どこにでもあるようなガハマさんとヒッキーのお話   作:凍傷(ぜろくろ)

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ぼっちが歩む、あるきっかけの八結①

 なんにもない日々が続いていた。

 どこかわくわくしていた日々なんて既に遠く、なにが起こるわけでもないぼっちの日々を送っている。

 入学式で誰かと衝突してだの、新たな学生生活の中で友達が出来たりして、などということもなく、言ってしまえば当然のようにぼっちになった。

 これでも努力はした。積極的に声をかけて、友達になれるようならと頑張ってみた。

 しかし全てをこの目が打ち砕いた。触れてもいないのに幻想をぶち壊すとか、俺の目ってどこまで幻想をブレイクしちゃってるの。

 目が腐ってて、会話もどうにも上手く出来ない俺は、友達を作ろうと躍起になっていた頃のこともあり、クラスメイトの皆々様方から一歩引かれている。

 他のやつらだって仲間を作ろうと張り切ってただろうに、なんで俺だけ引かれるかね。やっぱ目か。あと微笑みかけたのがまずかったのか。うわ……とか引かれたもんな。ちくしょう。

 “これで友達が出来る!”なんて本、買うんじゃなかった。

 やっぱアレな。世にある便利グッズなんてものは、全てリア充のために用意されたものなのだ。もしくはリア充予備軍。

 俺なんぞが買っても、その真価は発揮できない。

 所詮ぼっちには無用のアイテムだったのだ。

 

 

  ×  ×  ×

 

 

 親しい人間関係を構築出来ないまま、二年になった。

 その思いの丈を“高校生活を振り返って”に長々と書き綴ったら、先生に呼び出しくらったでござる。

 

「比企谷……なんだこのふざけた作文は」

「昨年を全力で振り返ってみました。あ、最初に言っておきますが、嘘も誇張も一切ありません。勉強以外になんにもない高校生活でした」

「……きみは。少しは青春してみようとか思わないのかね」

「入学までは期待してたんですけどね……俺が友達になろうって言うとみんな引くんすよ……。笑ってくれた人なんて誰一人居ません。俺だけ笑って、それが青春なら今すぐ笑いましょうか? 努力したのに全部終わっちまった生徒に、そんなもん強制しようとしないでくださいよ」

「……君の目は、腐った魚のようだな」

「昔はこんなんじゃなかったんすけどね。産まれ付きだって言っても小町が証拠持ってるし、なんでこうなったのかって言ったらあれですよ、きっと社会が悪かったんでしょ」

 

 言ってみれば溜め息を吐かれた。吐かれて、ついてこいと言われるままに案内されて、強制的に部活に入れられた。

 名を奉仕部。

 持つ者が持たざる者に慈悲を持ってこれを与える部活、だそうだ。

 

「先生、俺がなに持ってるっつーんですか」

「………」

「先生? そこで目ぇ逸らすのってどうなんですか?」

「君に望むのはその性格の矯正だ。べつに君が問題の解決を背負う必要はないよ。人の手助けをして、人と交流を図り、少しずつでいい、捻くれたものの見方を治していけ」

 

 部長である雪ノ下が平塚先生に物申していたが、それも却下。

 身の危険を感じるとか、初対面相手に随分なことを言ってくれる。

 そんなリスキーなこと、頼まれたってするもんかよ。

 俺は俺の平穏と時間があればそれでいい。

 最近勉強するのが楽しくなってきたしな。他にすることないし。

 お陰で苦手だった数学も結構頭に入ってきたよ。専業主夫したいなら計算出来なきゃ致命的だって小町にツッコまれちゃったし。

 夢に必要なものを忘れたりはしない。故に、その時に勉強したことも忘れない。

 素晴らしい勉強法だった。世界に広めればひと財産築けるんじゃないの? 広める気ないけど。

 

……。

 

 さて、そんな奉仕部だが。

 

「………」

「…………《カリカリ》」

 

 暇だ。

 やることないからずっと勉強してる。

 雪ノ下もずっと小説読んでるし、会話があるわけでもない。

 

「………」

「…………《ニヤリ》」

「!?《びくっ!》」

 

 おっといけない、楽しかったラノベのこと思い出したら顔がニヤケてしまった。

 なんか雪ノ下が動いた気がするが、勉強だ勉強。

 

「比企谷くん」

「ん? なんだー……?《カリカリ》」

「あなた、学力テストで───」

「あー……べつに他にすることないからな。ぼっちなんてそんなもんだろ」

「……そう」

「おう」

「………」

「…………《カリカリ》」

 

