どこにでもあるFate/のオリ鯖参戦系の他愛ないお話   作:凍傷(ぜろくろ)

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衛宮邸の安穏……安穏?

 衛宮邸の平凡な日常は続く。

 気づくと中井出は“今まで”のような日々の中に居て、時に平凡、時に戦場な日々に心を満たしていた。

 この男、ロリコンと口にしたこともあり、幼女の扱いには手馴れている。

 いつの間にやら桜とイリヤにも引っ張りだこの人気者になった彼は、今日も家族の食事を作る。

 台所にはアイリスフィールとクラウディア、そして静謐のハサンが居た。

 

「居ちゃだめでしょう!?」

 

 早速アイリスフィールがツッコむが、他の人の食事は作らないから、雁夜の分だけは作らせてほしいと言ってくる。

 

「家族のために料理を作る妻……尊い。ささ、料理を続けましょう? きちんと旦那さんの胃袋を掴めるようになるまで、特訓は続きますよ?」

「ええ。最近の切嗣は、妙にその、やさしくて。でも……そのやさしさを、どう人に分ければいいのかを戸惑っているみたいで」

「……私はただ、あの人のためになりたいと……そう思えばこそ、です。あの日まで、生きているうちには届かないと……そう思い、せめて命でもって届けばと、そう思って……それでも……私は」

「いい! いいから! 愛がデカすぎだから! どんだけ言峰氏のこと好きなのもう!」

「生涯をともに歩み、寄り添いたいと思い、彼の御許に在れるのなら、他になにもと誓えるほどに」

「───」

 

 この人甘い! やだ甘い! あの!? 僕の方に今現在、おたくの娘さんいらっしゃるんですけど!? 他になにもだと、娘さん度外視されちゃうんですけど!?

 そんな中井出の心の内とはべつに、彼女の娘であるカレンは中井出の隣でとほーと溜め息を吐いている。

 

「ほら甘い。ええ大丈夫、母の愛はとても深いものですから、一度語り始めるとああなってしまうのはわかり切っていますしいつものことなので。けれどなにか悔しいのでクロリスト、髪の毛を一本一本丁寧に抜いていいですか?」

「やめて!?」

「他人を想う女性が聖母になれるのは当然ながら限定的です。誰に対しても分け隔てなく、など出来るはずがありません。何故って、人には感性があり好みがあり、他人にとってはそれが聖母であっても、別の人にとってのそれが聖母とは限らないからです。では私にとっての母はどうでしょう?」

「……聖母っしょ」

 

 服をくいくい引っ張りながら訊ねるカレンに、中井出は頬をコリコリ掻きながら答えた。

 そんな中井出に、カレンはにっこり笑顔を浮かべながらよじよじと背まで登ってゆく。

 

「二重丸です。クロリストはわかっていますね、嬉しいです。死んだ母が蘇りました。最初は戸惑いましたが、私はきちんと嬉しいと感じることが出来ましたから。誰に似たのか、私はとても性格が歪んでいることを自覚しています。そんな私にも“人並”があったことを、素直に喜びましょう。クロリスト、あなたに感謝を」

 

 感謝しつつ、首に片腕を、足は胴体に回し、肩越しに笑みを見せるカレンは───中井出の髪の毛を一本一本丁寧に抜き始めた。

 

「へいへい、わかったからやさしい笑顔で一本一本抜くのやめて?」

「ご安心を。私は気に入ったものをとても大切にする性質です。神にだって誓えます。しかし、大切にするからこそ、それの様々な感情も枯渇しないよう刺激する必要があるのです。たとえば愛だけを糧に人と接すれば、その愛に対する反応しかしなくなるでしょう? それは他の感情を殺してしまうことに繋がります。だから私は親愛を持ってちょっかいを出すこともすればくすぐることも、噛みつくことも、聖骸布で締め付けることも普通にします。ああ、尊い」

「それただのSだからね!? 気質ってやつだから! そげなちっさい内になんてもの目覚めさせてんのキミ!」

「本質を見抜いて素晴らしい映像を見せてくれたあなたに、感謝が尽きません。そんなあなたの様々を見てみたい。そこで提案です」

「提案?」

「二重丸の意味です。母は私に名前しかくれませんでした。名前のみを残して自殺をし、父親は自分が父だと名乗ることもせず、私は教会に引き取られたんです」

「うわー……」

 

 知ってはいるものの、本人がハッキリ自覚して話す様は、なんとも言葉にしがたい。

 料理の準備をガタゴタと始めているどこぞの妻たちには聞こえていないのが救いだろうか。

 

「主への祈りのみを捧げ、今まで生きてきました。神父がくれたものなど知識以外のなにものでもありません。けれどどうでしょう、蓋を開ければ母は父のために自殺、父は人格破綻者なために名乗りもあげず、だというのに今はらぶらぶで甘くて憎たらしいくらいです。今さら何故引き取ったのでしょうと思うばかりですが。二人でらぶらぶしていればよかったのでは?」

「うわー……」

「そこであなたなのですクロリスト。……思えば、私を迎えに来たのはあなたでした。私の父が呼んでいるとは言いましたが、実際に呼んでいたとしても、私の心はそうは動かなかった」

「ウヌ? じゃあなんでついて来ようって思ったの?」

「あなたが神父をセイントマッスルパンチでブン殴ったからです。スカッとしました。ザマミロです」

「OK気に入った、コトミンが呼んでたのはほんとだけど、連れてきたのは僕の意思さ。僕の勝手でここに居る貴様である、ある程度の願いは聞きませう」

「花丸です。では早速ですが、私用に激辛料理か激甘料理を作ってください。私の全身をくまなく調べたあなたならとっくに知っているでしょうが、私は───」

 

 がしりと、話の途中だというのに中井出の肩が掴まれる。

 誰? と彼が振り向くと、アイリスフィールとクラウディアが独特のゼスチャーをしていた。

 ……訳。お前ら表へ出ろ。ただし目は中井出しか見ていなかった。

 

 その後、クマナクッテドウイウコトデスカーとばかりに問詰された。

 

……。

 

 その後、あらゆる言葉を投げかける人妻たちから逃げた中井出は、カレンと屋根の上で語り合っていた。

 屋根の上に自分が体育座りで、カレンは何故に肩車なのかは中井出も知りたかった。

 

