とあるギルドナイトの陳謝【完結】   作:皇我リキ

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【七章五節】とある密猟者の事案

 洞窟を進む事ほんの少し。

 中で見付けた竜車の荷台には、溢れんばかりのモンスターの素材が積み上げられていた。

 

 今日まで彼らが密猟してきたモンスターの素材だろうか。

 彼らがどれだけ非道な行いをしてきたか、一目で分かる。

 

 

「ボスは?」

「た、多分竜車の中だ。な、もう良いだろ? 俺はあんたらの役に立ったんだから見逃してくれよ!」

「生かして返す訳ねぇだろバカか」

「え? ちょ、待───」

「はい、お疲れ様でーす」

 発砲音と共に糸が切れる操虫棍使い。クライス先輩は倒れる前にソレを蹴り飛ばして竜車にぶつけた。

 

 

「隠れてないでとっとと出てきて首を出せ犯罪者」

 そんな言葉が洞窟に木霊すること少し。一人の大柄な男が両手を上げながら竜車から出てくる。

 

 手には武器を持っていなくて、男はそのままそこに座り込んだ。

 

 

「お、良いねぇ。そのままじっとしてろ。シノア、銃の弾まだ使ってなかったろ。……殺してこい」

「わ、私が?」

「殺してこい」

「は、はい」

 彼は正しい。

 だから、私は腰に刺した銃を一丁取り出して男の元に歩いていく。両手を上げた男は武器を持っていない。

 諦めているのだろうか。観念したような表情でいる男の前に立って、銃を突き付ける。

 

 

「……悪いとは思っていたさ。イビルジョーを利用するのだって、辺り一帯のモンスターを狩り続ける事だって悪い事だとは分かってた」

「ならなんでこんな事をしたんですか」

 横目で見る竜車には、何種類ものモンスターの素材が積み重なっていた。

 これだけの命を弄んだ罪は重い。ただそれ以上に、彼らがイビルジョーを使ってまでそれだけの事をした理由が少し気になる。

 

 どう考えても彼らは異常だ。

 

 

「モンスターが怖かった」

「怖かった?」

「俺はモンスターに家族を皆殺しにされたんだ。家族だけじゃない、その時一緒に旅をしていたキャラバン隊のメンバーも殆どが殺された。たったの一匹のモンスターにだ! なんでもない、ただの鳥竜種、ハンターが四人もいれば簡単に倒せる相手だった。でもな、人間は思ってるより弱い。戦えない者は直ぐに殺された。守る暇もなく、いとも簡単に殺された。この世界はそんな危ない奴がわんさか蔓延ってるんだ! 人々が安心して暮らすにはこの世界は危険過ぎる。だから俺は───俺達は決めた。この世界からモンスターを一匹残らず殺しきると! そうして平和な世界を作るんだと!!」

「そんなのは私達人間の勝手だよ。モンスターだって生きていて、感情があって、死にたくないから戦ってる。私達の勝手で自然に生きる他の生き物をどうこうするなんて、間違ってる」

 彼の言いたい事が分からない訳じゃない。

 

 私だって自分の家族を殺した人が許せないし、アーシェを殺した男を許せなくて殺している。

 何かを憎む気持ちは誰にでもあるし、消えない物だ。だけど、その気持ちだけで動いたって何も解決しない事を私は知っている。

 

 復讐なんて虚しいだけだ。

 奪ったいのちに唸られる夜は、今だって怖い。

 

 

「なら死んだ奴が悪かったっていうのか!? そいつらが弱かったから悪かったっていうのか!? ならそこでバラバラになった素材だって同じだ。あいつらが弱かったから死んだだけだろ!? 俺達だって生きてるんだよ!!!」

 立ち上がって怒りを露わにする男は私に迫ってくる。

 銃を頭に向けるとその動きは止まったけど、それでも震える身体は「納得がいかない自分は間違ってない」と今にもそんな言葉を吐きそうだ。

 

 

「それは違うよ」

「は?」

 銃口をしっかりと向けて、私は引き金に手を置く。

 

 この世界は弱肉強食だ。

 弱い者は強い者の糧となる。そうして世界は廻っていく。

 

 でもそれは、強い者が弱い者を殺して良いという意味ではない。

 

 食物連鎖という自然の中で、命を奪う事で自らの生を繋ぐ為の自然の摂理だ。

 彼らモンスターは生きる為にその生態の中で命を燃やしている。狩人と呼ばられる人達だってそれは同じだ。

 

 

 時に狩り、時に狩られ、世界はバランスよく廻っている。それがこの世界の理。

 

 

 でも、彼らがやっている事は───

 

