狼と少女の物語   作:くらいさおら

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第3話

 フュリアの町に着いたふたりは、さっそく神殿に赴き、精霊との契約を済ませる。

 

 ルティは白呪文を、アービィは黒呪文を選んだ。

 人狼のアービィがなぜ精霊と契約できたかというと、精霊にはそもそも善悪の概念が無い。

 精霊を裏切らないという契約さえすれば、人であろうが魔物や悪魔であろうが、その魔法を使うことができるようになる。

 

 呪文は精神力を源とし、その消費度からレベル1から4に分類され、精霊との契約完了時に全ての呪文が意識下に埋め込まれる。

 呪文を使用するたびに、消費された精神力は強靭になり、高いレベルの呪文が使えるようになっていく。

 呪文に耐えうる精神力がついたとき、意識下から上位の呪文が浮かび上がり使用可能となる。

 筋肉に負荷をかけ、壊れた筋繊維が修復されると壊れる前より強靭になっているという、筋力トレーニングと同じような概念であり、当然成長には個人差が出てくる。

 

 各呪文レベルには、使用者の精神を保護するための使用制限があり、どのレベルも一日に使える回数は10回までとなっている。この回数は、初心者では3回であるが、精神力がつくに従い10回まで増えていく。

 充分な睡眠か、触媒と回復薬を併用することで、その時点における最大使用回数まで回復することができる。触媒なしでは、端数を切り捨てた最大回数の半分までが限度だ。

 

 現在、ルティが使用可能な呪文は、水の白魔法レベル1の体力を回復できる『回復』が一日に3回。アービィが使用可能な呪文は、水の黒魔法レベル1の水流を敵にぶつける『水流』が一日に3回だ。

 今後、他の精霊と契約すれば、使用可能な呪文のバリエーションは増えるが、各レベルの使用回数が増えるわけではない。

 バリエーションが増える代わりに、適材適所の使い方を考える必要があった。

 

 一度白呪文を選んだ者は、途中で黒呪文を習得することはできない。ごくごく一部の例外、桁外れの精神力を持つ者や、魔装品による補助が無ければ、一生を通して片方の属性しか習得できない。

 

 

 精霊との契約を済ませたふたりは、目抜き通りに戻り宿を探した。

 さすがに神殿の町の目抜き通りにある宿屋は、ふたりには贅沢すぎた。懐具合と相談しながらさんざん歩き回って、裏通りにある木賃宿を選んで荷物を置いた。豊富な資金があるわけではないので、安宿、相部屋が基本だ。

 

「さて、改めて言っておくけど。夜中に襲い掛かったら命は無いものと思ってね」

 ルティが言う。

 

「はい、はい、まだ死にたくないですからね~」

 荷物を片付けながら、気のない返事をするアービィ。

 彼はそこまで命知らずではない。

 

 実際、人の状態であれば普通に性交は可能なアービィだが、興奮状態では獣化しやすいため性交などもっての外だ。

 ルティもアービィが嫌いなわけではなく、如何に姉弟として育ったとはいえ血は繋がっていないし、男女としての意識もないわけではない。

 今までにも幾度かいい雰囲気になったことはあるのだが、後一歩、キス寸前で獣化してしまうアービィには気の無い振りをすることにしている。

 精神力が弱いんだから、バカ。『はい』は一回でいいの。

 

 呪文の習得は、アービィの精神力を育てることも目的のひとつであり、それは獣化の完全コントロールに繋がる。

 ひいてはふたりが安心して暮らしていける、ということにも繋がるのだ。

 

「とりあえず、なんか食べに行こうよ、ルティ」

 この腹減らしが、と吐き捨てるように言いながら、ルティはアービィと共に部屋を出た。

 人の気も知らないで、と口の中だけでルティは呟いた。

 

 

 宿から程近い酒場で腹を満たしたふたりは、ゆっくりとエールを傾けながら今後の予定について相談していた。

 

「とりあえず、回復呪文を先に修めたほうがいいと思うのよ。毒やらパラライズやら、呪いやらのね。だから火の神殿に行きたいと思うんだけど」

 

「僕は何でもいいんだけどさ、回復もいいけど、防御があったほうが良くない? 地の神殿行ってから火でもいいと思うんだ。補助の呪文は最後でいいかな。風の神殿は一番後だね」

 アービィはルティの意見を尊重するつもりだが、言われるがままになるのも癪なので、敢えて異を唱えてみる。

 

「そうね、その方がアンタが怪我しなくて済むかもね。そうしようか?」

 

「ど・ど・ど・ど・どうし、た、の……?」

 ルティが意見を曲げるなど、今まで数えるほどしかない。

 

「だって、どうせアンタは呪文なんか使わずに肉弾戦でしょ?」

 まぁ、そうだけどさ、と言いながらアービィはエールをあおり、でも、と言う。

 

「僕は傷つかないよ?」

 獣化した状態のアービィを傷つけられるのは、銀の武器だけだ。銀は武器にするには致命的に硬度が低いため実用性が無いうえ、貨幣や装飾品としての用途がほとんどであることから戦場に銀製の武器が出てくることはまずない。

