酒を煽って空を仰ぐ。
俺の目の前には物言わない石碑。これはまあ、墓石だ。
この下には昔馴染みの殺し合いをした仲の奴が眠っている。
「まさか、お前さんが死んでるとは、な」
かなり予想外だった。確かに血の気が多かったが死に急ぐ奴じゃなかったんだがなぁ。
また、殺し合うもんだと思ってた。顔を見せれば『さあ、殺ろう』みたいな?
「な、何で貴方が……」
「アンタは……ああ、連合の時に居たな」
褐色の美人だ。アイツと似てるな……娘か?
「母様を知ってるの?」
「……まあ、な。一応、殺し合いをした仲だぜ?」
「じゃ、じゃあ貴方が……『最強の敵』?」
な、なんだその表現。アイツ、どんな伝え方してんだよ。
大体、俺からすればアイツら3人の連携の方が化け物じみてたぞ。
「何かその言い方には悪意が有るな」
「……私達の共通認識でもあるのよ」
酷い言い草だな。
「連合軍を一人で半壊に追い込んだ化け物、人外の鬼、アイツ人じゃないんじゃね?とか色々言われてたわよ」
「知りたくなかった、そんなこと」
なぁ、堅。お前の娘えらく毒舌だぞ?いや、ホントに。
「貴方の名前、聞いてもいいかしら?」
「……悪いな、俺に名前は無い」
「冥琳や祭の言ってたとおりね。名も無い自称雑兵に勝てなかった、てね」
おい、何で刀を向ける。危ねぇっての!?
「まてまてまてまて!流石に堅の墓を血で汚すのは不味いっての!」
「大丈夫、私が血を浴びるだけだわ」
「問題大有り……危ねぇ!」
「えっ?……キャア!?」
娘っ子を抱き寄せて飛んできた矢をへし折る。
飛んできた方を見ると次の矢をつがえた奴等が……10って所か?
「ハッ!暗殺狙いか?自分の不幸を呪いやがれ!」
堅の墓の前で娘暗殺たぁふてぇ野郎だ。万死に値する!
◇■◇
孫策は男の腕のなかその光景に目を奪われていた。
矢による狙撃など意に介さず口で鞘を噛み引き抜いた刀で迎撃し距離を詰めていく。
「一人!」
大上段からの右腕のみによる振り下ろし。骨もろとも両断しエグい断面をさらすこととなった。
「二、三!」
背後から迫っていた二人を振り返りながら回転することで正確に首と体を両断する。
瞬く間に3人が殺され襲撃者達は一人を逃がし一斉に暴力の化身へと捨て身の特攻を行う。
せめて一矢報いる。その危害で剣に毒を塗り少しでもかすらせれば殺せるよう死ぬ気で挑む。
しかし、毒を塗ったのが悪手となった。襲撃者達の心に少しでも当たれば殺せる、という慢心を芽生えさせてしまったのだ。
失念していた。自身達の前に立つのは先の戦で【鬼】とさえ呼ばれた怪物だったことを。
「九、てな!」
勝負は一瞬刀に付いた血糊を払うと同時に襲撃者達の首から上が切り飛ばされる。
凄惨たる血みどろの現場で男は逃げ去る最後の一人に狙いをつけ大きく振りかぶり刀を投擲した。
数秒の間をおいて肉が引き裂かれる音とくぐもった悲鳴が聞こえ男は満足げに頷き腕のなかの孫策を下ろす。
「いやー、ハッハッハ!墓参りを狙う不届き者だからまったく歯応えが無かったな!」
男は一頻り笑うと刀を回収し簡単に検分し鞘に納め再び墓の前へと向かう。
そこで腰を下ろし穏やかな表情で酒を煽るのだ。
「……貴方と母様は一体…………」
「最初に言ったろ?単なる殺し合いをした仲だって。ただな……」
男は言葉を切り少し寂しげな目を墓石へと向ける。
「戦いで剣を交えるのは言葉以上の意思疏通が取れるんだ。正面切って俺と殺り合える奴なんてそうは居ねぇ。堅とは今までも含めて数少ない俺と対等な相手だったのさ」
それはある種の強者の孤独。
