どこにでもあるようなガハマさんとヒッキーのお話   作:凍傷(ぜろくろ)

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長い時間をかけた想い

 でーでーでーげーでーで・デーゲーデーデーデェ~♪

 でーげーでーでーでーで・テーローレー♪

 

「はっぽぉおおおおーーーーーーーーーーーーん!!」

 

 休日。

 なんの偶然なのか、適当にぶらつこうと歩いていたら見知った人々と出会い、捕まった。

 なんでかカラオケBOXに行くことになって、現在は数人で薄暗い密室でキャッキャウフフ。

 いや、そんな華やかなもんじゃねぇけど。

 

「参上ォッ! 必勝ォオッ! 剣豪ォ将軍ンンッ!」

 

 材木座が先陣切って一撃男のOPの替え歌を全力で歌っているあたりからして、なんかもう幸先がアレだ。

 

「でもヒッキーが外に出てるなんて珍しいよね」

「なにお前、俺の心抉ってそんなに楽しい?」

「そんなんじゃないってば、ただ珍しいねってだけじゃん。もう、なんでそんな受け取り方ばっかすんの?」

「ん……その、悪い。俺もべつに、おかしな風に言うつもりはなかったんだけどな。ほれ、いーから歌え歌え。提案したのお前なんだから」

「うんっ、あ、ねぇねぇヒッキー? 一緒に歌わない?」

「え? いや、いいよ」

「知ってる歌、なんでもいいから言ってみてよ。歌えそうなら歌うから」

「っつってもな……」

 

 なに? アニソン一緒に歌えって? そういうノリじゃないだろ、お前のは。

 じゃあアレか。俺に歌えるJPOPなどを提示しろと。

 ……まあ、知らんわけでもないからいいけど。

 

「じゃあ───」

 

 ひとつリクエスト。

 材木座が歌い終わって、戸塚が拍手し、雪ノ下が困惑し、葉山が苦笑いを浮かべる中、俺と由比ヶ浜はマイクを取った。

 で、歌う。

 由比ヶ浜が知っているか、多少の心配はあったものの、普通に歌ってくれた。

 

「むー……」

「お、おお……どした? やっぱ俺と一緒なんて嫌だったか」

「そうじゃなくて。……えと。こういう機会もあるかなーって、アニソンも勉強してきたんだ。なのに選んでくれなかったから」

「いや、勉強ってお前……アニソンどんだけあると思ってんの」

「ヒッキーが好きそうなのを小町ちゃんに選んでもらって、それで」

「………」

 

 小町さん? 兄のプライベートって……あ、そうですね、ありませんね。

 

「八幡、やっぱり歌上手だよね!」

「そ、そうか? おう、ありがとうな」

「ヒッキーのばか、キモい……」

「いきなりそれはないだろおい……」

 

 いや、確かに話の途中でいきなり戸塚の方向いたのは悪かったけど。

 それだけだよな? なにをそんな、頬を膨らませてまで怒ってるんだ、こいつは。

 

(……と、まあ)

 

 気づかないフリ、目を逸らすってのも……胸が痛むもんだ。

 小町に訊いてまで、行くかも解らないカラオケのためにアニソンを練習したという。

 誰とのカラオケのために? ……。

 

「なぁ由比ヶ浜。ひとつ確認。お前さ、材木座と二人きりでカラオケとか行きたいか?」

「……~~……《じわ……》……やだ」

 

 はい、あの、ごめんなさい、泣かせるつもりはなかったんです、ていうか例え話で泣くほど嫌ですか、なんか俺もトラウマ思い出しそうなんで勘弁してください。

 隣の席になったからってあからさまに嫌がるとか、俺があなたになにをしたっていうんですかとかなんかもう鬱だ死のう。死なないけど。

 ……。

 まあ、ほら、あれな。

 最初っから俺と一緒に、しか言ってなかったんだから、確認するまでもねーだろ俺。

 

「-----……!!」

 

 雪ノ下が高く、しかし激しくはない声音で、騒がしいカラオケ独自の空気を破壊する。

 そんな中で、ひとつひとつと心境の確認をしながら出番が来れば歌う。

 戸塚の歌にときめき、葉山の歌に無駄に上手いなこのリア充めと悪態をついたり、材木座の歌をスルーしたり、由比ヶ浜の歌に…………

 

「ほむんっ……!? このイントロは……馬鹿な!? アニソン!? いや、似ているだけなのか!?」

「わあっ……なんか賑やかそうな始まりだね、八幡っ」

「あ、い、いや……戸塚、この歌は……」

 

 聞いたことはある。ただの偶然だが、本当にたまたまそのアニメの最終話だけを見ただけ。

 暇だったんだ。どんなアニメでもよかった。

 眠れなかったからと、小説を読む気分でもなかったから、たまたまつけたテレビで、昔のアニメをやっていた。

 一番最初に最終話を見るとか、なんて笑っていたが……その最終話に流れた歌が、これだった。

 歌が始まり、由比ヶ浜が歌う。

 アニソンやアニメのことになればうるさい材木座が、ハッとして口を閉ざすほど……その歌には、ああ、その……なんて言えばいいんだ? 気持ち……心? が、込められているように感じられた。

 

「あなたと出会った、あの頃の私は───あなたの一番、嫌いなタイプだった」

 

 アニメで聞いて、心に沁みて、歌のタイトルを検索したいつか。

 名前は……恋愛の時空。

 

「いつでもわたしを、無視してたあなたは───」

 

