どこにでもあるようなガハマさんとヒッキーのお話   作:凍傷(ぜろくろ)

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そこにある青春のかたち⑤

 年末にはいろいろあった。いや、いろいろって意味なら年末年始にか。

 

「もー、いーくつねーるーとー♪ や~ぁっはーろーおー♪」

 

 雪ノ下さんから雪ノ下にちょっと早い誕生日プレゼントがあった、とかな。

 後日雪ノ下が雪ノ下さんに電話をしていたが、プレゼントのチョイスは美鳩だったらしく、雪ノ下さんがちょっと呆れられていた。

 慌てて言い訳めいた言葉を並べたらしい雪ノ下さんだったが、なんでも限定パンさんは限定のくせにポーズが違うのが多くあったらしく、その中で雪ノ下に贈ったものを選んだのが美鳩らしい。

 ああ、あと絆のタイプの男が判明したな。

 どうやら専業主夫が好みらしく、帰ってきたら温かい料理で迎えてくれたらもう最高、なんだそうだ。

 ……俺、学生時代に絆に会うなんて奇妙な出来事が起こってたらヤバかったかも。

 

「あけましてやっはろーっ!」

 

 年を越せばやっはろー。

 といっても越す前に姫を終えて、年が明ければ姫を始めて、お正月的行事を軽くこなせば再び寝室に戻って姫を続けたんだが。

 子供にとってはお年玉くらいしか目立つイベントがないそれは、案外退屈だったらしい。

 今までだったら絆と美鳩が昔ながらの元旦バトルで燃え上がったりもしたんだが、今年は静かだった。

 その勝負の中のひとつ、いろはかるたがママカルタって呼ばれていることについては、ツッコんだら一色が怒るので触れない。

 

「はぁ……今年は美鳩が居ないから退屈です……。ヤツが居たなら、羽根突きも福笑いも、カルタも双六もコマ回しも、凧上げでさえも競えるというのに……!」

「うーん、きーちゃんくらいの世代で、それをやりたがるのなんてみーちゃんくらいだしね」

「くううっ……! 絆の友達はみぃんなスマホだのゲームだのにうつつをぬかして、伝統的な遊びに走る人が居ないのです! あれだけ楽しいというのに! というわけでいろはママ! わたしと───」

「きーちゃん? 三箇日はまったりするためにあるんだよ?」

「う、うー……! だってパパとママが部屋から出て来ないんです! 娘がこんなにも寂しい思いをしているというのに!」

「あー……お姫様始まっちゃってるんでしょうねー……。今日は諦めたほうがいいよ、きーちゃん」

「だったら雪乃ママに挑戦状を叩きつけてくるのです! ふはははは! 雪乃ママなら絶対に誘いを断らない筈!」

「断らないっていうか、負けず嫌いだからねー……」

 

 後から聞いた話だが、絆が雪ノ下に遊びで挑戦して、まあいろいろあったらしい。

 

  たとえば羽根突き。

 

「うりゃうりゃうりゃうりゃへあへあへあへあ! ナイス虫取り網!《ぼてっ》ノーーーッ!?」

「静かにやりなさい」

 

 あっさり負けた。

 

  たとえば福笑い。

 

「絆……集中です。集中するのです。瞼の裏に焼き付けた顔のパーツをイメージ通りに置いていけば、なんの問題もありません……! 目がここ、鼻がここ、口がここで……こう! どーだー!《しゅるりっ》」

「……はぁ、出来たわ《しゅるり》」

「わ……雪ノ下先輩完璧です……! ……きーちゃん、他パーツは大体合ってるのに、なんで目だけがこんなに吊り上がってるの」

「え、えーと……りょ、りょ、呂布だー! とか言ったら───」

「ごめん、よく解んない」

「あうぅう……!」

 

 結局負けた。

 

  たとえばオリジナルカルタ。

 

