どこにでもあるようなガハマさんとヒッキーのお話 作:凍傷(ぜろくろ)
犬を庇い、足を折って入院した時に思ったことがある。
たとえば価値。
自分がこの世界に居て役立てることはあるのかと、独りきりで考えた。
とりあえずの答えとしては“健康な体があればいい”。
正直、尿瓶は恥ずかしいし、折れた足ではトイレに行くのも一苦労だった。
大きな傷があると人ってのはどうにもダメだ、中学で散々味わって慣れたつもりでも、心は強くならないままで、独り考える夜ばかりが続いた。そんな弱さに耐えられなくなりそうで、全てを諦めそうになる。
「はあ……」
車と衝突しても生きていたことは幸い。ただ、他人にとってそれは幸いだったのか、なんてことを考えたために自分の価値を……命の値段を測っていた。
犬が健康だったら自分はどうなってもよかったのか。それを思えば、躊躇もなく犬を庇って轢かれた自分にも納得が出来るかもと。
あったのは結局、どっちも死ななくてよかったじゃないか、なんて無難な考え。死ぬのはやっぱり怖いのだ。そして……自分の価値を諦めるのも。
だから今日も、そんな夜を受け止めて……自分の価値を誰かが拾ってくれる、そんなはっきりしないけどガキが描くような……落書きのような夢を見ている。
「………」
そんな俺を同情する声がたまに聞こえる。目が合えば絶句して逃げる人ばかり。
やさしい言葉は同情ばかりで、そこに理解は一切ない。
うるさい雨のようにざあざあと走るそれらを耳に、そんな同情ってだけのやさしさと一緒に自分の弱さを流せたら、俺はもっと強くなれるだろうか。
そんなことを考えた夜に、ひとつの答えを出した。
(悲しみは消える。でも───)
時間ってのはやさしい。でも、喜びだってやがて消える。
ありがとうを笑顔で言えていたいつかを思い、次の瞬間には蹴落とされたいつか思い。
誰に祈れば救われたのか。他人を頼ったのがだめだったのか。散々嘘を吐かれて、傷つけられて、ぼろぼろで継ぎ接ぎだらけの自分を引きずって。
“みんな”はいいよな。
なにかが憎くても、誰と戦えばいいのかも解らない。
苦しいから、救われたいから力を振り翳そうとしても、みんなは一人を責めた自分をみんなで攻撃する。
痛みは増える一方で、居場所は無くなる一方で。
それでも信じたかったから、目を腐らせても、誰も教えてくれない孤独の道を、注意深く進んでいた。
膨大な知識があればいい
孤独から抜け出るために、痛みを忘れるために、過去の自分は知識を欲して、総武高校へと辿り着いた。
弱い心はきっといつかのまま。強くなんてなれないから、せめてやさしさは敵だと決め付けて、守ろうと思った。守らなきゃいけなかった。もう、信じて傷つくのは嫌だから。
そんな知識の先で出会った少女は、なんだかんだと理由をつけては自分に構ってきた。やさしい女は嫌いだからと気をつけていても、彼女はいろいろな表情を見せながらも俺へ手を伸ばす。
自分の笑顔よりも、俺の手を取ることを尊いものだと思うかのように。
「───……」
「………」
だから突き放した。
ばか、と言って走り去った少女に罪悪感を抱かないわけもない。ただ自分を守りたくて言った言葉で、初めて自分の意思で人を泣かせたんだなって気づくと……じくんじくんと胸が痛むのと同時に、過去の自分が泣いているように思え、悲しくなった。
傷は、どれだけの知識や経験で覆っても傷のままなんだな、って……この時に思い知らされた。
いっそ感じることを諦められれば、ただの孤独な馬鹿として生きていけただろうに。そんなことさえ出来ない。そんなことが、こんなにも難しいだなんて、思わなかった。
それでも関係は続いて行くものだから、逃げられるものじゃないから、今日もよそよそしい日々が続く。
仲直りをして、ぎくしゃくした空気が消えて、そんな日々を歩いて、でも……気づけば“かけがえのないもの”なんてものになってしまっていた関係。
効率を重視したために崩れかけ、取り繕ってしまったから壊れることもできなくなった宙ぶらりんの関係。
それを今終わらせてもいいのかと考えて、何度も考えて、解らなくて、怖くて、辛くて。
いっそ終わらせてしまえば楽なんじゃないかって思えたのに、それをすることさえ怖いと感じた。
だから……その時。言葉を貸してくれた平塚先生に感謝を。
そして……終わらせる勇気があるのなら、続きを選ぶ恐怖にも……きっと勝てると。
あの日に無くしてしまった、そこにあるのにからっぽな奉仕部。いつしかそんな場所に居心地の良さを感じていた自分を思い、泣いた自分。
借り物の言葉だって構わない。そこに確かな鼓動があるなら───どうせいつかはこんな関係も終わってしまうって解ってる。でも、それでも、許されるのなら───!
