狩技について少し話しておく必要がある。
それは、今回の事件にこの狩技という技術が大きく関わってくるからだ。
まず狩人が使う武器には、それぞれギルドが推奨する扱い方がある程度決められてる。
大剣の振り方、片手剣の持ち方、スラッシュアックス等の変形の仕方、ボウガンへの装弾の仕方。
そのある程度はまず狩人になる時にハンターの育成学校である訓練所や、ハンターとしての師匠に教えてもらう物だ。
例えば片手剣は右手で剣ではなく盾を持つ。
これは、多く右利きである狩人にとって、剣を左手で振る事になる事から初めは疑問を唱える者も多い。
しかし、右手に盾を装備して右手首をフリーにする事で、片手剣使いは剣を持ちながらもアイテムを使う事が出来るのだ。
そんな
「地衝斬の事?」
「そうそう。嫌な事を思い出させるかもしれませんが、グラビモスと戦った時に見せてくれた狩技があるじゃないですか。アレです」
狩技は一つの武器種に複数存在していて、ギルドである程度力を認められた者に教えられたりするらしい。
私は師匠である先輩───クライス先輩に教えて貰ったから、それを知ったのは最近の事なのだけど。
「狩技って、結構難しいので使える人が少ないって聞いてたんですよ。でもシノアさんは他にも狩技を使ってたじゃないですか」
「あー、そうだね。私は、大剣で使える狩技は全部先輩に教えて貰ってるから」
「ストライカースタイルもビックリですね……」
なんの話か分からない。
ただ、一つ言える事。
それは、彼の言う通り───
「狩技なんてそう簡単に習得出来る技術ではありません。しかし、それはとても強力な
───人は出来る事は出来るけど、出来ない事は出来ない。ただそれだけだ。
◇ ◇ ◇
振り抜いて地面を割った大剣を一度背中に背負い直して、私は今日二本目のクーラードリンクの瓶を取り出し一気に飲み干す。
瞬間、身体中の血液が冷やされたような錯覚を覚えた。
氷結晶から溶け出した水と苦虫が混ざり合った液体は、飲めば一定時間身体を暑さから守ってくれるハンターのアイテムである。
「厄介な相手だよ、本当」
視界に映る灼熱の溶岩を見ながら、頰を濡らす汗をギルドナイトコートで拭った。
ラティオ活火山。
エルデ地方の境目付近に存在するこの火山は、古くからハンターの狩場として有名な場所である。
私がギルドナイトになって二番目に担当した事件でグラビモスを討伐したのも、丁度この近くの狩場だった。
そんな場所で今私が対峙しているのは、岩のような鎧で溶岩をものともしないグラビモス───ではなく、溶岩の中に潜りその巨体を燃やす灼熱すら身に纏う海竜種。
「近い……。真下───いや、真上!?」
洞窟になっている頭上から降って来た細かい石に反応して、私は直ぐ様身を捻る。
次の瞬間、今さっきまで私が立っていた場所に溶けた岩盤が降り注ぎ地面を焼いた。
それと同時に地面を揺らす、長細い巨体。
短い脚が海竜種独特の形状を思わせる身体の各部を、鎧のようにマグマで覆ったその竜は、特徴的な嘴を仕留め損なった私に向ける。
それが、その竜の名前だ。
「今のところは普通のアグナコトル。面倒だけど倒せない相手じゃない。……ただ、被害者が出てるんだから注意しないとね」
独り言。
自分に言い聞かせるようにそう言って、私は頭を横に振る。
いつも狩りの時、私の事を見てくれていた親友はもういない。だからこうして、時折独り言が漏れる事が最近多くなった。
あの時もそうだけど。
ギルドナイトの仕事の一つに、犠牲が出たモンスターの調査という物がある。
命のやり取りをするハンターとモンスターの間では当たり前の事だけど、少し間が悪いと人間は簡単に死んでしまう生き物だ。
それ程までにモンスターという存在は強大な生き物なのである。
勿論、グラビモスの時だって本来はそういう目的で私は武器を持った。
今回の事案の被害者は狩人による殺人ではない───そう思いたい。
だけど、被害者は不審な死に方をしている。
今回もまた、被害者を殺したのはモンスターではなく狩人なのかもしれない。
ただ、そうあって欲しくない私の気持ちはとは関係なく───今の私の仕事はこのアグナコトルの討伐だ。
「惜しい、残念だったね……!」
飛び込んで躱した力を逃がす事なくアグナコトルに直進する私は、背負っていた大剣で地面を削りながらアグナコトルに接近する。
「───はぁぁっ!!」
そしてアグナコトルの懐に潜り込んだ私は、地面ごと斬り上げる勢いで大剣を振り上げた。
外殻が弾ける。身体の至る所が溶岩で固まった鎧に守られたアグナコトルは、そうそう簡単にダメージを通してはくれない。
なら、その溶岩の鎧を剥がすまでだ。
