これはあったかもしれない未来の可能性の1つ。億が一等と言う途方もない確率などではない、単なる擦れ違い。それさえ突破すれば訪れていたであろう未来だ。
◇■◇■◇■◇
我輩は雑兵である。名前はまだ、無い。しかし────
「何をしている、刃。早く行くぞ!」
俺には生涯を共に歩むと誓った連れがいる。
「そう焦るなって、堅。別に敵さんは逃げたりしねぇよ……むしろ相手は攻城戦、こっちに攻めてくらぁ」
「ふん!そんなもの私とお前が先陣を切れば容易く撃滅できよう!」
「…………早死にしても知らねぇぞ?」
「お前が私の背を守り、私がお前の背を守る。それだけで私は戦場を切り抜けることが出来ると確信している」
「…………はぁ……分かったよ。ただ、行く前に黄蓋らへんには声を…………」
「行くぞ!」
「…………話聞けや!」
けっこう高さのある城壁から飛び降りた相方を追って俺も空へと身を投げる。既に慣れたもんだが、この胃の腑が、こう、なんと言うか…………浮く感じは癖になる。
っと、そんなことしてる場合じゃねぇな。
「堅!」
「着地は任せるぞ!」
だったら跳ぶなや!
まあ、そんな突っ込みをすることなく俺は堅の細い腰を抱え大地を踏みしめ着地した。おう、足が痺れやがるぜ。
「よっし!行くぞ、刃!奴等を撫で切りにしてくれる!」
やる気に満ち溢れた堅は俺の腕から飛び離れるとそのまま一気に城門前の坂を駆け下りていってしまう。つーか、超速いな。既に豆粒みたいに………………って
「総大将が一人で突っ込むなバカーーーーーーーーッッッ!!!!」
誰かアイツの手綱を取ってくれ。
俺じゃ無理だぞ、チクショウ。
◇■◇■◇■◇
「あっはっはっは!今日も快勝だったな!」
上座で上機嫌に笑いながら酒を煽る堅を尻目に俺はため息をついていた。
今日の戦は確かに快勝だったが実質俺と堅の二人対相手全軍みたいな状況だったんだぞ?些か疲れた。
「流石の貴方もお疲れみたいね」
「……周瑜か…………まあ、な。そりゃ疲れるさ。何人切ったか覚えてねぇ位だし」
100越えた辺りで俺は数えるの止めた。お陰で体は血濡れだ。水浴びした川が真っ赤になるぐらいには血塗れになっちまった。
「あー、酒が旨い」
現実とは逃げるために在る、てな。酒って旨いよね?逃避もできて一石二鳥だ。
「随分と爺臭いもんだの。お主もまだまだ若かろうに」
「俺よりもお前の方が婆臭いしゃべり方してんじゃすいませんでした。だから弓をこっちに向けないでください」
杯をくわえて両手をあげる。
黄蓋の野郎、なんてイイ笑顔してやがるんだ。怖すぎるだろ。思わず敬語が出ちまう。
「全く、お主は女子の扱いがなっておらんの」
「別に良いだろうが。堅だって何も言わねぇし。むしろ俺が丁寧とか失笑もんだ」
「お主こそ大殿の気持ちが分かっとらん」
「もう少し、相手のことを見るべきよ」
何で二人揃ってダメ出ししてくるんだよ。
俺なりに堅のことを大事にだな。
「お主、未だに殿を真名で呼ばぬではないか。まさか知らぬわけではあるまい?」
「知ってるさ。けどなぁ…………」
呼び慣れちまって今更呼びにくいんだよな。
それ以前にコイツらは俺を刃って呼ぶけど、実際俺の名前じゃねぇし。
「そもそも俺は名無しだしな。預ける名前が無いんじゃ対等じゃないだろ?」
「「ハァ…………」」
「ため息揃えんな」
チッ、酒が不味くなるじゃねぇかよ。
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気に入らない。全くもって気に入らない。何故祭や冥琳にはあれほど気安いというのに私には何かあれば小言ばかりなのだ。
「……ふぅ…………チッ……」
不味い。銘酒である筈なのに、だ。
「そ、孫堅様」
「なんだ」
「…………飲みすぎでは?」
周りを見渡せば酒の大樽が幾つか空いていた。気づけば私の体は熱く、視界も揺れている。
だが────
「次だ」
「はっ?」
「次の酒を持ってこい!」
「孫堅様!?」
「何だ?言うことが聞けないのか?」
南海覇王をちらつかせて酒を持ってこさせる。
ああ、酒が不味い。
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月を杯に映して一気に飲み干す。
俺は今、天守の屋根の上に登って月見酒に興じてる。
宴会で拝借した酒の瓶を幾つか脇に置いて、杯を煽る。うん、旨い。
大体男女の比率がおかしいんだよ。野郎で大成する奴は居ねぇのか?
