どこにでもあるようなガハマさんとヒッキーのお話 作:凍傷(ぜろくろ)
怒涛の小学校時代。
この頃になるとそりゃあもうやんちゃである。
なんにでも興味を示すのは幼稚園時代からだが、その趣味の幅が広がりまくりで、三歩歩けばアレが欲しいって、そういうのばかり。
しかしそこはガハマさん。
無駄遣いは一切許さず、場の流れを完全に支配して興味の方向をあっさり変えると、仕事に戻ってくる。
もぎゃーと駄々をこねようと、その駄々の方向さえも変え、きょとんとしている娘たちを寝室に置いてくると、普通に喫茶店の仕事を手伝ってくれた。
もちろん聞き分けのいい時はいいので、そこまで世話を焼かずに済むようになった。
そうなると自然とママさんやママのんに頼ることも少なくなり……いや、むしろ俺達が遠慮したんだが、ともかくママのんがぬるま湯に訪れることも少なくなり───
「都築。この辺りで働く社員に、休憩はぬるま湯で取るように指示してちょうだい。忙しくなれば人手が必要になるでしょう?」
「……奥様、ご自重ください」
「ああ……もう三日も会っていないのに……! はぁ、由比ヶ浜さんを誘って食事にでも行こうかしら……都築、車を」
「はっ」
都築さん、本当にお疲れ様です。
ところでそんな会話を偶然聞いてしまったあと、やたらと客が増えた気がするけど、気の所為ですよね?
客が“雪ノ下建設”とか糸で縫った文字付きの服を着てるんですけど、気の所為ですよね?
小学生ってのは多感なお年頃。
経験があるからよーく解る。うん解る。
しかしそれを、まさか父親目線で見守ることになるとは思わなかったな。
などとしみじみ思う日々はまあ平穏と言えるだろう。
時折起こるトラブルを見ないフリしてみれば、案外平和そのものと言えるのではなかろうか。
「ママ、ゆきのママ、いろはママ」
「え、えーと……なんだかくすぐったいですねー……あの、絆ちゃん? んー……きーちゃん? わたしはきーちゃんのママじゃないんだよ?」
「んーん、きずなにはママが三人。おねえちゃんはこまちおねえちゃん」
「んー……絆? パパは?」
「んん……パパは」
「パパはえいゆう」
「英雄!? え、と……美鳩ちゃ───みーちゃん? 英雄って……」
「はるのん言ってた。パパは、みはとたちのために、“にちやどりょくをしてる”~って。だからあんまりあそべない」
「みーちゃん……」
「でも、みはとたちがげんきにあそぶには、パパがえいゆうじゃなきゃだめなんだって。だからみはとはパパがだいすき。みはとてきに、それはとてもじゃすてぃす」
「ジャスティスって……はるさん先輩、子供になに教えてるんですかー……」
「別に言葉通りの正義とかそういうのじゃないよ? 折れない信念、曲げたくない大事な心があるなら、それをそう呼ぶのって教えただけだし。……まさか気に入られるとは思わなかったけど」
一卵性はよく似るっていうが、宅の双子は案外似ない。
ただミラーなんとか……なんつったっけ?
