どこにでもあるようなガハマさんとヒッキーのお話 作:凍傷(ぜろくろ)
翌朝。
「……右良し左良し、味吉陽一……今! トペ・スイシーダの季節!《ダッ!》」
適当に敷かれた布団の上を、ダトトントンッと側転バク転する賑やかさの後、仰向けに寝る俺目掛けて娘が頭から飛んできた。
寝ぼけ眼に見るその光景のインパクトは凄まじく、即座に覚醒。
自身に掛けられていた布団を両手両足でガボフと持ち上げると、その中心で娘を受け止めると《ドボォ!!》
「ゲブゥ!?」
「《ゴゴキィ!》ギャー!?」
勢いが殺し切れずに腹に一撃をもらってしまった。が、絆も首へのダメージが凄まじかったらしく、親娘二人、朝っぱらから言葉も無しにその場で悶絶した。
「げっほっ……! な、なに考えてんだこのばかたれっ……!」
「~~~! ~~~!!」
春巻の具がほどけるように、掛け布団からごとりと転がった絆が、両手で項のあたりを押さえて悶絶。
どうやら声にならない痛さだったらしい。
「……はぁ。まあ、落下直前で手で止まるつもりだったんだろうけどな……まあ、すまん。そりゃ急に布団が持ち上げられりゃ、驚くわな」
「~~……!!《こくこくこく……!》」
しかしそれはそれとして驚いたので、膝枕……というよりは、ふくらはぎ枕をしつつ額をぴしゃんと叩いた。
つーかそもそもトペスイシーダの季節ってなんだよ。
「ん……雪ノ下と一色はもう起きたのか」
「う、うん……えと。───《キリッ》あとは由比ヶ浜さんと比企谷くんだから、起こしてきてもらえるかしら……って言われたから」
それがどうしてトペスイシーダになるんだよ。
溜め息ひとつ、くにくにと娘のほっぺたをいじくりまわしたあと、傍で寝ている結衣を起こした。
起こし方はとっても簡単。どっちが先に起きようと、お互いが目覚めのキスをする。これだけ。
……うん、これだけって言うにはやっぱり難度たけぇよ。
未だに慣れん。気恥ずかしさがどうしても先に走る。
あとから駆け抜ける愛しさは、それはもう高速で気恥ずかしさを追い抜いていくわけだが。
「パパー、結局父の日のPOPとか作らなかったけど、だいじょぶ?」
「ま、なんとかなるだろ。知らずに入ってきたら、相手がパパンなら教えてやりゃいい」
「お客様がパパだったら、わたしはたっぷり張り切れるんだけどなー……」
「客が全員俺だったらキモいわ」
んん、と小さく声を漏らして妻が起きる瞬間……なんか、安心する。
次いで、ぐぐぐーーって伸びる姿とか、なんかいい。
なんというかこう、伸びる猫を連想させる。で、伸びてる途中で目が合うと、その姿勢のままビタァって止まるのな。……ほれ、止まってる。ただし顔が赤い。
横に寝たまま様子を見てると、顔を真っ赤にしても誤魔化すみたいにキスしてきたりするんだが……ああうん、今日もそれをしようとして体を起こしたが、俺の足で絆が寝てることに気づいた途端、しょんぼりした。やだ、ワタシの奥さん超可愛い。
「時間は……っと、結構な時間だな。少しのんびりしたかったけど」
仕方ない、と絆の頭をソッと布団の上に下して立ち上がる。
って昨日俺風呂入ってねぇよ。
「フフフ、パパ……その目は絆がお風呂に入ったかを疑問に思っている目だね?」
「いや、俺自身の心配しかしてなかったが」
「そこはしようよ! ……こ、こほんっ、うん。甘いねパパ! この比企谷絆! 三人のママに負けぬレィディを目指すべく、日々努力を重ねる修羅ぞ! それが風呂に入らぬなどと……在り得ぬ! そして有り得ぬ!」
「あんま髪洗いすぎると皮脂が過剰分泌してハゲるぞ?」
「ちゃんと考えて洗ってるもん! パパいじわるだ!」
そこはさすがの乙女らしい。ともあれ開店時間にはまだ余裕がある。のんびりする時間はないが、シャワーならギリギリってところか。メシの時間は……まあ、ないわな。客第一号がすぐに来ないことを祈ろう。
───……。
……。
父の日。
それは全国のお父さんが…………他の日ほど誰かになにかを祝われることのない、案外寂しい日である。
黄色い薔薇とかないわ。
むしろ花言葉って大体裏があるから嫌だ。
なんだよ“嫉妬”とか“薄れゆく愛”とか。
風水的にはいい結果があるとか言われても、そんなの愛が薄れちゃ意味ないだろ。
ちなみに他の花言葉は“あなたを恋します”から始まる、友情、美、可憐などだ。
全部を唱えるなら、“恋に飽きた”や“別れよう”や“誠意がない”、“不貞”、“嫉妬”、“薄れ行く愛”などがある。
ちょっと? ねぇちょっと? 誰なのこれ考えた人。あなたを恋しますって言ってんのに恋に飽きたってひどすぎじゃないの?
