どこにでもあるようなガハマさんとヒッキーのお話 作:凍傷(ぜろくろ)
そして盛大になにも始まらない。
あえて言うなら進撃の隼人。
それからの彼は凄かった。とにかく教室でも遠慮が無くなっていった。
今までの完璧な“みんなの隼人くん”をポリバケツに便利に収納して、資源ゴミの日に捨てるような行動を……いやどんな行動だよそれ。
ともかく、今までの“みんなに笑顔を”から離れ、やたらと俺のところに来るようになった。
これには三浦さんも海老名さんも呆然唖然。
なにより、ええっと、なんていったっけ。さ、さがー……さがみん? ああ相模だ。そいつに「そっちじゃなくてこっちで話そうよ」って言われた時、みんなの前で「俺はもう期待に応えるのはやめたんだ。自分のために生きて、馬鹿なこととかいっぱいやってみたいんだ。だから、ごめん」ってキッパリ言ってみせた時の周囲のざわめきはすごかった。
そしてそんなざわめき一切無視で、信じられないくらいに人懐っこい顔で「昼飯食おうぜっ!」って誘ってくるリア王の勢いに、まあその、なんというか。笑ってしまったのだ、俺達は。
もちろん頷いた。知る努力を説いたくせに、その努力から逃げるわけにはいかない。
ぽかんとしていた相模が結構しつこく誘ってきていたが、隼人はこれを拒否。
サッカーまでやめると言い出した時は、さすがに男子も女子も“ざわ……”どころの騒ぎじゃなく、しかしその発言がまさに引き金になったのか、“みんなの期待に応える葉山隼人”ではなく、“やりたいようにやる葉山隼人”の誕生を、確かにこの場に居たクラスの連中全員に知らしめたのだ。
そんな中、ハッとした、えーと……大岡? 大和? どっちだったっけ。
忘れてしまったけれど、その誰かが隼人に向かって言った。
「ちょ、ちょ待っ……サッカーやめるって、国立目指すとかって話は───」
「目指しはしたけど、無理だろ、あれは。サッカーは一人でやるもんじゃない」
「いやっ……けどっ……」
「もう疲れたんだ、頼られるんじゃなく一方的に期待されることに。だから、俺も俺の好きにさせてもらう。……“時間には限りがある。だから、誰かの人生を生きることで浪費するべきではない”。───俺はさ、もう……自分で決めていたつもりのことで、逆に縛られていたって気づいたんだ。だから、もう俺に期待するのはやめてくれ。俺は、それには応えられないから」
「………」
大岡だったか大和だったかは言葉を無くし、何も言わなくなった。
伸ばしかけた手は垂れ、少しして……やがて、一人、また一人と背を向け、自分の席へと戻っていく。
「いいのか」って訊いた俺に、隼人は「いいんだ」って苦笑で返して、分かれ道は作られた。
初日はそれで終わった。
きっと一日経てば、なんて思ったんだろうな。
翌日にはいつもの調子でクラスの連中が隼人に声をかけるんだが、そのどれもを拒否して、隼人は俺達の居る場所へと来た。
休み時間になっても、昼休みになっても、放課後になっても。
部活は本当にやめたらしく、平塚先生経由で奉仕部に入部届が出されたことを知った。
……そんな事実を知った今、奉仕部にて。
「あなた本気なの? この時期に、部長というものを任されておきながら」
「それこそきちんと選ばなきゃいけないことだろ。俺は俺の青春のために、今しか出来ないことをしようって決めた。それは、先輩に任されて期待に応えたってだけで請け負った、サッカー部部長なんてものじゃない」
まあそうな。声をかける人は一人、また一人と減っていった。
いろいろとアピールしていた相模も離れてゆき、今では───
「んで? この部活ってなにするところ? お茶飲んで本読んで、でいいの?」
……それでも傍に居たがる人なんて、いつの間にか用意された椅子にドッカと座り、スマホをいじる女王様くらいなものだ。
「三浦さん。あなた、部員でもないのに」
「べつにいーっしょ。先生には入部届出したし、あとは雪ノ下さんと結衣とヒキオが認めりゃいいって聞いたし」
「俺もそう聞いてる。雪ノ下さん、由比ヶ浜さん、……八幡。どうか、俺に変わるための機会をくれ。ゆき───、……雪乃ちゃんが変わることが出来た、変化を求めた先があるここで、俺も……変わっていきたいんだ」
「葉山くん───」
「雪乃ちゃん……」
「……名前で呼ばないでもらえるかしら」
「えぇぇえーーーーーっ!? いっ……言うことそれなのか!?」
雪ノ下の言葉に、隼人がそれは大層驚いておった。
いや、どんな幼馴染だったのかは詳しくはしらないけど、そりゃいきなり呼ばれれば嫌じゃないか?