「霊媒体質っぽいの以外に、そんな部分があったのね……。全身見たつもりだったけど、内側とかまでは見てなかったわ。博光うっかり」

「そういうものだと受け入れているから構いません。これも主のお導きです」

「おっほっほ~、ゴッドなんていねーいねー。少なくともキミらが信じる神はおらんよ。いるのはね、神って呼ばれたいって理由で力を貸してくれるお調子者だけ」

「……そう言われても困ります。幼少の頃からそういう物だと決めて生きてきました。それが違うと言われたら、私の歩いた道にあった根底は腐れてしまう」

「腐れ堕ちなさいそんなもん。男に強姦されるのが当然のこと、みたいな教会のやり方なんざ、そりゃキミ、間違ってるわ。ったくこの世界の男ってのはどいつもこいつも……! サックラさんところの腐れジジイだけじゃ足りなかったんかいまったく……!」

「クロリスト?」

 

 きょとんとした顔で中井出を見下ろすカレン。

 中井出ひょいと見上げ、とほーと溜め息。

 

「桜も似たようなことされてたってこと。って、これ俺が言っていいことじゃなかった、忘れて。んでだ。キミには今から、この常識破壊の王たる博光が、キミの世界の常識破壊を行なうから」

「……望んでいません。私は、そうと決めつけてきたからこそ、私を保てたと───」

「キミはゆきずりの男との間に母が産んだ子供じゃない。まずはそれを知りなさい」

「……話すたびに一本抜きます」

「望むところだ」

「望むんですか!?」

 

 こげなお子がそんな目に遭った過去があることを知っていた彼は、やはりそのままにしてはおけなかった。

 ならばこそ、からかいつつ、罵倒されつつ、暢気に、穏やかに、優雅に、そして力強く、少しずつ常識を破壊していった。

 堅苦しいことがお好き? 結構。ならこれからは嫌いになれますよ。

 相手本意の舐め腐った常識なんぞくそくらえ。

 ヒロラインの自然の中でとっくに純潔は癒されていただろうが、それでもまだ足りない。

 なのでこの馬鹿者は、彼女の父親と同じくその本質と根源と起源を探り、引き出させ、見つめ合わさせた。

 したっけ───

 

 

───……。

 

 

……。

 

 シュババビシィッ!!

 

「ウゴアーーーッ!?」

「見つけましたクロリスト、今日は私の話を聞いてくれる約束です」

 

 ある晴れた昼下がり。

 聖杯戦争そっちのけで団欒が訪れた衛宮邸、その廊下にて、一人の男が口と首と体を器用に布で包まれ、絶叫していた。

 ……包んでいるのが、銀髪のウェーブヘアをゆらりとゆらす子供なのが問題なのだろうが。

 

「ウォグモ、オググ、アゴアーーーッ!!」

「ええ、大丈夫です。私はきちんと、愛を正しく理解しました。正しくです。理解してしまえば神父も男も大変汚らわしいもので、私の家族もいろいろ破綻していたことがよく解りました。けれどそこに嫌悪はありません。両親は、過去はどうあれ今は愛し合っているのですから。男は嫌悪します。クズでしょう。あ、抵抗は無駄です。この聖骸布は男を拘束するためのものです。男である限り逃れることは出来ません」

「モググー! モガオアー!!」

 

 両手の指と指を胸の前で絡み合わせ、祈る姿で目を閉じニコリ。

 その間も、布に包まれた男はメキメキと締めあげられ、苦しそうである。

 少女は「なんと爽やかな朝なのでしょう」とか言っている。男はメキゴキ締めあげられている。……爽やかである。うんサワヤカ。

 

「……? なにか訴えたいことが? あ、拘束を解いてくれ、は聞きつけません。昨日逃げ出した罰です」

「《しゅるっ》ぷはっ……! お前騙されてる! 僕はクロリストじゃないぞ!? ちょっと能力の実験に付き合ってくれって言われたから付き合ったら、なんなんだよこれ!」

「……その口調。姿はクロリストですが、ウェイバー・ベルベットさんと認識して構いませんか?」

「ああそうだよ! いーからこれ解いてくれ!」

 

 SHIT、やられました。

 しかしこれが自分を騙す嘘ではないと、何故信じられましょう。

 あの人はとても自由で繋ぎ止められない男、いわゆるアンチェインなので、一応コレも縛ったままの方が良いかもしれません。……素敵な結論が出た。

 

「……クロリストを見つけるまで嫌です。そんな格好をしているあなたを呪ってください。大丈夫、主はあなたをお救いになられます」

「主って誰だよ! こんなことするやつに祝福くれる神なんて居るのか!?」

「クロリストです。つい先日、私の新たな主となっていただきました。クライストと似ていて、なんだか面白いものですよねフフフ」

「お前目が笑ってないぞ!? これ本当にあいつに妙な術かけられただけなんだってば! いいからほどけよぉ!」

「ああ主よ。あなたが逃げやがる所為で哀れな子羊がアワレにも泣き叫びそうです。こんな小娘に泣かされた黒歴史を作らないためにも、どうか顕現を」

「この子供どうかしてるだろぉおおっ! なにやったんだよクロリストの馬鹿はぁっ!!」

 

 実際本気で泣きそうだったウェイバーはしかし、その直後にその場に光が差し込むのを確かに感じた。

 見上げれば、なんか屋敷の天井が光ってる。……光ってて、なんかラーラーって妙な音が鳴ってる。

 やがてその天井から光とともに神々しく現れたその者こそが───!

 

「ハサンが一人───ザイード! 降臨!《ハサァーーーン!!》」

 

 ハサン・サッバーハであった。

 何故か遠坂邸にて魔術結界を潜り抜けた際のポーズで降臨なされた。

 

「サーヴァント・アサシン、召喚により参上仕った。問おう、このハサンめを呼んだのは《ギュルビシィ!!》ンゴアーーーッ!?」

「ハサンさんハサンさん? あなたの正体はクロリストですか? 変装をしているのなら解いてください」

「《しゅるり》ぶはっ……! はぁ、はぁ……! い、いえカレン殿、このハサンにもなにがなにやら……! ただクロリスト殿に提案され、黄金の渦に入ってから思うままに自己紹介しつつ参上する召喚ごっこという遊びを……《メキメキメキメキ》アバーーーッ! 絞まる絞まる喉が喉がァアーーーッ!!」

 

 ともかく。

 昨日に散々根源やらを探られ、過去の清算もされ、親の愛は双方に向けられていたのでこれはいかんと中井出に甘やかされた結果、気づけば無自覚の甘えん坊が誕生していた。母にも父にも甘えられず、神父にも愛を与えられるどころか利用されていた彼女は、味覚も視力も戻してくれた、それこそ神父どもの言う神のような能力を持つ存在に、ようやっと“信頼”というものを置いていた。……だというのに自由すぎる彼を追い、構ってもらえなければ年相応に頬を膨らませる。

