どうしてこんな事になったんだろう。
「つまりモッス先輩はシノアさんに内緒話で、明日資料室に来てくれと頼んでいて。それで来てみたら彼は───死んでいた」
どうしてこんな事に巻き込まれたのか。
「資料室には荒らされた形跡はない。持ち去られた物もなければ、一ミリたりとも動いていない、触っていない」
どうして───
「えーと、ではアリバイから聞いておきましょうか。定番ですしね」
───どうして私はこんな所にいるのか。
「被害者は我等が大切な仲間、モッス先輩。……両手を切断され、ガンランスで喉を串刺しにされて吊るされてました。あと、ついでに見張りの兵隊さんの首も同じ現場の資料室に身体と一緒に転がっていた」
解りかけていた物が崩れていく音がした。足元が崩れていく音が響く。
ギルドナイトってなんだ。
「で、まぁ。つまるところアリバイがないのは。……シノアさん、あなただけなんですよね」
私達はなんの為に存在している。
「シノアさん、モッス先輩を殺したのは───」
私はなんだ。
「───あなたですか?」
「へ……」
向けられる銃口。こんな感覚はいつぶりだろうか。
初めて人が人に殺される所を見た日か、初めて人を殺した日か。
「───待って、なんで!? なんで私が殺した事になるの!?」
意味が分からない意味が分からない意味が分からない。
どうしてこんな事になっている。私が何をしたの。私はただ、辛くても苦しくても悲しくても、この場所で、ギルドナイトで居るための覚悟をした。
それなのに、どうして───
「いや、僕もシノアさんが殺したなんて本当は思いたくないし、まったく思ってないんですけどね? ただ事情が事情であって、シノアさん以外を疑う事が出来ない。全員アリバイがあるんですよ。そもそも、このギルドの裏方に入るには集会所を通らないといけない訳で。するとやっぱり受付嬢さんに見られてしまう。そこで昨日から、シノアさんの悲鳴を聞いて僕が駆け付けてモッス先輩の死体を発見するまでの間この集会所に入った、所謂容疑者は被害者を除いてシノアさんとクライス先輩に僕の三人だけ。そして僕とクライスさんは一緒にギルドナイトのお仕事の整理をする為に働いていたので……まぁ、なんというか。完璧なアリバイがある訳です」
そこで一度区切り、ウェインは間を置いてから「ただ───」と言葉を続ける。
「───ただ、受付嬢の視線くらいなら誤魔化して侵入する事も出来なくはない話です。僕達の知らない裏道もあるかもしれない。なので容疑者として可能性は低いですが、見張りの兵隊さんとモッス先輩を同時に殺害する事が出来る腕利きの人殺し、ファルスさんも一応容疑者として名前を挙げておきましょうか。……まぁ、これは正直考えたくないんですが外の名も知らぬ強豪の誰かがギルドナイトに恨みを持っていて? なんて可能性。……いやぁ、この可能性だけは捨てたい。だってそんなオチは───とてもつまらない」
「えぇ、私だけぇ? アッキーやフルくんだって同じギルドナイトなのに」
「対人でモッス先輩に勝てる人間なんて限られて来ますし。狩人として秀でて優秀でも対ハンター戦では参考になりませんから」
ウェインとクライス先輩は犯人じゃない。私だって殺してない。
なら、犯人はファルスさんだ。
でも何かがおかしい。この事件はこれまでとは全然違う。
そもそもモッス先輩を殺すことが出来た人っていう前提がおかしい。
他に容疑者は居ないのか。
本当に私とファルスさんしか疑うべき人は居ないのか。
──とてもつまらない──
何それ。
「とりあえず、騒ぎを避けるために今日一日集会所は閉鎖。すぐに準備して港エリアに仮集会所を設置しましょうか。その辺りの事は今回容疑者から外れてるアッキーとフルート君、クライス先輩に任せる事になりますが宜しいですかね?」
