雑兵上がりの万夫不当   作:黒河白木

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六兵

 我輩は雑兵である、名前は未だ無い。ただいま戦の真っ只中で釣りの真っ最中である。

 餌を勤めるのはこの俺だ。中々活きが良いらしくよく食いついて貰ってるところだぜ。お陰で少しばかり生傷が絶えないがな。

 まあ、所詮は些事だ。大したことじゃない。

 ではでは、俺の釣りとくとご覧いただこうかね。

 

 ◇■◇

 

 連合軍の汜水関攻略は既に5日もの時間がかかっていた。

 相手の採っている作戦は初日と変わらないもの。しかし、その一手がどうしても覆せなかった。

 兵のみを突撃させれば無駄に被害が広がり、更に投げ槍による牙門旗の破壊を行ない挑発。将を向ければこれ幸いと的確に言葉で煽られ一日貼り付けにされる。

 連合軍の士気は見る間に落ち込み今では発足時以下のものとなっている。

 対して華雄軍の士気は未だに高い次元を保っており兵への被害も最小限に収まっていた。

「なかなかいい感じに足止め出来てるな」

「あったりめぇよ。こちとら命懸けてやってんだ。釣れてくれなきゃ、な」

 華雄の横で城壁の壁に腰掛ける男は瓢箪を煽り辛口の酒を喉をならした旨そうに呑む。

「ただ……相手もそろそろ焦れてくる筈だ。正直これ以上の時間稼ぎをここでやるのは難しいだろうな」

 背後には薄暗がりに所々野営をする連合軍の灯りがちらほらと灯っている。

「あっちだって本丸を前にこれ以上戦力を割いてはいられないさ。多分幾つかの軍を残してここは素通りだろ」

「ならば……稼げて後、一日といったところか」

「ああ。まあ、元からそういう手筈だしな」

「くま、気付いているか?」

「あったり前」

 華雄の目が鋭く光り男は手にもつ瓢箪を壁の一角に投げ付ける。

「ッ!?」

「はい、確保」

 忍び装束の少女は一瞬の隙を突かれ男に首根っこを掴まれ猫のように持ち上げられた。暗器を使おうとするもその手を押さえられ完全にその動きを止められる。

「くっ……!ならば……オゴッ!?」

 舌を噛もうと口を一瞬開けば華雄の指が突っ込まれ自殺も止められてしまった。

「おいおい、嬢ちゃん。盗み聞きたぁ、いけねぇなぁ?うん?」

「……ッ、こほぉへ!」

「ハッハッハッ!何言ってるか分からんなぁ」

 男は軽薄な態度を崩さない。というよりも密偵が入り込むことなど想定内なのだ。むしろ遅すぎるほどだ。

「お前は……ほぉ、呉の所か」

「……!?」

「それにもう一人……」

「ガッ!?」

 死角から飛び掛かっていた女性を男は事もなく首根っこの左手を放し首を掴んで止めた。

「二人一組。まあ、密偵の鉄則だわな」

 そのまま首を締め上げ意識を飛ばす。

 高々と持ち上げた女性を一瞬手放し両腕を掴む。

「ひふん!」

「騒ぐなっての。死んじゃいねぇよ」

「くま、コイツらはどうする?殺すか?」

「どうすっかな。正直どうでもいいんだ。この関所に機密はねぇし。作戦はあの一つのみ向こうだって分かってる筈さ。なら考えられるのは……」

「我々の暗殺、か?」

「ま、そこが妥当だろ」

「……」

「ならば殺そう」

 華雄の容赦ない言葉に少女の肩が一瞬ビクつく。その目は気絶した女性へと向けられていた。

「いや、ほっとこうか」

「なに?」

「人質じゃねぇけど向こうにちょっとした揺らぎを与えれるなら時間も稼ぎやすくなる」

 男は少女達に笑みを向け次いでその手を放した。

 突然の事に少女は驚いたようだが気絶し倒れようとする同僚を慌てて回収し庇うように包む。そして毅然とした態度でにらみ返すのだった。

 

 ◇■◇

 

「カカッ!やっぱし予想通りだぜ、華雄」

「ああ、ならば手はず通り。……死ぬなよ」

「おうよ。後でちゃんと合流するさ」

 華雄と別れた俺は門のてっぺんに立って大きく息を吸い込む。

 これからやることはこの戦の董卓達の命運を賭けた大博打だ。負ければまあ、死にゃしないがそれでも絶望的な状況が悪化するのは間違いない。

 さ!派手に行こうか!

