雑兵上がりの万夫不当   作:黒河白木

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雑兵と修羅場

  【修羅場】

 意味的に戦乱などが起きた地の事を指す。

 辞書には大抵このように書いてあることだろう。

 さて、そんな凄惨な現場を表す言葉だがそれは何も日常生活からかけ離れたものではない。

 そう例えば……恋の修羅場、とか

 

 

 ■◇■

 

 

 我輩は雑兵である。名前はまだ無い。一人で彷徨い数十年。初の事態に飲み込まれている。

「………………」

「恋?ちょっと、そこを退いてくれんか?」

「……いや」

 胃が痛い。酒も不味い。腕が天国。何だよこれ。何、この状況。

 場所は洛陽。王宮の一室。ここに居る面子は俺、呂布の嬢ちゃん、張遼の嬢ちゃん。

 そんで、俺は張遼の嬢ちゃんに酒の席に誘われて飲む流れになった。

 ここまでは別に良い。問題はそこを呂布の嬢ちゃんが見てた事だ。

 気付いたときには遅かった。何時の間にやら嬢ちゃんは俺の腕をとって隣に陣取って張遼の嬢ちゃんと睨み合ってやがったよ。

「恋は酒を飲めんやろ?飲みの席で一人なんはつまらんやろうし、な?」

「………………飲める」

「…………はぁ、強情やなぁ」

「「……………………」」

 …………沈黙が痛い。というか何で酒飲むだけでこんな一触即発みたいな雰囲気なんだ?解せぬ。

 せっかく冷やしてた酒も温くなってるしなぁ。いい加減止めてほしいんだが。

「…………んぐっ、ぷはーーっ。二人ともいい加減にしとけよ?酒は楽しく呑むもんだ」

 取り合えず諌めてみる。まあ、止まるとは思ってないが。

「くまは黙っとき。これはうちらの問題や」

「………………ん」

「いや、そろそろ止めんと酒が…………」

「…………そんなに酒が大事か?」

「…………くま?」

 おお?何で俺に飛び火してるんだ?

 というか、殺気が突き刺さるんだが…………逃げるか。

「………………」

「…………」

「…………」

「………………サラバ!!」

 刀と徳利を瓢箪に収めて窓から外へと飛び出した。

 酷く空が綺麗に見えたぜ。

 

 

 ■◇■

 

 

 洛陽にはいくつもの酒場が存在する。

 その一つとして大衆酒場であり最も治安の悪い地区で店を構えるここは自身を雑兵と言って憚らない男の行きつけだ。

「旦那ぁ?飲みすぎじゃありやせんか?」

「……あー?そんな事ねぇよぉ」

 カウンター席の一つを陣取り男は杯を煽る。彼の周囲には酒の大瓶が複数個中身が空の状態で転がっており辺りには濃密な酒気が充満していた。

 いや、酒場において酒臭いなど言ってられないかもしれないが、それでもこの店に溢れる酒気は嗅いだだけでも慣れない者ならば失神しそうな程に濃いのだ。

「飲まなきゃやってられんのさ」

 頬に僅かな赤みを差して男は煽っていた酒瓶を席へと置く。かれこれ5本目だ。

「ま、あっしとしては金を落としてくれるなら良いんですがね。それにしたって旦那がそこまで飲むのは珍しいじゃないですかい」

「…………色々とあったのさ。いや、マジで……」

「良ければ聞きやしょうか?悩みっちゅうんわ誰かに話すと楽になると聞きやすぜ?」

「…………んじゃ、聞いてくれるか?」

 男はガランと新しく開けた酒瓶を置いて訥々と語り出した。

 曰く、自分の職場はなにかと美人が多い。

 曰く、何故だが肌のふれ合うことが多いと。

 曰く、恥じらいを持てと注意すればより一層すり寄られる。

 その他にもエトセトラ、エトセトラ。

 聞き終えた酒場の店主は砂糖吐きそうな状態になってしまう。現代ならばこう言われるだろう。

『リア充、爆発しろっ!』と。

 その語りの中で男は更に更に酒瓶を開けており、そろそろ2桁に到達しようとしていた。

「大体よぉ!アイツ等は分かってねぇんだ!!俺だって男だぞ!?なのに張遼の嬢ちゃんとか殆んど真っ裸だ!あんな格好ですり寄ってきやがって…………!ありがとうございます!」

 完全に酔っていた。元来酒豪として酒に強い彼だが今回は飲むペースと飲む酒の度数が強かったようだ。

 お陰で頬の赤みが増しており、目が据わっている。

「だ、旦那ぁ、そろそろ止めといた方が…………」

「ああん?金落とす客の言うことが聞けねぇってのか!?」

「いやいやいやいや、そんなことはねぇですよ。ただ……飲みすぎると明日に響きやすぜ?」

「知るかぁ!酒もってこーい!」

 

 

 ■◇■

 

 

 朝日が瞼を貫いて目に染みる。うっすらと目を開ければ木製の格子天井と、雨樋が開け放たれ青空が見えた。

「ここは…………ッ」

 考えを阻害する鈍痛に思わず顔をしかめる。ついでに昨日の事も思い出してきた。

 何か天国と地獄を同時に味わって、耐えきれずに逃げたんだったな。そして酒屋に行って…………

「潰れた、か…………久々だな、酒で潰れるなんて。ッ、イテテ…………」

 少なくとも二日酔いになったのが大分前だ。それも思い出せねぇぐらい前。

 とりあえず、起きよう。頭は痛ぇが動かねぇことにはどうしようも………………ん?