「まだ!」
振り上げた勢いのまま背後を叩いた大剣を無理矢理引いて、私はそれを大振りで横に振る。
アグナコトルの胸元に叩き付けた私の愛刀───斬竜剣アーレーがその外殻を叩き割った。
悲鳴を上げるアグナコトル。
その正面で、私は振り回した大剣を一度背中に戻す。
大きく息を吸って、次の攻撃に集中。
「そこ───」
怯んだアグナコトルの前足を踏んで跳躍し、頭上にある当竜の頭部へと剣を振り下ろした。
「───だぁぁ!!」
しかし、私のジャンプ攻撃は空気を切って地面を割る。引っ込められた頭に私の攻撃は届かなかった。
跳躍による変則的な動き。
モンスターは私達が思っているよりも知能が高くて、単純な動きを続けていたら直ぐに対応されてしまう。
だから、そういう動きを取り入れたのだけど───このアグナコトルは既に他のハンターとの交戦経験があったという事を忘れていた。
きっと、被害者のパーティに
「背ビレが……」
跳躍攻撃を交わされた時、ふとアグナコトルの背中が視界に入った。
気のせいか、あまりにも不自然な切断面が視界に過ぎる。
ただ、今はそんな事を考えている場合じゃない。
アグナコトルは一度引っ込めた身体を捻って、その巨体を私にぶつけようとしてきた。
こっちは普通にしてたら防御も回避もままならない状態。ハンターは既に死と隣り合わせ。一瞬の判断が生死を分ける。
そんな中でも選択肢が多ければ多いほど判断を誤り易いというのが常識だ。
ただ、ここは私が異常なのか。私は選択肢が多い方がやり易い。
それ故の、こんな戦い方をウェインは羨ましがっていた気がする。
「……っと」
大剣を振った反動も着地の反動も無理矢理引き剥がし、私は身体を捻りながら地面を蹴った。
瞬時にアグナコトルから離れる身体。後方に跳びながら地面を砥石代わりに少しだけ愛刀の斬れ味を回復させて、着地する。
次の瞬間、追撃だとでも言うようにアグナコトルは尾鰭を振り回した。しかし、この距離ならガードも間に合う。
「……っぅ」
大剣の腹でなんとかアグナコトルの尾鰭を防ぐも、私は大きく身体を仰け反らせた。
クエストのレベルとしては間違いなく上位。被害者メンバーは四人が腕も確かな上位ハンターだったとはいえ、一歩間違えれば被害が出るのも納得できる。
それは、今私がこの瞬間アグナコトルに殺されてもおかしくないという事だけども。
しかし、またも仕留め損ねて苛立っているのか、アグナコトルは嘴を鳴らして私を睨み付けた。
ただそれでも、やられる筋合いはない。これは命と命のやり取りなのだから、私もそろそろ反撃させて貰おう。
「もう私もあなたの攻撃は慣れたからね。そろそろ反撃───また潜る!?」
大剣を構えなおして仕切り直そうと思った直前、アグナコトルはその嘴を地面に突き刺した。
そのまま岩盤を割って地面を掘り進めるアグナコトル。割れた地面から溢れた溶岩が直ぐに固まって穴を塞ぐ。
「やりにくい……」
これには流石に私も頭を抱えた。何を隠そうクーラードリンクが一度効果を切らすまでアグナコトルと戦っている理由がコレなのだから。
火山の中の洞窟では、アグナコトルは上下左右の岩盤の中を自由に移動する事が出来る。
これがアグナコトルの厄介なところで、対面する狩人はどこから攻撃されるか分からない敵との戦いを強いられる事になる訳だ。これは非常に厄介である。
「被害が出る理由も分かる……。でも、あんなに綺麗に人の首を落とすような攻撃はしてこないな……」
そうして私は、ふとアグナコトルの狩猟に至るまでの経緯を思い出した。
時間は遡り、火山に入る前。
「首が飛んだ……?」
「はい。それも物凄く綺麗に切り口が真っ直ぐにスポンと。いやビックリですよねー。ディノバルドならともかくアグナコトルの狩猟中に突然起きた事件らしいですよ?」
大袈裟に声を上げる同僚───ウェインは、遅れてやって来た私に被害者の情報を大雑把に説明してくれる。
事件の概要はこうだ。
パーティ四人でのアグナコトルの狩猟中。アグナコトルが薙ぎ払いブレスを放った瞬間、前線で戦っていたハンマー使いの男性の首が突然防具ごと落ちたらしい。
ウェインの言う通り切り口は引き千切られたというより、切断されたように見える。未だ見慣れない人の亡骸に頭を抱えつつも、私達は生き残ったパーティの三人に事情を聞く事にした。
そうして聞いた話によれば。
パーティである大剣使いの女性は、ブレスを回避した後確認すると、被害者の首が落ちたと証言している。
太刀使いの男性も弓使いの男性も同様の証言をしていて、皆回避に専念していたのか直前の事は詳しく分からないみたいだった。