ミ、ミ……ミラボレアスじゃなくて。あー……おお、ミラーツインか。
鏡に映したように左右対称に育つってあれな。
絆は結構元気っ子で右利き。
対して、美鳩は結構静かで左利きだった。
いっつも眠たそうな目をしてる。半眼って言えばいいのか? ぱっちり開くとやたら可愛いが、半眼状態をこよなく愛しているように見える。
小学中盤。
美鳩はなにかと俺の近くに居たがる。
眠たそうな目をしているのに眠くはないらしく、読書が好きで未知に対して興味津々。
対して……どうやら俺は、絆に好かれていないらしい。
「美鳩さんは比企谷くんのことが本当に好きなのね」
「傍に居て安心出来る人は稀少。学校にそれが無いからではなくて、パパだから心安らぐ。それは、美鳩的にとてもジャスティス」
「それに対して、絆さんは……」
「……………《じー……プイッ》」
「……本当に、随分と嫌われたものね」
「なんかな……結衣も自分も美鳩もほったらかしで、お前らと楽しそうに動き回ってるのが気に入らないっぽくてな……」
「そうね……確かにあなた、最近微笑むことが増えたわ」
「いや、ただ仕事が終わったら遊んでやろうとか考えてるだけなんだけどな。終わったら終わったで、絆寝てるし。だから起きて待ってた美鳩と遊ぶんだが、それを絆に見られて“自分とは遊ばないくせに”って誤解されてな……」
「あなたは昔から、人の誤解を自分に集中させるのが上手いわね……」
「今回ばっかりは狙ってるわけじゃねぇよ……」
絆は結衣にべったりだった。
結衣に、というよりは……結衣や雪ノ下や一色、川崎に小町にママさんやママのんにか。
何故か男性陣には懐かなかった。だが、それがいい。
そんな擦れ違いが逆転した日。
とある日、盛大に喧嘩した。
といっても俺からなにかを言うでもなく、絆の中のなにかが爆発したわけだが。
二階の自宅スペースにて何故かいきなり怒鳴られた俺は、親としてそれを受け止めてやるつもりできちんと話を聞いていたのだが、ここで失敗した。やらかした。
どうやら絆は本音のぶつかり合いをして仲直りをしたかったようなのだが……ああ、これは後から結衣に教えられたことな。
だってのに俺は受け止めるばかりで、なにもぶつけない。
それが悔しくて悲しくて、しまいには泣いてしまった絆。
「もういい! パパのばかっ!」と言って駆けだしてしまい、涙で視界が歪んでいたのが悪かったのか───まあ、これは言っても始まらない。
階下へ降りるための階段の一歩目を踏み外したのだ。
咄嗟に壁に手をついて体勢を立て直そうとするが、そんなものが長く続く筈もない。
しかしながら、かつての修学旅行、結衣を泣かせたまま見送ることしか出来なくて後悔した俺が、泣いて走り去る存在をただ見送る筈もない。
後に悔やんだのなら二度とそれをしてしまわないようにと決めた覚悟があった。
絆が駆けたすぐあとに走り出していた俺は、その勢いのままに跳び出し、絆の体を抱き締めた上で思い切り体を捻った。
手を伸ばして掴んで、踏ん張ってじゃあ間に合わないかもしれない。
自分も勢いを殺して掴むんじゃ、届かないかもしれない。
だったら。
自分も跳び、確実に命を抱き締めて、落下する。
体を捻り、自分を下にして。
やがて、けたたましい落下音。
一度だけでは済まず、ごどどどどんっと連続して音を立てて階下までを滑り落ちた俺は、仰向けに倒れる自分の上に……きちんと絆が居たことに安堵して───突然の落下音に様子を見に来た足音を耳にしながら、意識を手放した。
……え? ああ、目覚めは病院だったよ。
ハッと気づけば白い天井。知らない天井だ、とは言わなかった。
だって入学式の日に見たもの。
「ひっきーのばか……ばか……! ばか……! ばかぁあ……!!」
「いやお前、そりゃないだろ……。娘助けたんだからもうちょっと……つか、語彙増やせ。なんで馬鹿しかねぇのお前」
入院生活中、結衣にはそりゃもう泣かれたし怒られた。
何度も謝ったものの、許してもらえるまでは時間がかかったりした……と見せかけて、とっくに許していて、ただ喧嘩ごっこみたいなのがしたかっただけらしい。見舞いに来てくれたママさんが言ってた。結衣の前で。あーはいはい、真っ赤になって騒ぐんじゃありません。
心配してくれてるのはちゃんと解ってるから。
ていうか“由比ヶ浜”の血を持つ女性を助けると足を折るって呪いでもあるの? ええ、また折れちゃいました。
見舞いにて、絆にめっちゃ謝られた。
もう凄かった。
ビワーって、すごかった。
それがきっかけだったのか、なんでか知らんが顔を赤くして俺の傍に居るようになり、やたらと触れてくるしニコリと笑うし。やだなにこれ、デレ期?