 

 ◇■◇

 

 汜水関攻略を実質的に放棄し一部を残して進軍する連合軍の足を止めたのはある種の咆哮だった。

 ただし、それは獣のそれではなかった。いや、獣の咆哮ならば幾分かましだっただろう。

『連合軍の腰抜け野郎共ォォォォ!』

 これが最初の咆哮。

『天下統一を掲げる能無しの連合軍よ!』

 吼えるのは一人の男。

『貴様らは!雑兵一人が護る門すら抜けられない!』

 その存在は正しく万夫不当。

『その汚名今、この瞬間を逃せば永久に漱げないと理解しておけ!』

 門の正面に布陣していた兵達の大きな動揺が戦場全てに伝播する。

『さあ!千でも万でも掛かって来いやぁ!あ、腰抜けのお前らじゃ無理か?』

 この一言を皮切りに進軍の足を止めた連合軍は男に殺到するのだった。

 

 ◇■◇

 

 釣れたな。もう見事に釣れた。

 俺に殺到する連合軍の面々をつり上がった口角が中々下がらねぇ。後は俺の頑張り次第だ。

 ま、九分九厘成功なんだがな。

 やることは簡単、連合軍に単身で突撃。常に動き回って兵達に恐怖を植え付ける。そのために派手に大胆にそして猟奇的に、暴れる。

 鞘を思いっきり地面に叩きつけ空まで届く土煙を巻き起こして刀の一振りで十人程の命を奪う。

 よしよし、いい感じに士気も落ちてるな。それにそろそろ……。

「……ッ!?」

「……」

「よお、久し振りだな。嬢ちゃん達」

 いつぞやの螺旋の嬢ちゃんの付き人二人と出くわした。

「ゼアッ!」

「ニャアアア!」

「おお、元気いいな。何か良いことでも有ったか?」

 嬢ちゃん二人をいなして偃月刀と蛇矛を止める。この二人は…………ああ、先鋒を担当してた奴の所か。

「貴様!何が目的だ!」

「さぁてねぇ。お前さん達に語ったところで意味はないだろ?無駄な問答は俺も好きじゃないんで、な!」

「にゃあ!?」

「くっ……!」

 とりあえず弾き飛ばす。足止めるのが一番危ないんでな。というか死に直結してる。

 まあ、正面からぶつかるのも作戦なんだがな。それで足が止まるのは仕方無い。

「ほらほら、纏めて相手してやるよ。…………まあ、死なねぇように気を付けな」

 

 ◇■◇

 

 その戦いは凄惨なものだった。

 一対多、それも一対数十万。

「ほらほら、どうしたァ!その程度か!」

 圧しているのは男つまりは『一』の方だった。

 左の鞘での強打で大地をひっくり返し右の刀で捲れ上がった岩盤を切り刻み前蹴りで蹴り飛ばす。

 この岩の砲撃、将軍格でなければ避けることもままならない。兵達は悲鳴をあげる暇もなく岩の雨に沈んだ。

 戦いを好まない質である男ではあるがそれが戦えないそして弱いということにはならない。

 現に連合軍の面々はその強さを実感していた。悪手と分かってはいながらも男を討ち取ろうとしているのがその証拠だ。

「……ッ!このォ!」

「食らえ!」

「穿て!」

 偃月刀、朴刀、槍、三点別視点からの同時攻撃。

「「「なっ!?」」」

「あめーよ」

 刀と鞘で偃月刀、朴刀をそれぞれ受け止め槍を足の指で挟んで受けとめる。

 そのまま片足を軸に空中横回転し全て弾き飛ばしてしまった。

「……良い狙いだが、やっぱ甘い」

 飛んできた矢をそれぞれ迎撃し射手へと目を向けた。褐色の美女と青髪の美女が弓を構え次の矢をつがえる姿がそこにあった。

「ほら、俺を殺すんだろ?もっと本気で来いよ」

 男はヘラリと笑い駆け出した。敵陣へと。

「ハッハーッ!」

 その一振りは兵士達の命を刈り取る。その姿に士気は下り、連合軍も徐々にだが散り始めていた。既に逃亡兵がかなりの人数に及んでおり当初の兵数の六割にまで落ち込んでいる。

