ポーン。
木魚を叩いたような独特の響きを持つ電子音と共に、突然セブンスミスト店内全域に女性らしき声のアナウンスが流れた。
<店内にいらっしゃる全ての従業員・お客様にお知らせです。只今、店内にて電気トラブルが確認されました。大変ご迷惑をおかけしますが店内にいらっしゃる皆様は、早急に風紀委員・警備員の誘導に従い店外への移動をお願い致します。店内にて電気トラブルが……>
唐突なアナウンスの内容に一斉に不平不満をこぼし始める客たち。この涼しい空間から外の熱い空気に放り出されるのが許せないのだろう。近くの従業員にクレームをつける者までいるようだ。
そんな重苦しい空気の中、手を口に添えて精一杯声を張り上げる小柄な少女が一人。
「皆さーん!すぐにこちらへ避難してくださいー!!正面入り口からお願いしますっ!!」
「こっちでっすこっちこっちー!!」
「こっちの出口から外に、――ってつってんでしょうが動けってのアンタらには耳がないんかッ!!」
小柄な彼女の傍にいる二人の黒髪と茶髪の少女も大きく張った声を続けた。若干一名キレているのが気になる客たちだったが、小柄な少女の腕にある風紀委員の腕章を見て渋々出口へと足を向ける。その動きがやけに迅速なのは茶髪の少女の前髪で瞬く危険度百パーセントの火花のおかげに違いない。暴力って偉大。
その光景に苦笑いを禁じ得ない小柄な少女、初春飾利も短い手を精一杯振って客たちの避難を誘導していく。次々に陽炎が揺らめく店外へと消えていく客たちの姿を見ながら、同じく避難誘導している佐天涙子は初春に耳打ちして、
「(……ねぇこのアナウンスって)」
「(……たぶん神槍さんがお店の人にお願いしたんだと思います。急に爆発するかもしれないなんて言われたらパニックが起きちゃいますから)」
「(……ふーん。あの馬鹿もたまにはマトモな事するじゃない…)」
「え?何か言いました御坂さん?」
にゃ、にゃんでもないッ!と返した美琴は照れ隠しなのかさらに声を張り上げて、急げ的な内容の指示を飛ばしていく。その声(+ビリビリィ!というスパーク音)にさらに足を速める客たちの姿は、もはやどこぞの軍隊のようだった。
予想以上の誘導効果のせいか、軽く二〇〇人はいた客たちはあっという間に店内から消えて残っているのは初春たち三人だけとなった。
ガラーンとした店内に嫌な沈黙が舞い降りる。
寂しげな店内のどこからか今にも爆弾のカウントダウンが聞こえてきそうな錯覚をひしひしと感じる初春は、それでも二人に『先に避難しててください!私は逃げ遅れてる人がいないか確認してきます!』と言い残して店の奥深くへと走っていく。
いつ人など簡単に吹き飛ばす爆炎と爆風が襲ってくるかも分からない、人工のジャングルへと。
「ちっ……」
店内に無数にある柱の陰に隠れるように立っているメガネの少年は、苛立った様子で舌を鳴らした。乱暴に耳につけていたヘッドホンを首にズラす。
客たちの避難が早過ぎる、と少年は吐き捨てた。
これでは、あくまで
(出直す、か…?)
一瞬温厚な選択肢が浮かんだ少年だったが、その思考は彼の視界に飛び込んできた物体によって吹き飛んだ。
少年が柱の陰から伺っていた通路、そこへ頭につけた花飾りが特徴的な少女が現れたのだ。少女は一軒一軒店の中へ入り、逃げ遅れた客がいないか確認している様子だった。
少年は、それを見ていない。
彼の視線は少女の腕にある緑色の布、風紀委員である事を表す腕章に固定されていた。途端、少年の顔面が汚いモノを見たかのように歪む。
(何が風紀委員だ……
ギリッと音が出るほど奥歯を噛み締める少年の手が、スッと制服の胸ポケットへと伸ばされる。
いや正しくは、
そこに隠してあるアルミ製のスプーンに。
(お前らが無能だから!だからアイツがあんな目に……ッ!!)
