どこにでもあるようなガハマさんとヒッキーのお話   作:凍傷(ぜろくろ)

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そんな青春の日々を、僕らは笑う。①

 ふう、と溜め息を吐いたあと、後ろから声が聞こえた。

 

「……驚いた。本当に、彼女は変わったな」

 

 騒がしい周囲に紛れるようにして行動する、なんて珍しいことをする彼が、俺に向けて言った言葉だ。

 軽い会話のあと、雪ノ下と葉山が話す機会があって、その内容に対する言葉がそれ。

 雪ノ下が言う、“ごめんなさい”と“感謝しているわ”がなにを指して言った言葉なのか、俺には解らない。当然、離れていく雪ノ下の背中に、彼が呟いた言葉にどんな意味が込められているのかも、俺には解らなかった。

 

「幼馴染、なんだよな」

「……そんな大層なものじゃない。馴染まなきゃいけなかったってだけさ。親同士の都合で」

「お前はそれが嫌だったのか?」

「……。どうなんだろう。昔から、“そうしなきゃいけない”をこなしてきただけで、俺は結局……なにに対しても、関心というものを向けていなかったのかもしれない。触れた時はいいんだ。その関係を心から喜べた。名前も知らず、くだらないことで笑って、一緒に駆けて。でも」

「………」

 

 イケメンリア充には、爆発しろなんて言葉が投げかけられる。

 けれど、本当にリアルが充実しているイケてるメンズなんて、実際にどれだけ居るのか。

 羨ましいと思っている位置は思った以上に窮屈で、そうしなければならないことが用意されすぎていて、それをいくらこなしても周囲からの期待が増えるだけで、期待に応えるだけ応えても、期待が高まっていくだけ。

 やがて自分の能力じゃ処理しきれないほど期待が増えて、やがて落胆される。

 どれだけ努力を重ねても、出来なくなれば笑われ、手のひらを返される。

 憧れ、純粋に追いかけていられた内は幸福だったと、彼はひどく悲し気に笑った。

 

「追いかけたって……雪ノ下を?」

「……いや。なんでも。悪い、おかしなこと言って」

「おかしなもなにも、まるでなにも解らないんだが……」

「君はなんだかんだ、中心に居るから“そういうものなのかもしれない”と思ってしまう時があるんだ。届ければ応えてくれる、っていうのか……いや、これも違うのか。すまない、当てはめる言葉が見つからない」

「それは、俺に言ったほうがいい言葉だったのか?」

「……誰かに聞いてもらいたかったのかもしれない。もしくは、選んで、そうした先できちんと幸福でいられる君にこそ、なにかを言ってほしかったのかもしれない」

「……じゃあ、言っていいんじゃないか? 言って楽になるなら言えばいいだろ。嫌いなんだろ? 俺のこと」

「ははっ……君は好き嫌いにひどく敏感なんだな。“選ばない”しか選べない俺からすると、見てて危なっかしいよ。そんなんじゃ、いつか好きってものまで疑いそうだ」

「………まあ、解る。向けられる善意ってのは、相手にとっては悪意でしかない場合が多いしな」

 

 俺の言葉に、葉山は“……解るんだな”って寂しそうな顔で笑った。

 そんな時、三浦さんと一色がなかなか戻ってこない葉山に痺れを切らしたのか、やいのやいの言いながら手を振る。

 

「……呼ばれてるぞ」

「……だな」

「……いかないのかよ」

「………」

 

 同時に手を振ったことでギャーギャー騒ぎだした三浦さんと一色を、結衣と彩加と翔と海老名さんが止めにかかる。

 この打ち上げの中だけで結構見た光景だ。

 

「選ばないを選んでるって。それってつまり、意見が割れたらどっちの意見にも乗らないってやつか?」

「関係を壊さないように中立するんだ。そんなものしか選べない。関係が壊れることは、ひどく怖いことだから」

「……まあ、な。仲良しだったと思ってたら、翌日からはとかよくある話だ。自分の前では猫被ってて、他人の前では平気で悪口とかな」

「経験があるのか?」

「そもそも仲良しだったヤツがいねーよ。そういうのを何度も見たってだけだ」

 

