えっと……どこまで話したか……ああ、堅と初めて会った所だったな。
ん?何でそんなに嫌そうなのかって?
アイツ、堅はなしつこいんだよ。
国境越えて剣を交えに来るぐらい、な。
◇■◇
「いい加減にしつこいぞテメェ!」
「見目麗しい私に何て口の聞き方だ!罰として私と剣を交えろ“刃”!」
「断る!てか、勝手に名前つけんな!何だよ“刃”って!」
戦場に響く複数の馬蹄の音と噛み合わない会話を大声で繰り広げる男女の声。
刃と呼ばれた自身の足で駆ける半裸の男と馬を駆る【江東の虎】孫堅の二人だ。因みに彼女の後ろにはお目付け役の周瑜と黄蓋の二人が追随している。
「貴方の雰囲気が抜き身の刀みたいだからだ!それからいい加減に止まれ!」
「知らねぇよ!後、止まる気はねぇ!お前と戦うなんざごめん被る!」
この追いかけっこを初めて既に一刻程経過していた。驚くべきは刃のスタミナだろう。
馬に負けず劣らずの速度で走り続けているのだ。
「のう、冥琳。あやつは人か?」
「少なくとも私の知る人の範疇には収まっていないな。祭の方こそどうなんだ?」
「無論、あやつを人とは思っておらん」
刃が聞けば憤慨するような事を平然と語る二人。まあ、件の刃自身が孫堅に掛かりきりで声が聞こえていないだけなのだか。
「血沸き肉躍る事こそ戦の花だろう!」
「俺は戦は嫌いなんだ!」
「腑抜けか貴様!あれほどの実力を持ちながら何故闘争を求めない!」
「俺は酒呑んでのんびり暮らせたら良いんだよ!戦は単なる路銀稼ぎだ!」
「ならば私と戦え!勝ったら報酬をくれてやる!向こう一年遊んで暮らせる額をな!」
「………………だが断る!」
結構な間を開けて刃は拒否の声をあげる。
「ええい!まどろっこしい!祭!刃の足を狙え!」
「…………」
無言の肯定を示し黄蓋は2本の矢を同時に弓につがえ、放つ。
声を上げなかったのは避けられる可能性を少しでも無くすため。2本同時に放つのは一射で確実に両足を潰すためだ。
「アッブネェ!?」
予知能力でも有るのか刃は身もせずにその巨体を跳ねさせ回避してみせた。
「冥琳!」
「くらえ!」
避けることを計算にいれていた孫堅は声を張り上げ周瑜はそれに応える。
まるで意思を持つかのように駆ける鞭は正確に刃の背を捉えていた。
「一本釣りじゃ!!!」
空中で体を捻り鞭を鷲掴みにするとそのまま異常な膂力にモノを言わせて振り跳ばす。
「もらったァ!」
その隙をついて加速した孫堅は宝剣を振るった。
「鬼かテメェ等!こんの、鬼畜が!」
大声で罵倒しながら体を更に捻り天地が反転した状態で刀を振るい宝剣を受け止める。
「ぬおっ!?」
空中では踏ん張ることもできず刃は弾き飛ばされた。
「刃!覚悟!」
「ナメんな!」
体勢の崩れた刃を大上段からの振り下ろしを狙う孫堅。対して刃も下からの振り上げで相殺を狙う。
ガチリ、と両者は噛み合い甲高い金属音が周囲に響く。
◇■◇
「あの一戦もお主の勝ちだったのぉ」
「まさか、三対一で押し込まれるとは思わないわよ」
「…………雑兵一人に将3人が向かってくるとか俺だって思わねぇよ」
いや、ホント。よく生きてるもんだよ。
百発百中の弓矢に死角から常に襲い掛かってくる鞭、正面からの苛烈な烈火の攻め。
うん、何で生き残ってるか分からんな。
「それだけ、お主は危険と言うことじゃ」
「軍師の目から見ても貴方はいち早く倒すべき存在よね」
「たった一人で此方の綿密な計画をぶち壊していくからのぉ」
「おい、散々言ってくれるがテメェ等も相当だからな?兵士一人の為に策を弄して潰しに来るとか。恐怖以外のなにものでもねぇよ」
コイツらの率いる兵隊は練度とか度外視して強いからな。
群体の強さ、てところか。一人一人の繋がりが強い。相手したくはねぇが嫌いじゃねぇよ。
「お主、恐怖心など持ち合わせておらんじゃろう?」
「ぶっ殺すぞ、年増。その人外認定、いい加減に外せや」
「お主こそ頭射抜くぞ。それとその認定は一生外れん、諦めるんじゃな」
「そういえば、策で思い出したわ」
「おう、もうボケたか年増」
「抉るわよ?」
「どこの部位をですか!?」
「ふふっ」
な、何て恐ろしい笑いだ。そういえば賈駆が笑顔は威嚇の意味があるって言ってたな。……何だっけ、確か歯を見せるから、だったか?