「猫に小判」

「《シュパァンッ!》……ふっ」

「え、え? え……!?」

「猫の手も借りたい」

「《パァンッ!》……ふふっ」

「え、あ、あれ? え?」

「窮鼠猫を」

「《パァンッ!》……ふふふ」

「ゆ、雪乃ママ? まだ言い途中───」

「猫の前の鼠」

「《パシィッ!》……ふふふふっ……」

「それって蛇に睨まれた蛙と違うんですか!?」

「猫も杓子も」

「《バッシィァ!》……ふふふふふ……!」

「ていうかなんでさっきから猫に関わることしかないんですか!? え!? いろはカルタじゃないんですか!?」

「きーちゃん、雪ノ下先輩が偶然見つけた猫のことわざカルタだよこれ」

「そんなのあったんですか!?」

 

 一方的に負けたらしい。

 

  たとえばコマ回し。

 

「これをこう回して、投げるのではなく引くつもりで……雪乃ママ、同時だよ? 先に倒れたほうの負けで」

「ええ、いつでも。一色さん、合図を」

「はいはーい。それでは! コマ回し一回戦目……始めぇぇっ!」

『───ふっ!《しゅぱぁんっ!》』

「………」

「………」

「………」

「……地味です」

「コマ回しになにを求めてたのきーちゃん」

「絆と美鳩ならばぶつけあって吹き飛んだ方が負け、という方式でやるからとっても熱いんですけどね」

「ベーゴマでやろうねそれは……って言ってる間に雪ノ下先輩のが倒れましたね」

「やった! 勝った! 仕留めた!! うわっほほーーい! 勝った勝ちました! 雪乃ママに勝ちました絆の勝利ですなんかこれだけ言うととってもいいこと言ってるみたいに聞こえます! 絆の! 勝利です! わっほほほーーーい!! なんでしょうこの“オラたちのパワーが勝った”みたいな、一人なのに大勢居るような心強さ! あ……もう一度、たっぷり言わせていただきます。勝ったのは……《ドンッ!》絆です!《ババンッ!》……たっぷり! さあ雪乃ママ続行です! 今の絆は孤独が故に最強ですよ!」

 

 なんか勝てたらしい。

 

  たとえば双六。

 

「《コーーーン……》負けました……」

「勝負は時の運って言いますけど、ここまで時の運に見放される人も珍しいですよね……」

「どうしてそうまで1と2が出せるのかしら……」

「たまに3が出ればもうけもんなんですよ絆は……い、いいえ! これはなにかの間違いです! さあ次です! 次こそ絆の勝利を! 凧上げです! なにを隠そう、絆は凧上げの達人! 少しも上げられなかったら絆の負けでもいいと宣言しましょう!」

 

 双六、完敗。

 

  たとえば凧上げ。

 

「……ここらへんも電線が増えたわね……」

「あ、雪ノ下先輩、なんかあっちに凧上げはご遠慮くださいって書いてますよ」

「では絆さんの負けということで」

「う、うわーーーん!!」

「禁止なのに“上げられなきゃ負けでいい”って言っちゃいましたからねー……」

 

 凧上げ、不戦敗。

 

  最後に、お手玉。

 

「ふむふははははは!! お手玉は絆の得意な遊びのひとつ! はっほっはっ! どうぞ見てくださいこのジャグラーばりのお手玉術! いい手さばきでしょう!? 余裕の手技だ! 動きが違いますよ! このまま一曲ろうじてみせましょうか! ……シデンへ~~、ようこそ~~~♪」

「きーちゃん? お手玉は数よりも続けることを競うものだから、失敗したら……」

「え?《がすっ》あ、あ、あー……《ぼととぼとぼと》」

「はぁ……そもそもあなたにお手玉を教えたのは私でしょう……」

「うう、ちくしょう……」

 

 お手玉、惨敗。

 そんなこんなで結局はほぼ負けたらしい。

 

「美鳩と互角の戦いを繰り広げる日々に、絆は上を目指すことを忘れていたのかもしれません……! しかも今では店のための修行でさえ美鳩に先を越されて……こ、このままじゃいけません! 絆、頑張ります! ので! 雪乃ママにいろはママ! 紅茶とお菓子を教えてください! 美鳩が本格的コーヒーを学ぶのであれば、絆は紅茶とお菓子を極めてみせます!」

