どこにでもあるようなガハマさんとヒッキーのお話   作:凍傷(ぜろくろ)

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夢が繋がった日のおまけ的なお話。
四月馬鹿に書いたものなので、繋がりとかは考えずに気にせず読んでください。


エイプリル・オニールイタメール

お題/こたつガハマさん

 

 こたつ。

 秋の終わりから冬、冬から春の始まりまで、人々の足止めをするのに最適な古の暖房器具。

 かつては随分とお粗末で、なんとも扱いにくく、小さなものだったが、今では大変大きなものから、一人暮らし用の小さなものまで幅広く揃っている。

 さて、そんなこたつだが。

 

「うひゃあああっ……さむっ、寒い寒い~~~っ! ヒッキー、こたつ、こたつつけてー!」

 

 ぬかりなし。

 俺の部屋にぱたぱたと結衣が入ってくると、俺は既に温めておいたこたつから出て場所を譲り、結衣を迎え入れた。

 まあ部屋自体がそこまで寒くもないから、騒ぐほどでもなく温まるだろうが……まあ、人が感じる寒さってのはやっぱりいろいろあるのだ。

 部屋が暖かくても、こたつとか布団に入るまでは落ち着かないとか、ああいうタイプの安心な。

 

「はふぅう~~~……♪」

 

 そして、座ると同時に足と手を突っ込んでは、このだらしない……いや、幸せそうな緩い顔である。やだ可愛い。

 

「ママさん、なんだって?」

「うん、順調だって」

「そか」

 

 結衣と対面するように正面に座り、こたつに足を突っ込む。

 しかしあれだな、こたつっていうのはこう……炬燵と漢字で書くよりも、ひらがなでこたつと書いた方が温かみがあるのはどうしてだろう。

 いや、どうでもいいかそんなことは。

 

「あたしに弟か妹が出来るのかー……えへへ、なんかそわそわしちゃう」

「だな……っつーか、また赤子からやり直すことになるとは思わんかった。お前の猫、どんだけお前のこと好きなの」

「あ、あはは……だねー」

 

 トラックに撥ねられ、猫の夢にて臨終までを生きたのち、目が覚めた俺達だったが、その後にいろいろあってまーたこんなことになってしまっている。

 やり直しも二回目ってことで、もう遠慮なく楽しんでいるわけだが……面白いもので、今回は随分と早い段階で結衣の両親と俺の両親が仲良くなっていた。

 なにより小町がウチの両親に泣いて“一緒に居て!”って言ったのが効いたらしく、両親の仕事の時間が大幅に減り、早い段階から隣に引っ越してきた結衣の両親との交流も倍増。いや、倍どころじゃないか。

 ともあれ増えて、いつしか俺と結衣は許嫁同士になり、元々生涯を連れ添う予定だったのでこれをあっさり受け入れた。

 で、両親ともに子供が乗り気ならば! といろいろと手配を始めて、かつての猫の夢でママさんが言っていたように13歳で子供を作ることが決定し……同時に、ママさんも妊娠。いや、俺の子供じゃなくてな? ちゃんとパパヶ浜さんとの子供だから。

 こんな風に暢気してる結衣だが、お腹の中には既に双子が。13で子供なんて! などと言いそうなものだが、驚くことに周囲の反応はむしろ応援に近いものだった。

 名前は既に決まっている。絆と美鳩である。

 いや、まだ性別が解ってないんだから、急ぎすぎだとは思うのだが。

 双子と聞いてしまっては、他に名づけようと思う名前が浮かんでこない。

 性別が違った場合は、またその時にでも考えようと決めている。

 

「えとー……その。作ろうとした時期が全然違うのに、ちゃんと双子が出来るって……すごいよね」

「だよな……そういう相性関係なのかもな、俺達は」

「う、うん……えへへぇ……。あ、ヒッキー、あたしは長期入院ってカタチで学校にはいけないけど……」

「まあ、中学ではあんまりいい記憶もないし、無難に過ごすさ。俺よりも結衣とママさんだろ。なにかあったらすぐに連絡くれよ? 遠慮とか無しで」

「……うん。遠慮、しないから。またず~~~っと、あったかい家庭、作っていこうね?」

「……おう」

 

