どこにでもあるようなガハマさんとヒッキーのお話 作:凍傷(ぜろくろ)
緊急、ということで、結局バレンタインイベントは開催された。
いろいろと悶着はあったものの、どうせならばとクリスマスイベントの時のように海浜高校と合同でのイベントとして、またコミュニティーセンターを借りて。
なにをするのかといえば、子供にも教えられる、今さら人には訊けない手作りチョコ講座~みたいなものをやってみたわけで。
ちなみに結構オープンに呼びかけたから、どこぞの小学校の子も混ざってきていたりする。
「あ……ゾンビの人」
「……よう、ルミルミ」
「それキモいからやめて」
おーいみんなー、小学生にキモいって言われる高校生が居るぞー。……俺だった。
いやちょっと待て、伊達眼鏡を取った俺ならまだ解るが、この状態で…………いやまあいきなり人にルミルミ言われりゃキモいか。
少し知り合った程度の人に、いきなりハチハチとか言われるようなもんだうおおこりゃキモいまさにキモい。
……でも、結衣にならちょっと呼ばれてみたいかも……って落ち着け、今まさに俺がキモい。
「……悪い、確かにキモかった」
「……ん。じゃあ」
「ん? おう」
「うん」
「………」
「………」
「……?」
「ん」
「ん?」
「………」
「………」
「名前、呼んでってば。そんなことも解らないの?」
「お前俺にどれほどのコミュ力求めてんの……」
そりゃ、結衣と出会ってからというもの、数倍以上はコミュ力上がってるとは思うけど。
でもまあ呼んでくれというのなら…………いや、いいのか?
「……ちょっと訊きたいんだけどな。俺に名前で呼ばれて嬉しいか?」
「なに? それ」
「いや……俺にさ、名前で呼んでくれって言ってくるやつが居るんだ。お前は……留美、はどうだ? こう見えて、中学までひどいぼっちだった俺だ。お前が言うように、キモいキモい言われながら学園生活ってのを過ごしてきた。……不思議なんだよ。キモいって言ってるのに、どうして名前で呼んでくれって言えるのかって」
「……。そんなの。行動がキモいだけで、はち……八幡、には……感謝してるから。だから、呼んで欲しいって思うだけ。言いたいこと言える人が居るって、それだけで……すごく楽だし」
「───……」
そりゃそうだ。
俺だって、今の奉仕部との関係がひどく心地良い。
馬鹿話も言い合えて、多少キツいことを言っても言われても、腹も立たない。
狎れ合いはいらないって気持ちは今も変わらないのに、今のこの関係がただの狎れ合いだなんてちっとも思えない。
じゃあ、なんなんだって訊かれたら───今こそ、俺はその関係をこう呼ぶのだ。そういうのが“友達”っていうものなんだろ、って。
簡単に壊れるならそれは知り合いだ。
無駄に庇い合って潰れて合っていくだけなら、それは狎れ合いでしかない。
支え合って、目指し合って、一緒に成長していける。
目指すなにかに過剰に心配して足を引っ張るんじゃなく、それを目指すには何が必要なのかを調べ尽くして、背中を押していけるような……そんな、なにかを……俺は。
「……そっか。呼んで、よかったんだな」
「当たり前。本人がいいって言ってるのに、なんで八幡が迷ってるの?」
「呼んだ途端に“うわ本当に呼んだよやだキモい”とか言われそうだろ? 少なくとも、俺が小学の時にはそういう性質の悪いからかいとイジメがあったんだよ」
「…………めんどくさいよね、人って。みんな、ガキばっか」
「……だな。俺も、こんなことで迷ってるようじゃ、まだまだガキだよ」
「……私が八幡くらいになったら、もっと大人になってる」
「そか。じゃあ、お前の未来は眩しいな」
「友達は居ないけどね。でも、中学になったら───」
「……。だな。一緒に上がってくるイジメ馬鹿が居ても、そいつじゃなくてお前を信じる“友達”を作れ。そうすりゃ、お前の未来はきっと眩しいから」
「………」
