どこにでもあるようなガハマさんとヒッキーのお話   作:凍傷(ぜろくろ)

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とある八結の集いにて、なんの気なしにUPしたロビンマスクの絵がきっかけで、ウォーズマンとの子弟コンビの絵が見たいとか言われ、描くのではなく書いてみよう、という気になったので書いたら……うん、こんなんなりました。どうしてこうなった。


描くのではなく書いたらこんなんなったという例

 放課後の奉仕部に通う日数もそろそろ大変な数になる頃、いい加減読む小説も底を尽き、どうしたものかと悩んだ末に漫画を持ってくる日々は続いた。

 

「ヒッキーヒッキー、今日はなに見てるの? 漫画だよね? だよね?」

 

 そして、持ってくるのが小説ではなく漫画だと知ってから、やたらと人の傍をトテトテうろうろと歩きまわるようになったお犬さん一人。まるで散歩を待つ犬のようだ。いや、ほんと。

 

「昨日と同じだよ。つか、続きだ」

「へー! あたしも見ていい?」

(《もにゅんっ》あふんっ)

 

 由比ヶ浜は俺が見ているものがどうにも気になるのか、無防備にも背中に圧し掛かるようにして肩越しに漫画を覗いてくる。

 最初は横に椅子をつけて、だったんだが、端っこが読みづらいんだそうだ。どうしてこうなった。そして肩甲骨あたりにやさしく舞い降りたぬくもりが天国すぎてすごい。

 

「ってうひゃあああああっ!? ひゃっ、ひやああっ!? ヒッキーなんてもの見てるのっ!?」

「へ?」

「ゆ、由比ヶ浜さんっ!? どうしたの!?」

「うわーーんゆきのん! ゆきのーーーん!! ヒッキーが! ヒッキーが男の人が裸の漫画見てるよーーーっ!!」

「なっ……!? ……ひ、ひひひひきが、がやややくん……!?《わなわな……!》」

「あ、いや、ちょっと待て。誤解があるから落ち着け。どんだけ騒いでもいいから、まずは人の話を聞け。まず漫画持ってきた初日に言ったな? キン肉マンはプロレス漫画だって」

「……ええ。それがまさか、あなたが嫌っていた海老名さんの趣味に繋がるとは思いもしなかったわ愚腐谷くん……」

「だから待てっつーの……」

 

 なにグフガヤって。え? 海老名さんのあのぐ腐腐から来てるの? モビルスーツ的なグフかと思って、ちょっとトキメいちゃったじゃない。

 

「まず俺が見ていたのは倫敦の若大将ってやつで、ロビンマスクの青春時代を描いたものだ。恋人のアリサのために超人から人間にドロップアウトして、幸せになろうとした超人の物語だ」

 

 

【挿絵表示】

 

↑件の紳士である

 

「そう……男同士ではなく、男としての欲望を視覚的に満たそうとしていたのね。学校で、しかもこの奉仕部で、エッチな本を読むだなんて。私はあなたを存外高く評価しすぎていたのかしら」

「だーからちょっと待てっつーの。最後まで聞け。つか、読んでみろ。お前が思うようなエロス要素があったら、今後どんな理不尽も無条件で受け止めるわ。ほれ、由比ヶ浜も」

「う、うー……ほんと……? ヒッキー、腐ってない……?」

「アホか、俺は普通にその、お、女が好きだってーの……つか、なんてこと言わせんの、俺の好みとかどうだっていーだろ……」

「え、だ、だめ、言ってほしいな。ヒッキーさ、どんな女の子が好きなの? 言ってくんなきゃその、信じない、かな」

「お前鬼かよ…………。あーその、なんだ。俺を、その……」

「お団子つけてる? む、胸とかおっきい? 元気かな」

「おいやめろ」

 

 なんでどんどん限定していってんのキミ。

 

「…………《ペラ……ペラ……》」

 

 そして雪ノ下は、なにやら熱心に倫敦の若大将を読み始めてるし。すげぇ集中力。なにあれ、そんなに俺を理不尽に責めたいの? やだ怖い。

 

「ドロップアウト……なるほど。それで…………紳士ね、この男性」

「だろ? けどまあ、ちっと刺激は強いだろうから気をつけろよ」

「? なんのこ───ぶふっ!?」

 

 雪ノ下がページをめくる。

 と、そこにはおそらく、“何故か”鎧が外れたロビンマスクが描かれているはず。

 

「なハッ……ななな、なぜ裸にっ!? 比企谷くん!?」

「落ち着け、いいか、よーく聞け。キン肉マンに疑問は要らない。いいか? キン肉マンに、疑問は、要らない。どうしても気になったならこう唱えろ。認識しろ。受け入れろ。“ゆで先生だから”だ」