一瞬、ほんの一瞬。
少年の脳裏に、『アイツ』の顔が浮かび――消える。いつもの笑顔など面影もなく、病院のベットで泣きはらした瞳を下に向けてこの世の全てに絶望しているような、あの顔が。
助けをこう事も、慰めてと言う事もせずアイツは。ただ呆然と立つ事しかない少年に向けて、今にも消え去りそうな儚い声でアイツは言ったのだ。
――ごめん、ね……。
「っ!!ぁ……ああああァ!!」
怒りで震える指先を無視して、少年は足元に置いておいたカエルを模したぬいぐるみを乱暴に拾い上げる。その安っぽい背中にあるチャックを開いて綿だらけの中へスプーンを押し込み、閉じる。
たったこれだけの動作で爆弾と化したぬいぐるみ。小さな布と綿で出来たその体を、少年は未だに逃げ遅れてた人を捜している風紀委員目掛けて……、
投擲する。
空中に弧を描きながら飛んでいくぬいぐるみは滑稽にも見えたし、戦場の空を闊歩する手榴弾のような悪寒を誘った。
そして、
ポスン、と。間の抜けた音を発して『それ』は床に着地する。
黒いビーズで出来た簡素な瞳に、必死に声を飛ばして他人の事ばかり気にかけている健気な風紀委員の少女の姿が反射した。
「……え?」
初春飾利は背後からの軽い落下音みたいな音に振り返った。
彼女は今、十字路のような通路の真ん中に立っている。合計四本の道の一つ、その中心に緑色の小さな物体が鎮座している事に気づく。何だろう、という感じで彼女は不覚にも近づき確認しようとする。
少し近づくと、初春の視力でも『それ』の輪郭がはっきりと見えるようになった。
カエルを模したぬいぐるみ。
無機質な瞳をこちらへ向けて、まるで睨み付けて来るように店内の通路にポツリと存在するぬいぐるみ。
セブンスミストは洋服店なためどこの売り場にもぬいぐるみなんてモノは置いていない筈だ。綺麗に掃除された通路にポツンとあるその姿は、誰がどう見てもその場の雰囲気から浮いていた。
(?? ぬいぐるみなんかがどうしてこんな所に……ッ!?)
初春の顔面が一瞬にして青ざめる。
そうだった。連続虚空爆破事件の爆弾は、警戒を削ぐためかアルミを入れたぬいぐるみが使われているんだった。
あ、と。
どうしようもない声が遅れて漏れた。その声も静寂の大気に揉まれて消えて行く。
(う、そ。何で私、忘れて……!?)
今ごろになって激しく襲ってくる後悔と早く逃げなければという感情がごちゃ混ぜになり、足への命令が上手くいかない。
そんな彼女を嘲笑うかの如く、ぬいぐるみからブン……という空間を震わすような音がして。間髪入れずにメキメキメキッ!!と金属が潰されていく光景をフラッシュバックさせる壮絶な音が続く。
「ひっ」
初春の喉から自分が出したとは思えない本能的な声が飛び出した。頭が真っ白になる。歯の噛み合わせが上手くいかない。
それでも、唯一まだ自由に動く目で周りを見渡す。七メートルほど距離があるが、店の一角にあるあの壁。あそこに逃げ込む事が出来れば、まだ助かるかもしれない。この足さえ動けば――
( あ )
けれど。
なのに。
動きかかっていた初春の足は止まってしまう。直前で思いついてしまった一つの可能性によって、その場に立ち止まってしまう。
――
その葛藤が、僅かに残っていた生存の可能性をゼロにした。
一秒後に確実に襲いかかる破滅を前に、初春は思わず目を閉じようとして、
『ういは――
聞き慣れた、少年の声が耳に届いた。
その声は彼女の後方から。意味不明な英語でもない声と共に聞こえるのは全力疾走の足音。初春はこの状況で振り返るほどの余裕もないが、分かる。見えなくても、分かる。その彼がどんな表情をしているか。どれほど急いでここまで駆けつけてくれたのか。容易に思い浮かべる事が、初春にはできた。
彼は。
どうせ普段の飄飄とした態度からは想像もできない、バカみたいに真剣な表情をしているに決まっている。二人で見回りしていたあの時、小学生ほどの少女が車にひかれそうになっていた所を助けた時のような、あの真面目切った顔を。
呆然とする彼女のすぐ横を、その黒い影は一瞬で投げ槍のように追い抜き、そして止まる。まるで彼女と爆弾の間に仁王立ちするような立ち位置で。
同時、爆弾が爆発し辺りに人肉を焼き尽くす爆炎とそれらによって生み出された灼熱の熱風がまき散らされた。
同時、少年の口からもやはり聞き取れない特殊な言語が発射される。
『――
ギュオっ!!と密室である店内に巻き起こった不自然な風の動きが初春の頬を撫でたその、瞬間。