そんなの見つかりっこない、とか思っているんだろうか。
自分の立場で考えてみても、軽はずみな提案だとしか思えない。
それでも……だよな。眩しいって信じてるなら、それが最後でいいって覚悟でも振り絞らなきゃ、なにも掴み取れない。
俺はたまたま成功しただけかもしれない。
小学生にこんなことを、なんて考えれば残酷なことこの上ないけど。でも。でもさ。
“あたたかい世界”が欲しいって思う心に、小学生だとか高校生だとか、子供だとか大人だとか……そんなの、関係ない筈だから。
求めたっていいんだ。望んだっていい。
ただ、そこに辿り着くための努力を忘れなければ。
努力の全てが報われるわけじゃない。そんなことは解ってる。
ぼっちを経験したなら、誰だって解ることだ。
「……八幡」
「ん?」
「……チョコ、作り方教えて」
「おう」
でも、だ。
最低限の努力だけは、忘れちゃならないんだ。
人と関わらずに生きていけたら最高だな、なんて思っていたって、親っていう人間の脛をかじらなきゃ生きていけない。
孤独なまま生きたくても、世界はいつだって数が少ないものに厳しく出来ているから。
だから、そんななにかに抗えるくらいには。
強くあろう。
せめて、自分の傍に居たいって思ってくれる人と、馬鹿みたいに笑える青春を続けていけるくらいには。
……。
チョコ制作における講師は雪ノ下が勤め、見事にこれを捌ききった。
俺も溶かして流してくらいなら余裕で教えられる! なんて気取ってみたが、留美と一緒に固まらないチョコを前にして首を傾げてしまった。
「ヒッキー……湯煎って、チョコに水をかけて沸騰させて溶かすんじゃないんだよ……?」
「!?」
そして結衣に料理のことでツッコまれ、とてもショックだった俺が居た。
い、いや、知ってたんだぞ!? これでも俺、去年の今頃にはキミにチョコ渡してたんだから! ただちょっとし手違いからずるずると“やっちまった”だけで……いえはい、失敗は失敗ですよねごめんなさい。
つまりものの見事に失敗したわけだが───
「……っ……ふっ……ぷっ、あははっ……あははははっ! は、はちまっ……あんなに自信たっぷりだったのにっ……あはははは!」
「…………」
留美は、それはもう楽しそうだった。
さて、ここでラノベなどなら頭を撫でたりするが、それはNGだ。
相手が笑っているなら、笑わせておいてやればいい。
このお年頃にとって、ただ笑うだけってのがどれほど心の栄養になることか。
え? 俺? なにかの物真似とかひとりでやって、ニヤニヤしておりましたが?
……だめだな俺、当時の俺の未来、てんで眩しさがねぇよ。
ともあれ。
バレンタイン前日のバレンタインイベントはきちんと進行して、海浜側にも随分とお礼を言われた。小学校側からもだが。
中には園児も混ざっていたが、その子が以前、依頼で会った川なんとかさんの妹であることが解り、少し話した。
なんでも結衣に相談があったそうで、そこから雪ノ下に伝わり、じゃあ、と。いや、よく解らないか。バレンタインってことで、幼稚園児もおませさんになりたいお年頃だったんだろう。
作ってみたいと姉に言ったそうで、そんな時に奉仕部でバレンタインのイベントをやるって話をどっかから得て、園児でも平気かと話を通して、とのことらしい。
「よし、っと。じゃああとは片づけて帰るだけか」
「そうね。ああ葉山くん、三浦さん、あなたたちは先に帰ってくれていいわ。ここの片づけは私達がやるから」
「え……い、いや、そういうわけにも」
「いーから行け、あほ。他人に時間を使う暇はないんだろ? だったら……しっかり選んで、自分の青春、掴んでこい」
「……八幡」
「そうそう、思いっきり応援してやりたいところだけどさー、やっぱこういうのって本人が頑張ってこそでしょぉ! そんで、今まで振ってきた相手の気持ちもちょっとは受け止めてやると……いんじゃね? きらーん♪」
