我輩は雑兵である、名前は未だ無い。今は戦場の後処理に追われている。
いや、未だ追い立ててる所なんだがな。終わるのも時間の問題だ。既に盟主の袁なんちゃら抑えたし抵抗してんのも螺旋の嬢ちゃんのところ位だ。
さっさと諦めてくれんかな。酒宴が俺達を待ってるんだが?
「……くま、顔怖い」
「酒がキレた」
「ほな、ウチのを呑むか?元々、アンタの瓢箪やし。中身は別物やけど」
「おおぉぉぉ…………張遼が女神に見えるぞ……」
後光が……後光が、差してやがるぜ……。
「酒だァァァァ!!!」
一気に煽る。ちっと甘いが、この際背に腹は変えられん!
……何か張遼が恍惚な表情だが……まあ、今は酒を味わうのが先決だ。
「良い呑みっぷりやなぁ、くま。まだ、ケリは着いとらんのに」
「カカッ!とっくに勝敗は決まってらぁ。最初の汜水関で俺の挑発が効いた時点で俺たちは王手を掛けてたんだよ」
「……どういう、事ですか?」
「あん?」
ちっこい嬢ちゃんだな。……あー、確か劉なんちゃらの所の軍師か。
「……私達が負けることが分かっていたんですか?」
「んー、まあ、な。そもそも、お前らが攻めてきた時点で俺達の採れる策は多くない。そしてその中でも最も採られない手を打ったんだ」
「それが……囮、ですか?」
「おう、お前が軍師なら絶対採らないだろ?」
「当たり前です。こんな……策とも言えない……力押しなんて」
まあ、言い淀むのも無理無いか。軍略に正面から喧嘩売ってるからな。
「ここまで、予想していた、ということですか?」
「予想、はしてねぇな。けど、連合軍の時点で賈駆は一枚岩じゃないことは見抜いてたな」
連合軍の一番の敗因は【連合軍】だった事。大義を掲げてはいたが皆が皆大義を主眼に置いてはいなかった。
いかに目立つか。そして、如何に功をたてるか。この二つに限る。
「お前らが個別で一斉に掛かってきてたらちっと難しかったな。ま、俺の負担が増えるだけなんだが」
そもそも、今回の戦は防衛戦だ。殲滅する事が目的じゃない。此方の被害を最小限に最大限の手傷を相手に与える。
「なら、個別に挑んだ場合は……」
「それこそ、有り得ん。董卓軍に正面から挑めるのは今回の連合の盟主だった袁なんちゃらと螺旋の嬢ちゃん位だろ。他ははっきり言って前哨戦で潰せる」
そう。董卓軍は腐っているが都のお抱えだ。それに董卓自身が民の信仰をよく集めてる。兵の士気も高い。規模もデカイ。少なくとも策を用いられても物量で大抵どうにかなる。
「連合に応じた時点で詰んでいたんですね……」
「カカッ!嬢ちゃんはどうやら頭が良いらしいな。まあ、そういうことだ。戦は数だけじゃ勝てない。そして、策を弄するだけでも勝てない。策をこなせる実力と信頼関係が必須だ。お前らにはそれがなかった。どうせ腹の探りあいでろくに手の内晒さなかったんだろ?」
「……」
図星っぽいな。
将軍ってのは大抵、自尊心やら何やらが高い。そして、この戦乱の世の中で名声を得ることを求めてる。
俺みたいに無欲に生きれば楽なのにな。
「くまは無欲や無いやろ」
「人の考え読むんじゃねぇよ。てか、少なくとも強欲じゃねぇつもりだぜ?」
「……けど、無欲やない。無欲やったら酒に溺れたりせんやろ?」
「お、溺れてねぇし」
「こっち見ぃや」
「…………」
「……はぁ、恋」
「……ん。くま、こっち向く」
「グボォ!?」
呂布……!?それはいかん…………首を無理矢理動かすとか……。
「お~い、くま。生きとるか?」
「……何とか、な」
まさか、戦場の外で死にかけるとわな。
どうにかこうにか首の位置を治していると歓声が上がった。
どうやら螺旋の嬢ちゃんが降伏したらしい。
やれやれ、長かったな。疲れたぜ。
◇■◇
遠くで宴会の音を聞きながら月を肴に酒を呑む。
うん、乙なもんだぜ。
あの後、連合軍は解体された。諸侯は軒並み董卓の前に引きずり出され頭を下げさせた。
それを董卓は全部許した。軍の吸収もせず、死罪にも流しにしたりもせずただ許して今は宴会だ。
「良い子だアイツは。いや、全員か」
俺以外、な。子供って歳じゃねぇし。さてと…………
「行こうか」
おっと、コイツも忘れないようにな。
◇■◇
「くまー?どこですかー?」
宮殿を駆け回る小さな影。
影、陳宮はかれこれ現代の時間に換算して一時間ほど駆け回っていた。
彼女が探すのはいつぞやの出会いを果たした酔払い熊だ。
今回の戦において最大の功労者にして最強の切札だった。
「……ねね、くま、居た?」