 その歌には物語がある。

 結局、最終話しか見なかった俺がそれを語るのは烏滸がましい。

 けど……歌こそに物語があるのなら、きちんと出会い、顔を合わせ、“俺の敵じゃねぇか”と認識したいつかを嫌いなタイプと喩え。

 元気に近づいてきても軽くあしらい構おうとしなかったそれを、無視と喩え、黒歴史を知識として提供したり経験則や効率を武器にした俺との会話は、さぞかしかみ合わないもので。

 いつでも無視をしていたと。話が合わないやぼったい男だと思っても仕方のないことで。

 

「───」

 

 ……熱い恋に予感なんてない。

 俺達は……少しずつ変わったのだろう。

 敵としてしか見なかった瞬間を思えば、同じ部の仲間として。

 同じ依頼を前に悩む者たちとして。

 死ねばだのぶっ殺すぞだの言い合った頃と比べれば、その差は大したものだろう。

 

  桜が散る頃に、偶然会いましょう───

 

 ……。由比ヶ浜は、ずっと俺を見ながら歌っている。

 穏やかな笑みを浮かべながら、届け、届けと願うように。

 再会で失敗してしまっても、もう一度始められるのだと。いつだって戻れるのだと。

 長い時間を……青春時代の一年間なんて時間をかけて温めた、最高の恋なのだからと口にするように。

 

 ……その想いを恋と。

 彼女はそう歌い、俺に手を伸ばした。

 反射的に掴んでしまった手を、由比ヶ浜は嬉しそうに握り返し、俺を引っ張って立たせる。

 で、マイクを差し出すもんだから……戸惑いながら、けれどまちがえないように丁寧に歌う。

 そう……心を込めて。

 人の言葉に逆らい、自分の理論ばかりを前に出していた誰かさんに、手を焼いていたことだろう。

 なにかしらの感情を向けていたのには気づいていたのに、気づかないふりをしていつもそっけなく突き放していた。

 さぞかし憎らしかったのではないかと……今では思う。

 相手が抱いていたものが恋ってものなら、きっと甘いだけではないのだろう。

 恋なんてものは、擦れ違い、傷ついて知っていくものなのだ。

 俺のように勘違いをして知っていくべきものじゃない。

 

  桜が散る頃に偶然会いましょう

 

 四月の偶然の再会でいがみあい、それでも話し合って解り合って、知ってゆく。

 校則から明らかに外れた見慣れない服を着て、知っていた筈なのに他人の顔をして。

 画面に映る歌詞をなぞるように歌いながら、考えた。

 手を離さず繋ぎ続ける彼女のそれは、俺を見つめ続けるその意味は、最初の出会いから続いている長い恋なのか、と。

 途端、それは勘違いだと心が警鐘を鳴らすのに……俺は、この繋がれた手と、見上げる眼差しを欺瞞だの一言で片づけることをしたくはなかった。

 これが誤魔化しやら騙すための行為に繋がるなら、俺が磨いた人間観察スキルなんてなんの役にも立たないものだ。

 

  やがて、歌が終わる。

 

 気づけば俺も心を込めて歌っていて、終わった途端、その場に居た全員から拍手をもらった。

 そんな状況でも、俺と由比ヶ浜は見つめ合ったままだ。

 

  ふっ、と。手を引き、彼女を引き寄せ、抱き締めたくなった。

 

 けど、そんな衝動は消してゆく。

 こんな状況でそんなことをすれば、由比ヶ浜はいい笑い者だ。

 人の目を考えろ。

 そうだ、そもそも歌に引っ張られて心が浮ついただけに決まっている。

 勘違いをするな。

 俺は───

 

「……ほんとはね、二番、ゆきのんに歌ってもらいたかったんだ」

「っ……由比ヶ浜?」

「ヒッキーとゆきのんの出会いっていうのを、あたしは知らないけどさ。えと、結構キツかったんだよね? 平塚先生が笑いながら言ってた」

「……おう」

「え、ええ……その……あまり、思い出したくない……かしら《かぁあ……!》」

「ねぇゆきのん。あたしね、ヒッキーが好き。……好きなの」

「!? ゆ、由比ヶ浜さん!?」

「ゆっ……い、がはま……?」

「ゆきのんは……どうかな。練習の時、この歌を一緒にって言ったら断られちゃったけど……」

「結衣、ちょっと待」

「葉山くん、今は邪魔しちゃだめだよ」

「えっ……と、戸塚?」

 

 俺が言葉に詰まっている中、葉山が止めようとするが、それを戸塚が止めた。

 見たこともないくらい真剣な目で、力強くきっぱりと。

 

「……。はぁ……由比ヶ浜さん。私に、その男への恋愛感情はないわ」

「え……そうなの? だって」

「なんだかんだと人を救う姿と、文句を言いながらも様々を受け止める……そんな在り方に、その……少しだけだけれど憧れたことならある。けれど、それは好きとかそういうものとは違うのよ」

「……ほんと?」

「ええ、誓ってもいいわ」

「……あたし、ゆきのんと喧嘩しなくて……いいの?」

「? なぜ私が…………ああ、なるほど、そういうことなのね……。由比ヶ浜さん? この際だからはっきりと言うけれど。私がこの男とそんな関係に、ということは在り得ないわ。姉さんが念仏のように唱えているけれど、彼と付き合うつもりもなければ、彼氏にしたつもりもないの。むしろあなたの気持ちがきちんと固まっているのなら、余計なお世話でもないのなら手伝いたいくらいよ」

