『神崎さんは絵を描くのが趣味であるということでしたが、CDデビュー企画に対してPV案など何か伝えたいイメージなどがあれば描いてきていただけませんか』
私は何か釈然としない気持ちを抱えていた。昼にプロデューサーからCDデビューのことを発表された時には喜んでしまった。みんなはそれを祝福してくれたし、それは紛れもなく本心からのものだった。
ゆえに私が一番でいいのかと不安になる、とでも言えばいいのか。足元が落ち着かない、簡単に言えば申し訳ない感じがする。
手放しで喜んでくれる仲間が(予定はあるとはいえ)ステージにも立っていないのにソロCDの準備を進めようとしていることに戸惑いがある。
プロデューサーはいったいなぜ私を選んでくれたのだろうか。
一番に歌唄うのは彼女たちにこそ相応しい。
そう思うのだ。
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「____活路なき問いよ…」
夕陽の中、帰っている時にもため息をついてしまう。漏れ出た言葉に力は無かった。
まあそんな解決策がある話でないのはわかっている、気持ちの問題なのだ。
誰と仲良く話したわけでもはないが、CPのメンバーたちは少なくとも私の言動を侮辱、排斥することはなかった。奇異に思われ除け者にされることぐらいは覚悟をしてこの地に降り立った私にとってそれはもう救いだった。
いや別に除け者にされてないだけで本当に親しく喋れてる相手は未だいないんだけど…でも壁を作らないでいてくれることは嬉しかった。
そこでまた悩みの種を思い出す。
「どうしたものか…」
「なにか大変なことがあったのー?」
「ひゃうぅ?!」
自分の背より少し低いところから元気な声が聞こえてきた。驚いて飛び上がってしまう。ゴシック調の日傘を掴み直した。
「あ、赤城さん」
「みりあでいーよー!」
「み、みりあちゃん…えと、何故此処に?」
「えへへー、それは秘密なのー!」
「そ、そうか…」
その輝くような笑顔に狼狽する私。ま、眩しい。秘密とはどういうことだろうか、と思うがまあこのくらいの年頃の子は理由のないことでも楽しんだりする力があるよなぁと思い直す。
「それでねー、なんか元気ないみたいだなーって」
「うむ…そうだな…其方は我の声が盤上に響くこと、如何に思う?」
「うーん、すごい!って思うな。CDデビューは蘭子ちゃんだけだし!それにこれでみーんなデビューが決まったから嬉しいかも」
「…流石は純真なる姫よ」
頭を撫でるとみりあちゃんは「えへへー」と笑った。
「それでそれでー?蘭子ちゃんの気になっていたことはそれなのー?」
「そうね、鍵無き煩悶は我の霊魂へ影を差している。しかし其方が気に懸ける事ではない。我の脆弱な魂の罪よ」
「そんなことないよ!蘭子ちゃんはみんなのこと考えてくれてるから悩んでるんでしょ!」
「えぇ!?」
かなり鋭い指摘だ。みんなのことを考えているというより、勝手に引け目に感じているだけなのだけど。というかよくわかってくれた…結構難しい言葉使ってるんだけど…
「…って!みりあちゃん私の言葉わかるの!?」
「え?なんで?」
不思議そうな顔をするみりあちゃん。ええ…ニュアンス?ニュアンスで伝わっちゃってるの?うう…初めてだこんなことは…。混乱して何を話せばいいのかと目を回す。すると背後から声をかけられた。
「それ気づくの遅くないですか?」
「わぁ!?島村さん!?」
「卯月ちゃーん!」
苦笑いをした卯月…ちゃんが夕陽を背にして立っていた。映画か何かを切り取ったような一瞬だったので私はとてもこう…びっくりした。佐久間まゆさんに似ていると思っていたその雰囲気に圧倒された。すぐに彼女が警戒心を溶かすような笑顔を浮かべる。にこっ。私もつられていびつな笑顔を出してしまう。にごっ。みりあちゃんを見習って欲しい笑顔だっただろう。
「お疲れ様です、卯月でいいですよ」
「う、卯月ちゃん…は存じていたのか?此の姫が我の言葉を解することを」
状況的に彼女がみりあちゃんを私に差し向けたのだろう。
「そうなんじゃないかなーって思っただけです!私も少しなら蘭子ちゃんの言葉わかりますし!」
「なっ!?瞳を持つ者であったか!」