 これもこの策の狙いだ。圧倒的な力と言うものは恐怖を植え付ける。恐怖政治が成立する理由と似たようなものだ。

 ある意味単純でそして最も効果のある一手。

 連合軍の軍師や率いる切れ者達は皆一様に苦虫を噛み潰した表情だ。

 しかし未だ男のそして董卓軍の策は終わりを見せない。連合軍の苦戦は続く。

 

 ◇■◇

 

 カッカッカッ!作戦大成功ってな。

 ん?俺が今、何処に居るかって?森の中を全力で走ってるところさ。

 あの足止めから丸一日、俺は最後に土煙を煙幕の代わりにしてあの場から消えてやった。

 いやー、はっは、アイツらの呆けた顔は中々だったぜ。まあ、安堵してるところ悪いが横槍は入れ続けさせてもらうけどな。

 俺の残りの任務は簡単だ。連合軍の疲労を更に募らせること。精神的にも肉体的にも、な。

 ん?汚いって?違うな。卑怯汚いは敗者の論だ。負けた方が悪いのさ。

 そもそも戦で疲弊を誘うのは常套手段なんだ。俺も何度くらったか覚えてないほどやられたしよ。

「お、居たな」

 何やかんやで野営地発見だ。殆ど進めてないみたいだな。哨戒の兵士も疲れきってる。

 脅しの方法は単純だ。

「オオオオォォォォ!!!!」

 爆音。音ってのは生き物が怯みやすいものらしいからな。

 野営地近くで吼えれば直ぐに……

「て、敵襲だー!」

「あ、あいつだ!アイツが帰ってきたぞぉ!?」

「や、やっぱりアイツば、化け物だぁ!」

 ……失敬な奴等だな。人間だっての。

 まあ、いいか。とりあえず連合軍を囲むように吼えたてる。

 それだけで精神的にぶっ壊れるやつらも出るんじゃないか?(ゲス顔)

「さあ、アイツらの為に負けてくれや、連合軍」

 

 ◇■◇

 

 虎牢関。史実においては汜水関と同じものとされているが演義においては別物とされている。今作でも同じく別物として扱おう。

 虎牢関では董卓軍の誇る猛将三騎が今か今かと連合軍の首を狩ろうと牙を研いでいた。

 とはいえその件の連合軍は化け物じみた一人の男に引っ掻き回され青息吐息の状況なのだが。彼女達にとってはそんなことは関係無い。

 先に殴りかかってきたのは彼方なのだ。それも大多数を引き連れての一方的な暴力。なればこそ自衛のために腕を振り回し立ち向かうのは必然。有らん限り力を注ぎ撃退する。

 そう、狩る側であった虎は既に狩られる側の兎と成り果てていたのだ。

 連合軍は後方の化け物に追い立てられ疲労困憊の中の強行軍。士気はなく惰性で動いてるような大義のない脱け殻。

 対して董卓軍は後ろに守るべきものが有り背水の陣。士気も高く、気合い十分……いや、十二分だ。

「華雄、恋、ここが正念場や。くまと賈駆の策ここで決めるで」

「……うん」

「無論だ」

 男より預かっていた瓢箪を煽り張遼は視界の先にモウモウと立ち込める土煙を見つけた。あとの二人も同じく気付いたらしくその表情を引き締める。

「ねね、後ろの指揮は任すで?」

「ふっふっふっ!おまかせなのですよ!」

「華雄が先鋒!恋とウチで両翼や!ここでアイツらの仕留めて宴会やァ!」

『オオーッ!!!!』

 開戦七日目にしてようやく両軍の激突と相成った。

 

 

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