 言いながら、急に触れたくなって手を伸ばそうとするも、結衣は手も足もこたつに収納状態。

 ……どうする? と考えて、ピンと閃く。

 わざとらしく足を動かして、何かが足に当たったーとかうそぶいてこたつ布団をめくると、その奥にあるおみ足をぎゅっと掴んで

 

「うひゃああっ!!? ちょっ……ヒッキー!?」

 

 冷たい足と温まっている足がぶつかってウヒャーとか、そんなラブコメは置いていく。だって結衣、靴下履いてるから、俺の足とぶつかったってそこまでウヒャーとかはない。

 ただ、それにしたってじっくり触ってると可哀想なくらい冷たいので、足をそのまま引っ張って結衣をこたつに引きずり込み、その足をもみもみとこするように揉んでやる。

 

「やひゃひゃひゃひゃ! やめっ、やめてヒッキー! くすぐった……ひゃあああ……!!」

 

 丹念に温めようとしてるのに、くすぐったいらしく笑いだす婚約者。あんまりどたんばたんするのも母体にも母胎にもよくないだろうし、ある程度で止めてからは抱きしめ合っていちゃいちゃ。炬燵の中でなーにやってんでしょうねってツッコミはスルーの方向で。

 

「けどさ。中学の体で双子を産むって……大丈夫なのか?」

「体力は相当使うことになるけど、一人が産めるなら問題はないって」

「まあ……理屈は解るけど」

「うん。だから、えと……また体力作り、付き合って……くれる?」

「毎日一緒に早朝トレーニングだの付き合ってるだろ。今更だ。……っつーか、おう。どーんとまかせとけ。むしろ頼ってくれ。絶対に支えてみせるから」

「ヒッキー……えへへ、うん」

 

 にこりと笑う婚約者を前に、俺も自然と頬が緩む。

 重ねて言うが、こたつの中である。

 最近のこたつはあれだよな、足が高いから余裕で入れてなんか面白い。

 

「結衣……」

「ヒッキー……んっ……」

 

 そしてキス。

 時間があればくっついて、キスをしているような関係の俺達は、それはもう子供の頃からラブラブだった。

 もちろんそちら側で腑抜けすぎていればパパヶ浜さんに嫌われるだけだと思い、朝から新聞配達のバイトもしたし妹の面倒も見て、炊事洗濯掃除を担い、結衣とも全力で遊んで、親孝行も散々したしご近所付き合いも学業も運動も完璧にこなして見せた。伊達に基本高スペックを自称しておりません。

 そんな日々の努力と結衣が俺を好いてくれているという事実、さらに両親同士がとても仲がいいことが後押ししてくれたのか、俺達は親同士に随分と気に入られた。

 そうじゃなきゃ、ママさんの“息子も欲しかった”って言葉にパパヶ浜さんが張り切ることもなかっただろうし。

 しかし普通に考えて13離れた妹か弟が産まれるって、結衣も複雑だろうに。

 いや、前回の時もそういう話はあったんだから、それと比べれば逆に楽しみが増えたってものか。

 

「なんか……こたつであったまるのを待つよりも、あたし……ヒッキーと抱き合ってたほうが全然熱くなるや……」

 

 そんなことを言って、えへへと笑う婚約者をなんかもうたまらずぎゅううと抱き締める。

 「ゃんっ……」と声を漏らした結衣は、けれど自分からもぎううと抱き締めてきて、俺の胸にぐりぐりと顔を押し付けてくる。

 この娘ったらほんとこれ好きね。マーキングだって気づいたのは前回でも結構あとだった。

 え? どっちがどっちに匂いをつけてるのかって? 結衣が、俺の匂いを自分につけたがってる。で合ってる。俺に自分の匂いを、というのとは違うらしい。むしろ俺から俺の匂いが消えるのは嫌っぽい。

 

「たしかに、熱いくらいだ。でも、その、なんだ……安心する暖かさっつーか」

「だね、えへへぇ……ね、ヒッキー、ねっ」

「ああ。んっ……」

「んぅっ……ん、んー……♪」

 

 自分からキスをしてきたり、ねだったりと気まぐれなところはあるものの、真っすぐに好かれるっていうのはこれで、随分と嬉しくも恥ずかしいものだ。

 かつての自分のひねくれ具合とかを思い出すたび、こんな、自分に向けられた感情を勘違いとか思っていたことが恥ずかしくなる。

 

