小さな頃の事を思い出す。
「た、助けて……っ! 助けて下さい……っ!!」
私を囲う四匹の小さな鳥竜種。ジャギィ。
ジャギィはモンスターとしては小柄で、熟練のハンターなら数匹程いる程度では相手にもならない。
だけど、その時の私は人としてもハンターとしても未熟だった。数匹どころか、ジャギィの一匹すら私の力ではどうしようもない。
今思えば不思議な話でもある。
キャラバン隊に混じって家族で旅行をしていた私は、悪い人にキャラバン隊の人達諸共家族を殺されてしまった。
そんな私を拾ってくれたがクライス・アーガイルという男性。後の師であり先輩である。
彼に連れられて、タンジアという町のギルドでハンター登録をした。そして、武器を担いだその日。
私は師であるクライス先輩の前で、情けなくも下の防具を濡らして一人で泣きじゃくっていた。
そんな私を品定めするように四匹のジャギィが私を囲う。
その後ろで突っ立っている師匠に注意を払いながらも、いつこの情けない小さな存在に食らいつこうかと喉を鳴らしながら。
「た、助けて下さい! 嫌だ……嫌だぁ!!」
私は弱かった。
特段運動が得意という訳でもなかったし、足も遅ければ腕力もない。手渡された片手剣だって両手で振るのが精一杯である。
そんな状態で師匠である彼に連れて来られたのは渓流という狩場。
片手剣一本を待たされた私は、先輩に抱えられてジャギィの群れの中に放り投げられた。
「そいつらを殺せ。訓練所で教えた通りにやれば良い」
そんな事言われても。
私が訓練所で習ったのは剣の振り方くらいである。それすら、私はまともに出来ない。
片手剣だって両手でしか持てないし、そのせいで盾だって上手く使えない。元々不器用だから何をしても失敗する。
───その結果がこれだ。
モンスターに囲まれて命の危機。
親を失った悲しみも忘れて、泣き叫んで助けを求める。
「自分でなんとかしろ」
腕を組んで、全く助ける気がないという意思だけを伝える彼が、私には悪魔のようにも見えた。
なんで助けてくれないの? なんで私はこんな所でモンスターに襲われているの?
私をこんな目に合わせた彼が憎くてしょうがない。だけど私が彼を睨むと、彼は満足そうに笑う。
そんな彼が怖い。それ以上に目の前の四匹が怖い。
死の恐怖は幼い私でも強く感じた。
思い出すのは、首のない死体と近くに転がった母の首。血の匂い。真っ赤に濡れた地面。
私もこのジャギィ達に身体中を切り裂かれて、バラバラにされるのだろうか。吐き気がする。胸が痛い。
そんなのは嫌だ。怖い。痛いのは嫌だ。苦しいのも嫌だ。死にたくない。お母さんが居なくなって辛いだとか悲しいだとか、そんな事は忘れてしまう程に───私は死にたくなかった。
「嫌……っ!! 嫌だぁ!!!」
ついに、一匹のジャギィが脚を前に出す。
鋭い爪を地面に突き刺しながら、口を開いて並んだ牙を私に見せた。この牙でお前を切り刻んでやるとでもいうように、その動きはゆっくりに見える。
私は咄嗟に片手剣を捨てて盾を突き出した。直ぐに重い感覚が乗ってきて、私はそれに押される。
目の前に迫る牙と爪。小さくても私には充分すぎる身体で盾を引き剥がそうと、ジャギィは一度離れて尻尾を叩きつけてきた。
弾かれる盾。私はそれを必死になって引き戻す。二匹目がタックルをしてきて、なんとか突き出した盾ごと私は地面を転がった。
「───っぁ、い、嫌……嫌ぁ!!」
パニックになって逃げようとする私の前に、他のジャギィが跳んできて道を塞ぐ。
背後にはジャギィが三匹。逃げないと行けない事だけは分かっているのに、私の足は立ち続ける事すら出来なくてその場に崩れ落ちた。
座り込んだ場所に、今さっき投げ捨てた片手剣が落ちていた事に気が付く。
震える手で私はその片手剣を拾って前に突き出した。ジャギィ達はカタカタと震える剣を警戒して首を捻る。
「こ、来ないで!! もう嫌だぁ……嫌だぁ……っ!!」
私は恐怖で全身の感覚がおかしくなって、痙攣する身体の穴という穴から水分を漏らす事しか出来なかった。
嫌だ嫌だと叫びながら、片手剣を無茶苦茶に振ってジャギィを追い払おうとする。
だけど、そんな事で逃げていく程、相手は甘くない。
なんでこんな事に。なんでこんな目に合わなきゃいけないの。
ふと、事の元凶を目にすると彼は全く助ける気がないらしく耳に小指を突っ込んで回していた。
ただ───
「死にたくねーなら、逃げてないで戦え。それは身体を守る為の物じゃなくて自分を守る為の物だ」
───そう言って、鋭い目で私を睨み付ける。
身体を守る物。自分を守る物。
何が違う。意味が分からない。
「この世界は弱肉強食だ。死にたくないなら強くなれ、逃げてんじゃねぇ。前に出て、自分を守る為に戦え! 立て!! 振り方は訓練所で教えただろうが!! そのままじゃ殺されちまうぞ。死にてーのかテメェは!! 立て!! 立って自分を守れ!! ───そいつらを殺せぇ!!!」
