どこにでもあるようなガハマさんとヒッキーのお話   作:凍傷(ぜろくろ)

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お題、勘違い。


勘違いガハマさん

 サンタクロースを、いつまで信じていたか~なんてことは、他愛もない世間話にもならないくらいの、ど~でもいい話だが。

 それでも、いつまで俺がサンタなどという想像上の赤服じいさんを信じていたかというと……これは確信を以て言えるが、最初から信じてなど、いなかった。

 

「………」

 

 某アニメの始まりを頭の中で再生し、ふと思いふける。

 最初から、ってのは無茶なんじゃなかろうかと。

 この自分はおろか皆様にも目が腐っていると言われて愛されている比企谷さん家の八幡くんも、最初はもちろん信じていたぞ。

 つか、最初から信じないってどうすりゃそんな生き方出来るの。サンタの存在を知った途端、マスオサンタに夢でも壊されたの? それなら納得だが。

 いや待て、サンタを認識した瞬間に疑ってかからなければ、それは最初からではないのではなかろうか。

 

「………」

 

 さて、現実に戻ろう。

 金槌どこかな。こんな時は金槌だろ。金槌だよな? 

 

「………」

 

 ベストプレイスに辿り着き、俺としたことが愛しのマッカンを買い忘れたことを思い出し、戻ろうとした時。

 少し歩いた先で、チャラい雰囲気の男に声をかけられている由比ヶ浜を発見。

 あの、ほら、あれですよ。なんでそれで金槌になるかつったら……ほら。俺の中で黄金長方形認定No.1だから、急に黄金の回転エネルギーを体感したくなったっていうか。投げたらきっとあいつ回転しすぎてこう、どっかに吹き飛んでいくんじゃないの? 地面とか。

 

「………」

 

 由比ヶ浜が笑う。結構苦笑の色が強い。あれは嫌がってるな。

 

「………」

 

 止めに入るという脳内選択肢が出てくるが、生憎と俺にそんな権利はない。ただの部活仲間が他人の話に口出ししていったいなにになるというのか。

 まあ、ほら、あれだし。世界は平等じゃないにせよ、恋愛なんてもんに挑む権利は度胸を先に前に出したヤツの勝ちなわけだ。様子見ばっかで計算ばっかなヤツには本当の恋愛なんてものは出来やしない。

 ……俺と葉山がそうあるように、な。ほんとは誰も好きになったことなんかねぇって言葉、ざくりとくるよな。

 今の俺はどうなのか。ちょっと考えてみて、ため息を吐いた。その時、先を急いでいることを行動で知ってほしかったのか、由比ヶ浜がちらちらと男から視線を外して……俺と、目が合った。

 

  たすけてヒッキー!

 

 ……やだなにこれ、目で訴えられた言葉、簡単に読み取れちゃった。だってなんか泣きそうなんだもの。

 

「………」

 

 頭の中で行動を組み立てながら歩み寄る。

 男は典型的なアレな方みたいで、あーほら、居るだろ。自分が無視されるのは我慢ならないやつ。

 自分の話は何事よりも優先されるべきだーって、誰かがしゃべろうとすると大声で自分の声を通そうとするやつな。……だったみたいで、自分を見ていない由比ヶ浜を無理矢理自分へ向き直させようとして、

 

「《がしぃっ!》いっつ……おい、いきなりなにすんのお前」

「へ? な、なんだよお前」

 

 割り込んで、なんか俺が肩を掴まれた。

 いやほんと痛いなこれ。なにこいつ、こんな力で振り向かせようとかしてたの?

 

「あの、廊下の真ん中でべらべら、道塞がねぇでくれます? こちとら急いでんですよ」

 

 じろりと見つめると、男はバッと手を離して数歩後ろに下がった。

 ……おい、なにそのあからさまな態度。まさか男尊女卑な俺様型だけど男は苦手とかそんなお方だったの?

 

「ほれいくぞ由比ヶ浜」

「え? あ、うん」

「は? おいちょっと待……ってくれ、よ。そいつは俺と───」

「これから部活行くんだが。なに? 同じ部員でもねぇやつに、用事制限される覚えとかねーんですけど?」

「同じ部活っ……!? あ、ああいや、け、けどさ、それだけだろ? すぐ終わるから、あんただけ先行ってろよ、俺はその女と」

「………」

 

 うーわー、これ超めんどくさいタイプだ。

 俺様が高いところに上りすぎて、もう自分じゃ下り方解らなくて、でもとりあえず俺様だから威張っておこうって、何言っても自分が正しい、でも男とか大人は怖いとか自分の中で序列決めてそれがジャスティスを地で行く人……! やだ、初めて見ちゃった……!

