伊織がお仕事をしている間、本丸では……。
千種ちゃん、かすみさん、しーかちゃん宅のお子様をお借りしました。
「はいはい退いて退いてーーーーっ!」
ばたばたと廊下を走る音が聞こえる。通路にいる者はその声でさっと廊下の端に寄り、道を開けた。その間を通り過ぎていく影。
影の主は、加州清光。そして走っているのは、とある本丸の廊下だった。
加州はここに初めて来た刀剣男士、所謂「初期刀」である。彼は今、本丸中の刀剣男士の先頭に立ち、今宵行われる一大イベントの主催の役を担っていた。彼は細い体躯に似合わない大きな段ボール箱を抱え、せわしなく動き回っていた。
足音が一つの部屋の前で止まる。そこは、壁をなくして3部屋分のスペースを1部屋にまとめた大広間だった。普段は全員が一堂に会して食事をするスペースなのだが、50強の刀剣男士が入ってもゆとりのある一室なので、何か催し物をする時の会場にもなる。今日の会場もここだった。
加州が段ボール箱を持ったまま何とか襖を開けようとしていると、襖がひとりでに開いた。
「それ、こっちに寄越せ。俺がやってやる。飾り付けのやつだろ?」
中からずい、と手を出してきたのは、和泉守兼定。背丈と力がそれなりにあることから、率先して会場設営に取り組んでいた。(正確には、助手である堀川国広の提案でここに配属されているだけなのだが)
「和泉守。ありがと。じゃ、よろしくね」
「任せな。ばっちり飾ってやんよ」
加州は和泉守に箱を渡すと、じゃあ俺は台所手伝ってくるから、とまた走り出した。駆けていく加州の背中に、くにひろぉ、と助手を呼ぶ和泉守の声が聞こえる。
「すいませーん!」
厨に向かおうとしていた加州は、遠くから聞こえる声にはたと足を止めた。どうやら声は玄関からしているようで、加州は踵を返してそちらに向かった。
「はいはーい、今行きまぁーす」
「あっ!清光や!久しぶり!」
「よっ。久しぶりだな。今日はとびっきりの驚きを奴にもたらそう」
玄関先に立っていたのは、この本丸の審神者である伊織の友人の秋穂とその近侍兼恋人、鶴丸国永だった。濃い紫の髪をハーフアップにしてリボンで纏めている彼女は、大きな包を持って誇らしげにしている。
彼らは今日のイベントの客人として招かれているのである。
「いおりんは?まだこっちに居らへんの?」
「主は今現世だよ。今はまだ準備中だから、居られちゃ困っちゃう」
秋穂の問いに、加州が肩を竦めて答える。――そう。今日の催しの主役は、他でもない伊織。そしてその催しとは………彼の、誕生会だった。
ひょんなことから今日が誕生日と知った加州は、日頃の感謝も込めて彼のことを祝いたいと、本丸中だけでなく、彼の友人も巻き込んで企画を進めていたのである。
「それもそうやねぇ」
「おいおい、ちょっと待った。ってことは何だ、俺達ははやく来すぎたんじゃあ…」
「…言われてみれば」
鶴丸が困ったように眉根を下げる。秋穂もはっとしていたが、やがて加州の方に向き直り、
「…ほんなら、いおりん来るまでなんか手伝わせて!」
と笑った。
「手伝い?」
「せや。だって折角のいおりんの誕生パーティーやもん。私もなんかしたいわ」
いやしかし俺は…とまで言ったところで、鶴丸は口をつぐんだ。諸々の事情(こればかりは秋穂にもよく分からないとか)でそこまで伊織を気に入っていない鶴丸だが、主人であり恋人である彼女がここまで楽しげにしているのに、それを無下にすることは彼にはできなかった。
加州は少し考えて、そうだ、と手を叩いた。
「秋穂さんって、料理上手なんだよね?それなら俺達と一緒にご飯作ってくれない?歌仙が雅を追究する、とかで会場設営班に行っちゃってさ、俺と燭台切しかいないの」
「料理?ええで!」
「おいおい…秋の君は確かに料理が上手だが、俺は何も出来ないぞ……どうしろと」
