雑兵上がりの万夫不当   作:黒河白木

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五兵

 我輩は雑兵である。名前はまだ無い。しかし一応所属する軍が出来たようだ。

「くま!貴方は体が大きいんだからキビキビ動きなさい!」

「おう……」

 そして馬車馬の如く働いている。

 そしてこの厳しい嬢ちゃんが俺の上司にあたる……えっと…………。

「なあ、賈駆の嬢ちゃん」

「なに?今忙しいんだけど?」

「いや、今更だけどよ、何でアンタもくまって呼んでるんだ?」

「貴方の名前が無いからでしょ!愛称であれ何であれ呼び名は必要じゃない!」

「さいで」

 董卓の元に身を寄せて早数ヵ月。俺達は対策に追われていた。

 え?何のだって?

 なんか連合軍が組織されてるらしいんだ。董卓が暴政を敷いて民に横暴の限りをつくしているから民を救えっていう大義名分にこの洛陽を目指しているらしい。あ、いい加減都の名前は覚えた。ま、ここだけなんだが。

「しっかし、何を考えているのかねぇ。連合軍の連中は」

「さぁね。けど、彼等を扇動した奴が居る筈だよ」

 賈駆が唇を噛んでる。

 正直言って俺も今回はちっとばかり腹に据えかねるものがある。何せ董卓の治世ははっきり言って俺が見てきた中でもかなり良いやり方だ。

 民が笑って過ごせているし。今回の兵役の募集は想定人数を遥かに越えるものだった。何より皆が董卓もとい治める者達を気に入ってるしな。無論、俺もな。

「……ねぇ、くま」

「ん?どうかしたか?」

「その……」

 なんだ?えらく歯切れの悪いこったな。珍しい。

「どうしてボク達と一緒に居てくれるの?」

「は?」

「……今回の敵は本当に多いんだ。それこそボク達の数十倍近く、ね」

 何か調子狂うな。しおらしい賈駆とか飯を食わねぇ呂布みてぇに違和感が有りやがる。

「今のくまはまだ、ボク達からすれば客将の立場だし……その……向こうについても誰も……咎めない……よ?」

「つまり何だ?俺に出ていってほしいって事か?」

「………………よ」

「あん?聞こえんぞ」

「…………無駄死にしてほしく、ないんだよ」

 お、おいおい、コイツは何とも珍しい。まさか、賈駆が泣くとは……。

「くま、君はこの時代でも類を見ないほど稀有な人だ。性根も優しいし、皆に親切だし、強いし、誰かを贔屓したり下手にでたりしない。今回の戦だって君は二つ返事で戦うと言ってくれた。けどね……」

 そう言いながら賈駆が俺の目の前にやって来る。

 と、とにかく溢れた涙を拭ってやる事にしよう。……俺が泣かしたことになる、よな。うん、俺の事で塞ぎこんでたみたいだしな。

「ボク達みんな君には生き残ってほしいんだ…………死んで……ほしくないんだ……」

「…………なあ賈駆」

「な、何だよ………」

「何で俺が死ぬ前提で話が進んでるんだ?」

「そ、それは……」

「確かに突っ込む気ではあるけどよ」

 賈駆の顎を軽くつかんで上を向かせる。目を合わせ俺は言う。

「俺は何十年と命を賭けて生きてきたんだぜ?どれだけ戦の規模が広がろうとやることは変わらねぇんだ」

 何か賈駆の顔が赤くなってるがまあ、言い切らないとスッキリしないしな。

 というか俺が死ぬ前提で話が進んでいたことに驚きが隠せねぇよ。

「勝って生き残る。小難しく考えすぎなのさ、お前らは。それに前線に立つから必ず死ぬわけじゃねぇし。俺もむざむざ殺されるつもりもねぇさ」

 ふぅ、言い切ったぜ。

 俺は元々雑兵だしな、人を率いるなんて無理な話だ。前に立って率いる将も居るが俺は求心力みたいなのは持ち合わせてないしな。

 むしろ、怖がられてるらしい。

 この前なんて女中に声かけたら泣かれたぞ。あの時のいたたまれなさといったら…… 。

「くま……」

「ん?」

「えっと、その……」

「くまー?ちょっと、用が……」

「おーう、今行くー。悪いな賈駆、ちょっと向こうに行ってくるぜ」

「あ…………」

 伸ばされた賈駆の手に俺は気付かなかった。

 

