どこにでもあるようなガハマさんとヒッキーのお話   作:凍傷(ぜろくろ)

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修学旅行の後悔の狭間

 なぁ戸部。お前、振られたらどうするつもりだ?

 そりゃ、諦めらんないっしょ。

 

 そんな遣り取りをした数分前を思う。

 海老名さんの到着を待つ、ぼんやり灯るいくつか並ぶ灯篭の傍。

 俺と雪ノ下は喉を鳴らし、その時を待った。

 

「おい、由比ヶ浜はどうしたんだよ」

「……。その、お花を摘みに」

「……なんかすまん」

 

 まあ、仕方ない。生理現象だもの、仕方ないよ、生きているんだ友達なんだ。俺はその範疇にはいないけど。オケラ以下かよ俺。

 雪ノ下は少し困った顔をしながら、ケータイを耳に当てている。由比ヶ浜に連絡を入れているんだろう。

 

「どちらにせよだ。このままじゃ戸部は振られる」

「……。そう、かもしれないわね」

「一応、丸く収める方法はあるが……」

「それは、どんな方法かしら」

「………」

「言いたくないこと、ということ? ……ああ、そうね。つまり、そういうこと。比企谷くん、文化祭に続き、そんなことをしてしまってはあなた、本当に味方を失くすわよ」

「元々俺に味方なんて居ねぇだろ」

「あなたのことだから、この場で戸部くんより先に告白、などという愚かな行為をして、海老名さんに“誰とも付き合う気がない”と言わせて収める、という方法を選ぶのでしょう?」

「………」

 

 言葉に詰まる。

 その通りだ。

 だが、言ってしまえばそれがてっとり早く、かつこの状況を最速で解決……いや、解消できるものだ。

 戸部には恨まれるかもしれないが───

 

「馬鹿な真似はやめなさい」

「いや、馬鹿って───」

「ろくに手伝いも出来なかった私が言うのもなんだけれど、あなたがそこまでする理由が何処にあるというの」

「手伝いならしてくれただろうが。むしろ俺こそなにもやってねぇだろ。由比ヶ浜は戸部と海老名さんをくっつけるために、出来るだけ接触の機会を頑張って増やしてた。お前はクラス自体が違うってのにオススメの場所を教えてくれた。俺だけがなにもやってねぇんだよ」

「それでも。それは、やってはいけないことよ。それは由比ヶ浜さんの友人として、私が認めない」

「………」

 

 なんでお前が、なんて言葉が喉まで上ってくるも、それを止めた。

 雪ノ下の真っ直ぐに見つめる目に射抜かれ、なにも言えなくなっていたのだ。

 

「それに、彼はそろそろ自分の立ち方と向き合うべきよ」

「あ? 彼?」

「……葉山くんよ。彼は言ったわね、“なんとかする”と。告白するのが戸部くんの依頼。あとのケアは葉山くんが自ら宣言した仕事。比企谷くん、もう一度きちんと組み立てて、状況を飲み込みなさい。私たちのすべきことは、“戸部くんの恋愛の成就”などでは断じてないわ。あくまでその手伝いであり、海老名さんという魚を彼に渡すことではないの」

「………」

 

 それは、俺も考えていた。けど、雪ノ下がそれに気づいているとは、正直思わなかった。

 文実の時もまちがったこいつは病気になったし、今回だって由比ヶ浜に押されるかたちで結局は請け負った。

 それでも……そっか。そこは、まちがってはいなかったのか。

 

「いい、比企谷くん。たとえここで戸部くんが振られ、彼らのグループの雰囲気が悪くなろうと、それは彼らの問題であって私たちの問題ではないわ。たしかにそのグループの中に由比ヶ浜さんは居て、私たち以上に気まずい状況には陥るでしょう。けれど、彼女は頑張っていたのでしょう?」

 

 雪ノ下は、“それ”を見ていなくてもそれが当然だというように言った。

 ああそうだ、頑張っていた。むしろそれを邪魔していたのは葉山だ。

 “自分がその空気が好きだから”、戸部の青春を否定して自分の場所を優先した。

 

