出会った老人の『孫』としての生活が始まって数週間。
ホグワーツ魔法魔術学校の入学の為、ダイアゴン横丁に訪れていた。
ああ、そうだった。老人の名前は、アルバス・パーシバル・ウルフリック・ブライアン・ダンブルドア。俺が入学する事になったホグワーツの校長である。因みに、彼の意向により「爺様」と呼ぶようにしている。
その“爺様”から教材費用には充分過ぎる金を受け取り、横丁を散策している途中だ。目的地は三つ。
一つは、衣服店。入学するにあたって、制服の着用は避けられない。俺の体はだいぶ縮んでいるらしく、それを知るいい機会だと思ったのも事実だ。
一つは、動物店。魔法使いの者は、一人に一匹のパートナーとなる動物が必要らしい。猫、ネズミ、フクロウ、蛙などがポピュラーだ。
一つは、杖専門店。杖無しでも困りはしないが、折角魔法使いの為の学校に入学するのだから、杖くらいはこだわりたいと思っていた。まあ、この世界に俺だけの杖があるのかどうかは不明だが...。
「“マダム・マルキン”......ここだな」
まずは衣服店。制服を仕立てている間に、杖をじっくり選べる時間が出来る。
店内に入ると「いらっしゃいませ」の声と共に、全身藤色の衣装に身を包んだ女店主が姿を見せた。彼女がマダム・マルキンなのだろう。マダムは俺の姿を見るなり高い声を上げて駆け寄って来た。
「まあまあまあまあ...! ホグワーツの新入生ですか!? なんて白い肌!白い髪!そして、なんて黒い瞳...! ああっ、腕が鳴りますわっ!!」
「いや、普通の制服でいいんだが......って、聞いてないな」
「ええ、ええ、ええ、ええ...! 勿論、お代は戴きますよ。でも、格安にしておきますわ!」
マダムのテンションはヒートアップし、巻尺やまち針やローブ用の生地までもが宙に浮き、まるで舞っているようだった。
出来上がった物は爺様の処へ送ってもらうように注文し、自分の身長が150cm以下だったことにショックを受けつつも、次の目的地へと足を運ぶことにした。
そうだな...。次は、オリバンダーの店に行くとしよう。
休日でもないというのに、ダイアゴン横丁は人で埋め尽くされている。小さな体では不自由で仕方が無い。
舌打ちの後、指を振るう。
ほんの少しだけ《死神》の力を使うと、目の前で邪魔をする人間達が自然と避けて行く。オリバンダーの店まで道なりにそれが続いていた。本人達も、周りの人間達も気付かない。いや、気付けない。
「まったく...いい能力だよ」
人混みを掻き分けることもなく、すんなりと目的地に辿り着いた。
「失礼。邪魔をするぞ」
「いらっしゃいませ。どんな杖をお探しで?」
「俺に合う杖を...」
店主のオリバンダーは、話の途中で姿を消す。視界に映らない場所に山積みにされた箱の中から、一つを選び出し持ち手を俺に向けて差し出した。
芯にドラゴンの琴線。
材木は白樺。
杖の性格は冷やかな程に冷静。
その杖を手にしてみると、店内の灯りが点滅を繰り返す。俺とは相性が悪いらしい。オリバンダーは「違うな」と、別の杖を差し出した。
今度のは、不死鳥の羽の芯。
材木は樫。
杖の性格は頑固。
手に取るまでもなく、これは違う。差し出された瞬間に、火花が飛び散った。またもや、オリバンダーは別の杖を差し出す。
次はユニコーンの毛の芯。
材木は檜。
杖の性格は生真面目。
おお? 全く違う手応え。......だが、これでもないな。
「ふむ...。実に難しい」
「見つかりそうか?」
「勿論。ピッタリの物を見つけてみせます」
「最後のユニコーンが芯になってるのは実にいい。ただ、何かが違う......いや、足りないのか...?」
俺の意見に反応し、奥へと引っ込んだオリバンダーが持って来た物は、銀色の杖だった。所々に飾り細工が施してあり、影が差すと銀と黒が混ざり合って細工の部分が浮き上がって見える作りになっている。外見は気に入った。やや細めのシルエットがまたいい。だが、この美し過ぎる銀色は何だ...?
