雑兵上がりの万夫不当   作:黒河白木

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三兵

 我輩は雑兵である。名前は未だ無い。だが、連れができたようだ。

「くま!はやくくるのです!呂布殿もまちくたびれおりますぞ!」

「…………くま、遅い」

「……俺の名前はくまじゃねぇっての。名前ねぇけどよ」

 チビちゃんが前を歩きその後ろを俺と赤毛の嬢ちゃんがついていく。というか俺は一歩後ろだな。何でかって?嬢ちゃんと隣り合って歩くと戟が危ねぇんだよ。

「…………ング、やっぱ旨いな」

 俺が煽るのはあの時の酒だ。運良く竹が生えてたからな。ちょっと加工して酒筒の完成よ。

「…………くま」

「だから、くまじゃねぇっての。分かってるさ」

 囲まれてやがる。数は……二十位、か?

「音もしねぇし、人間だろ」

「…………殺す?」

「まあ、襲ってきたらな。こっちから喧嘩売る必要は無いさ」

「……ん」

「呂布殿?くま?なにをはなしてるのですか?」

「くま言うな。それよりチビちゃん、ちょっと止まろうか。嬢ちゃんの側に居な」

「……ちんきゅー」

「わ、わかったのです」

 さぁてと、面倒な事になっちまったな。

 

 ◇■◇

 

 賊達は包囲を狭めていた。

 狙いは褐色の美女と小柄な幼女、そして偉丈夫の3人だ。

「お頭!さっさと殺っちまいましょうぜ!」

「まあ、待て。どうせ死ぬんだ。誰に殺されるか位教えてやっても良いだろう」

 お頭と呼ばれた無精髭に獣の皮を纏った男は下卑た汚い笑みで舌舐りを行う。彼の頭の中では既に男を殺し女は飼殺しにする算段がついていた。

 多数の部下を率いる事が増長とそして油断、慢心を生んでいた。

 自身の命を縮めるとも知らずに。

 

 ◇■◇

 

 スゲェなこの嬢ちゃん。賊がそこらの木っ端みたいに吹っ飛んでたぞ。

「…………くま、強い」

「嬢ちゃんこそ強いな。人が飛ぶ所なんて久々に見たぞ」

 俺は基本一撃必殺だからな。ブッ飛ばすのは爽快だが仕留めきれない時があるからな。居合いで首跳ばしたり、脳天カチ割る方が都合が良い。

「呂布殿、さすがなのです!……くまもつよいんですね」

「まあ、一人で生き抜くには強さが要るわな」

 ついでに殺しに対する慣れもな。治安も悪いし殺し殺されの関係なんて日常茶飯事だ。一々病んでたらキリがねぇよ。

「…………」

「どうした嬢ちゃん」

 ボケッとしてると嬢ちゃんがこっちを見上げていた。てか、相変わらずの無表情だな。

「…………グー」

「……食いもんなら今は無いぞ」

「…………」

「……」

「………………」

「……」

「……グスッ」

「狩ってくる」

 負けた。無理だって。あんな無表情なのに瞳が無垢すぎる!しかも涙目とか!若い子ってのは得だよな。嬢ちゃん美人だし。

 猪とかで良いか。

 

 ◇■◇

 

