とある魔法の魔導司書(ブックキーパー)   作:神の槍

20 / 20





とある廃墟の軽銀爆物(アルミボマード)

第七学区の片隅に、利便性がなさすぎてもはや不良でさえ寄り付かない廃墟がある。

十階建ての見るからに脆い印象を受ける廃ビルだ。窓には亀裂が入っており、所々では完全に壊されていて大穴が開いていた。また、斬新かつ過激なスプレーアートが施されているアスファルトの外壁の傍には小さな看板があり、工事会社のロゴの下に『近づかないでっ!』的な注意書きが鎮座している。

外見もさる事ながら、中を覗けばまだ昼間だと言うのに薄暗い床。そこに散乱しているガラスの破片や埃、材料費と運搬費を天秤にかけられ結果そのまま残されている鉄パイプがそこかしこに転がっているような薄汚い建造物。

そこへ半ば転げ込むように逃げ込んだ介旅初矢(かいたびはつや)の口から、意図せずして悪態が漏れた。

「くそっ!くそっ!何なんだよ……アイツは一体何なんだ!!」

もつれそうになる足を必死に動かし、彼は上へ上へとカランカランと甲高い音をかき鳴らしながら頼りない鉄階段を昇って行く。酷く耳につく自分の足音にさえ怯えるように、介旅は髪を振り乱して廃墟の中を駆け昇っていく。

その間も脳裏にこびりついて離れないのは、今まで散々痛めつけてきた筈の風紀委員(ジャッジメント)である一人の少年の顔だった。どういう経路でどういう方法を使って自分を突き止めたのか、あの少年は完全に介旅を犯人だと認識して追い駆けてきた。

それを認めた介旅は咄嗟に、罪悪感などの邪魔な感情が湧いてくる前に振り切ろうとした。その場で最も効率的に、確実に相手を潰せる手段を用いて。小さな子供まで計算の範疇に入れて。

だが、少年は倒れなかった。

何らかの能力なのだろうが、アレは桁が違うと肌で感じ取った介旅は逃げるしかなかった。無様だろうが醜かろうが、あの時の介旅の頭には逃亡という選択肢しか浮かばなかったのだ。

能力の格差を見せつけられたからだ。チカラの差を自覚させられたからだ。

だから、決して。

路地裏に逃げ込む直前にチラリと見えた、少年の真っ直ぐ過ぎる眼差しから逃げたかった訳じゃない。

「はっ…はっ……くそっ!」

もう一度吐き捨てて、介旅の足はようやく止まる。

慌てて見渡せばいつの間にか五階まで来てしまったらしい。誰一人としていない事を確認してから、介旅は膝から崩れ落ちるように座り込んだ。ゴミやホコリがブワッと舞うが、彼はそんな事にも気づけない。ただ乱れた息を一心不乱に整えながら、思考を張り巡らせる。

(どうすれば……僕は次にどうすればいい!?)

当然ながら廃墟に冷房設備などある訳もなく、もう夕方だと言うのに廃ビル内の気温は軽く三五度は超えている。事実、介旅の全身からは汗が吹き出し、制服が肌に張り付く不快感を味わっているだろう。しかし彼は構わず考え続ける。今の彼の立場を冷静に考えれば、暑さなどに構っている暇はない。

風紀委員にバレたとなれば、同じ治安組織である警備員(アンチスキル)にも伝わっていると判断するのが自然だ。もうノウノウと機会を狙って犯行を行う、なんていう余裕は許されない。学園都市そのものが鬼の役の鬼ごっこ、タイムリミットは己が捕まるまで……何もかもが介旅という個人で相手できる範疇を超えてしまっている。

(ちくしょう!僕はまだっ、捕まる訳にはいかないのに!)

床には鋭利なガラスの破片が散乱しているのにも構わず、介旅は拳を思い切り叩きつけた。冷たい汗が顎を伝って金属質の床にシミを作り出す。

介旅初矢には、どうしても捕まる訳にはいかない事情がある。

何よりまだ、彼が犯罪にまで手を出してまで叶えたい『目的』が達せられていない。風紀委員への襲撃など介旅にとっては過程でしかない。

『復讐』を果たすためには、まだ――足りない(・・・・)

「……そうだ、とりあえずはさっきの風紀委員を始末して……は、はは。そうさ、僕はこんな所で止まる訳にはいかないんだ…!」

うわ言のように呟く介旅の瞳に嫌な光が灯る。手足に力が、戻る。ゆらゆらと、ゆっくりおぼつかない挙動で立ち上がる。その目を走らせ、改めて、何故わざわざ手頃な死角ではなく、こんな学区の隅にある廃ビルに逃げ込んだかを思い出す。

