病院へ到着した俺は、小町の誘導で分別室前へ。

 来るのが遅いと散々言われたが、先に説明を済ませていた平塚先生が事情を説明してくれると、これまたボロクソに日頃の行いがだの準備がだのと、既に来ていた雪ノ下や一色や、当然のことながら小町にも言われまくった。ちくしょう泣くぞ。

 

「泣くのはあとにしなさい。由比ヶ浜さんが待っているわ、あなたは早く中へ」

「なのにバッテリー切れとか自転車パンクとか、ほんとこのごみいちゃんは……!」

「いややめて小町ちゃん、今はほんとやめて。あ、ああいやいい、今は───」

 

 待っていてくれた白衣のおばさまに促され、分別室へ。

 そこで寝転がりながら苦しそうにしている結衣を見て、一瞬にして頭が真っ白に。

 駆け寄って声をかければ、汗だらけの顔で振り向いて、安心したように笑ってくれる。

 たまらず手を握るんだが、その時点でハッとした。

 出来ることがあるのか? やれることが、してあげられることがあるのか? と。

 苦しんでいるなら助けてあげたいとは思うが、なにをしてあげられるのかと。

 不安だらけの出産が始まる。

 いや、とっくに始まっていて、俺はそこに遅れてやってきただけなのだろう。

 苦しみから救ってやることも出来ず、応援なんてものが昔から苦手で、がんばれなんて無責任に言ったところでなにが変わるものかと考えていた俺にとって、そんな安っぽいもので何が救えるのかと……こんな時まで考えてしまい、それこそ泣きそうになってしまう。

 周囲では人が忙しなく動いている。声を出し、指示をして。

 俺にも「パパも声をかけてあげてください」って言ってきて、けど俺は……。

 

「ゆ、結衣……」

「んっ……、っ……んくぅう……!! ヒッ……は、はち、ま……!」

「~……ヒッキーでいい、気にっ……~~……気に、すんな」

 

 そんな、どうでもいいことしか言ってやれない。

 もっとあるだろ、なにかあるだろって考えるのに、助けてやりたいのに、どうにかしてやりたいのに。

 してほしいこととかあるか? なんて言えない。

 そんなことも解らないのにここに居るのかって自分でも呆れる。

 こういう時のためにネットで調べた体験談も、頭の中が白すぎて思い出せない。

 無力を噛みしめながら、悔しくて手をぎゅうっと握るのに、結衣はそれだけで安心するように微笑んでくれた。

 直後にはその笑みが苦しげに歪むのに、やっぱりなにも出来ない。

 ただ。

 ただ……強く握られれば返し、見つめられれば見つめ、微笑んでくれたならなっさけない顔ででもいいから微笑み返して。

 そこまでして、ようやく自分の中で“こいつが隣に居る日常”が戻ってきて───……その目を見て、してほしいなにかを受け取ることが出来た。

 

「……結衣」

「っ、ぐぅうっ……っ……っは、う、うぅっ……!」

「……が───がん───」

 

 応援は苦手だ。むしろ嫌いと言ってもいい。

 無責任に言葉を放ち、相手任せにして、期待通りにいかなければ失望される、そのきっかけの言葉。

 勝手に期待されて勝手に失望されて、そんなものを嫌って、呆れ、それをする相手に自分も失望して。

 しても、いいのだろうか。

 それは、許されるだろうか。

 なにも出来ないことなんてのは解ってるんだ。

 それを手助けすることも出来ない。

 ただ手を握って、信じられないくらいの力で握り返されて、それも強く握り返して。

 ただ、それだけの自分が、応援するだけなんて……許されるのだろうか。

 ああ、自分が嫌になる。

 こんな時にまで理屈を並べて、相手が欲しているものを素直に届けることさえできやしない。

 応援したところでなにになる。

 俺がなにもしなくても、周囲の人間がやってくれるだろ?