 

「こらカレン、家の中で聖骸布を振り回すもんじゃない」

「あ……ナタリア」

「さんをつけろ。ほれ、ご注文の主様だ」

 

 ぺい、と投げられたソレが、ゴドシャアと顔面から床に落ち、「オガガー……」と苦し気に唸った。

 

「やめれ……起源弾はやめれ……!」

「お前が勝手に切嗣に渡したものだろう? 効かないと言っていたそうだが、魔術回路以外にも効果があるとわかって実に結構だ。といっても、一時的にシビレさせる程度の効果しかないらしいが」

「いや、ほんと効かないのよ? ただ切って繋がれるだけだし、この身は57億の希望と絶望と忘却で出来ておるからして、どんだけ撃ったってその価値も在り方も変わりゃあせんのです。ただ57億が故に切られて繋がれるまで時間がかかるわけで、その間だけ痺れる、みたいな感じなの。というわけでカレン! おおカレン! 博光の可愛いカレン! 時間が出来たので遊びましょう! 本日はうぬの話を聞く約束であったからして!」

「……!《ぱああっ……!》」

「……こういう時の反応は、本当に子供らしいのに。あんた、いったいどんな方法でこの娘を元気にさせたんだ? 昨日まではあんなにも冷たい顔をしていたっていうのに」

「伊達に長生きしとりゃあせん。様々な世界、様々な事情により心を閉ざしたお子をこの目で見て、その上で様々な常識を破壊してきた博光ですもの。このくらい余裕じゃよー! 人にはね、自身をブチ壊してまで人を楽しませる覚悟が足らん。ただそれだけだと思うの。そしてこの博光は自身が殴られようが刺されようが骨を折られようが首がボチューンと空を舞おうが、何者かを楽しませたいという願望がある! 楽しいのためならその他一切どうでもよろしい! ……中井出博光です《脱ぎャアアーーーン!!》」

「わかったから脱ぐな」

「押忍。……っとと、おうさ、背中な、乗れ乗れぃ! というわけで、僕カレンと遊んでくるね? さあカレン、何処へ行きましょう。これよりこの博光の時間はあなたの話を聞くためにあるのです」

「弱点である背中を掌握しました。さあクロリスト、今までどこでなにをしていたのかを正直に白状してください」

「あれ? なんかちょっぴりヤンデレ劇場? あ、やめて!? 背中におぶさりながらゴリゴリしないで!? 背中は、背中はまずいの! ていうか指の間になに持ってるの!? ゲゲェ起源弾!?」

 

 背中にカレンを乗せ、ほがらかに笑った彼の表情が、驚愕に染まった瞬間であった。

 ちなみに背中に押し付けられたそれを見るため、彼の首が180度曲がったのは気にしちゃいけない。

 

「ふははははは……俺はなんにも喋らねぇぜ……!? 見た目はこんなにプリチーだが中は……筋金入りさぁああ!!《ゴリリ》あ、うそですごめんなさいマジ痛いので勘弁してください。え、えっとね? 僕ね? さっきまでサックラさんとお話とかしてたの」

「桜と?」

「ウムス。彼女もキミと同じく他人の都合で純潔散らしたって言ったよね? それを思うとほうっておけなかったので」

「男というのは本当にどうしようもないほどクズなのですね。理解しました」

「あの。ソッと祈るポーズ取るのはいいんだけど、なんで僕の顎の下でやるの? いや、おんぶしてるんだからそれはいんだけどね? 祈りを込めた先に起源弾持つのやめない?」

「ていうかおいクロリスト! 僕とかそこのアサシンもいい加減解放するようその子に言ってくれよ!」

「はっはっは、まあよいではないですかウェイバー殿。子供の可愛らしい甘えというものですぞ」

「……まあ、昨日まで死んだ目してた子が無邪気になったってのは、喜ばしいことなのかもしれないけど」

「汚らわしいです男が悦など私に向けないでください汚らわしい」

「やっぱなんか納得できないだろこれぇっ!! ていうか一息で汚らわしい二回言われたぞ!?」

「いけませんぞウェイバー殿、暗殺者たる者、これしきで心を乱すようでは」

「いつから僕は暗殺者になったんだよぉっ!! ~……もうやだこいつら……! 帰りたい……イギリスに帰りたい……!」

 

 変身が解けて、普段の彼に戻ったウェイバーは、即座に聖骸布から解放された。

 こんな目に遭っても、アサシンはお気をつけめされい~などと、出掛ける中井出とカレンを気遣うなど、なんでアサシンやってんのこの人ってくらいやさしかったそうな。

 中井出は中井出で、カレンの提案でお話の時間に桜を誘い、三人で遊ぶことを「おっけーざますー!」と了承。沈んだ者をほっとく馬鹿ではないので、カレンと二人、桜を楽しませることにつくづく尽力した。

 

……。

 

 翌日。

 

「アハーーーッハッハッハッハ! アハーーーッハッハッハッハ!!」

「妹子とツナは~♪」

「な~かよしトゥナイッ♪」

 

 そこに桜が追加された。

 現在、この数日で巨木と化した癒しとマナの樹にブランコを吊るし、そこで足の上と肩に幼女を乗せ、ブランコを漕ぐ馬鹿者ひとり。

 朝食時には英雄王と征服王が目に隈をつけて参上し、食事を終えては再びゲーム。

 時臣は負けたことの報告と、戦争から降りて家族のもとへ帰ります宣言。だって英雄王も桜ももう見向きもしないんですもの。

 しかし聖杯戦争が終わるまでは危険ということで、家族を衛宮邸に連れてくる形で本格的に脱落決定。

 

「綺礼……約束、守ってくれたのね」

「凜……いいや、私はきっと、守れてなどいなかったよ。自分のことで手一杯だった。守ったのはあそこの───あの、ブランコで遊んでいる男だ」

「え? あ───桜」

「凜。間桐の家で、桜はひどい目に遭わされたそうだ。それこそ、表情を失くしてしまうくらいに」

「!? な、なにそれどういうこと!?」

「ただ、そこに間桐雁夜は一切関係ない。それどころか彼は、桜を守るために聖杯戦争に参加した。11年も魔術から離れていた者が、桜のためにその身を破壊するほどの苦痛を乗り越えてまで挑んだのだ。今の桜の笑顔があるのはあの男と間桐雁夜のおかげだ」

