どこにでもあるようなガハマさんとヒッキーのお話 作:凍傷(ぜろくろ)
さて。
二月も残すところ十日余りといったところ。
そんな何気ない日に、結衣がぽしょりと呟いた。
「……予算が余ってる」
生徒会室の一角。
会計でもないのに、副会長様が予算チェックをしだしたのがきっかけといえばきっかけ。
いや、雑用やってた俺を手伝ってくれたのがそもそもだったんだが。
副会長様やさしい。でもぽしょりと呟かれた言葉に、雪ノ下がぴくんと反応した気がするのは気の所為?
「え? マジで? それってばもったいなくねー?」
「えっと……僕はそういうの、知らないけど……生徒会の予算って溜めておけたりするのかな。もし出来るなら、溜めておけばいいんじゃ───」
「戸塚ちゃん良い子だわー……俺だったらそーゆーの、貯めるより使っちゃうかもだわ」
「戸部くん。これはあくまで学校側と生徒から捻出され予算なのだから、それはだめよ」
「いやいや俺の金の話だから、学校の金を勝手に使うとかないわー。ん、でも誤解される言い方だったかも……ご、ごめんなー、雪ノ下さん。あ、えーと、そんじゃあガハマっちゃん? それどーするん? やっぱ溜める?」
「うん、出来るならそうした方がいいと思う。お金ためるの、大事だし」
「いや、そういう金って残しておいても、いいことにはならなかったんじゃないか? あ、いや、もちろん金を溜めること自体はいいことだし、学校側としても助かるんだろうけど」
「はぽん? 八幡、それってばどゆこと? 我にも解るように平明に語って?」
「俺が喋った途端に、待ってましたとばかりに喋り出さないでくれ……」
生徒会奉仕部は今日も地味~に仕事中。
会長と副会長が決まっていて、他の仕事は男子で回す、みたいな状態の俺達は、もちろん会計だの書記だのの役員も決まってはいるのだが、纏める案件においての向き不向きによってころころ変わる。
会長に雪ノ下。
副会長に結衣。
書記に俺か隼人、会計に彩加と三浦さん、庶務に翔と義輝、といった感じではあるのだが、それも状況に応じてだ。まあ三浦さん、今日用事とかで居ないけど。
なんなら副会長の仕事だって、ローテでやっていると言っても過言ではないくらい。
まあもちろん、偉い人が居る場合はきちんと結衣に頑張ってもらうわけだが。
「そういうのってたしかあれだろ。予算が余ってるなら次からは削ってもいいだろって、次の予算が少なくなるってパターン」
「そうね。おそらく次からは削られるでしょうけれど……それは城廻先輩やその他の役員が上手くやりくりをしていた結果じゃないかしら」
言いつつ、なんでか俺と結衣をちらちら見る雪ノ下。
え? なに? え? なにか伝えたいことでもあるのん?
ちらりと隼人を見てみるも、かつてのリア王様でもどういうことなのかは予想がつかないらしい。
「あン……それってばさぁ、主だったイベントをやらなかった結果~とかってない? 行事はあっても細かなものとかがなかったーとかさぁ」
「えと、そうかな。あたしは……結構提案したこと通してもらって、文化祭とかも楽しかったよ?」
「そりゃ俺もかなーり楽しんだけどー……そっか、やっぱ先輩ってのはすげぇのなー。なーなー八幡ー、こりゃ俺達も負けずに楽しいことやっていくっきゃない系の衝動、バリバリじゃね?」
「あー……言いたいことは解るけど、そこで俺に振られても。それより予算の話だろ」
「っとそっかそっかー……え? それってやっぱ使ったほうがよかったりする系?」
「緊急に備え、予算は多いに越したことはないけれど……それだって削減していけばどうとでも出来ることよ。少ない予算でやれることをする。とてもいいことだと思うわ」
「節約かぁ……」と彩加がぽしょるのを耳にして、俺もうんうんと頷く。
節約、大事。
結衣が彼女になってから、ほんとお金の節約には真面目になった俺も太鼓判。
「けどそれってばあれでしょお? 今まさにお金が必要なのに! って時に“お金がありません”が一番困るアレでしょー? いやもちろん、金の管理とかは先生がするんだろうけどさー」
「ええ、一生徒にお金そのものを預けたまま、という学校はさすがにないでしょう。あるかもしれないけれど、少数ではないかしら」
言いつつ、なんかそわそわしてる生徒会長さん。
なに? 言いたいことがあるならハッキリと仰って?