「中学で子供を産んで、子育てかぁ……なんかすごいよね。なのに覚悟が決まっちゃってるっていうか……あはは、孫の世話もしたことがある身としては、むしろいつでもこいって感じだよね」

「今回はお前の弟か妹がそこに加わるわけだから、いろいろ大変になりそうだ」

「でもヒッキー、楽しそうだよ?」

「まあ……楽しんではいるな。その……俺一人じゃ絶対に無理だろうけど」

「ん……あたしもだ。一緒に歩いてくれてありがと、ヒッキー。あたし一人だったら、きっと前回の時もずっと一人で泣いてたと思うんだ。だから……」

 

 結衣の言葉に、捻くれた返答が口から出ようとするが、それを飲み込む。

 いい加減直りなさいっての。そういうの、もう必要じゃないから。

 臨終まで付き合っておいて、未だに素直になれない自分が出てくる時があるからたまらない。

 思ってることをぶつけてやるのが一番喜ぶって解ってるくせに。ほんと、自分のことながら素直じゃない。

 

「ん……えっと、その。へんな質問するけど、また胸……大きくなったか?」

「う……う、うん。前回よりも……えと、現実よりも成長が早いってゆーか……。なんかで読んだんだけどね? 女の子って恋をするとそういう部分の発育がよくなるって……。だ、だから、さ、その……」

「……お、おう」

「……ヒッキー、大好き。出会った頃より、再会した時より、知っていった時よりも……両想いになれた時より、やり直して再会した時より、結婚した時よりも……どんな時よりもっと好き。あ、あんまりさ、大きくなるのは困っちゃうけど……しょうがないよね。それだけ好きなんだって思っちゃったら、なんかもう、しょうがないのかなーって」

「……あ、あんがと……いや、ありがとうな、結衣。俺も好きだ。何度お前に惚れてるのか解らない。知らないことを知るたび、安心が増えるたびに好きになってる。お前が好きだ。好き、なんだ。目覚めても同じ夢が見たいって思うくらい。大して動けなくなっても、動くのも億劫でも、どこがお前の近くなのかわからなくなっても、仏壇の傍で一日過ごす馬鹿だったけど……」

「ヒッキー……」

「嬉しかったんだ。またお前と始められて。生きていられて。笑い合えて。だから……」

「うん……ヒッキー……」

 

 キスをした。こたつの中で、こたつの熱よりも互いの熱に浮かされるように。

 もちろんいい加減熱くなったので顔をこたつの中から逃がすと、顔を見合わせてくすくすと笑い、そこでまた抱き合って、ごろごろして、キスをして。

 十分温まるとこたつから出て、結衣が着替えると二人して布団へ。

 ……結衣がこの部屋で着替える光景ももう見慣れた。いや、断じて言うが着替えるのを見つめてのことではなくて、まあその、ようするに、ここは俺の部屋でもあるが、結衣の部屋でもあるわけで。つまるところ、中学にして同棲同衾中。子供も出来た。物凄い中学生である。しかも親公認とくる。

 両親同士がご近所様と仲が良く、普段から根回しするように孫が早く抱きたいとか言っていたのが緩衝材になったのか、孫の誕生に肯定的なご近所さんマジ最高。

 両親が認めていれば13から子作りは許されている、という話も地味に流していたらしく、法律で決まってるなら、あとは本人同士の問題だしと頷いた人も多かったらしい。

 むしろ知的好奇心を持つ人のほうが多かった。

 TVの向こう側では14で出産ってだけでも驚きがあった時代があったのに、こちらは13でしかも双子とくる。

 そりゃ、産んでみてほしいとは思うだろう。中にはもちろん、こんな小さな内からはしたない! とか言う人は居た。うん居た。

 が、まあ。言ってしまえばその人の価値観のために家族が望んでくれている命を今さら堕ろせとでも? といった感じの説得をおふくろがしたところ、あっさり引き下がったとか。あんな小さな子に責任が取れるとか思ってるのー!? とかも言っていたらしいが、取るし取らせるしその上で幸せになってもらいますとキッパリ言ったとか。さっすがおふくろ。“言うことは格好良く”な、ニヒルな母である。あれ? ちょっと違う?