轟ぉぉオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!という爆音と共に襲い掛かってきた爆炎が、眼前に立つ少年の姿と初春の視界を埋め尽くした。
床に伏せるとか肺を焼かないように息を止めるとか、そんな理性的な行動はすべて頭から吹き飛んだ。初春にはただ体を縮みこませて甲高い悲鳴を上げる事しかできなかった。
彼女は両目をぎゅっと閉じる。
これから襲い来るであろう、地獄のような激痛に身を固めていたが、
衝撃は、来ない。
いつまで経っても、何の痛みもやっては来ない。
「……?」
初春飾利は、おそるおそるまぶたを開ける。
すぐ近くに見知った少年の背中がある気がする。だが、涙が視界を遮り、ぼんやりとした像でしか捉える事ができない。その人影は爆弾があった方へ右手をかざしているようであった。こうしている今も爆炎が吹き荒れるその方向へ。
「ひ、ぁ……?」
少年の肩越しに見えるリアルな爆炎に身をすくませる初春だが、気づく。
爆炎が、何かに阻まれているように強引に受け流されていた。
まるで突き出された少年の手から不可視のフィールドが発生しているみたいに、少年と初春が立っている箇所だけは爆炎も爆風も避けさせられているようだった。ただ横を通り過ぎていくだけの爆炎が、初春と、強風で暴れるローブを従えて片手を突き出している少年をあかあかと照らし出す。
終わりもまた、突然だった。
爆弾からまき散らされていた爆炎と爆風が唐突に消え去った。仕込まれていた重力子を吐き終えたのだろう。
そして少年と初春を守っていた不可思議なフィールドも爆発が終わったのを見計らったようなタイミングで、少年が手を横に振るのと同時に消失する。爆風ではない、自然の摂理から外れた風が初春の髪をブワッと刹那的に上へ跳ね上げた。
ここまで来てやっと、初春はちゃんとした声を出す事ができた。
「神槍、さん……?」
『おう。怪我、してないか?初春』微笑混じりに振り返った彼は、ペタンと座り込んでいる初春の頭に優しくポンと手を置くと、
『もう大丈夫だ。よく頑張った、こっから先は労働担当の俺に任せとけ』
ワシャワシャー!!とその頭をメチャクチャにかき混ぜた。頭につけていた花飾りもズレてかなり悲惨な髪型になってしまった所で、自失状態から抜け出した初春はゴシゴシっ!と子供のように目から涙を拭い去り、また彼に言った。
「神槍さん!!」
『いやだからおうって――ちょ、おい!?何故にこのタイミングで胸ポカポカ始めちゃうの初春さん!?あと地味に同じトコやられすぎると流石の俺も痛いんですがねぇって痛っ!』
遅いんですよバーカ!!、と特に理由のない初春ボディーブローが少年のおなかに突貫する。
学園都市第七学区。
中高生の教育機関が集合しているその地区を、出鱈目な組み合わせに思える赤髪とローブを尾に引きながら神槍トシキは駆け抜けていた。
たった今すれ違った十人ほどの学生グループからは思い切り不審な目を向けられたが、神槍はさらに足の回転を速める。夏休み効果か、路上には大勢の学生がいたがその隙間を縫うようにして走り続ける。
雑兵を蹴散らす戦国武将ってこんな気分だったのかなぁあはは、と思考をトリップさせようとしていた神槍の耳に、飴玉を転がしているような甘ったるい声が届く。
耳に取り付けている小型無線機を通しての少女の声だ。
<えっと……次の十字路を右、突き当たりの曲がり角は左へ。次も左…あ間違えました右です!>
『……ねぇわざとやってる?やってるよね初春サン?』
左へ踏み出そうとしていた足をズザザッ!と急ブレーキをかけた神槍は、弾丸のような速度のまま右に方向転換しつつ、
『で? そのセブンスミストの防犯カメラに映ってた不審なメガネボーイってのはどんな奴なんだ?』
通話の向こうからキーボードを叩くようなカチカチという音のあと、
<ま、待ってくださいよ。こっちだってやっと今警備員が到着して二次災害の危険性がないかチェックしてる最中で、しかも御坂さんとか佐天さんに気づかれないようにこっそり書庫アクセスしてるんですから――あ、検索結果でました!名前は
『おおっ、じゃあそいつが犯人って事でいいのか?』
<はい。断言まではできませんけど……levelも二ですし、ガッチリ犯人像にハマる訳じゃありません。でもカメラに映っている限りでは、爆発直後に近くにいた量子変速者はこの人だけなんです。他の量子変速者にカメラの死角を渡り歩く趣味の人がいなければですけど――あ、そこは右です>
『了解。って、初春?』ここまで来て言うのもなんだが、彼はずっと疑問に思っていた事を尋ねてみる。