「あなた、葉山くんとなにかあったわね?」

「っ、……べつに、なにも」

「そう、あったのね。大方、青春の波に触れて、自分もその場の登場人物になった気で居るのだろうけれど……比企谷くん。今この場は、あなたの青春物語ではないわ。だから、余計なことは必要ではないの。部長としても、知人としても言うわ。“やめなさい”」

「……お前」

「誰かが大きな悪となることで、いがみあっていた者たちが手を組み共闘する。よく出来た物語よね。けれど、いつだって大きな悪は救われない。はっきりと言うわよ比企谷くん。自分がいつだって最底辺で、自分がどれだけ傷つこうと誰も気にしないというのはあなたの思い上がりよ。少なくとも───……文化祭のことで、その噂で、苛立っている人が居るということだけは、忘れないでちょうだい」

「雪ノ下……」

 

 でも。俺はもう、葉山に大口を叩いてしまった。

 動かなければ責任は消えてくれない。

 だったら───いくしかないだろうが。

 

「……それでも、行くというのね」

「じゃなきゃ、自分の信念にまで嘘つくことになるからな」

「……そう。ただ、嘘の告白をして、という方法だけはやめてちょうだい。想像してみた選択肢の中で、それが一番不快だったわ」

「なにお前、俺のこと好きなの?」

「別の誰かを思ってのことよ。あなたは少し、人に想われているということを自覚しなさい」

 

 馬鹿にしたように笑い、それでも止めずに見送ってくれた。

 さて。少し長く話してしまったが、戸部が戸惑ってくれているお陰でまだ間に合いそうだ。

 海老名さんもとっくに到着している。

 あとは俺が───……どうすりゃいいんだ? 嘘の告白が封印されてしまったんだが。

 

「……比企谷くん、ちょっと待ちなさい」

「あ? なん───」

 

 なんだ、と言いかけた時。

 戸部と海老名さんを挟んだ向こう側に、人影を見た。

 それは……ケータイを耳に当てた由比ヶ浜で。

 

「……、おい雪ノ下。お前まさか」

「ごめんなさい、通話したままだったのだけれど、由比ヶ浜さんが突然“ごめん、あたしの所為だ”と言い出して」

 

 自分たちとは反対側に居る由比ヶ浜を見る。

 薄暗い世界の下に見える彼女の顔はどこか悲しそうで、そんな顔を見た途端、俺の中に感じたことのない気色の悪い何かが湧き出してきた。

 

  止めろ。

 

 本能が叫ぶくらいに嫌な予感。それをさせるなとうるさいくらいに警鐘が鳴る。

 なんだ? なにが起こる。

 けど、走らないとまずい。

 

「───! 比企谷くん!」

「解ってるよ!」

 

 雪ノ下も嫌な予感を感じたのだろう。俺はそれに怒鳴るみたいな声を返して、走った。

 由比ヶ浜結衣、という少女は頭がよくない。

 だからその場その場で行動を決めるし、予定というものも案外適当な部分もある。

 が、これと決めたら止まらないし、案外強引で、けれど人の気持ちは考える方で、多少自分の意見を選んでくれたら嬉しいな、という面を見せても、引き下がることは多い。

 けど、今回は自分のグループ内での恋愛相談、ということで張り切った。

 電車での席のことでもそうだし、観光巡りでもそう。頑張って頭を動かして、成功してくれればと誰よりも頑張った筈だ。

 じゃあ問題だ。

 今にも戸部が告白しそうな状況の中、彼女が選ぶこの場の破壊方法とはなんだ? グループの“空気”を守るためにすればいい方法とはなんだ?

 簡単だ。雪ノ下が“やめなさい”と言った、俺が取ろうとした方法。

 だが、それは俺が底辺であるから成功するのであって、そんなことをトップカーストの、それも同じグループの由比ヶ浜がやれば───いや、それ以前に───!