 

「───頑張れっ……!!」

 

 ……そんな、自分の中の醜さを、その一言でぶっ潰した。

 周囲じゃだめなんだ。

 こいつは俺に求めてくれた。

 受け取ってやるまで時間がかかったけど、結衣が欲しいって伝えてくれているのは“みんな”からのなにかじゃなく、“俺から”の応援で。

 見返りがほしいとかそんなものでもなく、ただその一言が欲しいだけなのだと。

 そんなの、高校時代からちっとも変わらないこいつの本心だから。

 どんな理由があるからじゃない。

 俺だから好きになってくれた結衣が望んでくれるなら、自分の中の醜さだとか捻くれた気持ちとか過去のトラウマなんてものも、どうでもいい。

 望んでくれたものを素直に贈れる自分であれ。

 俺は、もうこいつから……何度もそれを受け取っているのだから。

 

「頑張れっ……!」

 

 好きだ。

 

「頑張れっ、結衣!」

 

 あなたを愛している。

 

「っ……、うんっ……!」

 

 口で応援をして、目で想いを届けた。

 苦しいだろうに、苦しさで涙を流したままの顔で微笑んで、ぎゅううっと手を握ってくる。

 その手に力が込められるたびに声をかけて、逸らされない目をずうっと見つめ、集中した。

 周囲の音を意識から外すように。

 当然そんなことが出来るわけもないが、そんな願いがせめて早く、大事な人を苦しみから解放してくれるように。

 

……。

 

 手を握ってからどれほど経ったのか、必死すぎて時間の感覚も曖昧だ。

 けれど手に込める力は緩めず、応援も続けて、「汗を拭いてあげて」と渡されたタオルで、やさしく結衣の汗を拭いてやる。

 その過程で頭を撫でると、いつものようにほにゃりと微笑むのが、なんともはや、根性だ。ヘンなところで母は強しを体感させられた気分。

 旦那が居ると出産に集中しづらい、という記事も読んだが、望まれたならそこに居るのが正しいのだと、いろんな理屈や屁理屈、捻くれた価値観を放り投げてでもそう思うことにした。

 するとどうだろう……いや、どうだろうっつーか……もうこれ、なんというか、自分の中の変化がすごい。

 こいつは俺が守らなきゃっていう気持ちが、湧き出しすぎてすごい。

 今苦しんでいて、今なにも出来ないくせにって捻くれたものが浮かびあがるのに、それも鼻で笑って“そういうのじゃねぇんだよ、アホ”なんて返してやれるほど、その気持ちは強かった。

 強いから助けが必要なんじゃない。

 何かに強いからこそ、別の何かで助けてやらなきゃなんだ。

 母は強し。そりゃそうだ、そうじゃなきゃ子育てなんて出来るわけがない。

 

  母親なんだからそうして当然だ、じゃないんだ。

 

 親だって一人の人間だ。

 してやりたくたって、理解したくたって、なんとかしたくたって、出来ないことの方が多い。

 もうしたくなくて、理解したくなくなって、どうする気にもならなくなって、出来なくていいと放り出したくなっても、それが人間だ。自分の時間こそを大事にしたいって人が大半に決まっている。

 でも、親だから。俺達は、子を授かるのだから。

 当然だから、常識だからを実行するのではなく───ただ、親であることを。何かを育む心を、守りたいという心を広げてゆく。

 思い通りにいかないことが多いなんてことは、とっくに知りすぎて呆れているまである事実。

 届けたくても届かないことの方が多いことも、とっくに知っている。

 そんな覚悟がどれほどあったって、結局は体験したことのないことに喧嘩もするし泣きもするんだろう。

 

  それでも。

 