「───っぁぁあああ!!」
その後、少しの間の事を私は覚えていない。
ただ、初めて生き物を殺した。
自分が生きる為に、他の生き物を殺した。
四匹の死体を見下ろしながら、私は自分に着いた返り血を見る。
思い出す惨劇。吐きそうになって、その場にしゃがみこむと、大きな手が私を撫でた。気が抜けて、私は片手剣を落として座り込む。
「良く生き残った。上出来だ」
彼はかなりスパルタだった。師としては最低最悪だ。一度たりともピンチを助けてくれた事はない。
でも、それは彼の思惑通りだった。
私が出来るギリギリのピンチを与え続けた彼の、人の育て方は今でも恨んでるし、もう絶対に弟子にはなりたくない。
これから先に彼の弟子になる人が居るならその人はとても不幸だと思う。なんなら私が止めようとすら思う程だ。
それでも私は彼に感謝している。
何もかもを失って、曖昧になっていた生を実感させてくれたのは彼だ。
生きる為の強さを私に与えてくれたのは彼だ。
この世界の理を教えてくれたのも彼だ。
この世界は弱肉強食。強くなければ生き残れない。
でもそれは、強い者が弱い者を殺していいという訳じゃない。
これが彼の心理で、摂理で、この世界のルール。
「───お前、ギルドナイトになれ」
あの日、私は彼と同じ立場になって。
こうやってまた、横で───同じ立場で戦える事が。今、私はとても嬉しい。
◇ ◇ ◇
咆哮。
恐暴竜の名に相応しい、荒々しい鳴き声。
だけどその姿はとても弱々しく見える。
咆哮も、耳を抑える必要がない。
密猟者達に利用される為に、必要最低限の捕食すら許されていなかったイビルジョーには大した体力も残っていなかった。
さらに飢餓状態になり暴走する己の力に自らを蝕まれ、足踏みすら覚束ない。何と戦っているのか、壁に向かって自分の身体を叩き付ける。
苦しいのか、ゆっくりと持ち上げる顎から大量に吐血する姿は痛々しかった。
「とっとと楽になりなぁ!」
振り下ろされた太刀が血肉を切り裂く。遂に立っていられなくなったイビルジョーが横倒しになると同時に、クライス先輩は太刀を長めに構えて跳躍した。
浮いた身体を回転させ、空中で刃が何度もイビルジョーの肉を刻む。
「終わらせろシノアぁ!!」
言いながら着地したクライス先輩は、太刀を後ろに引いて力を溜めた。またあの人は、太刀の使い方とはかけ離れた事を。
でも、師匠はそれをやってのける。どんな時でも彼は間違っていない。私は彼を信じるだけだ。彼が教えてくれた通りにすれば良い。
これまでも、これからもきっとそれで良いのだろう。
───だから私は、彼の声に答える準備を先にしておいた。
一度背負った大剣に力を込める。次の一撃の為に身体に纏った獣の覇気を解き放した。
「───っあらぁぁあああ!!」
限界まで力を溜めた大剣を、横倒しになったイビルジョーの頭に叩き付ける。
同時に放たれる先輩の突き。モンスターの巨体の反対側からでも分かるありえない衝撃が突き抜けた。
切り裂く肉。潰れる骨。吹き出る鮮血が私を濡らす。
悲鳴すら上げる事なく動きを止めるイビルジョー。二度と立ち上がる事のないその命は静かに灯火を収めた。
身体中から溢れていた龍属性エネルギーが消え、傷だらけの身体が目視出来るようになる。
密猟者に利用された哀れなイビルジョー。あの子じゃないけど、助けられて良かったかな。
ゆっくりと眠ってね。
「……う、嘘だろ」
地面に横たわっていた操虫棍使いの男がありえない物を見るような目で私達を見ていた。
彼自身はイビルジョーが負ける筈がないと思っていたのだろう。残念ながら、私と先輩が組んで普通のイビルジョーに負ける理由はない。
「さて、と。ラスボス倒しに行くかねぇ。そいつ起こせウェイン」
「人使いが荒いんですね。ほらほら立って」
頭に銃を突きつけて、操虫棍使いの男を立たせるウェイン。
モッス先輩に両肩を撃たれたその男は悲鳴を上げながら逃げようとするけど、クライス先輩に蹴り飛ばされて、しまいにはモッス先輩に首を掴まれ立たされた。
全く気の毒にも思わないし、助けようとも思えないのは───私がおかしくなってしまったからだろうか。
「案内しろ。ボスのところまでな」
「だ、誰がそん───ひぃ!? 分かりました分かりました!! だから殺さないでくれぇ!!」
クライスさんの言葉に反論しようとしたけれども、ウェインが銃を突き付けると男は大声をあげて歩き出した。
単純だが当たり前の事。人は誰も死にたくない。
「モッスにこの辺りの掃除を任せる。残りは俺達三人で片付けるぞ、良いな?」
「モス」
モッスさんはそう返事をすると死体を二つ担いで「気を付けて」と珍しく人の言葉を漏らす。
ここに転がっている死体だけでも、人目に付けば大事だ。
だから私達はこの
「良いか。抵抗する奴は皆殺しにする。……俺達は正義の味方じゃねぇ、ただの人殺しだ」
───これが、ギルドナイトの仕事だ。