 文系コースで一位を取った。だからどうしたってこともなく、遊んでるやつより、友達が居るヤツよりもただ単に“自分に使える時間”があっただけのこと。

 ソロでロンリーなぼっちにとっての最大のギフトってのは、自分の時間の全てを自分のために使えることだろう。

 他に割く必要がないのなら、その道を極めるのも面白い。むしろそれしか出来ないから、気づけばこんな自分の出来上がりだ。

 

「その……作ろう、とは思わなかったのかしら」

「小中と散々だったからな。もちろん作ろうと思ったぞ? 知ってるヤツが来れない高校を選んで、必死こいて勉強して、で、入学。わくわくしながら声をかけてみれば、全員に引かれた。結果は前と変わらねぇよ」

「……そう」

「おう」

 

 静かだった。

 特に話す話題も、共通するものもない。

 あえて挙げるのであれば、双方ともにぼっちってくらいで、だからといってぼっち同士が馴れ合えるかって言ったらそうでもない。

 ましてや男女だ。無理だろ。

 

「………《ペラリ》」

「…………《カリカリ》」

 

 小説をめくる音。

 シャーペンを走らせる音。

 それくらいしか存在しない空間で、二人居るのに一人ぼっちの日々は続いた。

 

 

───……。

 

 

 なんにでもきっかけってものはある。

 かつて望んだように、新しい環境でならば上手くやっていけるんじゃ、なんて思いもきっとそれに含まれるだろう。

 誰とも出会わず、馬鹿にされない程度に自分を高める環境に身を置けたのは世界かなんかからのお情けに違いない。

 ぼっちの日々は変わらず続き、目立たず生きることにも相当に慣れてきていた。中学の頃だって目じゃないくらいだ。

 これ……もうええのとちゃうん? 中学でベテランぼっち、一年でプロぼっち、それから一年経過で俺もエリートとか名乗ってええのとちゃうん?

 ぼっちキラーに絡まれても逃げられるだけの体力は、と体も鍛えてるし……うん、人ってのは結構やれるらしい。積み重ねって大事な、ほんと。

 まあ俺の人間関係は積み重ねてもマイナスか、たまにゼロになるとかばっかりだったが。

 入部ってかたちで雪ノ下と強制的に知り合いになったところで、結局はなにが起こるわけでもない。会話らしい会話もなく、時折一言二言質問されて、それを返すだけ。

 依頼もなくすることもなく、勉強と小説が進むばかりだ。

 それでも……やっぱりきっかけってのはどっかにはあるもので。

 今日のそれは、きっとその中に含まれるものだったのだろう。

 

「だーからー、ごめんじゃなくて。なにか言いたいことあんでしょ?」

 

 教室を支配する嫌な空気。

 せっかく集中して勉強出来ていたのに邪魔をされて、なかなかに苛立っていた。

 ていうかなにこれ、ただ一方が一方を好き勝手に罵倒しているだけにしか聞こえないんだが。どの口が“自分たちは友達だろう?”的なことを言うのか。

 そもそも先生に呼び出されたから教室から出る、と言っていた女生徒……ユイ、とか呼ばれてたか? に、ついでだからと飲み物買ってくるようにってどうなんだ? 男と話している暇があるなら自分で行ったらどうなのか。

 ていうかそれもうパシリじゃないか? いつ戻れるか解らないからと言ったユイとやらに“付き合い悪い”とかって、それ関係なくないですか?

 

「………」

 

 ああ解ってる、空気悪くてもう勉強どころじゃない。ほらみなさい、あなたがたが愛してやまない“みんな”だって、あまりの空気の悪さにだんまり状態だよ。どうすんのこれ。

 “あーしら友達じゃん”とか言って友達意識の確認を強要してるような状況で、どうしてそのまま睨むような状況に発展するんだよ。友達ってそういうもんなの? 出来たことないから解らん。

 なに? リア充の友達って一方が一方を睨んだままガミガミグチグチ言うことで成立するの? うわー、俺リア充じゃなくてよかったわ。

 よかった……ああ、よかったが───

 

「………」

 

 気に入らない。

 小中と嫌な思いをしてきたから、この空気の悪さの中心に立たされているユイとやらの気持ちがよく解る。

 大体先生に呼ばれてるって言ってんだから、それに用事を追加するのがおかしいのだ。それを断ったからって、最近付き合いが悪いからって、そんなもんで疑って愚痴る関係なんざ友達でもなんでもない。結局それは、一方が一方を下に見て踏ん反り返りたいだけだ。