 あー、っと。たしかこういう相手への対処は……。

 

「………」

 

 え? まじでやるの? やった途端にキモいとか言われそうなんだけど。

 でもな、この手のタイプは人の行動をいちいち舐めるように観察して、そっから誤解していくタイプだ。俺が小声で由比ヶ浜に作戦内容をささやけば、もう俺がどんな行動を取ったってそれを信じないだろう。

 つまり、その、演技だ、とか伝えることなく実行して、由比ヶ浜がそれを受け入れる演技を完璧にこなす必要がある。

 ……演技? え? このゆいゆいさんにそれを望めと?

 いや、これは賭けるしかないだろう。いやほんと、この手のタイプって一度執着すると堂々と犯罪出来るタイプのストーカーにまでクラスチェンジ出来ちゃうし。

 

「………」

 

 ギロリと男を一睨み。

 腐った目で真っ直ぐに睨まれると結構効くのか、男は再び数歩下がると、ごくりと喉を鳴らした。

 俺はそれを確認せず、自然な動きで由比ヶ浜───いや、意識から変えろ、こいつは恋人、恋人、恋人───……おし。

 自然な動きで結衣の肩に手を置き、抱き寄せ、男を睨んだままに言ってやる。

 

「こいつは俺の女だ。気安く声なんてかけてんじゃねぇよ。潰すぞ」

 

 主に情報社会に言いふらして姑息に社会的に。

 

「は、は……? お前の女? そんなの誰が許し───」

「結衣」

「ふえっ!? は、はいっ!? ……え? ヒッキー……?」

「お前は、俺の女だな?」

 

 肩を抱き寄せ、顎をくいっと持ち上げた上で、世界の汚さとか面倒臭さ、その他もろもろを頭から一掃、こいつを守ることだけを頭に、そう言ってやる。そう、本気だ。本気でこいつが恋人で自分のものだと意識しろ。のちの面倒とかストーカー事件はもちろん、追われた先でこいつが刺されるとか襲われるとか…………冗談じゃねぇんだよこの野郎。

 だから腹に力を込め、嘘を混ぜない本気の、それこそ自分の中の過去最大の勘違いを自分自身で暗示をかけるようにして言ってみせた。

 途端、結衣はぴくんと肩を弾かせ、慌てそうになったその体は力を抜き、表情はとろんととろけ、瞳は潤み……

 

「は、い……あたしは、ヒッキーの……」

 

 とだけ。

 続きは喉の奥でもごもごと囁かれたが、その手は俺の服の胸元をきゅっと握り、最初は額をとんと胸にぶつけてきて、次に身を委ね、寄り添ってきた。

 

「……で?」

 

 そんな状況に心底安心……すればそれを読み取られるのは解っていたから、余裕の笑みを浮かべて男を見る。

 男は呆然としたのちにへらへら笑って、取り繕うように何事かを言うと、慌ててばたばたと駆けていってしまった。

 

「………」

「………」

 

 さて。

 

「《グボンッ!》」

 

 ぐああああああああああーーーーーーーっ!!

 なにやってんのなにやってんのアホですかバカですかやらなきゃいけないっつったって限度があるでしょバカバカバーカバーカ!!

 おああああ顔熱ぃいいい!! 絶対これ瞬間沸騰とかやってるよ擬音で例えるとグボンとかだようおおおお恥ずかしいなにが俺の女だだよぎゃああああああもういっそ殺してぇええっ!!

 

「………」

 

 などという心の葛藤は、家に帰ってから存分にいたしとうございます。

 今は状況のケアを最優先に、だ。

 いや、でも由比ヶ浜の演技完璧な。あれ俺じゃなくてもっつーか間近で見てた俺も完全に騙されてたよ。

 あ、こいつ俺の女なんだ、なんて納得しちゃうくらい……いやいやおいおい、そこは“納得しちゃいそうになるくらい”だろ、なに納得してんの、それもう勘違いだからね? 勘違い、かんちが……

 

「…………《ぽ~……》」

 

 ……いやあの、由比ヶ浜さん? あの? もうそのー……彼、もう行ったよ?

 目を潤ませたまま、まるで主人の命令を待つ犬のように、期待の色を込めた目がそこにあった。

 が、その奥には不安というか、確信が持てない弱さみたいなものがあり……あれ? もしかしてこいつ、あれが演技だとか理解してない?

 いやまあ相当というか、人生の中で超最高ってくらい全力でやったが……むしろ自分も騙せるくらいの意識でやったが……。これはまずいだろ、こんな勘違いでこいつの青春を潰していいわけがない。

 ちゃんと言ってやろう。言って、勘違いを正して、またこいつが“そ、それくらい解ってたし!”とか言って……元通りに。

 

「結衣」

「───! うん……!」

 

 あ。

 つい自分の暗示が解けないまま、結衣って呼んじゃった。

 しかも、途端に瞳の奥の不安が全部吹き飛んで、結衣の目が本気に……。

 ……あれ? これもう無理じゃない?