『なんかノリであの店から突っ走って衛星映像から犯人追跡しちゃってるけどさ、警備員とか個法先輩に連絡しなくても良かったのか?あとで始末書パラダイスに放り込まれたりしない?』
<…………>
『黙った!?』
<だ、だだ大丈夫ですよ、平気へいき。今になって衛星映像って使うのに特殊な手続きが必要だったかなぁなんて思いだしてませんからふふ。ぜ、全然兵器ですよウン>
『なんか字が違う!?あと声が震えてませんことアナタ!えっ、これって俺も共犯って事になるの!?』
<それこそ大丈夫ですってば神槍さん!二人でやれば始末書なんかすぐに乗り切れます!!>
うわーん嵌められた!!と少量の汗と涙(努力の末とかそっちのじゃない)を振りまきながらも、神槍は風力発電のための笑い声みたいにカタカタと音を鳴らすプロペラの間を駆け抜けていく。
と、ありふれた曲がり角を曲がった所で、その視界に男子学生の背中が出現した。白と黒の制服に肩にかけられたヘッドホン、爆弾魔らしき少年の特徴と合致する人物が。
神槍は歩を遅め、さりげなく距離を詰めながら小声で無線機に呼びかける。
『(……おい初春?目の前にそれっぽい奴がいるんだけど、そっちで確認できるか?俺の直線状、十メートルくらい前を歩いている制服着た男子だ)』
<やってみます。衛星映像から位置を補足して、最寄りのカメラで顔写真データ作成……これを書庫で検索にかければ…>
初春の声からしてもう少し時間がかかるらしい。その間も引き離されないように尾行を続けようとする神槍だが、無線機から聞こえてきた予想外の声にあやうくズッこける所だった。
<あーいたいた、やっと見つけたわよ初春さん。さっきから警備員の人が話を聞きたいって呼んでるのに、こんな隅っこで何してんのよ?>
『(このタイミングで御坂嬢キターっ!?)』
<み、御坂さん!?べ、別に何もしてませんよー。私もすぐ行きますから先に行って待っててください!>
<端末抱えて無線マイク片手に何もしてない事はないでしょうが。なんか怪しいわねぇ……ん?そういやあのバカはどこ行ったのよ?>
<ギクッ!し、神槍さんはと、トイレに……?>
<トイレだとしても長すぎない?もう最後見た時から十五分は立ってるわよ>
<きっ、きっと大きい方してるんですよ!金魚よりキレが悪くて苦戦してるんです!>
<そっか、それなら仕方ないわね。納得だわ>
『いやそんな理由で納得すんなよ!!お前ら普段俺のことどんな目で見てるんだ!?』
思わず全力でそう叫んでしまう神槍。おそらく通話の向こうでは突然聞こえた彼の声に美琴がギョっとした顔を浮かべている事だろう。
しかしそんな事は大した問題ではない。
真に問題なのは、今の叫び声で前方を歩いていた少年がこちらに気づいてしまった事だ。
神槍の不味ったという視線と、振り返ってギョッとしている容疑者の少年の視線が交差する。だが今ならただの変な人で済むかもしれない。いやそれはそれでダメージデカいけど。
そう考えた神槍だったが、視界の端にチラついた己の肩にある緑色の布に、自分で自分を殴りたくなった。緑色を基調とした生地に盾のマークが刻まれた風紀委員の腕章だ、これでは私は風紀委員です、と言外に言っているようなモノである。それも、何を仕出かすか分からない犯人の前で。
(やっ――べ……バカか俺は!何で付けっぱなしにしてんだ!)
「!!……風紀委員か!」
相手の少年もその事に感づいたのか、メガネ越しに神槍の顔とその肩にある腕章を何度か見比べたかと思うと、踵を返して。つまり神槍に背を向けると全速力で走り出した。慌てて神槍もその後を追う。
前方で腕を振り乱しながら走る少年の背中からは決して目を離さずに、自分も人だかりの間を駆け抜けている神槍は苦汁を舐めさせられる気分で無線機へ告白する。
『悪い初春っ、気づかれちまった!!俺も追ってるけど、そっちからも衛星で追尾しといてくれ!』
<…………>
『……?初春?』
しかしいつまで経っても返事は返ってこない。
不審に思い無線機を耳から外して見てみると、小指の先ほどのサイズの液晶画面には通話が切られている事を表す文字が表示されていた。もしかすると、さっき美琴が言っていた警備員への事情説明に連れていかれたのかもしれない。
原因など分からない。とにかく今重要なのは、もう端末や機械の目を使ったサポートが受けられないという点だ。
『くっそ!』度重なるイレギュラーに苛立ちを隠せない神槍は、役に立たなくなった無線機をローブの中にねじ込みつつ、
(こうなったら雷の矢一本ぶち込んで気絶させるしか……奴が苦し紛れに変な事をしない内に!)
