火山地帯。
灼熱の溶岩に囲まれた死の山。しかし、モンスターはこんな場所でも生態系を作り地上を支配している。
そんなこの世界で一位二位を争う過酷な場所に、私達が乗った飛行船は無事に辿り着いた。
「あっははー、無事着いちゃいましたねぇ」
帽子を深く被りながら、彼は飛行船から降りて行く。
「ご乗船ありがとニャー! 最近立て続けにハンターさんが帰って来ないって話を聞いていてボク達おどおどしながら仕事してますけど、ギルドナイト二人なら安心ですニャ」
と、飛行船の船長さん。
直ぐに終わらせて安心させてあげるからね。
「暗殺なんて、なかったけど?」
私はウェインに続いて船を降り、肩を落とす彼の頭を突っついてやる。
飛行船の中で、彼は「犯人は何者かに狩人の暗殺を依頼していたかもしれません。なので、ここはギルドナイト専用の飛行船ではなく、普通にギルドの飛行船でクエストに向かいましょう」なんて言っていた彼の予想はハズレのようだ。
「……まだ着いたばかりですからね。と、いうか、飛行船での一名以外は全員狩場で死体が見つかっています。グラビモスとの戦闘時こそ僕らは格好の餌となる訳ですから、気を付けて下さいよ?」
「一応、肝に銘じて置く」
戦闘中のグラビモスとハンターの間に割って入るような事こそ危ない訳だが、本当に犯人はどうやってアーシェに手を掛けたのだろう。
それとも、これは私達の考えすぎなのか。犯人なんていないのか。とりあえず、グラビモスと戦ってみない事には何も分からない。
「亡くなったハンターは全員ガンナー。ギルドが忙しくて人員を割きにくい現状、グラビモスを相手取るなら必然的な結果でもありますが……」
「何をブツブツ言ってるの? グラビモス倒しにいくんでしょ?」
なんにせよ、アーシェはグラビモスと戦って命を落とした。
そのグラビモスがどんな実力か、私は知る必要がある。
アーシェが下位のグラビモスに遅れを取ったなんて事より、あの優しい彼女が人に殺されたなんて事を、本当は信じたくなかった。
暑い。
首筋から垂れる汗が、比較的動き易いギルドナイトシリーズの布を濡らす。
にが虫の苦味を我慢してクーラードリンクを飲んだとしても、完全にこの火山の暑さから逃れられるという訳ではない。
周りを囲む溶岩の湖、地熱が空へ逃げるのを妨げる火山灰がクーラードリンクなしでは人の体力すら奪っていく気温を作り出しているのだとウェインは言っていた。
そして、汗の理由はそれだけじゃない。
目の前にいる巨大な飛竜。
岩盤のように分厚い灰色の甲殻、とても他の飛竜とは比べ物にならない巨体。
それでも飛竜としての特徴をその一対の翼に宿し、その巨体を支える太い脚が一歩また一歩と前進する。
巨大な身体を惜しみなく使った突進攻撃。もしその巨体に轢かれよう物なら、確かに人間の身体なんてミンチになってもおかしくはない。
鎧竜グラビモス。それが今目の前で私に迫る、今回のクエストの標的だった。
「ちょ───シノアさん!? 突っ込むんですかぁ!?」
私は背中の大剣に手を掛けながら、突進してくるグラビモスに自ら向かって行く。
確かにその突進は強力だ。轢かれれば身体は確実にバラバラになる。
ただ───
「遅い!!」
───アーシェも言っていたけど、グラビモスは動きが遅い。
巨体とその巨体を守る岩の鎧は、攻撃と防御には良い役割を果たしても自らの俊敏さを犠牲にするものだ。
私はそんなグラビモスをゆっくりと観察して、人二人分程ある両足の間を転がるようにして突進を躱す。
巨体が背中を通り抜ける感覚に冷や汗を流しながら、私は踵を返して地面を蹴った。
私を踏み潰した感覚がなかったのが不思議だったのか、グラビモスはゆっくりと身体を捻って振り向く。
その頭に、私は走って勢いを付けた大剣を叩き付けた。
全ての生物が例外なく頭部を弱点とする。しかし、グラビモスはその頭部を堅牢な岩の鎧で守っていて明確な弱点としては成立していない。
だけど、私は執拗にでも頭だけを攻撃しようと思っていた。
もう一瞬の隙に、大剣を横払いにグラビモスの横顔に叩き付ける。
愛刀───斬竜剣アーレーがグラビモスの顎を叩き割った。
悲鳴を上げるグラビモス。よろけて姿勢を崩したその頭部を踏み台にして、私はその巨体よりも高く跳躍する。
人は空を飛ぶ事は出来ない。
重力に引かれる私の体は、真下にあるグラビモスの頭部へと引き摺り込まれた。
その落下の速度を生かし、肩に担いだまま力を溜め込んだ大剣を真下にいるグラビモスに叩き付ける。
岩が砕けた。
落下と振り下ろす力を掛け合わせた大剣の一撃が、グラビモスの頭上の甲殻を砕く。
衝撃に倒れ込んだグラビモスの頭の上に乗った私は、腰の剥ぎ取りナイフを手にグラビモスの後頭部に何度も突き刺した。
悲鳴が上がる。
身体を持ち上げ、私を振り落とそうとするグラビモス。だけど私はその手を離さなかった。
甲殻を砕き、肉を割き、血管を切り付ける。
同じ場所に何度も叩き付けられたナイフによって、遂にグラビモスの鎧を剥いだ。
私は首筋に立って大剣を構える。そのままグラビモスの頭の上に乗ったまま、ナイフで傷付けた後頭部に愛刀を振り下ろした。
鮮血。
遂にグラビモスは激痛に耐えられなかったのか、身体を放り出して倒れ込んでしまう。先に飛び降りておいた私は、倒れ込んだグラビモスの頭に再び大剣を叩き付けた。