 これもう取り返しつかなくない?

 あ、そそそそうだ、アレな、いつも通り俺が俺らしくやって、解消しちまえば……。

 相手にとって引いてしまうような質問とかをして、こう、自然に……!

 

「結衣、質問がある。お前がクッキーを渡したい相手ってのは誰なんだ? 好きなのか?」

「う、うん。あたしはずっとヒッキーが好きで、渡したい相手がヒッキーだから、最初に相談しに行った時に驚いて……」

 

 ……うん? あれ? なんかこれ自分で自分を追い詰めてない?

 いや、ていうか俺も“結衣”じゃなくて!

 

「サブレを助けてもらったお礼か?」

「ただのお礼じゃないっ!」

「おわっ……!?」

「身を挺してサブレ助けてくれて、そりゃ最初は感謝が強かったけど……罪悪感もあったけど……でも、ずっと見てて、それで、どんどん好きになって……! だから、あたしは……!」

「……そ、そうか」

 

 だから、そうかじゃなくてだな! ……お、おし、これな! これもう確実、絶対100%ドン引かれる! 奉仕部の関係事態が軋みそうだけど、こればっかりはリセットしてやらなきゃまずいだろ……!

 

「じゃあ、次の質問だ。今まででお前は誰かを好きになったことがあるか?」

「……うん。あたしは、ヒッキーが初恋で、初の……えへへぇ……♪《ぽぉお……》」

 

 ぐっ、ぅぉお……! なにこの心を許してますってとろけるやさしい笑顔……!

 え? まじでやるの? この質問本気で投げかけちゃうの? 今なら冗談で……いや、なんかもうこれ冗談ですとか言っちゃったらこいつ泣いちゃわない?

 ……いや、けど、これがこいつの今後のためになるなら───!

 

「……じゃあ、最後の質問だ。……お前は処女か?」

「…………」

 

 後悔、到来。胸の痛みが尋常じゃな《きゅっ》……痛みが鋭いところに、やさしい手の感触が届いた。

 

「……うん。見た目の所為で言われちゃったこともあるけど……好きでもない人に、体をゆだねたりなんか、しないよ? だから───」

 

 だから、と。

 痛んだ胸に手を当てたまま、俺を見上げて言った。

 

「そんな、辛そうな顔、しないで?」

「───」

 

 質問でも行動でも結果でも、傷つくのは結衣だとずっと思っていた。

 それが隠し切れずに顔に出ていたようで、結衣は俺の頬に手を当て撫でると、背伸びをしてちゅっ……と口にキスをしてきた。

 

「あたし、この格好やめるね。全部元に戻して、たぶんヒッキーがどっかで聞いちゃった噂とか、全部解消する。してほしいこととかあったら言ってね? あたし……今、なんでもしてあげたいって気分なんだ。えと、ほら。あたし……ヒッキーのだし」

「───」

 

 俺がどーのこーの言うより先に、自分の全部をぽすんとパスされてしまった。

 なんという先手必勝。

 クッキーあげたいのが俺で、好きなのが俺で、好きでもない人には体を許したくなくて、でも俺にはこうして預けきってて、笑顔をくれて、キスしてくれて。

 ……あれ? 勘違いから始まったのに誤解が何処にもなくなっちゃったぞこれ。

 こんなん普段から気になってて、ナンパされたら金槌投げたくなるような相手にされた日には、誤解も勘違いも浮ついた惚れやすさも通り越して、本気で好きになっちゃうだろ。ていうかもうなってる。だめだこれ、逆に俺がオトされた。

 あ、けど、ちょっと確認。これで拒絶されたら目も覚めるから。

 

「結衣」

「うん、なに?」

 

 サブレが“遊んで!”っていうかのように、目を輝かせて俺を見上げる結衣。なんかもう苗字で呼べなくなっちゃった、どうしよ。

 いやいこう、これで拒絶とかされたらもう頷く。それでよかったのだと。

 

「キスしていいか」

「あっ…………うん」

 

 少しうつむき、けれどホワッと微笑んで、彼女は頷いた。拒絶どころじゃねぇよこれ完璧に受け入れられちゃってるよどうすんのこれ。

 やがてつま先立ちになるでもなくそのまま顎を持ち上げ、目を閉じ……俺はそれに、自然と惹かれ、吸い込まれるように……キスをした。

 

(───あれ?)

