酔っぱらいの悪戯   作:とましの

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後編

日曜だと言うのに出勤した真琴に痛む頭を見てもらう。念のためにCTをと言う真琴の横で、それはいらないと信長が告げた。

とたんに真琴が顔をしかめる。

「どうしてそう言える? 本人はどこでぶつけたのかもわからないんだぞ」

「位置的にまた三成を怒らせたんだとわかるからね。本当に昨日の明紫波は見苦しかったよ」

学会後の接待に最後まで付き合った信長は平然と言う。しかし飲み会の途中から記憶が欠落している光秀は何の反論もできなかった。

 

ただ、殴られたという推論が正しいのならと光秀は考える。女装姿で研究室に行った自分は、三成が怒るようなことをしたらしい。

そうして先程の三成の態度を思い出した光秀は、デスクに突っ伏して笑いだした。

突然笑い出した上司を前にして真琴は大きく目を見開く。そしてその目を信長に向けてCTが必要だと言い放った。

「絶対におかしいだろ!」

「これはいつもの明紫波だよ?」

「いきなり笑い出したんだぞ」

「真琴は本当に可愛いね」

口論にならない言い争いを始めた部下に気づいた光秀は笑いながらも立ち上がる。

「ありがとな、助かった。けど適当なとこで休めよ」

せっかくの日曜だからと告げた光秀はその足で診察室を出る。

 

人気のない廊下を歩き出した光秀は大きく息を吐き出した。自分がしでかしたことは反省に足ることだろう。だが30過ぎた男の口から「絶交」という言葉が出るとは思わなかった。

本当に面白い部下だが、それ以上に可愛くて仕方ない。

「やべー……めっちゃハマる」

こらえきれず再び笑いをこぼしながら、光秀は溜まった書類と格闘すべく職員室に向かった。

 

書類を片付けている中で三成からの申請書を見つける。三成が休みを取るのはだいたい墓参りの時だと決まっていた。大学時代の恩師を獣症で亡くした三成は今も獣症と戦っている。

それを忘れていたわけではないが、改めて思い出した光秀は無言で立ち上がった。申請書を手に職員室を飛び出すとその足で地下の研究室へ向かう。

 

