それでは、どうぞ。
神裂の言葉に、神槍の頭があっという間に「?」で埋め尽くされていく。
(コイツが……インデックスの同僚?親友?って事は……
おかしい、と神槍は思った。
インデックスは、イギリス政教の教会を
なのに、今まで敵だと思って恐れていた人間が、味方の筈のイギリス政教の魔術師だった?
神槍はゆっくりと言葉を選ぶように、
『おかしいだろ……。お前の話が本当なら、何でインデックスを襲うんだ?』
「そうしないと彼女は生きていけないんです。……死んで、しまうんですよ」神裂は目を伏せて、
「完全記憶能力……魔術でも超能力でもない“ただの体質”。それが『原因』であり『全て』です……」
神裂は全てを話した。
インデックスの脳の八五%は一〇万三〇〇〇冊の記憶のために使われている。
故に彼女は残りの十五%しか脳を使えない。
並みの人間と同じように『記憶』していけば、すぐに脳がパンクしてしまう。
しかし、残りの十五%でも並みの人間と同じように『忘れる』事によって整理するため問題はない。
だけど、インデックスには“それ”が出来ない。
一度見たモノを絶対に忘れない――忘れられない、
人間の脳の容量は意外に小さい。それでも人間が生きていけるのは、『いらない記憶』を『忘れる』事によって、知らず知らずの内に脳を整理してパンクするのを防いでいるからだ。
でもインデックスは『忘れる』事が出来ないため、どうでもいいゴミ記憶にあっという間に残りの十五%を埋め尽くされてしまう。
脳のパンク――つまり、死。
自分の力で『忘れる』事が出来ないから、魔術などという異能の力に頼って『忘れさせる』しか生存方法がない。
『……いつまで、だ?』
否定ではなく質問をしてしまった時点で、神槍は心のどこかで認めてしまっていた。
『アイツの脳がパンクするまで、あとどれくらい保つんだ?』
「記憶の消去は、きっかり一年周期に行います」神裂は疲れたように、
「……あと三日が限界です。早すぎても遅すぎても話になりません。“ちょうどその時でなければ記憶を消す事はできないんです”。……あの子の方も、予兆となる、強烈な頭痛が現れていなければ良いのですが」
神槍はゾッとした。インデックスは一年ほど前から記憶を失っている、と言っていた。
そして、頭痛。――神槍はてっきり、背中の怪我を治してくれた時の回復魔術の反動だと思っていた。
事実、魔術に一番詳しいインデックス本人がそう言っていたのだから。
“だが、インデックスが何か勘違いをしていたとしたら?”
もう彼女は、いつ頭がパンクしてもおかしくない状態で動きまわっているだけ、だったら?
「分かって、いただけましたか?」
神裂火織は言う。瞳に涙はない、そんな安っぽい感情表現すら許さないという感じで。
「私達に、彼女を傷付ける意思はありません。むしろ、私達でなければ彼女を救う事はできない。引き渡してくれませんか、あなたが本当にあの子を想って今この場に立っているのなら、それがあなたにとっての『最善策』の筈です」
『……………っ』
神槍は黙りこんでしまう。一瞬、彼女の顔が脳裏をよぎり奥歯を噛み締める。
「それに、記憶を消してしまえば彼女をあなたの事も何も覚えていませんよ。目覚めた後の彼女には、魔術師のあなたは『一〇万三〇〇〇冊を狙う天敵』にしか映らない筈です」
『…………………』
神槍は黙って、黙って黙って黙って――ひとつの違和感を覚えた。
「そんな彼女を助けたところで、あなたには何の益にもなりませんよ」
『……ふっ、ざけんなよ』魔法使いの少年の瞳に、力が戻る。
『そうやって、利益とか不利益でしか考えられねえのかよテメェは!?前にも言ったよな、アイツがどんな事情を抱えていようが、俺はいつでもどこでも駆けつけて――アイツを救うと!!不可能とか可能だとかの前に、これだけは絶対なんだよ!!』