「問題ないわ」
「……オケマル」
「俺はパス。可愛い後輩に容疑が掛かってるのにおめおめと働いてられるかって」
クライス先輩のその言葉に、私は泣きそうになってしまった。
「シノア、お前は殺してないんだな?」
「も、勿論です。私じゃない。私は殺してない!」
私が叫ぶと、先輩は「落ち着け」とでも言うようにその大きな手で私を抱擁してくれる。
大丈夫。先輩がいる。先輩が私を見てくれてる。
その後、集会所は閉鎖。普段は朝から賑わうシー・タンジニャもギルドの受付も静かになってしまった。
この場に残っているのは私と先輩、ウェインとファルスさん。それに、モッス先輩と見張りの兵隊さんの死体と、私がモッス先輩を見つけた時に驚いて落とした大剣だけ。
「それじゃ、血も涙もない現場検証と事情聴取していきましょうか。まぁ、そもそも、現場検証も終わってますし、事情聴取も無駄なんでしょうけど。───だって僕は犯人を知ってますし」
普段とは違う、そう思っているのは私だけなのだろうか。
ウェインはいつものように、いつものあの人を小馬鹿にしたような表情でそう語る。
犯人を知っているという言葉は犯人に対してのブラフか、それとも名乗り出るように脅しているのか。
「知っての通り、ギルドナイトのお仕事はいたって単純明快。犯罪者を己の正義に任せてぶっ殺す事です。……自白する訳がないですよねぇ。でも、僕達もお仕事をサボる訳にはいかないので。もし犯人が見つからなかったら容疑者全員と、ついでに責任とって僕も死ぬ事になるのでそこら辺宜しく」
「随分と仕事熱心なのね、ウェインちゃんは」
「これが
どちらにせよ、私とウェインとファルスさんの内、誰かか全員が死ぬ。
「まぁ、僕も死にたくないのでここは無理やり犯人を決めちゃいましょうか。そう、どちらかが犯人でないと
「あら素敵」
仲間がまた死ぬ。
「なんなのこれ……。こんなのおかしい」
分からない。この事件はこれまでとは違う。
何かがおかしい。でもその何かが分からない。
「それじゃ、その消去法に私も賭けようかしら。だって死にたくないもの。それはシノアちゃんも同じなんでしょうけど、私だって死にたくない。誰だって死にたくない。結局人は、自分が生きる為なら他人をいくらでも切り捨てる。シノアちゃんは大切な仲間で同僚でお友達だけど、結局自分の命より大切な物はないのよ」
そう言ってファルスさんはもう動く事のないモッスさんに近寄った。
何をする気だろうか。
「私が殺したなら、モッスちゃんと兵隊さんの
「は?」
いや、それを証拠にされたらまずい。でも、私には何もアリバイがない。根拠もない。
死にたくない。そんなのは、私だって同じだ。
でも、ファルスさんを貶めてでも生きたいのか。
───いや、生きたい。
私は生きたい。もしファルスさんが犯人じゃなかったとしても、私は死にたくない。
「だから確認してみない?」
「待って! そんな事が証拠に───」
「おっと二人とも落ち着いて。そんなものはファルスさんが容疑者に上がった時点で調べてます。ですがねー、そんなものを証拠として上げられても、ほら、普通、納得出来ませんよ?」
ウェインのその言葉を聞いてファルスさんは舌を鳴らす。その表情が私は少し怖かった。
ファルスさんは確かに変人だけど、悪い人じゃないとは思っていたから。
「シノアちゃん、悪く思わないでね。私だって貴女が殺したなんて思ってない。でもね、結局ギルドナイトって、責任を取りたくない上役が責任を取らせる為に作ったお仕事だもの。こういう役目が回ってくる。ハンターによる殺人はあってはならない、だから、闇に葬るしかない」
でも───だから仲間だって平気で切り捨てる。
ギルドナイトはそういう存在。
執行人? 罪を裁く者? 正義の味方?