 事実上アービィを傷つけることは不可能と言える。

 攻撃を受けた後、すぐに獣化を解くと人の身体には傷が残るが、獣化している時間が長ければ傷は残らず、初めてルティがアービィの正体を知ったときのように、人の姿であっても傷の治りは異常に早い。

 

「アンタ、町の喧嘩にまで獣化するつもり?」

 そんなことしたら、あっという間に通報され、騎士団が飛んでくる。

 騎士団程度に後れを取るとは思えないが、それはアービィひとりならと言うことだ。

 二人でいるときに獣化してしまったら、ルティは魔獣使いとして認識されてしまう。

 その際ルティを守りながら逃げ切れるかということや、ルティを捨てて逃げられるかと言われたら、それは無理だ。

 

 ルティひとりでは、騎士団を敵に回して生き残れるとは思えない。

 その後、魔獣使いとして全世界を敵に回した女の子が一人で生きていけるかと問われれば、それも無理だと言わざるを得ない。

 何よりも喧嘩をするような事態を招かないことが最優先ではあるが、この世界ではそうも言っていられない。獣化しなければアービィの皮膚は、普通の人よりちょっと丈夫、と言った程度でしかない。

 

「う~ん、でもさ、傷ついたとしても、僕は毒も麻痺も呪いもしばらくすれば中和できるし。やっぱり……ルティは中和なんて無理だもんね、そっち先だね」

 

「判れば、よろしい」

 ルティは自分の言ったとおりに方針が決まり、満足してエールをあおる。しばらくしてからってことは少しは効いちゃうって事でしょ、それが心配なのよ、バカ。

 

「じゃあ、方針も決まったことだし。路銀稼ぎにいきますか、オネーサマ」

 

「気持ち悪いわね、オトートギミ」

 

 

 勘定を済ませ、店員にギルドの場所を聞いて店を出る。

 商店のほとんどは既に閉まり、酒場と娼館くらいしか営業していない街の中で、ギルドの事務所はすぐに見つかった。

 依頼が貼ってある掲示板から自分たちに見合う仕事を探し、カウンターで手続きをする。

 

 請け負う仕事を指定し、名前を登録する。

 表示されている報酬の一割がギルドの仲介料で、これがギルドの収入となる。

 仲介料は先払いで、失敗しても払い戻しは無い。

 

 基本的に成功報酬で、必要経費は認められない。

 準備に資金が必要な仕事は、報酬の一部、または全額が先に支払われる。

 もちろん仕事が完遂できなければ、全額返金だ。死んでいなければ、の話だが。

 

 どんな仕事を請けても自己責任である。

 極端なことを言えば、今日登録したばかりの駆け出しが、ドラゴン討伐の仕事を一人で請けても良い。

 

 仕事を見極める目も重要であり、自分の実力を間違いなく把握することも重要だ。

 返り討ちに遭って死んだところで、何の保障もない死に損だからである。

 

 生きて戻ったところで、討伐の証拠品をギルドに提出できなければ失敗とみなされ、報酬の5倍の違約金を取られる。

 払わずに逃げたところで回状が大陸全土に回るため、二度と依頼を受けられなくなるか、結局は違約金を支払う羽目になるだけだ。

 

 

 この日ふたりが請けた仕事は、町から二日の行程にあるエクゼスの森にある泉に住み着いた大蛇の討伐だ。

 この泉は森に暮らす獣の憩いの場でもあり、旅人たちの重要な休息場所でもある。

 魔獣が住み着いて以来、森から獣が姿を消し、旅人や猟師が泉に近寄ることができず、交易や食料の調達に不都合が出ている。

 

 期限は特に切られておらず、今まで数組のパーティが逃げ帰ってきていることから、それなりに困難な仕事と言える。

 森の中であればアービィが獣化しても問題は無いだろうということから、この仕事を請けたのだ。

 

「明日、情報収集と物資の調達。夜のうちに町を出て途中は野営しよう」

 

「そうねー、宿代ももったいないし……金が無いとつらいわぁ」

 嘆くルティをアービィが宥める。

 

「まぁ、そう言わないで。今回の報酬は金貨1枚だよ。それだけあればしばらく保つって」

 

「そうね、仲介料を払っても銀貨90枚だし、なんとかなりそうね。帰ってきたら木賃宿ともおさらばよっ」

 

 大陸の四国家は共通の貨幣を用いている。

 銅貨100枚で銀貨1枚。銀貨100枚で金貨1枚の交換レートだ。

 金貨一枚あれば4人家族三か月楽に暮らせる。

 一泊二食付きの標準的な宿代が、銀貨1枚。 

 町で働く人の昼食代が銅貨5枚から10枚といったところだ。

 現代日本の感覚に直せば、大雑把に銅貨1枚が日本円で100円、銀貨1枚が10,000円、金貨は100万円といったところだ。

 

「じゃあ、前祝に、酒とつまみ買って行こうよ、ルティ」

 

「ちょっと良いお酒、買っちゃおうか」

 まだ開いていた商店で酒とつまみを仕入れたふたりは、いそいそと宿に戻っていった。

 

 案の定、翌日は昼過ぎまで二日酔いで動けなかったふたりは、夕方になるなり酒場で周囲の旅人たちを巻き込んで飲んだくれていた。

 情報収集という名目で。


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