 ああ、それでもだ。

 頑張っていこう。

 守っていこう。

 傷つくことには慣れている。

 ステータスとか見ることが出来たなら、罵倒耐性なんて絶対にカンストレベルの八幡さんだ。

 お前達のパパは凄いぞ。

 今はなんにも出来ない、してやれないヘタレ状態だが、こう見えても基本は高スペックだ。

 お前達に、この世界を教えよう。

 お前達に、この温かさを届けよう。

 お前達に、ここにある幸福を、伝えよう。

 だから。

 

  頑張れ。

 

  お前達も、早く出て来い。

 

  ここに居るから。

 

  ここで、待っているから。

 

 声には出さず、赤子も応援するように。

 

「───」

「───」

 

 お互い、声はもう出さなかった。

 ただ見つめ合って、想いを目で伝え合って、微笑んで、苦しんで、なにも出来ないことに悔しんで。

 そして───産まれた命に、二人して涙した。

 

 

───……。

 

 

……。

 

 一言。キモかった。いや、赤子はマジでエンジェル降臨だったわけだが。

 

「…………《ずぅうううん……》」

「ちょっとせんぱーいぃ……なんでそんな落ち込んでるんですかー」

 

 いろいろと済んだ現在。

 病院内の適当な椅子に座り、膝に肘を立てて顔を覆って俯く馬鹿一人。俺である。

 

「子供、抱けたのでしょう? なにをそんな、解り易い姿勢で落ち込んでいるのかしら」

「……いや……カンガルーケアっつったっけ? 産まれた子供を母親に、って」

「ええ、そうね。それが?」

「いや……安心した顔で、すげぇ綺麗な穏やかな顔で、結衣が子供……ああ、えっと、絆と美鳩を抱いてたんだ。その光景に見惚れてな……その」

「……あの、せんぱい? まさか」

「……看護婦とかが動き回ってる中で、“聖母だ”……って」

「───…………クフッ! ……っ……、~~~……」

「……雪ノ下、盛大に笑っていいぞ……。むしろ笑ってくれ、隠さず」

 

 死にたい。

 でも素直な感想だった。

 幻想的に見えたんだからしゃーないだろあんなもん……。

 

(双子か……)

 

 知らされてはいたものの、いざ産まれると驚くもんだ。

 一卵性双生児であり、姉を絆、妹を美鳩と名付けた。まあなんとも可愛い娘たちだ。

 

「そっ……それで、っ……こほんっ、…………由比ヶ浜さんは?」

「顔を真っ赤にして、それでも……その、なに。あー……ありがと、だって」

「……まあ、そうでしょうね。比企谷くんの失言なんて、由比ヶ浜さんにしてみれば日常茶飯事でしょうし」

「おい待て、いくら俺でもそんな毎日なんてしてねぇぞ?」

「しても指摘しないだけなのではないかしら。ある日、急に由比ヶ浜さんが笑顔になったり抱き着いてきたりして、理由も解らず困惑したことは?」

「…………」

「あー……これ心当たりがありすぎるパターンですねー……」

「そっとしといてくれ……」

 

 雪ノ下と一色にツッコまれ、心当たりがありすぎて泣きたくなった。

 あ、あー、そっかー、急に笑顔になったり、急に抱き着いてきたりしたのは失言の所為だったかー。いや、そういう場合って失言って言うのか?

 まあいい、なんにせよだ。

 

「結衣に会っていきたいんだけどなぁ……」

「疲れて眠っていると言っていたのだから、やめておきなさい」

「……と、泊まり込みとか」

「明日の仕込み、どうするんですかー」

「きゅ、休業を」

『却下』

「いや、けどな? ほら、アレがアレだしな?」

「どんだけ結衣先輩の傍に居たいんですか……」

「それが自然だと受け取れるほどには傍に居たい。むしろ一心同体であると公言したいまである」

「正直キモいです」

「《ぐさぁっ!》───!! …………《ずぅうううん……》」

 

 正直な感想が胸に鋭くゲイボルグ。

 ああ、胸が痛い。

 