「まさか、くまがくまをかってくるとは……」

「仕方ねぇだろ。猪とか狗を仕留めるつもりだったんだが熊と出会しちまったしよぉ。てか、くま言うな」

「……モグモグ」

「嬢ちゃんはもうちょい落ち着いて食え。喉つまるぞ」

「……モグモグ大丈夫…………!?」

「言わんこっちゃねぇ」

 水を容れた竹筒を差し出すと一瞬で持ってかれた。……嘘だろ、飲み干しやがった。結構多目に汲んだんだがなぁ……。

「くま!わたしもみずがほしいです!」

「あ、さっき嬢ちゃんが……」

「ふぇ……」

「待っとれ」

 走れば一瞬走れば一瞬走れば一瞬走れば一瞬走れば……。

「ほらよ」

「くま、かんしゃしてやるのですよ!」

「尊大なおチビだな」

 くまの否定もいい加減疲れた。世の中愛称ってのもあるしな。うん、もうそれで良いや。俺が自称しなきゃ問題ない……………………筈だ。

「……くま」

「……んだよ」

「お代り」

「あ?まだ残って…………マジかよ」

 嬢ちゃんのお代り要望に更に肉を切り出すために熊の骸に振り返ると骨しか残ってなかった。もう一度言おう、骨しか残ってなかった。

「嬢ちゃん」

「……?」

「……胆はどうした?」

「……美味しかった」

「どうしたのです?絶望しきった顔をしてますぞ、くま」

「…………はぁ、お前ら漢方の知識は無いのか?」

「む!ちんきゅーはしっておりますぞ!くまのいはゆうたんと…………あ」

 チビちゃんは気付いたらしい。

 そう、熊の胆は漢方として高値で売れる。というより熊は基本どの部位でも高く売れる。

 その中でも熊胆と呼ばれる熊の胆は高く買い取ってもらえる。

 学が無いのに何で知ってるかって?一回安く買い叩かれて大損したからな。覚えたんだよ。

「……くま」

「お代わりか?」

「……ん」

「自分で獲ってこい。俺はお前らのお手伝いさんじゃねぇからよ」

「…………行ってくる」

「りょ、呂布殿!ちんきゅーもおともします!」

 嬢ちゃん達を見送ると途端に静かになったな。

「…………ング、出来ればこのまま帰ってこないことを祈るか」

 神なんぞ信じたこともないけどな。

 

 ◇■◇

 

「……くま、起きる」

「くま!呂布殿がよんでいるのですぞ!おきなさい!」

「…………」

 狩りを終え猪を二頭ほど仕留めた呂布と陳宮が戻ってくると男は大の字で眠りについていた。側には飲み干され空になった竹筒が転がっている。

「……くま」

「くま!」

「…………ぬー……俺は熊じゃ……ねぇ……」

 呼び続けると寝言なのか間延びした声で名前の否定をし、寝返りを打った。

「……!」

 再度声を掛けようとした呂布は何かに気付いたように顔を上げ周囲を見渡す。

「……何か来たな」

 ハンドスプリングの要領で急に男は立ち上り再び身を沈め片耳を地面に押し付けた。

「くま!おきていたならばへんじくらいしたらどうなのですか!」

 プンスカと擬音の付きそうな起こり方をする陳宮を無視し男は立ち上がるとある一点へと目を向けた。同じタイミングで呂布もその方向へと視線を送る。

 大地を踏みしめる蹄鉄が近づいてきていた。

 

 ◇■◇

 

 これまた随分と大部隊だな。騎馬だけで百は普通に居るか?

「何やぁ?獣かと思ったら人かいな」

 うわぁ、何だあの格好。見てるこっちが寒くならぁ。

「呂布殿……、くま……」

「…………」

 流石にチビちゃんもビビってんな。というか嬢ちゃん殺気をしまえ。馬が何頭か落ち着かなくなってるぞ。

「何か俺達に用事かい?」

「んー、用事が有るんわ、アンタだけなんやけど」

「嬢ちゃんにか?」

「ちゃう、アンタや刀持ったアンタ」

「……おチビ呼ばれてるぞ」

「わっぷ!?くま!いきなりかたなをわたさな……うわぁ!?」

 あー、重かったか。まあ、俺の刀はチビちゃんよりでかいからな。仕方無い。

「……くま」

「悪かったって。そんな恨みと殺気込めた目でこっち見んな。嬢ちゃんのそれは洒落にならんて」

 目線で人が殺せるぞ。何か嬢ちゃんの後ろから虎が牙剥いてる幻覚が見えるんだが……。気のせいか?

「無視せんでくれるか?漫談なら他所でやってくれや」

「じゃあ、他所に行くから見逃してくれ」

「そら、無理やわ」

「……矛を向けんな」

「アンタが逃げんなら外したるわ。なあ、【鬼】の男」

 え、何その痛々しい名前。おい、チビちゃん笑い堪えてんじゃねぇよ。

「アンタ、諸侯の間じゃ有名なんやで?黄巾の時に門蹴り壊したやろ?」

「……記憶にねぇな」

 アレだよ。門は蹴ったけどよアレだ確認のためだったんだよ。ホントは居合いで斬り倒すつもりだったんだ。

 断じて蹴り飛ばそうとは思ってない。

 つまり!俺の蹴りで壊れた門が悪い!俺は悪くない!