もう、一言これでいいだろ。
“あなたとは遊びです”
……やべぇ、俺もうこれから知り合いに黄色の薔薇もらったら泣くわ。
結衣だったら死ねる。
はぁ、父の日なんて。
「おし、シャワーも浴びたしベストもきっちり。んじゃあそろそろ───」
「あ、ヒッキー、朝まだだったよね? これおにぎり。小さいやつだけど、食べて?」
「………」
父の日万歳。
なにこの不意打ち、すっごい幸せ。
っとと、あんま時間かけていられないんだった、だが慌てて雑に食べるような真似はしない。
(このおにぎりは【ユイ】ウイ優しさ。1が1歩ずつしっかり噛むのが極上です)
いや社友者やってる場合じゃなくて。
どうやら自分が思うよりもよっぽど、浮かれてしまっているらしい。
でもこれはしゃーないだろ、父の日なんて、ってやさぐれそうになったところにこんなやさしさ、反則だ。
しかもこれ、結衣的には父の日だからってやったことじゃないぞ、たぶんだけど。
「《はもっ》…………絶妙な塩加減……」
妻に好みを把握されている喜び、プライスレス。
そもそもが俺に美味しいと言ってほしくて上達した腕だから、そりゃ把握というか掌握されてるわ。
ああ美味しい、嬉しい、顔がニヤケる。
「比企谷くん、準備は───……また、随分とえびす顔ね」
「ん、んむ……ん、ん……《ごくり》……おう、おはよう雪ノ下。……そんなニヤケてるか?」
「ええ、いっそ元からそういう顔なのだと思わなければ、数瞬誰なのかを疑うくらいに」
「怖ぇえよ。元からえびす顔って、恵比寿さんに失礼だろ。一応神様だぞあっち」
「そうね。言い直しましょう。気色が悪いわ、あなたのニヤケ顔」
「そういう意味じゃねぇよ……それ俺じゃなかったら傷ついてるからね? 冗談言い合える仲だから受け入れられてるだけだからね?」
「解っているわよ。この店の人以外にこんなこと、言えるわけがないじゃない」
「……さいで」
「ええ、さいよ」
言って、くすくす笑い合う。
俺も地味に仕返しはしてるから、まあ、こういう気安い関係はどんどこいだ。
「んむっ……ん、……おし、じゃああとは歯を磨いて」
「比企谷くん、お客様よ」
「ですよねー」
やっぱりこんなもんだろう。
バリスタとして歯ぐらい磨きたかったが、これは俺が悪い。
さて、今日も頑張りますか。パパな皆様には少しやさしい方向で。
『いらっしゃいませ』
意識を営業用に切り替えて、今日も一日が始まった。
× × ×
6月が過ぎ、7月。
娘が産まれてからは、毎年七夕には来ていた雪ノ下さんも、今年は居ない。
どうやらあっちで美鳩に祝われたらしく、写真をメールで送ってきた。純粋に嬉しかったのか、綺麗な笑顔だ。が、隣の美鳩にばかり目がいくため、わりとどうでもいい。
代わりに雪ノ下が、「普段からこうしていればいいのに」と呟いていたくらいだろう。
雪ノ下? 今のを本人に言ってあげなさい? 最高のプレゼントだから。
とか思ってたら、一色がスマホ片手に俺にだけバチーンとウィンク。
どうやらしっかり録音してたらしい。
それをどこぞに送信すると、しばらくして雪ノ下のスマホがやかましく鳴った。
……当然、俺と一色は静かにその場を離れ、あとになって「ゆきのんが探してたけど……どしたの?」と結衣に心配された。
いやいや、とてもいいこと(雪ノ下さん的に)があったんだ、と誤魔化して、今日も賑やかな日常が始まった。
うなぎ。
七夕の短冊にかけた想いがどうなったのかは俺達には解らんが、とりあえず妻と娘の健康を願った俺。