「ごめんなさいは言ったけれど、あの頃のようになりたいと言った覚えはこれっぽっちもありはしないわ。誤解しないでちょうだい」
「は、はは……ああ、わかった。確かに、今さらなんだろうね。けど……あの頃のようにとはいかなくても、なにかに関わることくらいは許してほしい」
「あなたがここに居ることで、他の女子からのいらぬ誤解がこないのなら喜んで。私にしろ由比ヶ浜さんにしろ、そういうことが一番困るのよ。良くも悪くも、目立つのだから、あなたは」
「……。そう、だね。けじめは、つけないといけない。───優美子」
「っ……な、なに? 隼人」
「そ、の……ええと、だな。……もう少し、待っていてほしい。もう少し気持ちを整理出来たら……必ず伝えるから。……聞いてほしいことがあるんだ」
「───! ……う、うん。わかった。……うん、…………うんっ……」
言いながら、ふいっと隼人から視線を外す。
しかしながらこっちからはよーく見える。俯いてるけど、緩んでるのが丸解りでござる。
……ちなみに俺と彩加と翔と材木座は、隼人に向けて、人に告白するための勇気と知恵を、今日までにいろいろと説くことになった。
なにせこの葉山隼人、本気の本気で女性と恋仲になったことはなく、誰に誘われても断っていたため、断り方は知っていても付き合い方など知らないと来た。って、それはもう言ったな。けど意外だったんだから仕方ない。
ならばと、まずは三浦のどこが気になっているのかを訊いてみた。
返答は……まあ、いろいろ。
まずは一途っぽいところ。うん、これは同感。
次になんだかんだ世話焼きなところ。……俺は結衣と、お互いの世話を焼きまくってるが。まぁ解る。
なにか言うにしても、キツくても相手のことも考えているところ。……ここには結構、自分の願望とか押しつけが入ることがあるのが玉に瑕。
とまあそれ以降にもあったにはあったが、心から惚れているとまではいかないらしい。
なので俺が人間観察で鍛え上げた観察眼で見た“三浦優美子”という存在のいいところは、と語り始めた。
語るにあたり、重要なポイントは、いかに三浦さんが隼人を想っているかをこいつに自覚させること。
そうして少しだけ誇張しつつ、真実を多分に含めた説明を続け……やがてそれが終わる頃、俺の視線の先には顔を真っ赤にしたリア王がおりましたとさ。
……と、いうわけで、現在に至る。
過程で俺と翔が隼人を隼人と呼ぶことに抵抗を覚えなくなってからは、もう相手がリア王だとかそういうのはどうでもよくなっていた。
さらに隼人洗脳作戦……いや洗脳とまではいかないまでも、プラス思考作戦は実に効果的で、こうなってしまえば隼人は三浦さんを意識しまくりだし、三浦さんは最初から隼人を意識しまくりなわけで。
あとはお前の勇気だけが武器だ! とあとのことは丸投げ。まあ、告白ってそういうもんだと思う。
もちろんというべきか、それだけじゃ足りないから告白に関するアドバイスをくれないかと頼まれてしまい、まあその───うん。アドバイスとはいっても、俺達はべつに想いを伝えることに関してベテランだとか女性のことを良く知っているというわけでもない。
材木座に“お主は由比ヶ浜嬢にいつも告白しているであろう!?”なんてキレ気味に言われたけど、あれは相手が結衣だから出来るんだ。
今さら恋に恋するみたいな自分がやった、あんな中身のない告白なんて絶対にしたくないし、それを誰かにアドヴァイスするのはぜったいにまちがっている。
だから却下。
ならばと海老名さんに真っ向から告白した翔に白羽の矢が立った。
それについての翔の反応は?