「ゆっ……~~……ゆきのん……! あ、あたしっ……あたし、ゆきのんのこと大好き!」

「!? ……、い、いえあの……わ、私にそちらの趣味は……っ……」

「え? あ、ちちちちちがっ、違うよ!? 違う違うっ! ただほらやーそのあれでっ……ってこれヒッキーみたいだ! そうじゃなくて! 友達としてっ! 親友として好きってことでっ!」

「そ、そう……あの、あまり驚かせないでちょうだい……心臓が止まるかと思ったわ……」

「え、えー……? そこまでなんだ……」

 

 何気にショックらしい。

 つーか俺も結構ショックを受けている。

 いや、雪ノ下の言葉にじゃなく、まさか……勘違いだと思い続けていた、いや……言い聞かせていたものが、事実だったなんて、と。

 

「さ、蟠りも迷いも晴れたでしょう? 親友を彼のもとへ向かわせるのはとてもとても癪だけれど……あなたが好きだというのなら、これも応援になるのでしょうね」

「ゆきのん……うん。───ヒッキー!」

 

 そしてようやく、彼女は俺へと向き直った。

 真っ直ぐに、俺の手を繋いだまま。

 もう次の歌のイントロが始まってるのに、誰も歌わないまま。

 やさしいイントロだ。静かに流れるBGMを耳に、俺もきちんと自分の気持ちと向き合いながら、由比ヶ浜を見下ろした。

 この告白劇の全てが本当のことならば、俺は自分を押し付けることでどれだけこの娘を傷つけてきたのだろう。

 普通に出会い、妙な先入観さえ持たなければ、傷つけることもなく再会できたかもしれないのに。

 

「~……♪」

 

 やがて曲が終わり、次に入ると材木座が静かに歌う。

 激しい歌でも暑苦しいわけでもなく、ただただ静かな……恐らくは喉休めのために入れた歌なのだろう。

 それに戸塚が遅れて乗って、歌詞とメロディーの流れを多少聞いて頷いた雪ノ下が乗り、最後に葉山が歌い始め……俺と、由比ヶ浜は。

 

「……誤魔化すとかそんな雰囲気じゃないよな」

「うん。逃げたら泣いちゃうから」

「……泣かれるのは、もう嫌だな」

「……ん。あたしももう……さ、泣くなら嬉し涙とかがいい……かな。えへへ」

「……偶然会った時から、考えてたのか? 戸塚とかもか?」

「あ、ううん? ゆきのんとも偶然に会って、他のみんなも全員偶然。あたしはただ……うん。ただ、待たないで、迎えに行こうって思ったから」

「……そか」

「ん、そだ」

 

 見つめ合う。手を繋ぎ、互いに逸らさずに。

 こ、こういうのは……男から、だよな。

 これで実は違いましたとかだったらもう死ぬわほんと。

 

「ひとつ、いいか? まず先に確認をとっておきたい」

「え、と……あたしの気持ちなら───」

「いや、そうじゃなくて。それはもう十分伝わってる」

「《ボッ!》……あ、う、ぅううううん……! えと……うん……」

「その。……名前で呼んで、いいか?」

「───! う、うんっ、うんっ! 呼んでほしいっ! 結衣って…………ひっきぃ……っ!」

「……っ……」

 

 ……やばい、なにこれ可愛い。

 花が咲くみたいにふわぁって広がる笑顔って本当にあるのな……!

 破壊力すげぇ……なんだよこれ、ほんとやばい可愛い……!

 勘違いじゃなくて、本当に自分にその好意が向かっていたんだって認識したら、俺の由比ヶ浜に対する感情とかが制御不能状態でそっちもやばい……!

 ……、……よ、よし、深呼吸よし。

 躊躇はするな、一気にだ。だが勢いはつけるな。急げば噛む。絶対にだ。

 焦るな。丁寧に、ゆっくりと、相手が聞きこぼさないようにだ。

 

「結衣……」

「あ……う、うんっ…………!」

「俺と、友達から始めてください」

「うんっ───え?」

『《ずどごどしゃあっ!!》』

 

 ……? 言った途端、戸塚らがズッコケたんだが。な、なに? なにがどうした?

 

「ひ、比企谷くん……! あなたね……!」

「え? な、なんだ? なんかヘンなこと言ったか?」

「八幡……そこは好きです、とかじゃないの……?」

「いや……部活仲間からなら次は友達だろ。そりゃ由比ヶ浜と……あ、いや、結衣、と恋人ってのは、その、あれだ、正直嬉しいし、マジかって小躍りしたくなるくらい嬉しい。なんなら絶叫したっていい。けど、いきなり恋人は……もったいないだろ。俺はまだ友達ってものを知らないし、どうせならそういうところから一歩ずつ知っていきたい。いきなり恋人としてを求めるんじゃなくて、……その。長い恋、ってのを大事にしたいっつーか……」

「……ヒッキー……」

「関係がどうであれ、知ろうとすれば出来ることくらいは解ってるつもりだ。解ってるけど、だからこそ大事にしたい」

「ふふんむ! よくぞ言った八幡よ! 敵を知り己を知るは勝利を掴むための常套手段! けどなんか祝福するのが腹立たしいから応援なんてしてあげないんだからねっ!?《ポッ》」

「いらん」

「ひどくないっ!?」

「比企谷……君は」

「……。俺に友達なんて居ない。だから、大切にする。それは親友になったって恋人になったって変わらねぇよ」

「えと、八幡、僕は?」

「いや、戸塚は天使だから」

「も、もう八幡っ!? そういう冗談はいいからっ!」

 

 え? 冗談抜きで天使ですが?