 ほら俺、空気だったし。

 居ないものと認識されていた俺にしてみりゃ、人が居るのに堂々とさっきまでその場に居た友人(笑)の悪口を、ああも平然と言える人間に反吐が出た。

 だから───まあ、その。

 ちょっと前から感じていた違和感も含め、こりゃ少しおかしいなとは思っていた。

 

「なぁ葉山」

「なんだ? 比企谷」

「……わざわざ苗字で返すなよ」

「今まで話していたのにわざわざ苗字で呼んだのは君じゃないか」

「………」

「………」

 

 見つめ合い、うへぇ、って顔をしたあとに苦笑し合った。

 うわー、こいつこんな顔出来るんだ。

 うん嬉しくない。

 

「お前、選ばないんだよな?」

「……。ああ」

「他人の期待に応えて、みんなの葉山として中心に立つ。それが、葉山隼人なのか」

「……ああ。足掻こうとしてももがこうとしても、結局は“それしか選びようがないもの”を選んだなら、それは自分の選択肢とは言えないだろ」

「自分の選択肢、あるのか」

「いや、当たり前だろ……俺のことをなんだと思ってるんだ、君」

「選ばないのはなんでだ? お前がみんなの葉山だからか? あー、その、なに? 自己満足……ってやつ?」

「……ひどいことを正面から言ってくれる。ひどいやつだな、ほんと」

「………」

「………」

「お前にはお前の理屈があって、選ばないことがお前にとっての最善だってんなら、べつに他人がどうこう言うことじゃない」

「………意外だ。てっきりなんの足しにもならない、鬱陶しい持論でも並べてくるんだと思っていたよ」

「遠慮ねぇなこのやろう」

 

 けどまあ、その理由もなんとなく解る。

 こういう場合の周囲ってのは、自分の考えの押しつけしかしない。

 俺だってもちろんそうだし、そうすることでしか届けられるものがないからそうする。

 しかし、そういう考えの押しつけってのは大体、相手も解っててやっていることの方が多い。今さらそんなこと言われなくても解ってるわ、ってのがまあほんと、大体。

 ただ、大変意外なことに、葉山にとっては今の俺の方が意外だったらしい。

 なんだよ。俺はそもそも好んで誰かと話すなんてこと、滅多にしないぞ。

 そんな時間があるなら自分の時間を迷わず選ぶ。

 今で言うなら結衣との時間だが。

 

「……話、戻すけど。お前が変わったっていう雪ノ下って、どこがどう変わったんだ?」

「……姉の影を追っていない。自分ってものを考えて、向き合って進んでいるように見える。ただ……」

「ただ?」

「まだ少し、頼りないかなって……そう思った。いや、まあなにを偉そうにって言われればそれまでなんだけどさ。……見てきた側からすれば、思わずにはいられないんだ。近づくものには威嚇を以って牽制して、言葉も選ばず盾と矛を向けるような…………けど、それしか方法を知らないから、なまじそれが成功してしまったから、それしか取る方法を知らない」

「……よく解らん」

「皮肉なものだなって話だよ。唯一“成功した自分”が、きっとそれだったんだ。だからそれを捨てるわけにはいかなかったのに……どんな経緯があったのかは解らないが、そこに踏み込んだ人たちが居た。最初は“成功した自分”で向き合って、盾も矛も構えたんだろうけどね。もしくは、構える間もなく踏み込まれてしまったのか」

「……?」

「なぁ比企谷。唯一自分で認めていた“自分”が、いつの間にか第三者の手で変えられていたら、君ならどうする?」

「あー……ぼっち最高とか思ってたのに、いつの間にかぼっちじゃなかったらとかか」

「誰かに“お前に自分なんてものがあるのか”って言われた子が、立ち向かって成功したものがあったんだ。その子はそれを喜んで、そうすればよかったんだって知って、それを大切に守っていた。けど、その、自分が選ぶべき手段が意味を為さず、それでも自分のもとへ入り込んでくるなにかを前に、気づけば……いや。気づかず、自分が大切にしていたものが崩されていたとしたら。……そういう話だ」

「………」

「………」

 

 飲み物片手に、嘘も誤魔化しも許さないって目が俺を見る。

 俺もそれに応えるように腹に力を込めて……いやほっといて、そうじゃなきゃ俺の中の何かがキャインとか言って屈伏しそうになるの。

 