 

「あなたがやってる事は───」

「……っ!」

 姿勢を低くして逃げようとする密猟者の最後の一人。私は逃さないように彼に銃口を向けた。

 

 

「───ギルドナイト(私達)と同じ。ただの殺害だ」

「うるせぇ!!」

「……っ」

 振り上げられた何かが私の銃を弾く。同時に手首を何かが切り裂き、私は持っていた銃を落とした。

 

「な!?」

 武器は持ってなかった筈。ただ、そんな事を考えている間にも、目の前の男は何処かに隠していた短刀を構えて私に襲い掛かる。

 

 

 さっきまで対モンスター用の武器で先輩と戦っていた密猟者達を見ていたからか、小さな武器を隠し持っていると気が付かなかった。

 構えた短刀を押し付けてくる体格の良い男。私はなんとか短刀の軌道から身体を反らす。

 

 

「───ぐぅっ!?」

 それでも大柄な男のタックルに突き飛ばされた身体は地面を転がった。

 受け身をとって飛び上がる。大剣に手を触れようとしたけれど、妙に力が入らない。

 

 

「……っ、くっそ」

 そこでやっと私は手首の傷を思い出した。さっきの攻撃が思っていたより効いていたらしい。

 左手で抑える右手から、自分で見ても血の気の引くような量の血が流れている。

 

 私は直ぐにスーツを引き千切って簡単な圧迫止血をした。

 両利きだったのが幸いか。私は左手に剥ぎ取りナイフを構えて、大剣を地面に投げ捨てる。

 

 

「チッ、しぶといな」

「抵抗しないで、罪を受け入れて」

 そしたら、私は彼を救えるだろうか。彼の罪が許されるだろうか。私は彼を裁くしかないだろうか。

 

 

「罪だ? 俺は自分が正しいと思ったからやっただけだ。殺したいなら殺せよ、殺せるならな。お前らギルドナイトも自分の正義を全うすれば良い。勝った奴が正しい。それがこの世界のルールだろうが!!」

 突進してくる密猟者の男。得物のリーチは私の方が上だ。

 私はそれを前に突き出して、男の突進を待った。

 

 

 イナシて、カウンター。

 頭でそう決めた次の瞬間、男は目の前で動きを止めて腕を振る。

 何をする気か。そんなところで短刀を振ったって、攻撃は届かない───

 

 

「───っぅ!?」

 刹那、そのままの意味で眼前に映る鋭い刃。反射的に頭を逸らすと、短刀が私の頬を切り裂いた。

 投げられた武器が地面を転がる。そんな事に驚いたのもつかの間、男のボディーブローで今度は私が地面を転がった。

 

 

「───ぐぇ……っ…………ぁ」

 視界が揺れる。血反吐を吐いた。

 

 早く立たないと殺される。

 頭では分かっているのに身体が追い付かない。剥ぎ取りナイフを持っていない事に気がついた。落としたとしたら、まずそれを拾わないと。ダメだ、身体が動かない。

 

 

 男が近付いてくる。

 

 

「おらぁっ!」

「───ガハッ」

 腹を蹴られて空気と血の塊を吐き出した。痛みに蹲る私の目の前で、男は拾った剥ぎ取りナイフを構えて不敵に笑う。血の匂いがした。

 

 

 

 ───殺される。

 

 

 

「───嫌、ま、待って!」

 いつ振りだろうか。本当に命の危機を感じたのは。

 

 それこそ、私がギルドナイトになる前の話だ。

 ギルドナイトになって、戦う相手がモンスターから人間になって。

 正直私は相手が怖くなかった。舐めていた事はあっても、自分が負けるなんて思ったりもしなかったと思う。

 

 

 それが、こんな、簡単に。

 

 

「お前をぶっ殺して、次はあの二人だ。どういう訳か加勢がないが、丁度良い。アレか、ギルドナイトってのはサシでしか戦わないのか? 俺の仲間は全員で向かって殺されたってのに、随分と正しい事をしようとするじゃないか!!」

 男のそんな言葉を聞いて、私はクライス先輩とウェインに視線を向けた。

 

 

 ウェインは少し落ち着かない様子でクライス先輩を見ていて、クライス先輩はただ突っ立っている。それが、いつかの光景と重なった。

 

 

「まぁ、良い。とりあえずテメェからぶっ殺す」

「───ひっ! ま、待って……嫌だ…………殺さないで!!」

 必死に立とうとするけど足に力が入らない。全身の穴という穴から情けない液体が漏れて、涙で視界がぐちゃぐちゃになる。

 逃げないと。その前に次の攻撃を防がないと。

 