“保身考えて、人を好きになんかなれねーっしょ。そこはもうほらあれだべ? 自分の全部をそこに置くつもりでぶつかってみりゃいんじゃね? どんな心にくる告白されたってさ、最初から相手が断るつもりだったら成功なんてしねーんだし。あ、これ体験談ね”
と。直後に“だからもう八幡てばマジ親友! 心の友! 俺が女だったら惚れてたわぁ~!”とか言って、俺に抱き着いてきてチッスかまそうとしてきたので、全力で抗った。
そんなわけで、てっきりもうここで告白しちゃうのかなとか思ってたんだが……そんなことはなかった。
「けじめをつけると言っておいて、待っていてくれとは……あなた、神経が図太いにもほどがあるわね」
「ああ、そこでその……相談があるんだ」
「相談?」
「そう。その……どこか、場所を借りるかして、バレンタインの日……は入試があるから無理として、その前でいいから噂が広まりそうななにかを開けないか?」
「……。そこで、あなたが───……いえ、これを私が言うのは違うわね。けれど、場所を借りたとして、それが上手く周囲に広がると本気で思っているの?」
「3年はもう卒業するから、それはいいんだ。2年はもう情報が広がっていると思う。問題は1年だけど、そこはいろはに頼もうと思っている」
「一色さんに?」
「んんー……隼人くん? そりゃちょっとアレじゃね? 一色ちゃんってばさ、クラスの知り合いに生徒会長押し付けられそうになってたんだよね。それ考えると、一色ちゃんに噂の拡散してくれーってのはちっとムズいべ?」
「いや、1年の誰かがその場面を見て、それを一人にだろうと伝えてくれればそれでいいんだ。人は誰かのスキャンダルほど知りたがるからね。知ってしまえば、それが真相なのか、知りたい人は確かめにくる」
「あ、そっか。その時にとっくに葉山くんと三浦さんが付き合ってれば───あ、……えっと、ご、ごめん八幡、これ、僕が言わないほうがよかったかな……!《ぽしょォ……!》」
「もういっそ今くっついちまえって気分だし、いいんじゃないか?《ぽしょり》」
「あーそれ俺も思った。まどろっこしいの抜きにして、隼人くん、もう告っちゃえば?《ぽしょぽしょ》」
「まあ、べつにイベントを利用しなくても、一色に葉山隼人は三浦優美子に告白して付き合いましたって言えば、そこから拡散しそうではある……な」
「つーかぁ、隼人くんてばバレンタインに女子にチョコあげて告るん?」
「へ、変か? 外国だとむしろ、男が女にあげるものだったりするんだけど」
「マジで!? っべー! 隼人くん物知りだわー! あ、そういや去年、八幡がガハマっちゃんに……あれ八幡だからやったことだと思ってたわー……」
翔が指をパチンと鳴らしたのち、隼人を指さして言う。
だからそのリアクションなんなの、ほんと。
手ぇ叩いたり指パッチンやったり、忙しいな。
「あーその……ちなみに相手の作ったものより男が上手く作るとヘコませるから気をつけろ」
「え? ……けっ……経験済みっ……なのか……!?」
「そらそうっしょー、八幡はありとあらゆるイベントとかきっかけがある度、ガハマっちゃんに告白してるし」
「……というか」
「えっと……ねぇ八幡? もういい加減言ってもいいかな」
「え? 言っちゃう? 言っちゃう系? よっちゃんも言わないで今まで耐えてたのに、言っちゃう系の雰囲気?」
「うむ……いい加減我も我慢の限界……! ツッコむべきはツッコんでこそ……! 八幡! お主───」
「いや、べつに言わなくても───」
『なんで恋人を膝の上に乗っけて寝かしつけてるの?』
「───……いい、のに……」
いや、ただ椅子が少なかったんだよ。最初はそれだけだったんだ。
ここも人が増えた。
最初は雪ノ下だけで、俺と結衣が入って、彩加と翔が入って、材木座が入って。
で、今は隼人と三浦さんだろ? ほら、椅子がね?