研究室のドアを開けるといつものようにパソコンをにらむ三成がいる。

「石黒」

ドアを閉めながら名前を呼んでもこちらに目を向けない。それもよくあることだった。

光秀は椅子を引きずり三成のすぐ横に座る。

「これ、休日の申請書な」

承認済みの申請書をデスクに置くと三成の目が手元に向けられた。しかし視線はすぐにパソコンの画面に戻される。

パソコン画面には論文の内容が表示されていた。光秀はそれを一瞥するとデスクに肘をついて三成の顔を見つめる。

「五分くらい時間くれねぇ?」

光秀が問いかけても三成はキーボードを打ち込む手を止めない。

「石黒くーん」

名前を呼んでも指の動きが乱れなかった。白く長い指はピアノの鍵盤をたたくように文を打ち込んでいる。

指の動きを眺めていた光秀はふと石黒の顔に目を移した。

石黒が冷たいと思われるのは、真琴と同じように顔が綺麗な為だ。顔が整っているからこそ愛想がないといっそう冷たく見える。

「まつげ長いよな。鼻筋も通ってるし」

ふと思ったまま言葉に出してみる。すると三成の不機嫌な目が光秀に向けられた。

そんな三成の目の前で光秀はにやりと笑う。

「キレイすぎて見飽きねぇから良いよな」

「邪魔をしに来たんですか?」

「申請書を持ってきたんだよ」

頬杖をついたまま、まっすぐに三成を見つめる。逆の手の指でトントンと申請書をたたくと三成の目が手元に落ちた。

眼鏡のレンズ越しに伏せがちな長いまつげを眺める。

「昨日のこと、覚えてねぇけど説教くらいは聞く。おまえに無視されるよりマシだ」

「説教をする時間もありません」

「締め切りまで余裕あるって言ってたろ?」

「それはあなたが……っ!」

不意に顔をしかめた三成が激高したように声をあげた。その赤い顔を眺めていた光秀は、ふと詰め襟の隙間に痕を見つける。

その瞬間すべてを悟った光秀は目を丸めたまま固まった。

「まさか俺…おまえを……?」

愕然とした顔で問いかける光秀の目の前で三成は詰め襟を引き上げる。

「しばらく禁酒しなさい」

「マジか!」

否定しない三成の言葉に光秀は驚きのまま立ち上がった。あげく光秀は嘆くように頭を抱える。

そんな光秀の姿に三成は少しだけ冷静さを取り戻す。

「反省して……」

反省しているなら許しそうか。そう思いかけた三成の目の前で光秀が嘆きの声を吐き出す。

「おまえを抱いたこと覚えてないなんてもったいねぇ!」

それを聞いた瞬間、三成はそばのクリップボードを手にしていた。無言で立ち上がった三成は光秀の頭めがけてクリップボードを振り下ろす。

 

 

 

週が明けた月曜日。月曜は常より患者が増えて医者たちの負担も増える。やはり人を増やすべきだと考えながら光秀は書類の山と戦っていた。その合間にオペなどがあればモニター室で様子を見る。

 

モニター室で真琴のオペを見ていると三成がやってきた。しかし光秀はその姿を確認するだけで声をかけない。すぐにモニターに目を戻してオペの様子を見守る。

そうしてオペが終わるとすぐに光秀は腕時計で時刻を確認した。予定より20分早く終了したため、院長のもとへ行くまで若干の時間がある。

「明紫波」

立ち上がったところで呼ばれて三成に目を向ける。すると三成はばつの悪そうな顔でわずかに視線を彷徨わせていた。

「論文の提出は夕方まで待ってもらえますか」

「わかった」

提出が遅れるのなら院長にその旨を告げなければ。そう考えながら光秀はモニター室を出ていこうとする。

しかし不意に腕をつかまれて足を止めた。振り向くと極限まで顔を赤くした三成がいる。

「本当に仕事以外で口を利かないつもりですかっ」

責めるような物言いを向けられた光秀は目を丸め固まる。だがすぐに自分を取り戻すとそういうことかと笑みをこぼした。

「悪い。論文が出るまで我慢する気だった」

絶交された点を指摘することなく謝罪を向ける。するとわかりやすいほど安堵する三成がいた。

今回は徹夜四日目くらいか。人は疲労すると不安定になるものだ。そんなことは光秀自身嫌というほど経験している。

「今夜、手が空いたら一緒に飯食うか」

「…提出後なら、時間はあります」

「そいつは良かった」

光秀は自分より少し背の高い三成の肩をたたくとモニター室を後にした。

研究員である三成は論文などの締め切り以外で多忙を極めることがない。しかし外科部長を務める光秀は週明けとなれば鬼のような忙しさだった。

やってくる営業の相手、入院患者の状態を把握。オペがあればそれを見るのに時間を取られる。

そうして目まぐるしい時間が過ぎていき、いつの間にか就業時刻が過ぎていた。そこでやっと昼を食べ忘れていたことに気づく。

夕方に論文を提出すると言っていた三成は、それより少し早い時刻に提出してくれた。それに目を通した上で院長が帰るギリギリで提出する。

帰ろうとしていた院長は駆け込む光秀に笑いながらも論文を受け取ってくれた。

「明紫波君は今夜当直かね?」

論文の中身に目を向けている院長に問われて光秀は眉を浮かせる。質問に否定で返すとそれならと院長から食事に誘われた。

尊敬する相手の誘いに顔を赤らめた光秀は苦笑いを浮かべる。

「すみません。先約がありまして」

「石黒君かな」

ズバリ名指ししてきた院長に光秀の思考が止まる。そうして固まった光秀の目の前で院長が楽しげに笑った。

「土曜の夜、ロビーでそう言っていたからね。しかしあんな可愛い格好で行って、石黒君に怒られなかったかな」

「それは……」

絶交されたとも言えず光秀は答えを濁す。すると院長は荷物を手に光秀の元へ近付いた。

「君のことは息子のように思っているんだ。恋人ができた時は私にも報告するんだよ」

完全に茶化されているのはわかっている。それでも照れが勝ってしまった光秀は否定もなにもできなかった。

 

 

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