しかし、それだけでグラビモスが倒れる訳もない。
咆哮を上げて、翼を広げる竜は充血した瞳で私を睨んで怒りを露わにする。
身体を持ち上げ、一息。
開かれた口から放たれるのは熱。
グラビモスのブレス。
それは純粋な熱のエネルギーで、触れたものを全て消し炭にする威力の攻撃だ。
そんな物に当たれば人間なんてタダでは済まない。グラビモスと戦う時において、一番留意しなければいけないのはこの攻撃だと言われている。
亡くなった三人のハンター。
アーシェ含め、もしグラビモスの攻撃で命を奪われたとするならこの攻撃だ。
私はブレスの直撃をギリギリで躱し、身体を捻って地面を転がる。
そのまま受け身を取って走ると、グラビモスの懐に潜り込む頃にはブレスを吐き終わったグラビモスの瞳が私を睨んでいた。
どうして攻撃に当たらないのか、そんな事を思ってイライラしているのかもしれない。
でも、こんな攻撃ならアーシェでも避けられる。
「はぁぁ……!」
私は大剣を振り上げ、グラビモスの顎に叩き付けた。
グラビモスは纏わりつく私に苛立ったのか、身体を一度引いてからタックルを仕掛けてくる。
私はそんな攻撃を、大剣を前に突き出してイナシた。
そのまま離れず、タックルを終えたグラビモスの頭に大剣を振り下ろす。
───おかしい。
「はぁぁぁっ!!」
振り下ろした反動を無理矢理腕力で潰して、私は大剣を振り回し横薙ぎに一線。
再び頭を潰されてふらつくグラビモスの眼球を斬り裂き、その身体を横転させた。
───おかしい。
「これで───」
そこで一度、私は大剣を背に背負って
次で終わらせる、そんな気が私に見えないオーラとして纏っているような感覚。
もう一度愛刀を構え、刀身を地面に落とした。
「───終わり……!!」
そのまま地面を大剣で削り火花を散らしながら、グラビモスに接近。
大地ごと切り上げる様に愛刀を振り上げ、衝撃波と斬竜剣アーレーをグラビモスの頭部に叩き付ける。
───おかしい。
短い悲鳴が火山に木霊した。巨体が揺れて、巨大な岩が力なく横たわる。
その一撃で、完全に頭蓋を潰されたグラビモスが立ち上がる事は二度と無かった。
しっかりと息の根を止めた事を確認して、ウェインに向き直る。
グラビモスの討伐。
私にとって難しいクエストではなかった。
アーシェだって、このグラビモスに負けたりしないと、今の私は確信できる。
それを確かめる為にこのクエストを受けた。だから、今の私はやっぱりアーシェが死んだ理由が分からない。
「そういえば……ウェインは?」
一応、私は彼と狩場に来ていた事を思い出す。
狩りの途中まったく援護がなかったけど、まさか私が目を離している間に本当に暗殺者が来て───
「あわわわわわわわ……」
───なんて思ったんだけど、振り向いたその先で私の視界に映ったのは、目を丸くして固まっているウェインの姿だった。
何してるんだろう。あの人。
「どうかしたの? ウェイン」
「ど、ドド……」
「ドド……?」
「ドドブランゴなんてレベルじゃないんですけど!? 何なんです今のはラージャンもそこまで強引に攻撃しないですよ!! てかどういう事ですか!? えぇぇえええ!? エリアルスタイル!? ブシドースタイル!? ブレイヴスタイル!?」
なんだコイツ喧嘩売ってんのか。
「し、シノアさん貴方本当にG級ハンターじゃないんですか……? てか、そんな簡単に殺したらあのグラビモスが亡くなった四人を殺したのか分からな───」
「あのグラビモスじゃないよ」
「……と、言いますと?」
───おかしかった。
ありえない。
「こんなに未熟なグラビモスに、アーシェが遅れを取る訳がない。確かにこのグラビモスは下位クラスのグラビモスだよ」
「いや、それはシノアさんが強過ぎるか───」
「グラビモスの死体を見てみて欲しい。私は今回頭だけしか攻撃してない。その頭以外に、目立った外傷は無いはず」
「……へぇ」
グラビモスと戦闘を始めて、まず確認したのがグラビモスへの外傷。
もし誰かがグラビモスと戦っているなら、グラビモスは大なり小なり傷付いている筈である。動きの遅いグラビモスに、ガンナーが一度も攻撃せずに敗れるなんて事がある訳がない。
だけど、グラビモスの全身をくまなく見ても、ボウガンの射撃による傷は全く見当たらなかった。
アーシェは、グラビモスと戦ってすらない。
「だから、執拗に頭部だけを攻撃していたと」
「……私、分からないよ。あのグラビモスは他のハンターとは戦ってない。なら、アーシェ達は誰に殺されたの?」
肩を落とすそんな私に、ウェインは少し背伸びして私の羽帽子を上から叩く。
「ウェイン?」
「ありがとうございます、シノアさん。お陰で調査が楽になりました」
「調査?」
まるで、全部分かったかのように告げるウェイン。
そして彼は手癖のようにこめかみを人差し指で突きながら、こう呟いた。
「この事案の黒幕を見つけ出す為に必要な条件は今殆ど揃いました。グラビモスをギルドに運んで犯人探しと行きますか」
「黒幕……?」
「そう、黒幕。この時間の犯人のね。お疲れ様です、シノアさん。此処からは───僕の仕事です」
そう言って彼は私の頭を撫でてくれる。振り向いた彼の背中は、どこか頼もしかった。