雑兵上がりの万夫不当   作:黒河白木

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雑兵と龍

 突然だが俺は馬に乗れん。

 食うのは好きなんだがなぁ。乗ると暴れやがるのよ。何度振り落とされた事やら。そして何度振り落としたやつを捌いた事やら。

 まあ、何を言いたいのかというとだな。

「疲れた」

 徒歩の旅って疲れるんだよなぁ。

 俺は荷物が少ないがそれでも距離を歩けば辛いものがある。

 近くに小川でも在れば休憩するんだがなぁ。ついでに腹へった。

 というわけで正直賭けみたいなもんだが地面に耳を押し付ける。これで結構遠くの音が聞こえるもんだ。

 おっ?運が良いらしいな。水の流れる音がするぜ。

「休憩だな……ん?」

 何故だろう、年か?目がいかれたか?

 知り合いが居るんだが?

「おお、こんなところで会うとは奇遇でありますなぁ」

「……何で居るんだメンマの嬢ちゃん」

 出来れば一人でのんびりしたかったんだが。ついでにこの場では一番会いたくない相手だったんだが。

「ムッ!その顔は酷いと思いますぞ!」

「……いや、いつもの顔だろ」

「明らかに嫌そうな顔をしましたぞ!」

「してねぇよ。てか、退いてくれ疲れてんだよ」

 とにかく水、腹も減ったなぁ。

「…………」

「おい、何だその顔。何度か言ってる気がするけどよ俺は人間だからな?疲れもたまるし腹も減る」

「ハッハッハ。冗談も程ほどに……」

「いや、冗談じゃねぇから。ホンッッッット失礼な奴ばっかだなぁ」

 いい加減辟易するぜ全くよぉ。

 酒を呑まなきゃやってられ…………あ?

「おい、メンマ娘。何で俺の瓢箪をお前が持ってる?」

「気にしちゃダメでありますよ」

「気にするわ!!俺の最後の酒だぞ!?」

「もう呑み終わってしまいましたなぁ」

「ハァ!?おま、ちょ、ハァ!?」

 ああ、ダメだポッキリ逝った。俺の精神。

「死んで償えメンマ娘ェ!……………へふぅ……」

 やっぱ限界だ。

 

 

 ◇■◇

 

 

「……ハグハグガツガツモグモグ」

「うぅぅぅ……痛いのですが……」

「……ガツガツゴクッ、自業自得だメンマ娘」

「後、私は趙子龍という名が……」

「人様の酒を勝手に呑むアホなんぞメンマ娘で十分だ」

「せめてお嬢ちゃん呼びに……」

「何か言ったかメンマ」

「娘も外れた!?」

 何か衝撃受けてるが知らん。酒の恨みは深いんだよ。

 今は蜀の都……どこだっけか……まあ、いいやとにかく飯屋に入ってメンマに奢らせてる。

 女に集るなって?残念、こいつはメンマだ。筍の漬け物なんだよ。

 それに態々大食いの人間用の飯を頼んでやってんだから親切だろ?

「……ゲェップ…………ふう、食った食った。ご馳走さまだぜ」

「…………大きな丼5杯に大皿10皿。食い過ぎでありましょうに……」

「ハッ、酒の恨みはこの程度じゃねぇよ」

「……もちろん支払いは」

「メンマだ」

 当然だろ。俺の酒を飲み干しやがって。これで何度目だよ。

「まあ、払ってくれるならある程度の手解きをしてやるよ」

「むぅ……魅力的なお誘いでありますなぁ…………」

「さっさと決めろよぉ」

 これが愉悦って奴か?見てて飽きねぇなぁ。

 

 

 ■◇■

 

 