男が未だに根無し草を続けている原因の一端なのかもしれない。
◇■◇
やあやあ、皆の衆。俺だ。
え?誰だって?雑兵さんですよ、雑兵さん。
俺は今、堅の娘を城へと送り届けてる最中だ。因みに背負ってるぞ?いやー、背中が幸せだぜ。
どうもこいつは酒に弱いらしく俺の酒を横からひっつかんだと思ったら目を回してぶっ倒れてやがった。
やれやれ、これだから子供は苦手なんだよ。
「……母…………様………………」
…………はぁ、偉大すぎる親ってのも考えものだな。この嬢ちゃんはずっと堅の影が着いてまわってんだな。
「期待、か……」
嫌な言葉だ。
何かを諦めた人間は期待する。自分で限界を決めた人間は期待する。過去に未練を残す人間は期待する。
堅の影はデカイだろうし、アイツの影響ははかり知れんな。
その強さは鮮烈すぎて、その背中は印象が強すぎて、その生き方は人を惹き付ける。
「色々と残しすぎだぜ、堅。せめて、娘の未来に影を差さないように配慮すべきだろうが」
昔からだ。剣を交えればぶっ倒れるまで突っ掛かってきて後を考えねぇ。酒を呑めば明日の予定をぶっ潰すことになる。
「そういや、刹那主義だったな。スゲェ奴ではあるんだが……な」
そこだけ残念なんだよなぁ。用兵も策略も勘も今いる諸侯に比べれば何枚かうえだ。
刹那主義さえ発症しなきゃまず間違いなく天下に一番近かったんじゃないかと思うな、俺は。
「……ねぇ」
「なんだ、起きてたのか」
「貴方は……母様と親しかったのよね?」
「まあ、そこらの凡くらよりは、な」
「話、聞かせてくれない?」
「…………後でな。先ずはお前を城に届けてからだ」
それで、堅の影を払ってやるなら安いもんだな。
酒も少しは貰えるだろ。
◇■◇
「……ふぅ、良い酒だ」
「相変わらずの酒呑みだな」
「よお、久しぶりだな。っと、おいおい、弓を向けんな。別に殺り合う気なんてねぇよ」
「ふん、わしとて無いわ。お主と殺り合うには此方の手駒も足らん」
「カカッ!確かに此処に居る奴等じゃ相手にならんな」
「随分と傲慢な物言いだな」
「……やれやれ、懐かしい面ばっか来るな。もっと愛想の良い娘っ子をよこせ。もしくはあれだ若返ってこい」
バチバチと火花を散らす妖艷な女性二人と野性味溢れる男性。
「相変わらず、女の扱いがなっておらんのう。だから独り身なんじゃ」
「おいおい、そいつはお互い様だろ。てか、お前ら二人とも既に行き遅れじゃねぇか」
「……喧嘩を売ってるんだな」
「ハッ!そんな気は更々ねぇっての。ただ、ちっとばかし口が滑っただけだ」
「それは宣戦布告と受け取って良いのね?」
「ご自由に」
「ふん、所詮は野獣の遠吠え。わしら人を挑発するとは滑稽なことじゃて」
「その割りには片手が矢に掛かってるぞ年増」
ゾワリ、と3人の蟀谷で青筋が別の生き物のように動く。
殺意は駄々漏れとなり室内で呑んでいるのだが極寒の吹雪の中に取り残されたような寒気が他の参加者達を襲う。更に振り撒かれる殺気により柱や鴨居が軋む。
「ちょ!?3人とも落ち着いて!シャオとか気絶しちゃってるから!」
「「「チッ」」」
「冥琳!?祭!?」
何とか止めるべく口を挟んだ孫策だったが返ってきたのは3人の冷めた目と反感たっぷりの舌打ちだった。
うちひしがれる彼女を尻目に男は周瑜と黄蓋の杯に酒を注ぐ。
対して二人もそれに応えるように自身達の持つ盃よりも二回りほど大きな男の杯に酒を注ぎ返す。
そのまま目も合わせず毒などの確認もせず、ぐいっと同時に煽った。
「堅の娘は心配性だねぇ。喧嘩は祭りの花だってのに」
「そう言ってやるでない。雪蓮はまだまだ人生経験が足らんのだ」