 

「え、海老名さんっ───俺っ───!」

「あのっ! とべっち!」

 

 いよいよ、といった感じで戸部が息を吸った。

 それに被せるように由比ヶ浜が声を張り上げる。

 

  ───やめろ

 

 途端、ずきんと胸が痛む。

 知らず、全力で走る身体。やめろやめろと声にならない叫びが喉の奥で渦巻く。

 そんな俺を見て、由比ヶ浜が泣きそうな顔をする。

 それを見て、俺は“今までの全て”が勘違いではなかったことを嫌でも思い知らされ、だというのに彼女がそれをしてしまうことに吐き気さえするほどの絶望を感じ───

 

  どうするどうすればいいやめろやめてくれこんなものは見たくないやめろ

 

 思考を回転させる。けど、こんな“初めて”の事態に対して、孤独者というのはひどく脆かった。

 経験から得たものを盾に独りで様々を解消する自分は、初めて経験するものにはひどく弱い。そして脆い。

 勘違いではなかった。でも、じゃあなんだ? 勘違いでないのなら、そんな好意を抱いている相手の前で、俺は好きでもない相手に告白し、今俺が感じているものと同じ気持ち悪さを、好意を抱いてくれていた時間の数だけ味わわせるところで───いや、今はそれは置け、今はいい、今は止めろ!

 

「っ……!」

 

 けど。

 やめてくれと叫びたくても喉は動いてくれなくて、じゃあどうすればいいんだ、って。どんな言葉なら動いてくれるんだって戸惑い、そうしている内にも由比ヶ浜は行動に出ていて───!

 

  ───することなんて一緒でいい。“用意していたもの”なら、出せるだろ?

 

「───!!」

 

 一歩踏み出す。

 悪いな由比ヶ浜、お前も覚悟は決めただろうが、とっくに言う言葉を用意していた俺の方が遥かに早い。

 二歩を踏み出す。

 由比ヶ浜は俺に悲しそうに微笑んでから、小さく口を動かす。

 それが“ごめんね”に見えて、俺は───!!

 

 

 

  ずっと前から好きでした 付き合ってください

 

 

 

 ───。

 走った。けど、辿り着くには遠くて。

 やがてその言葉がこぼれた時…………由比ヶ浜は、戸部から俺へと視線を移し、震え、堪えきれずといった様相のままにぼろぼろと涙をこぼし、泣いたのだった。

 

 

───……。

 

 

……。

 

 ぱぁん、と。平手が飛んだ。

 叩かれた相手は葉山。かなり痛そうな音が鳴った。

 

「なんとかする、が聞いて呆れるわね。結局あなたは“自分が立つ場所の居心地の良さ”しか選ばず、他者を巻き込んでは傷つけていただけじゃない」

「……すまない」

「それからそこのヒキガエルくん。あの場では見送ったけれど、あなたも随分と馬鹿な真似を考えてくれたものね」

「……すまん」

 

 戸部と海老名さんは、結局上手くはいかなかった。

 戸惑う戸部に、泣いてしまった由比ヶ浜を見てキレた雪ノ下が特攻。

 それを止めに入った葉山も含め、状況の説明会が突如として開かれ、全ては伝わった。

 そのまず一言目がこちら。

 

  そんな内輪揉めは自分たちで解決しなさい。はっきり言って迷惑だわ。

 

 正論すぎてもうどうすればいいのか。

 それに対して言い訳を並べようとした葉山、雪ノ下の正論ラッシュを前に撃沈。

 さらに海老名さんにも最初に奉仕部に相談しに来たのなら全員に話を通せと激怒。

 それでこちらの関係が崩れてしまったらどうするつもりだったのだと散々言われ、海老名さんが泣かされた。

 それを庇おうとした戸部もまた雪ノ下の猛攻を前にたじろぎ、反論を殺され、やがて沈黙。

 ついにはこの場に居ないあーしさんを葉山のケータイで呼べと伝えられ、あーしさん、状況も解らず来訪。

 話の内容を聞いて、平手が飛んだ。葉山に。

 え? 俺にはなんか謝罪がきたけど。まあ、コンビニでの件もあったしな。

 三浦も葉山を盲目的に信じていただけなんだが……信じすぎるほうも悪いと思うのは俺がおかしいのか?