 さてさて、俺は結構律儀な男だぜ?約束はしっかりと果たすし出来ねぇことを出来るとは言わねぇのさ。

 都って言うぐらいだからな。城も在れば修練場も勿論完備されてるもんだ。

 そこで俺は木刀を片手にメンマと向かい合ってるところだ。ま、手解きするって約束したからな。仕方ない。

「…………ふー……」

 何か集中してんな。因みにメンマも訓練用の槍を構えてるぞ。死合じゃねぇから当然だがな。さすがに木刀で勝て…………………うん、勝てるな。

 少なくとも搦め手有りで死合えば勝てる。

「いきます!」

 そんなこんなで呆けているとメンマが踏みこみ突っ込んでくる。及第点だな。確かに速いが…………

「直線的すぎだ。もう少し捻りを加えろよ?」

 どれだけ速かろうとも真っ直ぐ突っ込んでくる槍なんぞ矢と変わらん。どっかの年増は矢の軌道を氣で変えてくるがそれはそれだ。例外というやつだな。

 おっと思考が逸れた。とにかく、直線の攻撃は基本的に楽に捌ける。

「武術の基本、というか戦場で生き残る基本なんだがな」

「……っ!この!何故!当たらない!のでありますか!」

 連続で放たれる高速の突き。まあ、当たらんわな。

 俺は結構な回数の手合わせをメンマとしてる。数えたことは無いが少なくとも両手の指では足りない程には刃を交えた。

「相手の間合いと呼吸を読み取ることは必須だぜ?少なくとも強敵と殺り合う時にはその差が致命的だ」

「ハァ………ハァ…………っ、雑兵殿は私の動きが分かる、と?」

「まぁな。メンマの間合いと呼吸の拍子は把握済みだ」

 武人の拍子ってのは基本的に一定だ。どれだけ速かろうともどれだけ崩そうとも根底に有る自分が培ってきたものは崩せない。

 それを完全に崩すってのはそれまでの自分の努力を潰すことと同義だしな。

 話は変わるが俺って語彙が増えたよな?やっぱり、賈駆の嬢ちゃんのお陰かね 。

 おっと、またまた逸れてたな。まあ、前置きしたから良いだろうさ。

「ほれ、終わりか?これで終わりなら酒の肴にもならねぇぞ」

「ッ!ナメるのも大概にしてもらいましょうか!」

 それにしてもメンマは面白い。煽ればそれだけ乗ってくる。

 今も緩急をつけた三段突きや薙ぎ払い、それに拍子を狂わせた虚構を織り交ぜて来てるしな。

 当たれば痛そうだ。少なくとも骨は折られるかもな。人間どれだけ鍛えても不意打ちで致命傷を負うなんざ、わりとよく有る。俺?俺は食らったことねぇよ。当たりたくねぇし。俺は小心者なんでね。

 おお、風を切る木の穂先が威力を物語ってるな。今更だが訓練用の槍って石突はそのままだよな?つまり当たれば骨は折れる。気付かなきゃ良かった。

 さてと…………

「ッ!やっとですか……」

「おう。そろそろ様子見も飽きたんでな。怪我しねぇように気をつけな!」

 

 

 ◇■◇

 

 

 くっ!なんと荒々しい攻めでありましょうか!

 全ての動きが致命傷を狙うものばかり。体の中心線を狙う突き。首を両断する横薙ぎ。合間に挟まる唐突な拍子崩し。

 元より雑兵殿は鞘と刀の変則二刀流。我流であり生き残ることそして相手を如何に殺すかに主眼を置かれた剣。

 それは木刀であっても揺るがない。

「ほらほらァ!眠っちまったか!」

 片腕とは思えない膂力から放たれる振り下ろし。受け止めた此方の腕が痺れる。

「~~!ハァ!」

 気合いと共に押し返す…………事は不可能、ということで受け流す。

「ラァ!!!」

 あ、悪手でありましたか!?修練場の床を砕くとは…………。

 衝撃で私の体が浮いてしまう。いや、本当に雑兵殿は人の枠に収まっていませんな!?

「はい、終わり」

「むぎゅ!?」

 ちょ!?雑兵殿!そこは私の顔です!可憐な私の顔がががが!!!

 

 

 ◇■◇

 

 

 ほどよい満足感を肴に酒を呑む。良いもんだねぇ。

「……つーん」

 横でメンマが不貞腐れてなけりゃあなぁ。……流石に顔面鷲掴みはやり過ぎたか?いや、鞘持ってなくて手持無沙汰だったもんで条件反射って奴だ。悪意はねぇよ?断じて酒を呑まれたことを恨んではねぇよ?

「………………ん?」

 頭のなかで色々と自己弁護してると不意に視線を感じた。そっちに目を向ければ薄い藍色の髪をした子供がこっちを見てきていた。

 目が合えばその度に壁に隠れてしまうが少し経てばまた顔を出す。

 どうするべきだ?子供の相手なんぞ陳宮ぐらいしか無いしなぁ。

「おい、メンマ。あの子お前に用事じゃないのか?」

 というわけで隣でふて腐れるメンマに丸投げすることにした。そもそもここは劉なんちゃらの領土だ。俺に用事が有るやつなんて顔見知りのメンマぐらいだろ。

「おや?璃々ではありませんか」

「星お姉ちゃん…………!」

 あ、これあれだ。俺が怖がられてる奴だ。

 まあ、俺も自覚は有るさ。見た目不審者だもんな、俺。上半身裸にボロボロの袴、それに筋骨隆々の体。このぐらいの年の子には怖いだろうさ。

 とりあえず明後日方向を向いて軽くメンマの背を押して嬢ちゃんの方へと押し出す。子供の相手は無理だ。

「お姉ちゃん、このひとだぁれ?」

「ん?この人は…………」

 無視だ無視。メンマがなに言おうと無視だ。

「単なる変態さんで…………」

「待てゴラァ!」

 誰が変態だ!誰が!