しばらくしてやってきた土用の丑の日に、毎年のごとく食べているうなぎを用意するわけだが……
「ねぇパパ。なんでうなぎなんだっけ」
「ヒキペディアの引き出しはあんまり広く深くないんだが……あー、そうな。うなぎが栄養満点で、これからやってくる夏の暑さに負けないようにするのと、“丑”の“う”から連想してきているって話もあったっけかな」
「んん? あれ? 栄養があって“う”がついてればどれでもいいってこと?」
「まあ、間違ってはいねぇだろうな」
「ネイチャーメ○ド・マルチビタミンの蓋に“う”って書いて飲むだけ、とかは?」
「やめなさい」
「だって、うなぎって高いわりに、そこまで美味しいって思えないんだもん。わたしはママの料理の方が好きだなぁ」
「それを言うなよ……俺もだけど。イベントに好き放題言ってたら回らない場所だってあるんだよ。そういう日本のイベントが好きなところに救われてる場所だってあんだから、そっとしときなさい」
「うん。それはそれとしてママ特製ひつまぶし美味しい」
「それな」
「あなたたちは……。とりあえず文句を言わなければ気が済まないの?」
「ふふん雪乃ママ? わたしは最初から、ママの料理が好きだってことしか言ってないよ!《どーーん!》」
「きーちゃん? それでもそこまで美味しいとは思えないんだよね?」
「はいいろはママ。うなぎ単品ならそこまでじゃないです、ほんと」
「あー……それはちょっと解るかも。うなぎ食べるくらいでしたらそのお金で安くて美味しいの食べますよね、先輩」
「だな。だから結衣には毎年感謝。用意されなきゃまず手とか出さねぇよ、うなぎ」
「……絆さん、今日は私の部屋に来なさい」
「あ、わたしの部屋でもいいよ? 今日の夜はアツそうですからね。ねー先輩?」
「いや、おい……」
「はいヒッキー、お茶。……なんの話?」
「なんでもないでーす。ただ、締めくくりのごちそうが楽しみなんじゃないですかって話をしていただけですよ。ね、先輩?」
「お前最近酔っ払い親父みたいだな」
「先輩さすがにそれはひどいです……」
「けれど、そうね。最近では小町さんのようになってきた気はするわね」
「ええ……? わたし妹ポジですか」
「あざとさが足りん、出直せ」
「しかも出直しくらいましたよ!?」
土用の丑の日にうなぎを食べて、その日も元気に営業。
夜には寄り添い合い、長い時間をかけて愛を確かめ合った。内容? 言わせんな恥ずかしい。
そしてやってくる夏休み。
外国の夏休みはめちゃくちゃ長いとか。
アメリカは三ヶ月もあるらしい。すげぇ。
美鳩に連絡をしてみたが、やはりあっちで過ごすそうだ。
寂しいが、その途中の誕生日には忘れずにプレゼントを贈った。絆にも、美鳩にも。
電話でのお礼の言葉は詰まり詰まりのもじもじ感たっぷりなものだったが、その後に雪ノ下さんから届けられたメールには、プレゼントを胸に抱いてベッドでごろごろ転がり回る美鳩の動画が添付されていた。
しっかりとカメラに気づいて「ほやわぁああっ!?」って叫び、カメラに向かって顔を真っ赤にしながら駆けてくるところまで撮られていた。
我が娘、可愛ゆし。
そうなると、俺の誕生日にも届くわけで。
外国から届けられた美鳩からのプレゼントはネクタイ。
外国のものらしく、なんかちょっとカッコイイ。
きちんとバリスタに似合うものから選んだらしく、感謝の国際電話をしてみれば、「あんなお店、初めて行った……もう、とても行きたくない……。その心、ジャスティス……」と、少し声を震わせていた。さすが我が娘。