「たしかにティーインストラクター、アドバイザーの資格は持っているけれど……」

「あ、きーちゃん? きーちゃんとみーちゃんでこのお店を継ぐなら、わたしも喜んで伝授するけど、どう?」

「うぬっ……こ、この絆に……! や、ヤツと手を組めと……!?」

「はいはいそういうのいーから。どーなのきーちゃん」

「せめてちょっとは付き合ってほしかったです……いえまあもちろん、絆はこのお店が大好きなので、是非とも継ぎたいと思っていますが。美鳩の夢もそうだった筈です」

「わー……これは先輩が聞いたら泣くほど喜びますよ……ね、雪ノ下先輩?」

「そうね。彼はあれで、身内には甘すぎるから」

 

 そんなこんなでバトル終了。

 あとは楽しむ程度にそれぞれささやかな遊びをして過ごした……というのを、二日の日に聞いた。

 断食&一日ぶっ通しの愛は、俺と結衣に備え付けのスポーツドリンク以外を摂取させない濃厚な一日である。

 

  一月三日には雪ノ下の誕生日。

 

 ざっくり言うなら罪深き汝が地獄突きされたり、俺と結衣が一色のケーキでラヴラヴしたり、罪深き汝が雪ノ下に怒られたりと、まあそんな一日だった。

 1~3日の内に見た夢を初夢というらしいが、俺と結衣は互いに似たような夢を見たので、縁起がいいかどうかは置いておいても笑顔だった。

 

  1月7日。

 

 人日の節句。

 七草粥を食べて無病息災を促し、一年間がんばりましょって日である。

 

「七草粥……これのための七草が1パックに揃えて売られてるのって、なんだか滑稽だよね……」

「滑稽言うな」

「だってこれどう見たって“雑草詰め合わせました♪”って感じだよパパ! なにこのしなびた雑草みたいなの! これなら馬で犬なあの人がハイポ作れそうだよ!」

「だからやめなさい。食欲無くなるだろうが……一応栄養満点なんだから文句言わない」

「………《スッ》」

「ネイチャーメ○ドから離れなさい。つーか蓋に“う”って書くのやめなさい」

 

 少し経てばまた行事。

 

  その名も鏡開き。

 

 行事か? まあいい。

 神に供えた餅を、木槌などで割ることを指す。

 普通に包丁で……と言ったら美鳩が断固として木槌がいいと言ったので、毎年木槌。

 これは美鳩が好きだった。

 ちなみに包丁だと切腹の意味に繋がるから、切るのではなく開く、という表現で、切断はやめておいたほうがいいらしい。

 固まった餅は木槌で割る。酒樽とかも木槌で割る。まあ、割るって表現よりも開くって表現の方が正しいらしいが。

 故に鏡開き。

 

「鏡開き……神に捧げた供物を、自然物を加工して作ったもので割る……。そう、神に渡ったものを割るという行為ッッ! 実に粋ッッ!!」

 

 どこまでノリで生きたいのか、この娘は。

 綺麗な顔、ステキプロポーションなのに、頭の中が実に賑やかだ。

 成績もいいのに。

 まあ、だからダメだって言いたいわけでもないんだが。

 

「覚悟は良いかッ! ───愚か者めェィ!!《カポォン!!》いったぁあーーーーーーっ!?」

 

 振り上げ、下された木槌が見事に餅を外した。

 お陰で愉快な音が鳴って、そのダメージが絆の手を襲う。

 

「絆、めっ。食べ物で遊ばないのっ」

「ううう……! ち、違うんだよママ、これはアレがアレで……! ほ、ほら、食べ物で遊ぶっていうか、木槌振り回してただけだし、今の時代、有名RPGのブラウニーでさえ木槌を振り回す時代なんだから……」

「きーずーなー?」

「あぅう……ごめんなさい……。で、でもだよ? 中華一番のOPでも、包丁をヌンチャクにして振り回してた料理人の風上にも置けないハゲが居たし」

「いや、失格だとしてもハゲは関係ねーだろ。つーかなんでそんなもん知ってんだよ。俺でさえよく知らねぇぞ?」

「平塚先生が円盤貸してくれた」

「……あの人の年代だとしても計算的にどうなんだよ」

「ほら、なにかのきっかけでたまたまアニメを見て、気になって揃えたとか」

「あー、ありそうだわ。あの人ならありそうだわー……」

 