右を見ても左を見ても女女女女女だ。正直気が滅入る。どいつもこいつも美人揃いだしな。
お陰で肩身が時々狭い。
「んぐ…………ふぅ……」
杯を干して熱い息を吐けば白く染まる。そういえばそろそろ冬か。
寒くないのかって?ガキの頃からこれに近い格好でな。そもそも江東は結構気温が高い、真冬じゃなけりゃ問題ない。
それに酒を飲めばちょうどいい風が吹くからな。俺は結構冬が好きだ。逆に夏はダメだな。飯は腐るし、酒は温いし、汗は止まんねぇし、散々だ!
その分水浴びは気持ちいいがな。冬の水浴びは死ぬ。
「…………ん?」
近付いてくる気配が…………1つ?でも、こいつは…………?
「エラく荒れてるな。何か有ったのか?」
気配は一直線に俺がいる天守に向かってきてる。
少しして、背後に軽い足音が。
「どうした、堅。何かあったか?」
「…………」
「堅?」
振り替えって確認したし間違ってないんだが…………何で返事しないんだ?珍しく顔も伏せてるし。
「…………刃」
「ん?」
「……刃」
「何だよ。用があるなら…………んぐっ!?」
「ん…………ちゅ…………」
何だこれ、いや、ホント、柔か、てか、いい匂いてか、…………は?
「刃…………」
「…………はっ、急に何すんだよ!」
「お前は…………本当に私が好きなのか?」
「はあ?」
本当に何なんだ?何で急に…………
「好きだが?何だよ今更」
「だったら!」
顔をあげた堅の目には涙が溜まっていた。初めて見たな、堅がなくところなんて。
「だったら何で…………真名で呼んでくれないんだ…………」
成る程、それか。つっても俺は他の奴等だって真名で呼んでないんだがなあ。
「それに……私には小言ばかり…………」
「え、それは堅が」
「うぅ…………」
「ああ、泣くなよ。俺はお前に怪我してほしくないだけなんだからよ」
酔いが回ってるのか、かなり子供っぽい反応だ。
対応に困るな。いつもなら噛みついてくるか斬りかかってくるか…………あれ?こっちの方がマシなんじゃね?
「ハァ…………」
「ッ……」
いつもの苦労を思い出してため息をつけば堅の肩が跳ねる。ついでに上目遣いでこっちを見上げてくる。
いつもは虎だが今は子猫だな。可愛い。
「ほら、来いよ堅。寒いだろ?」
「で、でも…………」
本当に調子狂うな。いつもなら満面の笑みで飛び付いてくるってのに。
「…………炎蓮、来な」
「!……ああ!」
どうやら俺も酔ってるらしい。らしくないにも程がある。
まあ、でも、この笑顔が見られるなら悪くない、か。
「…………なあ、刃」
「んー?」
「先程の質問の答え、くれないか?」
「好きか嫌いか、てやつか?」
「…………ああ」
「好きさ。お前の全部が好きだ。その綺麗な髪も、褐色の肌も、妖艶な唇も、魅力的な肢体も、戦場を駆け抜ける姿も、剣を振るって舞う姿も、今こうして俺の手元にいるその在り方も、全部全部、大好きさ。あの時出会えたことを天に感謝する」
「……ッ、そ、そうか…………」
顔を真っ赤に染め上げて俺に抱き着いてくる堅……じゃなかった、炎蓮。
いつもの凛とした猛る炎みたいなこいつも良いんだが、こうしてしおらしいのも悪くない。
ん?そういえばどんな格好か言ってなかったな。俺が胡座かいて座ってその左膝、というか太股を椅子にして炎蓮が俺に撓垂れかかるように座ってる。そこをその細い腰に腕を回して、空いた手で俺は杯を煽ってる所だ。
「なぁ、刃。私たちはずっと側に居られるだろうか」
「居られるだろ。お前が俺の背中を守って、俺がお前の背中を守る。それで解決だろ?」
「…………刃」
「ん?」
「も、もう一度…………」
言いきらずに炎蓮は目を閉じて静かに俺に顔を寄せてくる。
なら、俺は─────
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満月に照らされた天守。その天辺の中央で二つの影が近付き、やがて重なる。
星が瞬き、月が頬笑む夜天の空を一筋の流星が流れていくのだった。