 え? 違うの?

 

「え、と……ヒッキー? あたし……」

「あ、ああその……嫌だったら、悪い。段階を踏んでゆっくり恋人になりたいってのは俺の勝手な願いだし、お前が恋人のほうがいいっていうなら、それからで全然構わない。むしろ俺に勇気がなかっただけっつーか……」

 

 けど、よくあることだろ? 友達からお願いしますって。

 むしろ……友達じゃだめなのかな、なんて言葉には嫌な思い出しかない。

 そんななにかを払拭して、恋人になれたなら、俺はもっともっとこいつを大事に出来ると思うのだ。

 だから───と。そんな願望も混ざっていることを正直に話すと、きゅっと強く手を握られた。

 

「うん……そだね。そうだ。あたしが、ヒッキーのトラウマとか全部、上書きするね。思い出しそうになっても、あたしとのことを思いだせるようにって」

「由比ヶ浜……」

「“ゆ~い”っ」

「あ、ああ……ああ。結衣」

「えへへ、うんっ。じゃあ───友達からだね。よろしくね、ヒッキー」

 

 眩しい笑顔がそこにあった。

 喉がぐっと締まるうような緊張に襲われるのに、それがべつに嫌じゃない。

 噛み締めるように結衣の言葉を受け入れると、俺もゆっくりと言葉を返す。

 

「……おう。よろしく、結衣。なにか直してほしいところとかあったら言ってくれな。出来るだけ、努力してみる」

「…………さいちゃんへとか小町ちゃんへの愛情を、少しでもあたしにくれると嬉しい、かな」

「ぐっ……た、確かに……恋人相手でもないのに、想像してみりゃ自分でちょっとアレだったな……解った、やってみる」

「うん。それで、ヒッキーのお願いとかは? なんかある?」

「俺は……《ちらり》」

「? 比企谷?」

 

 ちらりと、無意識に葉山を見ていた。

 ハテ。俺的に、結衣に関係することで葉山がなにかあったか?

 結衣のことで……結衣………………結衣? ……あ。

 うわ、まじか。これ相当イタイ……いや、けど、えー……? ほんとマジか。

 俺結構アレなのな……まいった。

 あ、でも小町のこと考えりゃ、それも当然なのか?

 

「……あった。相当我が儘だし迷惑かけるけど、いいか?」

「う、うん。にごんはないしっ!」

 

 ……そこはかとなく不安だ。なんか二言の言い方がちょっとアレだったし。

 

「えっとだな。その。……男でお前を名前で呼ぶのは……おぉおっおぉおお俺だけが、いい、んだが……」

「───…………」

「だ、だめか? そうだよな、さすがにキモ───」

「~~~……!《ぱああ……!》」

 

 ……ん? あれ? なんかすごく嬉しそうなのですが?

 え? いや、これ俺自身、自分で考えておきながら引かれるかもって、本気で思ってたんだが……。

 だってこれ、まんま所有欲に近い感じじゃない? 本人ですらさすがにないわーって……なのに、ええぇえ……!?

 

「……葉山くん」

「葉山くん」

「え、あ……わ、解った。ゆ……“由比ヶ浜”?」

「さんをつけなさい」

「葉山くん、さんもつけないと」

「そ、そっか。じゃあ……“由比ヶ浜さん”」

 

 葉山が少し言いづらそうに、結衣の苗字を口にする。

 ……べつになにか特別な感情は湧かなかったが、少しだけ安心を得た気がした。

 

「ご、ごめんね隼人く───」

「待ちなさい由比ヶ浜さん。“葉山くん”、よ。こうなればとことんまでに比企谷くんの要求に応えなさい」

「うんうんっ、そうすればきっと、もう由比ヶ浜さんのことしか見れなくなるからっ」

「え……そ、そっかな。……そっかな、そうだといいな……」

 

 いや、小町と戸塚を除けば、もうその通りでございますって感じなんだが。

 っつーか小町は妹で戸塚はおとk……戸塚だから、二人は天使だけど付き合うことは出来ず、俺を好きと言ってくれて、真っ直ぐに俺だけを見てくれて、かつ付き合えるしなんの問題もない結衣は……あれ? 大天使? ガハマエル?

 

「………………」

 

 あ、やばい。火がついたみたいに胸が熱い。

 え? な、なんだこれ熱い。

 これって……

 

「………」

 

 答えを急ぐな。じっくり知っていこう。

 そのために友達からを選んだんだ。

 恋人関係ってのに、当然のことながら憧れないわけがない。

 しかもそれが由比ヶ浜だっていうなら、本当にガッツポーズくらい取って叫ぶくらい嬉しい。

 が、俺はよくても相手は由比ヶ浜なのだ。

 今さら俺でいいのかなんて言わない。言わないが、それでもきちんと俺って人間を知ってから頷いてもらいたい。

 そのために俺は、引いていた線を足で踏み消し、彼女を内側へと招いていこうと思った。

 

「抱き締めるのとかは、友達じゃまずいよな……」

「ふえっ!? あ、うん……で、でも、女子トモなら、ほら、ハグくらい……」

「男子にされたらまずいだろ……」

「うぅう……、……? あれ? ……ヒッキー、えと、抱き締めたい……の?」

「へ? あ」

 