何故ネクタイ? と訊いてみれば、ティッピーパンでおなじみ、某円盤の内容を覚えていたからだそうで。
……ネクタイって意味では絆とダブったって教えたら、「さすがは以心伝心。家族愛は電波で届く。ピピピ」なんて言っていた。
ああ、もちろん喫茶店は休みだった。
俺の誕生日なんていいから、という提案は却下され、営業するつもりだったのに阻止された。
毎年のことである。
一年くらい忘れてもいいのよ? とは思うのだが、だ~れも忘れないからすげぇ。
小町までしっかり祝いに来たし。
敬老の日。
一応、絆にとっては祖父母ということで、毎年この日にはママさんとパパヶ浜さんを店に呼んで、心から感謝を。
あ? 親父? おふくろ? 知らん。
パパヶ浜さんには絆が料理を振る舞った。ら、泣いて喜んでた。
やっぱり孫は可愛いらしい。俺でも軽く引くくらいのえびす顔であった。
やめなさい雪ノ下、そこでドヤ顔を見せるのは。
10月には衣替え。
最近は寒暖差が激しい、なんて毎年言っていることを口にしつつ、長袖に腕を通す。
「むふふーん……わたし、やっぱり長袖の方が好きだなぁ。どうどうパパ! 似合う!?」
「おー、静かにしてたらとってもかわいいぞー」
「すっごい棒読みだ!? う、うー、パパ、パーパー……」
「《くいくいくい》ちょ、こら、やめなさいっ、これから仕事って時に甘えるなっての……!」
「あ、でも長袖の方が好きってのはあたしも解るかなぁ。視線とかあんま来なくなるし」
「おう。俺も安心だわ。男の客を睨む回数が減るから」
「あははははっ、もー、ヒッキーはー……」
「あ、でも雪乃ママみたくピシッとしたのも着てみたいな。あれってパパのと同じデザインだよね?」
「ちと違うけどな」
「ゆきのん、格好いいよねー。あたしも着させてもらったことがあるけどー……」
「……ママ。オチが解るから言わなくていいよ……」
「まあ、なぁ……」
「あ、あはは……」
胸のボタンが届かなかった。届いて、ボタンが飛んだーとか漫画あるあるの話ではなく、届かなかった。
だったら俺の制服をと用意してみれば、それでもギリギリ。で、ボタンが飛んだ。
以来、結衣はベストを着ていない。メイド服とはまた違う、落ち着きのあるロングスカート型の制服だ。
最初はエプロン型だったんだけどなー。それだとエプロンがめっちゃ押し上げられて、男性客がそこしか見なくなって、俺がやめさせた。
トリックオアトリート。
毎年のことながら、学生時代のコスプレを思い出して、恥ずかしい思いをする。
本日のみ、ぬるま湯内では仮装をしての接待になるわけだが、こういうイベントだと絶対に材木座が来てやかましい。
お前もう結構有名人なんだから、あんま騒ぐなよ。
「知る人ぞ知る、という範囲では、であろう? 我は今でも心は少年。童心を忘れぬ者にこそ、神はネタを降らせるのだ八幡」
「お前さ、ブルーマウンテン以外飲まないの?」
「う、うむ。最初は絆嬢にブルマ言わせるのがきゅんとしたからだったのだが」
「ご注文は拳ですか?」
「せめてうさぎにして!? う、うむ……しかし最近ひどーく扱いが軽いというか、寂しいのでそろそろ何か別のが欲しいかなぁと」
「つーか忙しくねぇの、お前」
「けぷこん……最近では若手が次々と良作を出してデビューしている。最年少記録がどうとか、むしろ業界側が話題欲しさにやっているのではと思うほどにな。我からすれば擬音ばかりでやかましいだけの内容なのだが……」
「流行り廃りの問題だろ。お前だって多少その流れに乗らなきゃやっていけねぇんだろ?」