「……はは、そうだな。解った、行ってくるよ。……行こう、優美子」
「あ……う、うん」
促せば、隼人は頭を下げてチョコ教室をあとにした。
当然三浦さんも一緒。
あまったるい空気が場を支配する中で、なんでか少しの緊張を抱きながら、俺達は片づけを続けた。
「……八幡。上手くいくかな」
心配だったのか、彩加がぽしょりと呟く。
「解らん。でもまあ、悪い結果には……ならないんじゃないか?」
「うん……そうだね」
にこりと笑ってくれる。
やだ、とつかわいい。
ああいやいや、落ち着け、隼人もそうだけど、俺もだ。
これから結衣に、自分が作ったチョコレートを……
「……《チラッ》」
「……《チラッ》」
『!!』
片づけが終わり、いざ、と視線を向けると、結衣も丁度俺を見て、視線がぶつかる。
同時に顔が赤くなって、おそらく俺も相当赤くて。
ああくそ、好きって感情って上限とかないの? 好きすぎてヤバいんだけど俺。なにがやばいって、ヤバイがヤバい。
「ゆ……結衣」
「う、うん……ヒッキー……」
近づいて、手が届くところで止まって、どこの乙女だってくらい顔をチリチリと熱くさせて、背中側に隠したチョコの感触を確かめる。
包装も丁寧にやって、紙を折るたびに心を込めた。
リボンなんて初めて巻いたが、そんなものにまで、心から。
あなたが好きです。
俺と付き合ってください。
何度言ったって、何度届けたって足りない。
相手も同じ気持ちであることが嬉しくて、初めてでもないのにガッチガチに緊張して、奉仕部のみんなが見守る中、チョコレートを差し出した。
「あ、あのっ、だな……その。きき緊張して、湯煎の仕方から間違えたりもしたが、作り直したし……う、上手く出来てるって……思うんだ。よよよよかったら……受け取って、ほしい……っていうか……その……!」
「おーい、八幡ー? そこで“ていうか”は余計じゃねー?」
「ききき緊張してるんだからしょうがないだろっ! だ、だから、つまり、つまるところ、その、ええと……! ~~…………あっ……あなたが、好きです……! これからも、俺と一緒に……!」
「………」
真っ赤な顔であろう俺を真っ直ぐに見て、結衣は顔を真っ赤にしながらくすぐったそうに、顔が緩んでしまって仕方ないって言うみたいに、ほにゃりと頬を緩ませた。
そして手を伸ばし、俺のチョコを受け取ってくれる。
「は、はい……あたしも好き、大好き……。え、えとあのっ、よかっ……よかったら、あたしのも……受け取ってください。あ、えと、去年みたくなりたくなくて、頑張ったんだ。ゆきのんにも手伝ってもらったり、料理の本とか調べたりして」
「~……結衣……《じぃいいん……!》」
「たぶん、美味しく出来てると思うから……だから」
「あ、う、うんっ、じゃなくておうっ、ああぁあああありっ、ありが、とう……! 嬉しい……ほんと、嬉しい……!」
チョコを受け取って、お互い見つめ合って、恥ずかしくて、照れくさくて。
チョコを持つ手とは逆の手を伸ばして、伸ばされて、繋いで、繋ぎ合わせて、絡めて……やがて、にっこりと微笑んで、もう一度好きですを届けた。
「……はぁ。相変わらず虫歯になりそうなくらい甘いわね……」
「あー、俺も恋人同士になった瞬間とか見たかったわー」
「あはは、きっと今よりもくすぐったい感じがすごかったんだろうね」
「然り然り。我もなにかきっかけがあればモテたりとか……」
「よっちゃんはあれでしょー、まずは痩せてからじゃね? 化けると思うのよねー、よっちゃん」
「え? マジで?」
「マジもマジマジぃ! こうあのー……金田一少年の事件簿のキンダニくんとかさぁ」
「おお……お? いやあのちょっと待って戸部氏、それちょっと微妙じゃない? 我、どっちかっていうと錬金術のほうのニーサンとかが……」
「ま、なにはともあれまずは痩せなきゃだべ! 最近はジョギングもついてこれてるし、ここは継続して痩せなきゃもったいねーべ!」