「………」

「………」

「あ、あの……ひきゅっ……ひきがや、くん……。紳士が……紳士が、裸で歩き始めて……」

「ゆで先生だからだ」

「あの……裸のまま、町まで……服屋まで……ひっく……」

「ゆきのん!? ちょ、ヒッキー!? ゆきのん泣いてるよ!? なんで!?」

「ゆで先生だからだ」

「顎が割れて……清々しい顔してても、さっきまで裸で町を……ひっく……」

「雪ノ下、笑っとけ。それはな、深く考えちゃいけないんだ。シリアスな笑いってやつだ。……笑って、いいんだよ。雪ノ下……」

「比企谷くん……」

「……ヒッキー、これほんとにプロレス漫画なの?」

「超人プロレス漫画だ。様々なツッコミどころを世界が認めた大変珍しい漫画だな。ほれ、由比ヶ浜にはこっちのウォーズマンがロビンにスカウトされる漫画だ」

「あ、そうなんだ。ふつーのキン肉マンの方で、たしかパロスペシャルが凄かったからスカウトしたんだよね?」

「…………まあそれの受け取り方は自由だが……ゆで先生だからな」

「? え? どういう意味?」

「後付も自由自在というか、楽しむ部分ってことだよ。ま、とりあえず紅茶でも飲め。ほれ、雪ノ下も。お前いくらなんでも動揺しすぎだ」

 

 紅茶セットでテキパキを紅茶を淹れる。

 出来るのかって? 人間観察S級ランクのぼっちをなめちゃいけません。もはやどのタイミングでどうすればいいのかまで見切っているまである。

 

「あ、ありがとう……いただくわ……《スズゲボハァッ!!》」

「ゆきのん!?」

「けっほこほっ! けほっ! うっ……ぶふっ! けっほ!」

「ヒッキー!? なに入れたの!?」

「信じられない速度で人を疑うんじゃねぇよ! なんも入ってねぇから……ほれ《ごくごく》ふぅ……自分の飲んでもなんともないだろ」

「あ……ほんとだ。ゆきのんのだけ? ん……《こくこく》……わ、美味しい……ゆきのんの紅茶みたい」

「疑ってたわりにあっさり飲むのな……」

「え? だってヒッキーだし……」

「………」

 

 疑ったくせに真っ直ぐに信じすぎでしょあなた。

 やめて? 照れくさいじゃない。

 と、照れを隠すように咳払いをして、雪ノ下が栞を挟んでいたページを開いてみる。と、

 

「? ヒッキー? …………うひゃあああああっ!? ヒッキーがまたぁっ!! キモい! ヒッキーきもい! マジでキモいからぁ!! 信じらんない!!」

「だから待てって……あぁもう」

 

 開いたページでは、何故か尻丸出しのまま宙に浮いているロビンが居た。

 テリーに鎧を各部位ごとに投げられて、何故か「ヒョオオ~~~ッ!」とか叫びながらガニマタフルチンで回転しながらパンツを履く紳士。そりゃ紅茶だって噴き出すわ。てゆーかだな。テリーもさ、まず一番最初にパンツ投げてやれよ……可哀想だろ紳士が……。

 

「ひっく……ひっく……紳士が……紳士が……」

「うぇえええん……! ヒッキーが……ヒッキーがぁあ……!」

「どうすんだよこれ……たすけてウォーズマン」

 

 そして今現在、紳士の行動によって奉仕部が崩壊の危機に陥っていた。

 仕方ないので雪ノ下には“ゆで先生だから”がどれほどこの漫画に説得力として正しいものかを、今日持ってきた漫画の全てを以って説明した。

 途中で珍しくもノックをして入ってきた平塚先生も含めて、わりとマジで。

 結果、俺と同じく平塚先生も“ゆで先生だから”を常識として知っていてくれたお陰で、雪ノ下は信じてくれたのだが……。

 

「………」

「………」

 

 完全下校時刻を過ぎ、学校から出ることになっても、由比ヶ浜は目に涙を溜めたまま、俺の制服を抓んで離さなかった。

 説得もしたしマンション前にも送ったんだが、離れない。

 ならばとマンションを上り由比ヶ浜家の前まで行って、由比ヶ浜マに引き離してもらう算段でチャイムを鳴らしても、こんな時に限っていらっしゃらないというタイミングの魔物に邪魔される。

 

「………」

「………」

 

 溜め息ひとつ。

 仕方ない、と独り言ち、抓まれたまま小町に電話した。

 

……。

 

 さて、自宅である。しかも愛すべき我が部屋。

 そこに由比ヶ浜を招き入れ、用意した小さなテーブルにはキン肉マン。

 とりあえずアレだ。納得いくまで語り明かそうじゃないか。これがいかにゆで先生だからで語れるものなのかを───!

