東方暁暴走録 〜暁メンバーが幻想入り〜   作:M.P

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イタチの話はもう少し時間がかかります。


パチュリーの家庭教師相談

「それじゃ、行ってくるわね」

 

「パチュリー様、もしものことがあるかもしれません。私も共に行きます」

 

 今日も真夏の太陽が幻想郷をジリジリと焼く中、紅魔館の玄関先でパチュリーと咲夜が向かい合っていた。パチュリーはいつもの恰好とは違い、脇丈が少し短い外出用の服に着替えている。しかし、服の裾などからは外来人から受けた傷跡を隠すように巻いた包帯がわずかに見える。

 

 一日のほとんどを図書館で過ごすパチュリーが外出のはかなり珍しいことだ。さらにその内容も咲夜を驚かせるのに十分過ぎた。

 

「大丈夫よ、咲夜。こういうのは誠意を見せないといけないの。警戒はされるかもしれない。一人で行くことに意味があるの」

 

「ですがこの暑さです。途中で倒れてしまわれないか心配です」

 

 この日の気温は軽く三十五度を超える暑さだ。人里の人間もそう長くは日に晒さない。

 それは妖怪も同じで、暑さを迎え入れる妖怪以外は木の陰や洞窟に身を潜めている。

 真夏の太陽の被害者の代表とも言うべき氷の妖精のチルノはというと、身体は浮かせて、手足は沈め自慢の能力で作った氷で周りをキンキンに冷やしている有様だ。それでもチルノにとっては暑いのだからたまったものではない。

 

「……それは考えていなかったわ。でも魔法でなんとかするから」

 

 パチュリーが指を振ると指先から小さな光の玉がフワフワと舞い、パチュリーの頭からつま先まで、身体の周りをグルグル回って消えた。

 

「これでよし。じゃ、改めて行ってくる」

 

「本当に行くのですね、分かりました。ですが、約束してください。必ず戻ってくると」

 

「死地に行くんじゃないんだから、そこまで仰々しくしなくていいのに」

 

 パチュリーの外出の目的はデイダラをレミリアの妹の家庭教師としてスカウトするためだ。しかし、デイダラを含めた“暁”と紅魔館は一度ぶつかっている。その熱が冷めていない今、接触するのは危険だと咲夜は言う。

 

「本来ならもう数日は横になっていないといけないのです。心配のし過ぎと言われても仕方がありません」

 

「早く行動しないと彼らは今いる拠点を移すかもしれないの。そうなったら探すのは面倒くさいわ。それに、レミィが寝ている昼に動かないと。あの子はうるさいから」

 

「パチュリー様!」

 

 咲夜が手を伸ばすがパチュリーはすでに空を飛んでいた。「すぐに戻ってくるからー」そう残して彼女は玄武の沢に向かって飛んでいく。

 

 ◇◆◇

 

「デイダラー、お客さんだよ」

 

 開け放たいるドアをノックしたにとり。

 デイダラは訝しげな表情を浮かべて、作業を止めた。机の上に散らばる芸術品は形こそ整っているものの、集中できていないのか魂が入っていないように見える。

 芸術品用の粘土はまだあるが、デイダラはこのままでは駄目だと思っていたところににとりがやって来た。

 

「まさか風見幽香じゃねーよな?」

 

 とある勘違いから大妖怪の風見幽香と衝突したデイダラ。逃走する際に自前の起爆粘土で彼女に右腕と両脚に火傷という大怪我を負わせてしまったので、花畑の妖怪から追われる身となっている。

 そのため、もし見つかってしまったら戦いは避けられない。なまじ力を持っているだけに強大な力を持つ風見幽香に対抗できてしまう。この辺りは焼け野原になるかもしれないのだ。

 沢の近くで良質な粘土を見つけた側としては、ここでの戦闘は避けたい。

 

「安心して、そいつじゃない。まー、いざこざは起きそうな奴は来たけどさ」

 

 幻想郷(ここ)に来て日が浅い彼らに、そのような相手がいたか? と首を傾げたデイダラだったが、とりあえずは会ってみることにした。スランプ気味の自分には刺激が必要ではないかと考えたからだ。デイダラが同じ芸術家として尊敬しているサソリからも同様のことを言われた。

 

「風見幽香じゃなけりゃ、誰でもいいな。うん」

 