「いや、小説家になったほうがモテない? そしてアニメ化して声優さんとつながりを持って……」
「……甘いぜよっちゃん。どうせ声優さんと一緒になるのなら! 周囲が認めて羨むよっちゃんになってからのほうが胸張れるってもんでしょー!」
「《ガカァアアン!!》───! そ、その時我に、電流走る……!」
片づけも終わって、あとは帰るだけって時に、随分と賑やかな自分の周囲。
材木座の目はやる気スイッチが押されたみたいにやる気に満ちていて、まあ動機はあれだけど……気持ちが解るからなんとも言えない。
中学になれば彼女が、とか、高校になれば彼女が、とか考えてたっけ。懐かしい。
そんな俺なのに、今ではとても大事な人が傍に居てくれる。
友達も含めたそれらが居る世界が、今はこんなにも……あたたかい。
「……行くか」
「うん」
どうしても緩んでしまう顔を隠しもせずに言う。
すると結衣も笑ってくれて、それが嬉しくて、恥ずかしくて。
「って! いうかですよ!」
『え?』
……そんな状況が、一色の声でどかーんと破壊された。
「どーして言ってくれなかったんですかー、葉山先輩と三浦先輩が、もうなんというか見てるだけでもやもやする恋人一歩手前状態だったって! もっと早く知ってれば、用意したチョコとか無駄にならずに済みましたよー!?」
「………」
ああ、まあ、そうね。
ていうかだ。うん。
「そうは言っても、一色? お前って“みんなの人気者”の葉山が欲しかっただけだろ?」
「っ、……え? なな、なに言ってんですか、わたし、そんな……え?」
「あちゃー……八幡、これ本人が気づいてない系のパターンだわー……。えーっとなんつったっけ? い、いろはす?」
「うわなにいきなり人のことあだ名で呼んでんですかキモいですやめてくださいごめんなさい」
「ちょっ、ひどくね!?」
「だ、大体わたしが、人気取りのために葉山先輩に、とか……」
「……。そうね。なら一色さん? サッカー部のエースという肩書きを捨てた葉山くんに、あなたはなにかしらの興味を引かれる? 容姿以外で、みんなの期待に応えなくなったあの葉山くんを見て」
「それはっ…………それは……」
「もし葉山くんを彼氏に出来たとして、あなたが彼を自慢するその内容はなにかしら。よく考えてみて」
「………」
「まあそれはそれとしてだべ! これから奉仕部全員でサイゼ行くんだけどー……いろはすも来る?」
「え? でも……」
躊躇する一色は、出入り口の方をちらりと見つめ───ああ、なるほど。
「……隼人なら今、無事恋仲になったって連絡が来たぞ」
「えぇええっ!? そんな簡単にっ!?」
「まあほら、アレだよ。ただの憧れだったってんなら、ちゃんとした恋をしてみりゃいいだろ。俺なんかアレだぞ、中学時代に気になった女子に声をかけて、その悉くを失恋してるから。それも結局、誰かを好きになった自分が格好いいとか、俺青春してるじゃんやべぇとか、そんな不純なもんだったに違いないんだ。……一色、お前が隼人とのことで本当に真剣だったっていうなら……すまん、本気で謝る。けど、そうじゃなかったなら……それはだめだ。“偽物でもいいから”じゃ……絶対に後悔するから」
「……先輩……」
「だ、だからほら、その……アレな。嫌なことは飯食って忘れるに限るだろ? な? なんだったらそのー……お前の分とかおごってやってもいいし」
「………」
ぽかん。
そんな擬音が絶対に似合う顔で、一色は固まっていた。
けれどやがて、くすくすと笑い出すと……目元をグイッと拭って、「じゃあ遠慮しませんからっ!」なんて言って、笑ったのだ。
「あー、いろはすいいなー、おごりいいなー。俺も友達におごられるとか憧れるわー……ちらり?」
「え? あ……えっと、あ、い、いいなー、一色さん、八幡におごってもらっていいなー。……ち、ちらり?」