まあ、いいか。
「それで策の話なんだけど。あの連合の策って貴方が立案よね?」
「よく分かったな。確かに俺の発案だ、他に手も無かったしな」
「悪手にも程があるでしょ。私ならどれだけ勝ち目があっても許可しないわ」
「そいつは違うな。この策しか俺達に勝ち目が無かったんだ。そして俺達は勝った」
「敵ながら天晴れじゃ。自身を餌に釣りをするとは、の」
「とはいえ、お前らにもう一つ情報をくれてやる。董卓軍には俺に匹敵するのがもう一人居る」
『!?』
いやー、良い表情だ。
「猫みたいな奴だがこれがまた可愛くてな。そのくせ力は俺に匹敵する単なるじゃれ合いも他のやつなら命懸けさ」
まあ、俺も痛いものは痛いんだが……他のやつらに袋叩きに合うよりよっぽどましだ。一番堪えるのは董卓の慈愛に満ちた目だがな
「のう、冥琳。わしは今自分の耳を疑っておるんだが」
「奇遇ね、祭。私もよ」
「「お主(あなた)、可愛いとか思うことあるんじゃな(あるのね)」」
「お前らいい加減にしねぇとブッ飛ばすぞ」
グーでな!
「いやいや、炎蓮さまの告白を断ったお主が言う言葉とは思えんのじゃが?」
「……あれは仕方ねぇだろ。殺し合いの相手に縁談なんて普通しねぇよ」
「あら、政略結婚や婚約同盟が在るのよ?おかしい話じゃないわ」
「ちょ、ちょっと待って!?何よその話!そんな話私は知らないわよ!?」
今まで大人しかった堅の娘が騒ぎだした。つーか、酒勿体ねぇな溢しやがって。
「じゃ、じゃあ何?貴方が私の父様になってたかもしれないの?」
「まあ、お前が生まれるか分からんがもしかしたら、な」
そんな可能性もある、か。
いや、俺が堅と結婚するとか墓場に行くのが目に見えてんな。結婚は人生の墓場。うん、よく言ったもんだ。
「お主が婿入りしておれば呉も百戦百勝じゃったろうて」
「炎蓮さまと肩を並べて突撃している姿が目に浮かぶわね」
「……肩を並べた味方に切られる気がするんだが…………?」
何故だろうか。戦を終える度に切り合いになる光景が…………。
「やっぱりあの誘いは地獄への招待状だったな」
「ねぇ、その時の話を聞かせてもらえる?」
「ん?おう、構わねぇよ」
あれは何時だったかねぇ。
◇■◇
「刃!勝ったら私の話を聞いてもらう!」
「何回目だテメェ!それと軍を引っ込めてそれを言えや!」
刃を取り囲む紅い鎧に身を包んだ兵士達を一瞥し目の前に立つ孫堅へと視線を戻した。
この戦乱の世の中、戦は珍しくない。その中でこれ程までに刃と孫堅が出会うのは巡り合わせかはたまた呉が破竹の勢いで突き進んでいるからなのか。
「さあ!殺るぞ!」
「おい!お付きのお前らが止めないでどうするんだよ!」
「「…………」」
「無視すんな!」
「私もな!」
「ぬおっ!?」
吠えていた刃に業を煮やし孫堅は斬りかかった。
とはいえこの程度の不意打ちで食らうほど刃も貧弱ではない。
「ハッハッハ!やはりお前との戦いは心躍るなァ!刃よ!」
「ウルセェ!この戦闘狂が!」
いつもと変わらない命のやり取り。かれこれ二桁に届こうかという回数行われていた。
二人にとって一種の通過儀礼となり酒を酌み交わすまでがその一連だ。
「隙あり!」
「ところがどっこい……誘いだぜ!」
自然に作られた隙に誘い込まれた宝剣は刀によって弾き飛ばされ宙を舞った。
そのまま流れで首筋に刀をあてがいこの勝負は結した。
「くっ……まだ、届かないか」
「いい加減諦めろや、堅。俺もそろそろ飽きたぞ」
「何を言うか!負けたままで引き下がれるわけないだろう!」
「俺がここで刀を振れば余裕で首が落とせるんだが?」
「私はお前がそれをしないことを知っている」
「……ナメてるってことで良いのか?」
グッと力が込められ僅かに刀の刃が孫堅の妖艷な首筋に触れる。そのまま薄皮を斬り少量の血が流れた。
「…………」
「…………」
誰も言葉を発しない。当事者である二人ですらも。
「……………………はぁ、負けた。何でそうも真っ直ぐ見返してきやがるんだか……」
「ふふっ、私の初勝利、ね?」
「抜かせ、剣の勝負ならお前全敗だろうが」