「それは、お前にとっての選ばない、みたいなもんか?」

「……。ああ、そうだ。俺は……いや、俺も、これを変えることは───」

「ほーん……? じゃあ質問。お前自身、それが知らずに変えられてたらどーすんの?」

「……? どーすんの、って。いや、これは俺の自己満足だ。変わることなんて」

「変えられてたら、どーすんの?」

「………」

「………」

「……そう、だな。もしそうなら、変わってもいいのかもしれない。知らず、そうであったなら、俺はきっとそのままでいいって思える。俺が今を嫌っていないなら、そんなものは───」

「んじゃ論破な。お前選ばないどころか選びまくってるから」

「え?」

 

 言って、飲み物を飲み込んだ。

 きょとんとしている葉山を見つつ、はぁ、と息をついて、すぐ後ろにあったカウンターにグラスをコトンと置く。

 

「待て、俺がなにを選んだって───」

「俺は君が嫌いだ」

「!!」

 

 なんかいろいろ語られたけど、こいつもう選んでることあるからね?

 中立者気取りなのに一人だけ盛大に嫌ってくれちゃって、なんなのもう。

 

「進路のこと、教えなかったのはその、選びようがなかったことーってのに関係してるのかもしれないけどさ。お前それ、ちゃんと選ぼうとしたの? お前の家庭事情なんて知らんけど、選ぼうとしてもいないのに選びようがないって決めつけて言うのってなんか腹が立つ。いやほんと、お前の事情なんて知らんけど」

「………」

「んじゃほら、変わってみろ。今の自分をちゃんと受け入れてんなら、選んでた自分も受け入れてるってこったろ。いや、俺も中学卒業あたりは相当ヤバかったが。べつにきっかけがありゃ変わっていいだろ。それすらダメって言われるほど抗ってみたならしゃーないけどさ、お前その、なに? 最初っから自分は選ばずみんなの隼人くん☆ で居て、いい加減疲れない? 自己満足って言いながら寂しそうに笑ってる今の、どこに満足があるんだよ」

「………」

「あとさっきの質問な。自分なんてものがあるのか、なんて言われたヤツが、いつの間にか変えられてたってんなら、もう自分ってもんがあるんだろ? いいんじゃねぇの、それで。大体……って、お、おい、葉山? おい? …………いや、これ……べつにお前が言ってた持論でどーのこーのってわけじゃなくてだな……わ、悪い、なんか俺にだけ嫌いだって言ってたくせにって思ったらちょっとな……!?」

「…………か?」

「へ? お、おう?」

「……っても…………変わってもいい、って……思うか?」

 

 ……OH?

 いや、いいもなにも。

 

「………」

 

 思い出してみよう。

 あの白い部屋、騒がしい入口、やってきた妹と……俺を変えてくれたあの人が居たあの日。

 これが最後でいいからって踏み出して、偽物でもいいからと諦めそうになって、偽物じゃ嫌だと言われて、救われたいつかを。

 それが悪いことだったって言うのなら、俺は救われた事実も否定しなきゃいけない。

 そんなのは嫌だ。

 そんなものは受け入れられない。

 だから───だから、ああ、ええっと……。

 

「………」

 

 こういう奴にはあれな。青春っぽいかたちで届けたって届かない。

 理屈っぽく言うのでもない。

 そんなことをすれば、相手の正論で砕かれて、そんな気持ちも冷めるだけだ。

 じゃあなにがいいのか?

 ……真っ直ぐぶつけりゃいい。

 ひどく簡単に、単純であればあるほど、それはいいのだろう。

 だから俺は言うのだ。

 青春っぽくもなく、暑っ苦しくもなく、理屈を並べるのでもなく、偉そうにするのでもなく、ただ単純に、そう思うからそれでどうぞとパスをする。

 

「手くらい貸すから、自分で決めろ」

 

 と。

 冗談めかして、苦笑しながらほれと手を差し出してみる。

 すると、そんな手をぽかんとした顔で見つめたあとに、そいつは───

 

「~~……」

 

 くしゃりと。

 あの余裕とさわやか笑顔ばかりを顔に張り付けていたそいつは、顔をゆがませて、両手で俺の手を握り、俯いた。泣いたわけじゃない……んだと思う。まあそれよりも。落ちたコップを咄嗟に掴めた俺、超ファインプレー。

 グラス持ってるのに両手でとかなに考えてんのちょっと! これ割ったらさすがに弁償でしょ!? ……などと言える雰囲気でもなく。いや、言うつもりなかったけどさ。そこまで今、頭回してる余裕ないし。