「それとも“戦場荒らしの功名餓鬼”の方がエエんか?」

「いや、もう餓鬼とか言われる歳じゃないんだが……」

 今更だが俺、四十越えてるからな?既に餓鬼なんて愛称は時の彼方に埋没してるからな?

 は?おっさん無理すんなって?

 バッカヤロウ!無理しなきゃ生きていけねぇから無理してんだよ!察しろゴラァ!

「まあ、アンタの二つ名なんてどうでもエエんやけどな」

「良くねぇよ!何でいい歳こいてそんな痛々しい二つ名つけられにゃいかんのだ!」

「ぷふぅ!」

「チビちゃん笑ってんじゃねえよ!」

 何コイツらおっさん苛めて楽しいのか?泣くぞ?泣き喚くぞ?いい歳こいたおっさんの号泣とか引くぞ?気持ち悪いぞ?良いのか?

「はいはい、漫談は後や。本題はここからなんやけど……」

 嫌な予感がするんだが?おい、何で馬から降りる。乗ってろよ。俺の悪い勘ってだいたい当たるんだから。

「ウチと戦ってくれや」

 ……くそったれ。

 

 ◇■◇

 

 草原に立つ二人の猛者。

 青龍偃月刀を下段に構えた袴に陣羽織、胸に晒の美女、張遼。

 対して刀は抜かず左手に握ったまま自然体で立つ“くま”。

「俺はくまじゃねぇ!」

 モノローグに突っ込むんじゃねぇよ、バカ。一々“男” 表記だと愛着わかねぇんだよ!察しろマヌケ!

 ……ンンッ、失礼。

 先に仕掛けるのは張遼だった。

 一拍で距離を詰め、剛刀を振り上げ最も力のかかる位置をくまにぶつける。そして目を見開いた。

「片手……やと……!?」

 地面とおよそ六十度の角度で置かれていた鞘にその進行は阻まれていた。

 普通ならば鞘どころか中の刀身ごとへし折れる筈の一撃を片手で事も無げに防いだくまは空いている右手を振り上げる。

 鉤のように指が曲げられておりマジもん熊の鉤爪を模していた。

「オォッラァ!」

「!?」

 流石にマズイと思ったのか張遼は飛び抜き間髪入れずくまの右手が彼女の居た場所を通過する。

 勢いは止まらず右手は草原へと叩き込まれた。5本の亀裂が大地に走る。

「ほら、どうした嬢ちゃん。俺はまだ一歩も動いちゃいねぇぞ?」

「ッ!ナメんなァ!」

 両雄、刃を交え火花を散らす。

 

 ◇■◇

 

 どうしてこうなった。

「…………スー」

「…………ン」

 俺の膝を枕に寝るのは晒の嬢ちゃんと赤毛の嬢ちゃん。

「……クマ」

 抱き抱えてんのはチビちゃんだ。

 いや、本当に何この状況。

 …………よし、整理してみるか。

 晒の嬢ちゃんと決闘もとい手合わせして、一刻ほど打ち合って嬢ちゃんの体力切れそれと氣が尽きて昏倒、慌てて支えて寝かせるために俺が座ってその膝の上に頭をのせた、起きるまで待ってると赤毛の嬢ちゃんが来て俺のもう片方の膝を枕に寝始めた、一人ぽつねんとしていたチビちゃんを招き寄せると欠伸をしながら抱き付かれた。

 うん、意味わからん。

 俺か?俺が悪いのか?いやいや、喧嘩売ってきたのは晒の嬢ちゃんだし、勝手に寝たのは嬢ちゃんとチビちゃんだし…………やっぱ俺が悪い……のか?

 何か納得いかねぇ……。

 周りの騎馬の奴等も近寄ってこねぇし。まあ、戦闘にならないだけマシか。

「いや、マシじゃねぇよ。動けねぇよ。てか、酒がのみてぇ…………」

 あの美酒は飲み干しちまったし、買いに行こうにも町の位置も分からんし、何より動けん。

 ふと、空を見上げると雲一つ無い青空に赤みが差し始めていた。

 そろそろいい時間になってきてるし起きてほしいんだがなぁ。

「……うちは……まだ……スー」

「…………ごはん……いっぱい……」

「……りょふ……どの……くま」

 もう少し良いか。

 

 

 その後、起きた張遼と陳宮に蹴りをくらうくまの姿があったのだがまあ、余談だ。

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