 ちなみに、見張りをしているはずのルーミアは沢で仰向けに倒れて目を回していた。にとりがついでに報告したのだ。

 

「あいつ、門番にもなってねーな」

 

 何があってもいいように準備だけしておくと、件の訪問者が向こうから部屋に入って来た。

 思いもよらない人物にデイダラは目を見開く。床に無造作に置かれている河童の発明品を避けながら、身体のあちこちに巻かれた白い布が痛々しく見えるパチュリーが近付いて来た。

 

「……アンタ、死んでなかったのか」

 

「私はあれくらいでは死なないわ、魔法使いを見くびらないで欲しいわね」

 

「ま、手応えはなかったからな。うん」

 

 デイダラは頭の後ろで両手を組んだ。

 くつろいでいるように見えるが、油断はしていない。むしろ警戒心を高めている。

 

 身体中に巻いてある包帯からして重傷を負わせた相手が来たのだ。そうしない方がおかしい。パチュリーの一挙手一投足を観察していると、彼女から動いた。

 

「そう警戒しないでほしい、というのは無理がありそうね。今日、私がここに来たのは貴方の力を見込んでのことなの」

 

「アンタもようやくオイラの芸術を分かってくれたのか?」

 

「……そうなるわね、貴方の能力をある子のために導いてほしいの。もっと分かりやすく言うと、家庭教師ね」

 

 デイダラは肩透かしを食らった気分だった。自分の芸術の理解者に会えたかと思ったが、そうではなく家庭教師ときた。

 それはそれで嬉しい。だが自分の力が必要とはどういうことだろうか、デイダラはそこが気になった。相手がパチュリーではなかったら、少しくらいなら話を聞いてもいいだろうと考えていただろう。しかし話を持ちかけてきたのはデイダラ達と対峙したパチュリーだ。彼女の話を聞いてホイホイついて行く気にはなれない。罠を仕掛けていると思い込んでしまっている。

 

 警戒を解かないデイダラに頭を抱えるパチュリーは、どうにかしてでも彼を紅魔館の地下にいる少女に合わせる必要がある。

 

「悪いようにはしないわ」

 

「フン、信用できねーな」

 

「騙されたとでも思って来てくれないかしら。レミィには話をしておくわ」

 

 後ろ手の手のひらの口がパカッと開く。そこから唾液混ざりの起爆粘土が顔を覗かせる。

 

「それはつまり、まだ話をしてねーってことだろ。大喧嘩になると断言できるな。今度は本当に死人が出るぜ。うん」

 

「逆に言えば、私の独断でここに来ていることになる」

 

 デイダラはうっ、と詰まる。目の前の魔女は当然それを見逃さない。

 

「……何かあったらすぐにおさらばするからな。うん」

 

「よろしい」

 

 パチュリーは外に向けて歩いた。慨嘆の表情を浮かべるデイダラもそれに続く。

 

「もう厄介ごとを持ち込むなよ」

 

 トビラの陰に隠れていたにとりがボソリと呟いた。

 

 ◇◆◇

 

 数日ぶりの紅魔館はデイダラを萎縮させた。血を思わせる深い赤い色は、以前訪れた時よりも全く色落ちしておらず、むしろ濃くなっている。真昼の時間帯のはずが、急に現れた霧のせいか日が暮れていると錯覚してしまうほど辺りが暗くなっている。

 

 鳥型の起爆粘土を操り、空からそれを眺めていたデイダラ。ベージュの頬から一筋の汗が顎に伝って落ちる。ついでとばかりにデイダラの後ろに座り込み魔導書をペラペラとめくっているパチュリー。「風が冷たいわね」と髪をかきあげながら言った。

 

 自信の芸術をもう一度叩き込もうと思ったが、何とか踏みとどまった。それは戦争の引き金になるからだ。

 湖で冷やされた風を受けながら、粘土鳥は紅魔館の門前に着地した。すでに話は通してあったのか、珍しく起きている門番が優しく「どうぞ」と通した。

 

 デイダラはパチュリーに連れられて二階の奥の小さな部屋へ案内された。部屋の中には小さな茶色の丸いテーブルとそれを囲むように三つの椅子が配置されていた。テーブルの上には二種類の紫色の花が白く可愛らしい花瓶に生けられていた。

 