「いやおいちょっと? おごらないからね? お前達はちゃんと自分で払ってくれよ……」
「ゴラムゴラム! 目の前に釣り針があるというのに、釣られないなどもったいないであろう! というわけで我も便乗しよう……ごちになります!」
「暑っ苦しいよお前は……───あ、いや」
「はぽん? ……八幡?」
「その。……義輝?」
「うぶるふぁあっ!?《ポッ》……ばっ……馬鹿な! ……デレた!? 八幡がデレた!?」
「だぁ! やっぱなんでもねぇ! 行くぞ結衣!」
「あははっ、うんっ!」
「ねぇどんな気分? 我の名前呼んでどんな気分? どうなのねぇ八幡ねぇねぇねぇ!」
「ああもううるせぇ!」
真っ赤であろう顔を隠しもしないで、結衣の手を引いて歩きだす。
ああほんと、アレな。青春ってやつはこれだから。
「……つつくと案外面白いんですね、先輩って」
「そうね。きちんと自分自身で真っ直ぐにぶつかってきてくれるから、そこは私たちも評価しているわ。いえ、その……評価、とは違うわね。……一緒に居て楽なのよね、きっと」
「そんなもんですかー……」
「ええ、そんなものでいいのよ。私達の関係は」
───こののち。
サイゼでリーズナブルな会食をと考えていたのに、なにを思ったのか一色が「カラオケ、付き合ってください!」なんて言い出した。
もの食うだけの方がよくない? とか言える雰囲気でもなく、やっぱこう、叫んだほうが紛れるのかしら、と受け入れた。
……ああ。しっかりと一色の分、俺持ちでな。
もちろん俺も元を取らなければって思い切り歌いまくった。
結衣と付き合うようになってから、聞く歌の幅も広くなったし、それを片っ端から歌うつもりで。
「ぶるあぁあああっ!! 我の歌を聞けぇえええいっ!!」
ざ……義輝、は。まあ予想通り、終始アニソンばかり。
けれどラノベを中心に、互いの趣味の範囲を分かち合った俺達は、その歌がなんなのかをもう理解できるレベルで、このメンバーで来たにもかかわらず、アニソンで大いに盛り上がることが出来た。
「八幡~、これ歌ってみ? これこれ」
「HAPPY? 懐かしいな、BUMPか」
「いんや~、八幡に合うと思うのよねー、これ。んでさぁ《ぽしょぽしょ》」
「……まじか」
「や、もちろん八幡が嫌なら嫌で、それでいいべ。ただ、いっちょ聞いてみてぇなーって思ってさぁ」
「………」
考えてみる。
これの歌詞に込められた想いや言葉の価値。
俺が歌ったとして、キモいことにならないかなぁとか、まあそんなことを。
でもさ、アレですよ。結衣がさっきから目をきらきら輝かせて待機してるから、歌わないわけにもいかなかった。
なので、歌うなら全力で。
いやまあこれでも? カラオケは地味~に経験がありますから? 登録とかももう迷いませんし?
っつーか、結衣が用事で付き合えない日とかは、翔とか彩加とかとこうしてオケったりしてますし。
で、さっきぽしょられたのが、アレ歌ってみねぇ? っていう誘い。
アレっていうのが……ほら、アレだ。
青春ってものをようやく味わってるんだから、そんな青春を歌ってみるべ、なんて翔にそそのかされて始めた替え歌だったわけだが。
やがて、歌う。
入院したこととか、強くなかった自分を思っては、歌に込めるようにしっかりと。
この歌はハッピーバースデーを言葉に出して歌うが、俺にとっての今日のこれは誕生日おめでとうではない。
ただ、翔に言われたように……感謝と、これからもよろしくと、なにより───
産まれてきてくれてありがとう、を。
出会ってくれてありがとう。
好きになってくれてありがとう。
そんな想いの全てを歌に込めて、結衣にだけじゃない、一緒に歩いてくれる友達にも、心からの“産まれてきてくれてありがとう”を。
悲しみはいつか消える。喜びだってきっとそう。
でも、産まれなければ、出会わなければ、それすら始められないから。
心を込めて、ひとつひとつにありがとうを───これまでの自分を思い返しながら、歌った。