 ハッ、リア充の中でもカーストか。そんなに上下関係が好きか。

 これだからリア充は。自分が一番じゃなけりゃ気が済まないわけだ。立派なことだ。

 ああ解るぞ? 三浦、お前はこう言いたいわけだ。

 仲間だからなに言ってもいいしなにをしてもいい。出来ないなら仲間じゃないと。

 じゃあ質問だ。ユイとやらは用事があるからそれを達成しに行きたい。けどそれをお前は邪魔している。それはお前の言う仲間とやらの考え方にツッコミを入れていいものだよな? なんでお前だけふんぞり返ってんの? 仲間ならなにしてもいいなら、付き合い悪いかもって思っても用事を済ませるくらいいいだろうが。

 

「……言いたいことがあるなら、ねぇ」

 

 呟いて、席を立つ。

 どうせ今さら誰にどう思われてもいい俺だ、ここらで自分のぼっちとしての可能性の清算をきっちりしてしまおう。

 俺にはまだ希望はあるか? 俺と関係を持とうと思ってくれる人は居るか? あ、関係っていっても大人の事情系統のものではなくて。

 ……知り合いだろうとなんだろうと、付き合いを結びたいって思ってくれる人は居る否か。これを実行すれば全てが解るだろう。解って、俺もいい加減希望を持たずに済む。

 さあ行こう、誰も出来ないなら最底辺が出来ることをお前らに。

 持つ者が持たざる者へ───孤独者が持つ“嫌われ者の空間”を、愛するクラスメイトへ。

 

「おい。そのへんに───」

「るっさい」

 

 睨まれ、鬱陶しそうに言われただけで、心の八幡が回れ右をした。

 思わず“すびばぜんだじだぁっ!”と涙ながらに謝ってしまいそうなほどの恐怖が、視線の先にありました。

 だが逃げるな、これこそ俺の領域だろう。

 ユイとやらが陥っている、“相手が謝らせたい、攻撃したいだけ”の状況やポジションは、本来俺のような最底辺の人間が立つべき場所であり、間違ってもリア充やカーストのトップ周辺に立つような存在が請け負っていいものではない。

 こちとらエリート寸前のぼっちだ。エリートならばエリートらしく、そこに立てるだけのぼっちであるべきだろう。

 まあ、なんだ。言ってしまえば───気に入らねぇんだよこの野郎。

 三浦に睨まれ、失せろとばかりに言葉を発せられても、黙りはしたが動かない俺を、ユイとやらが涙目のまま見てくる。

 それを見て、三浦は苛立ちを重ねた溜め息を吐き、言うのだ。

 

「ね、結衣ー。どこ見てんの? 今話してるのはあーしなんだけど?」

「───話してる? 一方的に自分の意見押し付けてる、の間違いだろうが」

「……あ?」

 

 心臓バックバク。逃げていいなら逃げたい。

 だが、俺は俺の平穏と自己責任のために留まろう。

 

  トップカースト。

 

 ああ、確かに群れにボスは必要だな。どんな世界にも言えたことだろう。

 だが、そのトップが間違っている時、止めてやるのは下のものの仕事であり、またそれを受け止め間違った自分を修正するのはボスの務めだ。

 それが出来ないならボスの器じゃないし、意見も聞かずに頭からうるさいなどと否定する相手など、そもそも上として認められん。

 人間は言い訳が大好きだ。もちろん俺も大好きで、なにかにつけて理屈はこねる。

 けど、責任から逃げたりはしない。

 自業自得は受け入れるし、たとえ結果として逃げてしまったのだとしても、のちに待つ自分への仕置きはどうのこうの理由を並べようがきちんと受け入れる。

 だから、そんな生き方を否定するような“あーしはいいけど他はだめな?”みたいなボスなど認められない。それが気に入らないし気に入れない。

 まさかこんなところで勇気を振り絞ることになるとは思わなかったが、言い出してしまえば、もう責任はついてくる。

 ほれ、見てみなさいよ。クラスの“みんな”が、“やめろよ、余計な火種投入するんじゃねぇよ”って顔で見てる。

 ああそうだな、俺だって出来れば投入したくなかったよ。けどそれ以上にあんな空気の中でメシを食うなんてごめんだ。

 だったら俺だけに向けられる敵意の中で食べたほうが、俺にとってはとっくに自然なんだよ。ぼっちなめんな。

 