「パパはやっぱり英雄。絆を守ってくれた。家族を守れる存在は、誰の目にそうとは映らなくても、家族にとってはとても英雄。家族愛をとても愛する美鳩的には、それが、とても、鬼のようにジャスティス」
「鬼のように正義ってなんだよ……」
「……あ、の……パパ……」
「……おう。まあ、怪我が無くてよかったわ」
「……おこ、怒らない、の……? なんで……? 絆、パパに怪我させたのに……なんで……?」
「……《こりこり》……怒るだの叱るだの、底辺を自覚して生きてきたぼっちにやれとか、注文の難度が高いんだよ……。はぁ……絆。とりあえずこっちこい」
「《びくっ》う、うん……はい……」
「経験談からして、言われるまでもなく階段を下りる時はきちんと見える状態で下りよう、って誓っていることだと思う」
「うん……」
「言われるまでもなく、何をするにも言い捨てて逃げるのも卑怯だった、と自覚してるだろ」
「うん……で、でも」
「だから、親としてとりあえず一発な」
「え?《ごちんっ!》ふきゅっ!? ……、……~~~~っ……!?」
「~~……気をつけろ、このばかたれっ……! お前が死んだら、俺は泣くぞ……! 悲しいぞ……! どうして助けられなかったんだってずうっと後悔するんだ……! 一時の苛立ちに飲まれて全部を台無しにするような行動を取るんじゃねぇ……!」
「───……、…………~~~……」
拳骨を落として、初めての説教。
殴ったこっちの心が、もう死にたくなるほど痛かった、初叱り記念日。
絆は殴られたところを両手で押さえて、涙をこぼして……でも、きちんと俺の目を見て、逸らさずに受け止め、頷いた。何度も何度も。
……あとから結衣に聞いた話だが、あの場で“お前が死んだらみんなが悲しむ”なんて言おうものなら、余計に嫌われていたかも、らしい。きちんと自分の気持ちだけをぶつけてきてくれたのがとても嬉しかったんだそうだ。
……そういや俺、“俺は泣くぞ”って……自分の中にある言葉しかぶつけなかった。
まあ、そりゃあ、ぼっちでしたし。自分のことだけぶつけるのは得意ですよ?
で、まあ。これがきっかけでデレたようで。
退院してからも喫茶店に復帰してからも、気づけば美鳩とともに、俺のうしろをちょこまかついてくるようになった。
代わりに俺が結衣のことを構いまくっているわけだが。あ、これはいつものことだった。
「…………~♪」
「《ぎゅー……!》ひゃ、ひゃわわっ……ひ、ひっきぃ? あのっ……絆も美鳩も見てるっ……」
「おう」
「や、やっ……おうじゃなくってさ、えと、あの……!」
「かつての宣言通り、俺は娘の前だろうが結衣が好きだ。大好きだ。愛しているを通り越しているのにそれ以上の表現がないから愛していると言わざるをえないまである」
「あぅううう……!!《かぁあああ……!!》」
「パ、パパ……パパ……! 美鳩も、美鳩もハグを要求したい……それをされたい願望と期待は、誰に侵されることのない美鳩のジャスティス……!」
「ママはいっつも抱き締められているのですから、こういう時こそ娘を抱き締めるべきだと思うのですよパパ!」
「断る」
「なんか真っ直ぐ断られた!?《がーーーん!》……ひ、比企谷くん? 今すぐその手を放し、私を───」
「似てない。やり直し」
「あぅうっ!?」
「………」
「《よじよじよじ……》いやちょっ……美鳩!? なんで背中に上る! つーかその上り方には無理がっ……!」
「ママの居場所が腕の中なら、美鳩はパパの肩を選ぶ……それが美鳩的にそこはかとなくジャスティス」
「不満ありすぎってことじゃねぇかそれ……」