「そろそろ小町ちゃんが手続きを終わらせてくる頃ですし、今日は帰りましょう。平塚先生が外で待ってるって言ってましたから、先輩はあんまり待たせちゃだめですよ」

「そ、そうか。悪い」

「シャキっとしなさい。これからは、本当に父親になるのだから」

「───おう。その覚悟なら、もう散々決めたよ」

 

 親、っていうよりは……やっぱり恋人、夫側の意識がまだまだ強いんだろう。

 守ってやりたいと強く思ったのが結衣なんだから、自分で軽く自分に指摘してみりゃ、図星もいいとこだ。

 それの方向を少しずつ変えて、きちんと娘も……絆や美鳩と名付けた赤子も、守っていけるように。

 

「……頑張れ、か」

 

 応援はやっぱり苦手だ。

 それでも……結衣の次に抱いた、あのやわらかくも頼りない命の重さを覚えている。

 頑張ろう。

 義務としてじゃなく、自分の意志で俺が親だって胸を張れるくらい。

 

   ×   ×   ×

 

 子供が産まれてからの日々は、なんとも甘ったるく、なんとも忙しい。

 

「仕事時間を短くしたいって何度思ったことか……」

「馬鹿なことを言っていないで手を動かしなさい」

「お兄ちゃーん、モカマロンケーキいっちょー!」

「あいよー」

「お兄さん! ブルマっす!」

「材木座には代わりにこっちのMAXもってけ。あと毎度言わされてるそのブルマもやめろ。客の目がおかしいから。あーほれ、客来たぞ」

「っす! って、葉山先輩じゃないっすか!」

「いらっしゃいませお客様。お帰りはあちらよ? 回れ右して帰りなさい」

「いやあの……俺はただ出産祝いを持ってきただけで……あの、毎回それ言うの、やめてくれないかな……」

 

 結衣が退院する前もしてからも働くことはやめず、しっかり稼ぐ。

 結衣と娘たちが退院して、その生活が少し安定してからは、子守にはママさんと……あろうことか雪ノ下母が参戦してくれて、危なっかしくも賑やかな日々を送っている。

 

「ほぎゃああっ! ほぎゃああああっ!!」

「あ、ああっ、ああぁあっ……! あ、あのあの由比ヶ浜さんっ……!? ここここういうときは、どどどうしたらっ……!」

「落ち着いて、雪ノ下さん。まずは落ち着くのよー。はい、吸ってー、吐いてー」

 

 ママのんが抱き上げた途端に美鳩が泣いてしまい、ママさんに頼って安心を得たり。

 親同士と娘同士では立場が逆な関係に、思わず笑みが浮かぶ。雪ノ下と雪ノ下さんは呆れたり笑ったりだったが。

 まあなんともそんな日々を続けている内に、かつては仕事ばかりで覚醒に至らなかった母性に目覚めたママのんがほんとヤバかった。もうね、美鳩のこと猫可愛がりといえばいいのか、超がつくほどデレッデレ。アータ仕事はどうしたの。あ、もう誰かに頼んであったんだっけ。

 

「………」

「あぅ……あむ……あーぷぃ……あーぃ……」

「…………《にへらハッ!?》……い、いけません。雪ノ下の女たる者、常に己を律して……」

「あぅ? あー、ぃー……」

「…………《にへら…………ハッ!?》……こほんっ、わ、私はべつに、だらしのない顔などしてはいません。ええ、いません」

「うぷふへへ~~~♪」

「~~……ぁああああ!! 由比ヶ浜さん! 由比ヶ浜さん!? 美鳩ちゃんが! 美鳩ちゃんが私に笑いかけてっ……!」

「ひぅっ……あぁあああん! びぁああああああん!!」

「ああああごめんなさい急に大きな声を出してしまってごめんなさい! な、泣き止んで!? 絆ちゃんも美鳩ちゃんも! ほ、ほーら、あぶぶばばー! ……ねっ? ねっ!?」

『………』

 