こんな、青春っていう安っぽい言葉で済まされてしまうような、みんなの中のひとつでしかない旅を。自分と一緒に謳歌してほしいと。
「それでも俺は……俺は、本物が欲しいっ……!」
……。
やさしい言葉はもうなかった。
その代わりに、やさしくはない、けれど自分にだけ向けられたものではない他人事のような絆が、自分たちにかかった気がした。
一歩踏み出せばよかったのだ。
捻くれていたのは自分だけだった。
話そうとしなかったのは彼女もだった。
解ろうとして、歩み寄り続けてくれたのは彼女だった。
そんな三人で、ちっぽけなからっぽは満たされた。
(……ああ、そうだな)
そんな時に思い出す。悲しみは消えるというのなら、という自問。
悲しみは消えた。そのあとにやってきた喜びは、今ここにある。きっといつか無くなるそれも、今はただ愛しいと思える。
それを無くさないように、誰に祈ればいいのかもまだ解らない命題を、俺は苦笑と一緒に投げ飛ばした。
それよりも大切な手を取るために。
この世界にはたくさんの勝者と敗者が居て、でも……そんなものに明確な基準なんてない。ぼっちがぼっちじゃなくなったら負けだ、なんて問いがあるなら、勝利とも言えるし敗北ともとれる。
でも、それでいいのだろう。守りたいものは、自分が守りたいと確かに思ったものはあったのだ。
夢を見ることさえ教わらなかった。
どう歩いたらいいのかも解らなかった。
それでも……自分はそんな問答を続けていた自分よりも、一歩だけ大人になれたのだろう。
「───」
“続き”を選んだいつかから歩く日々は怖さでいっぱいだ。知らず、無くさないように、壊れないようにと大切に大切に守ろうとする。
そんな日々を守ろうとするのは自分だけじゃない。
必要だったのは歩み寄り、話し合うことだっただろうに、それが出来なかった孤独な二人は、本当のことだけ探していた少女に救われる。
笑うことよりも大切な誰かの手を……俺達の手を握って、全部が欲しいと呟いた少女に。
続きがくれるのは恐怖だけじゃない。勇気さえくれて、その未来に希望を持たせてくれた。
希望なんて持たないと、からっぽだった胸に湧き上がるのは、目の前の彼女がくれる希望だ。
無くなったのならまた持てばいいと。持てないのなら代わりに持つからと。笑顔で手を取る彼女に、俺と雪ノ下は、きっと……。
過去は消えないだろう。トラウマはそういうものだから、悲しみも消えない。
でも……それでも、悲しみは消えると誰かが言ってくれるのなら。
それはきっと、過去にある悲しみよりも、よっぽど眩しい喜びに変わるのだろうから。
消えない悲しみがあるなら。
それがいつか喜びに変わるのなら。
変えてくれる彼女が居てくれるのなら。
この青春っていう人生に、生きる意味をくれるというのなら。
どうせいつかは終わる、そんな人生って旅を───どうか、一緒に謳歌させてほしい。
お題/歌をSSに
*題材:BUMP OF CHICKEN 『HAPPY』