「鶴丸は材料切るとか、盛り付け手伝うとか。技術いらんことなら、できるやろ?いおりんの為やし、1人で居っても退屈やろ。こっちおいで」
「…………きみがそう言うなら。分かったよ」
かくして料理班員を2人確保した加州は、今度こそ厨に向かおうと――――
「…すみません」
「こんにちは」
またも玄関先から声がして、踏み出した一歩を戻し、戻っていく。
濃い茶色の髪を編み込んでハーフアップにした女性と、白いセミロングの髪をした女性が立っていた。
その後ろに付き従うように、一期一振と山姥切国広が立っている。
「薊といいます。今日、伊織さんの誕生日ということで招待を…」
「私も同じく」
2人はたまたま鉢合わせただけのようだが、示し合わせたように白い封筒を見せる。加州が伊織と親しいであろう審神者たちに送った招待状だ。
「こんにちは。俺はここの初期刀、加州清光。ええと、薊さんに彩さん、だよね。いつも主がお世話になってます」
軽く会釈してから、加州はにっと歯を見せる。
「私の名前、覚えていてくれたの…」
彩が、意外そうに目を見開く。薊は自ら名乗ったからまだしも、自分は名乗り忘れていたから。それを聞くと加州はもちろん、と笑った。
「主の友達だもん。覚えてるよ、当たり前じゃん!俺、主と一番付き合い長いし、そこは他のやつに負けないよ」
「…流石だな」
彩の後ろにいた山姥切が零す。あまり賞賛の言葉を口に出さない彼だが、今回は素直に感心したようだ。
「まあね。…と、こんな所で立ち話もなんだし、上がってよ」
「では失礼して…」
4人は順に履物を脱ぎ、加州の案内でままに奥へと導かれていく。
「せっかく来てくれたのに悪いんだけどさ、今、まだ準備中なんだ。だからとりあえず応接間に――――」
「…それなら、何か手伝いましょうか」
薊の近侍の一期が提案する。
「え…いいの?一期は客人で…」
「いえいえ。早く押しかけてしまったのは此方ですからな。素敵な会にできるよう、力添えさせてください」
聖母かと言いたくなるような微笑みに、加州は少し圧倒された。
「……じゃあ、そうだなあ………」
申し出てくれているとはいえ客人だ。あまり重労働はさせたくない(なら秋穂の件はどうなんだと思ったが今は気にしないことにした)。どうするべきか逡巡していると、清光!と声がした。
「安定」
「ここに居た。探してたんだよ」
声をかけてきたのは、この本丸にいる大和守安定。彼もまた、この会の実行委員としてせわしく働いている身だ。
「どしたの」
「あのね、まだ買い出し行けてなくて、清光手が空いてるかなって思って…和泉守に聞いたら、会場班は手が離せないらしくてさ」
「買い出し?買い出しなら極短刀5人が…」
「それはあれでしょ?料理の材料とか、ジュースとか。他にクラッカーとか、主への寄せ書き用の色紙とか、まだ買えてなくて……5人いてもみんな短刀だし、無茶させるのもあれかなあって」
安定は困ったようにまくし立てる。加州は一瞬自分が行こうかと考えたが、自分はその短刀達が戻り次第厨で料理をしなくてはならない。あまり長時間ここを空けるわけにも………
「それなら、私達が買ってきますよ」
手を挙げたのは薊だった。隣で一期が「え?」というような顔をしている。
「私も行きますよ。買い出しくらいなら、全然」
彩も立候補した。山姥切が後ろで、それなら俺も…と小さな声で意思表示をしている。
「え、でも……」
「本当?…すごく助かります。ありがとう!」
加州が判断を下すより前に、安定がばっと頭を下げる。勢いよく頭をあげると、これ、お財布です!と、可愛らしいがま口財布を一番手前にいる薊に手渡した。
「必要なものはその中にリストを入れてます。お客さんに頼むのはちょっと気が引けますが…お願いします」
安定はもう一度、ぺこりと頭を下げた。
「お任せ下さい」
一期の言葉を合図に、4人は本丸を出た。