まだ現世サイド。
軽く読み飛ばすくらいでいいかもしれないし、
暇な人は読んでもいいかもしれない。
翡翠からのプレゼント、私も欲しいです。誰か買ってください。
書類にペンを走らせる音だけが部屋に響いている。
12月ももう半ばだが、今日は随分と暖かい。
窓から差し込んでくる陽射しが背にあたり、ほどよく身体を温めてくれる。
「……よし」
ペンを置き、ぐっと伸びをする。机上には、丁寧に重ねられた書類の束があった。
「お疲れ様」
朝、部屋に来ていた少女―名を翡翠という―が、書類を受け取り、伊織の隣の机につく。手早く捲りながら目を通していく。伊織が処理した仕事は、上に通す前に必ず彼女がチェックしているのだ。
沈黙が流れた。
普段冷静沈着な伊織でも、この時間は少しだけ緊張するようで、翡翠の方をじっと見ている。
「一応私の方でも見直しはしたが、もし間違いがあれば――」
「…ううん、大丈夫!いつも通り、完璧です!」
びしっと親指を立て、にっと歯を見せる翡翠に、伊織もほっと胸を撫で下ろした。
「良かったね。今日会議とかあったし、もう少し押すかと思ったけど」
「流石にのんびりしてられんさ。5時頃には帰ってきてくれと言われてるしな…」
「じゃあ、ちょうどいい頃合かな?」
2人が壁に掛けている時計に目をやる。3時と半刻を少し回った頃だった。
「ああ。4時頃に出れば間に合うだろう」
「それならもう準備しなきゃ!」
ちょっと待ってて、とだけ言い、慌てたように椅子から立ち上がると、翡翠はぱたぱたと部屋を出て行ってしまった。
何をそんなに急ぐのかと疑問に思いつつも、伊織は支度を始める。と言っても、帰るだけなのでそんなに沢山やることがあるわけでもなく、出勤時に羽織ってきたトレンチコートの袖に腕を通し、忘れ物がないように鞄の中身をチェックしたところで手持ち無沙汰になってしまった。
"もう一つの職場"―「本丸」の仲間達を思い出す。
伊織は、こうして現世で働く傍ら、歴史を守るために顕現された付喪神、刀剣男士を従える者である審神者としての役割も担っていた。
今日、彼に早く帰ってきてくれと頼んだのは、他でもないその刀剣男士達なのだが、伊織はその理由を考えていた。彼らが早く帰ってこいなどと頼んでくることはこれまでなかった気がする。あったところで、夕食に間に合わないからだとか、短刀達が主人である自分と一緒に食べると言って聞かないだとか、そんな理由しか伊織の頭には浮かばなかった。全休ではなく、半休にしてくれというのも引っかかる。どうしても早く帰れというなら、休みを取って朝から本丸に居れば何の問題も――
「お待たせ!」
あれこれ考えを巡らせていると、翡翠が戻ってきた。手には何やら紙袋を下げている。
「どうし―――」
「はいっ」
翡翠は、その紙袋を伊織の方にずい、と突き出した。ぽかんとして固まる伊織を見て、あ、また忘れてた?と笑う。
「今日、誕生日でしょ。ほんとに伊織は、毎年忘れちゃうんだから。仕事ばっかしてないで、たまには自分のこと、労わってあげてよね」
数秒、言葉が出なかった。が、はっとして伊織はその紙袋を受け取る。
「…そうか、今日、16日……」
「うん。そうだよ」
「…開けても、いいか?」
「どうぞ」
がさり。紙袋の中には綺麗にラッピングのされた可愛らしいストライプの袋があった。ああ、翡翠が好んで行く店か、と思いながらラッピングのリボンを解くと、中から出てきたのは、卵に近い形をした小さな何かと、ラベンダーとローズのアロマオイル。
「バスライトっていうの。お風呂の中で綺麗に光るの!で、そっちのアロマオイル入れたら、お風呂で香りが楽しめるのよ。1つで2つ楽しめちゃうんだよ。……伊織、仕事ばっかりだから、これで少しはゆっくりお風呂に浸かる習慣つけてね?」
「…分かったよ」
働きすぎだからと心配する相棒を前に苦笑しながら、ありがとう、とつぶやく。どういたしまして、と翡翠が笑った。
「じゃ、もう行かなきゃだよね」
「ああ、そうだな…」
と、2人が出口に向かおうとしたところで、電話が鳴った。
2人で顔を見合わせ、翡翠が電話を取ろうと机に向かった。
「…もしもし………え?」
何度か相槌を打った後、分かった、通して、と伝え、電話は切られた。
「…誰だったんだ?来客か?」
「うん。とりあえずこっちに通すことにしたわ」
「とりあえずって……私はもう出るのにか?今対応しなきゃいけないような相手なのか?」
「うん。だって、伊織への来客だよ?」
「私への?」
今日は昼過ぎには出るからと、来客関係は基本日を改めてもらうよう手配していたはずなのに、と不思議に思っていたところで、ドアをノックする音が聞こえた。
「わ、早い」
翡翠がドアの方へ向かう。がちゃり。扉を開けると、そこにはグレーのトレンチコートを着た男性が立っていた。煤色の髪に藤色の瞳。整った顔立ちをしたこの男性が、どうやら伊織の来客のようだった。
彼は伊織を目にすると、ぱっと顔を輝かせたかと思うと、目を細めて
「お迎えに参りました!」
と言った。
「……お前、なんでここに…」
伊織の目が見開かれる。
来客としてそこにいた男性は、伊織の本丸で彼の近侍を務める、へし切長谷部であった。