「…………」
『もう一つ答えろ、魔術師。何で、誤解を解こうとしねえんだ?インデックスが『忘れてる』だけなら、「自分達は仲間だ、怖がる必要はないんだよ」って言えばいいだろ。それなのに、何でテメェらは敵としてアイツを追いかけ回してんだよ!ナニ勝手に諦めてんだよ、見限ってんだよ!テメェ、アイツの気持ちを何だと
「――うるっせえんだよ、ド素人が!!」
神槍の叫びが、真上から襲いかかって来た神裂の咆哮によってかき消された。
「知ったような口を利くな!!私達が今までどんな気持ちであの子の記憶を奪って来たと思ってるんですか!?分かるんですか、どこの馬の骨かも知らないあなた如きに!あなた達はステイルが殺人狂だとか言いましたけどね、アレが一体どんな気持ちであの子に敵を名乗っているのか!大切な仲間のために泥を被り続けるステイルの気持ちが、あなたなんかに分かるんですか!?」
『――ッ!』
何か思う前に、神裂の蹴りがクロスガードの上から襲いかかる。遠慮も手加減もない一撃に、神槍の身体が浮いて、二、三メートルも転がった。
腕の骨が折れたんじゃないか、と思ってしまうぐらいに両腕から痺れるような痛みを感じる。
両腕の状態を確認しようとする前に、頭上の月を背負うように神裂が飛びかかってきた。聖人としての能力を活用し、純粋な脚力だけで真上に三メートルも飛び上がり、
『………ぐっ。
ヒュンッ!!という虚空を破るような音と共に、神裂の落下コースを塞ぐように合計10枚もの魔法陣が現れる。一枚一枚に防御の意味が込められている、即席の堅牢な楯だ。
「あァァァあああああああああああああああああああああ!!!」
神裂の咆哮とバキゴキ、というガラスが破られるような音。
七天七刀の鞘、その平たい先端が、それら全てを突き破り神槍の腹部に突き刺さった。
『が……ぐあッ!!』
もはや胃液など出し尽くした神槍の口から、赤黒い鮮血が飛び出した。
「私達だって頑張ったよ、頑張ったんですよ!春を過ごし夏を過ごし秋を過ごし冬を過ごし!忘れないように一つの約束をして日記やアルバムを胸に抱かせて!」
右手左手右足左足鞘――鞭のようにしなるくせに金属バットのように硬い鈍器が、神槍の全身に次々と降り注ぐ。
常に身に纏っている魔法障壁など意味がなかった。それでも神槍は必至に攻撃をいなし、受け流す。インパクトを逃がしている筈なのに、体に痣や出血が増えていく。
『………ッ!』
横からバットのフルスイングのように迫る鞘を見て、神槍は腕でガードしたが、足が浮き、吹っ飛ばされる。
背中を地面にこすりつけて、やっと止まったと思い顔を上げると、神裂の杭のような
転がるようにそれを回避する。一瞬前まで自分がいた地面は、蜘蛛の巣状にヒビが入り砕かれていた。
「……それでも、ダメだったんですよ」
ピタリと、嵐のような攻撃が止まった。
「日記を見ても、アルバムの写真を眺めても……あの子はね、ゴメンなさいって言うんですよ。それでも、一から思い出を作り直しても……ゼロに還る」
ガチガチと震えて、もう一歩も動けないという感じで。
「私達はもう……耐えられません。これ以上、彼女の笑顔を見続けるなんて、不可能です」
始めからインデックスが失うべき『思い出』を持たなければ記憶を失う時のショックも減る。だから、親友を捨てて『敵』である事にした。
インデックスを孤独にして、思い出(すべて)を真っ黒に塗りつぶす事で。
インデックスの失うべき思い出を少しでも軽いモノにしようとした。
『………』
指を一ミリでも動かすだけで気が飛ぶような体の神槍は、ぼんやりとしている頭で神裂の言葉を噛み締める。
(……ツライだろうな。一夜前までは笑顔で抱きついてきた人間が、一夜明けるだけで冷たい目で他人のように接しられるんだから)