 

「………誰かにぶちまけて楽になりたいって思うくらい嫌ならさ、そんな“選ばない”なんてさっさと捨てちまえばよかったんだ、ばかたれ……」

 

 だから俺は、今出せる言葉を適当に並べたものを口にして、そっと、キャッチしたグラスを自分が使ったコップの隣に置いて、溜め息を吐いた。

 

……。

 

 あのあとは大変だった。あーそりゃもう大変だったよ。

 三浦さんには反論の隙も与えない勢いで、“キサマナニヤッテルカー!”的なことを纏まらない言葉で並べ立てられるし、結衣と彩加と翔にはめっちゃ心配されるし、海老名さんは本気で救急車呼ばれそうになるし。お店の人、マジすんません。

 それでも……落ち着いたあとにもうちょい話を続けた。

 続けたことに、まあ、意味はあった。

 

「……べつに、選ばなかったことを悔やんでいるわけじゃないんだ。自己満足ではあっても、それが一番いい方法だって信じてる。今だってそれは変わらない」

「じゃあ泣いてるんじゃないか、って思うような行動とか取るなよ……。俺が三浦さんに泣かされそうだったじゃねぇか……」

「……ごめん、とは言いたくない。嬉しかったんだ。たぶん、それだけのことだ。俺にはさ、対等にものを言ってくれる人が居なかったから」

 

 まあ、そうな。

 見ててなんとなく解るよ。

 たぶん、あのー……なんていったっけ。……なんていったっけとか、まだ口調とかアレだよね、俺。

 いや、結衣はそんな俺の方がいいって言ってくれてるんだけど。

 好んで乱暴な口調とか使いたくないし、もう自然なままでいいんじゃないかとは思ってるんだけどね。ほら、なんか男相手だとさ、見得張りたくなるっていうか。相手が対等がどうとか言ってる分、底辺って自覚してても……ほら、ねぇ?

 ……やめよう、それこそただの見得だし、これ。

 

「全員、俺ってものじゃない、俺の周りにあるなにかを求めて近づいてくる。近づいてくれるきっかけがそれでも、手を繋げるならそれでいいって……最初は思ってたんだ。けど、結局それは最初から最後まで変わらない。……解るんだ。俺がその中からなにかを選んでしまえば、それはあっという間に崩れてしまう。……今までの関係も、些細なことで笑えた日々も、無くしてしまう未来しか見えなくて。だから、って……俺が選ばなければみんな笑っていて、期待に応えれば応えるほど人は集まった」

「だろうな。俺は逆だったから、なんとも言えんけど」

「なぁ比企谷。君は俺が羨ましいって思ったこと、あるか?」

「お前ほんっと嫌なやつだな……あるよ、このリア充め」

「俺も、あるよ。君が羨ましかった。だからきっと、俺はそれを求めて“嫌い”を選んだんだろうな。広く浅くが、いつかきっと広く深くになるって信じていた。選ばず、応え続ければいつかはって。でも───」

「葉山?」

「広くなくても、あんなに近く深い君の関係が羨ましかった。気づかされたんだ。期待に応えているといっても、応えられない期待もあったこと。解消しなければどうしようもない出来事に直面すれば、どうやっても個人の期待には応えられないこと」

「…………つまり、お前は」

「対等な誰かが欲しかった。負けたくないって純粋に思える、選びようがないものを曲げてでも、こいつの言う通りにはしたくないと反発したくなるような相手が。……よくも悪くも、人にイケメンリア充と言われるくらいには、ものが出来てしまったから」

 

 だから、と。

 葉山は手を見下ろして、苦笑した。

 

「なぁ比企谷。俺と友達になってくれないか」

「お前……反発したいって言った直後に、よくもまあその本人に言えるもんだな」

「どうせ“選ぶ”なら、最初はとんでもないものを選びたいんだ。……それからは、遠慮しない。好き勝手に選んでいくって約束する」

「……そか。んじゃあ───お断りだ。生憎と、俺は……俺達は、そう簡単に友達にはならねぇんだよ。知る努力から始めて、知ってから、ようやく友達になってんだ。ちょっと話しただけでもまあまあ知れたとは思うし、なにも全部知りたいとかアホなことを言うつもりはねぇけどよ。もうちょいいろいろ片づけてからでいいんじゃねぇの? ……って、そういやお前さ、三浦さんのこと、実際どうなの?」