「おりません!まったくあやつはどこへいったのか……」
「……月のところに行こう」
「かしこまりましたのです!」
陳宮は呂布の手を引き再び駆け出す。
胸の中でほの暗い嫌な予感を振り払うように。
◇■◇
執務室の空気は暗いものだった。
この部屋にいるのは6人の恋姫達だ。車座のように座り皆一様に俯いている。陳宮に至っては涙を堪えるように唇を噛み締めていた。
彼女達の中央には一通の書簡だ。
筆跡は少々崩れ粗っぽいがまあ、読める、といった感じのもの。
そう、彼女達が探していたくまの残したものだ。
内容は至ってシンプル。新たな旅に出ること、戻ってくるかは分からないこと、その他諸々を書くだけ書いて董卓の文机に置いていっていた。
「ホンマ、嵐みたいな奴やったなぁ」
酒を煽り張遼がポツリと呟く。
それはこの場に居る者達の総意でもあった。
引っ掻き回すだけ引っ掻き回し、去るときはまるで何事もなかったかのようにパッタリと消える。あとに残るのは大きな爪痕。彼女達にすればその爪痕とはある意味淡く、甘く、ほろ苦く、甘酸っぱい、そんな感情。
「…………」
「月?」
沈黙が重苦しくのし掛かるなか不意に董卓が立ち上がる。
皆驚いたように彼女の顔を見上げ息を飲んだ。
いつもの儚げな雰囲気と表情はあまり変わらないがその目には強い意思を湛えていたのだ。
そのまま董卓は部屋の扉へと真っ直ぐに向かう。
「ゆ、月?何してるの?」
皆を代表し賈駆が問う。明晰な頭脳を持つ彼女も董卓の意図を掴みあぐねていた。
「玉座の間です。私は彼との約束を果たします」
「約束……?」
「私は彼が軍門に下るとき言いました。平和な世を作るために力を貸してほしいと。そして今、見計らったかの様に私達の元を去りました。恐らく先の戦で彼自身が多量の恨みを買ったからでしょう。そして、その恨みは私が望む世を作るにはあまりにも足を引っ張る。彼はそう考えたのでしょう」
訥々と語られる董卓の思い。彼女は今、前を見ているのだ。あの時あの玉座の間で誓った理想を現実へと変えるために。
そこまで言われてただ座っているような者はこの場にいない。5人が同時に立ち上り董卓の後へと続く。その顔には既に悲壮の色はみられない。
未来への目標が出来たのだ。
そして、何処かで確信めいたモノが彼女達の中に芽生えていたのだった。
◇■◇
五年。天下分け目とも言われる対董卓連合との戦から経過した年月だ。
各地で猛威を振るった諸侯達は平定される者、討伐される者、軍門に下る者等様々居たが確実に消滅していきついに統一の陽の目を見ることとなったのだった。
今日はそんな式典の当日だ。
広場にはそれこそ数えることが億劫になるほどの人が集まり今か今かと正面中央の檀上に一人の少女が立つことを待ち望んでいる。
そんな舞台裏ではあるイベントが起きようとしている所だ。
この大陸を統べた才媛にして国一番の人望を集める彼女はあるモノを待っていた。
それは配下の5人の恋姫達にも当てはまる。
確証があるわけではない。現にこの五年もの間、1度として連絡が来たためしもない。噂は時々耳にしていたが確認する頃には既に煙のように消え失せてしまう。
そんな事が続き何度となく心がおれそうになった彼女達だったが、まあ、恋する乙女は強いと言うことらしい。
「来ましたね」
「うん、来たね」
「……来た」
「ホンマに来よったなぁ」
「相変わらずのようだな」
「おそいのです!」
彼女達の視線の先には近くによれば見上げるほどの大男だ。
髪はボサボサの伸ばし放題、頭に橙色のバンダナを巻き、上半身は腹部の晒のみ、藤色の腰布に灰色のボロ袴。そして、左手に握られた鞘入りの一振りの刀。右手にはお気に入りの朱色の瓢箪が握られそこから酒を煽る。
五年の月日を感じさせない相変わらずのその風貌。
天下分け目の大戦の立役者にして功労者にして切り札を担ったその男。
彼は変わらぬ軽薄な笑みを浮かべ片手を挙げる。
「よう、嬢ちゃん達。久しぶりだな」
その言葉に6人の涙腺が緩む。
瞳は涙の膜が張りそれでも溢すまいと必死に堪える、がそれでもポロリポロリとこぼれ落ちていた。
だが、最初に決めていたのだ。もし、帰ってくるならば笑顔で迎えようと。
故に皆目元を拭いそして再び溢れないように一斉に男へと飛び付いた。
面食らう彼だったがそこは武力チートの面目躍如。危なげなく受け止める。
自然と口からこぼれる言葉があった。
「ただいま……」
『……おかえりなさい』