東方暁暴走録 〜暁メンバーが幻想入り〜   作:M.P

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アリス・マーガトロイドの軌跡

 森に住む魔法使い、アリス・マーガトロイドは魔理沙から聞いた情報から、紅魔館に足を運んだ。

 紅魔館の地下にある大図書館の主、パチュリー・ノーレッジへの手土産に数冊の魔導本や珍しい素材を持って、少しでも多く魔術のことで語り合うためにやって来た。

 

 というのは表向きで、本命は幻想郷にやって来た人間たちの中の人形使いについての情報だった。意気揚々としたアリスだったが、湖を超えた辺りで紅魔館の一部が破壊されていることに気が付く。

 

「一体、何があったの?」

 

 門を見れば、だいたい寝ている門番の紅美鈴が仁王立ちで構えている。

 

「こんにちは、門番さん。紅魔館で何があったの? パチュリーや吸血鬼は無事?」

 

「あー、これは森の魔法使いさんですね? 実は……」

 

 美鈴は紅魔館で起きたことを話した。彼女の主、レミリア・スカーレットが、パチュリーからのお願いで“暁”を紅魔館に招待したこと。

 レミリアと咲夜が彼らと乱闘になったこと。

 転移魔法で大図書館に移動させられた“暁”と交戦したこと。

 パチュリーが彼らの中の一人から大怪我を負わせられたことの全てだ。

 

 現在、レミリアと咲夜は怒り心頭だが、回復しつつあるパチュリーに宥められている。レミリアも友人の言葉には弱いらしく、今はある程度は収まっているらしいが、憤懣遣る方無い思いのようだ。

 

「今は療養中で、話ができる程度には治っているんですけど」

 

「そう、ならまた今度に」

 

 紅魔館に背を向けて立ち去ろうとしたところに美鈴が声をかける。

 

「あ、待ってください! パチュリー様からは貴方が来たら、何を言っても通せと」

 

 例の人間の情報は別に急いでいるわけでもないが、早いことには越したことはない。それにパチュリーは一度言ったらそう簡単には曲がらない性格だ。

 アリスは門番に礼を言うと、目前に構える紅魔館に踏み入った。

 

 ◇◆◇

 

「パチュリー、来たわよ」

 

 アリスが図書館に踏み入れると、身体の一部を包帯でグルグル巻きにされたパチュリーが出迎えた。

 パチュリーは本が積まれた書斎机の向こう側の彼女専用の椅子に綺麗に腰掛けている。紫色のフレームの眼鏡をかけて、魔導本をペラペラとめくっていた。パチュリーはアリスが目の前に立っていることに気がつくと、魔法で椅子を引いた。

 

「あら、アリス。やっと来たのね。寝坊でもしたの? 今、小悪魔にお茶を持って来させるわ」

 

 アリスは椅子に腰掛けると手土産を机の上に置いた。風呂敷から漂ってくるただならぬ気配をパチュリーは感じ取る。

 小悪魔がお盆にアンティークのティーポットとカップ、そしてケーキを運んできた。ティーポットの注ぎ口から僅かに漏れ出ている香りにアリスはつい食指が動いた。

 アリスは必死にそれを抑えたが、パチュリーには丸わかりだ。思わず彼女は包帯が巻かれた手を口元に添えて笑った。

 

「貴方ともあろうものが、誰にやられたのよ?」

 

「怪我のほとんどはデイダラって呼ばれていた人間ね。両の手の平に口が付いていたわ」

 

 知っている名前が出てアリスは思わず口に含んでいた紅茶を吹き出しそうになった。寸でのところで喉の奥に飲み込んだアリスは聞き返した。

 

「えっ!? 彼が!?」

 

「知っているの? ああ、それと私は復讐とかは考えていないから。そこは安心して。不意の攻撃をくらった私の落ち度だもの」

 

 パチュリー程の魔法使いともなると必然的に競り合う相手も強くなる。もし争った場合には、お互いに恨みごとは一切ないことが戦いの条件だった。

 パチュリーもその例外ではなく、彼らに対して恨みを持っていない。そもそも、例え不思議な力を持っている人間が束になってきても勝てると踏んでいたパチュリーの慢心から起きたことなのだ。

 

「そのデイダラをここに呼ぼうと思うの。レミリアの妹の家庭教師として」

 

「レミリアの妹って、あの暴れん坊のあの子? 何のために……いえ、そういえば彼女は破壊を操れたわね。もしかして、まだ力をコントロール出来ていないの?」

 