 男の胃袋を掴んでモノにする⇒よし料理だ⇒ただ料理を習うのもな⇒よし漫画かアニメだ⇒新しいものより一つ前くらいのほうが肌に合うな⇒なんか珍しいの見つけた。しかも意外に面白い。料理よりバトルメインっぽくていい───って感じで。

 

  2月の初めはやはり節分。

 

 あたたかい夢を見た日。

 そして、美鳩が大変喜んで鬼役をする日でもある。

 普通は名前に“鳩”の文字があると、ハトポッポなんて馬鹿にされたりしてヘコむんだろうが、美鳩は鳩の文字があることを誇りに思っている。

 俺の名前が八幡だから、自分の帰るべき場所はパパの傍、というのがヤツのジャスティスなんだそうだ。

 そういった意味で、豆大好き。普通に味としても豆が好きなんだそうだが。

 

「あ、あはは……あー……泣いちゃったなー……」

「べつにいーだろ。いい夢見れたんだろ?」

「うん……」

 

 会いにきてくれた、と泣いた妻の頭を撫でて、今日も一日が始まる。

 無茶な体勢で寝てた所為で、体が突っ張っているが……まあ、なんとかなるだろ。

 

  バレンタインデー。

 

 バラティエだったりゴローだったりコーヒーだったりチョコだったり……スライムだったり。

 いや、うん。美味かったんだよ? 美味かったんだけどさ。

 いやもちろん? これしきで腹壊したりしないのがマッカンで鍛えられた甘党の八幡さんですよ?

 ……でも、知らない内に届けられていた美鳩特製チョコ。あれが効いた。

 あとで食べればよかっただろうに、絆と同じ文章が書かれた紙が同封されていてな……。

 そんなわけで甘さに耐えられず、仕事は休みましたごめんなさい。

 

  3月。

 

 桃の節句にはちらし寿司とはまぐりのお吸い物は欠かさない。

 男が俺しか居ないから男の健康なんざどうだっていいのだ。

 だが、女児の健やかな成長や厄除けに効くと知っては毎年欠かすわけにはいかないわけで。

 そんな日が過ぎればホワイトデー。

 毎年毎年忙しい日である。

 今年は海外にも送らなければいけないので、そりゃもう良い飴を用意したよ。

 飴が作れることは確認済みだから、一色に教わりながらきちんと作った。

 

『パパ……飴、届いた……! これはもう家宝にするしかない……! ジャスティス……とてもジャスティス……!』

「食べなさい。いいから食べなさい」

『ちょっと比企谷くーん? どーしてお姉さんには飴のプレゼントがないのかなー?』

「いえ、チョコもらってませんから」

『……あれ? あげてなかったっけ?』

「雪ノ下宛にならひとつ」

『……美鳩ちゃん。宛名、比企谷くんにしてって頼んだよね?』

『……はるのんは愚か。とても愚か。愛と感謝を届けるべきものを他人任せにするなんて、心が籠っていない証拠。そんなものをパパに届けようなんて、美鳩に阻止されて当然。……ん、ジャスティス』

『美鳩ちゃん、今日ごはん抜きね?』

『ひょっ……兵糧攻めとはとても非道い……。けれど美鳩はそんな脅しには屈しない。三日くらい我慢出来る。お生憎というやつ。フフリ』

『そ? じゃあ目の前で美鳩ちゃんの大好物をこう……んむんむー♪ んん~~~っ、おいしーっ♪』

『~~! ~~……! ひ、非道……! なんと非道な……! はるのん、すぐにその行為をやめるよう忠告をする……! でなければ、美鳩がバリスタ修行の中で閃かせた魔技が、あなたを襲うことになる……!』

『ふーん? あはは、魔技だなんて、なんのことか知らないけどさ、多少のことじゃわたしは動じないよ?』

『……本当ですか?』

『ほんとほんとー』

『信じて……いいですか?』

『いーよいーよー……って、え? なんでちょっと感動ものみたいな雰囲気に』

『じゃあ覚悟する……! 魔技・ズビリッパコーヒー!』

『《バッシャアア!!》うぁあっちゃぁああああああああああああっ!?』

「《ブツッ……ツー、ツー……》…………なにやってんの、あの人達……」

 