なんて若干おかしな口調で考えていると、動かした視線が結衣とぶつかる。
その目も“ゆきのん、どうしたんだろ”って気になってる様子。
「は……ぽん? え? は、八幡? 生徒会って教師よりも学校を裏で操り、牛耳る組織じゃ───……金の管理も請け負ってて、部費の振り分けも生徒総会とかで部長達が集まってー、とか……」
「んなのごくごく一部だろ。全部が全部そんなわけがあるか、ラノベの見すぎだ。そもそも牛耳るとか無理だから」
ちょっとぶっきらぼうに言ってみたら結衣に睨まれた。
やめて、ちょっと乱暴に言ってみたかっただけなの。
やっぱり似合わないか、俺にそういう口調とか。いやまあ俺もちょっとなーとは思ってたけどさ。
喋りやすい方でいいよな、うん。
「でっ……では会費で遊ぶとか───」
「ない」
「経費でお菓子買ったりお茶代にしたり……!」
「生徒会役員をクビにされるわ」
「ならば予算について、部活連中が異議申し立てをしてきて熱いバトル展開! とか……」
「だから、金の管理は教師がやってるんだっての。もちろんそういうのを生徒会に丸投げしてる高校もあるけど、少なくともそれが原因でバトルなんてしたら、その場で部活動が潰れると思うぞ」
「ぬぐおっ……正論すぎてなにも言えぬ……」
「学校側からいくらか出るとはいえ、それだって一万行けばいいほうだろ。特に活動らしい活動もしてない部活には、千円出ればいい方なんじゃないか?」
「……ちなみに奉仕部は?」
「平塚先生のポケットマネー次第だ」
「泣けるっ……!」
まあ、ただし、部員は部費を払えってのもないわけだが。
とはいえ、もし仮に、俺がこの部活に無理矢理入れられたとして、それで部費払えとか言われたら、弱者なりに全力で抗う所存でございます。払いたくないでござる! 絶対に払いたくないでござる! まあふざけて言う意味ではないとしても、それで払わなきゃいけないのは本気でどうかしてるし。
その点で言えば、ディステイニィーの時に金の無心した時は、平塚先生ってば太っ腹すぎた。ほんと、なんで結婚できないんだろう。不思議だ。
俺が同年代だったらほっとかないと思うんだけどな。むしろぐいぐい引っ張ってくれて、アニメとかにも詳しくて、ラーメン好きで話も意外に合う。たばこはかなりあれだが、ほんと……相当素敵な女性だと思うんだけどなぁ。
「………」
「? ヒッキー?」
いえまあ、今で言う同年代の恋人の、きょとんと首を傾げる仕草にまた惚れている俺が居るわけですが。
困りました。彼女が可愛いんです助けないでください。
「んお……? つーかさー八幡? この余った……金? ってば、使わないとどうなんの? 溜めておけんならいいけど、センセのポケットに納まるとか?」
「来年度に持ち越せるんじゃないか? ただし、次回の生徒会費は少なく削られるって感じで」
「じゃあやっぱ使っといたほうがいんじゃね? あ、もちろん生徒のためにって方向で。うーわっ、なんか俺今超生徒会役員って感じのこと言わなかった?」
「そうだな……使わないで次の費用が削減されたら、いざお金が足りませんって時には役員から千円~一万円あたりで徴収されるかもだ」
「マジで? ちょぉ、隼人くーん、俺今金なくなるの困るわー……なにがとはいわないけど、やっぱいろいろ金かかるもんじゃん? デートとかデートとか」
「俺と結衣は基本、金はあまり使わないな……ちゃんと計画立ててこの時は使おうって決めてる」