 あ、だめ。自爆した。

 なに欲望垂れ流しにしてんの俺。

 自分から友達からって言っておいて、これはあまりにアホだ。

 

「い、いや、すまん。少し暴走した。今のは忘れてくれ。で、段階踏んだら思い出してくれるとありがたい」

「……ヘタレ《ぽしょり》」

「《ぐさっ》ぐっ……! そ、そうな、自分でもそう思うわ……」

 

 お互い、顔を一層に赤くして、だってのに逸らさないで笑い合う。

 照れくさいのはもちろんだが。恥ずかしいのももちろんだが。自然と浮かぶ笑みに、そうそう悪い意味なんてないだろ。たぶん、ほれ、軽い幸福とかってこういうなんでもないものなんじゃねぇの? 知らんけど。

 

「うむんヌ! では纏まったところで我から行こう! 我の歌を聞けぇええええい!!」

「はぁ……小町さんでも呼ぼうかしら」

「……。変わらないままがいい、か……。きっと、これから変わっていくんだろうな……」

「……《こそっ》八幡、由比ヶ浜さん、あのさ」

「? さいちゃん?」

「戸塚?」

 

 たっぷりと見つめ合う俺達をよそに、新しく流れ出したイントロを耳に歌い出す材木座と、騒がしさに溜め息を吐き、ケータイ片手に試案顔の雪ノ下。

 葉山は……これがきっかけで変わるであろうグループの在り方を思い、戸塚は俺と結衣に身を寄せ、ぽしょりと話しかけてきた。

 それは、二人で抜けて、もっと楽しんできてもいいんだよ、という言葉。

 俺と結衣はすぐに顔を見合わせて、俺はつい口から「パセラ、とか?」なんてこぼしちまったが、結衣は顔を赤くしながらも首を横に振った。「そこは恋人からがいいな」って。……だな。

 

「だったら、今は友達としてだな。あ、あー……結衣? こういう場合の友達ってのはその……馬鹿みたいに後先考えず、燥いだほうがいいのか?」

「え? うーん……ヒッキーが思い切りはしゃぐとか想像できないけど、うん。そういうのでいいんだと思う。ヒッキー、あんま考えないでさ、楽しめばいいんだよ。あたしも、空気読んでた頃よりも、今のほうが楽しいんだ」

「───! ……結衣……」

『葉山くん』

「《びくっ》うわっ!?」

「葉山くん、“由比ヶ浜さん”、よ。二度と間違えないでちょうだい」

「そうだよ葉山くん。そういうのはちゃんと分けなきゃ」

「え、あ、ああ……すまない。けど…………そう、だな。変わらない、なんてないんだ。どころか、もうとっくに変わっていたんだよな……最初とは違う」

 

 自分に確かめるように言うと、葉山は俯かせた顔を持ち上げ、勇気を振り絞るような顔で「聞いてくれ」と言った。

 丁度、材木座の歌が終わる頃に、だった。

 

「葉山くん?」

「由比ヶ浜さんや比企谷の告白に便乗するみたいですまない。けど、このままじゃ“俺は”なにも変わらないし、成長も出来ないって思った。だから、聞いてほしい」

「……、もったいぶった言い方は結構。伝えたいことがあるのなら真っ直ぐに言えばいいでしょう」

「ああ。俺は、……俺は。変わらないものがほしかった。見ていたいって、そこに居たいって思ってた。仲が良かったのに、告白してきて台無しになった友人関係、笑い合えてた相手が急に冷たくなったいつか。あんな世界が嫌だから、せめてグループだけはって。なにがあっても中立に立って、まあまあ、なんて無難な言葉と提案を出して。けど」

 

 けど、と。

 葉山は拳を強く握り、俺と結衣を見たあとに言った。

 

「最初は結衣が変わった。周囲に合わせてばかりだった君が、自分の意見を言うようになって……それに合わせて、優美子も少しずつ。戸部と大和と大岡も職場見学とチェーンメールの一件で少しずつ変わっていった。姫菜も……あの修学旅行から」

「……そうね。結局、あなただけが変わらない。変わらないように見えて、違和感はしっかりと感じているのでしょうね。あなたのグループ全員」

「うん……正直、とべっちが元気に盛り上げてくれるからってとこ、あると思う」

「……そうだな。だから……いい加減、俺も。遅すぎるけど。比企谷には散々だっただろうけど」

「ああ、そうな。今さらすぎてなんなのお前って感じな。そんな簡単に納得できるなら、あの時に偽の告白するの、お前でもよかったろ」

「はは……さすがにそんな勇気はないな。だから、俺は、君が……羨ましかった。羨ましいから……俺は」

 

 言葉をこぼし、もう一度拳を握りしめ、葉山は雪ノ下を見た。

 そして息を吸う。目に怯えを孕ませ、けれど真っ直ぐに伝えるために。

 

「雪乃ちゃん。いきなりでごめん。俺は、俺は君が好きだ。俺と」

「ごめんなさいそれは無理」

「っ……、…………」

 

 食い気味どころか完全に食った切り返しだった。

 葉山は苦しそうな表情をしばらくして、深呼吸をしたあとに……「そう、か」と受け止めた。

 

「ありがとう、雪ノ下さん。これで、俺も変わっていける。小学校の時は、本当にごめん」

「はぁ……べつに、もういいわ。気にしないことは無理だけれど、それについてを今さら言うつもりはないの。ただ、その“一人”を見ないくせに“皆”を守ろうとする在り方がまちがっていると言いたいだけ。だから、言うわね。……あなたのやり方、嫌いだわ」