「…………」

「桜は、あんな家に自分を送り出した君達家族を許しはしないだろう。時臣師は随分と嫌われていた」

「そんな……」

「彼女の家族は、今となっては間桐雁夜とあの男だけなのかもしれん。迂闊に近寄り、声をかけるのはやめておいたほうがいいと……私は言っておく」

「でもっ、桜はわたしの妹で!」

「妹だった、だ。両親のもとで笑顔で暮らした君に、桜の味わった地獄は理解できんだろうよ」

「……まるで、見たような言い方ね」

「見たとも。味わいもした。時臣師もだ。その上で、時臣師は桜に頭を下げ、それでも許してもらえなかったのだ」

「───!」

「きみはもう、桜の姉ではないのだ。辛いかもしれんが……迂闊に触れてやるべきではない」

 

 凜が桜を見る。

 一人の男の膝の上に座り、一緒にブランコを漕いでいる姿を。

 あんなに笑顔なのに、その目はその男と、男が肩車している少女しか映そうとしなかった。

 

「……なんで、そんなこと言うの?」

「なに。最近になってようやく、家族というものの尊さを知った。一度離れたものは、手元にあったとて遠く離れているものだ。……あの肩の少女はな、私の娘なのだ」

「綺礼の!? 嘘!!」

「私は私事に走るあまり、あれが孤独な時に父と名乗ることさえしなかった。それを今さら父親気取りなど、遅すぎたのだろう。あれは、私には笑ってくれはしなかった」

「………か」

「……凜?」

「そんな程度で諦めるから届かないのよ! ばかっ!! なによ“あれ”って! 娘なら名前呼んであげなさいよ!」

「凜、私は」

「うるさいっ! やっぱりわたし、あんたのこと嫌い! なにかしたつもりになって諦めてるだけじゃない! 家族の絆ってのはそんなヤワなもんじゃないのよ!! ───桜!!」

 

 綺礼に叫び、縁側から靴も履かずに庭へと駆けた。

 目指すは笑顔の妹。

 大丈夫だ、諦めずに何度だって話しかける。

 どんなことがあったのかもわからない私だけど、味わえるならその上で───!

 

「さく《がぼぉんっ!!》きゃああああああああああっ!?」

 

 駆けて進んで7歩目くらいだろうか。

 突然地面が抜けて、浮遊感。

 どしんと落ちた先には土しかなくて、見上げれば───青い空。と、長い穴。

 

「あ、落ちた落ちた! 大丈夫かえーと名前なんだったっけー!?」

「大丈夫じゃないわよ! ちょ……なにこれ落とし穴!? どれだけ掘ったの!?」

「あ、ほらほらそこ! ツナ! ツナー!」

「これをどうしろってのよいらないわよ!!」

「……博光さん、あの人、落ちたのに“おあまあー”って叫ばなかった」

「桜! ───ていうかそれをわたしに叫べと!?」

「うーむ、きっと歳の数だけツナ入れなかったから怒ってるのよ」

「《ハッ!》……クロリスト、それです!」

「それじゃないわよ!」

「ツナが大好き、遠坂凜《パラパラ》」

「祝福あれ《パラパラ》」

「ぶわっ!? ちょ、なに落として……ツナ!? いやほんといらないから! それより助けなさいよ! どうするのよこんな深い穴! やめっ……ちょ、しっとりしてる! やめなさいって言ってんでしょもーーーっ!!」

「………」

「さ、桜? 桜は助けて───」

 

 見上げる。が、そこには自分の知らない妹の冷たい顔があって、繋げる言葉を忘れた。

 

「───馬鹿な人。何も知らずに守られていればよかったのに」

「……、……さく、ら……」

 

 誰? あれは、誰?

 違う、桜は、桜はわたしが声をかければ、いつも───

 

「それはそれとしてツナ《パラパラ》」

「ぶわっ!? ちょっ! いらないっつってんでしょーがぁあっ!!」

 

 ああうんいつもの桜じゃないのは明白だった! 桜はツナなんて姉目掛けて落とさないし!

 

「やめろって言って───はっ!?」

 

 瞬間! 彼女の脳裏には父の言葉がよぎった!

 

(なに凜? 桜がツナを落とすのをやめてくれない? それはいらないと叫ぶからだよ。逆に考えるんだ。ツナまみれになってもいいさと考えるんだ)

「いや誰よ!!」

 

 違う父が現れた! 誰よ! いいわけないでしょツナまみれよ!? って、そうじゃなくて!

 

(凜……遠坂の人間として、心にとどめておきなさい。常に余裕を持って優雅たれ。それが遠坂の人間だ)

「……! お父様……!」

「あなたとツナは~なぁ~かよしトゥナイッ♪《バラバラバラバラ》」

「枕の中は~♪《バラバラ》」

「ツナで~♪《バラバラ》」

『い~ぃぱぁ~いぃ~♪《バラバラバラバラ》』

「無理ぃいいいいいっ!! ツナまみれで優雅ってなによお父様のばかぁあああっ!!」

 

 謂れのない罵倒が父を襲う! 通りすがった彼が、なんかいきなり馬鹿とか言われ、「これが反抗期……!」とorzした。

 

「き、きみたち……もしやその穴に凜が落ちたのかな……?」

「おやパパりん。いやぁそうなんですよぅ。一緒にどうです?」

「おっ……落ちろ、と……? せっかくだが遠慮させてもらおう。……凜、平気か? 今助けよう」

「お父様……!」

 

 時臣が屈み、凜へ手を伸ばす。凜はその手を大事に掴んで、穴の壁に足をついて上る……のだが。

 その過程、ふと見えた桜の顔が、“ほら、やっぱり”と笑んでいたのが……どうしてか、幼心に胸に刺さった。

 

「さ、行こうか凜」

「待ってお父様、桜が───」

 

 躊躇を覚えても、諦めは訪れなかったから、その手を掴まれ歩こうとした父を呼び止めた。

 妹であった少女へ振り返って。

 けれど、少女は薄く笑い、手を振った。

 それで終わりだと言うかのように。

 

「さようなら、遠坂さん」

「───!!」

 

 諦めない筈だった。

 何度もぶつかればきっとと、そう思っていた。

 だって、酷い目に遭ったのなら、家族のもとに戻りたいって思う筈じゃないか。

 なのにどうして?

