雑兵上がりの万夫不当   作:黒河白木

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雑兵と仁徳

 私の夢は間違ってるのかな……。

 あの時の戦争。私は………何も見えてなかった…………。

 董卓さんが圧政を強いてるって聞いて私は連合軍への参加を決めた。自分の目で確認もしてなかったのに……。

 鵜呑みにして私は酔ってたんだ。誰かを助けられるっていう幻に………。

 

 

 ◇■◇

 

 

 少し前から蜀の大将である劉備は悄気ていた。花のような笑顔や柔らかな雰囲気等は鳴りを潜め日がな一日中部屋に籠っていることもざらだった。

 今日も彼女は一人、部屋の隅で膝を抱えて座り込み何度とない自己嫌悪に苛まれている。

 だがしかし、今日はいつも様に静かに過ぎ去ることは無いのだ。

「…………ッ、な、なに……?」

 城が揺れ、続いて爆発音や人の騒ぐ声や金属が打ち合わされる音が劉備の耳へと届いた。

 薄く日の射す雨戸が閉まった窓の隙間から外を伺いその原因を特定するために視線を走らせる。そして見つけた。

 城の中央に位置する広場にて戦塵が舞っていた。その渦中に居るのは義兄弟の契りを交わした関羽と張飛。更には蜀の誇る武将達が全員自身の得物を手に何かに必死に挑む姿がそこにはあった。

「ッ!あの人……!」

 彼女達の挑む先に視線を送り劉備の喉がヒクついた。自然と冷や汗が頬を流れ、両腕で震える体を抱き締める。

 忘れもしない。あの戦争で最も鮮烈な爪痕を残し、諸侯の中にはトラウマになっている者も少なからず居ることだろう。

 戦況は一方的だった。あの戦争の焼き回しのように一対多の戦闘を男は制していた。

 襲い掛かる槍も戟も刃も矢も杭も命を狙う全ての攻撃が彼にとっては些事と言わんばかりに軽々と捌き尚且つ反撃を行っている。鞘の一打は地面を抉り、刀の閃きは空を断つ。更には間に挟まれる体術の一つ一つが一撃決殺を狙ったものばかり。当たれば骨が折れるだけでなく肉が潰され砕かれる事だろう。

 自然と手に力がこもり掴んでいた窓枠に爪痕が薄く刻まれていく。

 何故、自分はここに居るのだろうか。何故、あの場に立っていないのか。

 そんな言葉が彼女の頭の中を占拠しグルグルと回り続ける。

 気付けば自身の愛剣を手に取り窓を斬り捨て飛び出していた。

 一直線に射ち放たれた矢のごとく。一目散に、一心不乱に、脇目も振らず無双する男へと斬りかかっていく。

 周りの武将達が目を向いて驚いているがその中でも最初に再起動を果たしたのは義姉妹の関羽と張飛の二人だった。

 特に打ち合わせをすることもなく3人の息のあった連撃が刻まれる。

 見た目と合わない怪力から放たれる蛇矛の薙ぎ払い。可憐なそして素早い斬撃を放つ直剣。そして上記二つを足し合わせたかのような青龍偃月刀による攻め。どれも一級品であり尚且つその先、つまりは成長の余地を感じされるものばかり。

 自然と頬が弛んだ男はチラリと周りを取り囲む武将のうち黄忠と厳顔の二人を盗み見る。彼女達は既に弓を下ろしており微笑を浮かべ懸命に挑み続ける三姉妹を見つめていた。

(やっぱり、腹黒だな。食わせ者にも程があるぜ)

 男、狗楼は内心で呆れながらもその考えに乗った自分に苦笑していた。

 黄忠の意図に気付いたのは追われはじめて直ぐだった。効かないと知りながらも矢を放ち何処かに誘導されていると気付き後ろを盗み見た際に丁度彼女がある一点に目を向けたことを発見したのだ。

 その視線を追えばその先には城のそれもある一室が目についた。雨戸が閉められたその部屋に見知った氣が感じられる事にも気付き一度ため息をつくとその誘導に乗ることにしたのだ。

 まさかここまで酷い目に逢うとは本人も思っていなかったのだが。

 苦笑いしながら猛攻を捌き後ろに飛び下がり、直ぐ様左の鞘を地面に突き立て右へと飛ぶ。すると先程の着地予定地点に3本の槍が突き出されていた。それぞれ、趙雲、馬超、馬岱の3人が放ったものだ。

 あのまま無防備に下がっていれば致命傷を負ったことだろう。

 驚愕するべきはその危機察知能力。それは既に予知といっても過言ではないものだ。この能力のお陰で遠距離からの狙撃にも対応し、一対多の戦闘を可能にしていた。

(ま、成るようになるさ…………)

 内心で自分を納得させつつ刀を構え直し狗楼は不敵に笑みを浮かべるのだった。

 

 

 ◇■◇

 

 