「恋人の時から既に財布握られてるって、八幡レベル高すぎでしょー……」
「別に問題ないぞ? 小説は家にごっちゃりあるし、これといって喉から手が出るほど欲しいものがあるわけでもないし。それに計画立ててるだけであって、本当に財布を預けてるわけじゃないしな」
「ゆーてもその計画通りに動いてるんしょ? 八幡てば」
「? もちろん。めちゃくちゃ金溜まって、中学までの自分での細々したやりくりってなんだったんだろうって思うレベルだ」
デートに出ても基本は一緒に歩いたり、公園のベンチで話したりだったりする。
たまに贅沢してドーナツ頬張りながらーとか、一緒にクレープ買って、違う味を食べさせ合いして、とかもあるが、基本的に二人一緒に居られれば何処だっていいのだ。
むしろ結衣に提案して、デートスポットとして何処が一番喜ばれるか……ああいや、ちょっと違う。何処を指定すると一番嬉しそうなのかをあえて決めるとするならば、家デートだったりする。それも俺の部屋。もっと言うならベッド。
抱き合ってごろごろ、が相当気に入ったらしく、土日なんかは雨降ってるとうきうきしてるほど。
ママさんも今となっては結衣の外泊まで許してる有様で、“なんならヒッキーくんも泊まりにきなさい”なんて軽々と言ってくる。いや、もう何度か泊まったけどさ。年明けなんてめっちゃ歓迎されたしあけましてやっはろーだったけどさ。
「わあ……八幡、顔がすっごい嬉しそうに緩んでる……」
「うぬぬ、イケメンだとしても八幡は我寄りだと思ってたのに! 思っていたのにィ! 眼鏡を取ったら美人さん♪ などという昔のジャンルを飛び越して、眼鏡をつけたらイケメンリア充とか! 我にもなにかがきっかけである日突然……! とかないかしら。高校生になれば彼女が出来るとか幻想を抱いていた頃が懐かしいでござる……」
「あ、それだわ……俺もそれ思ってたわー……。いやまあ今は彼女居るけど。よっちゃん、お先?」
「あ、これ絶許だわ。我今とても震えるぞハート」
「それは翔に向かって言おうな? どうして俺に言うのかな、義輝」
「材木座くんもきっかけって言うならさ、もっともっと痩せてみるとかどうかな。マラソンでも結構頑張ってたんだし、このまま続ければ……」
「ぶひっ!? ……い、いけるであろうか戸塚氏……。こんな我でも、まだまだいけるのだろうか……!」
「小説の執筆って、動かないんでしょ? 体にもよくないし、どうせなら健康的な小説家にならなきゃ。病気がちな恋人が出来ても、ええっと……その声優の人? が寂しいんじゃないかな」
「あふぅんっ!? そ……そうだ、言われてみればそうであった……! 我は今までいったいなにを……! 声優の恋人が欲しいと言っておきながら、我は我自身のことをまるで見えていなかった……! 恋人が出来たからなんだというのだ! その後を見ずに理想だけを語っては、恋人が出来てもなにも出来ぬではないかぁーーーっ!」
「よっちゃん、ちょい静かに」
「はぽっ……おおすまぬ……」
義輝が静かになったところで、雪ノ下が話のまとめに入った。
結論。どちらにしろなにかに使うのであれば、三月頭の経費精算までに間に合わせなければならないことを考えると、今さらジタバタしたところで間に合う筈もなく。
言ってしまえばマラソン大会始まる前から準備しとかなきゃ間に合うわけなかった。
え? それでも間に合わせるとしたら?