 自問は出来ても自答は出せなかった。

 自分が子供だからだろうか。

 父なら答えを出せるのだろうか。

 声をかけようとして、歩く父がもう振り返らないことに気づいて、やがて……手を引かれるまま、歩いてしまった。

 自分から離れてしまえば、もう戻れない。

 振り返って、手を振り払って駆けだせば、なんとかなったのだろうか。

 ……ぽろりと涙がこぼれてしまったあとは、もう……そんなこともわからなかった。

 

 

───……。

 

 

 だというのに。

 

「ヤハハハハハハハ!! ィヤッハッハッハッハッハ!! ───絶景!!」

 

 この屋敷に居る限りは嫌でも目に付くわけで。

 妹を奪った怨敵にさえ見えてきた馬鹿者は、別れた少しののちに妹と綺礼の娘とやらをガッツポーズをした肩の片方ずつに乗せ、足を支えながら……なんか剣に乗って空飛んでる! なにあれ!

 

「おぅいザイード殿! ザイード殿ー! どこにいらっしゃるー!?」

「《ザファアア……》む? このハサンが一人、ザイードに何用かな?」

「おお、キミってどっからでも出てきて便利だよね。いやほら、セイバーとランサーが模擬戦始めちゃったじゃない? 傷も呪いもリセット出来るから好きなだけ、って言ったらわりと真剣に戦い出しちゃってさ。他のハサンたちに東側の庭には行かんほうがいいって伝えておいてほしくて」

「なるほどなるほど、そういう事情ならば承った。クロリスト殿もご苦労なさっておりますなぁ」

「あっはっは、僕はこれで楽しんでおるから。そういうザイード殿も」

「いやいやそれほどでも」

 

 ……。

 この屋敷のいたるところには、ハサンとかいうアサシンが居る。サーヴァントとかいうらしい。

 この屋敷に住む人はみんな慣れた調子で付き合ってるみたいだけど、わたしはちょっと。だっていきなり出てくるし。

 ……と、そんな思考を巡らせつつ、遠坂凜は割り当てられた部屋からそんな光景を眺めていた。

 

「ところでクロリスト殿? クロリスト殿は静謐のハサンを個として受肉させたそうですな」

「うす。お蔭でせーちゃんにめっちゃ感謝された」

「せーちゃん、とは?」

「せいひつ、だからせーちゃん。カリヤンはセレネって呼んでるみたい。名づけて、ってお願いされた~って言ってたね」

「なんと!? こ、このザイード以外に名を持つハサンが! ……いやしかし、かのハサンは物静かで、何事にも希望も持てないというかのようなハサンでござった。こうして現界し、心のどこかで求めていたなにかに出会うのも、また聖杯戦争における奇跡なのでしょうなぁ」

「だよね。こげな出会いがなけりゃ、今頃みんな殺し合ってたんだろうし」

「はっはっは、このザイードなど、遠坂邸で死んでおりましたわ。クロリスト殿には感謝しきりですな」

「なにを仰る、この聖杯戦争に百貌のハサンがおらなんだら、こんな状況にはなっておりませんわい」

「そ、そうですかな? やっはっは、照れますなぁ!」

『あっはっはっはっはっは!!』

 

 ……。どうでもいいが、割り当てられただけとはいえ、人の部屋の前で騒がないで欲しい。

 少女はつくづく思ったそうな。そうして溜め息が出た瞬間、どごーんと地震。

 

「おお? セイバー殿が剣を解放したようですな」

「ストライクエアー、とか叫んでたね」

「楽しんでいるようでなにより。あ、ではこのハサン、言伝の任は確かに」

「うす、あとでおやつにリンゴ剥くから、食べに来てってそれも伝えて」

「承知《ボファアア……》」

 

 アサシンが霧になって消えて、クロリストとかいう人は───あ、って感じでわたしに気づくと、

 

「……すごい漢だ。《ムキーン》」

 

 なんでか背中を見せてそう言って、桜ともう一人を肩に乗せたまま、行っちゃった。

 なにがやりたかったんだろう。

 ぽかんとしながら、少し……まずは知る努力から始めようと、少女は決意した。

 桜のことも、聖杯戦争のことも、間桐がなにをしてきたのかも、いろいろ。

 そんなわけで少女は決意し、父に教えを乞うために駆け、父を大層困らせたらしい。

 「ああうん、桜のことを知ろうとするのはいいことだね、凜。だがね、あのサーヴァントらを知ろうとするのはどうかなぁああ……?」と、遠坂時臣氏の顔は大層引きつっておったそうな。

 

 

───……。

 

 

 ───二槍が風を切る。

 必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)と名付けられたそれらは、持ち主であるディルムッド・オディナの手の内で向きを変え重きを移し、戦況に応じて敵であるセイバーの行動の悉くに対応してみせている。

 両手で振るう騎士王の一撃を片手の槍のみで受けるなど無謀。

 見る者すべてがそう思うだろうに、この男は受けるのではなく逸らしてみせ、最小の力で剣の軌跡をいなしては、もう片方の槍で反撃の点を描く。

 弧に対して点。

 打突武器の利点とはそのリーチの長さと、風等の抵抗をさほど受けないことにあるだろう。

 達人同士の剛撃や速撃などを前には、多少の風圧といえど致命的な差を生むものだろう。

 当然、弧にも適しており、英霊の馬鹿力で振るわれた槍など、肉は断てずとも骨のひとつは容易く砕くであろう。

 

「……見事だランサー。こうも逸らされ、即座に反撃されるとは」

「かの騎士王の賛辞、素直に受け取ろう。だがお前とてこの程度ではあるまい」

「当然だ。いつかの続き、完全決着とはいかぬだろうが───」

「いつかの……? ……そうか。お前はこのディルムッドと得物を合わすことが初めてではないのか。なるほど、その見切りの早さも道理というものか」

「いささか反則気味ではあるが、その宝具の効果も知っている」

「構わん。知られたとて、肉迫し、斬り結び、当てるその時を切り拓けば済むだけのこと」

「それを許すと思うか?」

「さてな。だが……試す価値がないと言い切らせるつもりはない───!」

 

 疾駆───否、駆けるというより真正面へ超低空の跳躍。

 己自身を弾丸とし、その速度を乗せた最速の点を一閃。

 それを弧にて弾き、間隙を穿つ更なる最速を横への跳躍にて躱す。

 その動作に合わせて地を踏んだ足が反動を足から肩へと運び、右手に持つ槍がヒョンと回転、掴み、握り締める力と、肩から腕へ運ばれる反動が速度と化し、避けた騎士王を追った。

 

「しっ───!」

 