 

「………」

「……ヒキタニくん、マジごめんな……。なんか散々なことになっちまったし……」

「この件に関して、お前は一切悪くねぇよ。一言言うなら、葉山に相談したのに奉仕部に来たこと自体が間違いだったってだけだ」

「……青春ってだけじゃ片付けらんねぇことってあるのなぁ……。好きな人に好きって言うだけのことに、グループの許可が必要なんて……なんっつーか自由じゃねぇっしょ……」

「そういうのを選んでるから続けてられんじゃねぇの? 俺、グループの付き合い方なんて知らんけど」

「んや。なんか見せつけられたっつーか思い知らされたっつーか……ほら、あれっしょ。やっぱさ、あそこ、隼人くんのグループでしかねーんだなって。なんかそれが解っちまったっつぅか。隼人くんもあれだろ、自分のことしか考えてなかったろ。……俺も、だったんだろうけどさ」

「海老名さんも今の関係がいいって話だったんだし、そんなもんなんじゃないか? 全員がそう思ってるからグループってのは続いていくもんなんじゃねぇの? 自分を殺してまで続ける価値があるのかは知らんけど」

「あー……それなー……。ほんと、マジそれ……。そりゃ、俺もあのグループ嫌いじゃないけどよ。じゃあけど、なに? 俺も優美子もさ、最初っからずうっと、望みのない恋愛をしてなきゃいけなかったんかなって。今がいいからって、好きって気持ちを抑えとけって言われてさ、んで、隼人くんや海老名さんはたぶん、あれだろ? 誰かを好きになったら我慢しない。んでなに? ずっと好きだった俺達には“ずっと友達で居ましょう”? ……ああ、なんか俺もう無理だわ。辛いわこれ……ヒキタニくん、辛すぎだろこれ……」

「“俺はいいけどお前らはダメ”。“上”がよくやることだろ。お前らは知らんが、俺達底辺にしてみりゃいつものことだ」

「まじかよ……こんな気持ち、いっつも味わってるとか辛いだけだろ……。あ、あー……その、結衣も、さ……その。ごめんな、マジで」

「………《ふるふる》」

 

 由比ヶ浜はあれっきり一言も喋っていない。

 ただ、まあその……俺に抱きついたまま、一切動かない。

 

「はぁ……でもよかったわぁ。俺危うく結衣の初恋と初告白、台無しにするとこだったんしょ? マジあそこでヒキタニくんが叫んでくれなきゃ、恋する男としては最低のことをするとこだったってことじゃんそれってばさぁ」

「……ぼっちは定型文が武器だからな」

 

 そう。あの時、上手く言葉が出せなかったあの瞬間。

 俺は、海老名さんに言って状況を破壊するつもりだったあの言葉を言った。

 ずっと前から好きでした、だ。他の言葉は出せなくても、あれだけは用意しといたからな。

 けどそれは海老名さんにではなく、由比ヶ浜に向けて叫んだ。

 相手が絶句するくらい、キモくて引くくらい、言葉を無くして黙するくらいに全力で───俺の代わりにする、泣いてしまうくらい嫌だと感じる嘘の告白を黙らせるために、誰が見ても引かれるくらいの全力で、気持ちをぶつけた。

 結果として嘘告白は防ぐことが出来て、由比ヶ浜は俺を呆然としたまましばらく見つめ、やがてかたかたと震え始め、耐え切れないといった様相のままに泣き崩れた。で、その泣き顔と泣き声を聞いてゆきのんマジギレ。ええ、ほんと……怖かったです。めっちゃ怖かった。

 

「ったく……泣くほど嫌なら嘘の告白なんてしようとするなよ……《ぎゅううう……!》……すまん、今のはなかった」

 