実のところ、彼はこの廃ビルに何度も足を運んでいた。だからあんなに闇雲に走っても上へと昇る事ができた。構造を完璧に覚えてしまうぐらい、介旅初矢はこのビルを自分好みに改造していた。

己の能力を一〇〇パーセント……いや、それ以上に引き出せるフィールドへと。

無能な風紀委員たちを存分に痛めつけられる処刑場へと。

「くっく……」

その様を想像して口角を釣り上げる介旅。ふと、その脳裏にチラッと『アイツ』の顔が横切る。

それは、彼が一番この場では思い返したくない顔だった。

それは、彼が最も敏感に反応してしまう人の泣き顔だった。

――ごめん、ね……。全部、私のせい…だよね……。そう思わなきゃ、やってらんないよね……。ね?アナタもそう思うでしょ?そう思うって、言ってよ…っ!。

「!!」

しかし介旅はすぐにその光景を頭を振り乱す事によって掻き消す。掻き消せた事にしておく。彼をここまで駆り立てさせる『何か』、それを思い出すのは全てが終わってからでいい。

介旅は身を翻し、その場から移動しようとする。そんな彼の耳に、

 

ガッシャァァ!!という窓を突き破ったようなガラスの悲鳴が響いた。

 

「なっ……!?」

慌てて部屋の格子を開け放ち、窓から首を出して音の発生源と思われる下を見ると、二階の窓ガラスが粉々に割られていた。しかし破片は外の道路には一つも落ちていない、全て中側にまき散らされたと考えるべきだ。それに加えて、窓にぽっかりと空いた大穴。そのサイズが一人の人間がちょうど通れるモノに見えるのは、介旅の幻覚だろうか?

そして。

極め付けに、窓から身を乗り出した直後にチラリと見えた気がする、赤い髪(・・・)

(まさか…来たっていうのか?――くそっ、こっちはまだ準備中だっていうのに!!)

介旅は何かに突き動かされるみたいに、窓から弾丸のように離れ行動を開始する。が、その足取りは重かった。疲労・罪悪感・罪への重圧・人としての理性――全てが彼の敵だった。

けれど、彼は動く事を止めない。止める訳には、いかない。

介旅初矢の真の復讐劇は、まだ始まってもいないのだから。

 

 

相手の陣地で動き回る時に一番の障害となるのが、侵入者が必ず通る事になるであろう入り口のトラップである。

奇しくも、その作戦の組み立て方は戦国時代から何一つ変わってはいない。堅牢な壁を築いて敵を寄せ付けないのも良し、わざと侵入させて物陰から狙撃するのも良し。玄関というのは宿主に都合が良い様に出来ているモノなのだ。逆に、これからその陣地に飛び込む人間にとっては最もネックな障害と言える。

だから、外から廃ビルを見上げる神槍(しんやり)トシキにはそもそも玄関から攻略するつもりなどサラサラない。ここは現実であって、ルールとプログラムに縛られたRPGの世界ではないのだから。裏ワザもショートカット(チート)も思いのままだ。

トン、というあまりに軽い跳躍音。

神槍は大地を踏みしめちょうど二階の窓の高さまで飛び上がると、ローブで体を包み込むような恰好のまま薄い透明な窓に体当たりを繰り出した。耳元での甲高い破砕音を聞き流しつつ、スタッと二階の床に着地する。一度ローブをはためかせると、無数のキラキラとしたガラスの破片が床に転がった。

それらを神槍は気にも留めていない。

ただ、彼の意識は天井……さらに上層のフロアに向けられている。

(()だな……)

英国人にしては珍しい、真っ黒な瞳の眼光がより一層鋭さを増す。

当たり前のように血と涙が蹂躙する世界にドップリ浸かった人間にしか分からない、人が狼狽えた時に発する特有の『ニオイ』。それを感じ取った神槍はすぐさま辺りを見渡し、上の階へのルートを模索する。決して大きいとは言えない広さの部屋の片隅に、申し訳程度に鉄板とパイプで作られた今にも崩れそうな階段があった。迷わず神槍はそこへ足を踏み出す。

カランカランカラン!!という鉄板を踏みつける甲高い音が連続した。そうしながら、何段かすっ飛ばして駆け上がっていると――突然に彼の表情が一変する。

三階へ続いている筈の踊り場。

 