 迫るこれを剣を包む風を弾かせることで壁とし、剣で滑らせいなすことで捌く。

 追撃は相手と同様、着地と同時に反動を力として左の一撃を弾き、素早く弧を連ねることで防御させ、距離を取らせる。

 連撃を二槍にて捌き切ったランサーは、トトンと軽く下がりながら槍を回転させ、フッと笑ってみせる。

 セイバーもまた笑みを浮かべ、双方、身を屈めるや疾駆。

 秒とかからず激突し、弧を、点を連ねてゆく。

 舞と言うには激しく、だが美しいと感じるその攻防は、散る火花も相まって、見る者に時間を忘れさせた。

 王に言われた通り、縁側の傍に立ち、その仕合を見守るランスロットも、見事なものだと頷いていた。

 互いが互いを狙っているというのに、まるで武器同士を狙っているかのような攻防。

 鳴り響くのは得物同士がぶつかり合う音ばかりで、それが休むことなく呆れる速度で繰り返されると、こうも小気味よいものか。

 でたらめな速さ、でたらめな力。

 普通に生きていたのでは見られないような光景を目にし、耳にし、やってきたマスターたちは皆が皆、言葉を放たず見守っていた。

 

……。

 

 その一方。

 

「………」

「………」

 

 ヒロライン、ネコット農場内の釣り堀にて。

 

「……釣れん。釣れんなぁ……おぅい英雄王! 貴様は釣れたかー!」

「黙れ征服王。何度訊く気だ」

「しかしなぁ、時には座して待つのも、と坊主に語った余ではあるが、こうも暇ではなぁ」

「先を譲ってやったジャンプはどうした」

「途中からではつまらんではないか。戦っている者もおったが、こんな細身で筋肉もない男が力で相手を圧倒など、心躍る以前に説得力がなかろうが。それともなんだ? この男は魔術師の類か? ならば余も考えを改めるのもこう、やぶさかではないが」

「フン、これだから理解の足りん雑種……ああいや、理解の足りん……あー、なんだ、…………蛮勇?」

「話が進まん、それで良いから続けろ」

「当然だな。……いいか征服王。それらはな、“そういうものだ”と理解してからが真価を発揮するものなのだ。これはいかんと理解の幅を狭めていては、征服王よ。一生かかったとてそれらの娯楽を理解するには足りんだろうよ」

「ふぅむ……まあ、一理あるのだろうがなぁ。しかしくだらん理由で争っているものだな。小さい! 小さいわ! だがこの巨漢の男は良い志でなによりだ。だがちぃと情けないのぉ、女と目が合った程度で戦えなくなるとは。もうちょっとなんとかならんかなぁ」

「……いいから黙って読めんのか、貴様は……」

 

 ゲームでの決着は結局引き分け。

 ならば釣りだと立ち上がってみれば、二人から無駄に溢れる覇気とかなんかそいうものを敏感に感じた魚は、釣り針に寄ってなどこないわけで。

 ギルガメッシュはその辺を弁え、霊体化をする要領で抑えてみているのだが、ともかくヤツがやかましく、そして存在感が大きすぎる。

 隠密行動にはとことん向いてないな、とひとりごちるという、とても珍しい英雄王がここに居た。

 これでも丸くなったのである。人を雑種と言うのも控えているらしいし。

 

「……うん? なぁ英雄王。あそこにおるのは───」

「だから静かにしろと……あ?」

 

 ずい、とふっとい腕と指が動かされ、指差された場を見てみる。

 と、綺麗な景色の奥、果実が実っている木々の間をゆっくりと歩く一組。

 

「ありゃあバーサーカーのマスターか?」

「……の、ようだな。静謐、と呼ばれているハサンも居るな」

 

 穏やかに歩き、時に語らい、楽しそうにしている。

 見るからに口数が少なそうで、喋ったとしてもひそひそぼそぼそが精々だろうな、という様相そのままのハサンが、表情豊かに笑み、口で伝える表現力の足りなさを、ぱたぱたと身振り手振りを加えて話している。

 対する雁夜は、憑き物でも落ちたかのように笑い、そんなハサンの表現を受け止めていた。

 

「英霊と人の恋路か。むはははは、受肉してしまえばそういうのもアリか!」

「……友と認めた者の欠片が、くだらん人間に一時を狂わされているのであれば、引き離してくれてやるところだが───」

「あぁやめとけやめとけ、そりゃお前無粋ってもんだろう。貴様も言っていたではないか、可能性を潰してしまうのは勿体ない」

「……フン」

「しかし果実がああも実っておると、余も欲しくなるというもの。どぉれ、ヒロミツにゃあ無断ではあるが、いくつか征服させてもらうとしようか」

「やめておけ。農場に入る前、立て札に無断で食事するべからずと書いてあったろうが」

「はぁん……? 貴様のことだから、世にある全ては例外なく我のもの、くらい言うと思ったが」

「当然だな。が、ここは例外中の例外と言えるだろう。ここがクロリストの中の世界というのならば、入った我らはただの客。無作法にもそれを侵しては我の品格が疑われる」

「なるほどな。確かに、自ら場を用意してくれと頼んでおいて、中に入れば侵略するのは征服王の所業にあらずか。だが英雄王? 許可を得れば問題なかろう? ふははははは!!」

「……好きにしろ。我はもう知らん」

 

 それから、征服王が中井出を呼び、代わりにこの農場を管理する何匹かの一匹、二足歩行の猫がやってきて、事情を聞く。

 するとどうでしょう、猫はこの農場で実る物すべては、今まで食べた人の想いが詰まっているから、片手間で食べるのはどうかやめてほしいと言う。

 

「ほお……そりゃあれか? この世界の臣民が汗水たらして作ったからという意味か?」

 

 訊いてみるも、それだけじゃないと。

 猫が喋ることにはとっくに疑問を抱かないあたりは慣れたものであるが、ならばと一つだけ。

 そっと渡された梨を受け取り、きょとんと猫を見た。食べろ、というのか? と訊けば頷いた。

 一考。しかし臣民の努力の結晶というのならば、味わうとしよう。

 頷き、その大きな口でシャクっと噛む。

 ちらりとそれを見た英雄王は、突如として体を硬直させ、次第に脱力した、というのが傍から見てもわかるほどの反応を見せた征服王に溜め息を吐いた。また大袈裟な、と言わんばかりだ。

 しかしその顔を見るや、さすがにぎょっとした。

 呆然とした表情で、どことも取れぬ場を見つめながら、あの豪快さんが涙をこぼしているのだ。

 