きちんと予算を出して買う価値があるものを選んで、先生に確認を取るとかじゃない? もしくは生徒のためになるものを経費で作ってハイ経費で! って。
ちなみに後者の案の場合はまず間に合わない。なんだよ生徒のためって。なに作ればいいの? みんな喜ぶヒッキー式千葉ガイドブックとか? やだ、誰も手に取らなそう。あ、いや、結衣なら取りそう。やだもう大好き、勝手に想像してまた好きになってる自分が相当恥ずかしい。
しかしだ。
たとえばそのー……ガイドブックなりフリーペーパーなり作るにしたって、圧倒的に時間が足りない。
たとえ数ページのものをと意気込んだところで、1から本を作るというのは絶対に“こんな筈じゃなかった……!”ってくらいに大変なものなんだ。絶対後悔する。ウスという世界で異本として扱われている本でさえ、それを作るのに大変な期間が設けられていると聞く。あ、この情報は翔繋がりで海老名さんからの提供でお送りします。
ということを踏まえて。
全員で徹夜しまくって周囲も巻き込んで、それでもギリギリか、足りなすぎるレベル。
それにしたって一ヶ月は欲しいのに、既に二月の中頃と来たもんだ。
相手が相手ならただのお笑いとして受け取って、“ハハッ、ワロス”で済ませる。
現実問題を振り返ってみよう。
今月中に。
この人数で。
企画から煮詰めて載せるものを決めて。
“予算ギリギリに!”って頑張る所為でページ数が地味に増えて。
そのページを埋めるために出案。
これといったものが決まらなくて。
決まったかと思えば時間がなくて。
一応頑張ってはみるけど結局間に合わない。
そんな黄金パターン。
いやだな、こんな黄金。
「生徒会に必要で、揃えておきたいものとかないのか?」
「余った予算が中途半端なのよ。その、だ、誰かになにか、案があれば……その」
「───」
「………」
結衣が俺を見て、俺が結衣を見て。
で、雪ノ下を見て、少し思い出した。
打ち上げもどきにて、生徒会長様が語った自分の理想というもの。
勝手に想像するのなら、それは……“言わなくても解る関係”。
俺も憧れた、叶えるのが途轍もなく難しい、しかしぼっちならば高望みしてしまう存在だ。
友達にするなら自分は心から信じて、裏切られるまで裏切らず、言わなくても解るような、解ってくれるような、とても大切な存在。
思えば一色の依頼で、雪ノ下を生徒会長に推してみた時、雪ノ下は今までにないくらい嬉しそうだった。
それはたぶん、雪ノ下は生徒会長になりたくて───それを、俺達が言われなくても受け取ってくれたと思ったからなんじゃなかろうか。
「………」
「………《そわそわ……ちら? ちらちら》」
どーにもそれっぽい。
しかもなんか俺達が理解できること前提でじらされてるっぽい反応だぞぅこれ。
言ってしまえばじらしているわけではなく、今現在だって確信なんて持てちゃいない。
これでもし違っていれば義輝あたりにコポォとおかしな笑い方をされること請け合い。
だが言おう。
俺だって憧れなかったわけじゃない。むしろ憧れた。
今からでもそんな関係を目指し、そんな憧れに手が届くなら……俺は。
そう心に決めて、結衣を見つめる。
結衣はハッとした顔になって、ちらりと雪ノ下を見ると……もう一度俺を見て、こくりと頷いた。
よし。
「そうだな。今からいろいろ考えて、案を出してじゃ間に合わない。誰かがもう案を決めていて、ある程度進めてあるとかなら、協力すればいけるんじゃないか?」
無難な釣り針を垂らしてみる───と、雪ノ下の表情が“ぱああっ”て明るくなって、鞄からごそごそと書類を出してきた。