「芯にはユニコーンの毛。材木は桜。そしてユニコーンの血」
「ユニコーンの血!? おいおい...。なんでそんな物が仕込まれているんだ」
「まあ、物は試しだ。手に取ってみなさい。その杖の性格は、気まぐれ」
オリバンダーから差し出された銀色の杖を握る。
ああ。これだ。全身の毛が逆立ち、全身の血が体中を駆け巡り、決して嫌ではない強く優しい風が巻き起こった。
「......店主、これは誰から譲り受けた物だ?」
俺の脳裏に、ある事が浮かんだ。それを確かめるべく、オリバンダーにこの杖の出処を尋ねる。オリバンダー本人も驚いた様子で、俺の手の中にある杖を見つめたまま硬直していた。「おい」と少し強めに呼び掛けると、肩をビクッと震わせて俺からの問いに答えた。
「この杖は、今から五十年程前に店に訪れた人物が置いて行った物なのです。それがどんな人物だったのか、男だったのか、女だったのかも覚えていません。まるで、その人物の記憶だけ抜け落ちてしまったかのように......」
「...そうか。よし、店主。これはいくらになる?」
「いえいえいえ...! このような代物を売るわけには...!!」
「じゃあ、この杖を俺に譲ってくれ。勿論、この杖の出処は絶対に言わない。なんなら《破れぬ誓い》を掛けようか?」
「と、とんでもない! そこまで言うのならば、この杖は貴方に差し上げますよ!」
おお。言ってみるもんだな。一つ得した。
早速手に入れた杖を懐に納め、店主オリバンダーに会釈した後、俺は店を出た。
オリバンダーの店を出て、次に向かったのは動物店。
杖程にこだわりなんてモノは無いが、どうせ傍に置くなら自分の目で見て選びたいと思った。ただ、フクロウにする気は無い。特に理由は無いが、あえて挙げるなら“いつも傍らにいるわけではないから”...だろうか。
近くにあった動物ペット店に足を踏み入れる。
見たところ客は俺だけのようだ。店主の姿は無い。だが、奥で物音がする。...店主だろうか?
「失礼。誰かいるか」
やや強めに声を出す。
奥の物音が慌ただしく鳴り、同じように慌ただしい足音の後、この店の店主らしき男が目の前に立った。
ぽっちゃりした体つきに、無精髭。服のあちこちに動物の毛がくっついている。
「へぃ、いらっしゃやせい。すいやせんねぇ...ウチは、他の店とは違って爬虫類、両生類を専門としていやして。餌用のネズミならいるんでやすが、それ以外の猫やネズミを希望されてるんでやしたら......」
「いや、参考程度に廻らせてもらっているだけだ。店主の一押しの動物を見せてくれ」
「え、いや...へぇ。少々お待ちを...」
店主は再び奥へと引っ込んだ。すぐに、重そうな何かを引きずる音がしたかと思うと、離れた場所から「お客さぁん!」と呼び掛けられた。
「すいやせんが、こちらへ来て下せぇ! オレにはそこまで『コイツ』を連れて行けそうに無ぇです」
「...わかった」
体格の割りに力が無いのか、それとも、それ程までに重い動物なのか...。期待していないと言えば嘘になる。
俺は、店主の言う『コイツ』とやらが見たい一心で足早に動いた。
そこにあったのは、人の背丈程の大きな檻。中には不思議な色の鱗に覆われた大蛇がいた。思わず「おお...っ」と声が漏れる。
「見た目の美しさで選んだんでさぁ! でも、コイツ...餌を喰ってくれねぇんですよ」
「そりゃあ、そうだろうな。コイツは肉を糧としていない。コイツが喰うのは“魔力”だ」
自慢と不安でコロコロ表情を変える店主に、真相を告げる。店主は驚いた様子で「大変だ」と顔を青くしていたが、怖がるような事は無い。これがフクロウや猫だったら大変だっただろうが、蛇だったから良かった。
蛇は大喰らいのイメージがあるが、餌の捕食は少なくとも月に一度。平均でも年間に二十回程しか捕食を行わない。それに、これだけ大きな蛇となると“拒食期間”というものが四ヶ月~五ヶ月程続く。要は、この世界の魔力とは違う能力が強過ぎる俺にとって、絶好のパートナーだという事だ。
「店主、この蛇を貰いたい。...いくらだ?」
「へっ!? お客さん、コイツでいいんですかぃ?」
「ああ。それに、このままここにいたら他の魔法使い達の魔力を勝手に喰らってしまうぞ。まあ...無理に、とは言わないが」
「いやいやいやいや...! 本当は大金で売ろうと考えてたんでやすが、お客さんにならその半分......いや、三分の一の値段で結構だ!」
「......いいのか?」
この店主は、この蛇の価値が分かっていないらしい。本来ならば今の値段の十倍~二十倍でも安いだろうに。まあ、得したことに変わりはない。喜んでその値段を支払った。
さて、教材の殆どはお下がりでいいとして、あとは俺の趣味に使う物だな。鍋と、フラスコと、スポイトと、簡易発火装置。それらで調合する薬草や薬品の数々...。
それに、薬草学の書籍を数冊。
思わず胸を踊らせ、意気揚々と横丁の中を進むのだった。