「……あのな。うるさいのはお前だっての、この教室見て解んねぇの? だったら───」

「あ?《ギロリ》」

「ぐっ……」

 

 ……おい。ちょっと? 人が喋ってんのに被せるなよ、逃げ出したくなるだろうが。ビクッてなりかけただろうが。

 だが言おう。もはや引けない。嫌われ者は嫌われ者らしく、嫌われるために行動しよう。

 

「……い、言いちゃいっ……げふんっ! い、言いたいことあるなら、い、言っていいんだよな? ~~……はあっ……“うるせぇよ”。……この教室、べつにお前専用の場所じゃねぇんだよ。あとなに? 友達じゃんとか言ってたけど、今こうして説教みたいなのするのってリア充専用の友情劇なの? 一方的に口で攻撃するのが友情? 笑わせんなよ」

「なっ……!?」

「威圧的にされて、親しい関係でいたいから言えないことだってあるのに、それを言わないから仲間じゃない、みたいな空気作っておいて、仲間だったらパシリも出来るよねって。なんだそりゃ。ガキの言うことちっとも聞かず、頭ごなしに説教する頭の悪い頑固親父の姿しか思い出さなかったわ」

 

 OK、次に出す言葉を次々に定型文に登録しろ。噛むとか絶対ないからな?

 ここで噛んだらお前、たしかに俺らしいけど状況はそれを許さないから。

 腹に力を入れろ。逃げ出すな。八幡日陰の支配者、我こそ最強。

 

「お前、友達失格だな。用事があって付き合えないって言ってんのに、その上パシリ? で、拒否されたからって友達なのになんで買ってこないんだよってか。お前さ、自分がジュース買うついでに、誰かの分を一緒に買ったこと、一度でもあんの?」

「っ……!」

 

 タカビー……とは違うだろうが、自分が一番って思ってるやつを蹴落とすのはなにが一番効果的か。もちろん正論で叩きのめすことが一番だが、それには状況がついてこなければいけない。

 状況、というのは、ボスであるための環境、つまり下の者が見ている状況で、ボスを打ち下すこと。

 ただし俺はべつにボスなんて興味がないので打ち下したりはしないし勝ったりもしない。俺は敗北者だ。だから、俺の仕事は敗北すること。それはこの状況でだろうと変わらない。

 この状況での敗北とはなにか? 相手に反省させつつ負ける方法とはなにか?

 

「ずっとそうやって自分だけは友達してもらって、お前はなんにも返さない。トップカーストに立ってるならそれが当然なら、ハッキリ言うぞ? “お前、友達居ないだろ”」

「!!」

 

 ずっぱぁーーーーんっ!!

 

「つっ……」

 

 平手が飛んだ。おお痛い。

 だが耐える。勝利条件はたった今刻まれた。

 この手の相手には正論だけをとことんぶん投げて、言葉を封じるのが一番だ。なにせそうなると、相手は“は? 意味解んないんだけど”しか言わなくなる。

 だがその条件を手に入れてもまだ、詰めがなければ終わらない。

 だから、怒りはいらない。騒ぎもいらない。

 心を落ち着かせて、あくまでもどこまでも静かに、ねっとりと……潰す。

 

「…………、……はぁ。で?」

「! っ、え……?」

「いや、話の続きだよ。ビンタしてちったぁ落ち着いた? じゃあ続きだろ。ああ心配すんな、俺は一切手を出さない。図星つかれたからってトップカースト様を殴るとか、そんなことは恐れ多くてとてもとても」

「ぐっ……! あ、あんた……!」

 

 三浦がギリッと歯を食いしばって睨んでくる。

 心の中の僕がヒィと叫んで逃げ出したくなるのを、表の俺が必死に押さえる。

 だだだ大丈夫! 八幡強い子! 言いたいことは言える自分で在りなさい!

 でもごめん正直逃げたい! たすけて小町! たすけて!

 だけどこれも条件のひとつだから逃げるわけにはいかない。

 勝利条件は、三浦をボスのまま、俺を最底辺のまま、三浦に“ボスの在り方はそうじゃない”と自覚させることだ。だからそれが成し遂げられるまで逃げるわけにはいかない。

 最底辺に言いくるめられてもボスのままで居られるのか? という心配は無い。

 なにせ三浦は“トチ狂った最底辺に因縁をつけられた可哀想なやつ”になる。

 そもそもどうやったって俺に好印象など向かってこないのだ。だから遠慮なくやれる。でも怖い小町たすけて!