「時にはな。だが、惰性で買われるくらいならば楽しいものを提供する。昔の書き方の方が勢いがあったと言われればちょっぴり泣きたくなるが、時代の流れというものよなぁ……然り然り。……か、悲しくなんかないんだからねっ!?」
「あんだけ売れてりゃじゅーぶんだろ。アニメ化もしたしコミカライズもしたじゃねぇか。大成功って言っていいだろ」
「……声優さんと結婚出来なかった……」
「それは忘れていいだろ」
「パパー! 見て見て! かぼちゃ衣装、小町お姉ちゃんが仕立て直してくれた!」
「ほーん……? あいつも裁縫上手くなったもんだよなー……。川崎の教えの賜物か」
「それじゃあ早速……パパ! トリックオア……トリック!《どーーーん!》」
「どんだけいたずらしたいんだよ」
店の中と従業員がカボチャ的な空気に包まれる中、来店した材木座とは結構話した。
仕事をしながらだから、カウンターに招いたが、相変わらずいらんことを次から次へと喋る喋る。
しかしこちらもバリスタ。
しっかりと話題を受け止め、時には振って、お客様を退屈させない心配りを披露した。
「退屈しなかったけど、我が傷つくトラウマばっかり話題にされて、我泣きそうだったんだけど!?」なんて言葉は知らない。
カボチャを使った一色の菓子も好評で、それを目当てにやってくる女性で、この日はいっぱいだった。
「ポッキィーーアァーーンドプリィイーーーッツ!!」
で、11月。
ポッキーの日に騒いでいるのは我が娘、絆であった。
今日も今日とてぬるま湯は営業。
ポッキーに見立てたお菓子も売れ行き順調、紅茶に合うお菓子が出来ると、コーヒーよりも紅茶が売れるから退屈になる。
「ねぇねぇパパ! ポッキーゲーム───」
「しねぇよ」
「最後まで言わせてよぅ! じゃ、じゃあプリッツゲーム!」
「いやそれ大して変わんないからね? やらねぇよどの道」
「うー……ママとならするくせに」
「娘とする方がおかしいってどうして解らんのかこの娘は……」
本日、カップルや夫婦でポッキーorプリッツゲームをして、キスまでしたら2割引き。
おホモ達がいらっしゃって、濃厚なキッスまでされた時はどうしようかと思ったが、まあ順調にイベントは進んでいった。
海老名さんは元気にしているだろうか。たまたま来てたら鮮血乱舞だったんじゃないかしら。
七五三にはその歳の子供にお菓子をサービス。
これが結構好評で、タダ菓子食いに奥様がいらっしゃったりした。
中には奥様は一番安いコーヒー一杯で、子供に菓子を無料で食べさせて帰る、という猛者も。
まあ、実際本当に三歳か五歳か七歳か、なんて解らないのだが。
「千歳飴美味しい……あまあま……」
「まさか飴まで作るとは思わなかったぞ……つーか毎年用意してたあれ、手作りだったのかよ。なんなのお前、菓子作りの神かなんか?」
「案外簡単にできるんですよ? お菓子作りならいろはちゃんにお任せですっ☆《ぱちんっ♪》」
「絆も絆で、三本贈られても平気で食べるとか、甘くない?」
「こればかりはパパにだってあげません。物欲しそうにしてたってだめです。これは母が子供に贈るものですから、絆だけの味わいなのです」
「………」
「あははっ……はいヒッキー、材料余ったから。千歳飴みたく長くはないけど、飴玉でよければ」
「お前最高もう大好き超絶愛してる」
「あなた……どれほど飴を食べたかったのよ……はぁ」
「う、うるせぇよ……。親にもらったことなかったんだからしょうがねぇだろ……初めてもらったのがママさんとか、我が家のイベント事情ってどうかしてんだろ……」