上下の関係で見えなかったその上から、まるで雪崩のように転げ落ちてくるアルミ缶に気づいたからだ。

 

それも一つや二つの話ではない。

咄嗟に神槍は数を確認しようと目で追ったが、彼の動体視力を持ってしても三〇までが限界だった。――まさに無数。階段の足場となっている鉄板を覆い隠さんとするほどのアルミ缶(グラビトン)が、神槍目掛けて降りそそぐ。

『ッ!!』

中途半端な位置まで階段を昇ってしまった彼の左右には冷たいアスファルトの壁があり、とてもではないが回避できそうなスペースはない。自ら後ろへ身を投げて二階に転げ落ちたとしても、それは単なる時間稼ぎにしかならない。かと言ってこのまま立ち往生していては、上方から襲い掛かってくる無数のアルミ缶をモロに浴びる破滅が待っている。

不可避な数の暴力の前に、確かに彼の表情は一変した。

……ただし(・・・)

表情が変わったからと言って(・・・・・・・・・・・・・)それが驚愕や恐怖を表しているとは限らない(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

むしろ逆。

彼の心情を表すかのように奥歯には噛み砕く勢いで力が込められており、全身からは見えざる敵意が漏れ出ている。

その口元が、僅かに蠢く。

(ナメんじゃねぇ……)

上から降ってくるのは缶の見た目を借りた凶悪にして最悪なる凶器。右も左も、後方にも回避は不可能。八方塞がりと言っても間違いない状況を前に、しかし、神槍は足を止めなかった。

回避。防御。

そんな甘い事ばかり言っていたから、初春飾利は死にかけたんだ。自販機の時だって、あと一瞬でもタイミングが遅れていたら、囮に使われたあの子供たちは灼熱の金属に跳ね飛ばされていた。そして、結局、あの子たちは不穏な空気を感じ取って泣き出してしまった。

(ナメんじゃ、ねぇ……)

ギリッ、と。力を込め過ぎたのか握った拳の中で嫌な音がした。

(もう甘ったるい事を言っていられる段階は過ぎてんだ。あの子たちは何の関係もなかったってのに……ッ!こんな事でいちいち立ち止まっていられるか!!)

前へ。

前へ、一歩。

神槍トシキは臆することなく、無数のアルミ缶の濁流へその身を突撃させる。

『ォ……ぉぉオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』

当然、爆発の予兆があった。

ブン、という羽虫が耳のすぐ傍を横切ったような不快な音がそこかしこから耳を撫で、直後にはメキゴキッ!という重力子が収束する影響でアルミが湾曲する音が連続した。ただのアルミ缶としても、神槍の視界は無数のカラフルなラベルで防がれ、床に転がったアルミ缶に足をすくわれそうになる。

だけど、神槍は前へ進む事をやめなかった。階段を駆け上がる事を放棄しなかった。

あの時、爆弾が詰め込まれているぬいぐるみを前にしたあの瞬間。初春飾利が味わった恐怖はこんなモノじゃなかっただろう。

あの時、犯人に囮にされ、自分に迫る火ダルマのような自販機を見たあの瞬間。子供たちが感じ取った危機感はこんなモノじゃなかっただろう。

 

魔法の射手(サギタ・マギカ)連弾(セリエス)光の199矢(ルーキス)!!』

 

咆哮に紛れるように魔法使いの口から彼の武器とも呼べる単語が飛び出した。

刹那、彼を発射点にして全方位に魔矢が発射される。光の帯を引く大量の魔矢が、その一つ一つが軌跡を描きながら爆発まじかだった無数のアルミ缶を射抜く。

 

ズパァン!!という落雷のような轟音が炸裂する。

 

もう、爆風だの爆炎だのを防ぐ事は考えない。もっと根本的に、攻撃的に、爆発そのものを防ぐやり方でなければ元凶にはたどり着けない。そう判断した神槍が取った行動は至ってシンプルだった。

爆発などする前に、基点であるアルミ缶を叩き潰す。

初春によると、犯人である介旅初矢の能力は『アルミを爆弾に変える』モノであって、『アルミを爆発させる』モノではない。要は、爆発一コンマ前の爆弾を作る事によって即座に爆発させているだけなのだ。