 時々様子を見に行く雪ノ下が、ひどくやつれた顔で戻ってくるのはどうしてなんだろうな。

 その割に雪ノ下さんが様子を見に行って戻ってくると、呼吸困難状態になってるし。いや、笑いすぎて。

 結衣はそんなママさんやママのんと一緒に、育児の勉強をしている。

 看板娘というか、看板妻が居ない穴を埋めるため、いつもよりも忙しいのは……まあ、産休扱い状態の頃にもう慣れた。

 そうした賑やかな日をひとつひとつ越えてゆき、少しずつ少しずつ、自分が父親になったっていう現実を受け止めてゆくのだろう。

 実感ってものを、現実の自分が居る位置まで持っていくのは難しい。

 “そうなんだって思うだけ”じゃ完全には自分ってもののピースとして嵌まりこんでくれないし、じゃあどうすればいいのかを教えてくれる人も居ない。

 こればっかりは自分で歩いて知っていくしかない、というのがパパガハマさんの言葉だ。

 

「……意外だわ」

「あ? なにが」

「小町さんに比類なきシスコンっぷりを見せていたあなたのことだから、子供にもべったりになると思っていたのに」

「子供に、それも娘にべったりな親がどれほどキモくて嫌われやすいか、親父で知ってるからな。軽く距離を置くくらいが丁度いいんだよ。これ、ぼっちの知恵」

「……そう。けれどまちがえてしまわないように気をつけなさい。相手はあなたのようなぼっち経験者ではなく、まだ親への甘え方も知らない赤子なのだから」

「……だな。忘れないようにするわ。その、さんきゅ」

「ええ。覚えておきなさい。親に構ってもらえないというのは、寂しいものだから」

 

 雪ノ下のそんな言葉を胸に刻みながら、それでも日々は流れてゆく。

 父親らしく、っていうのは案外難しいもんだが……というかしてやれることはやっぱり少なくて、だったら懸命に働こうと頑張れば頑張るほど、なんというかこう、娘に構ってやれる時間が少なくなるっつーか。

 いえ? まあ? 結衣に構う時間はどれだけ疲れようが取まくってるヒッキーですがね?

 かつての宣言通り、娘の前でもいちゃこらしまくりである。

 とはいっても娘に語り掛けるのも忘れないんだが……やっぱりしてやれること、少ないよな。

 

「あ、ヒッキー、お帰り」

「おう、たでーま。……絆と美鳩、もう寝たか?」

「うん。ごめんね、あたしも手伝えればいいんだけど」

「それは言いっこなしだ。むしろ子供の面倒の方が大変そうで、俺が手伝ってやりたいくらいだ」

「それも言いっこなしだよ。ママとか手伝ってくれるし、負担もそれほどないんだ。あ、でも夜泣きとかはちょっと大変かなーって」

「まあ、そうな。……でも」

「うん、でもだよね」

 

 仕事が終わって寝室に戻ると、言う言葉は“ただいま”。

 笑顔で迎えてくれる妻が居るって、なんか心がほっこり。

 知られた時は雪ノ下にも一色にも呆れられたが、目覚めと寝る前には必ずキスをする俺達は、娘の前だろうとそれをやめない。

 実に円満ってやつである。しゃーないでしょ、好きなんだから。

 そんな俺達が、欲しいと願って産まれた子供だ。

 夜泣きの所為で熟睡できないとか、そんなことは努力と根性と腹筋でなんとかする。

 

「ほぎゃあああっ!!」

「あいあーい……」

「《しゅばばばばっ!》……ぁぃー……」

「……ぐぅ……」

「もぎゃぁあああああっ!!」

「あいー……」

「《しゅばばばばっ!》……ぁぅー……」

「……ぐぅ」

 