「っ! ……ああ。ありがとう。本当に」

 

 言われ、噛み締め、葉山は頷いた。

 そしてマイクを手に取ると、今までの“王子様”を捨て、叫んだのだ。

 

「はっぽぉおおおおおーーーーーーーーーーんっ!!」

「ぶひっ!? き、貴様なにをっ……!」

「……はぁっ! 比企谷! 俺は君が……いいや、お前が嫌いだ!」

「……、はっ、上等。あーそうだな! 俺だってお前が嫌いだ!」

「自分を底辺だなんだと言いながら、結局はお前が全部持っていく! 俺には出来ないやり方で! 俺が憧れた場所に! ふざけるな! なにがぼっちだ!」

「こっちの台詞だ大馬鹿野郎! トップに居ながら何もしないで全部周囲に押し付けやがって! ヘラヘラ笑ってるだけで味方を増やして球を蹴りゃあ黄色い悲鳴だ! 踏み込みゃなんだって出来るだろうにその解消さえ人に押し付けやがって! 自分のグループの始末さえ自分でつけられない奴が、人にどうしてそんなやり方しかなんて言えた義理か!」

「だから羨んだ! 俺だってそんな自分で居たかった! そんな自分になりたかった! お前に解るか! そういう家に生まれた奴の気持ちが!」

「だったらなればいいだろうが! なりたい自分を親の所為にしてんじゃねぇよ! 生まれた家がどうだとかじゃねぇ! お前自身はどうなんだよ!」

「子供の理想を口にして大多数の人間を不幸に出来るのか!? 育つ過程で贅沢をしたなら、一度でもそれに甘えたなら、そんな状況を作ってくれたものに返さない人間になにが救えるんだ!」

「だったらお前になにが救えたんだよ! 顔も知らない、お前のことなんざどうとも思ってないやつらだけを救って、お前のグループのやつらはどうなってもいいってのか!」

「っ……こ、の……! どうでもいいって思っていたなら迷いも悩みもしなかった! 守りたいに決まっているだろう! だが俺が変わったらそれが当然だって思ってるやつにどんな影響が出ると思う! そここそが居心地がいいって思っているやつが、どう反応すると思う! 嫌なんだよ! 変わることで離れられるのは! だから変わらないなにかが欲しかった! お前は違うのか! 比企谷!」

「っ……!」

「人の気持ちから目を逸らして、誤魔化して先延ばしにしていたのはお前だって同じだろう! 由比ヶ浜さんの気持ちは傍から見ただけでもすぐに解った! 向けられているお前が気づかないわけがないだろう! それを今まで受け入れなかったのはどうしてだ!」

「てめっ……! それをお前が言うのかよ! だったら三浦のことはどうなんだ!」

「!? 俺はっ…………! 比企谷ぁああっ!!」

「葉山ぁあああっ!!」

 

 テーブルを挟み、絶叫し合う。

 しかし熱くなろうが取っ組み合うことはしない。

 自分の中に溜まっていた、溜まりすぎていたなにかを存分に吐き出すため、俺も葉山も、比企谷八幡と葉山隼人を選んだ。それだけの話だ。

 普段は叫んだりもしない俺と葉山の姿を、その場に居る全員がぽかんと見守っていた。

 怒鳴り、睨み、怯み、返し。

 そうして、熱いアニソンのイントロをBGMに叫び続けても、その感情に完全に流されなかったのは……ぽかんとしながらも、きゅっと手を握ってくれた温かさのお陰だろう。

 

……。

 

 で。

 

「………」

「………」

 

 けほっ、と咳が出た。

 結衣が飲み物をくれる。ありがとう。

 こくこくと飲むと、荒れた喉にやさしさが沁みた……気がした。

 ねぇ知ってる? 乾いた喉に、摂取した水分が行き渡るのって人体から見た順番だと一番最後なんだよ?

 だから特殊な飲み方でもしない限り、喉がいきなり潤うってのはないそうだ。これ、豆知識な。

 

  ……あれから。

 

 散々お互いの嫌いなところを叫び合った俺と葉山は、気づけば肩を組み、歌を歌っていた。

 変わると決めたからには嫌いなものに手を伸ばす。そんなことを、雪ノ下に提案されたのだ。

 で、やってみるのだが……こいつ、リア充のくせに流行りの歌とかそこまで知らんのね。というのが解った。

 勉強にスポーツに自分磨き。そこに家のことや将来のための勉学も混ぜれば、まあ、そらな、足りない部分はどうしても出てくるわ。

 それをスマイルで誤魔化すリア充の王。なるほど、笑顔の仮面がうすっぺらいわけだ。

 

「けほっ……おりぇも……げふんっ! ……比企谷。俺も。ちゃんと向き合ってみるよ。もう、俺も決めた。変わるんだ。もう、他人の目を気にしてなにかに遠慮、とか……もめ事が起きないために、とか……しない。しないんだ、俺は」

「おー……そか。けほっ、そだなー……。俺ももっと、欲張っていくわ……。あーでもお前みたいにみんなが欲しいとかは無しな……っつーか、お前A型? 広く浅く過ぎてキモいわ……」