そこには必ずタイムラグが発生する。

そして、その隙をみすみす見逃してやるほど神槍トシキは優しくない。

光の魔矢は次々とミシミシッ!という爆発まじかである事を知らせる音を鳴らすアルミ缶を貫き、沈黙させていった。その様は圧巻の一言に尽き、神槍は一つ一つ丁寧に有り得ないほどの命中率でアルミ缶を撃ち落していく。

それでも、やはり撃ち漏らしは出てくるものだ。

ドッ!と小規模だが完全なる爆発が巻き起こる。

爆炎の熱が神槍の頬を撫で、爆風が体勢を崩そうと彼の背中を押した。撒き散らされたアルミ缶の破片が階段の鉄板そのものに突き刺さり、彼の足場を激しく揺らした。

けれど、

『ぐっ――魔法の射手(サギタ・マギカ)光の99矢(ルーキス)!!』

俯きかけた顔を、上げる。前を見る。

彼は進むことをやめない。後退など微塵も欠片も考えない。そんな暇があるなら一本でも多くの魔矢を操り、少しでも爆発を防ごうと指示を飛ばす。ズパァン!!という炸裂音と轟ッ!!という空気を喰らう音が絶え間なく彼の鼓膜を揺らし続けた。

光と爆発のせめぎ合い。

神槍を中心として展開される攻防戦。小規模な爆発が何度も彼を襲い、何条もの閃光がアルミ缶を食い潰す。そんな危険極まりない空間を、しかし彼は突き進む。犬歯をむき出しにしてローブを焼かれながらも、進み続ける。

前へ。

ひたすら――前へ!

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』

そして、ついに。

突如、彼の足場が一気に広がった。階段を踏破したそのつま先が、フロアの床に触れる。半ば転げ込むようにフロアにその身を躍らせた神槍の背後では、ちょうど階段が爆発の衝撃に耐えきれず倒壊した所だった。

(一段階目はクリア、って所か)

すぐ後ろに広がっている変わり果てた階段の光景に、神槍の背筋にヒヤリとした寒気が駆け巡った。未だに爆発の影響で揺れる床に片膝立ちの恰好で身体を休ませていた彼だったが、一瞬天井に目を向けたと思うと、膝に手をつきながらも立ち上がる。壁の隙間から僅かに入ってくる日光が彼の白い肌を照らし出した。

安堵感に浸るのもそこそこに、神槍は速くも次のフロアへと上がる階段へその足をかけた。

薄暗い暗闇に包まれる、冷たいアスファルトと金属しかない通路。一度やり過ごせたからと言って、次のトラップも突破できるという保証はどこにもない。

いちおう防御の意味が何重にも込められた魔法障壁を身に纏っているが、それにしたって絶対ではない。許容量を超えるダメージを喰らえば、直に彼の華奢な身体に炎が降りそそぐ事になる。魔法の元となっている魔力にだって限界はある。

魔法という薄っぺらい皮が剥がれてしまったら、神槍トシキはただの人間でしかない。

銃弾で心臓を貫かれれば死に、ともすれば風邪をこじらせて寝込むことだってある――彼の実態はそんな貧弱な生き物だ。

『さぁて、行きますか……!!』

けれど、魔法使いの少年は迷わず駆け出す。

暗闇に包まれた不気味な空間へ消えていく少年の口元は、不敵に歪んでいた。

当たり前だ、と背中で語った少年は本当にさも当然のように吐き捨てる。

この程度の困難で物怖じしていたら、不可能を可能にする者(まほうつかい)なんて名乗っちゃいない。

 

 

数分後。

 

あぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶーっ!という人として大事な何かを捨てさせる声を上げながら、薄汚い地面をダイナミックに転がる魔法使い(自称)の少年の姿が七階のフロアにあった。

 

えええええェェ何この落差ーっ!?と心中で叫ぶ神槍だが、身体の勢いは止まってくれずそのまま床を猛烈な勢いで転がり続ける。顔面から思い切り床に落下して皮膚を削られ、壁に激突するとやっとこさ暴走列車状態だった体が停止する。しばらくの間、哀愁漂う死体のように動かない彼だったが、時折ピクピクと体が揺れたり『うう……自己嫌悪で死にたい……』とうめき声を上げる辺り、いちおう生きてはいるらしい。

彼が飛び出してきた階段の出入り口からドドドドッ!!という爆発音が聞こえる事から推測するに、どうやらギリギリ潜り抜けれたもののトラップの爆風で煽られ、予想以上のスライディング着地になってしまったらしかった。