 夕暮れの広場。そこは散々たる有り様だった。地面は捲れ、隣接した修練場やその他の施設も半壊、未だに巻き上がった粉塵はモウモウと立ち込めている。

 そんな広場の中央付近で仁王立ちするのは狗楼。彼の周囲には蜀の武将達が息を切らして踞ったり、仰向けで倒れたりと死屍累々の様相だ。

「…………疲れた」

 無傷で額に汗を滲ませた狗楼はぼやきながら刀を鞘へと収め腰にぶら下げた瓢箪を煽る。が、一滴たりとも酒は出ることはない。瓢箪は中程からバッサリと切り落とされ中身は全て流れ落ちてしまっていた。

「あーあ、久々だな。また作り直しか…………」

 刀の鞘尻を地面に打ち付け立てるとその側に狗楼は腰を下ろした。周りを見渡せば倒れ付した乙女たち。言ってはなんだが如何わしい光景に見えなくもない。互いに息を切らせて汗を滲ませ片や座り込み片や倒れている。

 そんな男にとっては据え膳どころか選り取り緑の食い放題なこの状況で狗楼は動かない。いや、別に枯れている訳ではない。興味がないわけでも無いのだが、どうしてだか動く気にならなかったのだ。

「あー……………………酒呑みたい」

 

 

 ◇■◇

 

 

 美女を肴に美酒を一献。これぞこの世の花と知れ、てな。

 ああ、素晴らしき一時よ。杯を煽れば新しく注がれ、また飲み干せば更に注がれる。あっはっはっは!愉快、愉快。

「ほらほら雑兵殿~、楽しんでおりますかぁ?」

「勿論だ。お前は酔いすぎだろ、メンマ」

「私はぁ趙子龍でありますぅ。断じてメンマではないのですぅ」

 メンマは酒に弱かった。

 俺が選んだ酒を飲んだら直ぐに頬が真っ赤になって目が回ってやがる。

 あの、追い駆けっこから数時間。俺達は宴会と洒落混んでいた。面倒事の後にはいつも宴会がある気がしないでもないが…………まあ、俺は酒を飲めて大満足なんだがな。

「相変わらずの大酒飲みね、狗楼」

 メンマを膝に侍らせつつ酒を食らっていると年「狗楼?」…………黄忠の奴がこっちに来た。

 というかこいつ心が読めるのか?結構的確なところで機先を制してくるよな。

「で?お前は何してんだよ」

「ふふっ、貴方のお酌に来たのよ」

「えー…………もうちょい若い子に…………」

「あら、私はもう若くないと?」

「え、だってお前モガッ!?」

「うっふふふふ!何を言ってるか分からないわねぇ」

「モガモゴッ!?」

 息が出来ん!?こ、こいつ急に肉の塊を口に突っ込んできやがった!?

「紫苑何をして…………おい、狗楼のバカが死にかけているぞ」

「…………!……!」

「あら、桔梗。どうしましたか?」

「いや、だから狗楼が…………」

「狗に躾を施すのは当たり前でしょう?」

 俺は狗じゃねぇ!

「お、おい、白目を剥いてるぞ」

「あらあら、狗楼。どうしたのかしら」

「…………テメェのせいだろうがこの腹黒年増!」

 殺す気かよ!というか死にかけたぞ!こんな情けない理由で死んだらあの世で堅に斬られちまう……。

 気付けに酒を煽り一息つく。隣で恐ろしい雰囲気が立ち込めてるが無視だ無視。黒い瘴気が視界の端を掠めてるがやっぱり無視だ。俺は何も見ていない。

「く・ろ・う?」

「…………はぁ、酒が旨い」

 何故だろう、肌寒い。まあ、俺は上半身が裸だからだな、うん。断じて隣の年増が原因じゃないさ。厳顔ですらちっと震えてるが…………俺は悪くない。

「私を無視するとはいい度胸ですね、この駄犬」

「俺は狗じゃねぇぞ。遂に呆けたか年増」

「減らず口の狗にはお仕置きしなければなりませんわね」

「ほぉう、やってみろや年増!ババア!」

「なっ!言いましたわね!遂に言いましたわね!この駄犬!変態!飲兵衛!強突張り!」

「お前の方が散々言ってるじゃねぇか!?」

 くっ!流石の腹黒。語彙力じゃ俺に勝ち目はないか!

「だいたい貴方はいつもそうなんです!特に考えもせずに他人の心を弄んで…………この色欲魔!」

「人を変態の権化みたいに言うんじゃねぇよ!」

 ほら!遠巻きで見てた連中が俺をゴミを見るような目になってるから!若い子のそんな目はオジさんの俺には効くから!

「何が違うと言うんですか!私と桔梗の純情を弄んで癖に!」

「それこそ濡れ衣だろ!?いつ俺がそんなこと…………」

「……あの時の狗楼は……は、激しかったな…………」

「頬染めてんじゃねぇぞ!?お前らとの関係を持った覚えはねぇよ!?」

 おいおい、待てよ。確かに喧嘩は祭りの花だが今は純粋に酒を楽しみてぇんだよ、俺は!