だから相談者用の椅子を出してもひとつ足りないから、そこで結衣の椅子を……三浦さんに渡して、で、結衣は俺の膝に。
最初はそれでよかったんだけど、こんだけ近いとほら、その、あれですよ。家デートの時にいつもやってるような空気が滲みでちゃって、手を掴まれてお腹側に回されて、じゃあ、ってやさしく抱き締めて、頭とか撫でたりしてたら……ええと、ほらその、なに? 家デートとは言っても基本はベッドで抱き合ってまったりする僕らですから? 眠たくなれば眠りましょうを普通に決めてあったわけでして? ……ええはい、その癖ですとんと綺麗に眠ってしまいましたやだ可愛いめっちゃ可愛い。俺の恋人超可愛い。
「ぐぬぅっ……! 正直っ……素直に羨まし───」
「しー……!」
「あ、すいません……」
いつもの調子で“羨ましいぞぉおっ!”と叫ぼうとしたであろう材木座に黙ってもらう。
せっかく安心した感じに寝てくれているのだ、起こすのはヤボである。
「…………」
「《さら……さら……》んゅ……ひっきぃ……」
「…………」
完全に体を預けきってきている恋人の頭を、ゆっくりと撫でる。
右手で頭を、右手でお腹をやさしく、叩くのとは違う、軽く弾ませる程度にぽんぽんと撫でて。
「ぅ……ぁあ…………! え……な、なにあのヒキオの顔……。やさしいどころの顔じゃないっしょ……!」
「うーん……そうかなぁ。由比ヶ浜さんの傍に居る八幡って、いっつもこんな感じだよ?」
「そうそう、めっちゃんこにやっさしい顔してんのなー。ほんとたま~に俺達にも向けてくれる時があって、そん時ってば頼られてるんだなーって思えて嬉しいのなー。なー、戸塚ちゃーん」
「ねー、戸部くんっ」
「え? うそ。我にはそんな笑顔、一度も見せてくれたことがないのに……!」
「……そういえば、ええと、財津くん? だけは名前では呼ばれていないのね」
「《ぐさっ!》ぐふぁっ!? もっ……もははっ? もはははは……! なんのなんのなんジョルノ……! それを言うなら雪ノ下嬢……! お主こそいつまでも苗字であろう……!」
「……ふ、ふふっ? それがどうしたというのかしら。わわ私は別に、それを望んでいないもの《ソワワワワワ……!》」
(あ)
(これ)
(めちゃくちゃ)
(望んでいるでござる……!)