 

  まあ、なんにせよ。

 

 そんなこんなで、俺達は再びの人生をかなり楽しく、そして無茶もどんと来い状態で走っている。

 一度でも臨終まで生きれば妙な度胸もつくってもんだ。

 そして一度看取った身としては、親が大事。してあげられなかったことばかりが頭に浮かぶたび、孝行しようと頑張れた。頑張る、なんて言葉が嫌いだった頃が懐かしいよ、いっそ。

 結衣と結婚してからは随分と助けてくれたママさんには特に感謝。

 お互い素直になれず、気持ちをぶつけ合えたのも相当あとになってからだったパパヶ浜さんとも、こっちの今じゃ息子同然に扱ってもらえている。

 ……まあ、そこは好きなものから趣味までを姑息につつき、合わせることでの好意を広げていった結果だが……言った言葉や贈ったもの、行なった行為に偽りは一切ない。多少の打算はそれはあったが、どうせなら祝福されたいし、義理とはいえ親になるのだからと全力でぶつかっていった。

 臨終の時、きみが結衣の旦那でよかったと本音を言ってくれた瞬間、俺がどんだけ泣いたと思ってんですか。もう二度と、あんな不意打ちも返せない思いも抱かせたまま逝かせません。全力で孝行されてください。

 そんなわけで、困ったことに俺は家族が好きすぎるのだ。むしろ両親より義理の両親愛してる。

 こっちでもかなり頑張ってみたが、やっぱり両親の小町好きは俺には向いてくれんかった。両親にとって、やっぱり俺は頼りになる、構わなくても平気な長男らしい。

 まあ、それはもう別にどうでもいいのだが。

 それが理由で、由比ヶ浜家が大好きすぎる俺が誕生したわけですし。

 

……。

 

 そういえば、と彼女は言った。

 激動の中学時代を乗り越え、大変ながらも子育てをして、高校でお馴染みのやつらと出会い、輪を広げ、楽しんで。

 順調に育っていく娘たちと、ママさんの息子を見守る日々の中、結衣は言った。

 

「この夢に入る前って何日だったっけ」

 

 なんでもない質問に、俺は思い返してみる。

 3月31日……ああいや、もう日を跨いでいたなと。

 いや、実はべつに事故ったから夢を見ているわけじゃないのだ。

 眠たくなって寝たら、いつの間にかだった。

 

「一緒に居たし、べつに事故があったりとかもなかったよね?」

「まあ再会してから真っ先に確認し合ったことだしなぁ……それはなかった」

「えっと。もしかしてこれ、エイプリルフール? 猫が軽い嘘をついてみましたー、とか……」

「だとしても、猫にそういう考えとかがあるのかが一番謎だろ」

 

 ちなみに。結衣の弟は庵という名前で、いやべつに月を見るたび思い出しそうな名前が由来したわけではなく。いろいろあったらしい。

 姉と常に一緒な俺を本気で兄と思っているらしく、にーちゃんにーちゃんって……お、おう、その、かわいい弟ではある。でも娘たちと仲良くしているとこう、もやもやと。

 

「まあ、この夢がいつ終わるのかも解らない以上、楽しまないのはもったいないよな。人生経験を増やすつもりで頑張ろう」

「うん。それじゃえっと、今日の晩ご飯、なにがいい?」

「一緒に作りながら考えよう。そっちの方が楽しいし嬉しい」

「う、うん……なんか……なんか、ヒッキー、ほんと近くなったよね。すっごく嬉しい」

「俺から捻くれを取ったら好意しか残らんだろ……」

「シスコンは?」

「一度人生終了してみると、案外消えるもんだなって。むしろ俺に心配されなくても飄々と立ち回る姿とか散々見たからなぁ。つーわけで、今や普通のお兄ちゃんって程度だ」

「そっか」

「おう」

 

 高校生活も順調。

 ここに至るまで、もちろんひっどいことも経験したし、面白半分でつついてくる嫌なやつとも遭遇したが、それも二人で乗り越えてきた。

 デートとかはほぼ無い。家デートは年中無休。

 お互い、前回は娘たちが出て行ってからは旅行しまくったからなぁ。

 雪ノ下からの連絡はとうとう無かったし、再会も無かったが……それでもそれだけを待って人生を終えるのはもったいない。

 なので連れまわした。若者どもが普通にやることから、ちょっとお金をかけなきゃ難しい場所まで、それはもう。

 金を貯める癖はつけてたから、金はあったんだよ、ほんと。

 そうして散々楽しんで謳歌して、ずうっとお互いを好きで居続けりゃあさ、目覚めても同じ夢を見たいって……思うだろ。

 だから俺は今が好きだ。大好きすぎてやばいくらいまである。

 