 そんな日々にいい加減慣れてくると、夜泣きが来ても冷静にオムツを手早く変えたり、高速であやしたりと、ほんと夜泣きにも普通に対応。

 「ヒッキー、寝ながらオムツ変えててびっくりした」とか言われた時、オートで発動しすぎなお兄ちゃんスキル……もとい、お父さんスキルに驚いたもんだ。

 しかしながら当然辛いと思うことはあって、疲れが溜まりすぎると、

 

「…………結衣ー……結衣、結衣ー……」

「ひっきぃ……ひっきぃ、ひっきぃい~~……」

 

 二人でベッドに横になって、抱き締め合いながらごろごろしたりいちゃいちゃしたりするのだ。

 娘たちはママさんやママのんに任せて。

 大人になりきれてない部分がやっぱりどうしてもあって、そういう部分が弱音を吐いた時、俺達は互いに慰め合い、充電して、次の日に臨むのだ。

 

  首が据わり、ハイハイをするようになり───

 

 子供たちの行動範囲が広がった。

 油断していると何処に行ったのかが解らなくなり、ゴドシャーンと何かが倒れた音と、ママのんの悲鳴が聞こえれば、もう大体発見できる不思議。

 ハイハイで高速移動をする子供らを都築さんに指示して綺麗に録画してるママのん、パネェ。

 

  立ち上がり、歩けるようになり───

 

 行動範囲、さらに拡張。

 そしてママのん、今のところ皆勤賞。家のこととか大丈夫なのかこの人。

 あ、都築さん、ほんといつもお疲れ様です。

 

  時は流れ、保育園。

 

 待機児童が多いと噂される中、待つこともなく入れた絆と美鳩は、それはもうママのんに写真を撮られまくった。いや、ママのんが、というよりは指示された都築さんがだが。

 ママさんも“この歳で友達が出来たみたいで嬉しいわー♪”なんて嬉しそうにしてた。

 

「ぱぱー、ぱぱ、ぱぱー」

「お、どしたー、美鳩ー」

「おんぶー」

「さっき下したばっかだろおい……」

「おんぶー!」

「へいへい……絆はどうするー?」

「……《ぷいっ》……ままー」

「……なんでか絆が懐いてくれん……いやほんと、なんでだ」

 

 でもママのん、入園祝いってなんかめっちゃ高価そうなものとか贈ってくるの、やめてください。

 都築さん、荷物持つの手伝います。ほんとお疲れ様です。

 

  お遊戯会。

 

 周囲に同じ子供が居ると成長も学ぶ速度も速いもので、どんどんと吸収しては、自分の知識として蓄えてゆく。

 そんな中で一年ごとに開催される催し物も、去年とは明らかに違う動きを見せる娘に、随分と驚かされるものだ。

 あとママのんの燥ぎ様がすごい。なんというか……もうすごい。

 たぶん十人中十人、ママのんは絆たちの家族ではありませんって言われたら驚くだろう。

 そんくらい燥いでる。うん、マジすげぇ。

 あ、都築さん、カメラ捌き凄いですね。

 

  運動会。

 

 仕事は休めないのでローテで様子を見に行く。

 親と一緒に走りましょうって競技で走ったが、まあもちろん子供の速度に合わせれば疲れもしない。

 しかしながら顔が盛大にニヤケる自分に気づくと恥ずかしく、出来るだけ顔に出ないようには……出来てなかった。

 後でビデオ見たらえびす顔だったよ。

 都築さん、いつもカメラお疲れ様です。

 でも俺は撮らなくていいっすから。

 

  卒園式。

 

 ママのん感涙。

 泣く要素はなかった筈なんだが。ていうかほんともうこの人大丈夫か。雪ノ下家が心配になってきた。

 雪ノ下さんに相談してみたら、“声かけると孫が欲しいしか言わないから関わり合いたくない”って言われた。

 そんな雪ノ下さんの愚痴も受け止める都築さん、お疲れ様です。

 ママさんは普通にビデオ撮ってたな。ママさんはほんと、マイペースで助かる。ママのんもある意味マイペースではあるのだが。

 

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