「?」
眠る恋人を慈しみまくっていたら、ふと視線を感じて意識を戻す。
と、何故か全員が俺をじーっと見ていた。あ、いや、もしかして結衣か? いやもしかもなにもそっちか。うん解るぞ、天使だもんな、結衣。寝顔とかもう最強すぎる。
外敵が多い(個人調べ)学校で、こんなにも体を寄りかからせてきているだけで嬉しいのに、この安心した寝顔。最高でしょう。
「あ……話の流れを切って悪い。雪ノ下さんにひとつ訊きたいことがあったんだ」
「? 葉山くん?」
「ああいや、べつにおかしなことじゃなくて。この部活では、些細なことでも相談し合うって聞いたんだけど、それは本当かい?」
「ええ、そうね。相談して、どれだけ悩もうとも最終的な決断は自分で決める。その先で後悔しても、人の所為にしないために」
「……君に、それが出来たのか」
「《ムッ……》それはどういう意味かしら」
「あ、けど最初ん頃の雪ノ下さん、結構決めるまでおろおろしてたべ。あ、最初っつーよりは……途中から? 遠慮が少なくなってきた辺りから、なんっちゅーか決めあぐねるっつーの? そーゆーの多かったっしょ。他の人への指示はスゲー的確なのに、自分が動くってことになると迷うっつーの?」
「そ、そんなことは…………、……ない、とは言い切れないわね」
「ま、それも一年で随分引っ込んだけど。今ではズバズバ決めっからおっかねーもんなー、八幡ー?」
「いや、ちゃんと自分で決めてきっぱり言えるってのは怖いとかじゃねぇだろ」
「うむ然り! 人を束ねられるのは選んで決めて実行出来る者である!」
「材木座、しー」
「はぽんっ!? い、いいであろうっ!? 決めセリフくらい言わせててくれたって! ……ていうかあのー、事実として確認されるとマジ辛いんで、俺のこととか名前で呼んでくれないでしょうか」
「いきなり素に戻るなよ……」
けど確かに、まだ正式に入部したわけでもない隼人は名前で呼んでいるのに、なんだかんだで付き合いの長い材木座がそのままっていうのも…………でも、翔と同じで材木座ってTHE・材木座って感じだから、名前呼びって少し躊躇が。
……結局翔も呼んだんだし、それはそれでいいのかもだけど。
「……羨ましいな。もっと前から関われていれば、俺も……《ぽしょり》」
「? 隼人?」
「あ、いや……」
なにかを呟いた隼人だったけど、俺が声をかけるとすぐに言葉を濁し、俯いてしまった。
途端、少しだけ沈黙。
そんな空気を容易く砕いたのは、はぁ、と溜め息を吐いた三浦さんだった。
「ん? そんでなに? 結局さっきからぼそぼそ内緒話ばっかでこっち、全然ワケ解らねーんですけど? 言いたいことがあんならハッキリ言えし」
『あ』
結局やっぱりなにも始まってなかった。
……。
翌日の昼休み。
あのあとすぐに完全下校時刻になったこともあって、その場で解散した俺達は、バレンタインをどうするかで、難しい顔をしていた。
今年もまたあの日が来るのかー、なんて思う時間が増える。もうめっちゃ増える。
教室では奉仕部と葉山グループとが分かれ、葉山グループは窓際、奉仕部グループは引き戸側で、わやわやと話し込んでいた。いや、込むっていうほど濃い内容でもないんだけど。
材木座は同じクラスではないため、ここには居ない。
彩加と翔とで、黒い塊を贈ることを乙女チックに悩んでいた。
「ううう、っべーわぁ……こ、ことっ……今年は海老名さんから貰えっかなぁ俺ってばぁ……」
「考えてみると、ちょっと想像しづらいよな……」
「うーん……普段の海老名さんを見てると、確かにそうだよね。八幡はどう? 由比ヶ浜さんからは」
「頑張るから、って宣言までされてる……去年ももらったんだけど、心は込めてもあまり上手くは出来なかったからって」
ちらりと葉山グループを見てみる。
そこに、海老名さんと話があるからと、そちらへ混ざっている黒髪眩しいお団子さん。
俺では到底無理であろう空気読みスキルを駆使して、あの女王の発言さえ見事に受け止め、その流れを逸らし、笑顔で会話をしている。
「……八幡、すっごいやさしい顔してる」
「へっ!? え、あわわ悪いっ、ヘンな顔だったよな、悪い」
「謝ることなんてないよ、八幡。やさしい顔って言ったんだから」
「っかー……! ほんと、中学までの八幡の周りのやつらってなにやってたんだかなー……。自分でヘンとか悪いとか言っちまうのが自然になっちまうくらいってことっしょ?」
「あ、いや、俺の場合は主に勘違いの所為で自爆した結果だしな。それは後悔しても受け入れてるから、いいんだ」
話している間、クラスのカースト上位の女子がバレンタインに向けて、手編みのマフラーだかセーターだかをプレゼントする、的なことを言いつつ、懸命に編み棒を動かしているのを視界に捉えた。
進捗状況、まだ一割程度。現在、バレンタイン間近。いや無理でしょ。
言っちゃうのは可哀想だけど、無理でしょ。
(………)
可哀想とか何様だ俺。よーし落ち着こう。
とか思ってたら、結衣と話していた三浦さんが“手作りなんて重い”とかそういうことを言った。
途端、ぴしりと凍る教室。ああっ、編み棒を動かしていた女子が固まった!