 

「………」

「………」

 

 ……と、最初は意気込んでいたんですがね。

 なんでこいつ、俺の足の間に座ってんでしょうね。

 

「………ん」

「あいよ……《ぺらり》」

 

 しかもページめくるの俺だし。

 解らないことがあったら俺が解説しなくちゃならんし。

 いやね? だからね? 難しく考えることないんだっつの。ゆで先生だからでいいんだ。常識なんてそこにはない。複線なんてなにもないんだ。

 

「あ、あれ? ヒッキー? なんかへんだよ? ロビンがウォーズマンにパロスペシャル教えてるよ?」

「おー、よく覚えてたなー」

「これくらい覚えてるし! って、こっちでは、えんかく……なんとかで覚えたってことになってるし!」

 

 まあほら、どうなってるって言われても。

 

「いいか、由比ヶ浜。キン肉マンに限らず、ゆで先生は常にその場の流れで物語を作る。複線なんて無い。過去に描いたものは過去の流れで描いたものだ。本人が言ってたんだ。だから、今描かれているものとは違うんだ。三大奥義を適当にやったら雷が落ちるとか、喰らったのがマリポーサだけでもツッコんじゃいけない。未完成マッスルスパークをやったスグルが喰らわなかったからって、そこにツッコんじゃいけないんだ」

「そ、そっか……そなんだ……」

 

 渋々納得したようだった。

 逆に由比ヶ浜なら気に入ると思ったんだけどな。案外その場のノリで行動すること多いし。

 ……ああ、だからその場のノリでツッコんだわけか。

 ていうかあのー、近いんですが。なんかこれもう完全に俺が後ろから抱き締めてるみたいになっちゃってるじゃないですかー。

 

「……なんかいいね、ロビンとウォーズマンって」

「まあ、そーな。何も言わなくても解り合えるっつーの? 漫画の中じゃよくあるもんだが、昔はちょっと憧れたよ、そういうの。……って、んなことはどうでもいいか。……まあほら、なんかいいわけだよ。その二人は。片や顎が割れてて裸で街まで外出ジェントルで、片や機械の体なのにヒゲ剃ったりするからな」

「ツッコんでるじゃん! ヒッキーもすっごいツッコんでるじゃん!」

「え、あ、お、おいっ、やめろ暴れんなっ」

「え? あ、ひゃあっ!?」

 

 急に振り向いた由比ヶ浜に思わず仰け反り、由比ヶ浜は振り向き様に俺の胸でも叩こうとしたのか、空ぶったままにバランスを崩した。

 で……

 

「………」

「………」

 

 ラブコメみたいな押し倒しイベントが発生した。

 ちょ、待て、待て待て待て、どこでこんなイベントフラグ立てたの俺。奉仕部以外の何処でもねーよ。ていうかキン肉マンだよ。

 

「ゆ、い……がはま……」

「…………ひっき、ぃ……」

 

 すぐ目の前に互いの顔。

 息がかかるくらい間近で互いを呼んで、互いに赤面した。

 いや、だめだ、これはよくない。すぐに俺らしく行動しろ。押し退けるでもなく近いって言やぁ、真っ赤になって離れるに違いな───《ちゅっ》───…………あれ?

 なんだ? やけに目の前が暗くて、口が柔らかくてあったかくて……え?

 

「んゅっ……んっ……んんっ……」

 

 …………エ?

 え、あ、え……え? これ……え?

 なにこれ、由比ヶ浜? えーと。なんだ? 由比ヶ浜の口が、俺の口に……えーっと、なんつったかなこれ。

 …………あー! あーそーだそう、キスだこれキききキスぅ!?

 ……いや、夢とかだろこれ。ほら、例えばこう、肩を掴んで引き剥がそうとすれば───

 

「《がしっ》! ん、んー! んー!」

「《ちゅうううう!》んむーーーっ!?」

 

 めっちゃキスでした。しかも胸元にしがみついて離れません。いや離れませんじゃねぇよ、とにかくこれはいろいろやばい! 早く引き剥がして、ただ場の雰囲気に流されただけだろって言ってやらなけりゃ、こいつの今後が───!

 

「ゆっ……《ちゅぷっ》ぷあっ! ゆいっ《ちゅるるっ》んむぅっ!」

 

 引き剥がして───!