「ほらほら、雑兵殿。璃々が怖がっておりますよ」

「誰のせいで怒ってると思ってんだテメェ…………」

「…………お姉ちゃん……」

「ぬぐっ…………はぁ……ああ、そうだな落ち着こうか…………」

 どうも泣顔は苦手だ。子供のは特に。だが、メンマ。テメェはダメだ。なんだそのしたり顔は。腹立つ!

「あ、あの雑兵殿……痛い!?痛いです!?」

「知らん」

 俺の手の中で何かがミシミシいってるが知らん。メンマが柘榴に変わりそうだが知らん。

「お、おじちゃん!だめ!星お姉ちゃんをいじめちゃだめ!」

 嬢ちゃんが俺の腕を掴んで必死に止めに来やがった。何だろう、力は弱いのに止まらざるをえないこの威力。

「い、苛めてないぞ?これは……あれだ、ちょっとしたお遊びだから」

「で、でもお姉ちゃんいたいっていってるもん!」

「それはお姉ちゃんが喜んでるからだぞ?お姉ちゃんは嬉しいと痛いって言うんだ」

「…………?そうなの?」

「そうさ。それに俺とこのお姉ちゃんは仲良しだからな。苛めるわけないだろ?」

「なかよしさんなの?」

「そうさ」

 自分で言っててなんだが詐欺染みてるな。こんな幼気な嬢ちゃんを騙すのは…………一応、気が引けるな。

 まあ、それよりも優先するべきはメンマの処刑だがな。

「痛い!?い、いい加減放して…………!?」

「お前が撤回しねぇと嬢ちゃんが俺を変態として認識しやがるからな」

「します!撤回しますから!」

「…………よし、良いだろう」

 俺は慈悲深いからな柘榴は勘弁してやるよ。

「……うぅ…………頭蓋が歪んだ気がします……」

「お姉ちゃんだいじょうぶ?お母さんよんでくる?」

「い、いえ……大丈夫です…………むしろ、紫苑殿にここに来られると色々と…………」

 何かまた、知らない名前が………。というか紫苑?何故だろうかまた、嫌な予感が…………。

「璃々?どこに居るのですか?」

 何故だ。聞いたことのある声だぞ?嘘だろ。

「あ!お母さん!」

「ああ……璃々ここに居たのですか。あら、星と貴方は…………!」

「こ、黄忠…………」

「『狗楼』…………」

 災難と縁が有りすぎるだろ、俺。

 

 

 ◇■◇

 

 

 修練場から中央の広場へと繋がる階段。その最上段に並んで立つ黄忠と男の二人。眼下の広場では兵達の訓練が行われていた。

「随分と久しぶりね、狗楼」

「出来れば俺は会いたくなかったぞ黄忠」

 男、狗楼は辟易とした表情で片手の瓢箪を煽る。辛口の酒らしく酒気が辺りに流れ始めた。

 黄忠とて酒が苦手な訳ではない。しかし、酒を強請る場面ではない事は彼女も気付いている。

「……お前、子持ちだったんだな」

「そう、ね…………貴方が居なくなった後に色々と有ったのよ」

「言外に俺が原因みたいに言うなよ」

「そんなことありませんわ」

「その口調、違和感しかねぇぞ?」

「あら、こんな私はお嫌い?」

「好きか嫌いかで聞かれたら、答えられない、と返す程度には思ってるさ」

「…………変わらないわね」

「……変わるさ」

 黄忠の呟きを否定した狗楼の顔を彼女は下から窺うように盗み見る。

 最後に話した時から変わらない優しげな眼差しを称えた双眸は広場へと向けられ、その中の数人に合わせられているようだ。

「俺もお前も古参が過ぎる程には戦場に立ってる。お前だってガキが居るし、俺にだって後を任せられるような若い奴等に会ってきた」

「それは私の年齢を茶化してると思っても?」

「…………年取らねぇ人間は居ねぇだろ。だからその弓を俺に向けるな」

 鬼門であった年齢の話題に触れた狗楼へと矢を番えた弓を向ける黄忠。その笑顔は威圧的であり他の蜀の武将達ならば口を噤む事だろう。

 しかし、狗楼は違う。特に緊張することなくその口許には軽薄な笑みを浮かべて酒を煽るのみだ。

 元より歴戦の黄忠といえども弓兵だ、近接格闘の白兵戦では狗楼には勝てない。さらにこの距離で氣を込めた矢であっても深々と刺さるのか微妙な相手なのだ、本気で射るつもりはない。

