12月31日。
世間がニューイヤー・イベントで盛り上がる中、寮生でない俺はホグワーツ城の中にある『必要の部屋』を自己流に改造した自室に引き篭もっていた。
最近交流していた数名は遅れてクリスマス休暇を取り不在。リーマスには数回分の脱狼剤を手渡し済みだ。
リズも冬眠中。
無論、クリスマス休暇の間は授業も無い。
つまるところ、暇が出来たのだ。
これで、兼ねてより思っていた実験が出来る。
俺の手元には、光の加減で色彩が変化する
煮込んでみても煮崩れる事もなく。
火に掛けても焦げ目すら付かず。
天日に干しても干乾びる気配すらない。
魔法も試してみたが、大した結果には到らなかった。いや、逆にこれは凄い事なのではないだろうか。これを防具として活用出来ないか?と思い付くのに時間は掛からなかった。
まず取り掛かったのは抜け殻の強化。あまり意味は無いと思われたが、備えあればなんとやらだ。
次は形状変化。抜け殻を直径1mm以下の細い糸状に五本。それを編み込み、一本にする。不思議とすんなり変化したのが気にはなるが、あとはこれを編んでいくだけだ。
あらかじめ用意していた編み棒を魔法をかけて動くようにすれば、あっという間に一枚のローブが出来上がった。
「美しいな......」
思わず呟きが洩れてしまう程の美しさだった。
極端に細くした為か、透けた状態を保っており他の布地と重ねても違和感は無い。俺のローブと結合魔法で一体化させてしまえば、元々そうであったかのように馴染んだ。
「“シナモンチュロス”」
ガーゴイルを象った石像の前で、菓子の名を挙げるとその奥に繋がる道が現れる。
更に奥には巨大な両開き扉があり、その先には一人だけで甘い菓子に舌鼓を打つ爺様の姿がある。俺の姿を確認すると、食べかけの菓子を持って「一つ、どうじゃね?」と訊ねたが「いらん」と短めに断った。
「──して......何用かね?」
「クィディッチの競技場の使用許可を貰いたい」
「それは構わんが、クィディッチに興味があったとは思わんかったの」
「クィディッチに興味など微塵も無い。ただ、こいつの性能を屋外で試したいだけだ」
自室で試せる事は全て試したし、環境の変化によってどんな性能を見せるのかを調べるだけだ。と、手にしたローブを広げて見せながら言えば、爺様は長い髭を二度、三度と撫でた後、ローブを手に取ってまじまじと眺めた。
「リズの抜け殻が材料だ。いずれは脱狼剤にも使用するつもりだが、実験の過程での副産物のようなものだな。魔法も物理も並大抵の物は防いでしまう代物ではあるが......」
だからこそ、屋外が必要なのだ。
人家の無い、マグルも立ち寄らない、暴れても大丈夫な土地はいくらでもあるだろう。しかし、今の俺はホグワーツの外で魔法を使えないのだ。いくら実年齢が百を超えていようが、この世界ではまだ成人していない為だ。少しでも可能性があるのなら、面倒事は避けるに限る。
「あまり危険な事はしてはならんぞ」
「ああ。先生方の方はよろしく頼む」
「可愛い『孫』の頼みじゃからの」
「『爺様』には感謝してるよ」
帰り際に「どうやって試すつもりか?」と訊ねられたが、答えてやる義理も無いので「秘密だ」と伝えておいた。
*****
──さあ、準備完了だ。
目の前には、俺と瓜二つの人間が立っている。
少し違うのは、髪と目の色が逆ということくらいだ。まあ、この人間も俺なのだから瓜二つであるのは当たり前なのだが、その原理を話すのは面倒なので省略することにする。因みに魔法ではない。
「いくぞ」
懐から銀の杖を取り出し、黒髪の俺に杖の先を向ける。
思い付くだけ呪文を唱えると面白い反応を見せた。
「《
「《
「《
「《
「《
「《
「《
──以上、揃って反応無し。
立ち上がる炎や爆音や土埃に、何事かと様子を見に来る先生方や生徒もいたが黙々と続ける。
今度は“俺”が命令すれば、これもまた面白い反応を見せた。
「“裂けろ”」
「“燃え上がれ”」
「“爆ぜろ”」
「“雷”」
「“閃光”」
「“水弾”」
「“落下岩”」
──以上、一部を除き反応無し。
──“雷”、“閃光”のみ反射反応あり。
俺の分身体は多少の傷を負ってはいたものの、命に関わる程ではなかった。禁じられた呪文を試せないのが残念に思えるが、機会さえあれば可能であると思われる。
それはそうと、呪文を弾き返すのには感心がいった。
リズの主な糧は魔力である。あらゆる人種、あらゆる
これは使えるのではないか?と思ったものの、少しばかり違和感があった。
この世に完璧は存在しない。いくら完璧だと名乗っていても、必ず弱点や欠点が存在する。完璧を名乗っていられるのは、それを有知しているか否かで大きく変化してくるのだ。
魔法はほぼ効かない。ならば、物理はどうだ?