「だ、だったら絆は腕です! えーとえーと……せ、せんぱ~い、わた」
「似てない。やり直し」
「うわーん!」
家族仲が安定すると、一気に日々は賑やかに。
結局のところ、絆もどうすればいいのか解らず、結衣や雪ノ下や一色に相談を続けていたらしい。
いろいろな案は出たものの、まっすぐ伝えるのが一番だって結論が出て、ぶつけてみたけど受け止めるだけな俺。
本音で語り合いたい人にとって、俺の性格ってすっげぇ面倒臭いんだろうなぁ。
だからって好んで合わせたいとは思わんのだが。
むしろ、俺が雪ノ下の真似をしたことで、絆が物真似に興味を持ち始めたって話を聞いた時は素直に驚いた。
嫌ってたわけじゃなく、どうぶつかっていけばいいのかが解らなかったんだそうだ。
そのことについては、雪ノ下にも一色にもハッキリと“俺の性格が悪い”と言われた。
……俺が悪い、って言われるよりも地味にダメージがデカかった。
娘たちが、なんか知らんけど俺の好みを必死になって知ろうとしている。
情報収集から始め、アニメが好きだったと知れば過去のアニメなどを調べ、小説も好きだという事実を思い出すと小説家である材木座に相談。
アニメの円盤などを持ってきたりなどして、そこからアニメを知っていった。
なにを思ったのかパンを作るなどと言い出して、ティッピーパンにチャレンジしたりしていたな。失敗して一色に怒られていたが。
「パパ!」
「パパ……」
「ん? どした? もうちょいでお客さん切れる時間帯だから、話があるなら───」
「パパ、プリキュアが大好きってほんと!?」
「ほんと……?」
「ざぁああああああいもくざぁあああああああああっ!!」
声が裏返るほど絶叫した。
しかし娘たちに嘘をつくつもりはなかったので、大変恥ずかしかったが客と従業員が居る中で、俺はそれを肯定してみせたのだった。
……なんか知らんが客から「あんた勇者だ!」とか言って拍手喝采を受けたが。
これくらいで勇者なもんか、俺より上級者はもっといっぱい居る。
「パパ……この訳、とても難しい……とても」
「訳? 英語かなんかか? まあパパも必要最低限を必死こいて覚えた程度だから、役に立てるか解らんが───えぇとなになに?」
「ん……“次の言葉を正しい日本語に戻しなさい”。……この石段は【シュー】ウイ悲しみ。1が1歩ずつしっかり噛むのが極上です」
「ワニムじゃねぇか! なんでこんなのの訳とか真面目に勉強してるんだよ……」
「絆と問題を出し合った……。パパレベルにまで達しているなら解る筈と煽られて、美鳩としては立ち向かうことをとてもジャスティスとした。負けられない戦いが、そこにはあった……」
「……べつに俺、それを見たことはあっても全部覚えてるとかじゃないぞ?」
「……!?《がぁあああん……!!》…………騙された……」
「はぁ……今夜時間取るから、あまりおかしな方向に走るなよ。な?」
「《なでなで》ふわぁああぁ……!? ……パパのなでなで……とてもジャスティス。もっと撫でてほしい、もっと、もっと……!」
「へいへい……」
いっつも眠たそうな半眼をしている美鳩だが、撫でるととろんととろけ、時折目をぱっちり開ける。
不意打ちに撫でた時とか特にだな。
しかしまあ、なんだ。
こうまで喜ばれると、かつてぼっちを歩んだ俺でもニヤケてしまうもので。
それについてを日々指摘され、雪ノ下や一色にからかわれる日々だ。
……まあ、ほんと。楽しんでるからいいんだが。
小学卒業、中学へ。
順調に日々を楽しみ、中三にもなるともう結構な一人前な感じ。まだまだ子供だーって見ちまうのは親だからだろう。