 格好悪くても良い。ただ、必死に手を振って抵抗した。

 

 嫌だ。嫌だ。怖い。死にたくない。

 

 

「ヒッヒッ、結構可愛い泣き顔するじゃねーか。漏らしちゃって、可哀想に。よく見れば綺麗な顔した白髪の娘じゃねーか。王族だとしたら、殺してからヤるには勿体ねーけどよぉ───」

「ひぃっ」

 振り上げられるナイフが見える。全身が痙攣して歯を食いしばった。

 

 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。辞めてよ。助けてよ。なんでこんな目に。なんで───

 

 

「───お前らさっき、俺の仲間が命乞いした時どうした? 殺したよな?」

「……っ」

 それは、だって、しょうがない。

 

 

 それがギルドナイトの仕事だから。犯罪者を生かしておく訳にはいかない。それが正しい事だから、それが正義だから───

 

 

「……正義?」

 正しいって、正義って───何。

 

 

 私達はただの───

 

 

「勝手に正義ヅラして人を殺してるお前らが正しいと! 正義というなら勝手にしろ。だがな、俺は俺の正義を貫く。モンスターは悪だ、それを庇うテメェら王族も、ギルドナイトも、全部悪だ!!」

 振り下ろされる剥ぎ取りナイフ。やっと動いてくれた私の身体は、男の手を掴んでなんとか刃を止める。

 

 

 それでも剣先は喉に触れ、皮膚を裂いて血が流れた。

 

 

 体重の乗った刃を抑える手が震える。この手を離したら、モンスターの皮も斬り裂ける鋭い刃が私の喉を切り裂くんだ。

 一瞬で刃が通って、血が吹き出して息が出来なくて苦しみながら死ぬ。丁度洞窟の前で先輩が太刀を喉に突き刺して一人殺していた、あんな感じに。

 

 

 

 私が悪いのか。私はただ犯罪者を裁くだけだ。私が悪いのか。

 

 

 

 こんなの嫌だ。こんな死に方嫌だ。死にたくない死にたくない。

 なんで助けてくれないの。こんなに怖い思いをしてるのに、仲間の筈の二人は何もしてくれない。

 

 

 

 もう嫌だ。助けてよ。助けてよ。

 

 

 

「大人しく死にやがれ! 後でたっぷり遊んでやるからよぉ!! 王族の娘とヤれるなんてたまんねぇなぁ!!」

 男がナイフから片手を離したかと思うと、その片手で腹を殴りつけられる。

 激痛が走って、刃の先が少し喉を裂いた。震える身体を無理にでも動かしてナイフを持ち上げる。

 

 

 

 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。

 

 

 

「これが正義だ。弱肉強食。勝った奴が、正義だ」

 振り上げられる拳。待って、これ以上は耐えられない。嫌だ。嫌だよ。死にたくない。助けてよ。

 

 

 ──この世界は弱肉強食だ。死にたくないなら強くなれ、逃げてんじゃねぇ。前に出て、自分を守る為に戦え! 立て!! 振り方は訓練所で教えただろうが!! そのままじゃ殺されちまうぞ。死にてーのかテメェは!! 立て!! 立って自分を守れ!! ───そいつらを殺せぇ!!!──

 声が聞こえる。幻聴だ。走馬灯だ。

 

 いつかの先輩の言葉。

 私が信じてついて行った、先輩の言葉。

 

 

 

「───何やってやがるシノアぁ!! 死にたくないなら強くなれ、逃げてんじゃねぇ。前に出て、自分を守る為に戦え! 立て!! 戦い方は教えただろうが!! そのままじゃ殺されちまうぞ。死にてーのかテメェは!! 立て!! 立って自分を守れ!! ───そいつを殺せぇ!!!」

 突然そんな声が聞こえる。

 

 いつか聞いたこのとあるような、そんな声。

 

 でもそれは幻聴なんかじゃなくて、本物の空気の振動だ。

 

 そうだ。この世界は弱肉強食だ。

 

 強くなくちゃ生き残れないから、私は師匠に力を貰った。

 

 

 

 死にたくない。だったら───強くなれ。

 

 前に進んで、自分を守れ。───敵を殺せ。

 

 

 

「───っぅ!!」

 ナイフを抑える手の力を抜くと同時に、私は首を逸らして頭を引き上げる。

 地面に突き刺さるナイフ。勢い余って前に出てきた男の頭に、私は自分の頭をぶつけた。

 

 

「───ぎぇあ!? うぎぃっ!! 目、いてぇ!? クソがぁぁ!!」

 丁度よく私の頭が眼球に当たったのか、痛みに怯む男の腹を蹴って背後を取る。

 