そう思い、殺傷性の低いナイフ数本を魔法で数倍に増やし“刺せ”と命令する。しかし、傷が付いたのは分身体のみでローブは無傷のままだった。それならば...と懐から出したのは、限りなく本物に近い銃を模した玩具。これに、本物の弾丸を詰めて発射する。
ギャラリーから悲鳴に似た制止の声が上がったのも無視して銃爪を引けば左手と共に玩具は吹き飛び、発射された銃弾は分身体の身体をローブごと貫いた。
「Mr.オルフェウス! 何をしているのですか!? 早く医務室へ!!」
ギャラリーの群れの中からマクゴナガルが青い顔をして飛び込んで来る。
辛うじて繋がっている指がちぎれないようにすくい上げ止血を試みるが、それが意味を成さないとまだ気付いてはいないようだ。「必要ない」と宣言するも、世話焼きの性分なのか、懸命に止血に取り組んでいた。
「──“戻れ”」
俺の言葉に反応し、倒れて血を流す分身体も、その辺の芝生に飛び散った血液も、皮一枚でぶら下がった自身の指も、再び一つに戻る。ズルズル...ズルズル...と地を這い、重力も関係なく巻き戻る。
マクゴナガルは目の前で起こっている事実に驚愕した様子で、開いたままの口元を隠すように手を添えていた。
「寝る」
女性に寄りかかるような格好にはなるが、気にすることもないと思えた為、俺はあっさりと意識を手放したのだった。
「──さて、説明してもらいましょうか?」
医務室で目覚めると、眉間に皺をグッと寄せたマクゴナガルに詰め寄られた。逆サイドにいた爺様も一緒になって詰め寄られている。
──説明と言っても、おそらくは分身体や“俺の言葉”についてだと思うが、知ったところでどうするつもりなんだろうか? 迷わず訊ねてみれば、呆れた様子で「生徒の身を按じているだけです!」と断言されてしまった。
ならば好きなだけ按じていろ、と言いたいところだが、爺様に無言で止められてしまった為、仕方無しに暴露する事にする。
「では、マクゴナガル先生。貴女が使う呪文とは何であるか?」
「ええ、ええ、答えましょうとも。呪文とは、『呪』──つまり、呪いです」
「そう。言葉に呪を掛け、縛り、実行させる事だ。その原理に当て嵌めるならば、俺は呪文を必要としない体質なのだ。つまり、俺自身が『呪』であると考えていい」
そんな、まさか!
マクゴナガルは思わず声に出していたが、先程の俺の言葉を思い返してようやく納得したらしい。
「ただ、リスクが無い訳ではない。魔法とは違う魔力を使い過ぎれば意識を手放す。もしくは、先程のように自分から休眠を行う。こればかりは、どんな偉大な魔法使いであっても解決する術が無い。爺様であっても、だ。しかし使わなければ、この小さな身体に蓄積出来る量を超えてしまい、最悪の場合......そうだな、暴走すると思われる。確実に死人が出るだろうな」
彼女は、俺と爺様の顔を交互に見比べながら、その情景を想像したのかどんどん顔色が悪くなっていく。「そうはなりたくないだろう?」と伺えば、無言のまま頷き、呆れと悲嘆交じりの溜息を吐いた。
「そこで相談なんだが、爺様と貴女にとある許可を出していただきたい」
「許可......ですか」
「ああ。この間の宝玉の事は覚えているか? あれとほぼ同じ物を創造、貯蓄する許可だ」
あの宝玉には俺の魔法と死神の能力が掛け合わさって出来ている。魔法とは別の魔力が少なからず込められているのだ。つまりは、リズに魔力供給するだけでは充分に減少しない魔力を、
「それは、何の為にです?」
何の為?
そんな事、決まっているではないか。
「約25年後。来たる決戦を乗り越える為に」
◇
幾つかわかった事がある。
一つ目は、この世界がとある物語の過去である事。まぁ、これは最初に爺様とぶつかった時に気付いていたが......。
二つ目は、この体の事。
年をとらないはずの俺が成長している。入学前は150cmにも満たなかった背丈はグンと伸び、今や160cmに届きそうだ。約10cmの成長は大きい。
恐らくは、世界が見積もった魔力量では足りなかったのだろう。
三つ目は、リズの鱗の事。
彼女の鱗は防魔が備わっている、という事がわかっている。
あの時、玩具で放った銃弾が貫通したのは完全マグル製だったからだ。ほんの僅かでも魔法が関わる物には鉄壁の防御を。完全マグル製の物にはそれ相応の耐久性しかない。
そして四つ目。
どうやら、俺はこの世界に求められたらしい。
未来を救う『布石』として──