……それは、新入生用に作られた、言ってみれば学校案内の案を随分纏めたものと、それにかかる費用を書き出したようなものだった。
……。
結論。
平塚先生が「これからやるのか!? ……はっはっはっはっは! ま、また随分と青臭いことを……! ああ、いい、やれるものならやってみたまえ」と楽しくて仕方がないって顔で笑い、大変珍しいことに雪ノ下の頭をくしゃくしゃと撫でながら許可をくれた。
そうなればやらないわけにもいかず、その日の内に実行開始。
アポ無し突撃インタビューに大変驚いていた各部活動の部長様はしかし、それで部員が増えるのならとあっさりとインタビューに乗ってくれた。
インタビュー内容は既に雪ノ下によって決められていたので、必要な質問だけをして写真を撮ってハイ終了。
テニス部は生憎と部長がサボっていたため、しかも部員にもやる気が全く見られなかったため、流れた。これには戸塚が相当がっかりしていて、寂しそうだった。
サッカー部には翔が行った。やめたばっかりなのに隼人が行けるわけもなく、新部長に質問を投げて、写真を撮って終了。
ゲーム部には義輝が行ったらしい。柔道部は俺が行って、なんだかやたらと歓迎された。恥ずかしかったです、はい。
そういった感じで部活動内容は煮詰められ、次にこの周辺の良いお店などの紹介を書くため、どこがいいかの案を……と思ったが、既に雪ノ下によって書かれていた。いやどんだけ予算使いたかったの。とは言わない。ようするに全員でなにかをしたかったのだ、この生徒会長様は。しかし言い出せなくてもじもじしている内に、ここまで来てしまった。
お互いぼっち体質だと苦労しますね。
「……なぁ雪ノ下。なんかやたらと猫に関する店、多くない?」
「……《ぎくっ》」
でも一部は修正決定になった。
ああしかし人手が足りない。
なんとかならないかを平塚先生に訊いてみると、何故だか平塚先生は笑い……その後、奉仕部の戸を叩く者が。
「あ、あのー……」
「な、なにかしら。今とても忙しくて───」
「えと、入部希望なんですけどー……」
『採用!!』
「えぇええっ!?」
テレッテー! 一色いろはが仲間に加わった!
初日から超こきつかわれて泣きそうな後輩仲間が出来ました。
……。
インタビューで集めた言葉や部活動についてのPR、部長会会長のありがたーいお話や、それらを含めた軽いこの学校全体の紹介。
学校から離れた、一度は行ってほしい場所の紹介を煮詰めて、数ページに叩き込む。
あとから参加した三浦さんは「ちょ!? こんなんやってたなんて聞いてないんだけど!?」などと戸惑ってはいたものの、きちんと手伝ってくれた。
それでも時間が足りないので、やっぱり急ピッチの突貫作業。
紹介文は意外なことに義輝が猛威を振るう勢いで書き進め、どうしたものかと悩んでいたスペースもあっさり埋まった。
各名所の写真についても翔と彩加がその人懐っこさで話を通して掲載の許可を得て、「手強かったお店の人とかも戸塚ちゃんがお辞儀するだけで一発だったわ……っべー」と言っていたのは、納得は出来るけど衝撃の事実だった。
やだちょっと、あの店行きづらくなっちゃったじゃない。
わかるけど。気持ち、わかるけど。
そんなわけで雪ノ下が事前準備をしてくれていたお陰で作業は超急ピッチで進み、なんだかんだで間に合った。
「あー……今にしてすっげー思うわー。生徒会とかすごすぎでしょー……。俺ってば尊敬しちゃうわ……っべーわ……」
「うむ……もう二度とやりたくないでござる……」