まあそれはそれとして……最近、美鳩が雪ノ下さんと話しているところをよく見かけるようになる。
あの人も今なにやってんのかね。
海外の方で仕事を持ったって聞いたけど、なにしてるのか教えてくれないし。
しかし雪ノ下さん自身が店に来ること自体が案外少ないために、それ以外の時間は俺にべったりな美鳩。
とっくに店のツイン看板娘として働いてくれている。
「……いらっしゃいませ。ご注文を」
「オアッ……き、キミ可愛いね?」
「……そんな商品はありません」
「いやそうじゃなくて……あの、バイト? 仕事が終わったらさ、ちょっと会わない?」
「……人間として“合”いません」
「そ、そんなこと言わないでさぁ~」
「……ご注文がないのならお冷をどうぞ。それを飲んだらお帰りください……それはとてもジャスティス」
「なにそれ? きみ面白いねぇ! あ、俺は───」
「~~……! ……~~……!」
丸トレー(サービストレーというらしい)を両手で盾にするように構え、ふるふる震える美鳩さん。
どうにも美鳩は胸が大きく、男子の目を集めてしまうためか、静かな性格も手伝って男嫌いになりつつあった。ていうかたぶんもうなってる。
なので男の客への対応の大体は絆がやるんだが、このままではいけないと慣れようとしてみればこんな客である。
しかしそんな場所にザッと現れ、救ってくれる存在。その名も───「お客様。おいたは感心しません」……都築さん。
今日も今日とて客としてやってきていたママのんとともに店の中に居た、我らが苦労人……もとい、なんでも屋みたいになっている苦労人……もとい、…………やっぱ苦労人だ。
「よりにもよってこの喫茶店で、それも可愛い可愛い美鳩さんをナンパなど……───恥を知りなさい、下郎」
「……奥様、お下がりください。ここは私が」
「な、なんだよあんたらっ! 俺は客だぞっ!?」
「おや。私の記憶が確かならば、貴方様は注文もせず、その場で言いたい放題を繰り返していただけの筈でございますが。あくまでナンパ目的であるならば、それを客とは呼べませぬ」
「うっ……! な、なんだよ! いいだろうが! こんな可愛い娘っ───あ、あれ? ちょ、あれ!? 何処にっ……」
「パパ……あの男が話を聞いてくれない……。会話をしようともしない人と一緒に居ることは苦痛でしかない……! この解答は美鳩的に至極ジャスティス……!」
「あーはいはいジャスティスジャスティス。だから俺が行くって言ったろーが……」
「頼り切りだと一人前の女性とは呼べない……。そんな自分を克服してこそ輝く美鳩……とてもジャスティス」
「へいへい」
「《なでなで》んゅ……! パパ……ぱぱー…………~……♪」
「《ぎゅー》……おう」
「なんかいちゃこらしてる!? つーかパパ!? お、おおお……! でっへへへお父さーん!? 娘さんを俺に───」
「喝ぁああああああっ!!」
「《ビビクゥッ!》オォアァアッ!? ちょっ……なんだよあんた! なんっつー声……!」
「誰があなたのような男性に大事な大事な美鳩さんを! 己が身の程度というものを知りなさい!」
「お、奥様……!」
ママのんがキレた。
いや、俺もさすがにふざけんなとか言いそうになったが、その前にママのんが叫び、その男は都築さんに写真を撮られた上で出禁になった。
それにしても喝、って……。スゲー迫力だったけどさ。
苦労するだろうなぁ、美鳩も、絆も。
俺と結衣は当然ながら、ママのんにさえ気に入られる男じゃなけりゃ、結婚どころか交際さえ認められなさそうだ。
───そして。
その話は、少し前から聞いていた。
絆は聞かされていなかったようで、それはもう怒ったり喧嘩したりだったが───