「まあその、なんだ。これからもよろしくな、結衣」

「こちらこそだよ、ヒッキー。目が覚めちゃっても、また何度でも夢を見て、そのたびに違うことしてみようね。あ、一緒にってことぜんてーで」

「別れてくれとか言われたら泣きすぎて死ぬわ」

「あ、あたしだってそんなのやだよ……だから、ね?」

「おう、一緒に、だな」

「うん、一緒に」

 

 微笑み、手を取って、のんびりと過ごす。

 料理も作って、掃除もして、ふとしたことで笑い合い、およそ高校生カップルとは思えない近さと穏やかさで。いえまあ、結婚もう来年に控えてるんですけどね。

 そんな俺達を見て、小町はカップルっていうか老夫婦みたいと言って呆れるのだ。

 まあ、間違ってはいない。

 なので顔を見合わせて笑って、やっぱり穏やかに日々を過ごした。

 

……。

 

 さて、その後のことなんだが、中学あたりから庵の目が濁ってきていた。

 絆と美鳩の話だと、自分達との関係性と友人関係でトラブルがあって、世の中が濁って見えてきたとのことで。

 ならば任せろと会話を試みて、かつてエリートを目指した知識で次から次へと悩みを受け止め、解消し、納得させ、ついには「なんだ! その程度のことだったんだ! サンキュー兄ちゃん!」と解決した。

 

「美鳩! 俺、美鳩が好きだ! 俺と付き合ってくれ!」

「それはだめ。美鳩はパパを誰よりも愛している。その心は揺るがない。想いを貫かんとする心、実にジャスティス」

「ぐっはぁああああっ!!」

 

 庵、撃沈。

 なんでもべたべたくっつくでもなく、距離を必要以上に取るでもなく、しかし静かに励ましてくれた美鳩に惚れたらしいのだが……というか、美鳩さん? なにそのジャスティス。え? 雪ノ下経由で雪ノ下さんと会った? 曲げない信念をジャスティスとして教えられた? なにやってんのあの人!

 

「うぅううう……兄ちゃん……俺、しばらく立ち直れないかも……!」

「いや、お前昔っから女にやさしくされるとすぐ好きになってただろ……誰かさん見てるみたいでツライから、その癖なんとかしたほうがいいぞ……?」

「好きになっても告白なんて初めてしたんだよぉ! うう……美鳩、美鳩ぉお……!」

「まあ、これに懲りず、次の恋でも───」

「あ、居た。パパー、小町お姉ちゃんが呼んでたよ。ちょっと人生相談があるとかで」

「そういうのは高坂兄に相談してくれよ……ていうか、たまに実家に来てもそんな用しかないのかよ……」

「ほらほら庵も、一回フラレたくらいでくよくよしないっ! もっと元気に楽しくあれ! じゃないと人生がもったいない!」

「うるせー……頭の中まで元気でいっぱいなお前に、俺のピュアな気持ちが解ってたまるかよぅ……」

「一回フラレたくらいで全部諦めて泣くだけなんて、どのへんがピュアなのさ。ほんとに好きなら何度だってアタックして、美鳩の理想に追いつける自分になるくらいやってみればいーじゃん」

「───! ……き、絆……」

「ほらっ! しっかりしろ男の子! あんたが義弟になるかもとか想像つかないけど、多少のお手伝いくらいしてあげるからっ!」

「…………《ポッ》」

「庵。とりあえずお前、自分にやさしけりゃ誰でもいいのな」

「ち、ちがわい!」

「あー、まああれだ。とりあえず電車で痴漢に遭ってる大和さんでも助けてみろ。案外お前の“俺物語”が始まるかもだから。あと気の多いやつに娘は任せられん」

「お、お義父さん!」

「誰が父だぶっ殺すぞこの野郎」

「怖っ!?」

 