「あ、先輩、その理屈だと小町ちゃんは?」
「……しっかりもらってた」
『………』
その後、何故か全員に頭を撫でられた。
ちなみに美鳩にも飴を贈ったらしく、後日例によってとろける笑顔で長い飴をチュパる娘の姿が写メで送られてきた。
雪ノ下さん、まじグッジョブ。
勤労感謝の日。
この日は喫茶店は休みである。なにせ勤労感謝だから。
普通の店ならば開店して稼ぐところだろうが、俺達は違う。
なにせ店長が俺だから、休む時は休むがモットー。
俺達頑張ってる。よし休もう。そんなノリである。
それで回ってるんだからすげぇ。
まあほんと、雪ノ下建設の客がリピーターになってくれてるってのがデカいんだが。
いつかの日、ママのんが差し向けた出来事が、きちんと後にまで繋がってるってんだから世の中解らん。
訊いてみれば、純粋にこの店の味が気に入ったからだって言ってもらえて、嬉しくないわけがない。
そしてこの日は世話になった人を呼んで、ささやかだが飲み会を開く。我が喫茶店で。
「最近、子供を作れない男との出会いがあってな……」
「ちょ、先生、のっけから重そうな話を……」
「重いってなんだ。出会いの話をしているんだぞ私は」
「……フラれたとかの話じゃないなら聞きます」
「………」
「………」
「……《ぐすっ》」
「……まあ、飲んでください。おごりです」
「なんなんだ……! 僕より男前すぎて嫉妬してしまうからごめんなさいって……! そんなものは一緒に過ごして飲み込んでいくべき些細なことだろう……!」
「人それぞれってことでしょ……はぁ」
「ヒッキーくん、飲んでる?」
「あっと、お義母さん。うす、飲んでます」
「うう……由比ヶ浜さん……私は、私はぁあ……!」
「あらあら平塚先生、そんな泣かないで。きっと今に大切な人に巡り合えるわよ~」
「うう……うん……」
子供を欲しがらず、ただパートナーが欲しいって余裕が出てきただけの筈なのに、平塚先生は男前すぎた。
まあ……一人称が“僕”な相手からしてみれば、相当にオットコマエなんだろうしなぁ。
「やあ比企谷、飲んでるか?」
「いや、なんで第一に飲んでるかを訊いてくるんだよ……。飲んでるよ、マッカン」
「そこは酒を飲めよ……」
「うるせ、俺まで酔ったら誰が結衣を守るんだ」
「ははっ、相変わらず過保護だな」
「ほっとけ。それより葉山、今日都築さんは」
「さすがに来れないだろ。今も外国だ」
「……だよな。いや、今日はマジで都築さんにお疲れ様と感謝を言いたかった」
「気持ちは解る。深く理解出来るな……」
「はっちまーーーん! 飲んでいるか! 飲ぉおおんでいるかぁああっ!!」
「あーうるさい、お前はもうほんとうるさい、少し静かにしろ」
「我にだけひどくない!?」
「んで? 材木座、お前自身は飲んでないのかよ。顔は……赤いな」
「いや……飲んでも飲んでも酔いが醒めてしまってな……」
「? なんで」
「うむ《ビッ》」
頷き、親指で促された先。
少しふらふらしながらやってくる、長い髪の美人が……
「は、八幡ごめんね……なんだか僕、ちょっと酔っちゃったみたいで……。お水、もらえるかな……」
「」
戸塚だった。
編集部にてとある女性に捕まって、以降は髪を伸ばしたほうがいいですよと促されたらしく、男らしくなりたいからと言っても“今では長髪で男らしい人もいっぱいですよ”とそそのかされ、伸ばしてみた彼が、そこに。
……あ、その女性とはべつに付き合ってるとかじゃないらしい。ここ重要。……重要か?