 そんな心の葛藤の最中、苦笑を漏らすような顔でリア充の王が割って入ってくるのを確認。

 OK、定型文は既に用意済みで、状況も思う通りに整った。

 

「まあまあ二人とも、そのへ───」

「ああ葉山、そういうのもういいよ。遅いから。ほんと遅い。言うならもっと早くに言ってやるべきだろ。なにお前、仲間泣かせてから助ける趣味でもあんの?」

「え……、あ……いや……」

 

 言い返されるだなんて思ってなかったのか、言葉を濁しつつちらりとユイとやらを見るリア王。

 視線の先には涙を滲ませる、彼ら言うところの仲間の姿。

 そう、このきっかけの女子も可哀想なやつで済まさなきゃならない。

 これを機にグループを抜けてぼっちになるも良し、別のグループに入るもよし。

 ただし、そうなったとしても周囲から心配される終わり方でなければならない。

 そのためには三浦とユイとやらの間にある嫌な空気の矛先を、どこぞに向けてやる必要があったのだ。そう、あった。とっくにそれは俺に向いてるが。

 

「とにかくさ。友達ごっこなら余所でやってくれ。迷惑だ」

「は、は? あんたには関係───」

「だから、この教室お前のものじゃないだろ? なんならお前らの言葉で言ってやろうか? “みんな迷惑してんだよ”。……便利だよなー、“みんな”って。俺も何度言われたことか。誰も賛同してねぇのにその場のボスが言えばみんなそうだそうだって頷いてくれるんだ。……言ってみたらどうだ? “急に最底辺が絡んできた、みんな、こいつキモくね?”とか《グイッ》っと、お……?」

「……やめろよ」

 

 そこまで言った辺りで、葉山が俺を押し退け睨んでくる。

 ……ああ、まあ、いいけど。言いたいことも言えたし、教室の連中だって勝手に巻き込まれて本来の敵を見失ってる頃だろ。十分だ。

 

「きみが言った言葉、そのまま返すよ。ここで一方的に言葉で責めたって、なんの解決もしない」

「俺はもっと早くに、その言葉を、お前が三浦に言ってやればって思ってるけどな」

「……それは……すまない。けど、もう十分だろう?」

 

 言って促した先には、目に涙を滲ませた三浦。

 ……え? あれ? ちょっと、メンタル弱すぎではございませんか……!?

 俺べつに泣かせること言った覚えは……むしろ俺のほうが頬が痛くて泣きたいんですが……!?

 

「…………」

 

 ヘイトが一気に俺に向いた。“あーあ、女子泣かせやがったよあの魚眼野郎”って感じで。やだ、斬新な罵倒文句。小町ちゃん、お兄ちゃんますます泣きたい。

 

「なにが十分なのか俺には解らないな。おあいこだろそんなもん。……ただな、友達なら何してもいい、何しても許されるべき、それがダメなら仲間じゃない、なんてのが当然だと思ってんなら、そんなもんはそもそも友達でも仲間でもないだろ」

「……やめろ」

「頭に“お互いが”が付かないで、どこに信頼があるんだよ。そんなものは───」

「やめろって言ってるだろう……!」

「………」

 

 胸倉を掴まれ、睨まれた。

 OK……これでこのクラスのエネミーは決定した。

 三浦は目が腐った性質の悪いぼっちに泣かされた可哀想なやつで、葉山はそのぼっちを黙らせた英雄様。

 三浦にも“言いすぎだった、勝手だった”って意識は生まれるだろうし、空気を悪くしていた張本人が被害者になったことで、体のいい悪役は決定したわけだ。

 これで三浦がユイとやらときっちり話し合えば、晴れて綺麗なグループの出来上がり。ぼっちは変わらずぼっちである。最高じゃないか。

 目的は達成できた。だから俺は葉山の腕をぽんぽんと軽く叩いて離してもらい、何も言わずに離れて教室から出ていく。

 教室から出て、廊下を歩いて角を曲がった辺りで───

 

(~~~~っ……つぁああーーーーっ!!)

 

 こらえるのをやめた。

 痛っ! いったァアーーーーッ!?

 なんて平手持ってるのあの女王様! 頬が千切れ飛ぶかと思ったわ!

 あ、だめ、今さら涙が! いいよね? 俺頑張ったよね? もう遠慮なく痛がってもいいよね!?