ゆらゆらと、神槍は疲れ切った老人のように立ち上がりちょっぴり浮かんでくる涙を指ゴシゴシ拭っているが、目立った外傷はないようだ。むしろ心中では、トラップより転んだ時の方がダメージ甚大ってどうなってんだハンニンッ!!と八つ当たり的思考が渦巻いていた。

『くそぅ。ああ、インデックスが恋しい……(癒し成分的な意味で)』

サラリと純真少年的欲望を呟いた神槍は、げんなりとした表情で天井を見上げる。

犯人が身を潜めていないかという確認の意味もあって律儀に一階ずつ攻略して昇ってきた彼だが、いい加減数えきれないほどのトラップの応酬にウンザリしてきた所だ。

単純にアルミ缶が天井から降ってきたり、床に捨て置かれたみたいに偽造されたアルミ製のスプーンが突然爆発したり。果てはアルミホイルが壁一面に貼ってあって一斉に起爆した罠などもあった。どれもがよく考えられ、人間としての死角を突いたえげつない内容で、犯人のある種の覚悟が感じられるモノばかりだった。

(けどまぁ、こんなボロボロ廃墟に隠れたのは失策だったよな。建物の倒壊を気にしてテメェでテメェの能力を抑えなきゃなんねぇんだから)

ここら辺が玄人と素人の境目って言った所かな、と神槍はどうでもよさげに思った。

犯人の失策のことではなく(・・・・)

平気で人を殺せる罠を扱うような人間が(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)素人に見えてしまう自分は(・・・・・・・・・・・・)一体全体(・・・・)()なのかという事を(・・・・・・・・)

『さて……次だな』

幸い七階のフロアには何のトラップもないらしい。床には、どこぞの不良が落としていったらしき小銭の一円玉と廃れた鉄パイプぐらいしかない。罠があるとしたら、八階に続く階段にたっぷり、という事だろう。

だー。また地獄の爆弾処理事務の始まりですかそうですか、と文句をタラタラ零しつつ神槍は部屋の隅にある階段に目をやった。

何度見てもパッとしないその外見にさらに神槍の表情がげんなりとしたモノに変わる。錆びついた鉄板にホコリを被っている手すり。そこに置かれた肌色の五本の指(・・・・・・・)――

『?』

神槍が何か思う前に、肌色の手は手すりを下に向かって滑って腕、肩、体と持ち主まで完全に見えるようになる。ヒョロい印象を与えてくる体を制服で身を包み、首には持ち運びに適なさそうな大きめなヘッドホン。黒髪に紛れるように黒縁メガネをかけたその少年は、無感動な視線をこちらに送ってきた。

『よぉ、昼間ぶりだな』

オレンジ色の日光を背に浴びながら、あえて会話から入る事にした神槍は、

『介旅初矢、だな?公務執行妨害殺人未遂器物破損その他モロモロかつ個人的にムカツクから拘束する。抵抗するな、とは言わねぇよ。その時は実力行使に移るだけだ』

「……………………っ」

対して、しばらくの間沈黙を貫いていた介旅の口から、耐えきれないみたいな様子で言葉が漏れる。

「……お前らはいつもそうだ。いつでも自分たちが正しいと信じ切ってる顔を向けてくる。そんな事は全然ないって言うのに(・・・・・・・・・・・・・・・)

介旅の声は低く、ただ低くその場に響いた。まるでそうしなければ感情が爆発してしまうみたいな、不気味なトーンの声だった。

階段の中腹で止まっている介旅は、見下すように光が灯っていない目で風紀委員の腕章をつけている神槍を眺めながら、

「たかが校内の揉め事にしか手をつけられないくせに、権力者面するな。いざとなったらお前らは弱者を見捨てるだろうが……!」

ふつふつと、介旅は続ける。

「お前らは『アイツ』を見捨てた。助けるどころか、お前らは――ッ!!」

『? 何言って――』

神槍の言葉を遮るように、介旅は言った。のっぺりとした、ゾッとするぐらい冷たい声で。

「要約すると、死ねって事だよ。腐れ風紀委員(ジャッジメント)が」

(……ッ!?)