「美鳩……陽乃さんの紹介で外国の高校に行くってほんと?」
「はいママ。美鳩は未知を知り、大人の女性を目指します。得た知識で親を支え、家族の愛をもっと深めていきたい。美鳩にとって、それは揺るがないジャスティス」
「……本気、なんだ」
「会えないのはとても寂しい。離れて辛いと思える寂しさ、それは苦しくても心が死んでいない証拠。とてもジャスティス」
「でも、何年も会えなくなるんだよ?」
「……“家族だからだいじょぶ”。離れていても、繋がっている。姉ではなく、それをそう呼ぶ言葉が美鳩は大好き。だから、これはジャスティス」
「美鳩……」
「絆。……美鳩はほんのちょっぴり、狭い世界を広げてくるね。帰ってきたら、その広がった世界をぶつけるから。そしたら、絆は美鳩にこの愛しい世界をぶつけてほしい。それは、美鳩にとって得難いジャスティス」
「…………相談してくんなかったのがすっごい嫌だった」
「言ったら絶対に反対する。もしくは一緒に行こうとする。それはダメ。“絆”はちゃんと“絆”でなきゃ、名前の意味がない。それを否定する心、家族のジャスティス」
「……~~……でも……」
「美鳩は鳩だから旅をする。旅をして、また帰ってくる。ここには美鳩の八幡宮があるから、美鳩の帰る場所はここ。美鳩に豆をくれるのはいつだってパパだから、ここしかない。でも、食べるのは“みんなで一緒”。ぽっぽっぽー。それが家族。それがジャスティス」
「うっ……ひぅうっ……みはっ、美鳩ぉお~~……!」
「……外国で得た未知で大人になった美鳩に、パパはきっとメロメロ。途中からデレた貴様なんぞに入る隙なんぞないと思え、とか煽ってみろと言われたので煽ってみる。ウフフ」
「なんかいろいろ台無しだ!? だ、誰!? 誰に言われたの!?」
「大人の女性は多くを語らない。これ、わりとジャスティス《にこー》」
「ぐっ……! わ、わかったわかりましたよ! だったら美鳩が外国でぼっちを続けてる中、絆はみんなの絆になって家族愛を守り通して見せますよ! だから───」
「うん、だから」
「……さっさと未知なんて知り尽くして、回れ左で胸張って帰ってくるがいいのです……」
「……ん。家族の鼓動は左胸。胸張る時は左を前に。やり遂げたなら左から、尻尾巻くなら回れ右。……安心して欲しい、絆。家族だからだいじょぶ。美鳩はちゃんと、やり遂げて帰るよ」
「……ジャスティス?」
「ん、とてもジャスティス」
曲がらない想いを二人で誓い合い、姉妹は喧嘩したと思えば仲直りした。
卒業から出発の時までをいつも以上に姉妹仲良く過ごし、俺達とも存分に話し合って。
空いた穴を埋めるために、そこになにかを置きたい、と美鳩が言い出し、それならと……雪ノ下の強い推薦もあり、猫を飼うことに。
名前は……まあその、あれだ。……ヒキタニくん。
「パパ……美鳩はさらにパパの写真を所望したい」
「俺のと言わずに家族の集合写真でも持っていきゃいいだろ」
「……! それはとても、とってもジャスティス……!」
写真も撮った。
向こうへ行っても寂しくないようにと、ぬるま湯従業員一同と、川崎姉弟や雪ノ下さんやママさんやママのん、戸塚に材木座、平塚先生に……あー、それから葉山。
え? 撮ってくれた人? ……都築さんである。ありがとうございますほんと毎度毎度。
「しかし、こうしていると比企谷達の高校時代を思い出すな。君たちは本当に、雪ノ下と由比ヶ浜によく似ている」
「うーん……髪型の問題では? わたしこと絆は、雪乃ママのように長い髪を愛しているので」
「……美鳩的には、短めの髪でサイドテールこそジャスティス」
