『――――凄く箔のついたヒトの後に話すのって、気が引けるね。』
(笑い声と、そんな大層な者じゃないと言う声)
『ふふ、そうだね。もう、ここであってるんなら皆同じだろうね。』
『ええと、あ、自己紹介か。あたしは、元・(ビープ音)泊地、(ビープ音)警備隊の川内、だった。今はもう退役したんだ。』
『辞めたのはずいぶん前になるし、ここに入院もしたこともなくて、ちょっと遠い山の中から通ってるよ。』
『(辺りを見渡して)でも、見たところ私服のヒトも多いし、同じ感じのヒトも多いのかな?』
『ここに通うようになったのは……そうだなあ、なんて例えれば良いのかな……あたし、元々海が好きだったんだ。だから艦娘になった訳じゃないけど、深海棲艦が出ない内海の哨戒任務の時は、とってもウキウキしたよ。』
『とくに夜の海なんか、本当に怖くて、ドキドキして……探照灯で海のなかを照らしても、真っ青な奥に真っ黒があるだけでさ。そんで、水平線に港や陸の明かりがあって、見上げれば、吸い込まれるくらい、眩暈がするくらい底知れない夜空があってさ……怖いんだけど、楽しめる怖さって言うのかな。夜の海なら、ずっといたかったなあ、私。』
『うちらは内海警備が殆どだったし。季節戦(※現在で言うイベント作戦。季節毎に深海棲艦は大規模進攻をするため、正式な名称がなかった、当時の艦娘の間で使われた。)でも死ぬ艦娘なんて、殆ど居なかった。たった一人死んで、警備隊総出で葬式をするくらいには平和だったよ。』
『二~三年勤めて、季節戦で艤装が壊れちゃって、治すより、新しい人員を補給した方が良いだろってことで、解体されたんだ。別に怒りもしなかったよ、提督は教導役何かどうだ、っていってくれたけど、別にそれ以上軍にいる意味もなかったと思ったし。』
『で、私は陸に上がったんだけど…………故郷に帰ってから、色々あったなあ。』
『私、未だにリンゴを握りつぶせるんだ。増強した筋力が戻らなくって、家に帰って引き戸を開けたとき、粉々にしちゃってさ。』
『それから、女として見られなくなったかな。実家は畑やってるんだけど、力仕事ばかり押し付けられて。ほら(両手をつきだして)、タコで一杯になっちゃった。』
『嫁ぎ先も決まんなくて、毎日毎日草むしって堆肥運んで……『よよげたいやきくん』の気分って感じ。』
(笑い)
『でさ、こっからが私がここにいる理由なんだけど。……海がさ、無いんだ。』
『さっきもいったけど、実家は山の中なんだ。でも、海が恋しく感じて……一度、休みを取って、民間人が行ける海岸まで言ったんだ。でも、満足しなかった。……ただの海じゃない、戦場の海にいきたかった。』
『これを認めるまで、ずいぶんかかったなあ。夜中、拳銃もって川辺に立ったり、池の縁で延々やらなくても良い海上近接戦闘の訓練したりして気を紛らわせたり。今思うと普通に異常行動だね。』
『『戦争中毒』って言うらしいよ。アドレナリンの分泌がどーのって話らしいんだけど、とにかく、私は戦争が懐かしかった。』
『可笑しいよね、笑っちゃうよね、録な戦闘もしてない私が、戦争中毒なんて。』
『でも、私は恋しくて仕方がないんだ。あの緊迫する夜の静寂も、雑魚相手に油断して深手を負ったあの浦も。』
『だけど、死にたい訳じゃないんだ。死ぬのは怖い。危ないこともしたくない。…………だけど、あの闇に溶け込みたい……やめたくてもやめられないって、こう言うことだったんだね。』
『そう考えながら、夜の海のことを考え続けたら、同時に夜の森がとっても恐くなっちゃって。』
『説明しづらいけど……海はさ、何もない空間と何かあるけどそれがなんなのかわからない水中が延々続く場所じゃない?』
『でも山は、森は『何かがあるかわからない』木陰が歩いてもあるいても続くんだ。
海は分からないを知っているから安心できる。でも、森は、何も分からない。木々に何が潜んでるか、あの山の陰になにが隠れてるのか。考えただけでチビっちゃいそう。』
『日が落ちたら、私は自分の部屋の隅から動けなくなる。夜戦の代名詞とも言われた存在が、夜を味方に出来ないなんて、とんだ皮肉だよ。』
『まあ、あとは特になにもないよ。何か進展があったわけでもないし、実家の森の中の闇で、私は震えて眠れない日々を送ってる。最近は睡眠薬で寝てるけど……。』
『長門さんは前を向いてるけど、私はそうはなれない。だって、あのいつかの夜の海に、私は大切なものを落としてしまった。もう見つからないモノで、だから、進むことも、戻ることもできない。ただ、あの日の水面を見て俯くことしか出来ないんだよ。』
次は誰にしましょう。