 花の一つは藤の花でデイダラも知っていた。どんな花言葉だったかと考えていると、パチュリーが部屋に入っていったのでデイダラもつられて、十分に警戒して部屋に入る。

 

 パチュリーは準備ができていることを確認すると扉から離れた方にある椅子に座る。

 

「座っていいわよ」

 

 パチュリーが指を振るとデイダラに近い椅子が引かれる。

 魔法で動いた椅子にデイダラは恐る恐る座る。椅子はデイダラが思っていたよりも柔らかくほおっ、と心の声が出た。

 

 デイダラが椅子の座り心地を確かめていると、お茶とお菓子を持った咲夜が部屋に入って来た。紅茶とクッキーの混ざった香ばしい匂いがデイダラの鼻をくすぐった。

 

「パチュリー様、お茶をお持ちいたしました」

 

「ありがとう、咲夜。ここに置いておいて」

 

「かしこまりました。デイダラ様もどうぞ」

 

 咲夜は手慣れた様子でお茶とお菓子を入れたスタンドをテーブルに置いていく。三段もあるケーキスタンドには色とりどりのケーキやお菓子が飾られていてそれを初めて見たデイダラはその造形美と爆発の相性を思い浮かべる。

 

 不意に視線を感じたデイダラは咲夜に目だけを走らせると、咲夜の殺気染みた目がデイダラに突き刺さった。

 

「咲夜、彼は客よ。そういう目で見ないで欲しいわ」

 

「……ッ! 申し訳ございません」

 

 咲夜はそれだけ言うと、足音を立てずに部屋を立ち去る。その様子を見たデイダラは、

 

 (あいつ、オレに謝ってねーな)

 

 と思いつつも、パチュリーに向き直り話を切り出した。

 

「んで、オイラを家庭教師にしたいってのはどういうことだ? うん」

 

 パチュリーはティーカップを手にデイダラに答える。

 

「玄武の沢では何の説明もしなかったけど……簡単に言うわ。貴方に家庭教師をやってもらいたいのは、この紅魔館の主人、レミリア・スカーレットのその妹。フランドール・スカーレットよ」

 

「フランドール? そいつがオイラを家庭教師にしてくれって言ったのか?」

 

「いえ、違うわ。そう提案したのは私よ」

 

 パチュリーがケーキスタンドからクッキーをつまむとリスのようにカリカリと少しずつ口に入れていく。それを見たデイダラもスタンドからお菓子を取って食べ始めた。

 

「……自分から突っ込んだ火にまた手を入れるのか。オイラが言うのもなんだが、アンタ狂ってるぜ。うん」

 

「危険と分かってても、火に手を入れるのが魔法使いの(さが)よ。未知の力に魅了されて、それに抗えないの」

 

 そこまで話してハッとしたパチュリー。

 

「話を戻すわ。さっき言ったその子は情緒不安定でちょっとしたことで力が暴走するの。貴方にはその力をコントロールできるようにしてほしいの」

 

「コントロール? 会ったこともない奴にどう教えればいいんだ、うん。悪いが帰らせてもらうぜ」

 

 デイダラはそう言って立ち上がりパチュリーに決別の思いで背を向けた。自分の芸術を評価してくれることは嬉しいが、それとこれとは別だった。

 

「あら? 貴方ならこの話に乗ってくると思ったけど、残念ね」

 

 ドアノブに手をかけたところでパチュリーは切り札を使った。

 

「うん? それはどういうことだ?」

 

「あの子の能力は『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』。爆発を『美』とする貴方とは相性がいいと思ったのだけれど」

 

 デイダラは目を見開くとテーブルに飛び付くかのように迫った。テーブルの上に置かれたカップと菓子が一瞬宙に浮く。

 『爆発』と『破壊』は同一のコンセプトと捉えているデイダラは、目の前に人参をぶら下げられた馬のように食いつく。

 

「それを先に言えってんだ! うん!!」

 

 目と鼻の先にまで迫ったデイダラにパチュリーはわずかに身を引いた。

 

「ち、近いわ」

 

「うん? あー、悪かったな」

 

 床に倒れた椅子を起こして再び座る。やはり物がいいのか、傷一つ付いていなかった。

 

「その話、オイラは受けるぜ」

 