 バリスタ魔技のひとつ、ズビリッパコーヒーが炸裂したらしい。

 ちなみにズビリッパコーヒーとは、カップに入ったコーヒーを勢い良く横振るいで、相手にぶつけるようにコーヒーの中身をぶちまける奥義である。

 当然ながら、熱ければ熱い。

 たぶん向こうで喧嘩になってるんだろうな。

 美鳩~? バリスタ志望が人にコーヒー浴びせてはいけませんよ。

 ということで……そっとしておこう。

 

  そして進級。

 

 絆が二年になり、俺達にとっても思い出深い学年に。

 もう奉仕部はないが、なぜだか急にあの場所に行きたくなったりする。

 

「二年になったからといって、なにがあるわけでもないんだけど……ああ、APTX4869が欲しいです。あれがあれば、カプセルの中身を少量だけパパに飲ませて、一緒に青春する夢をみることが出来るのに……」

「誰が許可すりゃ入れるんだよ……戸籍がねぇだろまず」

「そんな現実問題を気にしたら物語なんて作れないんだよ、パパ」

「作らんでよろしい」

 

 3月を過ぎて4月になれば、まーたエイプリルフール。

 散々と解り易い嘘を言い合って、散々と楽しんだ。

 その日の内に美鳩から夏休みに遊びに行く、という嘘まであったんだが───

 

   ×   ×   ×

 

 時は流れ、6月。

 東京わんにゃんショー。

 ───その日に、彼女は姿を現した。

 

「《ザッ……》懐かしい日本の香りがする……」

「こんな場所まで来てからそれ言うんだ……空港で言えばよかったのに」

「はるのんはやはり甘いです。美鳩にとっての日本の匂い。それはパパとママ、そして喫茶ぬるま湯の匂い。つまり何処に居ようとパパとママが居ればそこが日本」

「でも夏休み三ヶ月は長いと思わない?」

「これを機に一度舌を思い切りリセットします。バリスタに味覚を殺すような食べ物は厳禁。お陰でパパが贈ってくれたものはろくに食べられなかった。美鳩的にこの気持ちは嘆く方向でジャスティス」

「はいはい。さってとー、雪乃ちゃんはどこかなー? 来るって話は通してないけど、隼人から情報はもらってるからこの時間になら着いてる筈で───ねぇ美鳩ちゃん? 美鳩ちゃんなら懐かしい日本の香りとかで比企谷くんの匂いが───あれ? 美鳩ちゃん? 美鳩ちゃ───」

「《シュタタタタタ!》タックルは腰から下っ……!」

「《どごぉ!》おぉわあっ!? ななっなななにっ……って美鳩!?」

「速っ!? え? あ、え!? さっきまで隣に……えっ!? なんでもうあんなところに!?」

 

 美鳩、郷愁。強襲とも言う。

 写真ではなく、直接見るのは一年ぶりとなる娘が可愛かったので、抱き締めて振り回して頭を撫でまくったら、いつもの眠たげな目のままに真っ赤でふにゃふにゃになってしまい、大変だった。

 

「美鳩、無事だったか? ズビリッパのあとにこれといった連絡がなかったから心配してたんだぞ?」

「ふふり、そこはご安心。豆の管理や湿度調整は基本中の基本。お湯の温度にさえ超絶丁寧なバリスタ志望の美鳩さんは、人が火傷する温度というものを知り尽くしている。熱いとは感じても火傷にはならない絶妙な温度で相手に効果的な嫌がらせをする。なんというジャスティス」

「お前はなにがしたくてバリスタ目指してんだよ……」

「今の世の中、きっと護身もできないバリスタは闇討ちで死ぬ。人が口にふれるものにスパイスを塗ってくるような者が授業に混ざっているのはとても悲しい。なので花山椒を粉末状にしたものを塗る嫌がらせ返しをしてきた。やられる覚悟も無いままに美鳩を敵に回すとは愚か」

「まあ、日本人ってだけで嫌うヤツも居るしな」

「それはそうとパパ。イタリアではアイスコーヒーがあまり主流じゃなかった。頼んでる日本人が居たけど、ホットコーヒーにアイスをぼちょりと入れられていた」

「まあ、そうな。向こうはHOTが基本。砂糖もたっぷりだ」

「そう。MAXコーヒーを作ってみせたら“甘さが素晴らしい!”って喜ぶ人と、“甘さが凄まじい!”と驚く人が居た」

「そかそか」

「そう。それから、それから……! パパ、あのね? パパ……!」

 