「でもよかったね、なんとか終わって」
「おー、それなー。俺達めっちゃ頑張りまくりんぐだったっしょ……戸塚ちゃんも、おつかれ」
「うん、ちょっと目が回っちゃったかな」
終わってみればぐったり。
隼人がサッカー部をやめて、部長会会長も下りていたのが何気に痛かった。
隼人のコメントで1、2ページくらい埋められたかもなのに、それが出来なかったのだ、
お陰で残ったページをいかに潰すかで随分と迷った。
しかし今ではそれも終わり、俺はぐったりな結衣の隣に座りながら、肩に頭を預けてくる結衣の好きなようにさせて、まったりしていた。
「お疲れ様。お陰でやり通すことが出来たわ」
「おー! なんかめっちゃ生徒会って感じである意味新鮮だったわー!」
「だな。雪ノ下さんも妙に張り切っていたみたいだけど……なにか思い入れでもあったのかな?」
「口にするほどのことではないわ。ごめんなさい」
隼人の言葉に、どこかいたずらが成功した子供みたいな笑顔で応える雪ノ下は、随分と笑顔が増えた気がする。
まあ、それは俺も同じか。
「うう、先輩たち鬼ですよー……右も左もわからない後輩に、あんな量の仕事……」
「ってゆーか。雪ノ下さん、人使い荒すぎ。あんなの生徒のやることじゃねーし」
「あなたたちなら出来ると思っての采配よ。ありがとう、本当に助かったわ、三浦さん、一色さん」
「あう……」
「うっ……ま、まあ? またなんか困ったことあったら言えばいいし? 気が向いたら助けてあげなくも……ないってゆーか」
「ふふっ……ええ、ありがとう」
「~……なんか調子狂う」
素直にお礼とか言われたことないのかもな、三浦さん。
っつーか、雪ノ下がお礼言うのが珍しいのか? ……珍しいのか。
なんにせよ長い闘いが終わった。降って沸いたような危機だったが、なんつーの? こう成功しちゃうと、達成感っていうのか、妙な無敵感っていうのか、それが沸いてくるから困ったもんだ。
これが沸くときは大抵、その衝動を胸に動いて後悔する。
なので平静に。
恋人を抱き締めて、撫でて、まったりしていよう。
「んん……ひっきい……」
「………《ぱああ……!》」
癒される。ああ癒される、癒される。
「あの……雪ノ下先輩? あの二人、部室でもいっつもあんな感じなんですか」
「ええそうね。もはやなにを言っても無駄なレベルよ。その甘えっぷりに釣られて、甘えたい人が一人増えて、困っているくらい」
「は? なんであーしのこと見て言うわけ?」
「彼氏の腕に抱き着いてへにゃへにゃな顔で言われても怖くないわね」
「うっ……い、いーっしょべつに! こっちは今までずっと耐えてきてたんだっつーの! ……少しくらい、甘えさせろし……!」
恋する乙女は美しいとはよく言ったもので、顔真っ赤にされて怒られても……なるほど、怖くない。
「みなさん、よく今までこんな甘ったるい部室で……」
「目的が決まれば強いのよ、二人とも。ただ、暇が出来るとああして抱き合ったり見つめ合ったり……はあ」
「苦労してますねー……って、あの。わたし入部しちゃいましたけど、生徒会になるんでしょうか、それとも奉仕部になるんでしょうか」
「生徒会奉仕部よ。持つ者が持たざる者へ、慈悲を以ってこれを与える。……とは、もう言えないわね。持っているくせに気づこうともしない、努力をし尽くさない人に、これを教える。ここは、そんな場所よ。ようこそ一色さん、生徒会奉仕部へ。歓迎するわ」
「あ、い、いえいえっ、どうせやることとかありませんし。それに……《ちらり》」
? なんかちら見された。なに?