 

 それでも、差し出された手をぎゅっと握りつつ、言ってみる。

 すると、あ、みたいな顔をして、空いてる方の手でこりこりと頬を掻く。

 

「どうなんだ、って言われても……そりゃ、好意には気づいてる。綺麗だとも可愛いとも思ってはいる」

「お、おう」

「ただ、その気持ちを“お前”に言ってもしょうがないだろ」

「ほんと遠慮ねぇなこのやろう」

「握ってくれたからな。遠慮はしない。対等ってそういうものだろ。だから、呼び方も“君”なんて言わないさ」

「あーそーかい。……あんま、待たせて女子の青春の時間を潰してやるなよ。恋愛が全てってんじゃねぇけどさ、する気がないならさっさと振るなりしてやんねぇとだろ」

「お前が俺ならそうしたか?」

「真正面に告白してくれりゃあな。そもそも俺じゃあ、気持ちを向けられても勘違いだとしか思わないし、告白されても罰ゲームに違いないって即決するだろうし」

「…………」

「いやおいちょっと? そこで黙らないでくださいます?」

「ふっ……っくっ……くく……! い、いやっ……悪いっ……! それでよく、あの由比ヶ浜さんとっ……!」

「ぐっ……うるせーよ……! 俺だって奇跡以外のなにものでもねぇって思ってんだから……」

「……はぁ。いい人に会えたんだな。羨ましいよ」

「おう。我が身と人生を粉にしてでも幸せにするわ」

「そうか。ただちょっと、その口調に違和感を感じる。無理してないか?」

「それも大きなお世話だ。……けど、まあ。お世話なりに、こうじゃないほうがいい、とかは思うか?」

「好きにしたらいいと思う。……俺も、久しぶりに……抗ってみようって、そう思うからな」

 

 ───話したことは、そんなこと。

 二人で話がしたいからと、心配する仲間を無理矢理納得させて、離れた席で。

 今も奉仕部メンバーや葉山グループが心配そうにチラチラ、ちら? チッラァアア! って感じで見てるけど、まあ、心配するようなことはなにも。

 

「じゃあ、これで解散か?」

「いや、まだだ」

「へ?」

 

 んじゃ行くかーと立とうとしたら、止められる。

 え? もうちょっとなに? 俺さっきからそわそわしてる結衣を今すぐにでも抱き締めたいんですけど?

 

「その……名前で呼んでくれないか?」

「キモい」

「《ゾブシャア!》ゲフッ……!」

 

 素直な返事が出来たと思う。

 遠慮ない関係か……いいねっ☆ いやまあ冗談だが。

 

「真顔で言うからなにかと思ったじゃねぇか……そういうのは気になる相手にでもやってやれよ……」

「い、いや、そんなつもりは……」

「はぁ……ええと、あー……は、隼人?」

「あ……ああっ、八幡っ」

「………」

「………《にこにこ》」

「……お前さ、海老名さんが心配してるような存在じゃ……ないよな?」

「断言するが違うぞ!? あと存在って言い方はやめてくれ! なにかおかしな生命体みたいに聞こえるじゃないか!」

 

 じゃあなんだって男に名前呼んで、呼ばれて、そんなにこにこしてるの。

 え? 俺も彩加の時そうだった? あらやだブーメラン。

 と、自己完結も終わったところで。

 

「んじゃ戻」

「待った!」

「……なんなのお前。俺これから大事なことが……」

「い、いや……その。八幡は、さ。由比ヶ浜さんと付き合って……長いんだよ、な?」

「へ? お、おう……そりゃあまあその……な?」

「そ、そうか。それじゃあ質問なんだけどな……」

「?」

「……お、女の子と付き合う場合、どうすればいい? いやそれ以前に、告白する場合とかはどうすれば……! い、いやっ、優美子には散々もやもやさせたまま待たせてきたし、関係を始めるなら俺からって思った、から……その……!」

「───」

 

 ───その日、僕らは思い出した。

 イケメンリア充がどうとか言っていたとして、その存在がその実、誰とも付き合ったことがなかったとしたなら───女性経験なんてゼロに等しかったのだと───……

 いや、僕らはどころか俺と葉山しか居ないんだが。

 


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