 ◇■◇

 

「おうおう、すごい数だな」

 視界を埋め尽くす人の波と土埃。てか、目に優しくない金色が居やがる。

「くま!貴様!戦の前に酒を呑むとはどういうつもりだ!」

「華雄の嬢ちゃん、これはアレだ。ふざけてる訳じゃ………」

「問答無用!」

「ぶべらッ!?」

「まったく、今回の作戦は貴様の発案だろう!泥酔して失敗するなど、恥さらしもいいところだ!」

「……酔ってないから。むしろ、嬢ちゃんの一撃の方が痛いから。斧の柄で殴るなや……」

 痛い……スゲェ痛い。

「刃じゃないだけ感謝されたいものだな」

「流石に刃で殴られれば死ぬ」

「……死ぬ?」

「おい、流石に俺も不死身じゃねぇよ」

 心の臓を刺されれば死ぬし頭に矢を射かけられれば死ぬし体が木端微塵になれば死ぬぞ。

 何だよ、お前ら。その疑わしいものを見る目は、よ。化け物じみてるかもしれねぇが人だから。ちゃんと血の色も赤いからな?

「さぁて、おふざけはこの位で終ろうか」

 狙ってはないが兵達もある程度緊張解れただろ。

「華雄、分かってるだろうが。今回は突撃はなしだからな?」

「ふん!それぐらい分かっているさ」

「いいや、分かってねぇ」

「なに?」

 華雄の肩を掴んで顔を合わせる。コイツは今回の作戦の主旨を理解してないみてぇだな。

「お前は【何があっても防衛に徹する】これが仕事だ」

「だから分かって……」

「相手が挑発してきても。仮に董卓を貶してもだぞ」

「うっ……」

「そして、俺が死ぬ目に合っても絶対にだぞ?」

「……死なないんだろ?」

「俺だって人の子だ死ぬときはあっさり死ぬものさ」

「ならば!……」

「だからこそ、だ」

「ッ…」

「この約束必ず守ってくれ。ここが抜かれれば一気に董卓を民を皆を危険にさらすことになる。【耐え忍ぶ】今回の作戦の要はこれなんだからな」

「う、うむ……」

「お前らもだ!」

 華雄から兵達に向き直る。大丈夫だ。声の大きさには定評があるんでな。

「この戦い!何があっても耐え忍ぶ事を忘れるな!なにかを守りたいならお前達の働きが一番に物を言う!絶望を捨てろ!俺達の一戦が!一瞬が!一振りが!一射が!皆の明日へと繋がる!」

『オオオオォォォォォォ!!!!』

 士気は十二分。練度だって負けちゃいねぇ。

「さあ、始めようか。逆賊ども」

 

 ◇■◇

 

 汜水関にて反董卓連合は思いの外苦戦を強いられていた。

 前情報ではこの関所を護るのは将軍華雄。彼女は猪のように突撃するものだと考えられていたのだ。

 現に先鋒を務めた劉備軍の軍師、諸葛孔明は挑発し誘き出す事を策に組み込んでいた。しかし……

「まさか、【鬼】を配下に加えているとは……」

 出てきたのは一人の男だったのだ。

 大抵の人間ならば見上げるほどの長身に筋骨隆々の肉体。全身に刻まれた傷の数々。ボロボロの袴に藤色の腰布、腹部の晒、頭のバンダナ。そして右手に握られた鞘入りの一振りの刀。