「そもそも俺はどうやって帰ってきたんだ?」

 そこの記憶はまるっきり吹っ飛んでやがる。多分潰れたんだろうが…………なら、何で俺は屋根がある場所で寝てるんだ?

 記憶を辿ろうにもその記憶が、無い!ッテェ…………。頭の中で叫んでもイテェや。

「とりあえず、起き…………んん?」

 何故だが起きれない。捕縛……じゃねぇな。何というか右半身に何か引っ付いて動きを阻害してる感じか?

 チラリとそっちを見れば激痛が頭を襲う。マトモに動けやしねぇ。けど、何となく見覚えがあるものが視界に入った。

 掛け布団の中から飛び出た二本の…………確か賈駆が言うにはアホ毛だったか?それが覗いていた。因みに見慣れた紅色だ。

 意を決して掛け布団を蹴り飛ばす。

「んんっ…………スー……スー」

 案の定、呂布が居た。いつもの服装で俺の腕を抱き込むようにして寝てやがった。因みに俺の格好もいつも通り。そして俺の腕に直で感じる柔らかさ。半端ないな。

 とはいえ今は多分午の刻を過ぎてる。いい加減起きねぇと賈駆にお叱りをうけちまうな。

「おい、呂布の嬢ちゃん。起きろ」

「………………んー?」

「何でここで寝てんだよ」

「…………んー」

 んー、しか言わねぇ。いや、何となく語感で分からんでもないがどうやら半分寝てるらしい。

 仕方ない、頭はイテェがとにかく起きるか。

「嬢ちゃん起きるぞ」

「…………んー」

 呂布を腕に装備したまま身を起こし、横抱きにして立ち上がる。前に言われたんだが、こうすると女は喜ぶらしい。

 ついでに言っとくがここは俺が宛がわれた部屋だった。どうりで見覚えのある天井だと思ったよ。

「くまー?起きとるかー?」

「あん?」

「入るでー」

 返事をする間も無く、張遼が入ってきた。同時に固まる。その目は俺と、そして俺の腕で穏やかに眠る呂布に向けられていた。つーか、起きてないんかい、嬢ちゃん!

「あー、くま?」

「ん?どした?」

「何しとるんや?」

「何って………………何だ?」

「……………んー………くま……?」

 厄介なことになった。いや、状況的には全く分かんねぇけど嫌な予感がガンガン鳴ってやがる。

「恋、アンタ何やっとるや?」

「……寝てた」

「寝てたんは分かっとる!何でくまの部屋に居るんや!」

「あー……多分、俺が酒場で潰れてたのを呂布の嬢ちゃんが連れて帰ってくれた……んだと思う」

 覚えてねぇけど。

「くまは黙っとき!うちは恋に聞いとるんや!」

 怖っ…………何でこんなに怒ってんだよ。別に俺は呂布を抱いた訳じゃねぇってのに。

「……くまが言った通り。……恋が迎えに行って一緒に寝た」

「それはホンマか?くま」

「潰れたんで覚えとらん」

「アンタが潰れる?冗談言っとる場合か?」

「冗談じゃねぇっての。久々に潰れるほど呑んだんだ」

 本当に久々に呑んだ。多分、飲む間隔が短すぎだんだよな。お陰で泥酔するとか世話ねぇが。

「一人で呑んだんか?」

「おう。俺に酒で付き合うやつは張遼の嬢ちゃん位じゃねぇか」

 はっきり言ってうちの面子は酒に弱い。董卓はすぐ顔が赤くなるし、賈駆はほぼ下戸。意外に華雄も酒に弱い。呂布は言わずもがな、陳宮に至っては俺が呑ません。

「そ、そうか…………なら、呑まへんか?」

「今からか?」

「くまさっきから辛そうやで?大方、二日酔いなんやろ?」

「迎え酒で二日酔いを誤魔化すってか?」

「今日は非番なんやしエエやん」

「いや、嬢ちゃん達は仕事あんだろ?」

「んなもん、詠に押し付けりゃ何とかなるやろ」

「いや、賈駆の嬢ちゃん不憫すぎね?」

 アイツ酒弱いけどたまに呑んでるからな?しかも出てくるのは愚痴ばっかりで聞いてるこっちが鬱になっちまうよ。

「なあ、ええやろ?場所はうちの部屋にすれば早々見つからんし」

「…………まあ、お前さんが良いなぐへぇ!?」

「……くま、恋と一緒。ねねとご飯行こ?」

 く、首が…………!呂布の嬢ちゃん……!力強すぎね……!?

「じょ、嬢ちゃん……!は、放せ……!首、閉まって…………!」

「ちょっ、恋!くまが泡吹いとる!?」

「…………くま?」

 何というか…………今日は、厄日……だ…………

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