実際にその立場にいない神槍でも、なんとなくわかった。
それは、とてもとても悲しくて、涙が止まらないような事なのだろう。
だけど、それは。
『ふざけん、な……』神槍は、生まれたての小鹿のように震える二本の足を動かし、
『不可能だからって、そこで立ち止まったのか。自分が耐えられないからって、語り合う事をやめたのか!!テメェは一番ツライ筈のインデックスを見捨てて自分だけ逃げたんだ。テメェの臆病のツケをインデックスに払わせてんじゃねえぞ!!』
神槍は立ち上がった、足元に血の池を作りながら。
彼の、鮮血で濡れたせいで垂れ下った前髪から覗く、ギラリとした眼光に、不覚にも神裂は体が震えた。
「じゃあ。他に……どんな道があったと言うんですかッ!」
『道がないなら作ればいい!一年経っても救えないなら、次の一年をまた頑張ればいいだろ!!可能にするための努力を、インデックスが死ぬまで続けろよ!たったそれだけの事だろうが!!』
もう魔力も何もない拳を、振りかぶる。それだけで体のあちこちから血が噴き出した。
「その、体で……戦うつもりですか?」
『……黙れ。悲劇のヒロイン気取りの臆病者が吠えてんじゃねえぞ』
「戦って、何になるんですか?」逆に、神裂の方が戸惑っているようだった。
「たとえ私を倒したところで、背後には必要悪の教会が控えています。……教会全体から見れば私など、こんな極東の島国に出張させられるような下っ端にすぎません」
それはそうだろう。もしも彼女が上に進言できる立場にいる人間なら、少なくともこんな島国にはいない筈なのだから。
『黙れって……言ってんだろ!!』
振りかぶっている拳に、力が宿った。
『んなモン関係ねえ!!テメェは何のために力を求めたんだよ!!』
ボロボロの足を一歩、前へ。
『こんな風に挫折するためか?違うだろ、そうじゃねえだろ!不可能を可能に、弱い自分じゃ救えない者を救える者に!救いたい者を救えた者に変えるためじゃねえのかよ!?』
神裂の目を真正面から睨みつけて、
『テメェは何のために強くなった!?』
ボロボロの右手に力を込め、血まみれの拳を握り、
『テメェはその手で、誰を守りたかった!?』
力も何もでない拳を、神裂の顔面へと叩きこんだ。
それでも、神裂は投げだされるように後ろへ倒れこんだ。
『テメェが守ろうとしているのは、インデックスじゃねえ。自分自身だろ!』崩れた神裂を見下ろすように、
『だったら……テメェは立ち上がるべきだ。インデックスの敵としてじゃなくて、『仲間』としてな』
神槍はゆっくりと、ペタンと座り込んでいる神裂に手を差し伸べた。
『生憎、俺は戦闘魔法以外はからっきしでな。忘却術(記憶を封じたり感情を操ったりする魔法)は専門外なんだ。だから――“力を貸してくれ、神裂”』
「…………」
神裂はしばらく呆然とした表情で、神槍を眺めた後、
「……本気、ですか?だって、私達は敵同士なんですよ?私がその気になればいくらでもあなたを切り刻む事が出来るんですよ?」
『別に笑い合う仲間になれって言ってる訳じゃねえよ。目的が同じだから成立する部分同盟として、だ。お前らの事を不要だと判断したら俺は容赦なく同盟を切る』
物騒な事を言っているくせに、神槍は誰がどう見ても笑っていた。まるで一〇年来の親友に笑いかけるように。
「……そういう事でしたら、了承しましょう」
神裂は手を取り、立ち上がった。彼女は元の無表情に戻って、
「何か策でもあるのですか?」
『とりあえずは科学から探ってみようと思う。超能力は記憶関連も結構あるらしいしな』
「期限は三日……良い悪あがきを期待しています」
『――――』神槍は踵を返し、彼女に背を向けて歩き出し、
『上等だ』
原作のセリフをそのままパクッたze★
……文才って突然うまくなったりしないかなぁ~