刀を外し膝をついた刃は孫堅の首筋に触れ血を拭う。
「刃は根が優しい。隙ありだ」
懐刀を取り出し孫堅は逆に刃の首筋に当てる。
「おいおい、こんな玩具で……」
一瞬の早技、刃の右手が懐刀の刃を掴むと血が流れるが気にした様子もなく捻り潰す。
「人は殺せん。少なくとも俺は、な」
「ッ!そんなことより手当てが先だ!祭!冥琳!」
「お主は相変わらず突飛な奴じゃのう」
「ほら、手を出しなさい。……ザックリ切れてるわね。塞がるまで暫くかかるわよ?」
「切り傷なんぞ慣れっこだ。唾つけときゃ治る」
ヘラヘラと笑う刃だが孫堅がその傷ついた手をとると顔色を若干変えた。
「お、おい堅?なにする気だ」
「唾付ければ治るんだろう?」
舌を出しザックリと切れた傷口へと近付ける。
「ま、待て!?言葉の綾だ!だからやるんじゃねぇ!止めろやお前ら!?」
周りで微笑ましくみられた時点で刃は出血をものともせず力任せに右手を孫堅から取り上げる。
が、思ったよりも強く握られていたらしく釣られるようにして孫堅は刃の胸元へと飛び込むのだった。
「……おい、離れろ」
「…………断る」
ジト目で見下ろす刃をものともせず孫堅は強靭な胸板に顔を埋めその背に腕を回し密着していく。
周瑜と黄蓋は孫堅が刃の手をとった時点で兵を散開させておりこの場に居るのは中心の二人にお付きの二人、更に哨戒の数名だ。
因みに呉の兵達は今か今かと二人がくっつくのを待っていたりするのだが、それはまあ、余談だ。
「なあ、刃」
「んだよ」
「お前は……その、伴侶を決めていたり、するのか?」
「……はぁ?」
「私は……だな。その……お前を憎からず、思っているのだぞ?」
常からは考えられないほどの歯切れの悪い孫堅の言葉。それほどまでに彼女は悩みそして苛まれていたことなのだ。
「それは……その、何だ。告白、か?」
刃の問いにしおらしく首肯く孫堅。頬を染めたその生娘のような表情に流石の刃も閉め口することと相成った。
「…………悪いな、堅。俺はお前の思いには応えられん。お前には相応しい奴がもっと居るはずだ」
「……そう、か…………」
たっぷりと間を開けた刃の答えは拒否だった。一時の感情ではなくしっかりと考えた上での答えだ。
孫堅もそれは分かったらしく一頻り抱き着いた後にゆっくりと身を起こし離れた。
「刃」
「なん……んぐっ!?」
「………………っ、はぁ。私の愛はお前だけのモノだ。忘れるなよ?」
立ち上がろうとした刃に不意打ち気味に行われた情熱的なキス。
ただ、唇を合わせただけのそれはしかしながらあらゆる気持ちを凝縮した深い深い愛の形だった。
「……ではな」
「……………………おう」
それを最後に二人は別れた。
もう二度と会えないとも知らずに。
◇■◇
「あの時以来、お主とはパッタリと戦場で会わなくなったのう」
「…………流石に、な。俺だって面子が有るさ」
女から告白されて振っちまってるしな。あの辺彷徨いてたらいつ顔会わせるか分からねぇしよ。
まあ、何だ、逃げたのさ。俺はな。
「なあ、堅はやっぱり俺のこと恨んでたのか?」
「…………いいや。常々手元に欲しいと言っておったが一度足りとも恨みごと言っていたことはなかったぞい」
「そう、か……」
「後悔してるのかしら?」
「…………後悔しなかった事なんて1度もねぇよ。出来ることならもう一度だけでも酒を酌み交わしたかったもんだ」
杯に映った俺の顔ごと酒を飲み干す。
堅に告白された後俺はここらの地域に足を踏み入れることがなかった。今回来たのも風の便りで堅が死んでるって事を聞いたからだ。
「……寝てやがる」
ふと、下を見ると堅の娘が寝息を立ててやがった。……寝顔すらアイツに似てやがるな。
「疲れてたのよ。まさか誰にも知らせてない墓参りで賊に襲われるなんて……」
「お主はどうするんじゃ?暫く留まるのか?」
「何日かだけ、な。まだ、堅に話してないことも多いし」
死人は応えないが、まあ、あれだ、一つの贖罪なのさ。
「…………俺もお前の事は好きだったぜ炎蓮」
願わくば俺が死ぬのを待っててくれ。そして、俺が死んだら。一緒に酒を呑もうじゃねぇか。