「ふむ。お団子にはしないのか? 長さも丁度あの頃の由比ヶ浜のようなのに」
「ママがパパに助けられた出会いの時、していたのがこの髪型と……まことしやかに囁かれている。つまりきっかけこそが全ての始まりであり、家族の愛を築くための原初にしてジャスティス」
「そうか。いいなぁ青春……ま、私も今さら結婚がどうとか足掻いたりはしないがね。そういった縁がなかったということだろう」
「んん……子は無くともパートナーは欲しい、という人を探せば、それが相手にとってもとてもジャスティス」
「ん、そうか。その手があったか。さすがにこの歳で出産、というのは、自分の体にも負担がかかるし、成長すれば子供も嫌がるかもだからな……よし、探してみるか」
「結婚を度外視するのなら、我が家のパパとか、すごく、とても、ジャスティス」
「元教え子を愛人に薦めるな、馬鹿者」
平塚先生は相変わらずだが、結婚願望はそれほどでもないらしい。
がっつかなくなり、余裕が出来てからは結構声をかけられることも多くなったとか。
ただ、相手も年齢を聞くと驚くらしい。
由比ヶ浜の家系に限らず、若く見える人が多すぎるんだよ、俺の周り。
そんな賑やかさも、いつかは欠ける。
散々と騒いで楽しんで、しかし、その日が来れば嫌でも別れはやってくる。
娘がやりたいことがあるなら、背中を押してやるもんだと強がりはするが、正直寂しくて仕方がない。
それをなんとか押し込めつつ、ママのんにボディガードは確実とお願いして、やがて───雪ノ下さんと、ママのんとともに海外へと旅立っていった。
……っつーかママのん、頼んでおいてなんだけど、何故アータまで。
え? 旦那の都合で行く予定があった? ソ、ソウデスカ。
「帰ってきたら、雪ノ下家の娘として洗脳されてたりしてな……」
「ふふん、問題ありませんよパパ。美鳩は強い子です。なにより家族を愛する美鳩が、ママのん相手だろうと負ける筈がありません」
「まあ、そうな。んじゃ、お前もこれから総武だし、頑張らんとな」
「お任せですっ☆ 美鳩が居ない分、絆が盛り上げていきますよ! なにせ、ここには美鳩が愛した世界があるのですから!」
……こうして。
この喫茶店から一人が旅立った日々が始まった。
入学式までの間はいろいろとドタバタして、自分のことでもないのに親があーだこーだ言って、まあ……そういうものも楽しんだもの勝ちってやつなんだろう。
ママのんが居ない分、高校の入学式とかは静かになりそうだ。
都築さん、今年はせめてのんびりできることを祈ってます。
× × ×
そんなわけで。
「パパ! 実はわたしは過去からやってきたパパの恋人の娘なんだよ!」
「いやそれ当たり前だからね? 四月馬鹿するならもうちょい設定捻ってから出直してこい」
「……ザイモクザン先生が大ヒット!」
「こんだけ長く小説家出来てりゃ、そりゃあな。むしろすげぇよマジで。作品の何本かがアニメ化とかした時は、自分のことのように祝ったもんだ」
「好きな人が出来ました!」
「今すぐ連れて来い」
「空気が一瞬で変わった!? も、もうパパ~、ウソだよ嘘、えへへー♪」
「おう、俺も嘘だ」
「うわーんパパのばかー!!」
「というのが嘘だ」
「どっち!? う、うー……! こんな嘘をつくなんて……! かくなる上は家出して───」
「そうか家出か。今日はハニトーパーティーだったんだが」
「ただいまパパ!《どーーーん!》」
「ちなみに嘘だ」
「パパのばかぁあーーーっ!!」
「はぁ……あなたたち、営業中なのだから少しは静かにしなさい」
「仕方ないよゆきのん、今日はお客さんも巻き込んでのエイプリルフールイベントだもん」