 

 いやキスをしたじゃなくて。

 あ、だめ、これもう戻れない、俺からしちゃったらもうだめだよこれ。勘違いが本気になって、自分の中で固まってしまった。

 

───……。

 

 それからというもの、結衣は教室の中だろうと話しかける……ということはなく、今まで通り教室では俺に対しては静かなもの。

 しかしひとたび教室から出ると犬のように飛びついてきて、腕に抱きつくとそれはもうすりすりして、ひっきぃひっきぃって甘えてくる。……いやあの、それものすげー意味ないですからね? なに、一歩教室から出たら抱きつくとか。教室で抱きつかない意味がないくらいじゃない、ほら、同じクラスの方々が固まってらっしゃるよ。

 最初はこうじゃなかったんだが……なんでか結衣にチョーカーをねだられ、ほら、俺も彼氏ですし? 誕生日プレゼントに親からもらった一万がまだ残ってたから、初彼女の初ねだりですしと買ったんだ。

 買ったんだが……それを首につけてと言われ、つけた日から……変わった、と思う。

 いや、普段通りですよ? 普段通りなんですけど、俺への甘え方がすごいっていいますか。

 え? 犬なの? 犬プレイ?

 なんて勘違いしてしまわないよう気をつけつつ、腕に抱きつかれつつ頭を撫でると喜ぶもんだから、ついつい撫でてしまう。

 

「……結衣?」

「なに? ヒッキー」

 

 思えば、昨日の家デートもやばかった。

 デートプランとか組み立てるの苦手だし、いつも通りドン引きネタとして、待ち合わせ場所に行ってから「じゃあ帰る? それとも帰る?」なんて言ってみれば、「うん」と言われて自宅へ。結衣も一緒に。

 あれ? なんて思いつつ、俺も本気じゃなかったから自室へ案内して、そこでまったりとしていたんだが。

 だんだん自分がそこに居ることに慣れた犬のように、結衣の行動は積極的になっていき、最初はじっとしていたのに俺の傍に来て、服を抓んで、手を握って、腕を抱いて、腰に抱きついてきて、胸、やがて首……になると、キスの嵐であった。

 じゃれつく犬が顔を舐めるみたいに、ちゅっちゅと、何度も何度も。

 今じゃ、視線を交わすとキスをする、みたいに……いや、そのくせいやに丹念に心を込めてキスするもんだから、俺ももうなんといいますか、楽しみにしているというか。もうだめね、俺完全にこいつにやられてる。

 けどまあ、前後したとはいえきちんと言わなきゃいけないことってあるだろ。

 

「好きだ。ずっと俺の傍に居てくれ」

「………………うん。~~……はい。えへへ、ていうか、ヒッキー以外とか絶対やだし」

「お、おう。そか」

「でも……えと、たまにさ、もっかい言ってくれないかなーとか……その」

「好きだって? 何度でも言うぞ?」

「あ、や、そうじゃなくて、その」

 

 ちらちらと俺を見上げては、何かに気づいてほしそうに……恐らくは言ってほしい言葉とやらを待っている。

 はて? と思っていたら、結衣の首のチョーカーが目に入った。

 ……まさかとは思ったが、まあその。実験というか、妙な独占欲が働いたというか。

 だからいつかのように自分に暗示をして、強気のままに抱き寄せ、囁くように、けれど力強く言ってみた。

 

「結衣」

「ひゃっ……は、はいっ……」

「お前は、俺の女だな?」

 

 自分でもギゃーとか言って赤面して逃げ出したくなるような言葉。それをしっかりと結衣に届けると、結衣は「ふわっ……」と小さく鳴き、へなりと力を抜いて、真っ赤な顔のままで俺に体を預けてきた。

 ……やだ、間違ってなかった。え? 定期的にこれやらなきゃいけないの? 俺めっちゃ恥ずかし《カツァーン!》

 

「…………」

「…………」

 

 ギャア。

 物音がしたんで見てみれば、わなわなと震え、ケータイを落とした三浦さん。

 

「ヒ、ヒキッ、ヒキキッ、ヒキ、オ、オオオ、オォオ……!?」

 

 三浦はまるで、言葉を忘れてしまったかのようにヒキヒキ呟き、俺と結衣とを何度も指さし……ああえっと。これ結衣にも早急に教えたほうがいいやつだよな。うん。

 というわけでとんとんと肩を叩いて向こうを向くように促してやるんだが、結衣はそれを俺に呼ばれたと思ったのか顔を持ち上げ、俺が見下ろすタイミングとそれが丁度合い、目が合って固まってしまって。

 ハッと気づいた時にはキスをされ、見守っていた三浦が真っ赤になり───やがて叫んだ。

 

 こうして人前で堂々とキスをしているところを目撃されるに至り……俺と結衣は晴れて、知人公認のバカップルになった。

 勘違いから始まったくせに、祝福されるとか……俺の周囲、地味にいいやつ多すぎでしょ。

 特に文句言いながらも一番祝福してくれたどこぞのオカンとかオカンとか。


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