「ええ、『芸術は爆発』と言い切る彼のことだから、爆発に関してはかなり精通していると踏んでいるわ。私を殺さない程度に加減していたから」

 

「それでそのデイダラっていう人間をここに招くのね。上手くいくのかしら?」

 

 パチュリーはそれが気掛かりだとばかりに持っていた本を弱く叩きつける。

 

「話しかけても十中八九、いえ絶対に罠だと思われるわね。こちらの誠意を見せても首を縦に振ってくれるかどうか」

 

「そこはもう、祈るしかないわね。パチュリーは彼との出会いは最悪だから機嫌がいい時に話しかけたら?」

 

「咲夜は……腹わたが煮えくり返っているからダメね。やっぱり私が行かなきゃいけないかしら?」

 

 カップの底に溜まっていた紅茶を飲み干すと、アリスは本命の話題を口にする。

 

「ねぇ、パチュリー。貴方と戦った人間の中に人形を操る人はいなかった?」

 

 パチュリーは手を顎に持っていき考え込む。紅魔館内部、そして大図書館で見た彼らの中に、少なくとも人形使いはいないと判断する。

 

「人形……いなかったわね。ここに来たのは四人だけだったわ。彼らの口ぶりから、もう何人かいるのはわかったけど、アリスはその人形使いを探しているのね」

 

「ええ、私が追い求めている完全自律人形について何か知っていると思うの」

 

「随分と熱を入れているのね。その情報は正しいの? 私たちがどれだけ時間をかけてもついぞ完成しなかった自律人形。それを外の世界の人間が一人で完成させたというのは、私はあまり信じられないわ。例え彼らが不思議な力を持っているとしても」

 

 完全自律人形。それはアリスの目標であり、人形使いである彼女が目指す最終地点だ。魔法が関わるのでパチュリーも一部手伝っている。

 人形使いにとって至高の領域に当たるそれは、当然アリスも目指している。しかし魂を人形に入れる過程で必ず失敗するのだ。

 計算上では完全自律人形になっているはずなのだが、最後のピースがどうしても分からない。アリスは藁にもすがる思いだった。

 

「……そうね、確かにその情報は正しくはないかもしれない。でも可能性を捨てきれないの。パチュリーに怪我を負わせたデイダラという人間が言っていたわ。『サソリの旦那自身が人形なんだ』と」

 

「サソリ、その人間……いえ、人形と言えばいいのかしら? とにかく、人形のことについてはサソリという人物に会ってからね」

 

「パチュリー、デイダラって人に会ったらそのことについて聞けないかしら?」

 

 パチュリーは目を細くしてアリスを見る。

 

「それは貴方が聞くべきことでしょう? 私も人形に興味はあるけど、私にとってはその程度なの。それにどちらかといえば、彼らの『術』と呼んでいるものを調べることが今の私のやりたいこと。ま、私はこんな怪我だからもう数日だけ回復を待つわ」

 

 数日程度で済んでしまうのか、アリスは改めて所々を包帯で巻かれたパチュリーの全身を見る。

 デイダラの爆発は身体の外側もそうだが、内側にも衝撃を与える。その爆発をまともに食らったパチュリーはダメージが相当あるはずだ。

 それなのに、今こうしてアリスと話していることが自身の魔法で回復しているパチュリーの魔力の底知れなさが伺える。

 

「それと、貴方が持ってきた魔導本や素材はありがたくもらうわ。……これらを手放してでも、貴方は完全自律人形を完成させたいのね」

 

 パチュリーは風呂敷を魔法で手繰り寄せると開けて中身を見る。アリスが持ってきたのは同じ魔法使いであれば喉から手が出る程に欲しい魔導本や珍しい素材しかなかった。

 

「ええ、私の夢だもの」

 

「これだけのものを渡されて何もしないのも失礼ね。分かったわ、私も出来うる限りのことは協力する」

 

「ありがとう」

 

 小悪魔がお茶のお代わりを持って来た。パチュリーは両手でカップを持つと、ゆっくり傾けて紅茶を体内に取り入れていく。

 

「となると、デイダラとサソリ以外の人間たちの情報も手に入れる必要があるかもしれないわ。彼らはこっちに来たばかりだったから、彼らだって情報を欲しがっていた。だから、人里には一度行っていると、思う」

 

「人里ね、ちょうどいいわ。そろそろ行こうと思っていたの」


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