あの日の病室で手を伸ばしたのは、俺にとっての続きを歩くか全てを諦めるかの分かれ道だった。
怖いことだらけで、偽物でもいいからと伸ばした手を、握ってくれる人が居た。
そうして続きを進んでみれば、手探りのことばかりで、知らないことに恐怖して、それでも嬉しくて。
そんな続きにこそ勇気をもらって、俺は───
どうせいつか終わる旅を、僕と一緒に歌おう
───俺は。今、こんな賑やかな青春の中に居る。
嘘であり悪だとつっぱねるだけなら簡単で、でも……進んでみれば、案外楽しく眩しい、あたたかいせかいに。
「ウェーーーイ!! 八幡ウェーーーイ!!」
「すごいよ八幡! 僕、僕っ……ちょっと泣けてきちゃった……!」
「馬鹿な……! な、なんなの? 現実でツンデレにトゥンクしちゃうとか、そんなことあるわけないって思ってたのに……我の心がなにかに満たされ───溢れ出よるわ!」
「すっ……すごい、な……! こんなに心に沁みるような歌、初めて聞いた……!」
歌い切ってみれば、男子からは拍手を。
隼人でさえ驚いた顔をして、拍手をくれる。
……ちなみに結衣はといえば、俺の腰に抱き着いて離れてくれません。
ええはい、やっぱりなにより結衣に向けて気持ちを込めたから、なんか伝わり方がすごかったみたい。
雪ノ下と三浦さんは……呆然としたまま、ぱち、ぱち……と拍手をくれる。
驚いてくれているらしい。なんかちょっと、勝てたって気分で嬉しい。いや、勝ち負けの問題じゃないんだが。
で……一色は。
「………」
あれ!? なんか泣いてるんですけど!? いやちょ、なんで!?
「あ……あー、なんかこう、ぐっときちゃいましたー……。だめですねーわたし。なんか、なんかもう……自覚させられたっていうか……。そうです、よね。偽物じゃ絶対に後悔します。わたしは、それが───」
ぐい、と涙を拭って、あははと笑うと、もう一本のマイクを手に取って、流れた曲を歌い出した。
なにかしらのラブソングだった。
その途中、一色は隼人に真っ直ぐに告白をして…………振られたのだ。
「はい! これでもう悩みとか無しです! 一色いろは、きちんと自分に正直に生きていきます!」
「いろはちゃん……」
「というわけで先輩! またなんか歌ってください! 心がいっぱいになるなにかがいいです! なんでしたらまたHAPPYでいいですから!」
「い、いや、またあれを歌えとか、恥ずかしいだろが……!」
やめて? どんだけ心込めたと思ってんの。
そう言ってるのに、一色は俺を上目遣い&涙目で見上げてきて……や、やだ、ちょっとトゥンクしちゃう。でも腰に抱き着いてる結衣が、ぎゅーってしてきたからそんなもんは吹き飛んだ。
「んじゃ八幡、あれでいいっしょ。青春、笑い飛ばしちゃうべ」
「え……まじでやんの? 俺めちゃくちゃ恥ずかしいんですけど」
「だいじょぶじょぶー! 俺も一緒に自分の黒歴史とかの思い出を込めて、合いの手とかやっちゃうからー!」
「うん! 僕も!」
「ふふぅんむ! 当然我もである!」
男子勢がめちゃくちゃ楽しそう。俺もそっち側にいきたいくらい。
でもまあ……いいんじゃねぇの? これが青春だって自分で認められたんなら……そんな17の日々を、精々笑い飛ばそう。
「んーじゃあレッツゴー!」
翔が合図を出すのと同時にイントロが流れ、やがて歌い出す。
ちょっと馬鹿っぽく歌うのがコツ、というが、俺達はあえて全力で心を込めて歌う。
「まるでぇ僕らのぉ~! 青春はっ! コメディーみったぁーーいに~っ!」
「転んで泣いてー、怪我だらけ~!」
「新しい自分目指ぁーーーしてぇーーーっ!」
「わくわくすることー! 目の前にー! やぁーあってぇーーーこいー!」
「誰もが普通にやぁっているっ! みったぁーーーいにぃーーーっ!」
「ウェーーーイ!!」
「笑いたいんだー!」
「あははっ……せぇのっ!」