 俺の言葉に、由比ヶ浜はさらにきつく抱き付いてきて、謝るしかなかった。

 なにせ、本来なら俺が由比ヶ浜の前でしてしまうところだったんだ。その気持ちを考えれば、こんなことはよっぽどの馬鹿じゃなきゃ言えやしない。

 ……ああそうだよ、馬鹿だよ。全部勘違いだって勘違いして、危うく“告られるならここがいい”って目をきらきらさせてた女の子を、絶望の海に叩き落すところだったんだ。“自分はこんなシチュエーションで告白されたいな”って場所で、他人に、しかも知り合いの女子に告白なんてされてみろ。俺だったら本気で泣くわ。しかも相手……いや、この場合は俺になるんだろうが、俺に“ここがいい!”なんてはっきり言ってたんだよこいつは。なのに、だろ? 実際に告白する相手なんていねぇけど……それくらい、今なら解る。ほんと、馬鹿だろ、これ。

 けど、勘弁してください、今俺、いろいろ自覚してて恥ずかしいんですから。だって、号泣ですよ? 知り合いが居る前で、かたかた震えて泣き出したんですよ? ……つまりあれだろ? それほど俺のことを想ってくれてたってことで……それほど嘘の告白なんて嫌だったってことで。

 ……もうこれアレだろ。俺ほんと馬鹿だろ。

 

「いんや~、けどあん時のヒキタニくんの絶叫、胸に来たわぁ。俺が言われたわけでもねぇのにドキっとしちゃったもんなー。……あ、でだけど……アレ、本気? ヒキタニくんてばマジで結衣にラブ?」

「……。また誤解されて泣かれて雪ノ下がキレても困るから、言えることは言っとく。自覚したのはさっきだし、これが好きとかどうかってものかは正直解らんが……解ってることは言っておくな。誰かに取られるとか絶対に許せん。それが独占欲とかそういうものの延長だろうと、そう思ったことは事実だ」

「や、それ完全に好きっしょ。ラブっしょ。あ、んじゃあ質問の仕方変えるわ。結衣が誰かに告白されたら?」

「……むかつくな」

「事前に防げるとしたら?」

「妨害するな」

「結衣の腕を掴む男子とか居たら?」

「気に入らないが、由比ヶ浜が望んでる相手なら俺がどうこう言えたもんじゃねぇだろ。気に入らないが」

「あ、二回言うほど重要なのね……んじゃあ次これ。結衣がヒキタニくんに告白したら?」

「───《ボッ!!》」

「……あ、うん。おっけ。なんかもう答え見えたわ。ヒキタニくん、結衣のこと好きすぎでしょぉ……」

「……まじか」

 

 そうなのか。…………そう、なのか。……そっか。やばい、嬉しい。

 

「んでどうよぉヒキタニくん。自覚してみて、感想は?」

「嬉しい───ハッ!?」

 

 ぽんと質問されて、ぽろりと本音が出た。

 答えるつもりはなかった、という言い訳が後から出るほど、それは本音らしい本音だったのだろう。

 するとどうでしょう、俺の胸にぎううと抱き付いていた由比ヶ浜の腕が少し緩み、顔が持ち上げられ、すぐ近くに好きな異性の上目遣いが……!

 

「ぐすっ……ひっ、ひっきぃ……今の……ほんと……?」

「ア、アーウー……イヤソノゥ」

 

 うわわわわ可愛いやばい可愛い不謹慎だけど泣き顔綺麗やばい可愛い慰めたいやさしくしたいなにこれやばい!

 

「い、いや……けど、俺みたいなのがお前の周りをうろついてちゃ迷惑───」

「そんなことないっ!」

「《びくぅっ!》ゆひょっ!? ……ちょ、やめてくれ……いきなり叫ぶな、本気でヘンな声が出た……」

 

 ゆひょってなんだよゆひょって。でも本気で驚いた時って、ほんと変な声出るよな。

 

「ぐすっ……うぅう……」

「《ぐりぐりぐり……》いや……おい……。なにか言おうとしてくれてるのは解るが、人の制服で涙全部拭うのってどうなんだ……?」

「……ヒッキー」

「……おう」

「他の人がうろつくのは、やだ。近くに居てくれるなら、あたしはヒッキーがいい……。周りの評価なんてどうだっていいし、近くに居てほしい人と居るだけなのにいろいろ言ってくる人こそ、あたしは近くに居てほしくないよ……? ヒッキーはさ、そうじゃないの……?」