「一色からの提案でノったはいいが、これ、俺ばっかり苦労してない? 客のどいつもこいつもが嫁さん紹介しろだの娘をくださいだの……」
「……そんなことないもん《プイス》」
「? 結衣?」
「由比ヶ浜さんも、旦那をくださいと言われたりしているのよ。というかせっかくの嘘を許すイベントだというのに、そういったものばかりなのはいただけないわね」
「まったくです。まだ子供連れのお客さんの子供の方が、ウソのセンスがありますよ。ていうかいろはママ、絶対に自分が参加しないからこそこの提案しましたよね……」
「あいつはあいつで退屈してるんじゃないか? んー……《ザッ》一色、好きな菓子作っておやつにしていいぞ」
『《ザッ》せんぱ~ぃい、遅いですよー。せっかく内線なんてものがあるんですから、もっと頻繁に嘘とかついてくださいよー』
「《ザッ》……何気に楽しみにしてたのな、お前」
『《ザッ》さすがに工房に一人だと、嘘つく相手も居ないので退屈です。きーちゃんは来てくれますけど、面白いくらいに騙されすぎて逆に退屈です』
「《ザッ》……なにお前、一色に嘘つかれまくったの?」
「嘘? いえ、エイプリルフールが終わったらラズベリータルトをごちそうしてくれると言われたくらいです。楽しみです。絆、やる気に満ち満ちてます。むふーん!《キラーンッ♪》」
「……それ、嘘だからな?」
「えぇええええええええっ!?」
「というわけで、嘘は大成功してるぞ」
『《ザッ》大満足です。きーちゃんは素直ですよねー。ほんと、どうして先輩からこんないい子が……』
「《ザッ》おいやめろ。……っと客来たから切るな?」
『《ザッ》はーい。今度は注文をくださいね。客が少ないならきーちゃんをこっちによこしてください。お菓子作りを教える約束がありますから』
「《ザッ》はいよ。……よし、んーじゃあ」
「はちまーんっ、仕事が休みだから普通に食べに来たよっ」
「おおっ……戸塚!」
「お久しぶりですさいねーちゃん! さーさー席に案内します! お水ですメニューです!」
「え、わ、わ、うん、あ、ありがとう絆ちゃん……」
「いえいえ! 今日も綺麗です!」
「き、綺麗っていうのは……喜んでいいのかなぁ……。あ、サクサクワッフルセットをモカで。それと───えと」
「?」
「は、……八幡を、ひとつ」
「ママー! ワッフルセットモカと、パパいっちょー!」
「わわわわっ、由比ヶ浜さんに言ったらだめだってば! 嘘! 嘘だから絆ちゃんっ!」
「さいねーちゃんは美人ですからそういう冗談は危険なのです! もっと自分がどれだけ綺麗か自覚してくんなきゃ困ります!」
「え、っと……絆ちゃん? 僕男───」
「もー、嘘はもういいですって」
「えぇえっ!? いやあのっ、そうじゃなくてっ、何度も言ってるけど僕っ……」
「戸塚、よく来たな」
「あ……八幡……《ほっ……》」
「───絆センサーが発動しました。パパが来た時のこの安心しきった表情……! さいねーちゃん、やっぱりさいねーちゃんは《ぐわしっ》はぷぶっ!?」
「ほれ、いーからワッフルの手伝いしてこい」
「い、いくけどっ……うら若き娘にアイアンクローはどうかと思うんだよ、パパ……っ」
なにかしらのイベントがあれば騒ぎ、イベント毎になにかしらをやるんで、客足も案外賑やかだ。
そのイベントのたびに遊びに来る知り合いも、あれで結構暇なのかもしれない。
毎度やってきては、写真とか撮らされている葉山とか特にな。……おう、ママのんの指示らしい。お疲れ。
え? 都築さん? ……海外でも大活躍中らしい。ほんと、振り回されっぱなしで心配だ。