「そうです。貴方に良いことを教えましょう」

「…………いや、結構だ。そろそろ出るから黙ってくれ」

 嫌な予感が働き狗楼は最後に酒を煽りその場を去ろうと踵を返す。と、同時に目の前に更なる見知った顔が現れその頬が引き攣った。

「狗楼……か?」

「……よお、厳顔…………」

「貴様ァ!」

 肩当てを付けた女性、厳顔は般若のように恐ろしい顔をすると得物である豪天砲を構えその銃口を狗楼へと向ける。

 ただの矢ならば氣を込められても手傷を負うことはない。しかし、目の前の豪天砲が打ち出すのは巨大な杭だ。鉄製のそれは氣を込める事で甲冑すらも打ち砕く。

 狗楼自身の体がいくら強靭といえども血と肉で出来た生物であることには変わりない。ダラダラと冷や汗が流れる。

「この陣営には桔梗も居ますわ」

「速く言えや!だったらメンマに誘われても絶対来ねぇよ!」

「あら、先程は黙れと言ったではありませんか」

「…………腹黒年増め……ヌオッ!?」

「あらあら、どうかなさいましたか?」

「聞くならその番えた矢を下ろして言えや!?」

「逃がさんぞ狗楼!いつぞやの借りを返してやる!」

 殺到する杭と斬撃、矢を躱し狗楼は一目散に逃げ出した。

 背中に目でも有るのかと思えるほどに的確に躱す狗楼に内心で舌打ちしながらも年…………上のお姉さま方の口角はつり上がる。

 普段はお淑やかであってもその血は武将のもの。強者との対戦は沸き立つものなのだろう。

「そら、躱せェ!」

「うふふふ、死にたくないなら躱して下さいね?」

「こんのクソ年増どもが!いい歳こいて興奮してんじゃ…………オオ!?」

「「殺す」」

「被ってた猫がとれ掛けてるぞ!?危な!?」

 ダイレクトに当たりかけた矢のみを狙って鞘で払って狗楼は飛んで跳ねて駆け続ける。合間で訓練中の部隊へと突っ込んでしまい追跡者を増やすというイレギュラーが有ったがとにかく逃げ続け遂に…………

「さあ、逃場はないぞ?」

「観念してくださいね?」

「練兵の邪魔をするとはな!」

「鈴々のご飯を返すのだ!」

「雑兵殿、お覚悟を!」

 最初の修練場へと追い込まれていた。

 追っ手は黄忠、厳顔だけでなく。関羽、張飛、趙雲の3人も加わっており後の武将達がやって来るのも時間の問題だろう。

 皆がそれぞれに得物を持ってその切っ先は狗楼へと向けられていた。当の本人は特に気にした様子もなく酒を煽るばかりだが、まあ、彼らしいと言える。

「お前!あの時の門番か!」

 追い掛ける時には気付かなかったのか関羽は大声を上げその表情を顰めた。それは張飛も同じくだ。

 彼女たちにとってあの戦は黒歴史その物とも言える。

 たった一人に連合軍は敗走間近へと追い込まれた。その時の借りを返すべくその手には力が込められていた。

「あー…………殺り合う、のか?」

 狗楼は一番濃密な殺気をぶつけてくる関羽へと問う。彼からしたら勝手に面倒事へと巻き込まれたようなものなのだ。その大元には狗楼の過去の確執が有るのだがそこからは目を逸らした。

 そして、返答は踏み込みからの偃月刀での横薙ぎ。

 万物両断の一閃。青龍偃月刀は空を裂きながら狗楼の首を狙って振るわれる。

「なぁ、言葉を話せよ。人間だろ?」

「雑兵殿は鬼でしょう?」

「茶化すんじゃねぇよメンマ!」

 コントの様なやり取りを行う趙雲と狗楼。しかし、関羽の関心はそこにはない。

 軽い調子に反して青龍偃月刀を受け止めた狗楼の刀はピクリとも動かないのだ。鞘から抜かれ逆手に持たれた刀に対して腕のみならず脚力のバネと氣を全力で込めて押すが動くどころか刀にヒビ一つ入らない。

「まあ、流石に膂力で負けることはねぇわな」

 軽々とまではいかないまでも余裕があるらしく狗楼はヘラりと笑う。

 武将達の神経を逆撫でするには十分すぎるものだった。

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