 戦荒しの鬼の情報と寸分違わないその姿に兵達に動揺が走る。

 目に見えて突撃の速度は減衰したたらを踏む。

「オラァ!どうした腑抜けども!俺を殺さねぇと門は抜けんぞ!」

 既に百人以上斬り捨てた男は息一つ乱さず不敵に吼える。

 華雄軍のとった作戦は至極簡単なモノだった。最強の門番を設置し、周囲の外壁に兵を展開。門を避けて登るものを討つといったモノだ。

 この策とも言えないようなお粗末な一手だがその実かなり効果的に作用していた。

 第一に男自身の実力の高さ、そして周りへの影響力。これにより雑兵の足が遅くなり下手すれば止まる。

 次に的確なまでの煽りだ。流石に将軍クラスを兵士が止められる筈もない。そこで男がプライドを引き裂くような一言を告げるのだ。基本将軍クラスは自尊心が服着て歩くような者が多い。そこを狙い自身との一騎討ちに持ち込みそのプライドをへし折るのだ。

 後は勝手に男へと敵が集まるという寸法だ。

(単純ながら効果的です……何よりあの、男性、強すぎる……!)

 劉備軍の誇る将軍格、関羽、張飛、趙雲、更に呉軍の将数名、更に更に曹操軍の夏候姉妹。

 その他の将を含めローテーションを組んで戦っているのだが、男は全て退けていた。合間に兵の突撃が何度か起きているがそれすらも居合いで斬り伏せていた。

「ふはっ!大義がねぇからなぁ!テメェらはよぉ!」

 更にこれだ。他者から及ぼされる情報の不透明さ。つまりはこの連合軍の大義名分である【董卓の圧政を止める】が明確な枷となってしまっていたのだ。

「結局、お前達は権力に集る憐れな禽獣だ!」

 一振り毎に力を増し、軍は士気を高め気炎を上げる。

「お前達に大義なんて端から必要なかったんだ!お前達は民のために立ち上がったという自己満足が!陶酔感が!そしてその先に約束された名声が!権力が!ただ欲しくて戦う……否!貪る禽獣だ!」

 既に抜刀の速度は将の類い稀なる目をもっても見切れないほどに速く鋭い。

「来やがれ!逆賊!テメェらの血でこの戦を決してやる!」

 

 ◇■◇

 

「報告!我が軍、一時攻め込まれましたが門を死守!終始優位に本日の戦を終えました!」

「死者、負傷者は?」

「はっ!策が機能したらしく死者は居らず、数人が矢を受けるに留まったもよう!」

「分かったわ。下がって」

「はっ!」

 伝令を下がらせ賈駆と董卓の二人は大きく安堵の息をついていた。

 初日とはいえ自分達を超える圧倒的軍勢を退けたのだ。

 彼女達の脳裏には豪快に笑う男の姿が浮かんでいた。

「くまがこっちに就いてくれて大助かりだよ、まったく」

 皮肉気味に憎まれ口を叩く賈駆だがその口許は綻んでいた。彼女は何度となく汜水関のある方角へと目を向けていたのだ。

「よかったね、詠ちゃん」

「ふ、ふん!ボ、ボクはくまの心配なんて……」

「ふふっ、私はよかったしか言ってないよ?」

「うっ、それは……その……」

 董卓の常にはない意地悪な質問に賈駆は頬を赤く染めそっぽ向く。そんな自身の友人の変化に董卓も嬉しそうに頬を弛めた。

「私はくまさんが無事で良かったと思ってるよ?」

「ッ、ボクだってそう思ってるさ」

 董卓軍は兵も将も果ては文官も全てを引っ括めて変わったと董卓自身がそう思っていた。

 それは一重にあの剛毅な男の影響だろう。

(私たちは貴方に会えたことを心のそこから感謝しています……だから……)

 夜空の月を見上げ董卓は祈る。自身の真名にかけてこの戦が失うだけのものにならないことを

 

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