 美鳩は自分の知識を伝えて、頷かれることが嬉しいようで、目をきらきらさせて興奮気味に話してくれた。

 体に抱き着いて、俺を見上げて話してくる様は、いつかの結衣に似ている。

 なのでつい頭を撫でてしまうのは仕方のないことだと解ってやってほしい。

 

「パパー! 今年こそはわたしと犬スペースに───って美鳩!?」

「……! 絆……!」

 

 そして再会する双子姉妹。

 一卵性なのに特徴が違う二人は、そのくせ妙な電波を飛ばしては受信するので見ていて退屈はしない。しないのだが、会えないと寂しいもんだ。

 走ってくる絆を確認して、ほれ、と美鳩を解放すると、《ぎゅむ》……再度抱き着かれた。

 

「えぇええっ!? み、美鳩!? そこはわたしに抱き着くところでは……!」

「その判断は実に愚か。パパから離れることで枯渇していたピジョニウムを補給するべく、美鳩は鳩として八幡宮エナジーを抱擁から摂取する必要がある。咄嗟に思いついたにしてはなんという理屈。実にジャスティス」

「おのれっ! ピジョニウムって鳩じゃないですか! 鳩エネルギーなら自分で精製出来るってことじゃん! 離れろー! そこはわたしの特等席だー!」

「それこそ愚か。ここはママの特等席。けれど一年も離れていた美鳩には、ここを堪能する権利が与えられた。なんか知んないけど」

「知らないんだ!? ぐっ……まあ、いいです。姉、やさしいですから。ここは背中から抱き着く方向で」

「いやおま《ぎゅっ》えっ……って、だから《ぎゅー!》……動けないだろこれ……」

 

 娘に抱擁サンドイッチ状態にされた。

 しかしまあ、どっちを優先するかっていったら美鳩だろう。

 なので頭を撫でつつ、話したがっていることを聞くことに。

 

「バリスタの授業の方はどうだ?」

「日々新鮮。でも、対人トークはやっぱり苦手」

「……だな。俺も苦労した」

「でもはるのんに奥義を伝授してもらった」

「奥義?」

「そう。強化外骨格、とかいうらしい。人の前に出ても、上っ面だけだから傷ついても平気な奥義」

「雪ノ下さん、ズビリッパしていいですか?」

「やめてよ!? この服気に入ってるんだから!」

「なぁにが“気に入ってる”ですか! 娘になんつーもの教えてっ……!」

「んー……そうは言うけど比企谷くん? それ無しで、美鳩ちゃんにバリスタが出来ると本気で思ってる?」

「会話方面はやかましいこいつが居ます」

「こいつです《どーーーん!》」

 

 促してみれば、絆が胸を張った。

 ノリがいい。背中から離れてまでドヤ顔でキメてくれたので、今の内に抱き着かれないように美鳩を絆側へ移動させて……これでよし。

 

「二人で一人っていったって、資格取るのは美鳩ちゃんでしょ?」

「ぐっ……」

「資格取っちゃえばそれでいいんだし、それまでは我慢我慢。美鳩ちゃんだって家族の前で“そんなもの”つけないでしょ?」

「そう。美鳩は家族の前ではいつだってありのままの美鳩。この気持ち、常にジャスティス」

「なるほど、そして資格さえ取ってしまえば、美鳩は普段通りに、会話はこの絆の出番だと。力を合わせたのち、家族の絆で勝利する……素晴らしい、それは素晴らしい」

「ん、ジャスティス」

「………」

 

 拝啓、小町さん。

 娘たちがたくましいです。

 いや、それはもちろんいいんだが、なんだろう、こいつらはいつまで一緒に居るつもりなのかをちょっぴり考えてしまった。

 喫茶店を続けてくれるのは嬉しいが、経営が安定し続けるとは限らんしなぁ。

 や、そりゃ、隠し財産的なアレはあるにはあるが。

 ……まあ、いいか。そこはこいつらが決めることだ。

 お前達のことを思ってー、とかアホみたいに言い続けるほど、押しつけがましいことなんて好かんし。

 


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