違う、ギルドナイトはただの悪党だ。正義面した悪党だ。そういう仕事なんだ、そういう役割なんだ、そういう存在なんだ。
だから私達は平気で人を殺す。
だから私も殺す。自分が生きる為に、誰かを殺す。
この世界は弱肉強食だ。強くなければ、生き残れない。
「確かに第一発見者は私で、私が殺したと思われても仕方がないかもしれない。だって私がモッス先輩を見つけた時にはもう彼は死んでいたんだから。その証拠に返り血だって付いてない。私の悲鳴を聞いてウェインが来てくれるまでそんなに時間はなかったよね!? 私がモッス先輩を殺してから、返り血を全部綺麗にする時間なんて無かった筈。だから私には殺せない。でも他の人なら、ファルスさんならモッス先輩を殺してから着替えるまで時間は沢山あったでしょ!?」
「お、良いねぇ。そのいきだシノア」
先輩もそう言ってくれた。これで死ななくて済む。犯人は私じゃない。
もう一押し必要だろうか。
必要だ。
「モッス先輩は昨日私に、他の人には聞かれないように、朝になったら資料室に来いって言った。だから私が来たのも朝だし、それは受付嬢さんも見た筈。集会所に入ってから、悲鳴を上げて、ウェインが来るまでに二人を殺して返り血を掃除するなんて私には出来ない! モッス先輩を殺す為に、態々兵隊さんまで殺して、二人も殺して……返り血を綺麗にする事なん───」
「ちょっと気になったのだけど、良いかしら?」
突然ファルスさんが口を挟んでくる。もう無駄だ。私は証拠を出した。私は殺してない。私は死なない。
「犯人って、モッスちゃんが資料室に居た事を知ってたのかしら?」
「ぇ……」
何を言ってるの? ファルスさんは。
「シノアちゃんの言葉で気になったのよ。犯人の目的がモッスちゃんを殺す事なら、彼が資料室に居た事を知っている必要がある。……資料室は荒らされた形跡もなかった、犯人の目的はやっぱりモッスちゃん。……モッスちゃんが内緒話で資料室に呼んだ人以外、彼が資料室に居た事を知っている人はいないわよね? それって、誰かしら?」
「ぇ……」
ちょっと待って。そんなの、証拠にならない。
だってそんなのウェインが最初に説明した事だ。
私は殺してない。
なら、誰が殺したの?
「シノアさんですねぇ」
冷たい声が耳に響く。
「シノアちゃんの言う通り、モッスちゃんは他の誰にも資料室に行くとは言っていない。私が居場所を知らないモッスちゃんを殺す為に、態々兵隊さんまで殺してまで資料室に行くのかしら? 答えは分かりきってるわよね?」
「ちょ、待───だって、私には返り血が……」
「そんなの上から他のコートでも着てればなんとかなるものよ?」
なんで?
こんなのおかしい。
やってもない罪で裁かれる。その罪を仲間同士で押し付け合う。
なんだこれ。なんなんだこれ。
「あー、ファルスさん」
冷たい目線と、銃口が私に押し付けられた。
私が殺した事になったの?
違うのに。私は殺してないのに。
「───帰って良いですよ」
「それじゃ、お先に。シノアちゃん、気を悪くしないでね。これもギルドナイトの仕事よ。それじゃお疲───」
「───けるな」
「?」
おかしい。こんなのはおかしい。
「ふざけるな……ふざけるな……ふざけるなぁぁ!!」
背中の小型ナイフを引き抜く。こんなのはおかしい。間違ってるんだ。
「おっとストップだシノア」
前に出した足を払われて、私は地面を転がる。クライス先輩はそんな私を押さえ込んで、こう続けた。
「今のは見なかった事にしてやるから落ち着け。な?」
「退いて下さい!! 私は殺してないです。先輩は信じてくれますよね!? 犯人はアイツなんです!! 私は殺してない!!!」
「あぁ、知ってる」
先輩は当たり前のようにそう言う。そうだ、先輩なら信じてくれるんだ。先輩だけは私の味方をしてくれる。
「でもな、八つ当たりは良くねーよ」
「……っ」
ち、違うよ。アイツが犯人なんだ。先輩、違うんだよ、アイツが犯人なんだよ。
「実は私全部知ってるんだけど、こうも憎まれちゃうと後が怖いわね。さて、それじゃバイバイシノアちゃん。……頑張ってねー?」
彼女は背を向けながら集会所を出て行く。どれだけ踠いても先輩の力には敵わなくて、私はそれを見ている事しか出来なかった。
集会所を静かさが包み込む。
「私は……殺してなんかない」
まるで時が止まったかのように、静かだった。