 庵は……結衣の弟は、姉には似ずに気の多いやんちゃ坊主だった。

 ただし好きになったら本当に真っ直ぐで、本気で告白したいって思った相手なんてウチの娘だけだったんだとか。

 しかしまあ絆は随分と真っ直ぐに育ってくれた。

 もしアニメとかゲームに興味を持ったらどんな性格だったんだろうなーとか、たまに思う。

 まあどちらにしろ、元気っ子なのは変わらないのだろう。

 

……。

 

 で。

 

「美鳩ー! 俺だー! 結婚してくれー!」

「やだ」

 

 ある周期で告白しては、努力する日々が続いた。

 

「美鳩ー! 俺の恋人になってくれぇえっ!」

「やだ」

 

 いっそ哀れなくらいにフラレるもんだから、学校でのあだ名がラブガハマだったりしたんだが、むしろ愛に生きる男として受け入れたらしい。絆が笑って教えてくれた。

 

「美鳩ー! お、俺と兄ちゃんとの違いを教えてくれ! 俺、そんな男になってみせるから!」

「人として違うから無理」

「ギャアーーーッ!!《がーーーん!》」

 

 人として否定されて、大層落ち込んだそうな。

 ていうかほんと、絆と美鳩からのラブがすごい。

 庵に告白された日なんか、絶対に俺から離れないくらいベッタベタにひっついてくる。

 そんなことを中学や高校でも続けて、玉砕回数が100に至った頃には、庵は完璧超人なみのスペックへと至っていた。努力の賜物だな。でもフラレた。

 

「なんだよぉおお……! なにがダメなんだよぉおお……! こんなに好きなのにぃいい……!」

「美鳩にするのと同じくらいに絆にも告白してるからだろーが……つーかなんでお前はウチに来て泣き言言うかね……」

「え、や、やーほら、ここに来れば美鳩が居るかもーって」

「お前さ、美鳩のスマホの登録名がストーカーにされてるの、知ってるか?」

「超ショック!?《がーーーん!》え、え……まじで!?」

「いいからまずは幼馴染に戻るところから始めてみろ。な?」

「なんかやさしい声でめっちゃひどいこと言われてる。あ、けどさ、兄ちゃん。まだ二人とも誰とも付き合ってないってことは、俺にもワンチャンあるよなっ?」

「ご近所のワンちゃんラーメンでメシでも食ってろ堕ァホ。二人ともって時点でいろいろアレだ、このたわけ」

「堕ァホ!? たわけ!? うう……ひでぇよ兄ちゃん……。しょーがねぇじゃん、二人とも好きになっちまったんだから……」

「だから一人に絞れっつっとろーが」

「け、けどさ、もし一人に告白して完璧にフラレて、実はもう一人が俺を好きでしたとかだったら」

「それはない断言するっつーか死ねこのクソ野郎」

「かつてないひどい罵倒された!? うう……まあ、言われてもしゃーないけどさぁ……あぅう……絆ぁ、美鳩ぉお……! だ、大体! 二人があんなに可愛いから悪いんだよ! あの二人と一緒に成長していけば、誰にも渡したくなくなるのなんて当たり前じゃねぇか!」

「そうか。じゃあ俺の気持ちもわかってくれるな? 貴様に娘はやらん。帰れ」

「うわはぁん頼むよぉ兄ちゃぁああん! 俺ほんとに好きなんだよぉおお!!」

「しがみつくな泣くな叫ぶな鬱陶しい結衣助けて」

 

 由比ヶ浜庵。娘二人に恋をした、悲しい男である。

 ちなみにかなりの美形。お世辞抜きにいい男だし、親にも姉にもやさしいヤツ……なのだが。

 恋にはめっちゃ奥手で、やさしくされると惚れやすくて、しかしそんな経験を終えてもまだ、好きなままだった二人に本気で恋してしまったらしく、しかし娘二人が重度のファザコンでいろいろあるらしい。

 なにせ親と子の年齢差がアレだから、娘とかめっちゃこっち意識してて、親離れとかどうなってんのってくらいべったりである。

 俺と結衣、絆に美鳩はマンション暮らしであり、その場所が現実での由比ヶ浜家なので、なんか面白い。で、こいつは暇さえあればここに来て泣きついてくるわけで。

 