「チッ!」

「逃がしませんわ!」

「お前ごときに捕まるかよ!」

 というわけで逃げさせてもらおう!

 酒は瓶ごと貰ったから問題ない。

 

 

 ◇■◇

 

 

 矢の雨から逃げ出した俺は天守の天辺に来ていた。というかこの前もこんなことしたな。馬鹿と煙は高いところが好き。

 …………俺、自分をバカって認めちったな。

 一人虚しく酒を煽り夜空を眺める。うん、良い月だ。

「こんなところに居たんですね」

 月見酒を一人で楽しんでいると隣に董卓に似たふんわりとした雰囲気の嬢ちゃんがやって来た。

「皆さん探してましたよ?特に紫苑さんと桔梗さんが」

「あー……ほとぼり冷めるまで戻らねぇよ?」

 やだよ。戻ったら蜂の巣にされる。

「…………あの」

「んー?」

「………………やっぱり、いいです……」

 気になるな。何と言うか悄気た感じが庇護欲をそそる。あれだ、飯を抜きにされた呂布っぽいのか。

「まあ、何だ。俺はここの所属じゃねぇし。壁にでも話してる感じで話してみろよ。楽になるかもな」

 やっぱり俺は子供に甘い。いや、幼げな奴に甘いのか?

 ま、確かに俺の歳で考えれば嬢ちゃんの年頃は子供とも言えるかもな。

「…………分からなくなっちゃったんです……」

「…………」

 一応、俺の言葉は後押しになったらしい。とりあえず酒を煽って無言で続きを促す。

「…………私、皆を助けたくて故郷を出て……兵を挙げたんです…………」

「…………」

「愛紗ちゃんや鈴々や皆と会って…………その、自分で言っちゃうとあれなんですけど、快進撃だったと思うんです…………けど……」

 そこで言葉は途切れて詰まってしまう。見れば嬢ちゃんは泣きそうな表情で膝を抱えて視線を落としていた。

「私……何も知りませんでした………ただ、噂話を鵜呑みにして…………」

 嗚咽が響いて嬢ちゃんは抱え込んだ膝に顔を埋めて泣き出しちまった。

 まあ、ある程度は理由が分かるな。嬢ちゃんは心優しい子なんだろ。それで、世情に疎くてマトモに情報も得てこなかった。

 その上であの敗戦と現実の直視で色々と擦りきれてたんだろうな。誰にも相談できず腹のなかに溜め込んでたった一人で悩んできたのか。何と言うかますます董卓に似てきたな。

 ま、違うのは…………

「嬢ちゃん」

「…………ッ、何……ですか?」

「お前はそこで止まるのか?」

 董卓は選んだ。自分がどこへ進むのかを。どう進みたいのかを。何を目指すのかを。

 嬢ちゃんとの違いは明白だ。

 思想が人を惹き付ける面は確かに似てる。けど、その行く先で問題があったとき止まってしまうかどうかは明らかに違う。

 董卓は例え自分が泥まみれになっても進む。嬢ちゃんは止まって何度も後ろを振り返ってしまう。

「結果ってのはどうやっても後から修正を加えるのは無理だ。嬢ちゃんは結果に後悔してるんだろ?」

「…………はい……」

「じゃあ、その失敗に至るまでの過程は後悔してるのか?」

「……そ、それは…………」

「お前は誰かとの出会いも否定してるのか?」

「そんなことありません!」

 急に元気になったな…………まあ、いいや。

「じゃあ、答えは出てるだろ?」

「…………え?」

 そう、答えは出ている。

「この世は乱世でお前は覇を争う諸侯の一人。その長だ。お前の意志や思想がその勢力の本心になる」

「…………」

「そもそも、乱世だ何だと謳ってるが単にそれぞれが我を通す為にそう呼称したに過ぎねぇのさ。巻き込まれた俺達みたいなのにはいい迷惑だがな」

 本当に迷惑な話だ。ま、乱世じゃなけりゃどう生活してたか分からんけどな。もしかしたらどこぞで野垂れ死んでたかもな。

「嬢ちゃん。あんたの最初の願いは何だ?そして何を思って乱世に名乗りを上げた?」

「……私は…………皆を助けたくて…………」

「だったら、嬢ちゃんがすべきことは何だ?」

「私の……すべきこと…………」

 あー、柄じゃねぇなぁ。本当に爺臭いことこの上ないぜ。

 だいたい、他人を諭せるほど俺は全うな人生を歩んじゃいねぇってのに。

「…………ング、ぷはー……」

 喉を鳴らして一気に酒を飲み干して酒気の混じった熱い息を夜空へと吐き出す。

 さて、次の酒を…………ん?

「……スー……スー……」

 嬢ちゃんがいつの間にか俺にもたれて寝てやがる。その側には空になった酒瓶………嘘だろ、飲み干してやがる。

「…………はぁ……」

 とにかく、違う酒の瓶を開けて煽ってため息をつく。

 腹が立つほど綺麗な月が俺達を照らしているのが目についた。

 とりあえず、誰か来るまでこのまんま、だな。

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