「………」

 

 あ、無理。これ説得無理だ。むしろ俺が思ってるようなこと、あっさり言われた。

 その所為で説得力がヤバイ。

 俺を嫌うなら嫌うで構わない、居たいやつだけ居てくれりゃいいって、まさにそれだ。

 つまり、由比ヶ浜が覚悟を決めていればいる分だけ、断る理由がない。

 

「あー、ヒキタニくん? 俺もそっち行っていい? あ、やーその、そりゃ海老名さんのことはまだ好きだけど、改めて事情聞かされたら引いたっつーか……。いや、最初から答え決まってんならさ、ヒキタニくんや結衣を巻き込む意味、なくね? こんだけ大げさにしといて、結局俺ってば最初からフラレる流れだったんだろ? 確かに隼人くんは俺にやめとけやめとけ言ってたけどさ、きちんと“そういう事情”を話してくれりゃあさ、先延ばしくらいはしたよ? 俺。そこまで空気読めないわけじゃねぇし」

「ま、そうだな。今のまま葉山のグループで仲良しこよしってのは無理だろ」

「今の仲を大事にしたいんだったら、まず相談してほしかったわ……当事者に相談せず絶対に振る、なんて計画立てられてたんじゃ、俺ただのピエロだろこれ……ないわぁマジないわぁ」

「だから“そっちへ行っていいか”、か。いいんじゃないか? 決めるの俺じゃねぇけど」

「へ? いやいや、俺、ヒキタニくんと結衣とでグループ作りたいっつってんだけど」

「へ?」

「へ?」

「………」

「………」

「ゆ、由比ヶ浜、すまん、悪い、状況が理解出来ない。なんか言ってやってくれ、頼む」

「……ぐしゅっ……あたし、ひっきーが好き」

「言えってのはそうじゃなくてですね!? いや俺も好きだけど! ……ぐっは! どさくさで……っ……!! い、いや今のは《ぎゅうう……》……戸部、お前恨むぞこの野郎……」

「まーまー! 振られた俺と比べりゃ遥かに幸せっしょー! あ、俺これから結衣のこと由比ヶ浜って呼ぶからさ、ヒキタニくん、がんばっしょ!」

「……そりゃなにか? 俺にこいつを呼び捨てにしろって意味か?」

「前から呼ばれたいって感じはしてたでしょぉ、ほれ言っちゃえヒキタニくんっ!」

「……~~……」

 

 上目遣いの、涙が滲んだ瞳に期待が孕む。

 どうしろ、なんて……たぶんそれをするしかないわけで。

 ここでゆいゆいなんて言ってみろ、視界の端で凄まじい眼光を放ってらっしゃるユキノシタ=サンが再び特攻、今度は俺がビンタ喰らうわ。

 

「あーその……ゆ、結衣?」

「《ぱあああ……っ! ぎゅううう……!!》」

「いや……なんか言いなさいよ……」

 

 名前を呼んでみれば、無言で胸に抱き付き直し、ごしごしと人の胸に顔を擦り付けてきた。あーもう可愛い。

 つか……え? いいの? これ抱き締め返したりして……いいの?

 

「……?」

「《こくり》」

 

 窺うように戸部の顔を見てみれば、クチの端から舌をペロリと出し、ウィンク&サムズアップでGOサインが出た。

 そ、そか。じゃあ……

 

「………《そっ……》」

「《……ぎゅうっ》ふやんっ……!? ひっきぃ……?」

「すすすすすまんでもほらあのすまんやっぱキモかったよなちょちょっちょちょ調子に乗ったなすまん!」

「……ううん。嬉しい」

「───」

 

 ア……も、だめ、無理だわ。小町、お兄ちゃんもうだめ。これ完全に恋しちゃってる。

 むしろもう勘違いって逃げ道塞がれちゃってるから、どうすることも出来ないじゃん。えーと、じゃあなに? どうすんの?