 

「~~っ……うあっ、血ぃ出てる……!」

 

 なにやら鉄サビめいた味がしたので、指を少し舐めてみれば赤の色。

 叩かれた拍子に噛んだのか、それとも三浦のビンタが肉体よりむしろ内部の破壊を目的とした一撃必殺の暗殺拳的なビンタだったのか……って無理、おかしなこと考えて気を紛らわすとか無理!

 

「……はぁ」

 

 まあ、これで静かになるだろ。

 授業中以外は極力教室に居なけりゃいい。

 どうせ居たって、俺の居場所なんてベストプレイス以外にはないのだから。

 俺、クラスの敵。

 そんなわけで、これでエリートぼっちは完成したわけだ。

 

「…………」

 

 エリート昇進おめでとさん。

 記念にマッカンでも買って飲むか。

 俺あれだね、俺の中にグルメ細胞とかあったら、絶対にマッカンで傷口塞がるわ。身体に穴が空いたマンサムさんが酒で塞ぐくらいに。

 

  ……ちなみに、飲んだマッカンは傷を癒すどころかめっちゃ沁みた。

 

……。

 

 翌日と言わず、授業前から早速、教室内に俺の居場所は無かった。

 いや、アウェー感スゴイ。言葉にするなら2Fグミ・スゴイコワイヘヤってくらい怖い。わけわからん。けどなんかギスギスしてる。

 だがそんな緊張なんのその。

 大丈夫、なんの心配も要りませんよ。中学の時に既にベテラン、高校一年時にプロになり、先ほどエリートになったエリートボッチャーの八幡さんにとって、こんな空気なんて平和の象徴のようなものですよ。

 そんなわけで授業時間を過ごして、授業時間が終わればそそくさと教室を出て「あっ……」……ハテ? 今なんか聞こえたような。

 ……いや、今の俺に、というか前からも俺に声をかけるやつなんて居るわけがなかった。

 

 

  ×  ×  ×

 

 

 で。

 

「……《ぽんっ》おぁ?」

 

 翌日になって、教室の空気がいつも通りに近くなったことに安堵しつつ、俺はいつも通り空気に。

 なんて考えつつ教師が来るまでの僅かの間を着席しつつ待っていた俺の背中を、ぽんと叩く何者か。振り向いてみても誰もおらず、勢いのままに歩いていた髪の長い女子が、ぽしょりと「勇気あるじゃん、あんた」なんて言って去ってゆく。

 

「………」

 

 …………いや………………誰?

 ていうかやめて? 昨日言われるならまだしも、なんだって翌日に言うの。

 いや、俺昨日はとことん教室には居なかったから、解らんでもないけど。

 けど、あんなもんは勇気とは違う。

 あんなもんはアレだ、お勤めだ。下の者が下の仕事をしたにすぎないんだよ。

 だから「あ、あのっ」いや、だから人の言葉に言葉を被せるなと───って、誰?

 

「………」

 

 座ったまま振り向けば、えらい美人がそこに居た。

 振り向き、見上げなければならなかったが…………誰? いや誰?

 俺の記憶に、こんな美少女に声をかけられるフラグはなかった筈だが。

 

「あの……」

「お、おう……?」

 

 え? なに? なんなのこれ。

 もしかしてアレ? 早くも俺を潰すために三浦が寄越した罰ゲーム的ななにか?

 美少女に話しかけられたと舞い上がって、そのまま返事したら“うわキモッ”って返されるアレですか?

 ……ふう危ない。エリートボッチャーである八幡さんでなければ容易く引っかかっていたところだった。

 

「おうお前ら席につけー」

 

 で、特に会話もないままに教師が来て、着席を命じる。

 謎の美少女はわたわたと慌て出すが、「あ、あのっ、昨日、庇ってくれてありがとっ……!」と言って、ぱたぱたと自分の席へ小走りに戻っていった。

 

「………」

 

 ハテ。

 彼女が戻っていった席を確認。

 ハテ。

 そこは昨日、三浦に攻撃、もとい口撃されていた、ピンクに近い茶髪の女子、ユイとやらが座っていた場所ではなかったか。

 

「………?」

 

 あれ? でもあいつ、黒だぞ? 髪の毛、黒いよ?

 

「………」

 

 まあ、いい。

 どうせ今の言葉も一応の感謝ってだけのもんだろう。

 大丈夫だ、エリートぼっちは誤解しない。

 たとえ誤解でも解は出てるのだ、それ以上の説得力のある言葉以外では塗り替えられることなんてないのだ。

 

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