言葉と共に、介旅は何かを神槍へ向けて軽く投げつける。

アルミの何かかと身構える神槍だが、それがはっきりと何なのか確認した途端、一気に毒気を抜かれたように肩の力を抜いてしまう。その間に介旅は階段を駆け上がり上の階へ消えた。

一円玉。

介旅を追いかけなければと頭では分かっているのだが、何故か神槍は足元にチリンと音を鳴らして落ちたその丸いフォルムに見入ってしまっている。アルミ缶でも、スプーンでもなく、正真正銘ただの一円玉だ。そう、気持ち悪いほど軽くて小さい銀色のアレである。

もし介旅が言った事が嘘でないとして、己の能力を武器に実行する気ならアルミがなければ話にならない。なのに、何で一円玉?と首を傾げながら、思わず屈みこんで神槍はそれを拾い上げる。

『…?――ッ!?』

そこまでして、やっと彼は気づいた。咄嗟に手に持った一円玉を投げ捨て、後ろに跳び下がる。そうだ、一円玉の約九〇パーセントはアルミニウムが占めているのだった(・・・・・・・・・・・・・・・・)

何故今まで忘れていたんだと自分を叱咤すると同時に、神槍は感心に舌を巻いた。今まで散々仕掛けられていたアルミ缶とスプーンを使った罠の数々は、全てこの為のブラフ。アルミが含まれているモノなんて世の中には星の数ほどあるのに、知らず知らずの内にアルミ缶とスプーンだけが相手の武器というイメージを植え付けられてしまったのだ。

悔やんでも悔やみきれない失態。目の前で早くもメキゴキッ!!と爆発の予兆を見せる一円玉を前に、神槍は舌を噛む勢いで防御のための詠唱を開始する。

(チィッ!間に合うかッ!?)

大気の精よ(エレメンタ・ウェンティ)息づくか(アーリア・スピ)――え?』

だけど、

なのに、

神槍の生命線である筈の詠唱が中断される。驚愕のまま凍っている彼の視線は、己の足元に向けられている。それほど、コンクリの薄汚い床に広がっている光景は衝撃的だった。

そこに、

 

びっしりと、床を埋め尽くすほどの数の一円玉が転がっていた。

 

神槍が身じろぐように少し足を動かすだけで、複数の一円玉にぶつかりチリンチリンと小気味いい音を鳴らした。

(……嘘、だろ。何で今まで気づけなかったんだ!?)

両眼を見開く神槍を尻目に部屋に君臨する一円玉らは一斉に震え出し、爆発のカウントダウンが否応なく始まる。まるで大気全体が揺れているみたいな振動が、靴底から伝わってきた。

神槍は知らない。

大量の一円玉がただ床に転がっているだけと見せかけるために、介旅があらかじめ心理学の観点からランダムに配置していた事を。

魔法使いは知らない。

床や壁の接合部を先に爆破する事で、介旅は倒壊のリスクを考えずにフルパワーのグラビトンをまき散らせる事を。

(しまっ…!?)

防御など、考える暇もない。

 

直後、あらゆる音が吹き飛ばされた。

 

予定通り、まずは壁付近が爆破され床そのものが浮いた状態になった。数瞬後には床全体が絨毯爆撃のように炎と風で破滅の限りを尽くされ、七階の窓からは黒い煙に紛れて紅蓮の炎が噴き出した。六階から下のフロアには大小様々なコンクリの破片が降りそそぎ、すべてを巻き込みながら凄まじい速度で落下していく。

破壊の二文字が君臨する世界に一人の人間が生きられるだけの余裕はなく――

「…………はっ」

かろうじて落下せずに残っている階段の手すりにもたれかかる、介旅初矢の吊り上がった口元が全てを物語っているようだった。

 

 

 

 




アルミを爆弾に変えるチカラ……機転利かせればケッコー強いんじゃない?という安易な発想から始まった介旅クン革命です。
虚空爆破編もあと一話でほぼ終わり。そしたらいよいよ木山さんですよki・ya・ma!人前でも脱いじゃう脱ぎ女ですよ!?いやもうたまらんよねふふふふふふふふふふふふふ(情緒不安定)

魔法解説コーナー
今回は新しく登場した魔法がなかったため、(ネギま世界の)魔力属性についての説明を。
全部で八種類あり、火・水・風・雷・氷・砂・光・闇である。
大多数の魔法使いは生まれつき何個か得意属性を持っているモノで、その属性の魔法は普通よりいくらか強力となる。もちろん、得意属性以外の魔法も使えるがやはり効力は落ちる。ここら辺は得手不得手の問題である。また、親から遺伝するケースもある。
神槍の場合はまさにそれで、例の不良親父から風・雷・光を受け継いだ。が、断罪の剣(闇か氷、原作でも断言されず)を多用し、威力も見ての通りなことから、もう何種類か持っているのかも…?

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。