 …………全力で恋していいんじゃねぇの? ───だよな。

 

「ゆ、結衣」

「あ……う、うん。ヒッキー」

「結衣……」

「ヒッキー……えへへ」

「結衣……」

「ヒッキー……」

「あんのー……ゆぃっ……っとと、由比ヶ浜もヒキタニくんも、フラレた男の前であんまいちゃつくとか勘弁してほしいんだけどさぁ……」

「! あ───わ、悪いっ!」

「ごめんねとべっち!」

「……んや、やっぱ続けてくれていいわ。迷惑いっぱいかけちゃったしさぁ。あ、でも今はもう帰んべ? そろそろセンセとかうるさくなる頃でしょぉ」

「……だな。雪ノ下は───」

「あっちでまだ優美子と一緒に隼人くん説教中だわ。ま、あっちはあっちでさ、俺達は帰るべ。んで失恋&成功パーティーでもやって慰めてちょーだいよ……」

「……まじか。リア充ってそんなことまでしてんのか」

「いんや、俺もやるのは始めてだけど」

「………」

「………」

「ま、まあ、いいか」

「そうそう! ノリ良くいこうぜヒキタニくーん! なんか俺、ヒキタニくんとなら上手いことやっていけそーだわー!」

「そんなこと言うならまず名前覚えろよ……」

「あ、そうだよとべっち。ヒッキーは比企谷、なんだから」

「お前のそのあだ名呼びもいろいろアレだけどな」

「え? ……や、やだった……かな」

「たとえば俺がお前のことユッイーって呼んだら」

「ヒッキーキモい! まじキモい!」

「なんでだよ! たとえ話だろうが! ユッイーキモい! マジきもい!」

「キモくないし! ヒッキーのばか!」

「いや……ゆい、がはまに馬鹿とか言われるとか辛いわ……ヒキタニくんまじ同情するわ……」

「とべっちひどい!?」

 

 そんなこんなで……まあ、なんだ。

 後日の話をすると、葉山グループから結衣と戸部が抜けた。

 三浦はいろいろ言ってたけど、最後はしゃーないって認めてくれた。

 グループを抜けたからって仲が悪くなる、ということもなく、三浦とはなんだかんだで交流は続けているらしい。……三浦とは、な。

 

 で、現在はといえば。

 

 とある日、とある放課後の奉仕部にて。

 

「いんやー……ノリで奉仕部入っちゃったけど、することなくね?」

「いや、お前サッカーは」

「よくよく考えたらべつにそこまで夢中ってわけでもなかったし、いんじゃね?」

「……まあ、葉山の影になってたって感じはあったから、お前がそれでいいんならいいだけどな」

「つぅかヒキタニくん、それなに?」

「なにって……結衣だが」

 

 修学旅行から戻ってきてから、いろいろあった。

 いろいろっつーか……相思相愛すぎてバカップル呼ばわりされているというか。

 今現在も椅子に座った俺の足の間に座った結衣が、俺と同じラノベを読みつつ「これなんて読むの?」とか訊いてきてたりする。やわらかい。いい匂い。やばい。

 

「はぁ……彼女持ちこそリア充とか言われるべきっしょこれ……。はーぁ、俺もこんな愛し愛されの恋とかしてみたかったわぁ……」

「ヒッキー、次のページいっていい?」

「おう、いいぞ」

「えへへぇ……♪」

「お、おい、あんまりすりすりするな、くすぐったいだろ……」

「えー? いいじゃんべつに……」

「……あのー、雪ノ下さん? この二人いっつもこーなん……?」

「話しかけないでちょうだい。気にしたら負けなのよ、“それ”は」

「あー……もうそういうレベルなのね……おっし、んじゃあ俺コーヒーでも買ってくるわー……」

「ああ戸部くん。ブラックコーヒーをお願い」

「おっけおっけ!」

 

 今日も奉仕部は平和である。

 ああちなみに、最近やたらと自販機のブラックコーヒーが在庫切れになるらしい。

 なんでだろうな、ほんと。

 


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