「ええ、受けてくれてありがとう。だけどすぐに、はいそうですかという訳にはいかないの」

 

「いや、そっちが頼んできたんじゃねーか」

 

 頬杖をついて身体をテーブルに預けるデイダラ。これが続くなら本当に帰ってしまおうかと思い始めた時に、パチュリーが動く。

 

「本当なら、私が何もしないという証明のために河童たちのアジトで話したかったけど、あそこで悠長にしていたら余計なものが付いてきそうだから」

 

 絶対に誰かくっ付いてくるだろうな、とデイダラは思った。金に目がない角都、強者と戦いたい鬼鮫、生贄を求める飛段、この内の一人は必ず一緒に来ていた。

 

「だから聞くのよ、貴方がどんな活動をしてきたのか」

 

「活動……か」

 

「ええ」

 

 目線が合った。ただ見つめ合うそれではなく、その人となりを見極めようとするそれだ。ここは正直に話した方がいいと判断したデイダラ。だが、自分がしてきたことは世間からは破壊活動と呼ばれるものだ。

 言葉を選んで話す必要がある。

 

「そうだな、まずは何から話せばいいか」

 

 デイダラは顎に手を当てて悩む仕草をする。そのまま十秒もしない内に両手を上げて降参のポーズのようにして、身の上話語り始めた。

 

「どうせ向こうに戻る気はないんだ。全部話すぜ。オイラの芸術の素晴らしさをその身で震えながら聞いとけ、アンタの魔法? ってものに劣らねーやつをな」

 

「お世辞はいいわ」

 

「世辞じゃねぇ!」

 

 興奮したデイダラが立ち上がるが、全く動じないパチュリーにバツの悪い顔をして座り直した。

 

「まず、オイラは向こうの世界での大国の一つ、『土の国』の忍だった」

 

「だった?」

 

 過去形の言葉につい口を挟んだパチュリー。

 

「うん? ああ、そうだ。オイラは土の国では人気の芸術家だったんだ。国の奴らはそりゃあもう大層もてはやしてたぜ。だけど、国の長のオオノキのジジイがオイラの芸術を認めなかった。オイラはそいつを見返そうとして()()()を身につけたんだが」

 

 デイダラは両の手の平の口をパチュリーに見せつける。二つの口からはそれぞれ白い歯とピンクの舌を覗かせた。見た目からして禁術の類だろうとパチュリーは予測した。実際その通りだ。

 身に付けたのは、物質にチャクラを混ぜ合わせることができる。実際、デイダラは粘土にチャクラを混ぜて起爆粘土にしている。

 

「コレを習得した途端に国の連中は揃ってオイラを殺そうとしてきたぜ。そんな国はこっちから願い下げだっつって出てったけどな。まぁ、悪い事ばかりじゃないぜ。コレを身につけてからはオイラの芸術が昇華していったんだ」

 

「貴方が言っていた『爆発』のこと?」

 

「ああ、そうだ。国を出てから気ままに目につくものを爆破していったぜ。裏の世界からの依頼がほとんどだったけどな、うん」

 

 パチュリーは小さい声でそう、と応えた。

 

「でも国を出てしばらくしてあいつらがやって来た」

 

「それが“暁”ね」

 

「ああ、あいつらがいきなりやって来て、メンバーが一人抜けたからってオイラに声がかかったんだ。だが、そんな所に入るとオイラの芸術を探求する時間がなくなるから一度は断ったんだが、無理やり入れられたぜ、うん」

 

 ギリッ、と歯ぎしりの音が静かな部屋の隅まで届いた。

 

「それが貴方が“暁”に入った経緯ね。自分から進んで入ったわけではないのね」

 

 デイダラは当たり前だ! と憤慨する。しかし、遅かれ早かれ“暁”に入らなくても、似たような組織に入れられていた。

 

「もしかして貴方以外のメンバーも似たような感じかしら」

 

「……全員かどうかは知らねーが、サソリの旦那も力尽くで入れられたって愚痴ってたな」

 

 パチュリーは再びカップに口を付けると顎で次の話を促す。

 

「貴方の経緯は分かったわ。次に貴方の『芸術』について聞きたいわね」

 

「あんたもオイラの芸術に興味があるのか!」

 

 身を乗り出して顔を近づけてくるデイダラにパチュリーは図書館から持ってきていた本を迫る顔面に押し付けた。

 