 

 武器は一つだけ。

 

 私は()()を真っ直ぐ構える。

 

 

「んなろぉ!! 往生際の悪いふざけた事しやがって、ぶっ殺してやるぁ!!」

 地面に突き刺ささったナイフを拾うと同時に振り向く密猟者の男。

 

 

 この男は確かに強かった。普通に肉弾戦をしたら、私は勝てないと思う。

 

 

 でも私はギルドナイトだ。この特権がある。

 

 

 

 正義だとか、裁きだとか、そういう事じゃなくて。

 

 

 私は私が生きる為に、その力を使う。

 

 

 私達ギルドナイトはただの───

 

 

 

「死ね、クソあ───」

「勝った物が正義だって? そうだね───」

 手に持った二本目の銃、私はその引き金を迷わずに引いた。次の瞬間鉛玉は、男の喉に穴を開ける。

 

 

「───ぉ…………あぅ……で…………」

「───同感だよ」

 ───ただの、正義ヅラした犯罪者だから。

 

 

 血飛沫を上げながら倒れる密猟者の男。

 

 

 あなたが正しいとか、ギルドが正しいとか、そんなのは知らない。

 

 

 でも、あなたの正義は負けた。それが、現実。

 

 

 

「大丈夫ですかシノアさん!? あ、アレですよ。助けなかったのはクライス先輩に止められたからで……ぁ、えと、回復薬どうぞ!?」

 慌てて寄ってくるウェインが回復薬を手渡してくれる。

 

 珍しく慌ててるのは、心配してくれたからだろうか。

 

 

「ありがとう……。大丈夫、知ってたし」

 今思い返せば、これもクライス先輩の───師匠の企み通りだったのかもしれない。

 

 私がギルドナイトとして働いていけるように、師匠が私を成長させる為に仕組んだのだと思えた。

 そう考えれば、自分の情けなさに少し呆れつつも、師匠の気持ちに応えられて安心出来る。

 

 

「……良くやった。上出来だ」

 いつかと同じような言葉を落として、師匠は私の頭の上に手を置いてくれた。

 それが心地良くて、私は回復薬を飲むのも忘れて彼の手に少しの間甘える。

 

 そうだ。私はこの人の側に居られれば、それで良い。

 

 

 

「これで全員ですかね?」

「そいつは確か全員で向かってとか言ってやがったな? この場所にはもう隠れてねーし。仮に逃げた奴が居るとして、追い掛けるだけ時間の無駄だ。イビルジョーを使わないと何も出来なかった虫ケラ共だからな」

 クライス先輩はそう言うとモンスターの素材が乗った荷台を眺めて観察する。

 そこにはリオレイアだけじゃない。タマミツネ、ライゼクス、ナルガクルガにババコンガまで。様々なモンスターの素材が山のように乗っていた。

 

 

「派手にやってくれちゃってるねぇ」

 彼らの無念は晴らす事は出来ないと思う。

 

 

 でも、これ以上の被害は防ぐ事が出来た筈だ。

 

 

 私達は正しい事をした。そう思いたい。

 

 

 

「んじゃ、後はモッスに任せて帰るぞー。俺達は書類の提出だ。俺はやらねーけどな」

「えー、ちょっと、そうやって結局僕がやるんですよね。偶には働いて下さいよ」

「あ? お前今回何もしてねーだろ。死体の処理をモッスの代わりにやるか?」

「喜んで書類書かせて頂きますね!!」

 歩き出す二人。

 

 

 これが私達の日常。

 

 

 これが、私達ギルドナイト。

 

 

「シノアぁ! 置いてくぞ!」

「あ、はい。直ぐ行きます!」

 きっと、これが正しい事なんだと思う。

 

 

 

「あれ? ウェイン、どうしたの?」

「あ、いや。ちょっと調べたい事がありまして。先に飛行船に戻って傷の手当でもしてて下さいな。直ぐに戻るんで」

 そう言うと、ウェインは倒れた密猟者の男の方に向かって歩いていった。

 

 なるほど、そういう事なら言葉に甘えるとしよう。

 師匠に傷を手当してもらいながら、ちょっと昔みたいにお話ししたり、甘えてみようかな、なんて。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

「ったくシノアさん、やっぱり甘いんですよね」

「…………ぎぃ、ゃ、べ、ご……ごろ、ず、だ」

「まだ生きてるじゃないですか」

「……だ、ず……げ……で…………っ、ゃ、やめ───」

「あの女といい変に感の良い人は余計な事を言う。……まぁ、準備は整いましたね。後は彼女次第か」

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