黒い部屋。
椅子も、机も、本も、本棚も、壁も、床も、全てが黒い。
世界を行き来する度に、部屋の色は白と黒を繰り返す。もう、何度目の黒だろうかも覚えていない。
「暇」
部屋の主、自分を《死神》と名乗る青年は静かに呟いた。
「あ...。そうだ、確か...この辺に〜......」
青年は、本棚を探り一冊の本を取り出す。背表紙も、表紙も黒で染まった少し厚めの本。この本棚に納められている物は全て異なる世界の記録。頭では覚えていられない記憶を、本という形に変えて保存しているのである。
数日しかいなかった世界。数分しかいなかった世界。十年いた世界。百年いた世界。千年存在し続けた世界。そのどれもが、本の形となって本棚に納められている。
青年が手にしたのは、ざっと二百年程前に立ち寄った世界の本。青年が《死神》のルールを護らなかった世界。
「あー、そうだった。これは終息させないと...」
これは、青年の記憶と記録の物語。
◇
さて......ここは、何処だ?
見慣れ無い風景に建築物。行き交う人々の中に、俗に言う『普段着』を身に着けている者はいない。マントにトンガリ帽子。その殆どが黒。中には、暗い緑や暗い紫色が見受けられるが、光の無い場所ではやはり黒に見える。
さて、先程から周りの輩達がコチラをちらりと観察してくるのだが、この格好に何か不満でもあるのだろうか?
......ん?
はて? 俺の手はこんなに小さかっただろうか。いや、手だけではない。俺自体が小さくなっているのか。
俺の思考を邪魔するかのように、何か大きな物がぶつかる。小さい体は見た目以上に軽いらしく、踏ん張ったつもりだったが簡単に弾き飛ばされた。
「おお、すまんかったの」
「前ばかりではなく、下にも注意して歩くことだな。いつか痛い目に合うぞ」
ぶつかったのは物ではなく人間だった。それも、大きな老人だ。俺が注意するように言い聞かせると、周りの輩達がざわつきだした。人を軽蔑するような、珍しい物を見るような、そんな視線がうっとおしく感じる。
老人が差し出した手を借りず一人で立ち上がると、その視線は更に集中した。
「名前は何と言う?」
「まだ無い、と言った方が分かり易いか? だが、お前の長ったらしい名前は知っているぞ」
「...なら、儂について来なさい」
なにが“なら”なのか分からないが、このまま周囲からの視線を浴び続けるつもりも毛頭なかった為、助かったと素直に喜んだ。
大きな老人が進むと、ごった返していた人の群れが別れて道を作り出す。俺もその後に続いた。
やがて人気の無い住宅街にやって来ると、老人は歩きながら口を開いた。
「お主...何者じゃ?」
俺は只、「死神」とだけ答えた。それに対して老人は、俺が異世界の住人であると見抜く。
更に足は進み、一軒のドアをくぐった。
中には誰もおらず、埃と蜘蛛の巣に塗れたテーブルに誘われる。老人は軽く埃を払い落とし、汚れてしまうのも気にせずそこに座った。俺も同じようにして腰を降ろす。
「さて...」と、口火を切ったのは老人のほうだった。
「お主は、異なる世界の住人で間違い無いかの?」
「厳密には違うが、まあそんなところだ」
「と言うと?」
「異なる世界と異なる世界の境の向こう側...つまり、狭間だな。俺は、そこの住人なんだ」
老人の質問にはなるべく答えるようにした。まあ、秘密事項も多々あるが、老人はそれに引っ掛からないような質問ばかりする。時折、意地の悪い子供のような顔をして、カマを掛けようとしたりもした。
このジジイ...。予想以上に喰えない男だ。
老人の質問の中には、俺が答えられないものもあった。
それは秘密事項という訳ではなく、俺にも分からない事だったのだ。
“何故、この世界に訪れたのか”。
分からない。覚えていないのだ。白い部屋にいたのは覚えているんたが...。
「そんな事より、問題は今後だな。この世界に来たからには、何かやらねばならん事があるんだろうし。只、留まれる場所も無いし、金も無いしな...」
「ならば、儂の処に来るといいじゃろう」
「はあ? 俺に魔法使いになれってのか。生徒としてか? 先生としてか? 言っておくが、俺は《スリザリン》にも《グリフィンドール》にも《レイブンクロー》にも《ハッフルパフ》にも入るつもりはないからな」
老人は「そうだろうな」と笑った。長い髭を撫でながら、悪戯を思いついた子供のような表情で加えて言葉を紡ぐ。
「......じゃが、ホグワーツに入れば住まう場所も食事もある。その代わり金は掛からん。条件さえ飲んでくれれば、お前さんの教材費などは工面してやれんでもない。勿論、どの寮にも属さんで済むように取り計らってやれるじゃろう。どうかね...?」
「......条件は?」
「儂の『孫』になるのじゃ」
............は?