「うるさいな……お前それ、A型のみなさんに失礼だろ……」

「……お前がそういう言い方するの、すげー違和感……」

「だから、うるさい……。俺だって、変わるんだ……だから、今から優美子に会ってくる」

「ほーん……? 会って、どうするんだ?」

「お前と同じだ。友達から始めて、知って、納得できるまで知って、それで……」

「……あほ。お前まだ自分が選べる立場だとか思ってんの? だからいろいろ見えてねぇんだよ。見てみろよあの雪ノ下の呆れ顔。もうお前はな、選ばれなきゃほっとかれる立場なんだよ」

「……。……そうか。そう、だな。…………そうか。ははっ……ははははは……なんだ、それだけのことだったのか」

「? ……葉山?」

「選んでもらえる…………楽でいいな。けど、俺はそれに甘えるつもりはないよ。ぶつかって、玉砕したっていいんだ。俺の道は俺が決めたい。それで泣けるなら……それって青春だろ?」

「お前が青春言うと臭くてしょうがない」

「ほっとけ。言うくらいいいだろう。俺から言わせてもらえば比企谷、お前だってふざけんなだ。そうやって、隣に居てくれる人をちゃっかり手に入れてる。充実してるのはどっちだって話だ。なぁ、ザイモクザキくん」

「はぽっ!? ……フムンヌ、確かに実に余りに然り! ……あの、正直羨ましいです」

「いきなり素で喋るなっての……」

 

 いきなり声をかけられて混乱したのか、素直な声が聞けた。

 まあ、そうな。こんな恥ずかしいやりとりの中、嫌な顔もせずに隣に居てくれる。

 理解のある恋人……げふんっ、もとい、友人を得た。

 

「うーん……ていうかさ、八幡。八幡の中で、こんなにも八幡への理解があって包容力がある人って、まだ友達どまりなのかな」

「へ? あ、あー……」

「うむ! それは我も気になっていた。お主の傍で清濁併せ様々な噂を耳にしようと、なんというかお主という存在に想いを寄せるというのは並々ならぬ試練であることは疑うべくもない」

「わざわざもったいぶった言い回しとかいーから」

「雪ノ下嬢とそこのビッ」

「材木座くん?」

「《びくぅ!》はぽっ!? イ、イエソノ……ゆ、ゆいゆい嬢?」

「キモい」

「《トチュッ》……げふんっ」

 

 ではどう呼べばよいのだぁああっ! と叫ぶ材木座に、とにかく先を促して話を聞く。

 まあようするにあれな。

 雪ノ下と結衣の関係が親友なら、もう俺と結衣もステップアップしていいんじゃないかと。

 ……え? 友達から始めたばかりなのですが?

 

「じゃあ、その。比企谷」

「あ? なんだよ」

「俺と友達に───」

「ごめんなさいそれは無理」

「まだ言い切ってないだろう!」

「比企谷くん? それは誰の真似なのかしら」

「八幡、全部思い切り話したならさ、いいんじゃないかな。八幡は今の葉山くんに、なにか不満とか、ある?」

「……。《ガリ……》……葉山」

「? なんだ?」

「正直……な。お前と叫び合って歌い合った時、正直、正直な話な。……まあその、楽しかった」

「……! あ、ああ……俺もだ」

「でもな、それよりに先に、あるだろ。待たせてる奴に対するアレとか。……べつに呼んでもいいんじゃねぇの? 来れるなら」

「───、あ…………そう、だな。そうだ。俺はまた、先送りにするところだったのか」

「雪ノ下は、いいか?」

 

 一応、仲が悪そうだし訊いてみる。

 と、意外にもべつに構わないという返事。

 材木座が微妙な表情でごくりと喉を動かしていたのが見えたが、そこはエンジェル戸塚、見事にフォローして頷かせていた。いいな、俺もささやかれたい。

 

 

───……。

 

 

……。

 

 それから、カラオケBOXに大急ぎでやってきた三浦も含め、俺達は盛大に燥いだ。

 三浦は葉山に友達から始めさせてくれと言われ、戸惑ったもののこれを受ける。

 混乱が治まらないうちに結衣から「ヒッキーがいろいろしてくれたんだ」的なことを言われたようで、何故だかしきりに感謝された。

 なんでも、あそこまで感情をぶつけられたのは初めてだったらしい。

 なので、なんの気なしに「ここからだな」って言ったら、「あんたもね」と、八重歯を見せながら笑った。

 あらやだ、そんな笑顔も出来るのね。

 

「俺は喝ぁぁああつ!!」

「常に勝ぁあああつ!!」

『圧勝ォオオオーーーーーッ!!』

 

 で、男二人一つのマイクで絶叫乱舞。

 一回で歌詞を覚えたのか、葉山が叫び、俺が叫び、二人で叫んだ。

 もちろん材木座もノって、知っている曲であれば戸塚も乗って、それはもう暑苦しく絶叫。

 そんな葉山の一面をたった今知った三浦、呆然。

 

『パァ~~ゥワァ~~♪ Getパァ~~~ゥワァ~~~ッ♪』

 

 散々叫んだあとはちょっとしっとり。

 そのあとはもちろん絶叫。

 喉を潰さんばかりに叫びまくり、汗が噴き出ても気にしない。

 今まで我慢してきたすべてを吐き出すつもりで、俺と葉山は叫び続けた。

 