「だから近い」

 

 大図書館の特有のほんの少しのカビと古びた紙の匂いを肌で感じたデイダラは、あまりの匂いに鼻が曲がりそうになるが我慢して座り直した。

 

「う、悪いな。こっちに来てからオイラの芸術を評価してくれる奴が多くてつい、な」

 

「まぁ、レミィとかはそういう派手なものを好むわね」

 

「ちなみにオイラの芸術を細かく説明するなら『一瞬にして散る美』だ。存在を爆発によって昇華させることで『美』を見出すんだ。長い時を生きる妖怪にとってこれほど刺激的なものはないと思うぜ、うん」

 

「……そうね、たしかに百年があっという間の妖怪にとって一瞬を輝かせるものはかなり刺激的ね。レミィも紅魔館に被害が及んでなかったら両手を広げて貴方たちを受け入れていたと思うけど」

 

「オイラは謝る気はないぜ」

 

「ええ、先に仕掛けたのはこっちだもの。今情けをかけられるのは余計な苦しみを増やすだけよ」

 

 パチュリーが手を叩いて「この話はこれで終わりにしましょう」と言った。

 

「……ま、そんなわけでオイラのことについては言ったぜ」

 

「あら、話が脱線して肝心の貴方の芸術活動について何も聞いていないのだけれど」

 

 デイダラが話したのはあくまで身の上話だ。魔女が一番知りたい情報はそれではない。

 

「そういや、あんたにはC1しか見せてなかったな」

 

「シーワン?」

 

「これだ」

 

 デイダラは手の平の口から粘土を吐き出すとそれをこねて鳥の形にする。それはパチュリーが水晶を通して見た粘土細工だった。

 

「これがC1だ。爆発の威力は小さいがそれでも人が死ぬぐらいはあるぜ」

 

「それと貴方の芸術活動に何の関係があるの?」

 

「オイラの芸術はコイツから派生していくんだ。C2、C3って具合にな。数字が増えるごとに爆発の規模は上がっていくんだ。そして、オイラの最高芸術、|C0()()()()は半径10キロを吹き飛ばす傑作だ!」

 

 興奮を隠し切れないデイダラはつい早口になっていた。今まで鬱憤が溜まっていたようだ。

 その様子をパチュリーは淡々と流した。

 

「そう、それがあれば貴方はさぞかし有名になったんでしょうね」

 

 意気揚々としていたデイダラは今までの勢いが嘘のように萎んでいき、ついにはテーブルに突っ伏した。

 

「……どうしたの?」

 

「実は、その最高芸術なんだが、全く話題にならなかったそうなんだ。うん」

 

 消え入りそうな声で話す様子にパチュリーは困惑する。パチュリーはこの面接でデイダラの性格や危険度、そしてフランドールを任せられる人物かどうか判断しようとしていた。

 C0の話題に入った辺りで話を打ち切ろうとしたが、案外そこまで悪い人間ではないかもしれない。

 

 ペラペラと話しているが、本当に大切なことは隠している。 パチュリーとしてもそこまで踏み込むつもりはない。

 むしろ、隠してくれる方がパチュリーにとってありがたい。考えて動く人間はこちらにとっても都合がいいのだ。

 

「そん時の話題は……全部、忍界大戦に持っていかれちまったみたいなんだ。うん」

 

「忍界大戦?」

 

「ああ、文字通り国を挙げての、いや世界を巻き込んだとても大きな戦争だ。それまで三回やって、どの国もボロボロになった。オイラの向こうの最後の記憶は四回目の大戦争の時だったな。

 

「それで、その大戦の結果はどうなったの?」

 

「知らねーよ、気が付いたらここにいたんだ」

 

 パチュリーは「なるほど」と一人納得した。その戦争中に死んだと思い込んだのだ。

 実際には一度死んで、無理矢理蘇生させられたデイダラだったが、戦争終盤にその蘇生の術を解除されて、幻想郷に迷い込んだのが真相だ。

 デイダラはそれを伝えようとはしない。話がややこしくなると判断したからだ。

 

「……貴方の人となりは分かったわ。それじゃ、ついて来て」

 

 パチュリーは椅子を少し引いて立ち上がる。

 

「それは合格ってことでいいのか? うん」

 

「好きなように捉えたらいいわ」

 