「ちょっとだけどね、ちょっと。それに事務所のみんなもそのうちわかってくれるようになりますよ」
「それは真か!」
思わずガシッと卯月ちゃんの両手を掴む。突然の行動だったと自分でも思うのに、彼女は全く動じずに「まことまことー」と言いながら手を揺らし返してきた。表情も変化なし。こういうところが凛ちゃん達が言うところの"ちぐはぐ"なんだろうなぁと思う。本人は隠しているつもりかもしれないけど卯月ちゃんの中に表層とは違った何かがあるのは間違いないと私は思うのだ。
「あっ、そうだ。蘭子ちゃん。これ、CDデビューのお祝いってことで」
私の手をにぎにぎとして離した卯月ちゃんは自分の鞄へと手を伸ばした。取り出して渡されたのは、ノートブック。
「こ、これは…」
ワインレッドの表紙にDARK PREDICTIONと文字が書いてあるリングノート。私が普段絵を描く時に使っているのと全く同じものだった。私がどこかで落としたものなんじゃないかとドキドキしたがパラパラとめくっても何も書かれていない。偶然だろうか。偶然…のはずだ、あのノートは女子寮に入寮した時から一度も部屋の外に出していない。見られているはずはないのだ。見られているはずはないのに、私は全てを見透かされているように感じた。目の前の女の子は何をどこまで考えてここに立っているのかが猛烈に気になった。けど…彼女が佐久間まゆさんに似ていると私の中で判断されている以上余計なことは言わないほうがいいはず。
「あ、ありがとう…」
「あはは、いつも通りでいいですよ」
「ふぇっ…か、感謝するっ」
胸の中にノートを抱きかかえる。そこであることに気づいた。
「あの…我が僕…プロデューサーが禁書を製作するよう報せたのは今日この陽の高く登る時の事よ。されども其方はこの記帳を用意してみせた。それは何故か?」
「えーと、つまり…私、早すぎました?」
卯月ちゃんが自分の顔を指差しながら言う。苦笑いだ。コミュニケーションが円滑に進むことで私は少し気分が乗ってきて、いたずら心が湧いてきた。
「いかにも。さらにこの記帳、我の城にあるものと同一のものである。…四月の君よ、何か我に隠し事をしてはいまいな?」
「ひいっー!滅相もないですー!」
私が(いつものように)ポーズを決めながら芝居がかって言うと卯月ちゃんも乗っかってくれた。
「ふっ、冗談よ」
「いえーい」
「え、えーい」
ハイタッチ。ふと周りを見ると、みりあちゃんがいなくなっていた。一瞬攫われたんじゃないかと心配になったがすぐに声が聞こえた。
「蘭子ちゃーん!」
卯月ちゃんと私がそちらを振り返るとなんと、CPのみんながいた。
「しまむー!らんらん!みんなでカラオケ行こうよ!」
未央ちゃんが言った。
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『卯月ちゃん歌うまーい!』『お姉ちゃんの曲一緒に歌お〜!』『QUEENも知らないって、いつもヘッドフォンで何を聞いてるにゃ!』『だ、だから知ってるってほら。ちょっと忘れちゃっただけで』『アーニャって歌だと日本語滑らかなんだね』『リンも、上手です』『みなみんは何入れたの?』『私は川島さんの曲、ライブで踊る曲よ』『杏ちゃん!寝ちゃダメだにぃ!』『ぐぅ』
「蘭子ちゃん、楽しいですか?」
「うむ、良い宴である」
私がCDデビューで悩んでいたから励まそうとしてみんなで集まった訳ではなく、全員のステージデビューが決まったお祝い会みたいな事らしかった。
なので別に悩みがパッと晴れたとかそういうことはないけれど。まあなんていうか、本当に自分を受け入れてくれているんだなぁと感じた。それは結構幸せなことだ。とりあえず帰ったら卯月ちゃんにもらったノートに私の曲のイメージを描いてみよう。企画を進めてくうちに戸惑いもなくなっていくのだろうし。
そういえば。
プロデューサーってこんな人だっけ?と、ふと思う。私が意思を伝えやすいようにノートという手段を提示してくれたこと。シンデレラガールズが全員揃う前はもっと、何かコミュニケーションの壁を感じていたような気がする。
「蘭子ちゃんも何か歌います?」
隣に座る卯月ちゃんが話しかけてくる。
この子は、何者?