どこにでもあるようなガハマさんとヒッキーのお話 作:凍傷(ぜろくろ)
ある日、由比ヶ浜からメールが届いた。相も変わらずスパムのような名前の表示だが、本人が打ち込んだだけに変えるのも忍びない。
「ほーん……? 三浦の誕生日ね」
内容は三浦の誕生日を祝うから、今日は奉仕部には来られない、というものだった。
「………」
カラオケBOXにでも篭って、戸部あたりがウェイウェイ騒ぎながら祝う光景が浮かぶ。
楽しそう、というよりは騒がしそうだ。
「………」
なにか返すべきだろうか。つってもいつも通り“おう”だの“了解”だの返せばいいわけだが、一応祝いの席っていうことなら、三浦が地味に喜びそうなものを送ってやるべきではなかろうか。いや、これ三浦のアドレスじゃねぇけど。
ほらアレだよアレ。由比ヶ浜なら見て見てとか言って三浦に見せたりするんじゃねぇの? で、キモいとか言うのな。……キモいの確定してんのかよ。
「…………《たしたしたし……》」
のんびりとスマフォをいじり、文字を打ち込む。
ガラケーに慣れてると、案外タッチパネル式ってめんどいよな。打ち損じとかあるし。
「ほい送信」
まあ、ともかくだ。送信した。一応誕生日ってことと、18っていういろいろな意味での大人っぽい境を意識して。いやまあ送った内容を考えるなら、女は16からなわけだが。
「あら比企谷くん、携帯をいじるだなんてあなたにもようやく友達が……いえごめんなさい。空気は友達ではなかったわね」
「おいやめろ。お前だって今しがた、いじってただろうが。由比ヶ浜だよ。俺べつに空気と友達になった覚えとかないからね? ボールが友達のウィングくんよりも人間との絆は強いつもりだからね?」
愛と勇気だけを友達と言い張って、カレーと食パンを泣かせるような子供のヒーローだって居るんだから、友達ネタで人を傷つけるの、よくない。
いや、ほんとに泣いたかどうか知らんが。
「それにしても、誕生日、ね……。由比ヶ浜さんはやさしいわね」
「あいつ友達の誕生日祝うだけで日々の金飛んでるんじゃないか……?」
「………」
「………」
「今度、思い切り祝ってあげましょう」
「だな」
紅茶をすすりつつ、平和な時を過ごした。
しかし……ハテ。そろそろ由比ヶ浜から返信があってもいいと思うんだが、一向に来ないな。
18って年齢を祝って、葉山とお幸せにって送信しただけなんだが《ガラァッ!!》
「はぁっ……はぁっ……!!」
「お……由比ヶ浜?」
「由比ヶ浜さん? 誕生日会は───」
「ヒッキぃいっ!!」
「《びくぅっ!》えひゃいっ!? お、お……おう……!? どうした……!?」
「あ、あたしと隼人くん、そんなんじゃないからね!? 今日は優美子の誕生日会だっていうから一緒に行っただけで! あたしが一緒に居たいのはヒッキーだけだから!!」
「………」
「………」
…………。
「……雪ノ下。俺、純粋って言葉の意味、すごく眩しく感じる」
「……私もよ。そして比企谷くん、あなたはただのクズね」
「いやちょっと待て! 俺はべつにおかしなメールを送信した覚えは……!」
「あなたのことだから、どうせ葉山くんとお幸せにとでも書いたのでしょう? 三浦さんへ伝えて欲しいという旨も書かずに」
「あ」
「え? ……え? ゆ、ゆきのん、それどーゆーこと?」
「その前に比企谷くん。メール好きの由比ヶ浜さんが、メールで伝えずに走って戻ってきてまで伝えてくれたのよ? あなたにはきちんと返事をする義務があると思うのだけれど」
「───」
「え? …………あっ!? あえ、えぁあっ!? うひゃあああああっ!? ちょ、わっ、やっ……あわぁああわわあたしどさくさでなに言ってぇええっ!?」
騒ぎ、真っ赤になる姿に、真実味というものを感じた。
いや、それ以前にわりと大事なことさえメールで伝えることもある由比ヶ浜が、こうして走って戻ってきてまで伝えてくれた姿に、彼女の本気と……大切なもの、という意志を感じた。
気づけば俺は立ち上がっていて、そんな俺を見ておろおろと慌てる由比ヶ浜に一歩二歩と近づき───
「好きです! 俺と付き合ってください!」
“今”浮かんだ“好き”が、かつてのトラウマの量を超えた。その結果、俺は頭を下げ、右手を由比ヶ浜に突き出し、そう叫んでいた。
「あ…………───《ぐすっ》……ひっきぃ……」
そして、その手がそっとやわらかな両手に包まれ───俺達は、恋人になった。
───……。
……。
「ウェーーーイ! ハッピーバースデーっしょー!」
「おめでとう、優美子」
「おめでとうね、優美子」
「それな」
「確かに」
「…………え? ちょ、結衣は?」
「ああ、なんか“とっても大変なことが起こっちゃったから”って言って、走っていった。優美子にはごめん、って」
「……《しゅん》」
「間に合うようなら戻るって言ってたから、ほら」
「うう……べつに泣いてねーし《ぐしゅっ……》」
(……泣かないでとか言ってないんだけどなー……)
「ああほら、ユイが注文しておいてくれた超丸焼いてある鳥が来たから。ほら優美子、ケーキの火消して」
「……ん」
そうして三浦は仲間に祝われ、楽しき誕生日を迎えたらしい。
由比ヶ浜は戻ろうとしたのだが、雪ノ下に止められ、由比ヶ浜の携帯から雪ノ下が葉山に連絡。急用が出来たので戻れないことを伝え、由比ヶ浜はおろおろしながらも俺と穏やかな時間を過ごしましたとさ……めでたしめでたし。
『雪ノ下さ……いや雪乃ちゃん、よかったらキミがこっちに来───』
「気安く名前を呼ばないでちょうだい《ブツッ》」
甘い場所あれば苦い場所あり。
そんなラブコメはたぶんきっとまちがっていない。