「うーわー……この状況でアレとかハッキリ言っちゃう? っべーわー……」
けれども現実問題として、あれはちょっと間に合わない。
重い云々度外視しても、あれは諦めたほうがいいかもしれない。
……と、思いはしたが、方向性を変えればいいだけじゃないか、とも思った。
ようするに手編みものじゃなくて、手作りチョコでいきなさいよと。
そんな時、確認するみたいに三浦さんが「結衣はどう?」なんて、結衣に話を振る。途端、他人事だった話題が自分に降りかかってきたような、あの嫌な重圧がミシリと俺を襲った。
ちょ、やめて、自分がそう思ってるだけならそれだけでいいじゃないか。なんだってそう、すぐ人に同意を求めるの。
「……えと、気持ちが籠ってるんならさ、それでいいんじゃないかな」
「結衣?」
「届けようとしなきゃ、始められないと思う。あたしは……届けたい、よ? だってさ、えと、その人にとってなにが重くてなにが軽いのかも解らないのに、決めつけて諦めるなんて……出来ないもん。……優美子は、どう?」
「………あーしは」
……知らず。
自分の視線は、結衣の方へと向いていた。
そんな視線に気づいた彼女は、たははと少し困った風に笑って、胸の前で小さく手を振ってくれる。
ぱたぱた、と振るわれる手に、思わず顔が綻んだ。
「……こういう時、八幡の相手がガハマっちゃんでよかったーって思うわー……」
「うん……だよね」
たぶん、俺の顔は真っ赤なんだと思う。
いつもなら顔を逸らして、熱が引くのを待つんだろうに……その顔が逸らせない。
そうなればもちろん、結衣と視線がぶつかったままになって…………結衣も、視線を逸らさずに、困った顔からやさしい笑みになって、俺を見つめてくれていた。
「───……」
「………」
あなたが好きです。
口にはしなかった。でも、伝えた。伝わった。
はい、あたしもあなたが好きです。
口にはされなかった。でも、届いた。届けられた。
───いつかの日、“たまに二人に戻りたくなる時がある”って意識が通じ合った時のように、くすぐったい気持ちが湧き上がって……でも、それがちっとも嫌じゃない。
傍から自分を見たなら“色恋に溺れて鬱陶しい”だの思うんだろうに、こんな気持ちを知ってしまえばもう馬鹿に出来ない。
「結衣? ちょ、結衣? ……はぁ。そりゃ、結衣は相思相愛なんだから問題ないだけっしょ。知りもしない相手からいきなり手作りとか、重いし困るって話で───」
「んー……むしろそれ言われればすっぱり諦められるし、いいんじゃないかな」
「海老名?」
「ていうかさ、優美子。優美子は人があげたものを重いなんて言う人、好きでいられる?」
「あ? 無理に決まってっしょ。何様だっつの」
「あはは、うん。私も同じ。でもさ、複雑に考える必要がないだけ、スッキリできていいんじゃないかな。それをきっかけにも出来ないで、ただ重いなんて言って断るんじゃ、そもそもなにも始まらないよ?」
「………」
俺と結衣が見つめ合う中、耳にそんな会話が届いた。
次いで、「べべっ……べべべべ、べべべー……! べーってば海老名さん……! ちょ、怖い怖い怖い、それ以上つつくと三浦さんとか超怒るんじゃね……!? いや絶対守ってみせっけど……!」って翔の声が聞こえて、自然と笑んでしまうと、同じタイミングで結衣も笑って、それがおかしくて二人して笑った。
「青春だなぁ」
彩加の呟きが耳に届いた。
……そか。これ、青春なのか。
そう振り返ってみると、そんな嘘も悪も、全てを諦めようとした時よりも温かく感じられた。
……。
で。
「三浦さん? 奉仕部はなんでも屋ではないのよ?」
「うぐっ……」
放課後の現在。