 

「ゆぶっ! ゆむむっ!《ちゅっちゅっ》ゆぷっふ! はむれっ……! はなれ《れるるるる》んむあああーーっ!?」

 

 引き剥がして……

 

「はぷっ!? ふむぐっ、ん、んー! んー!」

「はむぅっ……ん、ちゅっ……ひっきぃ……ひっきぃ……!」

 

 引き……

 

「ん、ぶ………………ん…………」

 

 ひ…

 

……。

 

 コーーーン……

 

「………」

「……ひっきぃ?」

 

 夜を越え、朝を迎えた。

 抵抗なんぞは無駄だった。

 もがいてもキスを贈られ、離せば好きを贈られ、それは違うと言おうとすればキスを贈られ、舌がもぐりこんできて、蹂躙され、それでも抵抗して、キスされ、好きと言われ、それでも抵抗して、それでもキスされて、されまくって、されすぎて、好きと言われ続け、それこそその、夜通し……く、口説かれ……て。あー……その、なに? つい先ほど……ええ、はい……口説き、落とされました……。

 もうさ、いいだろ。ここまでキスされて好きって言われて好きにされたら、信じる信じない以前に心から惚れるわ。

 ああもちろん、そもそもの問題として相手に信頼を置いているかどうかにもよるが。

 

「ねぇヒッキー」

「お、おう……?」

「お互いがさ、信頼出来るような関係、これからたっぷり作ってこーね?」

「ガッコ行ったら雪ノ下に“由比ヶ浜に押し倒された”って言っていい?」

「だだだめぜったいだめだし! やめてよぉ! 確かにそうだけど! そうだけどさぁ!」

「い、や……まあ、その、よ。ここまでされなきゃ頷きもしなかっただろうから、過ぎたことはいいんだが……」

「うー……!」

「わーったから泣きそうな顔で見るなよ……つか、いい加減上から下りてくれません?」

「……ヒッキーからキスしてくれたら、その、えと……いー……よ?」

「…………、と……じゃあ」

「あ、待って! やっぱだめ!」

「《ぐさぁっ!》……しようとしたところにダメ出しとか、お前どんだけ俺のこと嫌いなの……」

「ひゃああそうじゃなくてごめんヒッキーごめんっ! そうじゃなくって! えっと、えっとね? キスしてくれるなら、さ……あの……結衣、って……呼んでからがいーかな、って……」

「…………」

「………」

 

 心が(おまっ!?)って叫んだ。

 ていうか順序とかいろいろバラバラすぎません?

 そもそも恋愛というものはですね、まずは手を握るところからプラトニックなアレがアレで……

 

「結衣」

「───! ~~~っ《じぃいいん……!》う、うん……っ! ヒッキー……んっ……」

「ン……」

 

 口が勝手に呼びました。呼んで、キスをした。

 そうすると、大変困ったことについ少し前まで完全に赤の他人だった人へ、きちんと意識して自分が近づこうとしていることを嫌でも意識させられ、顔が灼熱した。

 が、なんかもうここまでくるとアレな。俺の恥とか二の次だ。

 名前を呼べばキスしていいんだよな。とりあえず昨日の仕返しから始めようか。

 やられたらやり返す。世界の常識だよな?

 

「結衣」

「ん? なに《がばっ》ひゃんっ!?《どさっ》え、あ……ひ、ひっき《ちゅっ》んむっ!? ん、んむ……んぁぅ……」

 

 とりあえずキス。とにかくキス。めっちゃキス。

 さあ、恥ずかしがって押し退けろ。そうすれば合法的に離れることが───

 

「ちゅるっ……んぷっ……れるっ……」

「ん、んん……ふああっ……んぷっ……りゅじゅっ……」

 

 ……離れ……

 

「んゆっ……んああぅ……ぷあっ……やぁ……ヒッキー、もっと……」

「《ちゅうっ》ふむぶっ!?」

 

 離れるどころか超受け入れられました。

 体勢を入れ替えて押し倒しまでしたのに、下から首に腕を回され、熱烈キッスの嵐。

 そんな感触と結衣の香りが頭の中を徐々に支配していき、俺は……じっくりと、自分ってものが溶かされてゆくのを……自覚した。

 体勢は再び覆され、拍子にテーブルに足が当たり、キン肉マンが一冊落ちた。

 ぱらりとめくれ、一瞬だけ見えたページでは、ロビンとウォーズがタッグフォーメーションAののち、ローリングベアクローを使っていた。

 

 

 

  ……なんかいいね、ロビンとウォーズマンって。

 

  まあ、そーな。何も言わなくても解り合えるっつーの?

 

 

 

 ああ……俺もそんな信頼関係を……なんて思いつつ、とろけた頭で由比ヶ浜の目をじいっと見ていたら、再び口を塞がれたでござる。

 

  ……ああ、まあその、なに? ……一応、目で伝わったってことで。

 口には出さねぇよ。恥ずかしいだろーが。


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