「ただいまー……って、庵? また来てたの?」

「あ、姉ちゃん! 聞いてくれよぉ、兄ちゃんがさぁ~!」

「キモい」

「ひどくね!?」

 

 最初こそ甘えてくる弟に甘かった結衣だったが、ある程度成長すると距離を置くようになった。その反動からなのか、ただでさえべったりだった俺との距離をもっと詰めるようになって、まあこうして姉を頼って甘える声を出したところで、この返答である。

 

「またヒッキーに泣きつきに来たんでしょ。色恋は自分で解決しなさいってお姉ちゃん何度も言ってるでしょ?」

「それが出来れば100回もフラレてないって……」

「庵のは出来ないんじゃなくてしないだけ、でしょ?」

「う、うー……!」

「100回もフラレてるのにまだ好きなんて、誰に似たんだろね、もう……」

「姉ちゃんはいいよなー……出会って一目惚れでずーっと好き合ってるんだろ? 俺なんて……」

「誰彼構わずやさしくして、やさしくされたら惚れて、って、そんな気の多いことしてるからだよ。空気を読むにしたって、読み方を間違えすぎ」

 

 めっ、と叱られて、しょぼんな弟。

 内弁慶なヤツって居るけど、こいつの場合は親しければ親しいほど弱いタイプだ。

 叱られてしょぼんとする大型犬みたいなイメージ。

 で、構ってほしくて近づいては怒られてしょぼん。

 

「お、おーけー、俺がアレなのはもうとっくに解ってる。だから次で最後にするよ。101回目のプロポーズってのも昔あったって聞くし」

「身内にそれをする人が居るって、実際恥ずかしいって解ってる……?」

「……ゴメンナサイ、正直俺もないわって思う……」

 

 結衣、庵ともに顔を赤くして落ち込んだ。

 まあ、実際101回だもんなぁ……それも全部フラレてるとくる。

 

「ま、今日はもう遅いし泊まってけ」

「いいの!? マジで!?」

「えとー……庵? 庵こそいいの? 絆と美鳩のヒッキーへの態度、すごいよ? たぶん傍で見てるといろいろ折れると思う。ていうか、庵が居るから余計にべたべたすると思う」

「帰らせてくださいお願いします!」

「だめだ」

「なんで!?」

「ただいまー! 部活長引いちゃったー! パパ、パパ居るー!? あとこたつ! こたつを所望する! さむかったー!」

「ただいま戻った……ハト帰還。パパ、旅から戻った鳩をたっぷりと撫でてほしい。それはきっととてもジャスティス───あ」

「どしたの美鳩……って、あ……庵」

「うぐぁっ……よ、よう、絆、美鳩……」

「……学業とプライベートは別。お久しぶりです叔父様。いらしていたのですね叔父様」

「叔父様さっきぶりー! なになに? 今日は遊びに来たの叔父様!」

「ちぃいっくしょぉおおおお!! プライベートなんて大嫌いだぁああああっ!!」

 

 そんなこんなで急遽お泊り会。

 え? どうなったのかって? ……なんか庵に爆発してくださいって言われまくった。泣きながら。

 まあその、なにはともあれ、ノーサンキューな場合は娘たちに叔父様呼ばわりされている庵である。

 おう泣け、泣いていいよマジで。

 

 と、いうわけで。

 そんな賑やかな日々を、堪能しながら生きた。

 言ってしまえばいろいろあったが、青春ってものを間近で見られたと思う。

 三人の青春がどうなったのかは……まあ、語るのはよそう。

 外から見ているとなんとも楽しかった、とだけ。

 結局はその三人の話が落着したあたりで目覚めた俺と結衣は、同じ布団の上で目をぱちくり。のちに笑って、それからも幸せに過ごしましたとさって感じで続く。

 まあ、なんとも不思議な、冗談を許されたエイプリルフールだったということで。

 猫がそれを知っていたかは別として、なんだか笑えたからそれでいいと思えた。

 

  ちなみに。

 

 そんなことがあったからか、結衣がママさんに弟が欲しい! と言ったらしく、その夜にパパヶ浜さんがもげた。もとい、いろいろあったらしい。

 「弟が出来るかも!」と元気に言っていた結衣の横で、俺はパパヶ浜さんの疲労を想いつつ、「出来たらいいな」と笑ったのだった。

 

 

 おしまい。


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