“葉山隼人の進路調査”に引き続き、どうして三浦さんたら生徒会に来てらっしゃるのでしょうね。
いや、理由は聞いた。とっくに。
“隼人にチョコ贈りたいから手伝って!”という内容だ。あら解り易い。
「最低限の努力もしないで人に頼るばかり。そしてそれを頼られたからと手を差し伸べ続けては、奉仕部の活動方針から外れるわ」
「あ、じゃあわたしからの提案というか依頼ということで」
ぴしゃりと言われて言葉を詰まらせた女王に代わり、軽く手を上げたのは生徒会長になるかもしれなかった一年、一色いろは。つか、なんでお前も居るの。
「いえほら、やっぱりこう、あれですよ。自然にチョコレートとか渡したいじゃないですかー。あ、最低限の努力ならしてますよ? サッカー部でマネージャーしながら、葉山先輩の情報を集めたりとか」
「そのまま自分の力だけで進もう、とは思わないのね……」
「そりゃもちろんです、だって確実にいきたいですし。というか、まさか情報収集の途中で退部されるとは思ってもみませんでした」
一色の言葉に、一同硬直。
特に翔がばつが悪そうに頭を掻いていた。
「あ、あのー……一色……ちゃん? っつったっけ? あのさぁ、それヤバイ系のものの考え方だわ……」
「え? なんでですか? っていうかあなた誰でしたっけ」
「ちょ、そりゃないっしょー……戸部、戸部翔。ちゃんと生徒会役員で、奉仕部だから」
「へー」
「おふぅ……ひどい棒返事を見て聞いた……」
「それで、ヤバイってなんでですか?」
悪びれもせず、一色は翔に先を促す。
なんでって、本気で解ってないからこの手の依頼は怖い。
「いやほら、失敗しないように、なんて誰でも願ってることだべ? 俺だって修学旅行で海老名さんに告白する時、絶対に失敗したくねぇからって奉仕部に依頼したけどさ。俺はそれでよくても、周囲はせっかくの修学旅行に余計な仕事を割り込まされたのよ。そのくせ、自分じゃ結局、呼び出された人に告白するだけだったっつーか……それも八幡が居なけりゃ成功もしなかった。……な、一色ちゃん。色恋沙汰は、自分で立ち向かわなきゃだろ。サポートの仕方が悪かったとか逃げ道用意してるようじゃ、気持ちなんて絶対に伝わらねぇと思う」
「………でも。そうはいいますけど。少しでも確率を上げたいって思うのって、そんなに悪いことですか?」
「悪いことじゃねぇべ。ただ、やり方の問題っつーか……あー……悪い、上手く言葉が出てこないわぁ……」
「努力の幅の問題、ということよ、一色さん。あなたは私達が提案する、たとえば葉山くんが先日に出したような案を実行するとして、案以上の努力をするのかしら。それとも案通りに実行、上手くいかなければ全てを奉仕部の所為にするの?」
「え、いえいえいえっ! そんなことしませんよー! ことお菓子に関することで言えば、わたしは誰に手伝ってもらわなくても、いいものが作れる自信がありますしっ!《ちらり》」
「あ?」
「ひぃっ!?」
言葉のあとに、ちらりと隣の三浦さんを見るあたり、なるほど、確かに自信はあるようだ。
でもやめて、あまりその女王様のことをつっつかないであげて。
「ていうか、ですよ? その。葉山先輩が案を出したって、どういう案で───」
少し震える声で一色が話題を逸らそうとすると、そこに聞こえてくるノックの音。
雪ノ下が「どうぞ」と応えると、隼人が入ってきた。
「隼人……」
「悪い、遅くなった。サッカー部の顧問に捕まってて」
「そう。もう始めているけれど……そうね、比企谷くん、説明を」
「え? 俺?」
「由比ヶ浜さんといちゃいちゃしている余裕があるのなら、出来るでしょう?」
「お、おう」
なんかごめんなさい。