 部屋の外に控えていた妖精メイドが開けたドアを抜けて、紅魔館の地下に繋がる階段を降りた。

 狭苦しさだけではない重圧感がデイダラを締め付けた。彼もそれを自覚しながら、奥に待つ吸血鬼を姿を予想していた。

 

 姉のレミリアが見目麗しい少女なので、美しさについては心配はない。パチュリーから聞いた問題は『情緒不安定な性格から、地下に閉じ込めている』という部分だ。

 “暁”にも性格に難がある忍は結構いるが、すぐに暴走することはなかった。どの程度で不利益になるか理解できるから、一定のところで力加減をしている。

 

 これから会う吸血鬼はそれがない。扉を開けたらいきなり襲われないように準備をするデイダラだった。

 

 ◇◆◇

 

 暗い暗い地下へと進む階段を下りていくデイダラとパチュリー。

 ジメッとした空気が漂い、首を真綿で締め付けてくるような息苦しさが現実に起こりそうだ。

 

 地下に潜ってしばらく歩いた先に、ここに来るまでにあった無機質な扉とは違い、紅魔館のような真紅に塗られた豪華な扉が姿を現した。

 

 目的地に着いたのだ。デイダラは深呼吸をする。

 

「フラン、貴方の家庭教師を連れて来たわ」

 

 パチュリーは中からの返事を待たずに鉄のドアノブに手をかけた。

 重々しい音を立ててドアが開くと、デイダラの目に最初に飛び込んで来たのは異常だった。

 

 床や家具の上に散らばっているオモチャやぬいぐるみはバラバラに千切れていて、壁や天井のいたるところに破壊の跡が見られた。

 

 明かりと呼べるものはかろうじて点いているが、今にも床に落ちそうだ。

 部屋の奥を見ると、白い天蓋付きのベッドが佇んでいる。それは所々破れており、形としては保っている。それでもいつまでもつか分からない。

 

「う〜ん」

 

 ベッドの上に子どもが入れる小さな棺桶が乗っていて、開いた棺の中には触れれば壊れてしまいそうな少女が眠っている。デイダラたちに背を向けているが背中に一対の枝に七色に光り輝く結晶のようなものが浮いているのが見えた。

 少女はゆっくりと起き上がると、目をこすりながらデイダラたちを見つめた。寝起きのせいか、少女はフラフラしている。

 

「あ〜、パチェだ〜。遊ぼー」

 

 棺桶、ベッドと足を下ろしてパチュリーの側に向かおうとした途中で、デイダラの存在に気が付く。

 

「……貴方、誰?」

 

「おはよう、フラン。今日私は遊べないわ。その代わり、貴方の家庭教師を連れて来たの」

 

「家庭教師?」

 

 フランの視線が隣のデイダラに向かう。彼を見定めようと、二つの真紅の瞳が頭からつま先までを逃さず捉える。

 

「前の女みたいに、私のこと変な目で見ない?」

 

「フラン、安心して。彼は貴方が思っているような人間じゃないわ」

 

 デイダラはこのやり取りを見て成る程と思った。行き過ぎた力は、人からはいい目では見られない。

 化物のように扱われるのが普通だ。デイダラも禁術を手にしてからは、腫れ物のようにされ終いには生まれ故郷を離れるまでに至った。

 

「フラン、貴方の力を彼に見せてあげて」

 

「え?」

 

 もう一度デイダラを見て、パチュリーの身体を盾のようにして隠れるフラン。

 不安の表情を誤魔化すこともせず、服をガッシリと掴む。

 

「……でも」

 

「大丈夫よ、心配はないわ」

 

「……うん、わかった」

 

 フランは言われた通りに力を発現させた。

 まず床に捨てられた右腕がないクマのぬいぐるみの内の「目」と呼ばれる部分を手の中に移動させると、それを簡単に握り潰した。

 

 他人が見たら、フランが光の玉のようなものを破壊したように見える。デイダラにもそう見えた。

 

 変化はすぐに起こった。ぬいぐるみは一瞬内側に収縮したかと思うと、風船が割れるように中の綿が飛び出た。

 火花と爆炎も吹き上がり、部屋の中は瞬間温度が上がりすぐに下がった。

 

 デイダラは呆然としていた。デイダラ自身が望んで止まない芸術がそこにあった。

 