前方を走り抜けている少年の背中に狙いを定め、無詠唱で発動した雷の矢を掌を媒体に発射しようとする神槍だが、
その手は、止まる。
気づいたからだ。今まで全力疾走のために振られていた筈の少年の右手が、真横に伸ばされている事に。まるで路上にある何かに掌を向けるような恰好。
『何、だ?』
ギチギチ、と。神槍は何か、嫌な予感がするのを振り払って少年が手を向けるそこへ目をやると、そこには何の変哲もない自販機があった。
しかしその長方形のボディを見た瞬間、確実に神槍の喉は干上がりその両眼は大きく見開かれる。
何故だろうか。
自販機の中には、
『……っ!』
「これでも喰らえ!腐れ風紀委員がッ!!」
少年が――爆弾魔・介旅初矢が、吠えた。
爆発のタイムラグなど、微塵も感じられなかった。
ゴン!!、という爆発音。
黙々と鎮座していた自販機の背面から、勢いよく火が噴いた。
一秒遅れて四角い金属質の本体がさらに爆発し、自販機全体が前に傾いた。路上に対して完全に横転した自販機は、勢いを衰えさせる事なく空中にその身を躍らせる。火ダルマとなった金属の塊が超低空を滑空するように直進し、その先には標的である神槍が立っている。
(あの野郎っ……ただ爆発させるだけじゃなく、爆風の方向を調整して吹き飛ばしやがったのか!!)
炎を纏いこちらに猛然と突き進んでくる金属の塊は、もはやロケット弾頭さえも連想させた。咄嗟に避けようとする神槍だが、後方に呆然と突っ立っている数人の小学生ほどの子供の存在に気づき、ギリギリのタイミングで動作を変更する。
『ッ、
魔力で意図的に操作された風が神槍の体を包み込んだその瞬間、砲弾と化した自販機が風の膜に突貫する。ガギンッ!!という壮絶な激突音。
ボーリングのピンのように空へ跳ね上げられたのが、火ダルマ状態の自販機の方だと野次馬が気づくのに数秒を要した。
『…………』
ヒュンヒュン、と空気を切り裂きながら空中で回転する自販機が日光を遮る壁となり、真下にいる神槍は昼間にも関わらず影に包まれる。スポットライトの逆の状態のようになった神槍の表情は、垂れ下がった赤い前髪に隠れて確認できない。
彼は、ただ、小さく口を動かし、片手を天高く上げる。
その華奢な手に、轟々と燃え盛る炎を纏いながら落下してきた大質量の自販機が触れた瞬間、
『
ザクッ、と。彼の手から伸びるように生えた光刃が金属の塊をあっさり貫いた。中心を串のように貫通された結果なのか、落下していた筈の自販機の動きがピタリと停止する。
『……けるな』
燃ゆる自販機を串刺しにしているその手を、彼は無造作に振る。あらゆる個体を原子レベルで気体に変える光剣を一度と言わず、二度三度と振り乱す。常人では残像すら見えない速度で、四度五度六度七度八度――胸の奥から湧き上がってくる怒りをぶつけるように、斬り続ける。
やがて、その剣が完全に降ろされた頃には、自販機など欠片も塵も残さず消失していた。厳密に言えば自販機に含まれていた物質を全て蒸発させたのだが、そんな事はどうでもいい。
右手に罪人を斬る意を持つ光刃を生やした少年は、告げる。
『ふざけるなよ、介旅初矢。俺の同僚を殺しかけた次は自分が逃げ切るために子供を利用する?――
ギラリと、剣呑な光を秘める両眼を動かすと、狭い路地に転がるように逃げ込む介旅の姿が映り込んだ。
彼が逃げ込んだ路地をその視線だけで爆破する勢いで睨み付けながら、神槍は誰にも聞き取れないほど小さく何かを呟く。
『…………』
途端、魔法使いの少年が発した声の振動に呼応するように大気が揺らいだ。
と、
ゴガッ!!という衝撃波じみた爆砕音。
それが大地を踏みしめた足音だと野次馬が気づいた時には、彼の姿は忽然と消えていた。
魔法かいせつコーナーまる
風陣結界 リーメス・アエリアーリス
詠唱は、「大気の精よ、息づく風よ、疾く来たりて我が敵より我を守れ」
風の魔法障壁を展開する呪文。
気流を利用した障壁なので、炎や毒ガスなどの大気を媒体とした攻撃を防ぐのに適している。反面、「風花・風障壁」のように質量が大きい物質を防ぐ事は難しい。