「偽物じゃない関係っていうのを、近くで見ていたいって思っちゃいましたから。だからその。青春、させてください」
全員に向き直り、一色が頭を下げた。
俺達は思い思いに声をかけて、最後によろしくを。
そうしてからは───いつものまったりタイム。
「それであのー……」
「? なにかしら」
「仕事とか、ないんですか?」
「ええ。一緒に片づけてしまったから」
「青春させてくださいよ!」
誰かが聞けば、笑ってしまうような日々は続く。
青春って名前をつけたそれは、いつかまたひどい裏切りの前に、嘘だの悪だのになるんだろうか。
まあ、その時は仕方ない。
いつか思ったように、それを最後にしてぼっちとして生きればいいのだ。
でも……どうしてだろうな。
そんな日が来たら、立ち直れる自分を想像出来ない。
それでも───その関係を守るためになにかをする、ということは、しないのだ。
することは知る努力だけ。
お互いがお互いを知って、些細なことから笑顔になって、手を繋いで、嬉しくて、幸せで。
そんな青臭い日々を送りながら───
「はい、由比ヶ浜さん。今日はレモンティーにしてみたのだけれど」
「わっ、すごい! 今日すっごくレモンな気分だったんだー! ありがとーゆきのん!」
「ふふっ……ええ、どういたしまして」
───知っているものを増やしていこう。
一部を知って、知ったつもりになるのじゃなく。
いつまでも努力を続けて、知っていって……いつかはこうして、憧れはしても諦めるしかなかった言わなくても解る関係っていうのを……。
まあでも、とりあえずはアレな。
今は目先のことに集中しておこう。
結衣からのお誘いで、実は水族園でデートすることになっている。
それを、この疲れた体へのご褒美にしながら……今は、ちょっと眠ろうか。
結衣にいいところを見せたいからって、徹夜続きとか社畜の才能ありすぎね、俺。
「ヒッキー、眠たい?」
「あ、ああ……悪い。ちょっと張り切りすぎたな」
「ううん、ヒッキーかっこよかったよ?」
「う、ぐ……《かぁあ……!》そ、そか……」
「うん。それじゃあヒッキー、はい」
言って、ぽんと膝を叩く恋人がおる。
……え?
「寝ていいよ? 下校の時間になったら起こすから」
「いや、けど」
ちらりと生徒会室に集まった仲間を見る。
その目が言う。なにを今さら、と。
ああはいそうですね今さらですねごめんなさい。
「う……その、じゃあ……」
「うん」
椅子を並べて、その膝の上にぽすんと頭を置く。
「ひゃっ……えへへぇ♪」と声をもらす結衣は、とても嬉しそうだ。
(ああ───落ち着く)
心がやすらいでいくのが解った。
警戒なんてまるで必要じゃない、こんな空気がありがたい。
眼鏡が取られ、さらり、と頭を撫でられると、くすぐったかったものの、嬉しい。結衣がもっととねだるのも解る気がした。
「…………」
すぅ、と息を吸うと、すぐに眠気に包まれる。
もっとまどろんでいたい気持ちは、すぐに安心という言葉に飲み込まれてしまった。
不安がないのはいいことだ。
他人を知って、安心して、こうまで安らげる場所に辿り着いて。
俺は……
「ん……結衣……」
「ん……なに? ヒッキー……」
「……あり、がと……な。あの時、偽物を選んでたら、俺は……」
「…………うん」
やさしくやさしく撫でられる。
もう、意識はとっくに散り散りで、口を動かしてもなにを言ったのかもわからない。
ただ、まあその。
受け入れてくれるってだけで幸福で、一緒に歩いてくれるだけで嬉しいから。
俺はまた、いつものように言うのだ。
あなたが好きです。俺と付き合ってください。
と。
いつもより心を込めて。
ちゃんと言えたかどうかは解らない。
それでも……結衣の声が聞こえたから。
……うん。あたしも、大好き。ずっと一緒に居ようね、ヒッキー。
青春の苦さとか辛さ、むず痒さを置き去りにして、今はただ甘さだけを。
最近じゃ飲まなくなったマッカンを想いつつ、俺は……他人に自分の重さを預けきるなんて、前までじゃ考えられないことをしたまま、眠りについた。
これからの未来を思い、楽しみに出来るようになった自分で。