「……、……臣、民の…………おぉお…………そうか……。臣民の想いか……」

 

 口からこぼれた言葉はそれ。

 次いで、口に残る果肉を大事に大事に食み、やがて嚥下する。

 

「育んだ者の想い、栄養を運ぶ木々の心、食すことで次に繋げる者の願い。なるほど……こりゃあ、もったいなくて幾つも食えん」

 

 声が聞こえたのだ。

 口にして、瞬きを───目を一瞬だろうと閉じた途端、胸に届いた。

 

  次にこれを食べる人が、もっと笑顔になれますように

 

 これは“そういうもの”なのだろう。

 美味いと感じれば、次に食べた時にはもっと美味くなる。

 それを受け止めたからこそ、彼は泣いた。

 今までこれを食べた者の想いが、笑顔が、嬉しいという感情が、そこに詰まっていたから。

 時にして57億。いや、それ以上かもしれないが、それほどまでに長い時間を大事に食べられたそれは、もはや味の一つが宝のレベルだ。

 

「………」

 

 もし次に王の軍勢を解放する時は、一層にその実行にも想いと力が入りそうだ。

 やさしく笑いながら、残りもじっくり味わって食べた。

 一方で、同じように渡された英雄王は、その実態を知らないために、我もああなるのか? といささか躊躇をしていた。

 しかし競っていた相手が騒ぎ、そのために用意されたものだ。一口も食べぬのであれば、それこそ品格が。

 ええい全てあのやかましい征服王の所為だ。我は静かに釣りが出来ればよかったものを。

 舌打ちしそうになってそれを止めて、苛立ちを梨にぶつけるように食んだ。

 

「───」

 

 泣いた。

 誰かに持て成されることは幾度とあろうと、食べ物自体に持て成される日が来るとは思いもしなかった。

 一口一口に想いが詰まっており、なるほど、あのやかましい王が黙り、食すわけだと思う時間さえもったいなく感じ、涙を拭うこともなく食べる。

 もはや涙は恥ではないのだと。

 男ならば泣いて、本当の男になるのだと。

 泣くごとに知る物が増えると、彼はなるほどとますますハサンを見直した。

 勘違いが加速していくが、本人はとても満足そうなので、それはそれでいいのかもしれない。

 

……。

 

 で。

 

「馬鹿じゃなかと!?」

 

 現実世界、衛宮邸の庭にて。もとい、崩壊した衛宮邸の庭にて。

 

「ヒートアップしたとはいえ聖剣解放してブッパする馬鹿がどこにおると!? 勢いで毎度庭破壊してちゃどこもこもなかろうモン!? アタ自分がなんしょっとかわかっとーと!? はらくしゃあ!!」

「す、すいませんヒロミツ……」

「いえ主、あれはこのディルムッドが───」

 

 騎士王と輝く貌の人、破壊した庭の傍で正座をさせられ叱られるの図。

 同じく参加していたランスロットは、エクスカリバーの余波をくらってノビていた。

 

「ディルちゃん!」

「は、はっ!」

「キミもやたらめったらにゲイ・ジャルグ振り回さないの! それ魔力効果だけじゃなく、マナにも影響でるから! 槍が触れてる間だけとはいえ、それで樹が傷つけられたら治りが遅くなるの!」

「はっ……失礼を……!」

「大体模擬だってのになんでホンモノ持って戦ってるのもう! 木剣とか欲しければ創るから、それならそう言いなさいよもう!」

「でも博光さん、見ててもそれを指摘しなかった」

「そうですよクロリスト、それは後出しじゃんけんレベルで卑劣です」

 

 説教をする中井出の肩の上、未だそこに乗っている二人の子供が実にその通りなことを口にする。

 

「いや……それはきみアレだよ? どこぞの王様と騎士が、人様の領土で宝具ブッパするとか普通考えないじゃん?」

「言いつくろいましたねクロリスト」

「外道ですけぇ!」

「……悔しいですが、ヒロミツの言うことももっともです。許可されていたとはいえ、エクスカリバーはやりすぎでした」

「あ、でも宝具使ったってことはそれだけ追い詰められたってことか」

「むぐっ……ええそうです。今回は私の負けです」

「そか。おめでとう、ディルムッド」

「主……!《ぱああ……!》……ありがたき賛辞……! ……いえ、まあ、聖剣が輝いた時は、完全決着とはいかぬだろうがという言葉が霞んだものですが」

「……アルちゃん……負けず嫌いが過ぎますぞ……」

「す、すみません、ヒロミツ、ランサー……」

 

 言っているうちにゴワゴワと庭は直されてゆく。

 訊けば、修復魔法とかそういうものらしい。え? 魔法? と問うてみても、うむ魔法と普通に返された。

 で、気づけば元通り。

 

「よっしゃ、じゃあおやつタイムにしようか。んー……英雄王も征服王も今は釣りを中断してるみたいだし、引きずり出してお茶にしよう!」

「賛成ですヒロミツ。茶菓子はなんですか?」

「キミ食う事しか頭にないの!?」

 

 本日もまた、衛宮邸は賑やかであった。

 一緒に引きずり出された静謐のハサン……セレネが少々頬を膨らませて拗ねていたが、訊いてもプイスとそっぽ向かれたらしい。

 

……。

 

 そんなわけでリンゴである。

 ネコット農場で大事に大事に育まれてきたリンゴ。

 その説明を受けると、既に梨を食した英雄王と征服王の目がとてもとてぇも輝いた。

 さすがに人数が多いので、いくつかのグループに分けてのリンゴ。

 英雄王と征服王とハサンとで分けられたこのテーブルでは、早くもリンゴ争奪戦が繰り広げられていた。

 

「征服王? それは我が狙っていたリンゴだ」

「ほほう? ならばこの、余の爪楊枝を邪魔立てする貴様の爪楊枝。最果ての海(オケアノス)を目指した時のように蹂躙して制覇するのも厭わんが」

 

 争う二人は、これはこれで楽しそうである。

 一方で一緒のグループになったハサンは、はっはっは、元気なものですなぁと思いつつ、その味に感動し、あ、もう一つ……と爪楊枝を伸ばした。

 王二人を出し抜き食す果実はきっと禁断の果実であろう。いや、美味しさ的な意味で。

 そんな想いも手伝い、つい口から言葉がこぼれるのも仕方のないことだ。

 

「……他愛ない《ぶすぅっ!》ぐぁっ!? っ……がぁああっ!!」

 

 しかしその手の甲に、別の爪楊枝が突き刺さる。

 まるで遠坂邸の焼き増しのようで、似たような悲鳴が喉の奥から漏れた。

 

「ハサンよ。貴様……我が友とはいえ、誰の許しを得て果実を狙う?」

 

 英雄王の爪楊枝であった。

 爪楊枝の替えがあるとはいえ、あんまりである。

 

「この果実が欲しくば、余と英雄王、我らに勝ってから奪うがよかろう。こそこそと奪うような卑劣さを見過ごすと思うなよ? ぬぁあっはっはっはっは!!」

「っ……!」

 

 えぇええ……!? 剥かれたリンゴはまだまだあるのだから、仲良く分ければよくない……!? ハサンが一人、ザイードは本気でそう思い、他のグループへと視線を移す。

 と、他のハサンが物凄い速度で目を逸らした。同じハサンなのにこの扱い!