「しかし、アグナコトルのブレスで人の首がこんなに綺麗に切れますかね? 普通消し飛びません? と、なると? まぁ、シノアさんとしてはそれは信じたくないでしょうね」
「そりゃ、殺人だなんて信じたくないけど」
それでも、アグナコトルの仕業と言われてもこれは不自然である。
「まぁ、とりあえずはシノアさん。従来の予定通りアグナコトルの討伐をお願い出来ますか? アグナコトルの攻撃で首が綺麗に落ちるなんて考えれませんけど。もしかしたら狩猟対象のアグナコトルが人の首を綺麗に落とす攻撃をして来るかもしれません。調査の程お願いします」
「私に首を落として来いって事?」
「まさか。信頼してますよ」
どのみちこのアグナコトルは、ギルドの依頼で討伐しなければならないモンスターだ。
私は覚悟を決めて、火山に向かう。
そんな経緯があって、私は一人でアグナコトルの狩猟をしていた。
「少しくらい手伝ってくれても良いのに」
なんて、愚痴をこぼしても何にもならないか。
そもそもギルドナイトは一騎当千。このくらいの事で止まってはいられない。
そんな事を考えていると、アグナコトルは私からかなり離れた場所から上半身だけを覗かせる。
距離を取ったつもりか。そうなると、次の攻撃は簡単に予想が付いた。
嘴を鳴らし、首を大きく横に振るアグナコトル。
私はその動作を確認してから、姿勢を低くしながら駆け出す。
刹那、その嘴から放たれる熱線。
これはアグナコトルが体内で溶岩を圧縮した物で、グラビモスの熱線とは違い実態のある攻撃だ。
勿論当たればタダでは済まない。ただそれはアグナコトルやグラビモスの攻撃はおろかモンスターの攻撃殆どに言える事である。
だけど、やっぱり普通のブレスだ。
人の首を綺麗に切断する能力があるとは思えない。
アグナコトルはその熱線を、首を振る事で薙ぎ払う。
距離を取ったのは、この全体薙ぎ払いという文字通りの必殺技を放つ為だったのだろうけど───
「───遅い!」
私は低い姿勢のまま身体を捻って跳んだ。地面と平行になった背中の上を熱戦が通り過ぎてから、私は着地。
同時に抜いた愛刀で地面を削りながら、未だに熱線を薙ぎ払うアグナコトルに肉薄する。
「はぁぁっ!」
そうして近付いたアグナコトルへ向けて、私は溜め込んだ力を振り上げた。
顎を打ち付ける大剣。確かな手応え。
だけど、アグナコトルはまだ倒れない。
「タフだな……もう!!」
文句を言いながら大剣を振る。身を引いてそれを躱したアグナコトルが、姿勢を低くするのが見えた。
いや、躱したんじゃない。この姿勢は───
「───突進か!」
身を引いたのは突進の前動作だったらしい。
次の瞬間アグナコトルの身体が、その巨体に似合わない速度で私に向かってくる。
回避出来る攻撃じゃない。───なら、選択肢は一つだ。
大剣の腹を前に突き出して大きく息を吸う。
迫って来るアグナコトルが大剣の腹に触れたその瞬間、私は大きく息を吐きながら体を捻って、大剣の腹で攻撃をイナシた。
アグナコトルからすれば、私の事をついに轢き殺したと思えるだろう。
だからか、油断して止まっているアグナコトルに私は背後から近付き───
「貰ったぁあ!!」
───渾身の一撃を後ろ足に叩き付けた。
悲鳴をあげるアグナコトル。
意識外からの反撃。今さっき轢き殺した筈の相手からの攻撃なんて想像もしていなかったアグナコトルは、その巨体を横転させる。
自分が何故倒れたかも分からず、踠き回るアグナコトル。トドメを刺すためにその頭部に近付くと、血走った眼が私と合った。
まさかこんな小さな生き物に、と。まるでそう言っているかのような怒りの視線を感じる。
そうしてアグナコトルは生き残る為に、私を殺すために姿勢を起こした。
だけど、その時にはもう遅い。
私は叩き付けた大剣を引いて、回すように振り上げる。遠心力に引かれた大剣は、もう一回転。
その大剣の重量に任せて私は地面を蹴り、身体を浮かせた。
跳び上がる私の身体は、遠心力のまま空中で縦に回転する。まるで月を描くように。
そしてアグナコトルが起こしたばかりの頭に、大剣の重量をそのまま乗せた回転切りを叩き付けた。
悲鳴が火山に木霊する。
確かに手に伝わる衝撃。私が着地すると同時に、アグナコトルは音を立てて横倒しになった。
そして一度その身体を痙攣させ見開いた目を、ゆっくりと息を吐き出しながら閉じる。
「……強かったよ、あなたは」
でも、特別妙な攻撃をしてくる事は無い。至って普通のアグナコトルだ。
このアグナコトルに被害者の首を綺麗に切断する事は出来ない。
つまり、被害者の首を綺麗に切断した犯人は───
「人減《狩人》、か」
───他にいる。