『青春っ! 17ぁっ! ワロォオッスッ!!』
合いの手っていっても、翔はウェイウェイ言ったり歌ったり。
彩加はせぇのと合図してくれたり、義輝は暑苦しいまでに全力で歌ったり。
でも……まあ、笑い飛ばすのが青春なら、これくらいの方が……俺達には合っていた。
ワロスワロスと歌って、女子連中がぽかんとしていても、気持ちだけは忘れずに込める。
言ってしまえば黒歴史を込めた替え歌で、とても、とてぇええも恥ずかしいが……歌ってしまえば楽しいのだ。笑ってしまうくらい。
隼人も歌だけは知っているのか、ワロスの部分は苦笑しながらも叫ぶように歌ってくれた。
そんな五人で肩を組むようにして、まるで酔っ払いのおっさんどものように青春を歌った。
ちなみにこの歌に共感を覚えてくれたのは彩加と義輝。
容姿のこともあってか男子にも女子にも距離を取られていた彩加と、中二病を受け入れてくれる理解者が居なかった義輝。
そんな二人と、きちんとノリを汲んでくれる翔とで歌い、なんかもうすっかり歌詞とか覚えられてしまった。
「ぼさぼさ頭っ、コミュ障で~」
「コミュ障で~♪」
「上手に話も出来なくてー」
「できなくてー♪」
「人生の中身の妄想と~」
「妄想と?」
「意味不な自信だけあぁってー」
「然り然り!」
「やがて“やさしい人”に出会ぁて~、勇気を出して告ったらー♪」
「こくったの?」
「キモがられ引かれたその後にー、言い触らされてて泣いたー♪」
『あー……』
「笑い話~にされたままー、みじめな日々は続いて~……濁って腐った目とともにー、期待するのをやめましょう~」
諦めようとすれば諦められたことがある。
それでも、伸ばした手を偽物から始めるのは辛くて、そんな手を偽物は嫌だからと握ってくれた人が居て。
「まるでぇ僕らのー! 青春はっ! コメディーみったぁーーーいにーーーっ!」
「笑われけなされ嘆いてもー、変わらない自分目指ぁーーしてぇーーーっ!」
変わらない自分を、目指そうとは思った。
そのたびに、俺の傍まで来て手を引いてくれる人が居て。
「ドキドキすることー! この胸にー! やーぁってぇーーーこいーーーっ!」
「子供が無邪気に駆け抜けるっ! みぃーーたぁーーーいにぃーーーっ!!」
「ウェーーーイ!!」
「はしゃぎたいんだぁーーーっ!」
「せぇのっ!」
『青春っ! 17ぁっ! ワッロォーーース!!』
ワロスワロス。
叫ぶたび、歌うたびに楽しくなって、歌詞は解らなくても結衣も手拍子をして聞いてくれている。
普通なら望むこともなく手に入る日常を、望まなきゃ手に入れられもしなかった、馬鹿なぼっちの青春を。
「10年経ってー! 夢をー忘れぇてー!」
「20年経ってー! 涙ーを拭ってー!」
「30年経ってー! いつかーを想ってぇもー!」
「うつーーーむぅかーーーずにぃーーーっ!! ゆけーーーーっ!!」
間奏。
ウッ・ハッではなくウェイウェイ言ってる翔と一緒に、俺も彩加も義輝も、ウェイウェイ言って盛り上がる。
「俯いたキミよー……どうか一つ。忘~れぇなぁ~いでー……」
あたたかいせかいがあることを知っている。
そのせかいに感謝しながら、心を込めて。
「滲んだ目で見る世界にもー……あたーたーかい場所はぁーーーあるぅっ!!」
さあ、叫ぼう。
謳って歌うと書いて、謳歌する。
肩を組み、ありがとうを伝えるために。
「まるでぇー僕らのぉおーーーっ!! 青春はぁっ! こめでぃぃいみったぁああいにぃいいっ!!」
「知らない不安に怯えてもー!」
「見えない
「溢れる笑顔よぉーーーっ! 俺達にぃっ! やぁーーーあってぇえええこいぃいいっ!!」
「僕らが
「ウェーーーイ!!」
「笑いたいんだーーーっ!!」
「せぇのっ!」
『青春んんっ! 17ぁっ! ワロォーーース!!』
隠すことなどなにもなく。
「ワッロォーーース! ワローーース!!」
ただ、思っている気持ちを全部伝えたくて、歌った。