「……どうだ八幡よ……酔いなど醒めるであろう……? これでなぜ女性ではないのだろうな……」
「………」
下手な女の子より女の子してる。
しかもいつかの仮装をどうしても思い出してしまうその長髪は綺麗で、なんというか……ああ秋津洲。
せめて後ろで結ぶとかしない? もうお前、どんな服着ても女性にしか見えないから。
いそいそと水を用意して飲ませると、その飲み方がまた色っぽく。
俺と葉山と材木座、三人で顔を赤くして目を逸らしたのは苦い思い出になるだろう。
「葉山も材木座も、なんかコーヒー飲むか?」
「ダッチはあるか? 出来ればそれで頼む」
「はぽっ……その。我は絆嬢が用意した怨殺ヒキタニくんスペシャル以外を……」
「遠慮するなよ材木座」
「やめて!? あのあと我、トイレが恋人になって大変だったんだからね!? 学生時代に書いた小説のことで、まさかあのようなことになるなど一体誰が予想出来ようか……! まさに“過去が……追ってくる……!”というやつか……」
「お、おんさつ?」
「あぁ葉山、お前は知らなくていい。つか、必要になったら言うから忘れろ」
「あ、ああ……?」
そうやって様々に感謝しつつ、日々を送る。
クリスマスに騒ぎ、燥ぎ、やかましく過ごして。
雪が降ったホワイトなクリスマスには、ホワイト多めの彩色のお菓子を提供して、クリスマスイベントも消化。
きちんと贈ったクリスマスプレゼントは、結衣にも絆にも美鳩にも好評だった。
翌日には絆に引っ張られて外でカマクラを作って、雪合戦もして大いに燥いだ。
……なんつーか子供が出来て、ようやく俺も子供らしい遊びが出来てるって感じ。
ほれ、そのー……なんだ。雪ノ下もめっちゃ燥いでるし。
ぼっちは二人揃って大人げねぇ。子供のように燥いだよ。
「ふんぎんがぁあーーーーーっ!! ……パパ! 雪が鉄球みたくなった!」
「おいちょっと? 絆さん? 今乙女が出しちゃいけない声が出てなかった? ねぇ」
「そんなのは重要じゃないんだよ! ほらほらパパ! 鉄球だよ鉄球! 黄金の回転!」
「いやそれ雪球だから。どれだけ固めても氷球にしか進化しないから」
「無限回転えねるぎー!」
「《どぼぉ!》いてぇ!!」
「あ」
「………」
「あ、えーと……パ、パパ? 目が、目が笑ってな……っ……」
「雪合戦なら返さなくちゃだよな?《ぎゅっぎゅっ……》そりゃあっ!」
「ひゃあっ!?《さっ》」
「比企谷くん、さっき妙な悲鳴が聞こえ《バスッ!》…………」
「あ」
「あ」
「……比企谷、くん……? これは、いったいなんの真似かしら……?《ゴゴゴゴゴ……!》」
「い、いやこれはっ……そ、そうっ、絆、絆がっ!」
「えぇええええええっ!? パパひどい! ここで娘になすりつけるなんて!」
「いやそもそもお前が当てといて避けるからっ……!」
「そう。では合戦開始ということでいいのね? ……受けて立つから逃げられるなどと思わないことね」
「いやいやいや待て待てっ!」
「ゆゆゆ雪乃ママッ! 話して解ろう!? 話せば解るよ!」
「いやよ。言葉も無しにぶつけられた暴力を、返しもしないで頷くなんて負けているみたいじゃない」
『うわぁ大人げねぇえーーーーーっ!!』
絆と言葉を合わせ、叫んだ。人のこと言えないが。
この後めちゃくちゃ雪合戦した。大人げなく。圧縮雪球めっちゃ痛かった。
少し経てば年末がやってきて、大掃除をして楽しんで。