「な、なんて」

 

 フランは身体をビクッとさせた。「なんて恐ろしい力なんだ」「近寄るな」そんな言葉をかけられるのではないかと思った。以前訪れた半妖の少女もこの力を目の当たりにして、一瞬たじろいだ。またそんな目で見られる。フランはそれが嫌だった。

 しかし、デイダラの口から出た言葉は全く反対の言葉だ。

 

「なんて素晴らしい力なんだ!! うん!!」

 

「……えっ?」

 

「これほどの力をずっとしまい込んでいたのか? もったいねーなー、うん!!」

 

 デイダラから発せられる惜しまない賞賛。フランたちは完全に置いてけぼりだ。

 パチュリーはそれをよそにフランの頭を撫でて、

 

「言ったでしょ、彼はそんな奴じゃないって」

 

「……うん」

 

 フランは一歩前に出た。デイダラの前に姿を見せる。

 赤を主体とした服がぼんやりと写り、七色に光る独特の羽根を揺らす。

 

「今日は顔合わせだけだから、これまでね。また明日、来れるかしら」

 

「ああ、なんなら毎日来てもいいぜ」

 

「フランもそれでいい?」

 

「……うん」

 

 パチュリーの身体にまた隠れながらも、小さく頷くフラン。

 その顔に拒絶のものはなく、薄っすらと笑みがあった。

 

 ◇◆◇

 

 きみの悪い赤色の夕日を背に、優雅に飛び去っていくベージュ色の鳥を視界の端に留めながらレミリアはティーカップを手に取る。

 寝ている間に事を起こされたのは歯痒い。『明日来る』とあの人間は言い、妹のフランも返事をした。

 

 これを破ろうものなら、あの狂気の妹は暴れ回るだろう。やっと見つかった自分を認めてくれた存在なのだ。

 レミリアもいつかは妹を外の世界に触れさせたいとは考えていた。それを人間に奪われて、当然良い気分ではない。

 

 レミリアは隣の席で、澄まし顔で紅茶を飲んでいる友人をただ見つめることしか出来ない。

 

「あのデイダラって人間はどうだったの、パチェ?」

 

「どう、と言われても」

 

 話を振られてどう返したらいいのか、少しの間パチュリーは考えた。

 

「ま、あの様子だと大丈夫じゃないの? フランも自分の力を始めて褒めてくれた人物に出会ったんだし」

 

 フランドール・スカーレットはその力と情緒不安定な性格によって長年地下に閉じ込められていた。

 それはレミリアやパチュリーにもどうしようにも出来なかった。それほど強力だった。

 

 パチュリーが設定していた及第点は強靭なタフさと大妖怪とも渡り合える能力を持っていて、フランを受け入れられる人物であることが条件だ。

 そんな人物は例え幻想郷でもそうはいない。そういう意味でデイダラの存在はパチュリーにとって降って湧いた救世主のような人間だ。

 そして、二人のファーストコンタクトは好感触であった。このまま順調に進めば、フランは徐々に周りに心を開いていくとパチュリーは計算している。

 

「そうなの? パチェが言うなら私も少しは安心できるけど……」

 

「何か言いたげね」

 

 カップに溜まった紅茶にできた波紋を真紅の眼で眺めて、何百年もせき止めていた思いを打ち明けた。

 

「ええ、私は妹のフランを四百年以上地下に閉じ込めていた。いつか世界を見せようと思っていても、まだ力を制御できないだろうと勝手に決め付けていた。妹を信じられない自分が腹立たしいわ」

 

 情緒不安定とはいえ、地下に閉じ込めていたのだ。普通の姉妹のように生活していれば、少しは違った未来になっていたかもしれない。

 彼女が持つ“運命を操る程度の能力”を使用すればよかったのか、いやもうそんなことは関係ない。

 

 愛する妹が人間に心を開こうとしている。それが分かっているからレミリアはどこか落ち着かない。

 

「あの子は外の世界を見た方がいいと思うのよ。そのきっかけはどんなことでもいいから。例えその相手が人間だとしても」

 

 パチュリーは山の向こうに頭を覗かせる黒雲を見つめて、

 

「夜は一雨来そうね」




書くことが多くてなかなか進まない。

何が言いたいかというとキャラクターが多すぎる。

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