どこにでもあるようなガハマさんとヒッキーのお話 作:凍傷(ぜろくろ)
12月も中旬。
そろそろ雪でも降るんじゃなかろうかと心配になってくる寒空の下、俺と小町は越冬のためのエネルギー、まあ言ってしまえば食料の買い出しのために近場のスーパーへと足を運んでいた。
あ? コンビニ? あんな高いところにカロリー買いに行くなんて専業主夫志望の風上にも風下にも台風の目にも置けねぇよ。とりあえずお一人様1パックの卵は確実に二つ入手するとして……あ、ちなみに“たまご”は調理前が“卵”、調理後が“玉子”な。
「うーん、なんとかして卵あと1パック欲しいなぁ。お兄ちゃん、分裂とか出来ない?」
「おいちょっと? 小町ちゃん? きみ、当然って顔してなんてことお兄ちゃんに頼んでるの? 出来るわけないでしょそんなこと」
「うんまあさすがに冗談だけど。でも卵は欲しいし……どっかに誰か家族ですーって言ってくれる人居ないかなぁ……って、あんなところに川……川……くん、のお姉さんが」
「家計のやりくりとか知ってそうだからって巻き込むのやめろよ? 俺が顔合わせとか辛くなるから」
「そりゃね、沙希さんも卵が目当てのご様子。無茶は言えないって。カゴ見れば一目瞭然。小町アイにかかればそれくらいの分析なんて軽いもんだよ」
「だったら人間が分裂できないことくらい最初から分析しといてくれよ……」
スーパーの中を歩く。
歩いて、必要なものをカゴに入れては、時間を稼ぎつつ様子を見る。
「小町の見立てだとこの野菜は一定量減ると値引きシールが貼られるハズ……! あ、今だよお兄ちゃん!」
「おうっ、兄ちゃんに任せとけっ」
「あれ? ヒッキー?」
「あ、お兄ちゃん待った」
「《グゴキィ!》んっがっごっご!?」
値引きシールが貼られ、マダム達が一気に動き出した途端、俺も動き出した───ら、襟を小町に捕まれサザエさん。喉が詰まって盛大に咽た。
「げっほごほっ! ~~……なにしやがるっ!」
「おお基本だねお兄ちゃん。まあキョンくんの真似はいいから、ほらほらお兄ちゃんっ、家族候補だよっ!」
「やっはろーヒッキー! 小町ちゃんもっ!」
「由比ヶ浜……どしたの、こんなとこで。お前の家こっちじゃねぇだろ」
「あ、うん。パパが家族でご飯にって車出してくれて、その帰り。ちょっと飲み物欲しくて寄ったらヒッキーが居たから」
「おーそか。すまんな、今から俺には専業主夫の力が試される聖戦が───」
「値引きシール分、売り切れましたー!」
「───…………」
手遅れでした。聖戦なんてなかったんだ。
そんな、呆然としている俺の肩をポムと叩き、憂いを帯びた顔を向ける我が妹。
「お兄ちゃん、人の夢って儚いね」
いや、これお前が止めたからなんだが。
「お前が言うなよ…………はぁ。つか、そもそもあれだ、由比ヶ浜にも責任あるから、ちと付き合え」
「え? え? 付き合え、って……?」
「あ、はい結衣さん。ちょっと家族になってもらいたくて」
「…………へぁえっ!? か、かかか家族!? え!? えぇ!? ヒッキー!?」
「ま、そーゆーこった。いや、嫌ならいいんだけどよ。そっちの都合もあるだろうし」
「え…………っ…………あ、の……ヒッキーは、いいの……?」
いい、っつか。なんでこいつこんな顔赤くしてるのん?
もしかして風邪? いや、こういう状況ってのはラノベ的に言うと照れている、と受け取るべきだが……ああ、あれか。もし家族のフリして、ガッコの誰かに見られて噂されたら恥ずかしいし、的な。
ときめいてるメモリアルの幼馴染は、幼馴染ってのをなんだと思ってるんだろうな。まぁちょいと容姿を上げようと頑張っただけで周囲が惚れ込むような人間になる主人公も大概人間離れしているが。外井さんに惚れられる美しい肉体とかほんとなんなの?
「ダメなら最初から頼まねぇし、責任云々なんて言わねぇよ」
「責任…………そ、そこまで考えてくれてるんだ……」
「当たり前だろ? これからの俺達(小町との食生活)のためなんだから」
「───……《きゅんっ》…………ヒッキー」
「ん?」
「あの……あたしさ、馬鹿だから……解らないこととかいっぱいあるし、おかしなこととかやっちゃうかも……だけどさ」
「……おう?」
「これからも……よろしくしてくれる?」
「?(……奉仕部のことか? ……だな)ああ、そだな。こちらこそよろしく頼むわ」
「《ぱああっ……!》う、うんっ! じゃあヒッキー、こっち来て! パパとママに紹介したいからっ!」
「え……まじか? 両親にも協力してもらえるのか? やったな小町」
これで卵がプラス2個。
やだ、最初の倍どころじゃないよこれ。
「……お兄ちゃん。小町からお願いがあります。一生のお願いです。叶えてくれたら、それはもう小町的にポイント高すぎます。……聞いて、くれる?」
「そりゃな、俺は時々嘘はつくが、そこまで真っ直ぐに頼むってこたぁ、無茶な話でもないんだろ? いいぞ、言ってみろ」
「うん。じゃあ……これから起こることを全部受け入れて、肯定して、認めて、何を言われても退かない覚悟で挑んで、幸せにしてほしいんだ」
「? 幸せ……(小町をか?)……まあ、な。それくらいならべつに、むしろ当然だろ」
「んっ、じゃあ指きり! 嘘ついたらお兄ちゃんが録画してきたアニメとか全部消すから」
「任せろ八幡ウソツカナイ!」
そうして、俺達は由比ヶ浜の案内のもと、協力してくれるらしい由比ヶ浜の両親と顔合わせをすることとなり───言われた通り受け入れ、認め、肯定し、何を言われても引かぬ覚悟で挑み、幸せにすると口にした。
するとどうだろう。由比ヶ浜は幸せそうな顔で涙し、由比ヶ浜マはやさしそうに微笑み、パパヶ浜は……真顔になり、一発俺を殴ったのちに───俺の首に腕をかけ、言った。娘を頼むと。
…………アレ?
人生、なにがきっかけで人との縁が出来るかなんて解らないもんだとつくづく思う。
そして俺達夫婦は、卵がきっかけで付き合い、今日……新たな命を迎えた。