「ワロォース! ワロォーーースッ!」
ありがとうも嬉しいも、幸せも楽しいも。
「ワッロォーース! ワロォオオオオ~~~スッ!!」
ワロスを叫び、青春を笑い飛ばして、女子連中に手招きをして、最後に全員一緒に、思い切り笑い飛ばした。
『うぉういぇええええーーーーーいっ!!』
17の青春も、あと何ヶ月かで終わりを迎える。
その前に、盛大に笑って泣いて、青春するのもいいのだろう。
今まで出来るだなんて思いもしなかった、ひとりぼっちの世界はもうない。
手を繋いで、手探りで歩いてきた青春に、ただ感謝を。
「あたたかい場所……そっか。わたしは……」
歌の余韻の中、騒ぐ翔の声に紛れるように、一色の声が聞こえた。
呟かれた言葉がなんだったのか、聞こえなかったが……その顔は、どこかすっきりしている。
「ヒッキーずるい! 隠れてあんな歌作って! あ、あたしも呼んでくれたらよかったのに!」
「いや、お前が用事あるって時にやってたんだから無茶だろそれ……」
「う、うー! うー! でも、でも……!」
「比企谷くん。その……今のは替え歌、なのよね? あなたの人生経験から来る」
「うぐっ……まあ、そだな」
「そ、そう。なら、その……あたたかい場所、というのは……」
「ぐぅっ……~……いやそれ、改めて訊くとかやめろよ……」
「……ふふっ、そうね。では勝手に受け取っておくわ。……産まれてきてくれてありがとう、比企谷くん」
「ぐっは!? な、なんで……!」
「べつに。言葉にはしなくても、そう言われている気がしただけよ。歌っている最中、ずうっと」
「そ……そか」
真正面から言われると、めちゃくちゃ恥ずかしい。
なので結衣を愛でた。誤魔化すように愛でた。……そしたら甘えられて、こっちの方が恥ずかしかった。
「おかしな関係よね。骨折して入院、なんてことがあっても、こうして話していられる」
「べつに、ただそういう関係だったってだけなら、こんな関係にはならんだろ。せいぜい、廊下ですれ違うかどうかって話じゃないか?」
「そうね。私、あなたのことなんて知らなかったもの」
「あーそうな。知らないどころか、自分に告白するつもりなんじゃ、とか考えてたしな」
「うっ……あ、あれは……!」
「でもまあ、あんな出会いだろうが知るきっかけだったんだってこったろ。あの時はただの騒がしい闖入者だった俺達でも、今はお前を知ってる」
「そう……ね。ふふっ……ええ、そうね」
雪ノ下は嬉しそうに笑った。笑って、なにかを呟いた。
「……わかる、というのは……こういうことなのね」
カラオケ特有の騒がしさの中、その呟きは俺には届かなかったが───まあその、なに? 嬉しそうに笑ってるんだから、いいんじゃないの? ごめんなさい聞いてませんでしたとか言える雰囲気じゃないし。むしろ聞こえなかっただけだし。
「ゆきのんゆきのんっ! 次デュエットしよ!」
「ええ。曲は私が決めてもいいかしら」
「えっ!? あ……う、うんっ!」
なんかいきなり上機嫌だぞこいつ。
結衣にゆきのん言われても咎めないし、楽しそうに曲を選び始めた。
(まあ、これも……)
変化なのかね。
そう思いながら、これからのこの関係を想像してみた。
なにをすれば仲がいいままでいられるだろう、なんてことは考えない。
ぶつかる時は遠慮なくぶつかればいいと、そう結論づけているからだ。
結局、絶えることなくって勢いで全員が歌いまくり、やがて解散。
生徒会役員が学校帰りにカラオケで夜までとか、まあなんとも無茶をした。
しかしながら、偶然カラオケで遭遇したぼっちカラオケ中だった平塚先生は、むしろ燥いでいた雪ノ下を見て嬉しそうにしてたけど。
……え? いや、どうして一人なのか、とか、怖くて訊けねぇよ。
なので黙して見送った。口外するなよって言われたし、うん、俺はなにも見なかった。
ただまあそのー……誰か早くもらってあげて、ほんと。