「え、え……? 隼人……? え……?」

「優美子、次一緒やろ? ほらほらマイク」

「ゆ、結衣? え? どうなってんのこれ」

「え? うーん……一応、友情なのかな。あはは……」

「……隼人ってあんなに叫ぶんだ……」

「ヒッキーもだよ。あたし、驚いちゃった。優美子が来る前ね? 二人とも大喧嘩するみたいに叫び合ってたの」

「……マジ?」

「うん。ゆきのんもさいちゃんも聞いてる。最初にね、あたしがヒッキーに友達から頼むって言われて。そのあといろいろあってヒッキーが葉山くんと叫び合ってさ」

「? 結衣、隼人の呼び方……」

「あはは、あ、うん。ヒッキーがね、あたしの名前を呼ぶのは俺だけがいいって。そしたらゆきのんが、だったらあたしも呼び方を変えるべきだって」

「………」

「優美子。葉山くんね、変わりたいんだって。変わって、ちゃんと向き合いたいからって……表にださなかったもの、今一生懸命吐き出してるんだと思うんだ」

「隼人……」

「優美子はさ、友達からでいいって……素直に思えた?」

「……壁があった頃より、遥かにマシだし」

「あはは、だよね。あたしもだ。でもさ、告白して一気に恋人っていうのにも憧れたけどさ。相手のことを知らないままそうなっても、上手くいかないことばっかなんだよね、きっと」

「………」

「あたしはよかったって思ってるんだ。友達から始めて、なんかいきなり親友になっちゃったけど……あんな風に笑ってくれるんだもん。許しちゃうよ」

「……ん」

「親友を卒業したら告白してくれるってことだもんね。だったらさ、ほら、今は友達をたっぷり楽しまないとだ。あたしの心はさ、もう決まっちゃってるけど、友達のままは嫌だから我慢なんてしないんだ。そしてさ、ヒッキーも友達のままは嫌だって思ってくれたら、あたしの想いが叶うのはそっからだと思うから。だから、えーと……あはは、上手く言えないけど……楽しんじゃおうよ。もっともっと。じゃないともったいないよ?」

「結衣……」

「あ、そろそろだ。いくよ優美子っ」

「あ───んっ! 任せな! 歌い切ってやるし!」

「ゆきのんもっ!」

『は!?』

 

 雪ノ下と三浦の声が綺麗に重なった。しかし器用に誘導させ、いつの間にか雪ノ下と三浦を自分の左右に引っ張っていた結衣に、もはや後退の二文字は存在しなかった。

 曲が始まり、歌い始めればもう止まらない。

 なぜなら、片方が歌ったのに自分が歌わないのは、即ち敗北であるからだ。

 

「……!」

「……!!」

 

 氷と炎が競って歌い、間の空気読みマスターは穏やかに。

 三浦が前に出すぎれば宥め、雪ノ下が逸れば落ち着かせる。

 なにこの氷炎の魔術師、クッキングは苦手なのに氷と炎を自在に操ってやがる……!

 

「見事なものだな……」

「……そだな。奉仕部に来たばっかの頃の結衣じゃ、あれは無理だわ」

「優美子もだ。言われてもきっと、自分の気持ちを押し付けるだけしかしなかっただろうな」

「………」

「………」

「まあ、なんだ。相手の関係で、長い付き合いになると思うが」

「そう、だな。俺たちがいがみ合ってても、なにがあるわけでもない。っていうか、もう言いたいことは吐き出したしな」

「おーおー、自分のこと棚に上げてよく言ってくれたもんだ。……あ、それ俺もか」

「はは……そうだな。少しは手加減しろよ、馬鹿野郎」

「こっちの台詞だ馬鹿野郎」

 

 気づけば苦笑するように笑い、悪態を吐き合う。

 だが、もう嫌な気分はそこにはない。

 そんな中、葉山がぽしょりと言う。

 

「ここは……いいな。遠慮もなにもない。初めてだったんだ、こんなに……自分を出せたのなんて」

「……まあ、俺もだな。昔はそりゃ遠慮はしなかったが、周りがそれを認めなかったよ」

「……俺もだ。親が偉いと、周囲は子にまでそれを求める。俺は……真っ直ぐじゃなくてもよかったのに」

「それを周囲の所為にしたいか?」

「出来ればしたかったかな。けど、もう無理だ。お前が居る。人の所為にして自分を正しく見せるのは、お前に対してフェアじゃない」

「なんだそりゃ。どっから来てんのその理論」

「人の目にどう映るのかなんて、自分で選べばいいって理論だよ。俺はもう、それを選んだんだ。自分の意志で。だから、遠慮なんてしない。俺は、お前とは対等で居たいから」

「……。そか」

「ああ」

「……んじゃま、その……あー……いろいろよろしくってことで」

「はは、なんだそれ……まあ、でも、だな。よろしく頼む。たぶん、女性との付き合い方ってことで、いろいろ相談することになるだろうけど」

「それこそお前の領分だろ」

「いや……恥ずかしながら、女性と付き合ったこととかはない。上辺だけでの社交辞令とかそんなの付き合いじゃないだろ?」

「はぁ!? ……え!? いや…………ま、まじか?」

「あ、ああ……その、ガラにもなく、さっきから緊張してる」

「………」

「………」

『…………《ガッシイ!!》』

 

 こうして俺達は、力強く握手を交わすところから始まった。

 恋愛初心者の俺達が、これからどんな道を辿るのかは正直解らんが……まあ、たまにはいいんじゃねぇの?

 汚名だとか悪声を浴びる意味じゃない、こんな嘘や悪を被ってみるのも。

 まあ、つまり。

 青春万歳?

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