 あぁああ見える! リンゴのことごとくが王らに貪り食される結末が見えまする! アサシンに人権なし! こんな酷い世界に誰がしたーーーっ!

 

「あ、ザイちゃんザイちゃんこっちこっち」

「はっ……クロリスト殿ォーーーッ!!《ぶわわっ!》」

 

 地獄に仏とはまさにこの事!

 ザイードはシュババと埃を立てぬよう立ち上がると、素早く中井出が手招きするグループへと滑り込んだ。

 

「英雄王と征服王のグループじゃ大変だったっしょー」

「いやはやまいったものです、悪い御仁らではないのですがなぁ、はははは」

「だよねー、というわけでタスケテクラサイ《メキメキメキメキ》」

「クロリスト殿ォーーーッ!?」

 

 辿り着いた先では、中井出がカレンの聖骸布でメキメキ締めあげられていた。

 胡坐をかいた足の上には桜。そして、そんな桜を振り向かせようと躍起になる凜と、邪魔なのでどかしてくださいとばかりに無言で中井出を締め上げるカレン。

 

「ちょっと桜! こっちくらい見なさいよ!」

「嫌。ツナ臭い」

「お風呂にならちゃんと入ったって言ってるでしょー!?」

「い、いけませんぞぉ娘方、自己の怒りに他者を巻き込むなど優雅とは言えませぬ。なにも子である内から完璧になれとは申しませぬが、淑女としての教育を少しでも得ていたのであれば───」

「優雅……」

「そ、そう! そうですぞ凜殿!」

「淑女……」

「その通りです桜殿!」

「………」

「《メキメキメキメキ》グアッ! ゴゲッ! アベシャリッ……! ゲリッ……!」

「カレン殿ちょっとカレン殿ォーーーッ!! ストップストップたんまですぞぉーーーっ!?」

「愛や教育など受け取ってこなかった私には関係がありませんので」

「いえいえいえ! そうだとしても今はおやつの時間でございましょう! せっかく剥いてくれたというのにもったいのないことですぞ?」

「む……一理あります。ではクロリスト、先ほどのように食べさせてください」

「…………《チーーーン……》」

「クロリスト殿? …………クロリスト殿ォーーーッ!!」

 

 中井出は風になった。

 ヂェーンに首絞められたまま放置された梁師範のように、ぐったりしたまま伸びていた。

 しかしまあ概ね賑やか。

 ただリンゴを食べるだけだというのに、そのリンゴの美味さたるや、まるで自身の奥底に眠っていた食への歓喜が覚醒したようではないか。

 ……どう言い繕っても、提供した本人は気絶しているわけだが。

 こういった一日が最近では毎日続き、戦争ってなんだったんだろうなぁ……としみじみ思うのは遠坂時臣だけだったりした。

 しかし料理も美味しいし癒しやマナへの興味も尽きず、魔術を行使しても魔力があっという間に回復するこの衛宮邸は、もうなんというか本当に魔術師としての理想郷めいた場所であった。

 なので出て行くとも言えない。妻もなんかアインツベルンと仲良くなっちゃったし。

 しかし桜に拒絶されたことは、やはりこたえたようだった。

 

 

 




◆ネタ曝しです。

*SHIT───エス・エイチ・アイ・ティー
 ジョジョ4部より、エコーズAct3。
 最初の風圧が出るほどの移動速度がいつでも使えたら、相手を翻弄することなら誰にも負けないスタンドだったと思うの。
 円の動きをするだけでサイクロンとか作れそう。

*アンチェイン
 繋ぎ止められない男。バキより、ビスケット・オリバ。
 ドイルさん、ほんとどうなったんだろ。

*ラーラー妙な音が鳴っている
 フジリュー封神演義の趙公明。
 濃ゆいけど良い性格しておりました。

*アバーーーッ!
 ニンジャスレイヤーより、悲鳴の一種。
 不思議な悲鳴が多い。個人的にはグワーを推したい。

*俺はなんにも喋らねぇぜ……?
 プリチーだかどうかは関係ないけど筋金入りのロシア猫
 映画、キャッツ&ドッグスより、ロシア猫。
 島田敏さん吹き替えの声が好きです。
 「あっ!? 犬だっ! くらえぇえっ……ヘァアッ!!」

*妹子とツナ
 仲良しらしい。枕の中はツナでいっぱいなんだそうな。
 ギャグマンガ日和より。
 ちなみに歳の数だけ用意するのはツナではなく竹槍の方。

*逆に考えるんだ
 ジョースター卿っていいキャラしてると思うの。
 ジョジョ一部より、ジョージ・ジョースター。

*ヤハハハハハハ!
 ONEPIEACEより、神エネル。
 漫画ではヤハハ、アニメではィヤッハッハッハッハって言っているように聞こえる。

*馬鹿じゃなかと!?
 ケロロ軍曹より。夏美の誕生日サプライズ回のアレ。
 アニメでは言ってくれなかったのが大変惜しまれる。
 バレたらどこもこもなかろうモン!? アタ自分がなんしょっとかわかっとーと!? はらくしゃあ!

*タスケテクラサイ
 ホテルケイヨー422号室の外国人宿泊客。
 漂流教室より。

*グアッ……ゴゲッ……アベシャリッ……ゲリッ……
 湘南純愛組より。
 首を絞められた際にどうぞ。

*染師範
 ジャングルの王者ターちゃんより。
 勁や氣の波動を操る憲法……もとい拳法の達人さん。ボケ、ツッコミどっちもござれ、いいキャラです。




◆あとがき
 よぅし! ……仕事時間まで寝よう。
 すぐ起きることになるだろうけどちょっとだろうと睡眠って大事。
 ではでは。
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