「それに私達の血が昂ってしまったのも原因よ。私はあまり前線に立つ側じゃないのだけれど、ね」
「カカッ!策ほっぽりだして堅と一緒に掛かってきた奴の言い種じゃねぇわな」
「ふふっ、あの時は若かったから」
「今じゃ俺達は老兵か。後は死ぬだけ、か?」
「ふっ、背負うモノの無いお前と一緒にするでない」
「言ってくれるなぁ、まあ、強ち間違ってもないか」
先程までの空気は霧散し和やかな雰囲気で笑い合う3人に周囲はポカンとした目を向けるしかない。
どうやら彼らからすれば先程の一触即発は単なる遊びだったらしい。
歴戦の古兵はものが違う。
「とはいえ、今回ばかりはお前は居場所を定めると思ってたいたんだが……」
「…………ねぇよ。お前らだって今回は分かってるだろ?」
「……はぁ、まあね。今回は貴方、挑発のし過ぎよ。少なくとも連合に参加していた者達の印象は最悪よ」
「ま、それが狙いってのも有ったしな。恨む対象もとい負の感情を集める対象がいれば色々と、な!」
豪快に笑うことで沈む空気を男は払拭する。
「おお、そうだ!堅の娘!ちっと来な」
「……何なのよ……私だって……ハッ!な、何よ」
「堅の話を聞きたがってたろ?来な、話してやるよ」
孫策を手招きし男は側に座らせるとその肩を抱き寄せた。
「最初の出会いはやっぱ戦場でな…………」
男は語る。呉が誇る英傑、孫堅との出会いを。鮮烈にして苛烈にして強烈な出会いを。
◇■◇
血生臭く泥臭い戦場でその姿は異質だった。鎧を纏わず刀一本で戦場に突如現れ掻き乱す、一種の厄災。
「あー、しんどー」
厄災、若い男は酒を煽る。その手に握られるのは朱色の瓢箪。中身は辛口の安酒だ。
周囲を取り囲むのは既に人の姿を保っていない死体ばかり。縦に両断されたもの、首の無いもの、上半身と下半身が別れたもの。
大地は血を啜り赤くいや、既に汚い黒に染まっていた。
「貴方が、【鬼】ね?」
「あん?何だいお嬢さん。何かようか?」
死体の一つに腰掛けていた彼のもとに3人の少女がやって来たのだ。
「私は孫堅。早速だけど……」
真ん中の少女、孫堅が宝剣を男へと向ける。
「死合いましょう?」
振るわれた宝剣と刀が打ち合わされた。火花が散る。
「おいおい、血の気が多いお嬢さんだな、おい」
「ふふっ!貴方なら簡単には壊れなさそうね!」
少女に宿るのは狂気。苛烈でまさしく烈火のごとき攻め。
男の振るうのは剛力にモノを言わせた反撃重視の型。岩山のような不動の守り。
対局の二人。しかし、天秤は徐々に男へと傾いていく。
攻めと守り、場合にもよるが有利なのは後者だろう。卓越した技術が有るならば体力の消費を抑えて対応できるのだ。
「ほれ、詰みだ!」
孫堅の動きが鈍った一瞬を狙い腰から鞘を振り抜き宝剣の柄尻に叩き付け跳ねあげた。
あまりの衝撃に宝剣はその手を離れ宙を舞い数メートル後方に突き立った。
「……っ!」
「俺の勝ちだな」
これが後に【江東の虎】孫堅と【万夫不当の鬼】と呼ばれる二人の最初の出会いだった。
◇■◇
「いやー、あれは驚きだったぜ。ヒヤヒヤものだったぜ」
「白々しい。随分と簡単にいなしとったじゃろうて」
「……今ではあの場で完全に叩きのめすべきだったと思ってるさ。もしくは大敗を喫すべきだった」
男の顔色が若干悪くなり自嘲するような笑みを浮かべる。
周囲で聞き入っていた者達は意味がわからないと小首を傾げ、当事者でもある古参の二人は苦笑いだ。
「堅の奴はとにかくしつこいんだ。それはもう、辟易するほどにな」
遠い目をした男は酒を煽り口を湿らせ再び言葉を紡いだのだった。